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心にもないことをすらすら書くのはダメですか?

レス44
(トピ主2
お気に入り41

趣味・教育・教養

得意です

感想文とか作文とか反省文とか小論文とかその類いのもの。
採点評価する人の受けがいいように、本心でもないことを書くのは
ダメですか?
また、子どもにそのように教えることもダメですか?

小学生の頃から、周りが苦戦する○○文、大得意でした。
就職のときや就職してからも
ちょっとした文書を書いて提出したりするのは
楽勝です。

文章ってかけて損することはないので
本心だろうがなかろうが
嘘だろうが本当だろうが書くことが大事だと思うんですよね。

ユーザーID:4793888990

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  • 私も得意です。

    スピーチとかも何故か得意なので色々とやってきました。

    今年初めて小1の双子の感想文や、作文の宿題に関わりましたが、「肉付け」はアドバイスしましたが、「骨組み」は自分達でさせました。
    最初から「心にもないことを書け」とは、私には言えませんし、言いたくないし、子供たちの為にもならないと思っています。

    書くことは大切です。
    でも、書く行為は自分と向き合う為でもあると私は思っています。

    ユーザーID:5801515450

  • わざわざ嘘を書かなくてもいい

    私も文章は得意でしたが、
    まったく思ってないことは書きませんでした。
    トピ主さんの場合はまったくのでっち上げでも点数が高かったのかもしれませんが
    それだと私の場合、自分の心に負担がかかります。

    私は嘘をつくのは嫌だったので、
    自分のちょっとした考えや思いつきを増幅させる手法をとりました。
    そのことで質問されても心から話せるようにしておきました。

    文章を書くというのは本当のことを書くとか嘘を書くとかじゃなくて
    「どのように書くか」という技術の部分が大きいと思いますので
    主題はなんであっても、それを如何に上手に表現して書くか…が大事だと思います。

    それでいうとトピ主さんが教えるべきは子どもの中にある
    書きたいもの、思っていること、気になっていること…などを
    如何に文章として面白く読めるように書くかという技術だと思います。

    「本心でもないことを書く」ことができるようなら
    本心であることだって書けるわけです。
    文章が書けるのならわざわざ嘘を書く必要なんかないですよ。

    ユーザーID:0317384053

  • 半可通

    得意なことがあるのはいいことだと思います。
    子供に指導するのもいいことだと思いますよ。

    ただ、「受けがいいように、本心でもないことを書く」と
    得意になるのはどうでしょう?
    私は露悪的だなと感じました。

    上っ面だけの耳障りのいい言葉で
    騙せるほど世間は甘いものではないです。
    ただ、他人のことはどうでもいいから
    上っ面だけ整っていれば許されているのではないでしょうか。

    それを得意になってご自分のお子様に
    「楽勝、楽勝。」
    と教えるのは浅知恵のように思えます。
    私ならばそういう指導はしたくありません。

    ユーザーID:9378131776

  • やるならもっとレベルを上げよう

    >嘘だろうが本当だろうが書くことが大事だと思うんですよね。
    こんな言い回しをすれば人はイラっとしますし、書いた人はあまり利口でなく性格も悪いだろうという印象を持ちます。
    反感を買うような文章を書いて読む人を挑発するのが目的であれば大成功ですが、そうでないならかなり残念な文章力ということです。
    どうせ心にもないことを書き散らして得をしようとなさるのなら、
    もっと完成度の高い、誰が読んでも褒められ、好感を持ってもらえるような文章を書けるように努力なさったほうがいいです。

    上記のご自分の文章の何が悪いかおわかりでないとしたら、
    日常の基本的な言葉遣いもかなり心配です。

    お子様にも、何を書くか、よりもまず、きれいな言葉を使おう、というところからお教えになるのがいいと思います。

    ユーザーID:8243419717

  • 駄目です

    自分が書くには良いでしょう。

    でもお子さんにそのような指導をするのはやめましょう。
    お子さんにはお子さんのやり方があるんです。
    お子さんが迷っていても、そんなアドバイスしないで。

    ユーザーID:5175343857

  • 目的による

    どのような意図で、文章を書かせるかで、違うと思います。

    単に、論理的な文章を書けるかどうかを評価したい場合には、それが正しいかどうかは別として、架空のことでもいいと思います。

    例えば、検事の立場から書く場合と、弁護する立場から書く場合は、おのずから別の文章になると思います。

    入社試験などで、「入社の目的」や「希望」などを書く場合は、書いたことが配属先の振り分けなどに反映されるので、本心を書いたほうがいいでしょう。

    ユーザーID:2062776051

  • 文章を書くコツはある

    手書きが書けない大学生多いです。
    ワープロでレポート作成することが多いからでしょうかね。
    作文や感想文の書き方のコツみたいなものはある程度はパターンがあるから馴れてしまえば上手く原稿用紙をうめられるようになりますよね。

    ユーザーID:6984208826

  • いいと思います

    だいたい読書感想文なんて、正解はないのですから。
    同じ小説を読んでも、感じることは千差万別。
    それでも評価の対象になるのなら、より良い評価が得られるように書くのは当然ですよ。

    評価する側がなにを期待しているか、どうやったらいい印象を得られるかを
    きちんと判断して、それに沿ったものを提出する....これ社会に出てからも重要なことです。
    なんらかのプレゼンをする時に、取引先により良い印象を与えるように資料を作る場合、
    自分の感情はそこから切り離して結果につなげるのが、仕事というものですから。

    小論文でも反省文でも同じ。
    本気で反省していても、それが文章に表れなければ相手には伝わらない。
    それなら、上手い文章を書く方がずっと得策です。

    クソみたいな小説だと思っても、評価対象なら適当に上手く書けばいいんです。
    本音はブログにでも書き捨てておけばいい。
    それが世渡りというものです。

    読書感想文、いつもいい点数をもらってましたよ。
    先生が求めていることがだいたいわかったので、ご期待にお応えしましたから。
    昔はブログなんてなかったから、本音はノートに書きまくってました。
    大人になって読み返すと、我ながら辛辣で面白いです。

    ユーザーID:1260035950

  • 嘘を書くなら得意とは言えない気がする

    本当の事をふくらませたり、まとめたりできるのが、真の得意では?

    書く事が何も思い付かなくても、嘘ではなく、じっくり見据えて
    本当を見つけ出して書けるのが、「書く事」では?
    嘘よりも本心がスラスラ書けるのが、「書くのが得意」では?

    ユーザーID:2799553798

  • ダメじゃないです。

    ようはその文章を書かされている理由が理解できてればOKなので
    反省文はどのような点を反省すべきか書けばいいし
    感想文だって、その本の要点を的確にかけていればOKでしょう。
    心にもないことでも読者が求めている事をちゃんと理解しているって事だから
    それはそれで問題なし。

    ただ、反省文は心にもない事を書いてやり過ごしても、それを忘れてまた失敗しては
    前回の反省が身になっていない、とみなされるので書いた内容に責任を持ってください。
    言動一致しない人は信頼されませんからね。

    ユーザーID:0413317477

  • 世の中に出るには

    読み手の期待を忖度して書くという才覚も必要かな。

    正義感の強い子が、自分の本心にこだわって書いたら、たとえそれが正しい内容でも、
    教師の理解力を超えていたためペケとされる。
    その結果、子供が読書嫌い、勉強嫌いになってしまうよりは、読み手のレベルに合わせる方がマシかな。

    桃太郎は、キビ団子で雇った傭兵を率いて近隣部族を襲って、財物を略奪して来たなどと本心を書いたら、子供らしくない、ひねくれていると考える幸せな大人は一定数いるでしょう。

    そうした大人たちを敵にまわさないためにも、本心を見せる相手を選ぶという知恵は必要です。

    特に、「道徳」が正式科目になることだし。

    ユーザーID:8618821411

  • レスありがとうございます

    例えば、本心だけど教師(または採点者等)受けの悪い作文、と
    本心ではないけど教師が喜ぶ創作文、なら後者の方がよくないですか?

    世の中そううまくはない、というご意見。
    そう、なので場面を見極める能力は必要です。
    例えばこのとピに書いているようなことは現実世界では
    よっぽど信頼している相手でない限り言わないです。
    がみんな本音ではこうじゃないの?とトピをあげてみました。

    とはいえあまり同意のレスも少ないので
    割りと少数派だったということでしょうかね。。。

    ユーザーID:4793888990

  • toraさんが分かりやすくまとめてくださったと思います!

    ありがとうございます。

    弁護側、検事側で書く。
    あぁ、そういうの好きです。
    討論の授業の時とかに、自分の考えとは違う側役に立たされたとき、
    心にもないこと、嘘八百の主張をするの、面白かったです。

    私は、これまであまり本心を書いた方が得策な場面には遭遇していません。
    本心を書くと不利になる、相手を不快にさせる、そんなことの方が世の中多くないですか?
    例え入社試験の志望動機であったとしても、
    本音で休みがとりやすくて安定していて
    お給料のわりに楽そうだから、なんて有り体にかけない。
    やっぱり試験官受けがいいように書きますよね?

    あとややこしい書き方になってすみません、子どもというのは
    自分の子ではないです。
    高校生くらいの子で、私はちょっとした相談を受ける先輩的立場です。
    文章で何を書いたらいいかわからないって
    相談を受けたときに、たくさん文章を読んでまず自分の引き出しを増やしなさい、ってアドバイスと共に
    そこからちょちょいと相手の喜びそうなことを
    引き出してうまく繋ぎ合わせればいいのよ、って言ってしまいたいんです。

    ユーザーID:4793888990

  • 言葉は、何のためにある?

    ものを考えない人なんだろうなと言う印象です。
    それは言葉でしかできない作業ですから。

    あなたにとって言葉ってなんですか?何か読んで感動したり、人の話聞いて心が動かされたことないの?
    全部偽りですか。上辺だけの教養しか持ってないんですね。

    私も作文指導してますけど、誰でも文章書けるようになります。最初は苦手だった子も、
    それなりに自分の言葉で書けるようになるものです。そう言う子の文の方が、良かったりします。
    言葉や文章ってそう言うものだと思う。自分が出るのです。大人が手を貸して書かせた文章とか、
    上辺だけの文章って読んですぐわかりますよ、残念ながら。

    しかも自分の子供に同じように指導する?
    子供が気の毒ですね。学校でまともな教師に出会えるよう祈るしかない。
    言葉の本当の力を知らない、気の毒な人にならないように。

    ユーザーID:7561084375

  • 良いけどバレるよね

    読む方に力があれば分かっちゃいますけどね。まあ、試験とかレポートとか、とにかくマス目を埋めないといけない時は埋められる、という能力は必要かもですね。

    ただ、ウソ書くのってメンドくさくないですか?思ってもないことだと論旨の整合性にスキができやすく、むしろ頭を使わないといけなくなります。だから自分の頭にあることを膨らませる方がラクだと私は思います。なのでウソ書くよりは針小棒大作戦ですね。

    ユーザーID:8602928067

  • ノンフィクションが求められている

    >感想文とか作文とか反省文とか小論文

    これらでフィクションは求められていませんよね。
    トピ主さんも明らかに創作だと分かるようには書かず、本当らしく書いて来られたと思います。

    書くことが一行も思いつかない子なら、白紙で出すよりは作り話でも書きなさいというのもアリだと思いますが、それは最終手段です。
    書く力があるなら、まるっきりの嘘ではない程度には真実を含んだ内容を書くべきだと思います。

    ノンフィクションが求められている場でフィクションを堂々と出すのは、書き手のモラルとして問題あるような。
    少なくとも子どもに書き方を教える場合、反省文で嘘を書いていいとはちょっと…私は言えないです。

    ユーザーID:3976374406

  • 成長機会を奪わない

    トピ主さんが子ども時代に自分でそういう「コツ」を見つけたこと自体はいいと思いますよ。自分で考えて編み出したことだから。

    私も小学校の時「努力して学んだ」みたいなことを書けば大人に受けがいい、年配の先生に作文を提出しないといけなかった時、時間も無く面倒くさいのでやっつけ仕事でちょっとしたエピソードを書いて「努力した後、達成感を得、努力することの大切さを学んだ」みたいな言葉を最後に取ってつけたみたいに加えてごまかしたら想像以上に先生のツボにはまったようで、最後の受け狙いの部分に純粋に感動した先生の赤丸がいっぱいつき、皆の前でも「よい作文がありました」とそこを強調して感動した面持ちで紹介され、「あ〜あ、ちょろ過ぎた」「人のよい年配の先生を騙してしまった」と些か罪悪感を覚え内心苦笑した記憶が。
    まあ、そういうことする子は適宜やってると思います。

    だから子どもさんが自分でそういう方法に気付いて編み出したならまあ問題無い。
    だけど小手先の簡単お手軽術として親がわざわざ教えるのはどうかと思う。

    本心で相手を感動させるものが書けるかもしれないのにそんな小手先技を教えて機会を奪うのはもったいない、正直に書いて先生の受けが悪かってもそれはそれ。自分で書いたことの責任を自分で取り、自分で結果を受け止め、自分で工夫するのが勉強だと思うし、それが成長につながる。

    親が小手先のテクニックだけ教えればその分、子どもの成長機会を奪うことになる。

    まあ、目先の受験などでどうしても点数を稼がないといけない必要があるなら、「受験で作文が出たらこうしたら点が稼げる」ということを教えてあげればいいけど。
    そういう特別な事情が無いなら、うまく書けなくても自分で試行錯誤して書く努力をすることに学習の意味があるのではと。

    ユーザーID:4323415328

  • 半分賛成

    トピ主が挙げられている、感想文、反省文や小論文は、ぶっちゃけその場がしのげればいい程度の大事でない文章ですよね。人に迷惑をかけないもの。
    (テストに受かるとかの意味では多少大事ですが。)

    それなら、嘘八百だろうと好きに書けばいいと思います。

    随筆、エッセイとか呼ばれるものの類です。

    でも、プログラマーにインプットする仕様書とか、選挙の演説とか、国会の答弁等の
    「人に分かってもらわなければならないもの」
    を嘘八百で書かれると困ります。

    選挙の演説などは、その場しのぎとしては一時的に効果あっても後々の行動が伴わなない「ウソ」であれば"信用"を失うからです。

    それを失っていいのであればどうぞご自由に。

    教える高校生の書くものが何か、に依ると思います。
    何でもかんでも適当に書きゃいいってもんじゃないと思います。

    トピ主様はエッセイ的なものは得意なんでしょうけど、仕様書等は書けないだろうなーと思いました。

    ユーザーID:3091992270

  • 採点する側です

    ぶっちゃけ話になりますが
    国語の記述問題程度ならそれができればOKです。いくつか記述されるべき要素が採点基準にあり、それが全て書けていれば満点。そこから減点方式で採点するからです。

    論文やレポートは心より分析力が求められるのでこれも問題ない。

    ただし感想文はちょっとね。トピ主様のように「上手に」書く子って結構いるんですよ。そしてそれがみんな似たり寄ったりになりがちだから、読んでいるこちらとしてはつまらない。またか、と思うんです。どうせ心にもないことを書くのなら目の覚めるような素晴らしいものを作って欲しいものです。

    ユーザーID:3000230823

  • 私も文章を書くのはどうにでもなるほうです。

    子どもの大学レポート、ディベート資料、友人の子どもたちのAO入試志願書まで、様々な相談を受けては、こうしてみたら?と助言することがあります。

    そこで私が助言するとき言うのは、全くの嘘は駄目。1を膨らませて2にするのはありだけれど、0を1にするのはしないほうがいいよ、ということ。

    そのわずか1しかないボンヤリとした意見を、いかに体裁よく字数を適度に増して、かつ無駄なく見えるようにするか。その意見を、こういう側面から考えるとどうだろうね?と考えさせる。

    私は文章なんだから嘘ついちゃっていいんだよ、心にもないことを書いていいんだよとはどうしても言いたくないです。
    ネットだからなにを言ってもいいんだよ、と同じくらい抵抗があります。

    あるテーマのディベートについて相談を受けたとき。指定された立場で討論するので、もちろん自説とは違うこともあります。それでも自分が心底納得できない考え方は極力排除して組み立てるよう助言しました。

    作文や志願書、感想文などは良い評価を貰えればいい、と言うものではないと思います。その課題と真正面から取り組む中で、社会について、また自分の価値観と徹底的に向き合うことに意義があるのでは?

    私ってこういう考え方をする人間なんだ。学生時分からそうやって文章を書いてきたことで、大げさかもしれませんが自分のアイデンティティの確立がされてきたように思います。

    ユーザーID:7955039780

  • 高校生

    高校生くらいなら、本心でない事の書き方を教えるのは良くないと思います。
    既に、自分を表現しなければ社会に出たときに、仕事でも人間関係でも困りますよ。
    あなたが教えているのは、ただの処世術ですよね。
    就職する時もクライアントと話す時も、はたまた管理職になるとき起業するときなど、自分がどう考え物事を進めたいかプレゼン能力がないと極めて困難です。
    この程度で世間は通用するだろうから、借り物の言葉の繋ぎ合わせでOKなんてアドバイスしたら、書く本人の能力や意志すらバカにしてる事になります。
    むしろ、論理性、プロット、そういうやり方をアドバイスしてあげるのは良いと思います。

    ユーザーID:6476786922

  • 勘違い

    それは文章の書き方をよく知っているというだけであって、文章が得意とは言えません。しかし、方法論は熟知していると思われるので他人に教えたりすることはよろしいのではないでしょうか。

    ユーザーID:4199506750

  • そういうのつまらないし飽きる…

    私もぴよこ様と同じく、採点する側です。

    心にもないことをすらすら書いてあるって文章って結構多いですが、
    ぴよこ様がおっしゃる通り、ホントにつまらないですよ。

    大体、相手が喜びそうなことって何だろう?
    ホントに「相手が喜びそうなこと」が分かるなら、
    接客業で一山当てられるんじゃないかな。

    でも、実際には相手の喜びそうなことが分かる人は少ないので、
    ステレオタイプに相手を分類して、
    「こんなこと喜びそう」って書くことになります。
    学校でも「受けがよさそうなことを書く」という指導があるんじゃないかなー、
    と思わせるくらいに、集まってくる文章は似通っています。

    いや、ホントつまらない。
    仕事ですから、つまらないかどうかは関係ないですが。
    何が正解とも言えない出題があって、
    論理的に筋の通った主張ができているか、
    出された条件を全て満たしているか、
    という点を確認するので、
    採点者の考えに合ったことを書いてあっても、
    採点者の心証は別によくなりません。

    トピ主様が挙げていらっしゃる、就職の動機を例に取ると、
    心の中では「お給料の割にラクそうだから」と思っていても、
    口では立派な動機を挙げる人は多いですよね。
    でも、立派な動機で面接官の心証がよくなるかと言うと、
    そういう口だけの立派さは面接官にバレますから、
    面接官の心の中で「またかよ」と思われるだけです。

    ですから、
    「またかよ」「つまらない」と十把一絡げに埋もれても構わないなら、
    思ってもいない口当たりがよさそうなことを書けばいいのでは、
    と思います。

    ユーザーID:3457689748

  • 自分の子供でないなら

    自分の子供への教育の話ではないのですね。

    「心にもないこと」とか「嘘八百」とかいうから、なんか変な感じになってるけど
    要は「本音と建前の使い分け」ってことでしょ?

    文章が書けない人(高校生)って、たぶん言語能力が未熟で、
    相手が喜びそうな表現がわからないないか、
    わかっていて言葉が出てこないのではないでしょうか。


    そもそも、すべての「表現」はその人の人柄が出ちゃうと思いますよ。ダンスでも、絵でも。
    特に文章は、言語で表現するので、最もその人の人柄が出やすい。
    だから、評価の高い文章を書きたいなら、「評価の高い思考」を身につけないといけない、
    と私は思います。


    ちなみに、この程度の内容を1度に上手に伝えられなかったあなたが、
    文章が苦手な後輩の指導ができるのかな?とも思いますデス。ごめん。

    ユーザーID:1857413560

  • 評価する人を想定して書くのは当たり前

    トピ主さんが例に挙げている「感想文、作文、反省文、小論文」の類は、評価する人がいることを前提で書く文章です。評価者の目線を気にして書くのは当たり前というか、どう評価されるかを考えないで自分の思いだけ書くのは「評価するために書かされている文」という趣旨を理解していないとしか思えません。

    で、トピ主さんに反対意見の方は多分「感想文」が入っているところでカチンと来ているのだろうと思います。もちろん、本を読んで本心から書いても評価者も花丸つけたくなるような文章が書ける方は幸せです。きっと、国語の先生方にはそういう幸せな人が多いのでしょう。

    しかし、世の中の多くの人は感想文が嫌いなわけで、「本心を書くべき」という妙な呪縛は外してあげた方がいいのだろうと思います。つまり「評価者にウケる創作としての感想文」という形式も認めれば、もっとみんな楽になるのでは。

    ユーザーID:6896056511

  • 本音で書くのが苦手だから?

    トピ主は重要な点を理解できていないのでは??

    文章で 何を書いたら いいか ”わからない”

    本音を上手く書けない・
    伝えたい要点が上手くまとめられないという意味ではないなら

    何をどう書いたら点数が良くなるのかわからない。って意味だと思う。

    トピ主のアドバイスは

    >相手の喜びそうなことを
    >引き出してうまく繋ぎ合わせればいいのよ

    ですよね?

    喜びそうなことって?どうやって繋ぎ合わせるの?
    その方法がわからないから聞いたのに!と。
    前者だったら
    要点も上手くまとめられないのに悩みが増えた!

    ディベートの目的や意味も理解できていないように思えます。
    感想文も何でも
    意味を理解したうえでなら嘘八百になってもいいと思います。

    不利にならない不快にさせない本音の文章・発言方法を学べば
    本音を書いて不利になったり不快にさせる問題は嘘より有利です。

    ディベートは協調性や相手を尊重することが前提で
    自己が不利にならず相手を不快にさせない言葉選びが基本…。

    とりあえずトピ主は相手(レス者)が喜びそうな文章を1回くらいは書いてもらえませんか?

    アドバイスしたら
    どんな文章を読んだら引き出しが増えるの?
    喜びそうな文章ってどんなの?
    繋ぎ合わせるってどうやるのと聞き返される可能性があるので
    練習しておきましょうか?お得意の文章力で

    トピ主の思っていることを相手に言ってしまってもいいですけど
    相手が求めているアドバイスではないと思いました。

    「わからない」に対応する時は「何がわからない」のか
    「何を分かりたい」のかを明確にしないとアドバイスは的外れになる。

    ユーザーID:5207281780

  • うーん

    就活で会社に提出する志望動機に本音(休みが多い等)を書く人はいないと
    例をあげてらっしゃいますが、そりゃそうですよ。
    でもだからといってみんな心にもない嘘をついているというのは違うと思います。
    その人の中身を全く反映しない言葉はやっぱりそらぞらしいです。

    トピ主さんがそれでうまくやってこれたのはまんまと騙せたのではなく
    「TPOをわきまえた物言いができる教養と言語能力のある人」と見なされたからでしょう。
    もし教養面でトピ主さんレベルにない人がアドバイス通り
    就活指南書や様々な例文を丸写ししたとしてもトピ主さんほど説得力は出ないでしょう。

    人は文だけから情報を得るのではありません。誰がどのように発信しているかも重要です。
    極端な話「精一杯努力いたします」という定型表現でさえ
    全然心がこもっていないと思われるか、まあ背伸びしちゃってと笑われるか、さすが言い方を心得ていると感心されるか、人によって違います。
    当人を知らず文章を読むだけにしても記述に慣れているか、文章展開に無理がないか等内容以外に人となりがにじみ出ます。

    知的な人は他人も自分と同レベルと思い込む傾向があります。
    「適当にやりゃいいのよ」という前に相手の人生経験値や教養レベルを考える必要があります。
    もし相手が子どもだったり、素朴でもの慣れないタイプならあなたのアドバイスは有害かもしれません。

    ユーザーID:3806637173

  • 私も

    読書感想文とか書くのが好きでした。様々なタイプの本を読んでいたので、書き方のテクニックを何となくでも知っていたと思います。

    >心にもないことをすらすら書くのはダメですか?

    これはやっぱり無理があるのでは。そもそも子供が心にもないことを発想して書けますか?
    それとも親のあなたの意見を書かせるということですか。

    私は子供に「文章はいくらでも膨らませて書ける」と言っていますが、普段から本を読んだりしてある程度語彙力がないと難しいですね。

    ユーザーID:3799483944

  • でも本音を書くと呼び出されるしね

    小学生の頃、遠足だの運動会だの、行事が終わると
    必ず感想文みたいなのを書かされましたが、
    バカ正直に「つまらなかった」という内容を書くと
    先生に呼び出されたり、親に連絡いったりして
    やっかいなことになることくらい、子供でも分かるので
    (↑行事系はキライな子供でした)
    当たり障りなく「楽しかったです」系のことを
    原稿用紙2〜3枚で提出したら、普通にほめられて
    クラスで発表されたりしました。

    先生側の立場にはなったことないけれど、
    どうせ先生だって、余り突拍子もないことを書く子供は
    面倒だな〜って思うんですから、
    適当にごまかしてやり過ごすのも、いわゆる「処世術」だと思いますよ。

    ユーザーID:3573208550

  • 読む人が読めば、心に本当にあることは見破られる

    と言うことは、最近経験しました。文字での情報って残りますから、私の場合、比較的見破りやすい方だと思っています。というのも、違和感を感じて読み返すうちに、何に違和感を感じるのかが明らかになっていくからです。

    むしろ、人間の言葉の方が難しいです。割と騙されやすい方なので、即答を求める人間は距離を置くようにしています。即答で正しいルートを選ぶことができない方なので。

    心にないことを書いても、騙せるのは相当文才がある人か、サイコパスな人間だと思います。

    ちなみに私も文章を書くのは嫌いではないです。たいていの人が2,3行しか書けないところを、同じ時間、同じ情報源からA4版1枚位は書き上げることは可能です。若いころやっていた温泉海鮮生活が役立っております。

    ユーザーID:5492053258

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