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娘の懇願に聞く耳を持たなかった母

カモミール
2019年7月18日 21:16

50代の女性です。

いい歳をして、いまだに忘れられない昔の思い出があります。

フルタイムでバリバリ働いていた母は、幼かった私を自分の実家に朝早くから
夜8〜9時まで預けていました。

主に世話してくれたのは祖母ですが、この祖母という人は母性に欠ける人で、
ちっとも温かみを感じませんでした。

そして最悪だったのは、母の姉である伯母とその1人娘のコンビです。

伯母は娘をむやみに可愛がり、その結果娘( 私から見たら従姉妹 )は
絵に描いたようなワガママお嬢様でした。

この伯母には私が従姉妹よりいい成績を取ってきた、というだけで、
( 勝手に私の通信簿を見ておきながら ) 、「いい気になるんじゃないよ!」
と叱られたこともあります。従姉妹にもさんざん嫌な思いをさせられました。

とうとう、6〜7歳くらいのある日、
私は母に「もう従姉妹の家には絶対に行きたくない!!」と泣きながら頼んだのですが、
母は丸っきり何の返事さえもしてくれず、無視同然の態度でした。
私にしたら、一生に一度のお願い、という覚悟だったのに。

この時の悲しさ、悔しさは今でも忘れられません。

母は伯母とはごく普通に付き合い続け、私が伯母にいじめられて、恨みに思っていた
ことなど何とも思っていないようです。

最近になって、母は伯母と毎日必ず長電話をするようになり、本当にどうでもいいような
くだらない話を延々としています。

年寄りの気晴らしじゃないか、と思いつつも、何か面白くない気持ちが消せません。

やがて来るはずの介護の日々が恐怖です。

ユーザーID:0371603675  


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タイトル 投稿者 更新時間
昔の親って、結構冷酷ですね携帯からの書き込み
はーこ
2019年7月18日 22:22

私の夫の母は美容師でしたが、仕事の時は夫を柱に縛りつけたそうです。義母がそう言ってました。罪悪感はなさそうでしたね。

我が家は介護は終わりました。

ユーザーID:7807039662
続きです
カモミール(トピ主)
2019年7月18日 23:34

くどくてすみません。

この母には、長年、何度もここぞという時に話を聞いてもらえず、無視されて、
情けない、悔しい思いもしてきました。

父もしょっちゅう、母に伝えたはずのことをきれいに忘れ去られて、
「一体、人の話を聞いてるのか!?」と怒鳴ったりしています。

ただ、このところふと思いついたのですが、母は冷たいとか利己的という
ことだけでなく、何か先天的に(?)人に共感するという能力がすっぽり
抜け落ちているのではないかと。

他人には、必要以上にいい顔をして、話を合わせようとして、「うん。うん。」
と聞き手になったりしていますが、実のところ上っつらだなぁ、といつも思います。

私が普通に他人といると、私の愛想笑いが足りないとばかりに、「ちょっと。何してるの。
やあねぇ。」などと言ってきたりするので、他人によく思われたいという気持ちは
過剰なほどにあるようです。

でも、自分の心の中に本気で人との関わりを築く気はないままで、いわば自己完結
しているような気がします。


ちなみに、トピ本文に書いた従姉妹は、成人してからもちょくちょく私の生活を
かき乱し、挙句に当時私の住んでいた海外にまで遊びにやってきました。
そして、40日近く人の生活をかき乱しまくった上、「お客の相手はきちんとしないと
後から後悔しても遅いのよ。私たちは大切な従姉妹同士」と言った内容が長々と
綴られた置き手紙まで置いて帰って行きました。

ユーザーID:0371603675
お気持ち、よくわかります
どんたく
2019年7月19日 7:07

私も普段は色々我慢するタイプでしたが、一生に一度のお願いを母にしたことがあります。

祖母が亡くなり、何もできない祖父は同居を求めるどころか、私の家族四人を自分の住む場所に呼び寄せようとしました。
住み慣れた場所を離れたくないというただのワガママです。
中学一年生の多感な時期だった私は絶対に引っ越したくたい!転校したくない!と一生に一度のお願いをしました。
「おじいちゃんはあと何年生きられるかわからないんだから我慢しなさい」の一言で終わりでした。

転校先の中学校ではイジメまではいかなかったものの、嫌がらせを受け続け、部活も途中からなので入れませんでした。
高校まで親元で歯を食いしばって過ごし、卒業と同時に家を出ました。
ホームシックなんか一度も感じたことはありません。

小学生まで仲良しだった幼なじみとは疎遠になり、中高の青春の思い出は真っ暗。
私の記憶の中で、私の人生の17年間は無かったことになっています。
私が母親なら子供たちを守るために何が何でも夫や義親を説得するでしょう。
しかし、私の母はしなかった。

結局祖父はそれから20年生き長らえました。
それ以後、どうせ何言ったって無駄だという空虚な気持ちを持ちながら、たまに連絡だけは取ります。
介護はしません。
子供を守れない血を継いでいるようなので、私は子供を産まない決意をしました。

他の人から見れば「そんな昔の話」でしょうが、子供ながらに必死に訴えたことを親に無視された心の傷は、一生消えません。
だから同じ境遇だった主さんの気持ち、痛いほどわかります。

ユーザーID:5103821034
介護、やらなくて良いんじゃない?
さき
2019年7月19日 8:15

そもそもトピ主さん、おいくつ?
母と伯母の長電話をどうして知っているの?同居?

さっさと、家を出ればよろしいのに。

同居していると必ず介護が回ってくるでしょうね。
頻繁に帰れない程度の距離なら安泰です。

そもそも、父はどうしたのですか?
父が居ないのなら、母はあなたを祖母に預けるしかないですよね。
今のように保育サービス選べる時代ではないですから。
あなたの預けられたくない気持ちも分かりますが、
あなたを預けて働かねば食べていけなかったのではないですか?

人にはどうすることもできない時もあります。
あなたも今は子供ではないのでしょうから、その時は悲しかった、と母に伝え、それで受け入れられないのなら離れましょう。

ユーザーID:4516460171
男性の影が全く見えない
まも〜ん
2019年7月19日 8:47

女性だけで生活していたのでしょうか?

お父さん、お爺さん、伯父さんは何処に行って
しまわれたのでしょう。

そこばかり気になってしまいます。

ユーザーID:4860684179
今の私
だんご
2019年7月19日 8:48

 これまで、私は、60代の実母と普通に接してしました。
同居ではありませんが、特に問題はありませんでした。

そして、今、詳しいことは書けませんが、
私(40代)は、死を考えるほどの辛い問題を抱えています。

あまりに思い悩み、私は母に相談しました。
この問題は、お金の問題でもなく、
母親に迷惑をかける問題ではありません。
私は、ただ、話を聞いてほしかっただけなんです。

すると、母親は、
「そういう話は聞きたくない。
私に関係ない事を話して、親をいじめるのか?
面白くない話は、一切聞きたくない」
と言われました。

私が、「死を考えるほど悩んでいるんだけど」というと、
「あ、そうですか?お好きにどうぞ」と言われました。

その時の声の冷酷さを私は一生忘れません。

思えば、妹が、外国で事故にあい、
彼女の大学や領事館から、その国に来てほしいと言われた時も、
両親は、「私たちは、海外なんていけない。無理。
(妹が)あっちで死ぬなら、それで仕方ない。
それが、あの子の選んだ道」とか言って、
結局、私が一人でその国に行ったことを思い出しました。

子どもが、「本当に困ったとき」に、
「話すら聞きたくない。」と言い放った両親の介護は
絶対にしないと、私は心に決めました。

ユーザーID:3190172528
どうしろと?
都市伝説
2019年7月19日 8:54

現実問題として、フルタイムで働いていて帰宅は8時9時。幼い娘は母親(祖母)に預けなきゃいけない状態だったのですよね。

私の母も似たような年代だと思うので敢えて言いますが、当時はフルタイムでバリバリ働く女性自体珍しく、トップの営業成績を上げても女性だからというだけで出世できず、25歳以降は「早く辞めろ」と圧力をかけられてたような時代ですよ。

しかも休日は週1だけしかなかった。

お母様は体力的・精神的・経済的に、今とは比べ物にならないくらいのプレッシャーとストレスを抱えながら毎日働いておられたはずです。
トピ主さんを養うためにね。



祖母は温かみを感じない。

伯母と従姉妹のことは嫌い。


…で? お母様にどうしろと?
働かなきゃ親子そろって路頭に迷う生活しかない。当時は手当なんかも今ほど充実してませんよ。

小学校低学年のトピ主はまだ一人で留守番なんかできない。

お母様からしたら、子供が訳も分からずあれも嫌これも嫌いと我儘言い散らしてる
ようにしか見えないでしょう。

無視するしかないじゃないですか。


トピ主さんはどうして欲しかったんですか?

「そうね。可哀相に」と慰める端から祖母の家に連れて行って欲しかった?
そうしたら、結局「母親に裏切られた!」って恨むだけでしょう。

それとも母親に仕事辞めてもらって生活保護受けながら惨めに暮らしたかった?
そうなっていたら、祖母や伯母親子からますます馬鹿にされ、ろくに進学もできず、今こうしてネットに書き込む事だってできなかったかもしれませんね。


もう50代なんですよね。
だったら、「自分が自分が」なんて言ってないで、お母様の当時の立場を思いやることくらいできませんか。

ユーザーID:5495461911
母親への依存が強すぎる
nanako
2019年7月19日 8:54

幼い頃のあなたについては、「かわいそうに」と思います。
でも、もう40年以上も前のことだし、あなたは孫がいてもおかしくない年齢です。
いい加減、母親への依存心を捨てるべきですよ。
あなたのお母様は、所詮伯母と同じ類の人なのです。
伯母と同じように例え自分の娘が苦しんでいてもさほど気にならない人間性なのです。世の中にはそんな母親もいます。
そんな母親をもったあなたは不幸だったかもしれませんが、今はもう自分で自分の人生を切り開ける年齢でしょ?と言うよりもう自分のことよりも我が子や孫を思って生きる年齢に達しているのに、いまだに自分の子どもの頃のことを引きずっているなんて情けない人だなと思います。

依存することばかりではなく、あなたが主体の人生を考えた方がいいと思います。

ユーザーID:2563349540
運命は巡る
ももちゃん
2019年7月19日 9:12

いずれ、介護ホームや、自宅ヘルパー利用で
逆の立場になる

「母が、自宅に戻りたい
ヘルパーを家に入れるのは嫌」

と訴えた時、
同じように対処すれば良いのでは?

貴方にだって仕事あるし
ホームやヘルパー雇うのだってお金がかかる

人は同じように因果は巡るもの。

幼い時の数年は (6歳の2年は 人生の3分の1を意味する)
老人にとっての数十年に匹敵する

それで解決だと思いますよ

ユーザーID:2890999057
親離れ
発迷家
2019年7月19日 10:02

親なんてそんなもの、
夫婦や嫁姑問題、生活の苦労を抱えて子供に気が回らないことも多い。
それを今から責めても仕方ありません。

親から巣立ちをすればその重みはずっと小さくなるはずです。
逆に今でもトラウマと言うのなら、それは完全に親離れできていない
ということではないでしょうか。

日頃の生活で母親との距離はどうなっていますか。

ユーザーID:6215328425
自分が育てられたそのままでいいのでは?
他人に何を言われても
2019年7月19日 10:20

母親は娘の世話を祖母に丸投げし、そこで娘が嫌な思いをしても
無視だったんだから、トピ主さんも同じような介護でいいのでは?

お世話は外注、それでも回らなくなったら施設に入れる。
もし泣いて嫌がられても無視。
お母さん、フルタイムでバリバリ働いていたのならお金はあるでしょ?

ユーザーID:2709872786
様々なご意見ありがとうございます
カモミール(トピ主)
2019年7月19日 12:37

男性の影が見当たらない、という指摘、正しく我が家を象徴しています。

祖母はいわゆる女傑タイプで、祖父はお人好し。伯父は極度に無口でいるかいないか
わからない人。そして父は婿養子という立場でした。

でも、父だって一人前に働いていたので、その収入だけでも暮らしていけたはずです。

母は、当時の女性としては珍しい仕事についていて、それが母の何よりの
アイデンティティで、最大の誇りでした。

母が働かなければ「露頭に迷う」なんて状況では全くありませんでした。
母が家事をする暇がないからと言って、料理、洗濯などのために我が家には
通いのお手伝いさんがいたくらいです。その人達に、学校帰りの私の見守りのために
時間延長をお願いするとか、その他にもいくらでも打つ手はあったと思います。

会社経営をして羽振りの良かった実家から、母は土地やら資産を分けて貰っていた
ので、人を雇うお金には困らなかったと思います。

しかし、仮に、母が実家に預ける以外に選択肢がなかったとしても、私の
心からの叫びに、せめて何らかのリアクションが欲しかったのです。
「ごめんね。仕方ないのよ。」でも。たとえ言葉が見つからなくても
黙って抱きしめるとか。

私がやり切れなかったのは、私の心なんて、ふん、そんなもの、とでも
言わんばかりの母の態度でした。

私だっていい歳をして、こんなことは滅多に思い出しもしませんが、どういう
加減か、ふうっと心に蘇ってきたのです。

日常は、両親の食事の世話などしながら、淡々と暮らしています。

ユーザーID:0371603675
50代女性あるあるですね携帯からの書き込み
はーこ
2019年7月19日 13:53

戦中戦後の過酷な時代に思春期を送った母たちは、物欲がすごく強くて、勝ち負けにこだわり、世間体を気にし、心なんて目に見えないものに価値を感じない傾向があります。
子どもには物質的な不自由をさせてこなかったから、よくやったと思ってるでしょう。心が傷ついたとか、何贅沢言ってるんだとか。
介護をしたことがない人ほど、手厚い介護をされて当たり前だと思っているものです。

だから娘の方も、ある程度割り切って、介護はプロの助けを借りなければね。 

私の母はもうひとつ上の世代なので、トピ主さんのような経験はしてませんけどね。物資のない中、闇市に着物を持っていって、食べ物に替えて家族に食べさせた世代だから。

まあトピ主さんのお母さんのような人が、高度経済成長期には向いていて、蓄財ができたことは忘れないでくださいね。

ユーザーID:7807039662
人は、運命を背負って生きている
カズラハウス
2019年7月19日 14:01

人は、全てを手に入れることは出来ないのだと思います。
自分独りで多くの物や事を手に入れるには、時間が足り
ません。

目の前の選択肢を一つ一つ選択しながら、前に進んで行く
以外にありません。結果的にそれがどんな道であろうとも、
誰にも愚痴ることは出来ません。自分が選択した道です。

偉そうに言いますが、トピ主さんは、既に得られた幸運を
見ないで、得られなかった宝物であろう物を夢見ています。
果たして、それが宝物だったか否かは、分からないのでは。

得られなかった物を探すよりも、得られた物を大事に為さ
ってはと思います。誰もが、得られたものは当然と考えて
感謝を忘れているものです。

それ以上を望むのは、欲なのではありませんか。

ユーザーID:3751471197
離れられないですか?
母2号
2019年7月19日 15:04

もう、母親は居なかったものとして、生きていかれた方が楽なのでは。
ご両親で、ホームに入ってもらえばいいのに。
その為のお金くらいありますよね?子供の世話もせず長年働いたのですから。

捨てられないのは、まだ愛して欲しいからでは?
でも、どういう人間なのかは、トピ主さんはよくわかっているはず。

このまま、親の世話をして、気づけば歳をとってしまう人生でいいの?
自分の人生から親を締め出してもいいのでは。

ユーザーID:3353088207
介護?
ミント
2019年7月19日 15:47

しなくていいのではないですか?介護。
あるいは夜8-9時まで放っておけばよろしい。
今から悩まなくてよいですよ。

伯母さんは当然、その愛娘が面倒をみるでしょうし。

私もふっと昔のことが蘇ってくることがあって、無理するのはやめようと決めています。
親は癌のステージ4で、当初は昔のことに蓋をして見舞いに行っていましたが、やはり親はそうそう変わるものでもなく、おそらく私は親が死んでもそれほど悲しむことはあるまい、次は葬式の時でいいかなと思っています。

カモミールさんは人の良いかたなのでしょうね。
どうぞ毅然とした態度で臨んでください。

ユーザーID:1362732049
昔の親ってそんなもん
50代
2019年7月19日 17:40

私も50代です。
親は戦前生まれ。

昔の親ってそんな人普通にいませんでした?
私の親も相談なんて一度も聞いてくれませんでしたよ。
叱られる時はビンタなんて当たり前だったし、家から放り出される、物置に閉じ込められて折檻なんてのも珍しくありませんでした。

私の夫など庭木に吊るされたそうです。
今なら警察沙汰ですね。

進学も就職も親主導だし、結婚後泣いて実家に帰ろうものならしっかり叱られて連れ戻されて夫親に土下座なんて話もあります。

抱きしめられたことなんて一度もありません。
膝に乗ったこともなかったな。
まあ親にもよるでしょうが。

でもね、昭和中期生まれの私たちには幸か不幸かそんな生い立ちを乗り越えて生きていく力があるんです。
理不尽な経験も自分の糧にする力が。

介護なんてしなくていいというレスも付くでしょうが私なら必要なことはやります。
過去につぶされないだけの力はあるつもりなので。

ユーザーID:5889611125
子供の頃の一生のお願いって
モコ
2019年7月19日 18:35

大人になった今、もしお母様と同じ立場ならどうしました?
かなえてあげられなくても親身にはなってあげた?
子供の立場からすれば、親身にきいてくれたからってなんだんだ、結局かなえてくれないくせにって思ったと思いません?

まあ、誰しもそういう思い出の一つや二つあるんじゃないでしょうか。

ユーザーID:5779343064
介護が恐怖なら逃れていい
絹子
2019年7月19日 19:07

何か、つもりとつもったもので、身動きがとれないというか、
何かに苦しんでおられるんでしょうね。

そういう状況で、いい子してしまうと言うか、結局介護する日が来るのを恐れてるんでしょうね。

苦しいから逃げるって人は居ますよ。

それも優しい親だったのに、逃げるとか他人任せの子供は居ると思います。

親に苦しめた子供ほど、親孝行せねばって苦しむなんて、理不尽でしょ。

あんな親なら、介護はないねって、決めちゃって、楽にしていましょう。

優し過ぎて、文句言わなかったり、親と大げんかできない性格だったんでしょうね。

ユーザーID:4661035181
幼い頃の私、怖いくらい思い詰めてました
カモミール(トピ主)
2019年7月20日 0:09

母が親身になってくれたからって何なんだ、と思うんじゃない?
というご意見ありますが、そんなことありません。

私は生きるか死ぬかぐらいに必死だったんです。それに対して、
母親が心を動かされもしない、という事実が物凄くショッキングでした。

そして、つい今思い出したことですが、私は従姉妹の家での暮らしで
馬鹿にされいじめられるうちに、「大人になったら、いつかこの家の
人間たちに復讐してやる!」と本気で思っていました。
今思うと恐ろしい子供ですよね。我ながら怖いです。

私はじーっと自分の内にこもる方だとか、感情をもっと表現するように、
と人からアドバイスされてきました。 でも、一番身近である母親にさえ
感情を表しても無駄だと悟ったから、そうなったのでしょうね。

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