疑問:生まれながらの才能なのでしょうか?

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雨の毎日やだな

話題

こんにちは。
前から思っていた疑問です。
漫画家を目指している方は、子どもの頃など図工や美術などの成績がやはり、良かったのですか?
学生からバンドを結成していたり軽音部に入っていたりする方、音楽の知識はどこで得たのですか?
音楽の授業、独学ですか?音楽の成績は良かったのですか?
プロの歌手は高卒や中退をしてる方もいるけれどでも作詞や作曲もしている人もいるし。
音大に行っているわけではなさそうだけれど、いい曲がたくさんありますよね。やはり、本人の生まれながらの才能なのでしょうか?

ユーザーID:0142716205

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  • 努力する才能も必要

    昔何かで読みました。

    ある漫画家さんがどうやったら絵が上手くなるのか、と訊かれて

    「毎日A4の紙が真っ黒になるくらい絵を描いて、それが天井に届くくらいになったら上達してるよ」

    と答えたそうです。
    勿論、構図だとか構成だとか理論的なものも学ぶ必要はあるでしょうが。

    好きこそものの上手なれ、と言いますが、技術は努力をすれば向上します。
    その努力が、先の例えで言えば1階分の高さで済むのか、5階分必要なのかは人によっても違うし目指すものによっても違うでしょう。


    その上で、人を惹きつける「何か」を創作できるか、という部分は生まれ持っての才能が必要なのだと思います。

    ユーザーID:0546011328

  • 持って生まれた才能のようです。

    次男は装丁家(ブックデザイナー)として働いています。ご他聞に洩れず、彼も小中高時代は漫画家志望でした。作品を出版社によく投稿していました。現実は厳しくて、採用されませんでしたけどね。

    絵は上手かったです。昆虫や草花をよく描いていました。デッサンと言うのでしょうか、水の流れや膨らんだビニール袋の透明感を鉛筆一本で描いていました。大学は、美術学部に進学しました。

    美術とか音楽は、才能の無い者には続けらません。才能+努力で成し遂げられる分野だと思います。

    ユーザーID:7821005267

  • 音楽、美術、体育

    だいぶ前の話ですが、音楽、美術、体育 の三教科に成績をつけるのは止めよう
    という動きが起きたことがありました。
    理由は、この三教科は生まれ持った才能で決まるから。でした。
    ただ、学校での評価は「本人の努力する姿」も考慮されますから、能力=成績ではありません。
    どんなに運動神経がずば抜けていても、不真面目な態度だったら評価は下がりますよね。

    一方、学校以外の世界で違います。
    芸術の世界では一にも二にも持って産まれた才能が全てです。
    努力だけではどうならない厳しい現実です。

    ですから、音楽や美術、スポーツで成功している人は産まれつきの才能があるのは間違いありませんが、かならずしも学生時代にその教科で5をもらっていたとは限りません。

    ユーザーID:5160426266

  • 独学でした。

    学生からバンドを結成していたり軽音部に入っていたりする方、音楽の知識はどこで得たのですか?音楽の授業、独学ですか?音楽の成績は良かったのですか?

    長く演奏を楽しんでおり、いまでも頻繁に演奏をする機会があります。

    はじめた頃は音楽の知識は独学でした。
    音楽というよりギターを弾く知識です。
    古い時代なので友人や友人の兄からの情報、雑誌からの情報からの独学です。

    今思うと小学校の音楽の授業は音楽で遊ぶ上での基本的なことを教えてくれて
    ました。全然覚えてませんでしたし、理解もしていませんでした。
    今頃になって小学生レベルの音楽の復習をしています。

    ユーザーID:9770728383

  • レスします

    機械のように毎日、毎日努力したら何だって上達します。
    しかしある一線を全員が越えられるかというと、そうではないのです。
    神に選ばれたのだな、と感じる才能ある人がいます。
    勿論人知れず努力しています。自分の価値を理解しそれを求める人達がいる事も理解しています。
    そういった人達の要望に沿うよう才能ある人達は更に努力します。誰も見ていない所でも努力します。
    苦労は見せません。ただ笑う。
    好きであることが秘めた才能を伸ばし発揮する最大の力になります。
    平凡、非凡、天才、色々な人がいていいのです。
    天才ばかりだとおもしろくないですよね。天才は沢山のそうでない人達がいるから引き立つのでしょう。
    ものをみれば直ぐに分かります。
    才能を感じる人はどこか悲しみや相当な辛さを乗り越えてきたんだな…という気迫や希望に満ちていてる。
    心にどどーんと伝わってきます。 引き込まれます。
    本物の才能ある人の実力者前では、自分は起用に頑張っている程度、と悟ります。
    スポーツや芸術の才能ほど残酷なものはありませんね。
    丸の多さで頭脳面で勝負する(点数)学問と全く異なります。
    才能に気づかないまま終わる人もいます。廻り合いでしょう。
    才能ある人に出会えることで人生が豊かになるので有り難いことです。

    ユーザーID:3087252709

  • 自然に湧いて来る

    芸術関係ではないことをお断りして置きます。
    会計経理の才能があります、と思います。

    祖父に中学生の頃から、そちらの方面を勧め
    られていました。結果的に生涯、その分野で
    飯を喰うことが出来ました。

    整理整頓が好き、数字合わせが好き、知恵の
    輪が好きと言う自覚はありました。

    職場で、社全体のシステム統合を完成させ、
    過勤ゼロの仕組みを作ったのが自慢です。
    敢えて言えば、遣っていることが「楽しい」
    のです。

    ユーザーID:9211369049

  • 才能はあって当たり前、ブラス努力、でしょうか。

    有名美大卒業後、グラフィックデザイナーになりました。

    転勤族の子供でしたが、どこに転校しても美術や家庭科は
    当たり前のようにクラス1か学年1位でした。
    絵を描いても工作をしても、級友がすごい〜!と集まってきたり、
    参考作品になって学校に取られる?のもごく普通でしたっけ。
    小学生離れしていると、特に色彩感覚をよく褒められました。
    先生が勝手に出したコンクールで表彰されたのもたびたび。

    けれど絵画教室に行ったことはなく、よく絵を描くほどでもありませんでした。
    ただ、いろいろ「作る」ことが好きで、「美しいもの」を見るのが大好きでしたっけ。

    美大に入ってまず実感したのは、
    学年1位の美術の猛者がクラスのほとんど!ということ。
    努力でやっと入れた人は、ほぼ1年で脱落して行きました。
    才能はあって当たり前、その上に努力の世界なのです。
    ある講師の授業では、クラス全員の作品が一堂に並べられ、
    「才能がある人」と「ない人」に分けられて、
    それ以降、ない人グループは無視して授業が進められたのでした。

    その当時、ある分野の課題で私とワンツーフィニッシュを決めていた同級生は、
    その分野で世界的な大家デザイナーになりました。
    私は? はいっ、全く無名です。
    彼は当時からその分野のデザインがとにかく大好きで、
    私と親しくなろうと声をかけてきてくれたのですが、
    その分野が特別好きなわけでなく、才能と器用さだけだった私は
    大した話題がなく気後れしてしまって。

    何十年も経てば、こんなに大きな差がつくのですね。
    彼がどれほどたゆまぬ努力を続けたのか、とてもよくわかります。
    そして大好きだからこその努力。どこからどう見ても納得の結果です。

    身近に有名音楽大学を卒業してパリに留学した人がいますが、
    努力タイプで残念ながらさほどの才能はありません。
    けれど子どもたちのよい指導者になっていますよ。

    ユーザーID:8335319405

  • そうでなければ説明がつかない

    努力したけどものにならなかったという人は、では、才能がなかったのでしょうか?

    おそらく、彼らは、才能はあるけど、それを伸ばす環境がなかった人と、才能がなくて、伸びる環境が無駄になった人とで構成されているんじゃないでしょうか。

    その中で抜きんでたのは、環境が揃っているだけでなく、伸びるための核を持っていた人なのだと思います。

    手塚治はいろいろな意味ですごい人ですが、絵が上達しなかったということでも知られています。

    成功者になるには、特定の技術は最低限必要です。
    でも大成した人は、それ以外のなにかのレベルがとてつもなく高いです。手塚のように。
    好き、などというレベルでは説明しきれない、エネルギーの集中があります。
    どちらかを持っている人を、才能のある人と呼んでかまわないと思います。

    ただ、同じ作者であっても、常に最高の傑作を生み出すわけでもない。
    伸びる芽を持つ人が、何人もの神に微笑みかけられたときにだけ、最高峰の高みを我々凡人に見せてくれるようです。

    したがって才能のある彼らを、才能のおかげで楽だからそれをやっており、いつも適当にやってすごいことができた人と見るのは、公平ではありません。
    苦にならないという一面もあるおかげで、邪魔ははいったものの、そればかりやることにおいては、集中できる人生であった、というのがご本人の実感ではないでしょうか。
    幸福と呼ぶには、穏やかならざるものを感じるのですが、本当に嫌いならそうそう続かないでしょう。
    才能のある人とは、その表裏一体に耐えられる人でもあると思います。
    そういう力のある人が、ただひとつの結果を目指して賭ける。
    それが伝わってくるからこそ、凡人は才能ある人を強いと認めるのでしょう。

    ユーザーID:1252584466

  • やる気かける能力で全て決まる

    能力だけではだめで、やる気と掛け合わせて結果が出ると思います。
    やる気、つまりどれだけ努力できるか、我慢できるか、続けられるか、障害を越えられるか。それも必要です。
    才能があっても、本人に全然やる気がない場合もありますよね。側から見ているともったいないですが。
    天才と言われる人は、努力することが苦でなくて楽しいのでしょうね。
    やらないことの方が耐えられない。死んでもやる方を選ぶ。世間的に不幸と言われてもどうでもいい。

    やる気だけはあった私はそう思います。失敗した時の心配や、他の人の幸せをうらやんでいるようでは、全然やれていません。

    ユーザーID:3133133584

  • 才能です。

    音楽、美術、スポーツなどは
    持って生まれた才能だと思います。

    努力次第である程度のレベルまではいけますが、
    その上のプロ級になるのは一握りの人達です。

    プロ野球解説者の江本さんが過去に言っていました。
    「高校野球までは努力次第だがその上にいくのは
     才能である」と

    実際高校野球は全国で約4000校で野球チームが有りますが、
    プロ野球は12球団で250名が所属しています。
    毎年新人が入りますと、戦力外がチームを出ます。

    音楽・芸術でも地方でアマチュア、セミプロで活動できても
    全国や世界レベルはごく一握りです。

    ユーザーID:7062710805

  • 独学

    海外小町で同じ国に30年住んでいます。

    現地語は問題なく使えます。
    現地語(話す、聞きとる)を学んだのは、この国の5つしかない大学の
    語学研究所です。
    現地語と日本語の翻訳が出来ますが、それは完全に独学でした。
    どうしても読みたい文章があったため、手探りで独学しました。
    まさに好きだからこそできるって感じでした。

    定年後はデイトレーダーをしています。
    これまた独学です。
    自己資金であれこれ試行錯誤し、勝ち負けを繰り返して7年目です。
    今ではこれが「仕事」になっています。
    年間平均は一千万円前後です。
    これまた好きだから、やってみたくなったから、の積み重ねです。

    もちろん天才も居るでしょうけど、凡才の私にはこの程度がせいぜいです。
    つまり私の場合は、「好きな事、やりたい仕事がたまたま手に入って、
    それを昇華させることができた」のが成功の秘訣だと思います。

    ま、こんな例もあるってことで。

    本当の天才だったら、私生活がいくら悲惨でも、自分の生み出す世界に
    酔いしれて、決して不幸だとは思わないでしょうね。
    ゴッホなんかその典型だと思います。

    ユーザーID:5330454170

  • ゼロからものを作れる人

    才能にもいろいろあるし、そこに努力もあると思いますし、後から習ったテクニックと言うものもあると思います。

    が、基本ゼロから何かを生み出せる人と言うのはまずは才能ありきだと思いますよ。

    学校の成績とは必ずしも一致しないと思いますよ。

    楽器をうまく弾けることと、作曲出来ることは別の事ですし
    国語の成績がいいからといって小説が書けるわけでもないでしょう。

    実際楽譜の読めない作曲家や歌を録音するだけで譜面に起こせないシンガーソングライターもいますよね。

    実際人気漫画のなかにはデッサン的に決してうまくない絵をかく漫画家さんもいますよね。絵がうまければ人気作品が作れるわけではないわけです。

    ゼロから物を生み出すことが出来る人は特別な才能があるんだろうなぁと思っています。

    ユーザーID:5275809670

  • 才能だろうなぁ

    その疑問、わかります

    私は才能もあると思います。
    だって自分は、右手と左手で違うリズムを打てないんです(片方二拍子、片方三拍子)。どうやってもできない。でもかなりの人がそれを当然のようにできる。
    右手と左手が違う動きをするのができなかったので、私がピアノをどれだけ習っても無駄だったわけだ、と納得。
    私はウインクもできません。でもほとんどの人は当然のようにできる。
    なぜ?
    外国語習得もそうですが、これもある意味才能で、向き不向きなんでしょうね

    売れっ子になる人はアマの時から頭一つ飛び抜けています。もう輝いてる
    それとは別に多少は向いているが圧倒的に才能不足の人は、他者の才能の分をすべて努力で補えば、どうにか業界の片隅に引っかかることもできる。
    勿論、どれだけ頑張ろうがそういった人に売れっ子になれるほどの才能はない。でも不屈の精神と気合があれば業界にしがみついていられる

    一番不幸なのは何でもやればある程度そつなくできてしまう飽き症の人かもしれません。努力するまでもなく人よりできてしまうと(しかし天才には遠く及ばない)努力をする気にもならないんですよね
    結果、途中で不屈の努力の人に追い抜かれ、一番何者にもなれない

    でも天才や芸術系にしがみつきたい人は才能が特出している分だけ他が欠けていたりしてパラメーターが歪なので、まんべんなくすべての数値が高得点な人は世の中を生きやすいと思います。

    ユーザーID:1580751359

  • みなさんへ

    いろいろな考えがありますよね。
    私は保育士試験のために47歳からピアノを習い始めました。
    今まで全くやったことありません。一年たった今、課題曲だけなんとか弾けるようになりました。
    ふと思うのです。
    私も音楽環境で育ったたらピアノが弾けたのかなとか、海外で生活していたら英語が話せたのかなとか…
    生まれ持ったものが誰にでもあるのだとしても、私は昔から何をやってもだめだから自分にはないみたいだし。
    世の中は不公平だなあと…
    ありがとうございました

    ユーザーID:0142716205

  • 何をいまさら

    >私は保育士試験のために47歳からピアノを習い始めました。

    それは大変ですね。是非頑張ってください。
    一年で課題曲が引けるなら大したもんです。

    >私も音楽環境で育ったたらピアノが弾けたのかなとか、

    私は4歳からピアノを習っていました、が、全然だめでしたね。
    保育士の学校に行ってまして、保育士としてピアノで苦労することはありませんでした

    が、同級生で一度も習ったことがないという子が一から初めて・・・
    もうね、全然音が違う。
    今更プロになるわけじゃありませんが、どんどんうまくなる。
    もうね、才能ってこういう事なんだなぁとつくづく思いましたよ。

    才能があるなら音楽環境で育ってなくてもなんらかの芽が出てたと思います。

    でも、凡人には凡人のやりかた。
    努力に勝るものは無いと思いますよ。

    ユーザーID:5275809670

  • 才能以前に

    47歳で未経験から1年で課題曲が弾けるようになったなんて、立派じゃないですか。私はピアノはたまたま習っていましたけど、今から譜面を読むことから始めて新しい楽器を、なんて考えたらそりゃ難しいですよ。

    叔母が60歳過ぎてからずっと習いたかったというピアノを始めて今80過ぎましたが「相変わらずぼちぼちやってる」そうです。「なかなか進まないけど」と言いつつ楽しそうですよ。弾くのが好きなのでしょね。もちろんプロになるような人はセンスというか才能も大事でしょうけど、クサらず続けられる力というのもすごく大事なのでは?

    私は若い頃からロックが好きなのですけど、ロックのミュージシャンなんて独学の方だらけですよ。知り合いのプロの方はやはり中高校生の頃に初めて、もうヒマさえあれば(ヒマがなくても)楽器を触ってた、頭の中はいつでも音楽のこと(と女の子のこと)ばっかりだったって。兄弟のお友達なのですが、通学で一緒に電車に乗っても「こいつはずっとエアプレイ」だったそうで。

    そういう風に取り憑かれたようになれるのもまあ「才能」のうちなのかなとは思いますけどね。

    ユーザーID:3508745101

  • いくつかある

    >音楽環境で育ったたらピアノが弾けたのかな
    ピアノのような動作系は、10歳くらいまでに訓練経験があるのとないのとでは違うと言いますね。

    >海外で生活していたら英語が話せたのかなとか…
    日本語ができるのですから、外国語もマスターできたことでしょう。

    >世の中は不公平だなあと…
    まぁ、それを言ったらキリがないですが、トピ主様が日本に生まれ育ったこと自体、世界的に見れば貴族の生まれのようなものです。安全な水と空気と電気、複数のワクチンから始まる医療体制、途切れない食料、そして安定した治安と平等に与えられた義務教育環境。アフリカ出身の方の中には、それを不公平だと思う人もいるでしょう。でも、どうしようもないですよね。

    ちなみに、横軸を努力、縦軸を完成度とした時、能力によって描かれるグラフは異なると思います。能力がある人は、いきなり努力方向に高い数値を見せ、完成度もぐいぐい上がるでしょう。ただ、努力を重ねれば完成度が上がるのは、どの能力ラインにおいても共通した傾向だと思います。トピ主様が47歳からピアノを始めて課題曲をマスターできたように。

    そこについては、神様は平等だったのかもしれませんね。

    ユーザーID:8926476430

  • 音楽と数学は、天才度合いがわかりやすい

    世の中、「天才」という言葉が軽々しく使われすぎてる、という気がする場面が散見されます。長年の訓練や勉強で得られた結果は、必ずしも「天才」ではありません。

    一方、音楽と数学は、天才か否かがとてもわかりやすいですね。数学なら、整数論などの高等数学の研究は、凡人にに不可能です。練習や勉強でどうにかなる世界ではありません。

    音楽も同様。凡人が何年もかかって習得する楽器演奏の技術を、非常に短期間に、しかも複数こなす、とか。そもそも作曲なんて、天才にしかできないと思います。

    なお、クラシック音楽の世界で、本当に本物の天才はモーツァルトだけだ、という話を聞いたことがあります(真偽不明)。

    先年亡くなりましたが、アメリカのミュージシャンのプリンスは、「褐色のモーツァルト(黒人だから)」とも呼ばれてましたね。彼は多重録音技術を駆使して、すべての楽器、ボーカルを一人でこなしてました。

    ユーザーID:2901515542

  • 漫画家に限っていえば

    例に出されているので、漫画家に絞ってお話すれば、絵だけ上手くても漫画家にはなれません。

    私も幼い頃から漫画家に憧れ、4コマ漫画から始まりヒマさえあれば漫画ばかり描いていましたが、絵を描く以上にお話を考えるのが好きでしたね。

    十代で映画に染まってからは、絶えず頭の中で自分のストーリーを映像化していました。脚本・演出・カメラを一人で担うようなもので、フィルムに投影するか紙に描くかの違いです。
    空想癖が強く、かなりぼーっとした子供でした。

    友人の漫画家たちも、方法は違えど似たような幼少期を過ごしていたようです。
    でも、美術の成績は3でした。平衡感覚、色彩感覚ともにダメでした。
    背景を描くのが面倒で、しかも致命的に下手でした。

    長じて編集者に作品を見て貰うようになり、絵は描けば描くほど上手くなる(だから描け)。ストーリーを作れるのは強みだと励まされましたが、結局、私は絵で挫折して、原作の方で職を得ました。

    小説もそうですが、一番大事なのは創造力です。

    プロになれば一定のページ数で、一定の期間に、一定の水準で描くことを求められますから、職人仕事です。水準が高ければ高いほどアートに近づくというだけ。

    自分は凡人なので、才能があったというよりは「好きこそものの上手なれ」だと自覚しています。

    一定の能力を有していれば、あとは運と努力、熱意の賜物ではないでしょうか。

    ユーザーID:0159365247

  • 才能じゃなくて、好き、のほうだと思います

    ちょうど漫画家の者です。この時間まで徹夜で仕事してました。これから寝ます。

    ご質問の件、私は小中学校時代に漫画家を目指している時には、いくら投稿しても何の賞にもひっかかることなく、プロにはなれませんでした。
    30近くなって急に同人誌からスカウトで漫画家になりました。
    なので、厳密には目指してなったというわけではなかったんですよ。

    ちなみに10代から20代までは役者をしていました。
    これもまあまあ良い線いきました。有名な方と共演したりできました。
    こちらについては完璧に目指してなったものではありますが、才能は、結局なかったと思ってます。
    良い線行ったけど、才能っていう感じではないと思う。

    こんな私が言えるのは、才能なんてのは誰にもないんじゃないかな。
    ただ好きでやってしまうという感じ。
    逆に、目指してるだけの人って時々いますよね。
    漫画の専門学校に行ってた知人がそうでした。
    学校は試験ないから誰でも入れちゃうんだけど、入ったくせに一本も完成原稿上げてなかったです。
    このタイプは音楽や役者関係にも多いみたいですね。
    好きでもないのに目指しちゃう。
    単に有名になりたいとかそういうことなんでしょうか。

    あんまり大きな声では言えないんですが、親が躍起になって子供の才能を伸ばそうとしてるの見るとなんだかなーと思います。
    あんなもんは徒労ですね。
    やる子は自分でやるから。
    積極的に潰そうとするのは良くないけど、英才教育みたいにやる必要はないと思います。どんな分野も。

    ユーザーID:4534501833

  • 声楽は

    一概には言えないものが多々あると思いますが、声楽だけは生まれながらのものプラス努力が絶対だと思います。ある程度極めるのに。
    声帯というものは一人一人の顔かたちが違うように生まれつきで、声はそこから作り出されるもの。

    普通にしゃべっていてもパーンと声の通る人といくら声を張り上げても通らない声の人といますが、後者に声楽は難しい。
    ある程度のトレーニングでやってやれないことはないけれど限界があります。

    舞台俳優や声優さんなどの役者さんにもあるだろうな。
    演技力があっても張れる声を作り出す声帯でないと大成はしない。
    なのでこういうのは育った環境や努力以上に「生まれながら」が大きいと思う。

    >私も音楽環境で育ったたらピアノが弾けたのかな

    どの程度まで極められたかはわかりませんが幼い頃から続けていればかなり弾けたと思います。

    >海外で生活していたら英語が話せたのかな

    その土地に馴染み仕事でもすれば確実に話せるようになっていたと思いますよもちろん。

    ユーザーID:0999709199

  • 英国に音楽留学してくるピアニストですが

    日本では神童クラスといわれた人も「こちらに来た見たら皆それくらい出来る」と落込んでいました。 日本のバエレ団で主役だった人もこちらでは群舞ばかり。 「上には上がいる」と愕然としていました。 どちらも子供の頃から家族の援助で猛レッスンをしてきた人たちだと思います

    ユーザーID:2272926954

  • 1%の才能に99%の努力

    1%の才能?皆さん自分にあると思っていると思います。しかしこの1%こそが珍しい価値ある才能なのです。
    大半の人はそもそも才能なんて物を持ち合わせていないのですから。
    では成功した才能ある人はどうなっているの?
    私が知る限り、その道で成功した人達は皆謙虚で、どこか鈍感です。「自分は大したことがない、もっと凄い人がいる」と言い切ります。
    しかしその道を諦める事はない。何故かって?
    「好きだから。」「喜んでくれる人がいたから」
    ただそれだけの単純な気持ちで困難を乗り越え立ち向かっていくのです。
    自分の才能の有無さえ考えない大いなる鈍感力。敬服します。
    逆にあきらかに才能があるのにさっさと見切りをつけて放り出す人がいます。
    プライドが高過ぎて一瞬たりとも他人に負けたくないという天才肌タイプは自滅します。
    負ける位なら放り出してやるという気持ちの方が強すぎてそれが足枷になるからです。
    成功者は才能がなくても、諦めないで努力した人達。
    この努力した人達が世界を動かし続けるのです。

    ユーザーID:6741839854

  • 全ては掛け算です

    >やはり、本人の生まれながらの才能なのでしょうか?

    才能×努力×環境×その他諸々=成果 です。

    才能だけで大成するものではありません。

    ユーザーID:7800781855

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