美術館へ行く理由

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まゆみ

学ぶ

ずっと以前(若いころ)は、教養のため、社交のために美術館に行っていたように思います。

でも、今は、なぜかふらりと一人で美術館へ足を運びたくなります。

美術が好きなわけでも、学んできたわけでもありません。知識もなくて、自分では絵も工芸もまったくやりません。
若いころのように、有名な絵だから、宣伝しているから一目見に行くというのも違う。人に「行ったよ」としゃべりたいわけでもない。

何なんだろう。過去の作品から元気をもらう?長い時を経てきた品々を見て感慨に浸りたいのか?自分ではうまく言語化できなくて、モヤモヤしています。

もちろん、理由なんて要らなくて、「行きたいから行く!」でいいのでしょうけど。
お金もかかることだし、わざわざ都会まで出かけて見に行くことに罪悪感も感じつつ...

知識が積み重なることでもなく(特に深く学びたいとも思わないのです)、
ただその空間や刺激が好きなのか?
だとしたらそこで得られる「刺激」って何だろう?って自分で不思議に思っています。

変な投稿になってしまいましたが、美術館巡りが好きな方や、同じような感覚の方のお話聞けたら嬉しいです。

ユーザーID:8940244229

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  • トピ主です。ありがとうございました。

    仕事の昼休み中にレスを読んでいたら落涙しそうになり慌てて閉じて、一人になれる空間でゆっくり拝読しました。このレスを読んでいるだけでも、心が満たされる思いです。

    音楽は「好き」なのでコンサートに行くのに躊躇はないのですが、美術館は決して美術が好きというわけではなく(学生時代の美術の成績が悪かった)、趣味とは違う感覚です。

    以前は、時代とか画家の対比とか知識欲が満たされるような見方をしていたように思いますが、40代後半になって趣向が変わり、まさしく作品を「ただ、感じる」ような観賞スタイルになってきて、これでいいんだろうか? 私は何を受け取っている?何を感じたくて美術館に足を運んでいるんだろう?と思ったのでした。
    先日は、古い時代のただの器(美術作品として作られたわけではない、という意味で)や手紙に心動かされ、この心の動きは何だろう?と不思議でした。

    あぁ、でも、やはり作品そのものに、たくさんの語りかけが込められており、「私はここで生きてゆける」とまで感じさせる力や、「気」のようなもの、絵画自体に流れる時間、対話 etc... そして建物やその場の非日常の空気感も。

    言語化できないもの、ではあるけれど、レスに書いてくださった数々の言葉が心に深く届き、想いを共有できた気もして孤独感も和らぎました。

    券があたったからという理由でも、美術館に実際足を運ばれるのは、きっとその作品たちとのご縁があったのですね。

    画家の立場の方々からのレスもいただき心強く感じました。ただ感じるだけでは失礼ではないか?という戸惑いもありました。作家さんがいらっしゃる個展などでは、うまく何かを伝えられるような言葉が出てこず、慌ててしまうので...。

    罪悪感はもう感じずに、これからも足を運びたいと思います。満喫します!

    ありがとうございました。

    ユーザーID:8940244229

  • トピ主です。ありがとうございました。

    さまざまなレスをありがとうございました。
    行く理由はそれぞれ。そんな中でも、言語化できなかった心の動きを共有できたり、同じような状況にうなずいたりしながら、拝読いたしました。自分を深く知る作業、とのお言葉はずっと心に留めておきたいです。
    これからも美術館巡りを心から楽しんでいきたいと思います。
    ありがとうございました。

    ユーザーID:8940244229

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