父が亡くなりました

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家族・友人・人間関係

海豚

私が子供の頃に離婚した父は、私を田舎の祖父母に預けて遠くで独り暮らしでした。まだ3歳くらいだった私は、盆と正月にしか会えない父が恋しくてたまりませんでした。
祖父が亡くなって父が私を迎えにきて、二人暮らしが始まりました。一番甘えたい時期にそばにいなかった父に馴染む事ができず、小学校では転校によるいじめ、中学で不良になり、高校を中退してフリーター、19歳で結婚、出産をしました。それでも二人の孫は可愛かったようで、我が家に遊びに来る事も多かったのですが、子供達が大きくなり私が離婚してからは、定年し車の運転もできなくなり、我が家に来る事もなくなり、年に数回電話する程度でした。
1年半前に地域包括支援センターから電話があり、介護が必要な状態にあると言われ様子を見に行くと、汚部屋となっていたアパート、足元がおぼつかず責任が持てないとの理由で銭湯は断られ、身体からはたばこのヤニ臭、リュックを背負ってフラフラと買い物に行く姿を見て、ほったらかしにしてた事を猛烈に後悔しました。綺麗なアパートへ転居させ、全ての家財道具を買い揃え、ヘルパー、デイサービスをフル活用して介護を続けてきましたが、1年後に入院。もう独居は無理との事で、施設の申し込みをしアパートを引き払い、療用型の病院を転々としましたが、施設に入る事なく亡くなりました。
父親が離婚したのは、恐らく25歳くらい。それからはずっと独り身でした。私が父と一緒に暮らしたのは12年くらい。当時では珍しい父子家庭で、辛い思いもたくさんしました。どうして母に私を渡さなかったのかと詰め寄った事もありました。
父は何が楽しかったのでしょう。何が生き甲斐だったのでしょう。数日前、病院から電話がありましたが、仕事が忙しく行く事ができず、今度息子と行くつもりだったのに、その前に亡くなりました。
お父さん、あなたの人生は楽しかったですか?

ユーザーID:1067165025

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  • 幸せでしたよ。あなたたちがいたから。

    そうした境遇で、かつての家族の誰ともコンタクトをとれなかったり、また本当に一人ぼっちの人もいます。

    それを思えば、お父様はあなたという娘、そしてあなたのお子さんである2人の孫、たとえ離れて暮らしていても、電話をしたり、心配してくれるあなたたちがいてくれて、どれだけ幸せだったことでしょうか。

    ご冥福をお祈りいたします。
    幸せだったと、信じてくださいね。そしてあなたも、幸せに生きてくださいね。

    ユーザーID:1235630268

  • お疲れさまでした

    大変でしたね。お疲れさまでした。
    そこまでしなくていいのに…。
    お母様と会ったことはあるのですか?まともな人なんですかね?置いていっちゃうような人もいますから、母に渡さなかったというより、祖父母に任せるのが一番安全だった可能性もありますし。
    お孫さんにも会えたし、幸せだったと思いますよ。あなたが居なければ、完全に孤独死していたと思います。
    あなたの心も相当疲れたと思いますから、ゆっくり休めてください。

    ユーザーID:1823447470

  • あなたが時々思い出していたら

    あなたが時々思い出していたら、
    それが幸せなんだと思う。

    今あなたが幸せなんだと思うことが父親の幸せかと。

    ユーザーID:3820044486

  • 大丈夫ですよ

    トピ主さん、

    お父さまは、あなたが命を繋いで下さったことで生きがいや幸せを感じておられたと思います。

    また、あなたが気持ちを掛けてくれたこと、それで十分。
    そのほかのことは気にしなくてよろしい。


    あなたは最大限良くお世話されました。
    お疲れ様でした。


    お父さまのご冥福をお祈りしています。

    ユーザーID:1110905690

  • 優しいお嬢さんですね。

    すべて、蹴っ飛ばしてもよかったのに、最後しっかり送ってあげたって、涙が止まりません。お父様幸せだったと思います。私は、母親が早く亡くなり、すぐに再婚した継母にいじめられ、18で家を出て、頑張って、仕事もし、いい結婚もしました。しかし、父が亡くなった時、実の姉と継母の計画で、実家も無くなり、そのお金も、50日足らずで無くなっていました。経緯を知りたいと調停し、姉とも縁を切りました。主人は一人息子。息子も1人。息子が9年前亡くなりました。それから、2人で頑張ってきましたが、昨年、主人が亡くなりました。まだ立ち直れませんが、私が、看取って最後のこと全てしてあげられたと思うのが、1番の慰めです。
    私の時、誰が、骨拾ってくれるのだろうかと考えます。友達はみんな心配しないでって!あなた達も同じような年じゃん!!でも私は、誰でもいい。市役所。の人でも…
    夫にこの思いさせなかっただけよかったと思う。
    お父様、今まで何があったかわかりませんが、天国に向かいながら、涙でくしゃくしゃになって喜んでいると思う。きっとどうしようもなかったと思う。でも、娘や孫に骨拾ってもらって感謝してるよ!!

    ユーザーID:2213053167

  • お父様のこと、残念でしたね

    私にも子供がおります。バツイチです。
    20代で離婚して、子供を引き取り、今は子供たちはそれぞれ就職して、手を離れました。
    離婚してからはずっと一人、再婚などはしませんでした。

    長く離れていた間のお父様のこと、最後に病院に行けなかったこと、とても悔やまれていることと思います。

    でもね、私もバツイチで一人で何年も過ごしたからこそ、一つだけお父様のお気持ちがわかる気がするのです。

    自分の体もままならなくなって、「ああ、おれはこのまま一人で死ぬんだな。まあ、それもいいか…」と思っていたときに、あなたが迎えに来てくれたこと。どんなにそのことがお父様にとって幸せだったことでしょう!!

    最後の最後に、子供が自分を迎えに来てくれた。
    心配して、病院に入れてくれて、あれこれ骨を折ってくれた。
    ああ、自分の選んだ人生は間違いでは無かった。

    きっとそう思ったはずです。

    海豚さんは悔いてらっしゃるのだと思います。ああすればよかった、こうすればよかった、いっぱい思いがよぎってるのではないでしょうか?

    今はお辛いと思います。
    でもね、お父様はきっと幸せでしたよ。
    あなたという娘さんがいたことも、お孫さんの存在も、お父様の大切な宝物だったと思います。

    ご自分を責めないで下さいね。
    それはお父様が一番望まないことでしょうから…

    ユーザーID:4180988673

  • トピ主です。ありがとうございます。

    皆さま、温かいお言葉をありがとうございます。
    こうして500人以上の方がこのトピに目を止めて下さり、ほんの一瞬でも父の冥福を祈っていただけた事、心より感謝致します。
    介護が始まった時は、娘の結婚が決まり、私も転職する事になり、バタバタとした中でイライラする事も多く、認知が進んでご近所の方にご迷惑をかけて頭を下げて回ったり、車の中で失禁されて大声で怒鳴ってしまったりと、父を気遣う余裕がありませんでした。
    引越しさせた時点では「孫の結婚式出たいやろ?リハビリ頑張ろうね」と言ってたのですが、粗そうをする事が増え、兄弟のいない私は他に面倒を見てくれる親族もなく、新婦の母である私がずっと付いてる事は不可能で、ヘルパーさんにお願いする事も考えたのですが、他の参列者の方に不快な思いをさせる訳にはいかず、私の判断で出席は取り止めました。娘は「おじいちゃんに来て欲しかった」っと言ってました。それが本当に心残りです。
    入院してからは、病院から「おむつ持ってきて下さい」「お支払いしに来て下さい」と電話がかかってきた時しか行かず、いつ行っても苦しそうな寝息で寝ていて、目が覚めて「早く死にたい」と言われるのが怖くて、眠ってる間にすぐに帰るという事を繰り返してました。最後に会話したのは、亡くなる3週間以上前だったと思います。
    亡くなった朝、病院からの電話はマナーモードで起きる事ができず、着歴に気付いて震える手で折り返した時にはもう亡くなった後で、私はたった一人の親を看取る事もできませんでした。私と孫の二人、三人で見送り、骨を拾いました。家に連れて帰ってきた父親は、大好きだった娘の部屋に置いてあります。最後の数ヵ月は何も食べられなかったので、花より団子。お菓子や果物をいっぱい供えてあげよう。そして、ずっと帰りたいと言ってた、実家のあった九州で永代供養してあげよう。
    お父さん、それまでいっぱい話そうね。

    ユーザーID:1067165025

  • 感じ方は人それぞれ。

    幸せの感じ方は人それぞれなんじゃないでしょうか。

    人と過ごす、合わせることがストレスになる…という人もいます。
    寂しい気持ちはもちろんあるでしょう。

    でも寂しいとストレスを天秤にかけたら、
    ストレスフリーを選ぶって人もいるんじゃないですかね。

    トピ主さんのお父さんのことは分かりません。
    でも「自由」を謳歌した人生と考えてみるのもよいかと。

    うちの父は、トピ主さんちのお父さんよりもっと自由奔放で
    タイプで家族との縁も全部お金の不始末で断ち切ったような人ですが
    いつも本を読んでました。
    たまに彼女もいたようなので、それなりに何か楽しいことがあったのかもと思います。

    ユーザーID:5871979456

  • 海豚さん、いいんですよ。

    私は、まるで身内がいなく、2人で頑張っていました。具合悪いという夫を病院に連れて行って、そのまま入院。誰にも助けを求められないまま、ちょっとだけ、家に戻り、病院に戻ったら、2分前に亡くなっていました。ほんの数分、そんな急に逝ってしまうなんて考えませんでした。若い医者が、ずっと付いててくれ「最後の苦しんでいる姿見せたくなかったのですよ」看取れるかどうか?仕方ないですよ。未だに私は、「あの時どうしたら、」って悩んでますが、それが、宿命だったのかと、自分で自分を納得させています。お父様は、きっと、喜んで、満足して、旅立ったと思います。あなたたち親子、そして、子供たちも私には羨ましい!!

    ユーザーID:2213053167

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