介護をすると人生損した気分になります

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ミミ子

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  • 介護をしながら趣味も

    私は50代なので、親の入院や介護はよく聞きます。
    24時間の介護生活なら、精神的にとても疲れると思います。
    なので自治体のサービスを利用して、とびさんひとりが負担にならないようにすることが必要。
    うちの母は、かなり前から施設に入ると言っていました。
    子どもたちにめいわくをかけたくないという考えでした。
    50代の女性は、いろいろな面で差が出ますね。

    ユーザーID:5075291588

  • トピ主です

    皆様ありがとうございます。
    私の心情を理解してくださる方がいてほっとしています。

    ぱんだ様のレスを読んで・・・実は私も同じ不安を抱えています。

    >私たち夫婦の年代は子供が就職して子育てが終わった世代です。
    >これから夫婦2人で趣味にお金や時間をかけて第2の人生を楽しむはずなのに、
    >今は介護と自分たちの老後の不安しかありません。

    すみません。これは半分本当ではありません。
    私の周りにはこういう人たちが多いので一般論としてこう書きました。
    私たち夫婦には当てはまりません。
    夫には持病があります。命にかかわるものです。手術をしないと完治はしません。
    しかし手術しても15%の人は退院できずに亡くなるそうです。
    運よく85%の方になっても5年生存率は70%です。

    7年前に発病し幸い今までほとんど進行せずにきました。
    しかし主治医からそろそろ手術の準備をしたら?といわれとても悩んでいます。
    セカンドオピニオンの申し込みもしています。

    普通の生活には支障がない…といえるのかどうかわかりませんが今は普通に暮らしています。
    でも近年の異常気象に体が付いていけず仕事を辞めて1年になります。
    私は小さいお店を経営していますので今は2人で何とかお店と介護をしている状態です。
    わずかな貯金がいつまでもつか不安です。
    自分たちの楽しみに使うお金なんてありません。ただ病気が進行しないように穏やかに暮らしたいだけです。


    7年間、死は常に身近にありました。夫が死んでも義両親の世話をする覚悟はできていました。
    でも実際介護をすると、人は老いながら死ぬ、という当たり前のことを忘れていたように思います。
    そしてやはり、夫が死んでしまったら…と思うととても辛いのです。

    ユーザーID:6319010075

  • トピ主のコメント(3件)全て見る
  • 主様の言いたいことは最初のトピから伝わってましたよ

    大丈夫です、最初の本文でも十分わかりました。
    そしてその気持ちもわかります。
    自分もこうなるのか、ということを否応なく直視させられるのですよね。
    もっと若い頃なら、自分は年を取らない、と平然と思っていたかも。
    でも、自分もシミができて、シワができて、白髪が生えて、
    胃は持たれやすく、体重は維持できてもお腹はぽっこり。
    若い頃自分とは別の生き物だと思っていた巷の中年と同じ姿に
    なってしまった年頃としては、
    リアルな老いも、いずれああなる、と襲ってきてしまうのですよね。
    どうしたらいいのかはわかりませんが、
    今の生活を精一杯頑張ろうと思っています。
    とりあえず旅行は今のうちにいっときます笑

    ユーザーID:8501595271

  • 昔の旧型同居介護では、その感覚は普通。鋭い指摘。介護の本質。

    よく理解できる。介護の持つ【本質】の指摘。

    主さんは決して介護が嫌なのではなく逆に、同居で義親介護を背負う覚悟の人。でも「損」という語の印象が先行し、誤解されたレスが多々。

    主さんのご指摘は【介護の本質】を示す。
    親を同居で抱える介護に入ると、そういう感覚が強く分かる。

    【昔の同居時代での旧型の介護】では皆、そんな感じだったと思う。

    2〜3世代前頃は、結婚で完全同居〜若い結婚〜すぐ子育て〜子が大人になる過程で義親の介護〜更には実親も近郷在住で実親の介護もあり〜親4人を看取り終える頃には、既に自分が介護される年齢。多くの人は60〜70歳程までに他界。

    なので3世代同居で祖父母の介護を見て手伝った子供時代から、既に「トピレスの【損な】気持ち現実」が自然と頭に定着記憶された。

    つまり昔の
    短命で皆が3世代同居の時代では
    子供も若い人も大人も高齢者も〜全世代・皆が【老いたら死までどうなるか】という現実を、毎日家の中で家族の誰かで体験して看て生活するのが【普通】。「今のトピ主が言う【損】の感覚」が普通の人生観。楽しむ人生でなく「生きるため」の人生。

    昔は20年も短命なので【結婚・子育・介護・幼孫育】で【大体人生が費やされ】
    【老後は趣味で第2の人生】〜の考え方も一般的でなかった。

    でも子の手が離れた時や全親を介護し終え、運よく【少しでも】【誰の世話も必要ない時期】があれば、塾年(老)夫婦で【自分たちが元気なうちに】と、1〜数回程の旅・遠い親族に会いに行く等をしてた(一般庶民)。

    つまり子供時代から死ぬまで
    【老いや介護】の【現実的な生活人生観・覚悟】は、常に皆の頭にあった。

    【老後に第2の楽しめる人生がある】という考え方は
    【超長寿・親子別離居現代で初めて発生した珍しい特殊状況・感覚】なのです。

    主さんは旧型の同居介護形なので【主のその損感】を強く感じると思う。

    ユーザーID:7101363075

  • 状況が変われば忘れる

    アラフィフ主婦です。
    わたしが30代のときに父が闘病の末亡くなりました。
    遠方のためときどき行って手伝うのがやっとだったのですが、母と近居の姉は、とても大変そうでした。
    わたしも、病み衰えていく父や、母の苦労している様子を見て、やはり自分の老後(病気の遺伝も含めて)について深刻に考えました。

    それから10年以上過ぎ、今も父のことはよく思いますが、当時の「自分の病気や老いについての恐怖」は、だいぶ薄れています。喉元過ぎれば忘れるというか、そのことについて全く考えない日も多いです。(もちろんゼロにはならないです)
    寿命はひょっとして短いかなとは常々考えてしまいますが。

    トピ主さんも、今は目の前に介護があるので、お気持ち的にも渦のど真ん中、50歳なのに80歳のことを憂慮してしまう「損」の真っただ中にいるのだと思います。

    だけど、いつかまた違う生活が始まり、目の前にある景色が変われば、そのことを忘れている自分がそこにいるかもしれませんよ。
    60代なり、70代なりに楽しんでいる自分がいるかも。

    父を見送るのは本当に悲しかったし、大変でした。父もかわいそうだったし。(母や姉の苦労も筆舌に尽くしがたかった)
    けれど、やはりできることをやりつくして看取ったという気持ちはあるようです。
    父のことは皆忘れませんが、みんな元気にその後の人生過ごしていますよ。
    「状況が変われば気持ちも変わる」です。

    それと、歯や運動機能の低下も、トピ主さんの今の年齢から気を付けていれば、30年後はだいぶ違うでしょう。
    義母さんが教えてくれたと思って、しっかりケアを続けるのも「損」が連れてきた小さな「得」にはならないでしょうか。

    ユーザーID:4996734412

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  • よくわかります。

    >自分の老後を考えて不安になってしまう、もしかしたら100歳になっても元気でいるかもしれないし、80歳でぽ
    >っくり逝くかもしれない、極端に言うと明日交通事故で死んでしまうかもしれないのに。
    >老後の準備はもちろん大切ですが必要以上に弱気になってしまう自分がつらいのです。

    とてもよくわかります。優しくて大好きな夫が年上で、私谷は子供がいないので、自分が一人で最後に残ることになるかなと思うと、そんなことは実際には無理でも、いつか最愛の夫と一緒に死ねたら…と思います。
    母が要介護の状態になってから、老いや死が身近になり、50代なのに80代の気持ちがするときがあります。
    明日死んでもいいように、できるだけ好きなことをして日々楽しく生きていかなくちゃ!と思います。

    ユーザーID:4607562137

  • トピ主さんの返信を読んで

    2度目のレスです。トピ主さんのお気持ちはよく分かります。

    私も両親の介護がなかったら、10年前の私のまま、怖いもの知らずで人生を謳歌していたと思います。当時職場の同僚には、「彩乃さんは恵まれすぎです」と言われていました。過ぎたるは及ばざるがごとし。私は両親の介護を経験してよかった・・。

    メメントモリという言葉をご存じですか。「自分が必ず死ぬことを忘れるな」という意味のラテン語です。この言葉になぞらえて「老いを忘れるな」という言葉を考えてみました。

    トピ主さんがおっしゃるように、親の介護をやっていると、必ず自分の老後のことに思いを馳せます。老いや死ということを眼前に突き付けられます。その事実に出くわして、いかに自分の老後を充実させようかとか、人は生きたように死ぬものだから、こんな生き方をしたいとか、考えるようになるのです。

    死を意識する、老いを意識するということは、人間にとって最も大切である(と私が考える)謙虚さを学ぶことに他なりません。こうして、介護の経験を通して垣間見た老いや死を身近に感じることによって、自身の生がより豊かで充実したものとなります。

    理屈っぽく感じられたらごめんなさい。私が感じたままをレスさせていただきました。

    ユーザーID:6484296722

  • トピ主です

    介護大変だった様
    お若い時から介護を経験されて大変でしたね。ご両親からまた介護を期待されているのもお辛いと思います。
    ただ、難病が疑われた時の「死ぬなら親の面倒みてから死んでくれ」という言葉は決して本心ではないと思います。
    親にとって子に先立たれることほどつらいことはありませんよ。
    難病かもしれないと聞かされた時のご両親のショックはいかほどだったかと思います。
    あえて軽口をたたくようにそう言ったのではないでしょうか。その言葉の後には「大丈夫、あんたは死なないよ、大丈夫」ということばが省略されていたんだと思います。

    ユーザーID:6319010075

  • トピ主のコメント(3件)全て見る
  • 将来の自分のために

    還暦間近です。4人居るべき両親と義両親のうち3人を見送りました。
    3人とも突然のお別れで介護経験が殆どありません。
    祖父母も含めて杖を使っていた人もいませんし、認知症の人もいませんでした。

    しかし、ラッキーだったから両親や祖父母が杖の必要もなかったわけではありません。
    90歳過ぎでも毎日1km以上散歩をしていました。
    当時30代の私に向かって、スクワットと腕立て伏せ、正座して寝て膝を上げる運動をしながら「30歳をすぎたのだから、貴方も今から始めなさい」と言っていました。
    90歳過ぎの祖母は開脚をして胸が地面についました。私は胸どころか手も危ない感じです。汗

    自分より年齢の高い人を介護しているトピ主さん。どうすれば自分の老後が健康なのかよく考えてください。
    散歩、歩き方、筋肉の衰えを防ぐ、骨が丈夫になる食生活。

    人の振り見て我が振り直せ・・・です。

    ユーザーID:0422721370

  • トピ主さんは優しい方

    人生損したと言っておられる割には、お姑さんへの愛情を感じる文面ですね。

    私も近居で義父の世話をした時、何でも一人でこなしていたしっかり者の義父が、できないことが増えるのを目の当たりにして、トピ主さんと同じ気持ちになったことを思い出します。

    一番辛い思いをしているのは姑さんで、その辛さに寄り添える優しさを持っているからこそのトピ主さんの気持ちなのだと思います。

    衰えていく親(義理親)を見なくていい、支えなくていい立場の人もいますが、介護を終えた時、きっとまた別の境地に達することができると私は思います。

    ユーザーID:6684612472

  • 出来れば祖母や母のようにありたいと願うのですが

    私の祖母は96歳で亡くなるその日まで元気で、完全に自立した生活をしていました。

    身の回りの事はもちろん、家事から自身の通院まで誰の手を借りる事もなく一人で行っていました。
    そんな祖母の事を周囲は間違いなく「100才越えだね」と思っていた矢先、朝食の後片付けをしていた最中に心臓発作を起こして倒れ、たまたま家に立ち寄った近所の方によって搬送されて2日後に亡くなりました。
    わずか3日の入院生活でしたが、おむつを付けようとする看護師さんに「トイレくらい自分で行ける」と拒否するくらい、最後までしっかりした人でした。

    そういう強靭な母親を持ち、介護とは無縁だった私の母は、78才で就寝中に急性大動脈解離を起こして急死。
    予想もしなかった亡くなり方にショックは受けたものの、介護という意味ではまったく世話を掛けずに逝ったという訳です。

    翻って夫の父。
    普段通り昼食を摂った直後、急性心不全を起こしてその日の夕方に死亡。82才でした。
    姑は、大腸がんによって入院から半年で亡くなりました。

    こういう訳で私達夫婦はそれぞれの親を急な形で亡くしたため、いわゆる介護とは全く関りを持たないまま現在に至っています。
    友人などはそんな私にはっきりと「うらやましい」と言って憚りません。
    彼女は同居の姑と、離れて暮らす実父の介護に日々奮闘しているからです。

    人生は、結局辻褄が合うものだと言います。
    ということは、私はこの先、何らかの形でその帳尻を合わせる羽目になるのかもしれません。
    それは夫の介護に苦労するのか、自身が倒れた時に誰もそばにいてくれないのか想像がつきませんが、どんな形になっても甘んじて受け止めようと思っています。

    今の私が娘達にしてやれる事として、早めに持ち物を減らして身軽になること、積極的治療は拒否する旨のメッセージを残す事などを考えています。

    ユーザーID:3500781286

  • 介護中の者です

    毎日の介護、本当に疲れますね。
    何気ない言葉に傷つき、悩み、辛くなります。
    当事者でないと分からないことがたくさんあります。
    何度、逃げ出したいと思ったことか。でも介護を変わってくれる人はいないんです。
    要介護状態で利用できるサービスがあっても、利用せずに娘に依存する老親もいます。

    主さんが健康を害せずに介護を続けられるように願わずにはいられません。

    ユーザーID:7781112307

  • 同年代です

    姑さんとの仲が悪いわけではない。
    若い時は、助けてもらったこともあるはず。
    だからお世話もある程度は、あたりまえ。

    ただ、「痛い痛い辛い」
    と毎日聞かされれば、誰だって気が滅入る。ただ、本人の本心なんだから仕方ないよね。
    共感せず、聞き流したら?

    あと、一人で抱え込まなくてもいいのでは?
    介護保険料はみんな払ってるんですよ。
    ヘルパー申請すればいいじゃない。
    デイサービスに連れて行ってもらったり、身のまわりの事、買い物、手伝ってもらえばいいじゃない。

    そして、貴女は貴女の生活を楽しむ。介護を分担しながらね。
    介護施設にお泊りさせてもらってる間に、夫婦で旅行も出来ますよ。

    自分で出来る事をすればいいのでは?
    夫も親孝行すべきだし。
    介護は損とか、したくないとか考えて行動していたら、将来亡くなった後、嫌な気持ちになりませんかね?

    将来的には二世帯の姑部分や世帯全部を、売却すれば、貴女たち夫婦ががホームに入る資金にもなるでしょ。

    ユーザーID:8082405071

  • 正直いって

    20代で同居祖父の介護に駆り出され、数年間だったけど大変だった。

    大学終わったら速攻帰宅して介護の手伝い。
    しかもかわいがってもらった記憶もない祖父だっただけに、なんで私が?
    って不満しかなかった。(他の兄弟は留学等でいない)

    自宅でみとられた祖父は満足だったのかもしれないけど、
    私の青春は介護で終わった。

    母も祖父母の介護を押し付けられて何年もしてた。
    (遺産はなんにも しなかった子供たちで分配)

    両親は独身の私が介護してくれるもんだと、期待してるし。
    自分たちが死んだ後の私の人生なんて考えてないみたい。

    難病が疑われて検査に回されたと告げたときに、
    「死ぬなら親の面倒みてから死んでくれ」て言われちゃって。

    介護したけどいいことはなかったなぁ。
    遺産ももちろんもらえなかったし(相続人じゃない)

    同居ありの縁談ならたくさん舞い込んできたけど。
    結局縁もなく独身のままです。

    介護して人生のプラスになりました、って思える人すごいですね。

     

     

    ユーザーID:9319430701

  • そうでもない

    そうでもないかも、いやそうかも?!
    いずれにしても自分の運命です。受け入れるしかないことは前向きに受け止めましょう。
    義母様は歯が痛くて足が痛いとのこと。お若いころはどのようにお過ごしでしたか?
    とりあえず反面教師にさせていただき、定期的に歯医者へ通い、靴にお金をかけましょう。
    今の世の中、老後に不安を抱えていない人の方がはるかに少ないと思います。

    ユーザーID:4599011818

  • 入れ歯無しで

    入れ歯外して食事してみたらいかがですか。
    おかゆややわらかい物なら歯ぐきでも大丈夫ですよ。
    口の中で時間をかけ、もぐもぐしてもらいましょう。

    トピの文字数だけでは語りつくせないですね。
    倒れないよう、自分もいたわりましょうね。

    ユーザーID:4398703323

  • 私は介護を通して成長したと思います

    3人の70代〜80代の叔母たちが、介護未経験者です。その中の一人が先日「介護をしたことがないのよ」と言うので、居合わせた私は「ラッキーなんですよ」と答えました。

    介護をやらずに済むことはラッキーなことだと、普通は考えます。

    私は祖母と両親を世話しました。特に認知症を発症した母の介護は大変で、ほかの誰も(当時は)介護をやっていないのに、なぜ私だけが・・と思ったことも正直あります。

    すべて終わった今、寂しさとともに大きな達成感を感じています。全力投球で介護をやりました。いい年をして世間知らずで薄っぺらい人生を生きていた私が、深く考え学びました。

    介護がなかったら、愛を感じることは一切なかったかもしれません。子供を育てたことのない私にとって、介護は経験しなければならないものでした。

    恩師によると、子育ては「自己犠牲であり、自分を無にしていく過程」だそうです。今ではその言葉の意味がなんとなく分かります。親は幼子と同じなのです、、

    というわけで、私は介護をして損をした気分にはなりませんでした。トピ主さんなりのペースで上手く介護と向き合われることを願っています。

    ユーザーID:6484296722

  • トピ主です

    皆様、たくさんの励ましとお叱りありがとうございます。
    介護経験者の方々のお話も大変勉強になります。
    でも私はまだまだそんなに、ガチガチの介護をしているわけではありません。
    義母は認知症もありませんし、自分でできることはやってもらっています。

    デイサービスにも通っています。(腰が悪いのでずっと車いすに座るのがつらく週1回だけですが)
    訪問リハビリに週2回、おそうじに週1回来てもらっています。

    訪問歯科のお医者様にも定期的に来ていただいています。
    入れ歯が合わない件ですが、歯が悪くその下のあごの骨まで悪くなり、そのたびに入院して手術を受けています。
    先月も受けました。それがまだ十分に良くなっていないのだと思います。
    毎日のように歯科医や技工士さんに来ていただき入れ歯の調整をしているのですが、なかなか難しいみたいです。

    介護についてたくさんのアドバイスをいただいているのですが、私が言いたかったことは
    介護がつらい、介護をするのは損だ、ということではありません。
    (もちろん介護はつらいですし、ある意味損でもあります)
    介護をすることに不平、不満はありません。自分の親も兄夫婦にお世話してもらっていますし、何より義母にはこの30年間本当にやさしくしてもらっています。
    それは義母の体が不自由になった今でも続いています。


    そうではなくて、義母の介護をしていると30年後の自分の疑似体験をしているよう思ってしまう、50代の私が80代のような不安を感じてしまう、
    そのことが損していると思う、ということなのです。
    自分の老後を考えて不安になってしまう、もしかしたら100歳になっても元気でいるかもしれないし、80歳でぽっくり逝くかもしれない、極端に言うと明日交通事故で死んでしまうかもしれないのに。
    老後の準備はもちろん大切ですが必要以上に弱気になってしまう自分がつらいのです。

    ユーザーID:6319010075

  • トピ主のコメント(3件)全て見る
  • いとこが

    いとこが49歳で急死しました。
    ご主人のご両親を介護していました。

    トピ主さんはやってあげ過ぎだと思います。
    優し過ぎます。お義母さんの為にもならない。
    嫌がっても、歯医者整形外科連れて行くべき。

    もっとご自分を大切にして下さい。
    もっとキツイ嫁になってもいいと思いますよ。

    ユーザーID:1429396085

  • 綺麗事ではないですよね

    当方24の時に身体障害になった実母の介護をしました。成人するまでは知的障害のある弟の介助もしてます。

    介護をすると「何で私ばかり」との気持ちになりますよね。こればかりは感謝では飲み込めないものです。同時に将来の展望を思っても目の前の具体的な老化に怯えてしまいます
     
    ショートステイ等を検討されてみてはどうでしょう?介護にお疲れのごようすに見えます

    ユーザーID:4574724320

  • 入れ歯、案外改善できるのでは

    入れ歯のことで再び投稿です。

    亡き父はインプラントでしたが、ついに壊れて総入れ歯になりました。ただ、入れ歯が合わずに連日、歯茎だけで食べていたのです。通っていた歯医者さんとも相性が今ひとつ。
    そこで歯医者を替えて相談したところ、同じ入れ歯を加工してくれたら見事フィット!おかげで父の食欲が進み、好きな「かっぱえびせん」もポリポリ食べられました。
    結局その期間もわずか2ヶ月ほどでしたが、「お父さんの人生の最後に、好きなものを元気に食べさせてあげることができた!」という、ささやかな自負があります。
    歯医者さんを替えてみるとか、案外よき方法が簡単に見つかるかもしれません。
    病院の付き添いは大変ですが、ご一考をば。

    ユーザーID:2487620922

  • 得られるものもたくさんありました

    私(50代前半・既婚・子どもなし)は実父母の世話・介護をしました。

    父とは子どもの時からあまり打ち解けられず、いつも距離がありました。でも、ここ数年は車で15分の実家に行き、買い物や家事手伝い、歯医者やかかりつけ医のつきそい…と、両親の世話を、兄妹の中で一番行いました。

    2年前、父が脳出血で倒れ、連日病院へ。結局1ヶ月後に父は他界。軽くノイローゼになるほど大変でしたが、私の人生で父と一番近づけたのが、この数年でした。かけがえのない時間をもらえ、悔いはないです。

    そして、父の逝去と共に母の認知症は進行し、今はサ高住におります。

    この数年間、築55年の実家の片付け、両親の銀行口座管理や不要なクレカの停止、認知症患者との対応、介護サービスの手続きなどを経験しました。

    そして、死生観や身辺の整理、断捨離を強く意識しました。夫も同じ考えで、今やミニマリスト並のすっきりな暮らしです。モノはもういらない。

    お互いの資産を守るため、2年前には夫婦で公正証書も作りました。家は賃貸のままです。私の住む市(政令指定都市)では、60歳以上なら市の補助で、きれいな単身マンションも安価で住めます。
    どちらかが亡くなればそこに移り、貯めていたお金で、老後は施設希望です。延命治療の拒否など、エンディングノートも用意しました。

    兄姉とは良好関係ですが、老後・死後に迷惑かけたくないので、支援サービスを行うNPO法人と契約しようと思っています。

    これらも親の介護や実家片付け、看取りを経験したからこそできたことです。大変なこともありますが、得られることも決して少なくないと思います。介護は損得だけでは判断できないと思います。

    でも、長生きはしたくないなあ、70代半ばには旅立ちたいと思っています。

    ユーザーID:2487620922

  • 人生楽あれば苦もあり

    産まれてから死ぬまでバラ色の人生を送る人っているのでしょうか?

    私の20代は、脳梗塞で倒れた父の介護と毒母の作った
    くだらない借金を返し続け、人生の無駄をしたように思っていました。
    周囲の同年代が勉強や仕事やデートを楽しんでいて羨ましかった。

    父は私が27の時他界し、浪費と借金を続ける母のことは32の時に縁を切りました。
    遅いスタートでしたがそれから自分の人生を取り戻し、還暦過ぎた現在
    立派に成長し幸せに暮らしている子供がいて、私にとっては理想の配偶者と
    十分な資産があります。

    トピさんにも幸せだった時があったでしょう?
    現在もトピさん自身が痛い思いをしているわけではなく、将来のための心の準備が
    今できることに感謝ですよ。

    ユーザーID:4984864900

  • 中学生から介護生活

    親が最初に倒れたのは、私が中学生の時でした。
    大黒柱は高卒の姉、中学生の私が主婦、小学生の妹。
    数年間。

    二十代で結婚後、平社員として共働きしながら子育て、義父、次いで義母の介護、
    認定までいかないわがままな義親のお世話を長期で続け、子供が独立した時に、ついにプツリと切れてしまい、結果離婚しました。

    通学しながら十代の時の実親の介護と二十代から四十代までの義親の介護、どっちもワンオペだったのに何が違ったのか?離婚前に悩みました。
    決定的に違うのは、生まれた時から愛された実親、育ててもらった恩も無い愛されてもいない義親ということ。

    やはり介護のプロ/性別不問で実子を常識に。
    妻が義親の介護をするのは徳ということをもっても心が付いて行きません。

    ユーザーID:6746131935

  • ゆくゆくは我が身

    50代の今だからこそ出来ることがあると
    感じました。

    介護サービスを利用して、夫婦で
    1泊又は日帰りで旅行しました。

    60代に入り、自分たちの体調にも
    変化が現れはじめ思うように
    旅行に行けなくなってきました。

    50代に旅行に行っておいて
    良かったと思います。

    親は余命いくばくもなく・・

    旅行どころではありません。

    自分達の老後、そう遠い話では
    ありません。

    損をしたという気持ちはありませんが
    先々の自分のこと、夫のことを
    考えた時、施設入所が脳裏を過ります。

    ユーザーID:2943320814

  • 介護って平等じゃないから

    不満がでるような気がします。
    トピ主さんが言われる損得感情というか…

    人生と同じで
    平等ではないのよね。
    介護の後の相続が平等でやってくるから
    よけいに苛立ちます。
    義務を果たさない人ほど、権利を主張するしね。

    私は舅姑、実父までは面倒みてきたけど
    そろそろギブかしら
    実母の世話がキツイです。
    特養は申し込んでいるけど、音沙汰なしだし
    もんもんとしています。

    スマホの呼び出しが鳴ると
    特養入居が決まったのかしら
    とドキドキします。
    画面を見て、
    電話をかけてきた人が関係ない人だったりすると
    すごく、がっかりします。

    ユーザーID:5714646483

  • いつか自分も介護される身になる

    親世代を介護するということは、いつか自分も介護される身になることを知ることです。そう考えていたら、義母が自分の思うように身を処することが出来ないからと言って、辛く当たることは無いだろうにと、我ながら思ってしまいます。

    問題は、子世代は若く、親世代老いて介護が必要だと、自分の生き方と義母の生き方とを無意識に分けて(差別して相手を切り捨てて)しまうことではないかと思います。

    しかも、私自身もまた自分とトピ主さんとを無意識に分けてしまって考えているのです。諸々の争いや不満は、自分と他者と分けて、私とあなたとは違う、と考えてしまうことに起因しているように思います。

    そうであっても人生は面白いもので、親世代を介護した子世代が、親世代と同じような年齢になった時、不思議と次の子世代が親世代の介護を引き受けてくれるものです。きっと次の子世代が、介護する親の背中を見ているからなのでしょう。

    因果は巡ると言いますが、善い結果となって未来の自分に返ってくることを期待したいものです。

    ユーザーID:5035186349

  • 老後は施設に、

    義母さん、施設に入ったほうがいいです。

    主さんは気が滅入ってらっしゃいますし、

    みんな年を取ると施設に入るしかない、

    子供に迷惑を掛けてはいけないと思います。

    ユーザーID:2077966783

  • 損と言うか

    参考になりますよね。

    入れ歯が合わないと食べ辛い→歯医者に行って入れ歯の調整。食事形態の見直し。

    外反母趾→皮膚科を見付ける。靴のオーダーメイドを頼む。

    家の中では手すりに掴まり活動出来る。→何が出来て何が出来ないかを理解できる。

    どれもこの先参考になる事ばかりです。

    以前「介護なんて、一人が犠牲になればいいのよ。」なんて一回り以上上の、何にもしない呑気な職場の先輩に言われたことがありましたけど、長年主人の親と同居している私から言わせると、介護は老いてからのスタートではないと言う事と、犠牲と捉えていては前に進めないと言う事です。

    ユーザーID:0883351019

  • 頭が下がります

    介護をなさっていて、偉いですよ
    私なんて、義理の母は老健に入ってもらいましたから
    数年前に義理の母は大腿骨を骨折して、体にチタンの関節を入れる手術しましたが、リハビリしても歩けずに老健にお世話になってます

    先は長いから、無理するとトピ主さんが倒れます
    デイサービスやショートステイを利用して、たまにはゆっくりしてください

    私も今年51ですが、なんとかぴんぴんコロリといけないか考え中です
    娘たちに迷惑かける事になると申し訳ないです

    ユーザーID:6608689024

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