田舎育ちの思い出

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  • すいば という野草も食べていました

    今日のテレビで野草料理で有名な京都の花背の山の宿で
    すいばを料理を作っているのを見ました。
    思わず、それを生でかじっていたよぉ〜〜と、心の中で叫んでいました。
    茎をかじると酸っぱい味がして、春の訪れを感じていました。
    私の田舎では「すいかんべ」と呼んでいて
    50キロ離れた同じ県の主人の所では、「すいこ」と呼んでいたそうです。
    全国的にある野草だと思うので、他の地域ではどんな感じでしょうかね?

    ユーザーID:7077292389

  • ストーブの上でつくる

    田舎は豪雪地帯の雪国です。
    最近は地球温暖化のためか雪が積もらず車が走っていますが、昔は2階の窓から出入りできるほど雪が積もっていました。
    今考えるとアパートの1階に住む人など完全に埋まっていて大変だったろうと思います。

    上にやかんが乗せられる石油ストーブが普及していて、普段は加湿のために常にお湯を沸かしていました。
    ストーブの上で餅を焼いたり、焼き芋やスルメなど焼きながら食べていたのを思いだします。

    ユーザーID:7859476955

  • 思い出します

    還暦が近くなり、時々子供の頃のことを懐かしく思い出しています。

    ヘビイチゴは毒があると聞いていたので食べませんでした。
    でも今調べたら無毒なのですね。食べてみたら良かったな。
    ナワシロイチゴは毎日食べました。大好きでした。
    イタドリも「酸っぱー!」と言いながらも食べましたね。

    レンゲやシロツメクサの首飾り、ヤハズソウの葉っぱちぎり
    スズメノテッポウやカラスノエンドウで笛作り
    イタドリに鈴なりになったマメコガネ捕り、池の土手でそり遊び
    崖に向けてテニスの壁打ちのごとくボール蹴り
    ザリガニ釣り(釣ったザリガニの身を餌にして友釣り。残酷!)

    ほーんと、毎日遊びまくっていました。
    兄がいるので、男の子のような遊びが多かったです。
    そして子供は息子2人なので、帰省するたびに色々な事を伝授しましたが
    もう忘れたかな?

    ユーザーID:5895716590

  • 胡桃

    おばあちゃんの家に胡桃の木があってよく食べてました。
    家には柿や無花果がなって、自分でとって食べていました。
    よく考えると贅沢ですよね。おばあちゃんと蓬を摘んで草餅を作ってもらって食べたのもいい思い出。

    今、実家の庭には枇杷がなっています。
    去年初めて沢山成って、というか気が付いて食べたのですが、すごく美味しかったので楽しみにしています。今までは母が一人で食べていたらしい。母が植えた木で少ししか成らなかったみたいで。
    これは姪たちにも食べさせてやりたいな。大人になったら思い出になるものね。

    ユーザーID:7305467734

  • トピを

    うっとりとして拝読しました。自然の中で育ってそれがずっと心の中に残っている。味とか匂いとか五感を通すと思い出も立体的になりますね。とても彩豊かな思い出で羨ましく思いました。

    実家は東京です。幼い頃は今より原っぱもありましたので、それなりに植物とも触れ合っていましたね。

    花の蜜といえばサルビアです。真っ赤なサルビア。筒型の出っ張った花弁を引っ張って先をなめるとかすかな甘みが。ミツバチになった気分でよくなめていました。おしろい花も沢山ありましたが蜜もなめれたのですね。私は専らその種を集めていました。種を割ると白い粉が出てきてそれ故「おしろい花」なのだそうです。

    おしろい花の話が出たついでにもう少しその話をさせて下さい。在欧なのですが(住んでいる所は北)スペインの島に行った時の事。どこかの家の庭先におしろい花が咲きあふれていてびっくりしました。おまけに太陽の光が強いせいかここで見た花は一回りも二回りも大きかったです。

    日本では馴染みのある花でもこちらでは全然見かけませんでしたから。もう何十年振りに偶然会った友人みたいに思えてしまって一人で感激していました。幾つか種をこっそり頂いて植えればよかったなあ、、なんて後になって思いました。

    ユーザーID:6454063227

  • 色々な甘酸っぱい味が広がりますね

    皆様の懐かしい思い出の味に、あるあると頷いています。
    桑の実は、桑の葉の上にたくさん乗せて、いっぱいを一度に食べて満足した
    思い出があります。
    田植えの手伝いをしながら、休憩時間にオレンジ色のいばらイチゴを探したり、
    グミの実の味も懐かしいです。
    どの思い出も、まったりとした時間の流れの中で、その時の
    小さい自分の姿が幸せそうで、いい時代に育ったなぁと思います。
    平成生まれの孫たちに少しでもそんな思い出を心に刻んでほしいと
    思い、田舎経験に近い遊びを色々とさせるように心掛けています。
    自分の田舎に息子家族たちと帰った時に、孫たちにも海や野山の昔ながらの
    遊びや懐かしい味を伝えています。
    でも、今どきの子供には中々伝わらないのが残念です・・・

    同じ時代を生きてきた皆さんの話を聞けて本当に嬉しかったです。
    ありがとうございます。 

    ユーザーID:7077292389

  • 東京育ちですが、

    同様な思い出はあります。東京の葛飾区で生まれ育った、60代後半の兼業主婦です。

    子供の頃は自然も多く、田舎の方ほどでは無いものの、食べ物関係の思い出はあります。

    私の隣家(伯母の家)は、茅葺の屋根で、米作りの農家でした。秋には庭で、脱穀していました。もち米も作っていたようで、年末には餅つきをしていましたね。子供達も手伝わされました。それらの用具を洗うのは、庭にある井戸水。


    野原も沢山残っていたし、土手にも食べられる草が生えていましたね。


    ツクシをみんなで摘みにいった思い出があります。隣の伯母が煮てくれていました。

    それから、父親が近くの川で、うなぎを釣ってきた事がある。戦後直後で、工場とかまだ建ち並んでいませんでしたから、川も汚染されていなかったのでしょうね。

    それから千葉県にある友人宅の裏には、竹やぶがあり。春には筍をおすそ分けしてもらいました。

    のどかな時代でした。食べ物の他にも、川ではザリガニとりをしたり、セミやカブトムシは好きなだけ捕れました。

    東京だって、田舎な部分がまだ残っていた時代でした。

    ユーザーID:6965459163

  • 田舎と言えば・・

    私はトピに書かれているほどの田舎育ちではありませんけど、
    父親の出身地がかなりの農村部で、幼少期には夏休みや年末に
    よく親戚の子達と祖父母の元に合宿に行きましたよ。

    夏は川遊びで一日が終わりました。
    とにかく泳いで、魚釣りして、真っ黒に日焼けして。。

    おばあさんが畑で作った不揃いのトマトを川まで持って
    来てくれたり、普段は食べないであろう天ぷらを
    あり合わせの材料で揚げてくれたり。ガスコンロはあったものの、
    天ぷらを七輪の炭を熱源にして揚げてました(笑)。

    そんな川も祖父母が他界して何十年も経ち、
    野性味あふれる場所だったのが災害対策の護岸工事で
    今ではすっかり「山間の自然を感じないそのへんの川」と
    化してしまいました。

    上流には日帰り温泉場も出来、なんとなく川も濁った感じです。
    まだ家があるので掃除・風通し・修繕に行くんですが、
    もうあの時代には帰れない切なさを感じます。

    ユーザーID:7640476030

  • 数十年ぶりに思い出しました

    北陸地方、昭和三十年代生まれです

    子供のころ段々田んぼの畔に生えている「つばな」を食べていたら
    大人から馬か牛の食べるもんだ!と言われた思い出があります

    たまに草の芯を食べていたのですが何という草かは分かりません
    やはり畔とか崖に生えていた草の芯で
    素麺くらいの太さと長さで色は黒でした

    芯が簡単にスポッと抜けるのでたまに食べてました
    味は甘くも酸っぱくもないけれどまずくもないもので
    刺身のつまの大根的な味だったような気がします

    つばなは今でも土手みたいなところに沢山生えてるのを見ますが
    くろんぼのほうは見たことがありません

    なんという草だったのか知りたいです
    その頃の子供たちは芯のことを「くろんぼ」と言ってました

    ユーザーID:4912054044

  • ハイビスカス

    沖縄育ちです。
    ヘビイチゴは食べてましたねえ。
    サトウキビも収穫の時にもらって、かじって汁を飲んでいました。
    でも季節が限られるので、年中いけるのはハイビスカスの蜜でした。
    色々と遊びかたもあるのですが、内地の方はしないですね。

    アロエは食べるよりは怪我のとき。

    ヤシの実は、大きい子からで結局順番が回ってきませんでした。
    バナナやパパイヤは家の庭で取れましたが、食べるのにも一手間必要なので大人がいないと食べられなかったです。

    ユーザーID:8146649015

  • 蛇イチゴ

    蛇イチゴ…野いちごの一種、すかんぼ(スイスイ)→山クラゲとして今は売られてます、ぐみの実(黒紫色が甘い)、他に土筆・蕨・天然タケノコ…などありましたが子供なのですぐに食べられるものが人気。大クワガタもとれましたが 数年前デパートで1500円だったのにビックリでした。 買うのでなく、自分で取るから<思い出>になるのでしよう。

    ユーザーID:8254733609

  • 蜜なら

    みかんの花の蜜も吸いましたよ。愛媛県民なので。
    GW頃になると白い花が咲いていい香りがするのです。

    イタドリはうちの辺りは『タシッポ』と呼びます。
    県内でもごく狭い範囲なのですが。

    学校帰りに田んぼのピーピー草(スズメノテッポウ)を取ろうとして水路に落ち、幼馴染のお母さんに見つかって絆創膏貰ったり。

    ユーザーID:2699577379

  • 片田舎のイガグリ頭はね〜

    春:鮒釣りの間にドジョウを獲る仕掛けをし、釣りが終わったら回収。
      春の恵みを謳歌したのは父とお爺ちゃんで、晩酌にどぜう鍋でした。

    夏:特にこれという獲物なし。

    秋:柿・栗・あけび等をどん欲に収穫。母に褒められると全部差し出す良い子。
      でも、柿はお米収穫後の藁組にこっそり”ずぼ”しておき、甘くなったら独り占め。

    冬:雪で何もすることが無く、釣り竿作り。
      横で賢い猫がはべっているのみ。

    う〜!戻りたい、あの頃に。

    ユーザーID:5192421472

  • 四国の田舎育ちです

    イタドリ、美味しいですね。
    生でも食べましたが、私は油揚げと炒めて食べるのが大好きです。


    子供の頃は毎日裏山で野イチゴを食べていました。


    ほっぺたがキュイっとなるグイミの苦さ、今も味を覚えています。


    保育園の花壇のサルビアの蜜を吸い尽くしていたのは私です…


    懐かしいですね〜♪

    ユーザーID:9115534147

  • 一番の思い出は

    やはり桑の実ですね。
    私の実家の方では「桑ずみ」と呼んでいます。
    近所に何本か桑の木が生えていて、実がなるとよく採って食べました。
    黒に近い赤色に熟すまで待ち遠しかったのを覚えています。
    その木も道路拡張工事のため全部伐採されてしまいました。

    あとよく食べていたのはナズナのおひたし。
    農家なので田んぼの畔とかにいっぱい生えている
    ナズナを取ってきて、夕飯のおかずにプラス1品。
    採ってきたナズナを台所で母と一緒に洗ったりする時間も好きでした。

    ノビルは父の晩酌の肴用によく採りましたね。
    子供の私には大人の味だったので、自分ではあまり食べませんでしたが、
    晩酌の肴にノビルがでると父が喜んでくれた思い出があります。
    実家の方ではノビルではなく「ねんぼろ」と呼んでます。

    春先になるとフキ味噌もありましたね。
    なんだか、おやつより「おかず」ネタが多いですね(笑)

    こうして思い返してみると、私は味よりもそれを食べている家族の顔や、
    家族を喜ばそうと野草を採る気持ちや、それを調理してくれた母の姿の方が
    より鮮明な思い出として残っています。
    80代になった父母とも時々この話題は出ます。

    全くのヨコになりますが…
    「口に広がる味までも思い出せるような食べ物」で
    一番強烈だったのは、生のカリンです。
    昔、実家の畑の脇にカリンの木が植えてあって、
    子供の頃、木になっているカリンを洋ナシだと思ってかじっちゃったんです。
    もう口の中が大惨事で、あの味だけは忘れません(笑)

    ユーザーID:9670734001

  • 里の畦道‥…その昔。

    懐かしい…
    名称だけ‥…『しーび』って、何だったか?
    イタドリ?

    桑の実…(昭和初期は『蚕さん』を育てる家が多かったとか)
    グミ。
    もう、味も忘れてしまった。

    『無花果』は実家の庭の三ヶ所にあり、『ジャム』にした記憶が‥
    実家の父が健在の頃、30年前…
    『デラウェア』『巨峰』『キーウイ』『蕗』『葉ボタン』『富有柿』などなど栽培していて懐かしい。

    庭の『ユスラウメ』は満開…突風で散りつつ。
    毎年、実を沢山付けるので、義弟が楽しみにしてます。

    ユーザーID:4366668843

  • ゆず

    実家の裏にある柚子の木。

    物心ついた時から甘いものが食べたくなると祖母が作ってくれた柚子砂糖。

    柚子を千切りにして多めの砂糖で混ぜるだけです。
    種もそのまま。

    冬になり、柚子の香りをかぐとその味を思い出し無性に食べたくなります。

    美味しいものが溢れるこの時代、幼いこれから食べたその味はどんなデザートより優しい味がします。

    ユーザーID:4223891751

  • 同郷かも

    懐かしいおやつが出ています。
    私の子供の頃はそういうものを食べていました。
    つばなの銀色に輝く新芽は春の訪れでしたよね。
    秋には山ブドウや野イチゴやアケビも採ることが出来ました。
    私は黄色の野イチゴがすきでした。

    ユーザーID:0851058914

  • 50代です

    生まれ育った場所は大都会ではないけど、そこそこの規模の都市の中心部でした。
    私が子供のころはまだ空き地や草むらもありましたね。
    神社や公園も今みたいにコンクリートだらけじゃなかったし、庭付きの家も多かったです。

    蜜を吸った思い出があるのはオシロイバナだけです。
    当時は実のなる庭木を植えてる家も多くて、ビワとかザクロとかイチジクなどは自宅で採って食べるものでした。
    大人になってからスーパーで売ってるのを見てびっくりした覚えがあります。
    スーパーで売ってない昔の味と言えば、ユスラウメやグミですね。

    夫は養蚕が盛んな土地で育ったので、昔のおやつといえば桑の実だそうです。

    ユーザーID:5235460670

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