母が亡くなりました。

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はなこ

ひと

ごめんなさい、ここで吐き出させてください。

母が亡くなりました。毎日がしんどいです。

約2年のガン闘病の末、62歳で亡くなりました。
もうすぐ四十九日を迎えます。

四十九日法要の段取りが整うまでは
色々とやらなければいけないことがあり

連日、兄とも連絡を取ったりして
寂しさが紛れていましたが、

段取りが整った今、感情の行き場がなくて
どうしていいのか分からなくなっています。

最初は『特に用事はないけどね〜笑』なんて
兄に電話して寂しさを埋めようとしましたが

母の死を機に、家を継ぐことになった兄は、
まだまだやることや考えなければいけないことが山積みの状況にあり、そんな中で毎日
仕事もして、疲れていました。

私との電話も面倒くさそうだったので
早々に切りました。

余計に辛くなり、行き場を探していたら
ここの掲示板に辿り着きました。

迷惑かもしれませんが
同じ経験、思いをされてる方がここには沢山いて
ここで吐き出させてもらうことにしました。
すみません。

悲しい、会いたい、喋りたい、寂しい、辛い

色んな感情が溢れ返ってる心の中に
ひとつだけ、質問があります。

お母さん、私がお母さんの死期を早めてしまったのかな?

負けん気の強いお母さん。
病気になんか負けてたまるか、生きてやる!ってずーっと頑張ってた気持ちに、
もういいかなって、させてしまったのは
私のせいだよね?

5月に余命2〜3ヶ月だと聞かされて
県外に嫁いだ私は、
仕事も辞め、子供を連れて、
6月から実家に帰ることを決めました。
職場にも話をしました

自分が後悔したくなかったからです。
父は5年前に突然亡くなり
何も出来なかった。

『帰省ではなくて、一旦実家に帰ろうと思ってるよ!やっとお母さんとゆっくり出来るね〜!待っててね!』

このメールをした3日後
母は亡くなりました。

ユーザーID:5968572218

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  • 母を亡くして体重減少しました

    トピ主様のお気持ちよくわかります。この悲しみ、一か月は体重減少するし、二週間は眠れない、四十九日、初盆、一周忌まで、悲しみを引きずる。三回忌、七回忌まで、ことあるごとに思い起こす。
    私は糖尿があるのですが、母が亡くなる前に人間ドックがあって、引っかかっていましたが、亡くなってから食欲がなくなり、二キロは体重が減少しました。そして一か月後に検診と栄養指導がありましたが、数値が改善して、また、栄養指導ではどうして体重が減少できたのか、聞かれたほどでした。食欲旺盛な私が、本能に逆らい痩せるほどの悲しみというのは、すごいことだと思います。
    初盆には、本気で、お盆の迎え火から母が出てきてほしいと願っていました。
    また実家に帰っても幽霊が怖いとか全然思わず、月に二回は帰省しています。美しい母だったので、母の友人たちが、母の面影をしのび、いまだに実家に訪れます。
    また、母の友人たちともメールアドレスを取り交わし、お付き合いしています。
    母のお洋服は、同じサイズだったので、私が踏襲して仕事の時に着ています。

    最近になって、七回忌の話が出るようになりましたが、母の面影がだんだん薄れるようになりました。母の価値観は私に受け継がれていると感じられるからです。
    母の面影と一緒に歩んでいると感じる自分があります。

    トピ主様も一つ一つの法事をこなすうちに、悲しみが風化していくのを感じられるようになるでしょう。子供にとって母の肖像は永遠です。良いお母さんだったとということだったと思いましょう。

    ユーザーID:4221321134

  • 一緒

    あなたの半分はお母さんから出来ている。
    話し方のくせとか声の質 ふとした横顔 考え方や 笑いのツボ 好きな食べ物 得意なこと苦手なこと
    いろいろ引き継いでいるでしょ。

    いつも あなたの中にお母さんはいる。

    ユーザーID:4281400681

  • ありがとうって

    言ってらっしゃると思います。

    お母様の年齢が私と一緒でなんだか他人事に思えずに出てきました。

    はなこさん、あなたの気持ちが本当によくわかる気がします。

    私も3年半前に母を90歳で亡くしました。癌でした。私が小学生一年の時に当時は治る見込みの少ない病と言われていましたが、その時は癌から生還し、その後大病を患い腎臓を片方なくしましたが、なんとか90歳まで頑張ってくれました。


    あなたは自分がお母様の命を縮めてしまったのではないかとおっしゃっていますが、そんなことはありませんよ。

    潔くお仕事を辞めてお子さんを連れてご実家に戻ろうと決心されたあなたの真心にお母様がどんなに心強くうれしく思われたことか、、、、私には手に取るようにわかります。

    海外在住と言うこともあって、年に一回か二回帰国するのが限界だった私からすると本当に優しい、本当に素晴らしいお嬢さんだといわせていただきたいです。

    忙しさに気がまぎれている内はなんとか時間をやり過ごせますが、一旦落ち着いてくると押し寄せてくるような寂しさと切なさでどうしようもなくなるのは、あなただけではないです。

    母が亡くなったことがどうしても現実のこととして受け入れられなくて、母のいない家に何度電話をかけたことでしょうか。
    還暦を目前にした私のことです。

    誰もいない実家に鳴り響く電話の呼び出し音だけが20回も30回も続き、滂沱の涙でした。
    電話に出てくるはずがないのに、どうしても母の声が聞きたくて、、、、。

    はなこさんもきっとこんな気持ちだろうと想像しています。

    時間の流れは残酷ですが、時に親切です。今は母に心で話しかけながら穏やかに日々を過ごしています。
    はなこさんのようなお嬢さんを持ったことをお母様はきっと誇りに思っておられますよ。
    どうか一日一日を自分を責めるのでなく、お母様との思い出を思い出しながら元気に暮らしていってください。

    ユーザーID:7591270693

  • 色々考えますよね。

    うちでは母を8年前、父を6年前に亡くしましたが、いまだに夢に出てきます。
    月日は経っていてもほぼ毎日思い出しますし、生きてたらなーと思うし、親の存在って大きいですよね。

    まだ亡くされて間もないので、お気持ちは安定しないでしょうね、泣きたいときは泣いていいんですよ。
    私も兄妹なので同性だったらもっと話せたかなと思ったり、自分の家族はあっても孤独だなと感じたり、やっぱりもともとの家族がいいなと兄にメールしたりします。

    あと、死期を早めてしまったと気にされてるようですが、お母様は娘のその言葉を聞けてとても嬉しかったと思います。きっと最後の3日間はベッドで横になり、うつろうつろしながらも頭の中で毎日一緒に過ごしてるような空想を描きそとても幸せに過ごしたんじゃないかな。
    そう思います。

    ユーザーID:5139061573

  • レスします。

    お母様のお悔やみを申し上げます。何処の癌かわからないのですが。62歳の若さだと進行が早かったのでは?亡き母は 乳癌で 83歳で亡くなりました。闘病は 二年四ヶ月。 予約受診を夜勤の入明の日にしてもらい 受診してきました。亡くなった時に不謹慎ですが これで受診しなくていいんだ。私もギリギリでしたので…。娘さんの言葉が 死期を早めたわけではないですよ。自分がいなくても 大丈夫だろう。と思われて旅立たれたと思います。親が亡くなれば 空虚感があって当たり前です。49日の法要が過ぎると 霊から仏様になり この世からあの世へ。お盆には帰ってこられます。お気を落とさないで下さい。ご冥福をお祈り申し上げます。

    ユーザーID:2606261483

  • ほぼ同じ境遇です

    はじめまして、わたしも昨年の9月に母を乳がんで亡くしました。闘病1年、56歳でした。
    わたしは28で、4人兄弟の長女なのですが一番下とは10歳離れており、誰も結婚していないので孫はおろか、結婚式すら参列してもらうこともできませんでした。なのでそういう面では、はなこさんが羨ましいです。
    弟達の方がお母さんと過ごした時間が自分より短いんだよなと思うと家で弱音を吐いたり辛い顔をすることが出来ません。周りの友人にも同じ境遇の人は居ないのでどこで吐き出せばいいのか分かりません。うつ病を患い、通院しながら仕事にも通っています。
    吐き出す場所がないのって本当に辛いですよね。わたしのように心が病気になる前に、誰でもいい、どこでもいいので吐き出せる場所を見つけて下さい。

    わたしも母が病気だと分かってから特に何もできず、軽く考えていて後悔だらけです、後悔しかありません。わたしがあの時ちゃんとしてたらなど考え出したらきりがありません。ますます落ち込みます。
    支離滅裂な文章で申し訳ございません、仲間がいるよということが少しでも伝われば幸いです。

    ユーザーID:7951043815

  • 涙が出ます

    私も感情の行き場がなく、彷徨っていたところこちらに辿りつきました。

    私は母が亡くなったのではなく、母の命はあと1週間〜1ヶ月と言われました。
    10日前に手術をしたのですが、結局ダメでした。

    残された時間、母にやってあげたいことだけを考えるべきなのに、私は毎日「母がいなくなったらどうしよう」と自分のことばかりを考えてしまい、母がいなくなる恐怖に押し潰されそうになります。
    脳のガンだったので、そのうち意識障害もでると言われています。

    できることなら「よくがんばったね、もう大丈夫だからね、安心してね」と言ってあげたい。
    けど、言えません。
    心がついていきません。

    なかなか難しいですが、こう考えるように(こう考えたいな)しています。
    愛する人がなくなって、寂しい、辛い、会いたい、声が聞きたいと思うのは、それだけ大好きだったからですよね?
    それだけ大好きになれたということは、それだけ愛されて育ててもらったからだと思います。
    溢れんばかりの愛情を注いでくれたから、寂しいのです。
    こんなに愛して愛される人がいたこと、感謝したいと思います。
    いつか、母は私の中に生きていると思える日が来ることを信じて。
    そして、いつか私も死んで母に会った時、(よくがんばったね」と、褒めてもらえるような人生を生きなくてはと思います。

    まだまだこんな風に思えないですけどね。
    一日一日を大切にしていきます。

    一日一日、歯を食いしばって生きていれば、必ず少しずつ時間が癒してくれるはずです。

    お母さんの存在は大きいです。
    だから辛いです。
    一緒に頑張りましょう。
    私も眠れない日が続きますが、一緒に頑張りましょう!

    ユーザーID:8171786890

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