現在位置は
です

発言小町

新しいトピを作成
本文です

母の死が迫り、心が壊れそうです。 携帯からの書き込み

トピ主
2019年7月4日 3:34

眠れない夜が続き彷徨っていたところ、こちらの掲示板にたどり着きました。
みんなが通る道であることは重々承知ですが、母がいなくなってしまう恐怖で心が壊れそうです。
夜目をつむると母を思い出し、涙が止まりません…

私は40歳、母は67歳です。
つい10日前…
脳へのガン転移が見つかり緊急手術となりました。
18年前に一度目の手術をして、今回で3回目でした。

8時間の手術が終わり、母に声をかけると「あうあうああー」と何を言ってるのかさっぱり分かりません。
言語障害です。
頭ではしっかりわかっているのに、それを文字にすることも言葉にすることもできなくなってしまったのです。

母からは今までたくさんの手紙やメールをもらいましたがもう二度とこないのです。
もう電話で話すこともできません。

しかし「リハビリをがんばろう」と気持ちを切り替えた矢先、新たな問題が出ました。
もう一度手術が必要だと…
手術しないと命に関わると。

しかし母は断固拒否。
家族は手術を受けてほしいと頼んだのですが、母は「もう18年がんばった。手術も通院もがんばった。言葉も分からない、理解もできない状態は嫌だ。もういいよね?トピ主なら分かってくれるよね?」と涙ながらに訴えてきました。
2人泣きました。

そして本日、延命治療はしないことが決定しました。
急速に言語障害、右半身の支障、意識障害がでて死に至ると説明を受けました。
1週間か1ヶ月かはわからないと…

ここ10日の出来事です。
父には心の準備をしろと言われましたができません。
母が大好きです。
いなくなってしまうことが怖くて怖くてたまりません。
結婚も遅く、やっと孫(生後半年)に会わせてあげることができました。
「おばあちゃんって呼んでほしいな」と未来の話もたくさんしました。
それも叶いません。
こんな弱い私に皆様の経験などお聞かせ頂けませんか?

ユーザーID:8903495895  


お気に入り登録数:96
  • 携帯に送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
古いレス順
レス数:25本

タイトル 投稿者 更新時間
だいすき
ななこ
2019年7月4日 10:22

5年前のことです。

私も40歳。 母65歳。

電車で3時間の距離。 
離れて暮らしていました。

時々、旅行に行ったり
孫の写真を送ったり
楽しく、普通にメールも電話もして過ごしていたある日

突然の電話でした。

あと、半月。

末期のがんでした。

私は最初、
「はあ?なに?誰のこと言ってるの?」
「お母さんが?そんなわけないでしょ」

信じられない気持ちと、信じたくない気持ちとで
混乱していました。

本当に21日目に 母は旅立ちました。

私はこの21日間に たくさんたくさん
思い出を語り合いました。

〇〇に行ったとき、□□! あれ すごかったよねー!

美味しかったよねー

お母さんの作った〇〇 あれ大好き! 真似できんわー

常に、「お母さん大好き」 「大好き」 「大好き」
言い続けました。

母はとても嬉しそうな笑顔でした。


お気持ちを たくさん、伝えてください。
お母様、きっと 喜ばれますよ。 

ユーザーID:5397571540
心の準備などできません
neko
2019年7月4日 10:26

10日間では人は心の準備などできません。
もしお父様が準備出来るとするなら前々から覚悟していたからに他なりませんよ。

私の父は70歳の時に、叔父は80歳の時にガンで亡くなりました。
家族はそんなにあっさりと心の準備など出来ませんでした。
どうにかして一日も長く生きてもらいたいと考えるのが家族。

父の時には終末期医療もそんなに確立されていませんでしたから
殆ど医師や看護師から説明もなく、私が勝手にまだまだ生きると思い込み
父がもう危ないと知ったのはなんと亡くなる数十分前という幕引きでした。
初めに言われた余命3か月にただただ縋りついていましたね。

叔父の時には終末期医療も発展して何度も説明もあり、少しずつ心の準備も
出来ましたが、叔父家族は説明の度に泣きながら私に電話を掛けてきましたね。

家族はそんなに簡単に気持ちの整理など出来ません。

ただその瞬間からその後に続く色々な事をしなくてはいけません。
あなたはただ悲しんでていい訳ではなくお父様をフォローしなくては
いけない立場になりますから、それを頭にとめておいてくださいね。

ユーザーID:3923397549
出来るだけお母様の側にいてあげて下さい
ぷりんちょ
2019年7月4日 10:54

宣告を受けると目の前真っ暗。

私の父もある日突然余命宣告を受けました。持って1週間。が、宣告を受けた日の深夜に旅立ってしまいました。今まで何度か入退院を繰り返しては元気になっていたのでまさか余命宣告なんて。きっとまた元気に回復してくれると思っていました。
亡くなる2週間程前には他県住む私たち家族に遊びに来てくれたのが最期となってしまいました。私は生前何も伝えられませんでした。

主さん、どうか今の時間を大切にして下さい。お母様、治療頑張ったのですから。

ユーザーID:4583198535
同じく母が大好きです携帯からの書き込み
2児の母
2019年7月4日 11:42

主さんの文章を読んで涙が出ました。私も母が大好きです。
今は元気ですが、姉と「お母さんが病気になったり事故とかあったら辛すぎるな。そんな事になったら、私らどうなるんやろ?」とそんな会話をよくします。
まだ生後半年の赤ちゃんがおられるとの事ですが、お母さまに色んな相談をしたりしたいですよね。
きっとお母さまも、たくさん相談にのったり子育てのお手伝いをしたいと思っていらっしゃると思います。
それが出来ない悔しさ、病気への恐怖、お母さまの辛さは計り知れないと思います。
身近な死を知らない私が言えたことではありませんが、お母さまにたくさんの笑顔と感謝と大好きという気持ちを伝えてあげて欲しいです。
そして、一緒に涙を流す時間があってもいいのではないかと思います。
何も知らない人間が生意気なことを言いましたが、主さんとご家族がお母さまにたくさん愛を伝えられますように。

ユーザーID:4292566240
お気持ち分かります。
まきやん
2019年7月4日 12:31

私13歳、母43歳の時

母が癌で余命半年と宣告されました。

弟は小学生。

母は亡くなり、父と弟と、家事を分担して頑張りました。
弟のためにも、祖母のためにも、私が強くならなくちゃ、と思い、人前では泣きませんでした。


いまは私も弟も結婚して、それぞれの生活を送っています。

大人になってからも、何回も、母ともっと長く過ごしたかったと思いますし、夢に出てきて涙します。
母とお酒を飲んだり、買い物したり、温泉に行ったりしてみたかったな。


人は必ず別れが来ます。
辛いですよね。。。
トピ主さん、お気持ち分かります。お母様との時間、大事になさって下さい。

ユーザーID:9732666736
正直
まぐ
2019年7月4日 12:33

うらやましいです。
気を悪くしたら申し訳ありません。
私自身、先日、母を亡くしたばかりです。
いつものように会社に行って、帰ったら…もうこの世にはいませんでした。
もっと優しくすればよかった。スマホばかり見てないで、話すればよかった。
いろんなところに連れていけばよかった。後悔ばかりです。
泣いても泣いても帰ってこないし、伝えられない。
既に父も亡くしており、母と二人暮らしだったので、ひとりぼっちです。
私も母を亡くしたら耐えられないと、生前中から想像はしていたのでお辛い気持ちには共感します。
それでもまだ時間があること。お話ができることがうらやましくてうらやましくて仕方がないのです。
どうぞ残された時間、感謝と思いのたけをお伝えください。
お母さまにきっと伝わります。
私の分までお願いします。

ユーザーID:5186706341
本人もつらいよ
KM
2019年7月4日 12:40

きっとご本人もつらいはずです。
是非はあると思いますがお気持ちを尊重してあげることも大切です。
お孫さんの顔を見れてよかったと思います。

ユーザーID:5425521730
辛いですよね
かごり
2019年7月4日 15:54

トピ主さんのお気持ちがイタいほどわかります。
私も40代で2ヶ月前に父が永眠しました。
子供がまだ小さいです。元気だった父の姿は覚えていないです。

2年前に父に一生直らない難病が発症しました。
身体が動けなくなり言葉を発することもできなくなる難病です。病名が知らされたときは絶望感で崩れ落ちたような気持ちになりましたが、それでも父は最後までがんばると、某博士のように頑張ってくれるものだと思ってました。
しかし、去年の末に癌が見つかりました。末期でした。難病の上に、癌。しかも末期。治療や手術は出来ませんでした。延命治療はしませんでした。というより出来ませんでした。
目だけでコミュニケーションを取っていましたが、モルヒネが入ってからそれさえもままならないことが多くなりました。それでもなるべく父に会いに行き一杯話をしました。一方的でしたが(笑)
臨終の時、本当は次の日に行く予定にしてたのですが、夜思いがけず時間が余り、家族全員で父に会いに行きました。着いた時には危篤状態でした。でもまにあって良かったです。あの時、次の日に行くからと先延ばしにしていたら、きっと後悔だけが残っていたでしょう。

後悔のないようにしてください。時間は残酷です。
コミュニケーションが取れなくても、話してあげてください。子供の成長のこと、毎日のこと。

そして、私は今、残された母がつらくならないよう、父がいたときと同じくらい実家に通い、沢山母と話をしています。
トピ主さん、まだしなきゃならないことが沢山あるはずです!がんばってください!
私も頑張りますので

ユーザーID:5312076874
ありがとうございます携帯からの書き込み
るるま(トピ主)
2019年7月4日 18:06

ななこ様

レスありがとうございます。
私は、恥ずかしさもあり感謝の言葉を伝えたことはありませんでした。
ななこ様と同じで、今伝えないと後悔すると思い、産んでくれたこと・大切に育ててくれたことへの感謝、お母さんが大好きだということを伝えました。
5年後、私は笑えているのでしょうか…
残された時間、たくさん大好きを伝えたいと思います。
ありがとうございました。

ユーザーID:8903495895
辛いけど頑張れ。
そう
2019年7月4日 18:18

毎日、今日が最期と思って行動してあげたら?

そうしたら、いつ最期の日が来てもきっとできるだけのことは出来ているし、
日々そういう日を積み重ねて、主さんが強くなっている気がする。

充分戦って、もう終わりにしたいと言ったのなら、主さんならどうよ?
受け入れてって思うでしょ?

事故で亡くなるよりは覚悟が出来るでしょうし、仕方ないものは仕方ないんだって受け入れないと。

大事なひとが亡くなって平気なひとは居ません。
遺されたほうは生きるのよ。一生懸命生きるのよ。

赤ちゃんが居るなら、生きる喜びがわかるでしょ。

ユーザーID:5426344069
切なすぎます
Nao Nao
2019年7月4日 19:41

トピ主さん、こんにちは。
私も昨年69歳で母を亡くしました。トピ主さんと私も同じ年代でして、読んで涙が止まりませんでした。私も突然、末期がんの宣告を受けました。そして、余命宣告通り4ヵ月で旅立ちました。
トピ主さんの今のお気持ちは痛いほど分かります。

私もどうしたら良いかと考えましたが、少しでもそばに居たい、ここで仕事や他のことを優先したら、一生後悔する、仕事を失っても、母の傍にいると休職しました。東京、京都と離れて暮らしていたので、子供の頃以来、長く一緒に過ごしました。このことに関しては、職場で風当たりも強くパワハラも受けたりもしていますが、私の人生の選択に何ら後悔はありません。

母に対する後悔は未だにありますが・・。ですから、お願いです。
一番、ご不安なのはお母様だと思います。この世に産み、育ててくれたご恩は、悲しいけれど、看取ること、それが最後の親孝行だと思うのです。

今は、出来る限り、お母様との時間を優先にして差し上げてください。
同じ気持ちを味わった者として、PCの前から、心から願っています。

ユーザーID:3764518555
ありがとうございます携帯からの書き込み
トピ主(トピ主)
2019年7月4日 20:32

まぐ様

先日お母様を亡くされたとのこと。
いてもたってもいられず…お返事させて頂きます。

今とてつもない悲しみの中生活されていることと思います。
しかもお母さまと暮らしてた家で1人というのは、考えただけでも心が張り裂けそうです。
お母様の姿を探してしまう毎日ですよね…
涙がとまりません。

うらやましいというお言葉、ありがとうございます。
本当におっしゃる通りで、お別れの時間をくれた母にはとても感謝しています。
後悔ばかりは私も同じです。
何の力にもなりませんが、たまに【こうやって思おう】と前向きになる時があります。
(と言っても、一瞬で終わります)
その時の思いをメモしています。

・もし順番が逆になり、自分が先に逝くことになったら、母は悲しみにくれてしまう。
こんな気持ちになるのが、自分でよかったと思うこと

・私は愛する人より先に天国へ行きたい。
愛する人が先に逝ってしまうのは耐えられないから
それを考えたら、お母さんは幸せなのかもしれない

・いつまでもクヨクヨメソメソしてる姿を見て、天国にいるお母さんは嬉しいか?
私だったら、「お母さん!寂しいけど前向きに一生懸命生きていくよ」と言ってくれた方が何百倍も嬉しい

・なんでこんなに悲しいのか?
それはお母さんが大好きだから。
どうでもよければ悲しくなんてない。
その位お母さんが大好きで大切な存在ってこと。
それはつまり、たくさんの溢れるほどの愛情をもらえてたってこと。
悲しみの大きさは愛されてた大きさと同じなんだと思う。

・少し先になっちゃうかもしれないけど、また会える。
だからさよならじゃなくて、またねだね。
また会えた時に「一生懸命がんばったね、いい人生だったね」と褒めてもらえるように生きていこう

こんな風に書き留めながら、でも思い出しては泣き…これを繰り返しながらの毎日です。
一緒にがんばりませんか?

ユーザーID:8903495895
うらやましいです。
匿名
2019年7月4日 21:29

不謹慎に感じられたら申し訳ありません。

私の母は、今すぐに命に関わる病気ではありませんが、意思の疎通が出来なくなりました。本来ならば、悲しみにくれるところなのでしょうが、今の私はそうではないのです。

いろいろありまして「お母さん!」と駆け寄る気持ちがなくなってしまいました。自分でも冷たい人間だと思います。

本当に母を慕える気持ちをお持ちの方が…そういう想い出のある方が羨ましいです。どうかお母さまとのお時間を大切になさって下さいね。

ユーザーID:9739461891
辛くても受け入れるしかないんです。
奈緒
2019年7月4日 22:20

私も最近、同じく癌で最愛の父を失いました。
お父さんっ子でしたので本当に辛い経験でした。
今でも全く立ち直れていませんよ。

でもね、現実を受け入れていくしかないんです。
時間を掛けてもいい、ただ徐々に受け入れるしかない。
大丈夫、前向きな気持ちを少しでも忘れなければ、
絶対にいつかその現実を受け止めることができます。
みんなそうやって頑張ってるだけ。
トピ主さんもきっとできますよ。

今はまだ失うことへの葛藤の時期なんだと思います。
だから無理せずこうして想いをぶつけた方がいい。
辛くても泣いても悲しんでもそれを繰り返していくうち、
いつか必ず段々と落ち着いてきて、
今よりは徐々に楽になってくるはずです。

私も初めはできる限りのことをしてほしかった。
でも苦しんでいる現実を目のあたりにする度、
その考えが変わっていきました。
父が本人が望むまま受け入れることが親孝行だと。
だから徹底して父の意思を尊重する姿勢で通しました。
最期に、『何よりの見守りだよ、ありがとう。』と言われ、
とても救われた気持ちになったのを覚えています。

お母さまの意思に寄り添ってあげて下さい。
最期の親孝行と思って。
愛おしい時間を過ごして下さいね。

ユーザーID:3916078799
私のことのようです
母っこ
2019年7月4日 22:48

8年前にステージ4の肺癌、脳転移していました。突然大好きな母に起きた予想もしない出来事に、私は気が動転して毎日泣きっぱなしでした。現実を受けとめられませんでした。当時30代後半で既婚でしたが子どもができず、長らく不妊治療をしていました。仕事もしていましたが介護休暇を取得し、その後退職を選びました。死の覚悟はずっとできなかったです。考えられませんでした。幸いにも腫瘍が奇跡的に活動を休止し、2年前まではなんとか家で平穏に暮らせていました。その間私はパートしながら定期的に実家に帰って母と過ごしました。殆ど諦めていた赤ちゃんを授かり、見せることができました。神様に感謝しています。でもだんだんと言語障害や身体症状が出てきて昨年からは急速に悪化し、今は施設にいます。子どもが幼稚園児だし、施設まで電車で1時間ほどかかります。育児の合間を縫って週に何度か会いに行くだけで精一杯です。全介助の状態で意思疎通も難しく、元気な頃を思うと本当にとても悲しいです。それでも母が生きている限り、話しかけられることは幸せです。ぜひ感謝の気持ちを伝えてくださいね。

ユーザーID:8631583861
しっかりしなよ。
ふむふむ
2019年7月5日 1:51

きつい事かきますね。
あなたも人の親になってるのですよね。

私が父を亡くしたのは私が35才の時、末期がん余命一か月。
それから亡くなるまで8か月、ずっと大学病院に入院、父は17時間にも及ぶ大手術を2回受けました。

そして、父の入院する大学病院まで私の自宅から新幹線で五時間、8か月間毎週週末には
子供を連れて父の元へ通いました。父は喜びましたが、まだ三歳になったばかりの子共
が毎週新幹線で一泊二日で10時間以上の往復はきつかったと思います。
そして、私在宅個人事業主、勿論仕事の遣り繰りは付けましたが、それでも受験生を持ってる以上、私の勝手な思いだけで仕事のすけージュールを変更はできない、
家庭を持ち、責任重大な受験生を持ち、感傷的に過ごすことなんてできるはずもない。

今私がしなければならないことは、地に足をつけてしっかり子共を守り、受験生への責任をはたす事、幸いサラリーマンの夫の理解を得られたのでできた動きでもあります。

それから二十年後、母はいわゆるピンピンコロリでなくなりました。
次の週には、就職できた子共を連れて十数年ぶりに帰省するからと
母に伝えてた矢先の出来事。 恐らく本人も自分が死んだなんて思ってないでしょう。

気持ちのやり場がないのはわかりますが、しっかりしてください。
あなたの動揺する姿にお子さんは動揺してませんか?
守るべきは あなたのお子さんの精神安定と、ご主人への配慮です。

忘れないで、お母様は全てを受け入れ静かにその時を迎えようとしているのです。
じたばたしないで、そっと静かに寄りそってあげてくださいね。

ユーザーID:6481930997
丁度同じ年齢でした。
れい
2019年7月5日 8:02

トピ主さんと同じ状況でした。

心の準備なんてできないですよ、無理です。

ただ、あとになって思うのが突然亡くなった訳じゃなく数か月の間自分ができる事をやれた、というのはある意味幸せだったのかな、と。

あとになって、心の整理ができる、って感じでした。


母が闘病中、その後少しは病気になった事が納得できなかったし色々病気の原因など調べたり私が10年タイムスリップ出来たら母を助ける事ができただろうか???と考えたら恐らく無理だろうと。
(食生活、考え方、諸々 親であっても自分以外の人間を変える事は出来ない)


トピ主さんにお伝えしたいのが今できる事を精いっぱいするのが一番かなと思います。

ユーザーID:0393371352
今はお母様のために。
まま子
2019年7月5日 13:12

お辛いですね。理解できます。今は歯を食いしばってどうかお母様の近くにいてあげてください。

私は小学生の時に事故で母を亡くしていて、父と妹と3人で身を寄せ合うように暮らしていました。私が大学院生で留学中に父に侵攻した癌が見つかり、もう数ヶ月は持たないだろうと余命宣告を受けました。遠くにいた私は今すぐ死にたいと思うほど苦しみ、勉強も手につかなくなってしまうほどでした。でも、父がくれた短い手紙に「今は将来のために頑張る時。これからの長い人生を考えて迷わないで学べ」とあり、論文を何とか書きました。その後ある人からから「親にとっても一番の不幸は子供の死を経験すること。だから、お父さんにそれを経験させないために、お父さんが先に逝くんだよ。自分のことはお父さんが亡くなってから考えよう。今はお父さんのために過ごして。」と言われ目が覚めました。

帰国して数日後に父は息を引き取りました。何も言葉は交わせない状態でした。もちろんその後何年も急に胸が締め付けられて涙が出るようなことがありましたが、大好きなお父さんがいなくなったんだからこれは自然な反応だと自分を受け止めることにしました。今は一生懸命勉強したおかげで就けた職業を頑張り、常に父の言葉でここまで来れたのだと思っています。アル意味

ユーザーID:9006934709
ありがとうございます。携帯からの書き込み
トピ主(トピ主)
2019年7月5日 19:48

neko様

レスありがとうございます。

一番辛いのは母、そして父です。
父はやることがたくさん(毎日の病院通い。しかも面会時間の最後までいます。家に帰ったら母の育てていた植木の水やりや家事全般、現在ホスピスを探す手続きなど)でバタバタしています。
万一があった時も父に頼りきらず、フォローが必要ですね
本当におっしゃる通りです。
私が長女なのでしっかりしないとと思うのですが、心がついていかず…こんな弱い自分が嫌になることもあります
でもしっかりします。
ありがとうございました。

ユーザーID:8903495895
ありがとうございます。携帯からの書き込み
トピ主(トピ主)
2019年7月5日 19:53

ぷりんちょ様

レスありがとうございました。
ぷりんちょ様のお父様も余命宣告を受けられたのですね…
目の前が真っ暗になるお気持ち、痛いほどわかります。

そうなんです、母は治療をがんばったのです。
「頑張ったね!お疲れ様だったね!」と言ってあげられたらどんなにいいか…
最期を認めてしまう気がして言えておりません。
しかし母の人生。
母の気持ちを尊重し、自分自身しっかりしなければと思っております。
ありがとうございました

ユーザーID:8903495895
 
現在位置は
です