器用貧乏って良いの?悪いの?

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テディ

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  • 一番取れないなら努力の方が勝ちが高い

    努力無しでも圧倒的一番取れちゃう人はそのままで良いんです。
    けれどそれ以外の人は結局努力出来たもん勝ちですよ、世の中なんて。

    ユーザーID:3245008535

  • 両方でしょう

    両方だと思います。長所でもあるし短所でもある。
    そうとしか言えない。

    普段、問題なく日常生活を送っている分には長所なんじゃないんですか。
    でも何か込み入ったことになったり、あるいは何かに深く集中しなきゃいけないような場面に遭遇した時に弱い。

    あなたも書いている通り、努力をする習慣を持たず成長し、集中力も持続しないタイプだからです。
    実はうちの母親がまさにそれ。
    なんでも簡単にこなして、まあまあな学歴と職歴、そして結婚(専業主婦)ときて、お稽古事も始めればあっと言う間に先生の目にとまるけれど、自分が教えるレベルには全くなれない、そんな感じですよ。

    本人「今の生活には困らないけど、なんとなく常に劣等感はあるわね」って言ってます。
    本人の捉え方次第だろうなあ、だから。
    端からみたら「なんでも器用にこなすよね」くらいに思われていても。

    ユーザーID:8044212550

  • 私も

    器用貧乏で、トピ主さんとまったく同じです。

    おばちゃんになって思うのは、器用貧乏はマネジメントに向いているかな、と。
    各分野への理解が早いので一通りのことを見渡して、あちらこちらを活用してまとめることができる。
    自分が1位にならずとも、1位の人を理解して活かすことを考えると良い。

    一方、一つのことに抜きん出ている人は職人・エンジニア肌。
    才能を思いっきり開花させる環境にハマればとても強いでしょう。

    ということで、居場所次第で器用貧乏とは長所にも短所にもなると思います。

    ユーザーID:2015594271

  • 観点が間違っていると思います



    器用努力もせずにで2位まで行けるのなら器用の分は十分の長所だとおもいます
    トピ主さんの場合は努力できないことが短所であって、器用であることとは関係ないのでは?


    器用貧乏となるのは、その、努力できない
    短所のぶぶんからくる結果であって
    器用貧乏は、、長所短所と決める点ではないと思います

    ユーザーID:6404637161

  • 同じだぁ〜

    私も器用貧乏だと思っています。
    習い事しても最初から出来て褒められ、満足して飽きてしまうことがよくありました。

    私の場合、器用貧乏の中で興味ある一つを必死こいて勉強して資格を取り、職業にしました。
    はい、一度だけ命がけで(?)努力しました。
    他のことは趣味としてやったり、まったくしなかったり。

    器用貧乏は長所にも短所にもなると思います。

    ユーザーID:8899697981

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  • それはあなた次第

    【器用貧乏】は一般的には否定的表現だと思います。

    何でも器用に出来るけど、大事なポイントで落としてしまう。
    肝心な部分で最後の〆が出来ない。
    何事も中途半端。

    そんなイメージです。
    けど、不器用な人と決定的に違うのは、器用に何でもそつなくこなすから、大きく困った事がない。
    世渡りが出来てしまう。

    極める事はないけど、必要な事は人より早く習得して、苦労がない。

    だから、やはり良いことの方が多いと思います。
    世の中には最低限の事が出来ない人や、普通の事が出来ない人がたくさんいますから、あなたには恵まれた素質があるのだと自覚して、もっとプラス思考に受け止めて下さい。

    そして、自分に自信を持ち、自分を好きになって下さい。

    ユーザーID:6372786178

  • 私は短所だと思ってます

    私も器用貧乏です。

    何でもある程度はできるけど、突き詰めるところまでは行かない。
    飽き性なせいもありますね。
    ハマってる間は努力するけど、飽きちゃうと辞めてしまう。

    だから、きちんと追及してやってる人には及ばない。

    仕事もそう。
    大抵のことはそこそここなすけど、目立った業績を上げられるほどじゃない。
    そこまでの熱意も持てない。
    だから出世はしない。

    結局、器用貧乏って「可もなく不可もなく」ってだけ。
    突出したものがなく、周囲に便利に使われるだけなので、短所だと思ってます。

    ユーザーID:3158952394

  • 普通の人

    私の周りにも主さんのような方います。
    手芸が好きで色々やっているんだけど、正直できたものはそこまで素敵というわけでもなく、まあ趣味の範囲というか、決め手にかけるというか…。
    その人は結局主婦に落ち着きました。
    家庭のために尽くして、日々子どものことをSNSにアップしています。

    いわゆる平凡な人生ですが、悪いとは思いませんよ。
    何かにのめり込む人というのはほんの一部ですし、それも才能のうちです。
    そういう人は頑張らなくても、気がつくとのめり込んでいます。
    そういう人は波乱万丈な人生になることも多いです。
    主さんは主さんらしく暮らしたら良いです。

    ユーザーID:1192477336

  • 自己評価が高すぎるのです

    >普通の人に比べると、何においてもある程度のレベルまでは上達するスピードが早いと言われます。
    >私もそう思っていて、8割程度までなら努力なく到達できます。

    トピ主は「8割程度までなら努力なく到達」と思っているけど、それは過大評価じゃないですか?トピ主は8割と思っているが、実は3割くらいでしかないのでは?

    >2位までは取れるけど、

    何で2位を取ったのか、それを是非ともレスしていただきたいです。

    どういう分野においてなのか、世界で2位なのか、日本で2位なのか、業界で2位なのか、2位にもいろいろあります。
    まさか、趣味のグループで2位とか、クラスで2位なんて狭い世界の2位じゃないですよね!

    もし何でも簡単に取れるなら、身近なところ、運転免許の難関「牽引免許」にチャレンジしてみては如何でしょう。補習なしで一発合格できたなら「器用」と認められます。その他にも難関資格がたくさんあります。チャレンジし甲斐がありますよ(笑)

    剣道柔道囲碁将棋などで最高位を目指すのもいいでしょう。

    東京オリンピック出場を目指すのもいいですね。

    というふうに、上を見ればキリが無いですよね!
    トピ主さんは、低レベルで自己満足しているのではないですか?

    ユーザーID:6181094420

  • 人それぞれ

    貧乏というくらいだから、ほめてはいませんよね。
    実は私もそちら系です。

    一芸に秀でた人。
    器用になんでもそこそここなす人。
    いろいろな人がいて世の中回っているのではないですか?

    ひとつに打ち込めないと嘆くより、柔軟に対応できる適性を活かしていくことを考えればよろしいのではと思います。

    ユーザーID:7465398735

  • 短所ととらえた言葉ですわな

    そもそも「器用貧乏」はその状態を短所ととらえた言葉でしょ。貧乏なんだもん。
    同じ状態を、短所と捉えなければ単なる「器用」でいいしょ。「要領がいい」とかさ。

    ユーザーID:8687131315

  • 短所です(仕事のプロとして大成する上では)

    主さんの年齢が分かりませんが、まだお若い方とお見受けします。

    学生の間はなんでも満遍なくできた方が有利だと感じることが多かったでしょう。

    しかし社会に出て仕事をするようになると、「何でも8割できる人」は誰からも必要とされないことを痛感するようになります。
    餅は餅屋、寿司は寿司屋です。餅も寿司も蕎麦も80点、という人からは、結局何も買いません。

    ユーザーID:8768751269

  • 長所と短所は裏表

    器用貧乏というと短所に聞こえますよね。
    貧乏をつけないで器用な人と言われたら長所です。

    長所と短所は場面と程度で入れ替わるんです。

    そういう私も器用貧乏です。もうね、既にこの年ですから今更言いも悪いもないです。
    なんでもそこそこ出来るので割り切ってしまえば楽な場面が多かったと思います。
    学生時代は友人達からも羨ましがられていたような気がします。
    大して努力もしてないのに、なんでもすぐにできてしまう。なーんて嫌な言い方ですよね。
    でも、ふと気が付くと結局何物にもなれなかったなぁって
    部活もすぐにレギュラーになれるけど、決してエースにはなれないんですよ。
    なんかね高校生ぐらいで部活は嫌になってしまいました(笑)

    でもね、私らの世代の多くは専業主婦になっているか、
    独身あるいは親がかりでバリバリのキャリアがあったりしてるんですが、
    私はずっと低空飛行のフルタイム。でも、結婚して子供もいて
    今もゆるーくフルタイム、気が付けばもうすぐ定年です。
    何もかも中途半端だったかもしれないけれど、それもまた良しです。

    プロフェッショナルにはなれなかったけど、私らしいなと思ってます。
    人それぞれです。

    ユーザーID:4760187985

  • 質問の答えにはなっていませんが。

    上達のスピードは早いですが、1位とは越えられない壁があるとの事。

    いろいろな才能がありそうでうらやましい限りです。

    トピ様の文を読んでいて、気になった点があるのでレスを書きました。

    1位とか2位とか壁とか気にせず、いろいろな事をしたらどうでしょうか。

    いつかトピ様が、「これを深くやってみたい」と思う事に出会うかもしれません。その時こそ、壁とかにこだわりましょう。

    ユーザーID:0154375841

  • まあ短所ですね

    器用貧乏、つまり何でもそこそこできるという、器用なだけで秀でるものがない状態。
    褒め言葉にはならないです。

    致命的なのは、そこそこできちゃうから努力しないこと。これは非常にまずい。
    いずれ苦手なことに遭遇しますが、努力したことない人だともうどうしていいか分からない。
    1位を取る必要はないが、少しずつでいいから努力することをやってみませんか?
    何か壁を破れたら、それがきっかけになってもっとできることが増えるかも。

    ユーザーID:5099096722

  • 一番

    別に、1番が取れなくてもいいのでは?
    本人がその程度で良い、っていうなら、その程度でいいと思う。
    才能ある人は、それはそれで大変ですから。

    ユーザーID:2450709154

  • 「不器用貧乏」よりは良い

    「不器用金持」よりは損かな(笑)。

    ユーザーID:9099146974

  • 言葉の使いどころがおかしいのでは

    言葉の罠に、自分ではまってしまってるのでは。

    器用貧乏は謙遜用語です。あるいは戒めの言葉です。

    たいていのことがそこそこできる人、努力がそれなりに実る人が、他の人にうらやましがられたり、しつこくほめ殺しされたりしてめんどうなとき、「自分は器用貧乏なだけ」と謙遜する。

    あるいは、そんな人のことを手放しで認めたり、受け入れたりしたくないときに、「それほどすごくないよ、器用貧乏だよ」「なんでも一筋に極めるほうがいいよ」と、いわば冷や水を浴びせる言葉です。本人が自分でやることもあります。
    善意の忠言だったり、意地悪だったりいろいろです。意外と、近い身内が浴びせたりしますね。

    つまり、そういう用途の言葉にすぎません。人間の本質を表す言葉ではなく、特定の目的のために使う、うわっつらな描写です。
    いいとか悪いとかではなく、トピ主さんのことをあらわしているようでいて、まったくあらわしていないのですよ。

    だからとらわれる必要はありません。
    トピ主さんは、繰り返しますが、「たいていのことがそこそこできる」、「極端な努力はしないけれど、それなりに人よりは努力して、それが実る人」なんです。すばらしいことです。

    ユーザーID:9251147786

  • レベル感にもよりますが。

    井の中の蛙、って言葉もあるように、自分の置かれている環境や、本人が「出来ている」と認識しているレベル感が人によって全く違うので、それによってコメントも変わって来るのだと思います。
    例えば、まことに失礼な話ですが、レスで挙げられているいくつかの例の中には「そもそも器用貧乏という言葉に当てはまるほど器用じゃなかろう」と思われる例も散見されます。そういう例をイメージして語ると、器用貧乏という言葉の中途半端感がクローズアップされがちなのかなと思います
    一方で、世間の雰囲気として、物事のネガティブな面ばかりが強くクローズアップされることが多いなあと最近特によく感じます。
    良いところは認めて評価すれば良いのに、そういう部分はスルーされて弱いところばかりあげつらわれる。だから自分自身のことに対しても、強みの部分について自信を持てずに弱みの部分についてばかり気になってしまう、というような発想になりがち、という面はないでしょうか。
    確かに、何事も割と簡単に一定のレベルをこなせるようになってしまうことで、努力をする習慣が身につきにくいことはあると思います。
    でも逆に言えば、周りの人だってそんなに努力してますか?という面だってあるでしょう。まあ下を見て安心するってのはあまり褒められた姿勢ではないですが。
    多分、「2位に到達するレベルの人たち」の中ではトピ主さんタイプの人は比較的努力の量が足りない部類だと思います。しかし世の中には「2位に到達するレベルの人」は圧倒的に少ないわけです。そういう人もひっくるめて考えた時にもトピ主さんタイプの人は「努力が足りない」と言われるほどのレベルなのでしょうか。多分、そういう中では努力の量は人並みレベルなのではないかと思います(勝手な想像です)。
    そういう状況に対してわざわざネガティブな「貧乏」という言葉を使うのは、なんかちょっと違うのではないかと思います

    ユーザーID:3951363625

  • どうだろうね。

    親の立場として子供が器用貧乏は見ていてイライラしますね。

    長男が器用貧乏ですね。
    スポーツ・絵・勉強・・なんでも人並み以上にできました。
    例えば、中学校時代は勉強しなくとも学年250人中10番前後。
    経験者(スポ少)が多い部(個人技)に入部し新人戦から試合出場。
    ピアノは、地方大会レベルで優秀賞。

    本人の一番の短所は努力が嫌い。
    進学校に進学しましたが努力がなければただの人です。
    偏差値はどんどん落ちて行きました。
    それでも、中堅大には入りましたけど。

    逆に不器用な次男は、何をやらせても結果が出ず。
    彼の長所は努力を惜しまないこと。努力が苦にならないこと。
    人並み以上(長男の5倍以上)の努力をして部活・勉強・ピアノで結果を出してきました。
    結果は、年数を重ねて少しずつ出てきました。
    例えば、中学の成績は150番前後から3年には一桁に。
    大学は、長男よりも上の大学に。
    彼は、今も努力を続けている・・・それは進化し続けているということです。

    親としては努力する子を見ていると応援したくなりますね。

    ユーザーID:7780034445

  • 汎用性の高い能力

    私 には二人の子供がいまして、
    上の子はスーパー不器用。
    下の子はトピ主さんタイプです。
    上の子は、知能に問題はないはずなのに、ありとあらゆる事の習得に人の数倍かかります。
    親としては、地道な努力の素晴らしさを幼い頃から刷り込むしかないのですが、…努力しなければ確実に並以下なので…
    正直これからの人生、彼の苦難を思うと、母としては涙しかありません。
    下の子は、何をやらせても、短時間で二番手迄は習得します。
    部活、芸事、勉強、なんでも、普通にしてれば上達するのです。
    これは、別に芸事の才能やスポーツの才能があるわけではなく、要点を理解する能力や集中力に優れているのだと思います。
    偏差値の高い学校の部活が結構強いのと同じ現象です。
    「◎◎の才能があるのに、器用貧乏だから一位になれない」
    ではなくて
    「◎◎の才能がないのに、器用だから二位になれる」
    だと思います。
    何事につけ素早く要点を理解する能力は汎用性が高いです。
    人生のいろんな場面で、無自覚でも助けられていると思いますよ。
    羨ましいです。

    ユーザーID:5973010110

  • 「多才」なら褒め言葉

    「器用貧乏」はその性質を短所として捉える時の言葉です。日本では自分の事を表現する時にもよく使いますよね。謙遜表現でもあります。

    同様の状態でも「器用」「多才」「なんでもできる」「ゼネラリスト」などと言えば、褒め言葉です。日本では、自分の事を表現するのにはあまり使わないですけれど。

    主様の場合「それが裏目に出て何かに真剣に取り組むことが難しい」「そのために努力ができない」とご自身で問題として捉えているのならば、短所でしょう。

    しかしそれは、「器用貧乏」自体が短所なのではなく、「コツコツと努力できないこと」「我慢する力が弱いこと」「向上心が弱いこと」が真の短所ということなのかもしれません。

    もしかしたら「本当は1位になりたいのになれない」というような悔しさや負けたくない気持ちがあるのにそれに正面から向き合わずに逃げているために「本当ならもっとできるはずなのに」「本気出せばやれる」というような幼い万能感を持ち続けてしまっているのかもしれません。
    実は、ものすごい負けず嫌いである、という可能性もあるかも。

    でも、困ることなく暮せているなら、それで良しとする道もありますよね。
    「飲み込みが早い」「選択肢が多い」「現状に満足できる」という長所とも言えます。

    全く同じ状態でも、見方を変えれば長所にも短所にもなりますよ。

    もうちょっと自己洞察を深めてみてはどうでしょう。

    ユーザーID:4056975294

  • 好きなことなら努力できる

    私も若いときから,一通りのことは割と器用にできる方でした。
    それは便利ですよ。長所だと思います。

    器用貧乏?
    努力が大して必要なくできてしまうので,真剣に取り組めなくなる。
    そうでしょうか?

    自分にとって真剣に取り組まなくてもいいだから真剣になれないだけだと思います。
    ある程度できれば十分ならそれでいいでしょう。

    でも自分が興味を持ってのめりこめば,元が器用なだけに無敵に上達できますよ。私もある事柄については誰にも負けない,というものを持っています。慢心せず日々磨いています。それは自分にとって大事なことだから,興味があるから,つらい努力ではなく楽しい努力でできてしまうのです。
    そうなったら強み以外の何物でもありません。


    あなたはまだそういうものに出会わないだけではないでしょうか。
    出会ったら器用という強みを生かして,それを大事にしましょう。

    ユーザーID:0955179168

  • 器用は関係ないですよ

    結局何事もやる気や集中力無しでは大成しないものなので、この際器用であることはあまり関係ないと思いますね。

    「8割程度までなら努力なく到達できます」という満足感が何よりマズいんじゃないでしょうか。
    次のステップを見つける意欲がない、反省しない、興味がないことの現れかと思います。

    本能的に挫折を避けてる可能性もあります。
    学校で二番の成績の生徒が集まる大学に行けば、そこで二番になるには才能だけでなくそれなりの情熱・興味・努力は必要なわけだし、社会に出ればそれこそやる気や努力が評価されるわけです。

    器用だから何かに真剣に取り組むことが難しいのではなく、器用は関係なく「真剣に取り組むことをしてこなかった」ということかと。

    ユーザーID:5605849618

  • 器用貧乏と思うと短所。

    何でもできるってもう少し傲慢になれば
    自信がつきます。

    マイナス思考が短所なんです。

    ユーザーID:6045191758

  • 人による。

    器用貧乏ってなんでもできるけど、どれも上手く利用できない人のことですよね。
    だから、なんでもできる器用なところを生かして要領よく生きている人は長所、
    できるからって適当なところやめちゃって結局ものにならない人には短所です。

    私も同じような感じでちょっとがんばれば8割はできます。真似するの得意だし。
    だからアレコレちょっとずつつまんでは辞め、を繰り返してたのですが
    これではいけないと思って一つの事を長く続けてみました。それなりになりました。

    ユーザーID:4344803796

  • 似ているけどね。

    器用貧乏って言い方が悪いかな?
    たいした努力していないのに、そつなくこなせてしまう。
    努力していないから、上を目指す気持ちがわかない。

    私も似てますね。
    でもね。周りからの評価は、目標や向上心が高いって思われています。

    本を読むスピードが速いので、月に最低でも5冊は読んでいるし、
    気になることは、納得できるまで調べまくる。
    移り気なので、どんどん知識が深まる。
    何でもそつなくこなせるので、仕事でトラブルになっても臨機応変に対応できる。
    トラブルになるのはめんどくさいので、絶対ミスがないように注意するし予防線は必ず作っておく。
    後々自分に降りかかってくるのはめんどくさいので、さりげなくやっておく。

    デメリットは、
    たいして努力をしていなので、自分への評価は低いです。
    しかし、自分が出来ることは誰でも出来るって思ってしまうこと。
    リーダー向きではないのです。
    1番は嫌なんです。2番がいいのです。
    自分の事だけ考えて過ごしたいのです。

    今は会社の地位も高くなってきて、自分の事だけ考えてた時代と違いますので、
    また日々努力してます。

    ユーザーID:5922018786

  • 器用に「貧乏」付けなくていい。

    もちろん長所に決まっています。
    努力しなくても困ることが無いのなら、敢えて努力する必要はありません。

    真剣に取り組みたいと思える「何か」が出来たときに頑張れればそれで良し。
    そういうものに巡りあえるといいですね。

    ユーザーID:7619143477

  • 別に悪くないけど。

    苦労しない代わりに満たされもしないからこうやってトピックを立てているのでしょうが、それはトピ主さん自身の問題ですから、ご自分が長所だと思えば長所なんじゃないですか?

    努力した経験がない人、何事にも突き抜けた経験がない人って、すんごく小さくまとまってるんですよね。

    少しでも、「ぬきん出てみよう」と努力してみたら、新しい世界が拓け、上には上がいることも見えてきて
    「何事も8割程度なら到達できる」とか言っていた自分がいかに小さな世界で満足していたかに気付いて、恥ずかしくなると思います。

    でも、努力出来ないなら、そもそもそんな世界を知ることもなく一生が終わります。

    だから、それはそれで、いいんじゃないですか?

    ぬきん出ちゃうと、周囲の妬みを買ったりして、要らぬ苦労も増えますから
    「自分は80点」「努力すればそこそこいけたはず」
    と思い込んだまま一生終わるのも、悪くないかもしれませんよ。

    ユーザーID:1574482438

  • 昔は職人さんが多かったから

    伝統的な仕事や芸術的な世界を極めたいならその通りかと。

    器用な人はそこそこの努力で8割方出来る様になる。けれどそれに甘んじ努力をしなくなり、結果中途半端に終わる。
    一方不器用な人は、そこにしがみ付くしかなくて必死で覚え努力し10の仕事が出来る様になる。
    大工だった祖父に聞いた話です。

    でも今は多様性が求められる時代ですよね。一生を通じて精進していく仕事の方がまれです。むしろ何でも平均以上出来た方がお得ですよ。

    ユーザーID:9505987166

  • 儲からないけど食べてはいける(自分の場合)

    私もそういうタイプだろうなー、と思います。
    「とびぬけてはいないけど、平凡なプロが四職種いるのと同じ戦力」って
    以前の職場で言われてました。
    「それはそれですごい」そうです。

    自分は一つの仕事にのめりこんでそれだけ真摯にやってくのが
    理想だったんですけど…。
    試しにやってみると周囲の人よりもできてしまうので、
    結局何でも頼まれて「何でも屋」的になってしまいました。
    ひょっとしたら他の人はできるのにうまく逃げてたのかもしれないけど
    そんな器用なことはできないし…。
    そういう意味では私は馬鹿正直っていうか不器用だったのかな?

    でもまあ、中年になっても生活できるだけの仕事はあるし、
    「これはこれでよかった」と思ってます。
    良い、悪い、と決めてしまうこともないのでは。

    ユーザーID:3651943955

  • レスします

    何か目標に向かって努力して、なおかつ様々な方面で「そこそこ器用な人」に対して、「器用貧乏」とは言いません。

    「器用貧乏」とは、「何事においても、そこそこできる」ことに胡座をかき、「コツコツ積み上げる努力をしない人」を指す言葉だと思います。

    ユーザーID:2274458123

  • 褒め言葉ではないよね

    器用貧乏という単語は本来は褒め言葉ではないはずです。辞書を引いてみてください。

    でも、ここでついたレスの中には、本来の意味を知らないのか、トピ主さんを励ます目的なのか分かりませんが、良い意味でとらえたようなレスも見受けられますね。

    器用貧乏の「器用」は突き詰めると「小器用」という意味ではないでしょうか。「小賢しい」と「賢い」が違うように。

    事務職なら、特定の分野のエキスパートにはなれない、いわゆる「便利屋」。
    芸術関連なら、上っ面だけ。心を打つものがない。

    便利なだけで大金を払うだけの価値を他人に認めてもらえない。だからいつまでも貧乏。


    かくいう私もいわゆる「器用貧乏」のクチだと思います。今の仕事を極めて、他人から仕事をほめてもらえるようになりたいともがいている最中。

    ユーザーID:9792221033

  • 悩む?

    褒め言葉なら、「器用」のみ。

    「貧乏」がついたら違います。

    理屈こねても意味がない。

    長所を活かしきれない「短所」です。

    ユーザーID:8498072272

  • トピ主は単なる不器用です

    それ言葉の使い方間違ってます。
    引用ですが、
    「器用貧乏」は、「何でもできるがゆえに一つのことに徹することができず、結局なにも極められない」という意味です。 何でもこなせるのに大成しない人のことを揶揄したり、器用さを褒められたときにも謙遜として自虐的に使われたりします。

    トピ主の場合には評価されるようなレベルに到達している物がなにもないので「不器用で貧乏」ということになりますぞよ。

    精進されたし。

    ユーザーID:6270053430

  • 不器用貧乏よりはマシ

    私は普通以下なので普通の人が羨ましいです

    ユーザーID:9709193744

  • 何でもソツなくこなせる

    私も器用な方だと思います。
    歌、絵、手芸、書、家事などの面だけですが,そつなくこなしています。
    でも、収入には繋がっておりません。

    一方、夫は総てにおいて不器用ですが、努力したので金銭面ではゆとりがあります。この組み合わせがベストかな〜と、今は思っております。

    ユーザーID:2774010759

  • それ器用なんじゃない

    中途半端に放り出してるだけです。

    世の中の大抵の技能は、誰でもすぐに二番手、8割5分くらいにはなれるものです。
    たとえば、どんなに運動神経が鈍い人でも、学生時代部活やってたスポーツならば、人並み以上できますよね。

    ただ、技能が役に立つようになるためには、トップ、ぼぼ完璧にできるようにならないといけません。そして、二番手の段階からトップになるためには、初心者が二番手程度になるのとは比較にならない努力が必要です。
    多くの人は、そのことが分かってるから、あれこれ手は出さず、集中して努力してるのです、

    トピ主さんのような人は、単に根気がないだけです。

    ユーザーID:8391872294

  • 必ず落とし穴が…

    なんでも出来ると周りから思われ安請け合いもしてしまう。必ず落とし穴(できないこと)が待っています。今まで積み重ねてきたものがたった一度の失敗で貴方の評価をさげます。
    簡単そうにこなしてしまうので周りから大したことしてないと思われがちです。同僚の評価は高くても細かいところまで見ない上司は評価しません。したたかな同僚からはマウントも取られやすい。できないと言うのもなんだか悔しいと言うジレンマにも襲われます。いつか理解されるのを待つしかないのですが…
    私はあまりにも悔しくて退職しました。退職してから私がいた部署はぼろぼろになったらしいです。失敗していないことを会社は評価しません。失敗した人を二番煎じでしゃしゃり出てくる人を評価します。理解されるのは正直無理なような気がします。

    ユーザーID:6877731486

  • 結局貧乏だからね

    人生いろんなことがありました。何でもできるとサバイバル能力は高いと思います。最低限の成績であらゆる資格も取れる。出世しないけど仕事はすぐ見つかり、そこそこ稼げる。
    でもいつもそこまで。

    この年でそのことに気付き、8割以上を目指そうと上の資格を目指していますが、今から頑張ったところでスタートラインに立てるだけで、大成は望めません。器用なので、また資格は取れそうですけどね。
    でも、努力家の方からは、よく妬まれ蹴落とされるので、あまりこういう話はしません。

    主さんはまだお若いのかな?器用が努力するとすごいので、これだと思うものを見つけたら、ちょっと努力してみてください。きっと大成しますよ。

    ユーザーID:2639390504

  • 飽きっぽいよね

    ウチの息子が器用貧乏ですが。たぶん。

    何でもすぐできちゃうから物凄く飽きっぽいんですよね。で、ヒョイヒョイ興味の対象が変わって全然長続きしないから亀に抜かれる。
    昼寝すんじゃなくて途中で走りっくらに飽きてどっか違うとこピョイピョイ跳んでっちゃうバカウサギ。

    でもそういう性質なんだから仕方ない。
    いい面も悪い面もあるわよねそりゃ。
    自分でも自覚してて、漢文で愚公の話が出てくりゃ「俺に欠けてるのはこういうとこ。でも多分俺、愚公に飯の差し入れくらいはするんだぜ、愚公タイプを尊敬するから」つってた。

    ウチは三歳上の姉ちゃんが激しい不器用でドン亀タイプ。
    息子が小2ごろに「ここ行きたい」って美術予備校付属の子ども美術教室のチラシ持ってきて、通いはじめて。まあ教室の展示会とか見に行っても息子上手かったですよ。
    娘にも「一緒に行けば?」と勧めたが「私は図工も全然ダメだから(通知表で△ばかりついてた)」とその時は行かず。
    息子は小5の終わりに「中受する(いきなり決めやがった。受かった)から教室日がぶつかるから美術教室やめる」とやめた。飽きたな。

    一方、中1から「やっぱり…」とそこの中学美術教室に行きはじめてた姉ちゃん、下手なままだけど、中学校での美術の評価も3/10だったけど、美研やめずに描き続け、高一で急に化けて美大受験決定、高校でも「制作関係はあの子」という事になって文化祭美術制作委員長等やり、美術評価は急に10/10。

    息子もね、今でも学校の美術の実技点はほぼ100点なんです。文化祭では進行リーダーやりながら看板デザイン任されたりしてるし。
    でもそりゃ姉ちゃんの作品には圧倒されるわけですよ。「愚直に続けるとこうなるから怖いよな」と黙り込む。
    で、「俺はこういう、コツコツ続けに続けて化けるってのが無理な小者なんだよなー、まあしゃあないよなあ、これが俺だし」って言ってる。

    ユーザーID:8687131315

  • う〜ん、意識の問題だからね

    自分が幸せで満足していて、将来的に不自由もなさそうだ…
    っていうならさ同じ状況でも器用貧乏とは言わないんだよね。

    結局はさ、自分が損しているというなら欠点が隠れているんだよ。
    満足しているというなら器用貧乏じゃないってことだ。

    そういった意識・認識の問題なんだよ。

    例えばですがね、仕事とかで極めようとするかってなるじゃない。
    当然のように責任だって重くなるわけです。

    でもさ、女性なら良くある話だけど、人生って仕事だけじゃない。
    結婚とか妊娠・出産・子育てとかもあるわけですよ。

    そりゃ中にはさ、仕事も家庭も完璧なんて言う人もいるだろうよ。
    でもさ、大半の人はどっちかに傾注してしまって高いレベルで
    両立できないって人の方が沢山いると思うんだ。

    それがさ、トピ主さんのようなタイプであれば、
    どっちに傾注もしないかわりに、どっちもソコソコ以上で
    認められることだった可能ってならないかな?

    どの人生が幸せだと思うか。
    どれでも違った幸せがあるだろうよ。

    そういった意味ではさ、上昇志向があるのに挫折を選ぶのは
    欠点と言うか自らを不幸にしているだけって気がするんだけどね。

    ユーザーID:7623816212

  • お気持ちわかります

    トピ主様のお気持ちよくわかります。
    私は幼少より塾に行かずに宿題は授業中に終えて難関大学に普通に入学しました。でも最難関ではありません。
    習い事のピアノはレッスンに行く直前にちょこっと鍵盤を触って、先生に「よく練習したわね」と褒められました。でも本当に人に聴かせられるほどのうまさはありません。

    仕事も特に困ることなくトントンと管理職になり、お給料も人並み以上にいただき、結婚して子供もおります。でもジェネラルな仕事です。

    大学で習ったフランス語は、話すと「うまいね」とほめられますし映画を理解できるレベルになりましたが、通訳はできません。

    何も抜きん出ることなく、仕事でも極めるとまではいかなくても、これはそこらの人には負けない自信がある、という分野があるわけでもなく…。

    そして最近、心の底から熱中してきたものがないように思います。まわりにいるプロフェッショナルな人、スポーツや技術的なこと、これ!と邁進してきた人を心底羨ましく思います。

    贅沢なんでしょうね…でも虚しさがあるのも事実です。
    多くの事には不器用だけど、一つのことが大好きで熱中する人って本当に素敵だなぁーと思います。
    人生折り返しになりましたが、今まで熱中するものを見つけられなかったのは、器用だった故だと思うと、人生どっちがよかったのかなあ、とふと考えてしまいます。

    ユーザーID:4026698317

  • 私はうらやましい

    趣味なら「趣味の幅が広い」、仕事なら「汎用性がある」人になると思います。

    トップは取れなくとも、そもそもトップを目指している人ってどこまで居るでしょう。それよりは多才な方がいいように思います。

    わたしの母は多趣味で器用。その分興味を持つジャンルが多いので、次から次へと手を出していく感じです。家には作りかけの品がたくさんあって、「時間があれば仕上げる」と言いつつ次の興味を持ったところに手を出す。
    上手なのだから一つずつ仕上げてレベルアップしていけばいいのにと思いますが、本人は別にプロになる気も無いので興味の赴くままに行動しているのでしょう。

    手芸品をバザーで売るとか、生活に必要な小物を作るとか、来客のためにケーキを焼くとか、一定のハイレベルでいろんなものができて私もいろいろ恩恵にあずかりました。
    悪い面は幅広く手を出し過ぎてどれも中途半端になってしまった事です。

    また仕事面では優秀だからどんな仕事を言われてもこなす人がいましたが、優秀さが災いして何か欠員があるとそこにあてがわれる。そこもそつなくこなすので「アイツならできる」という信頼は高まり、次の分野に回される。最初はそれでよかったけどもう何年もそんな使われ方をすると特定分野の実績が積めず、経理ならずっと経理をやってきた同期には敵わないし出世もできない。
    と言う感じになっています。そこでもう一つブレイクスルーがあって、多分野での経験を活かした幅広い知識を買ってもらえたらいいのですが、そういう需要に引っかかるほど一か所で経験が無い感じです。

    一年ごとに転職してる人は「様々な経験を積んだ人」とはみなされないのと似たようなものでしょうか。

    もし8割まで行けるなら私はうらやましいです。
    自分が8割で満足できないならいいことではないかもしれませんが。

    ユーザーID:7229267031

  • 捉えよう

    母親がまさにそのタイプです。自分で言ってます。
    で、母自身は劣等感があるらしいですよ。
    何でも素早く人並みかそれ以上にできるようになっちゃうけど他人様に教えるレベルまではいけないのよとかって。

    考えようじゃないかな。
    母のように捉えるか、なんでもサラッとできる私って凄い!と自信をもつか。

    私自身はそんな母親を見ているので、精神衛生上はあまり良くないことなのかもなあ、なんて思うほうです。

    ユーザーID:8044212550

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