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大人になると勉強したくなるって本当?

なつまつり
2019年8月1日 15:02

よく学生さんに「大人になると勉強の楽しさを知る。勉強しておけばよかったと後悔する」と語っている人を見かけます。
大人になると勉強したくなると一般論のように言われることもあります。でも、それって本当でしょうか。

本当に勉強してる大人は楽しいと思ってないことも多いですよね。大人は勉強したいのではなくて、お手軽に賢くなった気分になれることに快感を感じてたり、気楽に興味のあることを楽しみたいだけじゃないかなぁと思ってしまうのです。
みなさん、どう思いますか?

ユーザーID:4935812965  


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タイトル 投稿者 更新時間
本当でもある
トマト
2019年8月1日 15:41

大人になったら
●分野が限られる(人によっては同じことの繰り返し)ので、勉強して自分の世界を広げるのが楽しい。
●資格取得など仕事に関する勉強は、収入アップにつながるのでモチベーションが上がる。自信にもなる。
●人にやらされているのではなく自発的にするので楽しい。

でも急がしいなか追いたてられてやる試験勉強はつらいです。

ユーザーID:5886418069
前半と後半は別の話です
はて
2019年8月1日 15:55

「大人になると勉強の楽しさを知る」
「勉強しておけばよかったと後悔する」

これは二つの全く別の話です。
勉強の楽しさを知った人は、その時点からでも楽しく勉強するので
後悔することはありません。
この楽しみを知らなかったなんて、もったいない!
と思うことはあるかもしれませんが、そういうのは後悔とは少し違うでしょう。

勉強しておけばよかったという後悔は、それが有用なものだったと気づくからです。
学生時代にはその気さえあれば簡単に学べたことも、
学校を離れて学ぶには莫大なコストがかかるのです。
学生とはそういう身分なのですから当然です。
その勉強が職業上必要だったり、その知識があれば解決できる問題があったり
職業以外でも、実生活や趣味などで役に立つことは実に多くあります。

ただ一般論ですが
学生時代に真面目に勉強した人ほど、もっと勉強すればよかったと言います。
ろくに勉強しなかった人は、
「この知識があればここで役に立った」
ということさえ分からず、結果的に何ら後悔しない人が多いように思います。
○○なんて学んでも役に立たないよ、っていうのはこの類です。
役に立つ場面に出会っても、それに気づくことができず
単に「不可能」と諦めるだけになります。

なので、一般論ではありません。
ある程度のレベル以上の勉強をしてないと、後悔することもないでしょう。

ユーザーID:4420448952
私はそうです(いま48歳)
砂肝
2019年8月1日 15:57

40歳のとき、子供が高校に入ったのを機に念願だった大学の勉強を始めて、働きながら5年かかって卒業しました。現在も再入学して学んでいます。
私は貧乏で進学できなかったので、子育てが落ち着いたらやろうと思っていました。

>大人は勉強したいのではなくて、お手軽に賢くなった気分になれることに快感を感じてたり、気楽に興味のあることを楽しみたいだけ

??
別にそれでもいいんじゃないですか?
そういう人もいるでしょうし、私のように明確な目的がある人もいれば、生涯学習で見聞を広めたい高齢者まで、様々な理由があるはずです。

勉強したい大人は自分の興味だけでやっていいんですよ。
賢くなった気分を味わいたいだけでお金や時間を費やす人が、どれだけいるでしょうか?

ちょうど先日、在籍している大学の単位認定試験を受けてきました。
猛暑のなか出向いてきて黙々と自習している方々を見たら、トピ主さんにもおわかりになるのではないでしょうか。

>大人になると勉強したくなると一般論のように言われることもあります

私は一般論とまでは思いません。語りたい人が語ってるだけです。

本当に勉強が楽しい大人は、そんなことどうでもいい。
逆にこういう言葉が気になって仕方が無いのは、それを強要される立場の学生そのものではないでしょうか。
トピ主は学生なんですか?

ユーザーID:0280038271
全然お手軽じゃない
小豆
2019年8月1日 15:58

大人の勉強って仕事のための強制ではなく、自発的なものの場合はやらされて嫌々勉強するわけではなく本気ですから、取り組み方が本腰になる分、全然お手軽ではないですよ。

時間が惜しい、寝る間も惜しいで勉強しますから、全くお手軽ではありません。賢くなった気分になれることに快感なんて、そんなちゃちな了見で勉強する大人はそうはいないと思いますよ。

人それぞれですから、万人がそうというわけではないでしょうけれど、トピ主さんの意見はお子様の発想だなと、そう感じました。

ユーザーID:2246673910
知識を身に付ける事は楽しい。
と、思う。
2019年8月1日 16:09

トピ主さんはまだ学生さんですか?。

学生の時は学生の本分は勉強だと、ある意味「周りから」勉強しろと言われ勉強させられる感があるが、大人になって何かを知ろうと「自ら」学ぶのとでは楽しさが違うからとも考えられます。
ああ、勿論学生でも自発的に学ぶ方も多いですが、私の場合は、です。

何でもそうですが其の気も無いのに他人から言われしぶしぶ物事をするのと、よし、やろうと自発的にやるのでは楽しさもですが、結果も何だか違いそう。

また単に学生時代に学ぶ勉学についてですが、学生の時、きちんと学んでおかないと大人になってから其の知識を知らないと言う事が出てきます。
学生が知っている事をある程度大人になって知らないと「恥ずかしさ」を覚えたりします。
若いうちは誰かに聞いて済んでも、ある程度年齢重ねると聞けなくなったりもします。
その様な時に「あの時勉強しておけば良かった。」と考えるのでは?。
ああ、これも私の場合ですね。
私の場合特に歴史なのですが、学生時代大嫌いでした。赤点ってやつです。
とある歴史学者の話で歴史に突然興味持ち「自ら」学ぼうと学び、好きになりましたが、学んでいるうちに、学生時代に習ってるよなあ、と言う場面多々ありましてね。お恥ずかしいですが。

でも学生時代きちんと学ばず大人になって学んでも決して遅い訳では無く、また「お手軽に賢くなった」の意味が分かりませんが、何れにせよ何歳になっても知識を身に付けるって楽しい事だとは思いますね。

本当に勉強している大人とは、どういう事でしょうか?。
其の大人も自ら勉強している大人の事ですか?。
其れとも例えば資格を取る為とか必要に迫られて勉強している大人ですか?。

ユーザーID:7712036772
楽しさの違い
あかり
2019年8月1日 16:14

50代ですが本気で外国語を勉強中です。
本気だから楽しいのですよ。

トピ主さんの言っている楽しさと、私が感じている楽しさは違うのでしょうね。

〉お手軽に賢くなった気分になれることに快感を感じてたり、気楽に興味のあることを
楽しみたいだけじゃないかなぁと思ってしまうのです。

お手軽なんてとんでもない。やればやるほど、賢くない自分に嫌気がさします。
簡単に賢くなんてなれないし、賢くなる為に勉強している訳ではないです。

たまに友人に勉強してるの偉いねって言われるんだけど、偉いって何?って思う。
楽しいからやっているだけ、知りたいからやっているだけだから。

確かに勉強は大変で、落ち込むし、目も疲れるし、自己嫌悪で苦痛も伴いますが
それらをひっくるめて、やっぱり楽しいですよ。

いくらやっても単語が覚えられなくて、すっごい大変だし
文法なんて一個覚えると一個抜けていくし、本当に情けないです。

でもねやっぱり楽しいです。

今日の勉強は、三時間特訓コースに行ってきて、昼食後二時間勉強しました。
夜も三時間やるつもり。

ユーザーID:3747832623
主な意味合いは2つ
やーれん
2019年8月1日 16:15

一つは大人になると自分の知識不足、教養のなさ、世界の狭さなどを思い知る局面が出てくるのです。
だからあの時無駄だと思っていた勉強をやっておけば良かったなあと思う。
自分の知らなかった世界の一端を知るので、もっと知識を得たくなる。学校と違って自主的に学ぶ楽しさを知るので、勉強は楽しくなると言えます。


二つ目は、もう出来ない(と思っている)から、そのチャンスが失われたと思えば後悔するという事です。
今からやろうにも仕事が忙しくてできない、何より記憶力も気力も若い頃と違って低下しているので、若い頃のように出来ない。あの頃ならもっとできたのに。という後悔です。
今学生が持っている有り余る時間、記憶力、体力は失って初めて分かる有難さなので、無くした身としては今あるものを活用しなさいと言いたくなる。

まだ子供を産まなくていいと思っている20代に、早く生んだ方がいいよとアドバイスする30-40代のようなものですね。


ただ往々にして後者の意味でこれを言う時は、今はもう出来ないという事を言い訳にし「自分はもう出来ないけどやる気はあるんだ、勉強出来ないのは年のせい。若ささえあればやってたんだよ」という正当化の面が多く、70代になっても大学に通い始める高齢者などを見ると恥ずかしくてそっとうつむくのです。

ユーザーID:8640947958
うん
ソリティア
2019年8月1日 16:32

>お手軽に賢くなった気分になれることに快感を感じてたり、気楽に興味のあることを楽しみたい

うん、そういうのもまた「勉強の楽しさ」だからな。
まあ成績で将来決まったりするステージから下りてりゃ気楽なんだよ。
「楽しみたい」じゃなくて実際楽しんでるよー。
大学の社会人向け講座とか取ってるの、昼間だからリタイヤしたお年寄りが多いけど、みんなもうワクワクテカテカすんげ楽しそうで、質問するときなんか顔ツヤツヤだよ。

大人でも「まだ成績で将来決まるステージ」から下りてない人は苦しんでたりするわな。

ユーザーID:2242974411
私の見解
狷介
2019年8月1日 17:06

個人の見解ですが

1)大人になると勉強したくなる、と言い出す人のほとんどは学生時代勉強の習慣がなかった人です。
それゆえ、望みの学歴を得られず不本意な人生を送っています。もしあの時もっと勉強していたら、と自分が思っているので学生を見ると言わずにいられないのです。
なお、勉強をしなくても不満のない人生を送っている人(割といます)は「勉強したい」などとは言いません。

2)学生時代、ちゃんと勉強に励んだ人もいます。
そういう人は勉強をする習慣が身についているので敢えて「勉強する」と口にしません。やるのが当たり前だからわざわざ口にすることを思いつきません。
その勉強は仕事で必要なスキルの研鑚も自分の趣味を探求することも含みます。

つまり「大人になって勉強したくなる」という人の大多数は過去に勉強の経験がなく、今現在自分の人生に不満があり、その原因は過去の自分の不勉強にあると思っている人です。そして決して今日から何かの勉強をはじめたりしません。

ユーザーID:5923339088
私は、楽しいと思ったことがない
kuma
2019年8月1日 17:21

小学生の頃から、kumaは頭がいいと先生からも親からも言われ
特に苦もなく勉強をしていて、高校では都立トップ校へ難なく入学。

その後も、普通に高校生活を送っていましたが、
あるとき、ふと、何のために勉強しているか分からなくなりました。

小さい頃は、親が喜ぶからとかそんな理由で勉強していたと思います。
その後は、周囲からの目をプレッシャーに思いながら勉強していたと思います。

私には目標もなければ、勉強そのものや知識を得るということの楽しさは全くなかったのです。

それから、パタッと勉強しなくなり、あっという間に落ちこぼれ。
親を始め、周囲の落胆はすごかったですね。

それ以来、勉強らしい勉強なんて、一度もしないままもうすぐ50歳。
そこそこの大学に入り、そこそこの企業に就職し、結婚して主婦。

勉強したくなることも一度もありません。

そこそこの大学に入れて、そこそこの企業に就職できたのは
それまで勉強をしてきたおかげではあるかもしれませんが、それだけです。

でも、勉強しておけば良かったと思うことはあります。
資格もなにもないので、パートしても安い時給。
薬剤師とかの資格でも持ってたら、もっと子供にお金かけてあげられるのになーって
思うこともありますが、実際、勉強嫌だったから、やっぱり無理ですね。

勉強しておけば良かったというよりは、
何のために勉強をするのか、誰のために勉強をするのか、
そういう事を知っておけば良かったなと思います。

ユーザーID:1042784683
後悔はなった
ひよこぴよ
2019年8月1日 21:48

「大人になると勉強したくなる」というのは私(62・男)が在職中、仕事に関連して数学・物理学・世界史などをさらに詳しく知る必要性がでてきまして、それで学生時代(私は1975/3 工業高校卒業の学歴)以上に勉強を継続・追加することはよくあり、退職まで特に数学は現役の学生さんと同等の知識がありました。

もっとも退職してからは次第に忘れ始めました。

「もっと勉強しておけばよかった」などと思ったことはなかったです。
「もっと勉強・・・」といっても学生時代は学校で習う全教科だけで溢れるほどの知識を身に着けられるわけですから、「もっと・・・」なんてことはだいたい無理ですよね。

ユーザーID:6646426702
好きな勉強なら
まり
2019年8月1日 22:04

子供のころの勉強は選べません。
嫌いな分野でも「やらなければならない」のです。
一方、大人がする勉強は興味があったり目的があったりで、
やりたいからする勉強ですから楽しいでしょうね。
好きな分野を好きなペースで学び嫌になればやめたってかまわない。
(やめてもいいから気楽に向き合えるため嫌になりにくいと思います)
同じ大人になってからでも必要があってやらざるを得ない勉強は、
楽しくないと思います。

ユーザーID:4972161056
勉強って?
オトナ歴長い人
2019年8月1日 22:29

トピ主さんのおっしゃる「勉強」と、「大人になると勉強しとけばよかったと思う人」の言う「勉強」が噛み合ってない気がします。「本当に勉強してる大人は楽しいと思ってないことも多い」の「勉強」がどんなものかもよく分からないし。もしかして試験があるのだけが勉強だとおっしゃってるのかしらね。

会社の命令で資格取らないととか、語学検定受けないと、という場合だとそりゃあんまり楽しくはないかも。子供だって、好きで読む本は楽しいけど「読書感想文の宿題のために本を読まなきゃ」なのは楽しくないというのと同じでしょう。

私自身で言えば大人になり親になってから科学博物館に子供を連れていくうちに、あんなに嫌いだった物理や化学が案外面白いものだったのかと初めて気づきました。それで一般向けのそういう本を読んだりしてますけど楽しいですよ。今まで知らなかった世界の見方を知るのって楽しいです。

あと世界史ね。私立文系の日本史選択だったので世界史は全然知らなくて、大人向けの学び直し本とか子供の受験用参考書なんか読んでますが面白くてたまりません。これもやはり世界の見方が変わるのが楽しいのです。都心の大きな本屋さんに行くとそういう大人向けの本、いっぱい売られていますよ。

試験があるわけじゃないし賢くなった気がしてるだけ、そんなの勉強じゃないと言われたらまあそう思われてて構いませんけど。自分が楽しいのは確かです。

ユーザーID:2699460061
嘘っぱちですよね
夏休み
2019年8月2日 12:23

>大人になると勉強の楽しさを知る。勉強しておけばよかったと後悔する

ではなくて、大人になると自分にどんな勉強が足りないかを知るのだと思います。
勉強が楽しいのではなくて、知識が増えるのが楽しい、そのことに深く関われれるのが楽しいんだと思います。
幾つになっても受験のようなpassive的お勉強は作業であって快楽ではないと思います。
逆にactive的なお勉強はもう悦楽です。
そこまでたどり着くのが困難ならば困難ほど至福に満たされます。

>お手軽に賢くなった気分になれることに快感を感じてたり、気楽に興味のあることを楽しみたいだけじゃないかなぁ

その通りです。
そんな楽しみに日々身を置ける時間があるという事のなんと恵まれた事か。
悲しいかな充分過ぎる程大人になってしまった身にはお手軽な記憶力は無く、脳が瑞々しいうちに勉強しておけば効率があがると思う事はあります。

ユーザーID:6659852181
土壌が整ってないと種をまいてもムダなので
さび
2019年8月2日 12:34

大人になると、子どもの時よりは多少、生物として、または社会人としての「知識」がつきます。
わざわざ「勉強!!」としなくても、自然と得られる知識です。

この、「知識ある状態」が「学べる土壌」と申せましょう。

「子ども=勉強が嫌い」とトピ主さんが思っておられるとしたら、それは大きな間違いです。
「学べる土壌(外界への興味、一定のルール、ある種の常識、概念を把握する力)の無い者=勉強が嫌い(興味を持てない)」
ということではないでしょうか。

子どもにも、もちろん、「学ぶ・勉強する」ことが「好き」な人はいます。
それは個人の特性というより、幼少時から「土壌」たる心身の状態を用意してこられたかどうか、に由るのではないでしょうか。
大人になると、上記の「土壌」ができてくる(ことが多い)ので、(いわゆる【年の功】的な?!)
「学ぶ・勉強する」ことが心にもアタマにも吸収され、それが芽を出し花を咲かせ「おお…」と結実する可能性が高くなるのです。

自身が結果を実感し楽しみに思える、つまり「やりがい」を感じることができると、脳内の快楽物質も多く出てきますから、
どんどん勉強したくなっちゃう…というわけです。

土壌が良くなきゃ、どんなにたくさんの種をばらまいてもムダです。
良い土壌をつくることが、「育ち方」なのかもしれませんね。

ユーザーID:9241131250
大人になると勉強の楽しさをするわけじゃない
もうすぐアラカン
2019年8月2日 12:47

大人になったから勉強の楽しさをしったわけじゃありません。
大人になってから勉強の楽しさを知ったんです。
必要な事、あるいは興味を持って勉強すると本当に楽しいです。

>大人は勉強したいのではなくて、お手軽に賢くなった気分になれることに快感を感じてたり、気楽に興味のあることを楽しみたいだけじゃないかなぁと思ってしまうのです。

ある意味そうかもしれません。ただあなたの思う勉強とは学校の授業の事、つまり受験のための手段である勉強ですよね。
楽しみのための学問、知識が増える事での楽しみのためのものはあなたにとって勉強ではないという事でしょうか。

高校生までの学校の授業での勉強と、大学から学ぶ学問とは別のものです。
知識を得たいとして自ら学ぶことは学校の授業とは違います。

ただ、大人になって教育訓練学校で資格取得のために朝から晩まで授業を受けましたが、楽しかったですねぇ。

あぁもし学生時代にこの楽しさを知っていたらなぁとは確かに思います。


で、学生でも勉強を楽しいと知っている人もいるんです。
実際友人にいました。が、同級生が勉強って楽しいって言ったら引きませんか
だからあまり口に出していませんでした。
その友人は勉強が好きで好きで、そのまま学者になりました。
好きな事を仕事にしたという事です。

ユーザーID:8418689203
勉強?
↑↑3R
2019年8月2日 13:01

学生の頃の勉強のように点数を取るためだけの勉強は大人になってからだって苦痛ですよ。
でも大人の場合は点数を取った結果、資格が取れたり職級が上がったり、独立できたりするんです。だから苦痛でも頑張って勉強する人もいるんです。

学生の頃の勉強ではなく「好きなこと、興味あることを“学ぶ”」のはとても楽しいですよ。トピ主さんのおっしゃるように知識が増えるような気がするし、いろんなことがクリアに見える気分になれます。まぁ言うなれば「趣味としての学び」ですよね。趣味ですから当然楽しいです。

「勉強しておけばよかったと後悔する」って事もない訳ではありません。
その時になってみて「学生の時にやったはずなのに」って事はちょこちょこ出てきますよ。でも大した後悔じゃ無いです。だって大人の勉強はカンニングし放題なんですから。
カンニング(参考資料やネットなどを駆使)してでも正しい答えが導ければいいんです。
これもちゃんと正しい答えを導き出せるので快感です。

まぁ言っても個人の価値観の問題でもありますから、トピ主さんが金輪際勉強なんかしたくないし、勉強を楽しいなんて思いたくないと言うなら、それはそれで良いと思います。

でも小町で「みなさんどう思いますか?」って聞くって事はトピ主さんも好奇心や知識欲が旺盛なんでしょ。こうやっていろんな人の意見を求める事も勉強の一種だと思います。
みなさんからいただいた意見を自分なりにまとめて自分の血肉にする事こそ勉強の醍醐味だと思いますよ。

ユーザーID:6759169542
勉強の意味
匿名
2019年8月2日 13:21

主さんにとって勉強ってなんですか。
一口に勉強、って言っても、いろいろありすぎて。

わたしも仕事上たくさん「勉強しなけばならないこと」があり、
本も買ったし、講習会にも通いました。
そういう意味での勉強は、大人になったからと言って、「あら、勉強って
楽しかったのね」なんて思ったりしていませんよ。
ただ、子供のころの勉強とは違い、知識が自分の仕事に直結しているので
勉強が役に立つ快感はありますね。

一方で、わたしも別の切り口から勉強の楽しさを知りました。
その勉強は仕事上のそれじゃなく、純粋に知識欲を満たすための勉強です。
還暦になり、改めて通信で大学の勉強をし直していますが、
今まで興味のなかった生物が面白くて仕方ないです。
「気楽に興味のあることを楽しむ」ために勉強しているのですが
これを勉強してる、勉強って楽しいって言ってはだめなんでしょうか?

>本当に勉強してる大人は楽しいと思ってないことも多いですよね。
っていう意味がよくわかりません。

ユーザーID:4334122959
そんな一般論、どこにあるの?
すみっこ
2019年8月2日 14:49

仕事や実生活で、知識がないばかりに痛い目にあって、

「若い頃、もっと勉強しておけばよかったと後悔した」

ことを、若い人に説教する、の間違いじゃないですか?



電車の中を見れば、若い人だけでなく、初老の男女まで相当数がスマホのゲームに夢中になっていますよ。


自己研鑽している人なんか、ほんの一握りです。

ユーザーID:3648875879
『勉強する』という言葉が良くない
お匿さん
2019年8月2日 15:38

ここを勘違いしてほしくないのです。

トピ主さんのような考え方の人ってね、『勉強する』と『学ぶ』ことが同義なんです。

でもね、実は『勉強すること』じゃなくて『学ぶ』ことが楽しいんですよ。

例えで一番わかりやすいのは運動じゃないでしょうかね。

あるスポーツが好きで上手になりたい、試合に勝ちたい…
その場合には練習とかトレーニングはさほど苦痛ではないんです。
自己記録を更新出来たり、結果を残せたりするだけで満足だし、
他人から『学ぼう』と人の試合を見たり、指導をうけたり、質問したり、
必要なら専門的な書物を読むこともあるかもしれません。

すべてが自分の意思で能動的に別にしなくてもよいものを『学ぶ』んです。
その『学ぶ』というものの一部が『勉強』というだけの話なんです。

学生時代までって『学ぶ』ということが理解できてないんです。
目の前に小・中では何を学ぶか決めらえていて、せいぜいレベルを選ぶだけ。
高校でようやく選択科目が選べるがそれも必要だから、
もしくは興味を抱かせるだけだから…

大学で専攻してようやく学びの第一歩を知るけど、
逆に専攻をするってことは分野を絞り込んでいくことになる。

それで社会に出ると、それだけでは不十分だと気付く
自分に何が足りないのかを周囲から感じ取って、自分に必要なものを
改めて感じて自分から学ぼうをするんです。

あくまで『学ぶ』という言葉で表す部分が重要であって
『勉強する』というのは本来は『学ぶ』ことの手段の1つに過ぎないのです。

ユーザーID:9873953442
 
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