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40代以上の方へ質問、『ジャージ』はいつごろから?

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生活・身近な話題

ちひろ

今日ジャージは運動用はもちろんのこと普段着としても年齢性別問わず多くの方に親しまれていますね。

そこで皆さんにお聞きしたいのですが皆さんはジャージという言葉をいつごろから聞くようになりましたか?
また、いつごろからジャージを着用するようになりましたか?

私(現在40代で生まれも育ちも関西)の場合中学校入学の際にジャージに出会いましたが当時私の周囲では
・学校指定のもの=ジャージ
・市販のもの  =トレーニングウェア(トレシャツ・トレパン)
と区別しており(当時学校の先生も修学旅行などの持ち物で上記のように区別していました)、市販のものをジャージというようになったのは高校ぐらいからでした。
※小学校では学校指定ジャージがなく、体操服と短パン・ブルマのみでした。

当時は「トレーニングウェア」というだけあって運動用の服装という位置づけが強くて人気がなく、小学生のころ私の周囲ではトレーニングウェア着用で学校へくる子がほとんどいませんでした。
(私は結構好きでしたが)
私が小学生のころクラスメイトの男子数名が地域の少年サッカーに入っていました。
彼らはサッカーの練習や試合の時はユニホームの上にトレーニングウェアを着ていましたがサッカーが終わると私服にジーンズでしたので。

ユーザーID:1563998236

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  • 東京 47歳

    中学の体育で着用するようになってから
    ずっと「ジャージ」です
    学校用として言い方が分かれてたりはしませんでしたよ
    「学校のジャージ」とかそういう言い方です

    「トレパン」って言い方もしましたけど、
    部活で使うウェアによく使ってたかな
    でも厳密な使い分けってほどでもないです

    それと、小学生の頃にサッカーの漫画がはやっていたので、
    ジャージやトレーニングウェアで登校する子は普通にいました

    ユーザーID:4016844418

  • トピ主です 続き

    私がトレーニングウェアと出会ったのは小学4年生の時でした。
    小学4年生のときから両親の勧めで市民マラソン大会に出場することになり、毎週土曜日の午後と日曜日の午前中or午後に両親と一緒にマラソン大会のコースを走ることになりました。

    当時は市民マラソン大会に出場する小学生・中学生の服装は体操服が当たり前でしたので私は練習の時も本番と同じように体操服・ブルマで走ることに決めてマラソンの前後に体操服の上にトレーニングウェア上下を着ていました。
    そして土曜日の午後と日曜日の終日の私の服装は体操服・ブルマの上にトレーニングウェア上下が定番でした。

    初めてマラソンの練習をするために体操服とトレーニングウェア上下に着替えた時の嬉しさは今もよく覚えています。
    マラソンのスタート前にトレーニングウェア上下を脱いで体操服・ブルマ姿になるとマラソン選手の気分で気持ちよく走ることができました。

    当時はトレーニングウェアが男子にもに人気がなかったので小学生女子の私の服装がトレーニングウェア上下だと結構目立ちました。
    近所の子には「どうしてそんな服装なの?」などとみんなに聞かれました。私が「マラソン大会の練習で走っているから」と言うとみんな感心してくれました。
    (当時はトレーニングウェア着用で学校へ行く勇気がなく学校では普通の私服なのでみんな土曜日の午前中と午後の私の服装の変化に驚いていました)

    また、日曜日にマラソンの後トレーニングウェア姿でスーパーなどへ行くと私がスポーツ万能少女と思われたのか(決してそうではありません(苦笑))よく店員さんなどに「格好いい服装ね。何かスポーツしているの?」などと声をかけられました。私が「マラソンしている。」と答えると「マラソンか。頑張ってね。」などと声をかけていただいて得した気分になり、さらにトレーニングウェアが好きになりました。

    ユーザーID:1563998236

  • 59才、埼玉県です。

    もう初めてジャージを見たときからジャージですね。

    中学に入学したら日常的に使う言葉でしたが、小学生の頃もいとことかはジャージと言っていたので、別に新しい言葉ではないんじゃないでしょうか。

    学校用とそれ以外は別れていませんでした。
    学校用を学校用として区別して呼びたいときは学校指定ジャージと言っていましたが。

    トレーニングウェアも使っていましたが、それはどっちかっていうとトレーナー生地のような感じをイメージします。
    またはウインドブレーカーのような生地とか。

    ユーザーID:0007435241

  • 1958年 東京生まれ

    昭和45年、小学校ではトレパンと言ってました。
    昭和46年、中学校では、学校指定のジャージという言い方でした。
    4つ上の兄も中学校では、ジャージと言っていたので、昭和40年前後
    たぶん1964年の東京オリンピックの後くらいからではと思います。

    ユーザーID:6278921193

  • 1970年代

    1970年代かと…文科省の指導要領の変更でジャージの着用が始まったと記憶しています、大阪万博の翌年頃。生産地も学生服・デニムで有名な岡山県で その後 コスト安の韓国・中国に変わっていきました。ジャージは日本の衣料に化繊というなじみ薄かったものを身近にしました。うちの田舎の[お母ちゃんの定番]はトレーナーにジャージ+エプロンでした。

    ユーザーID:9686007648

  • ジャージ素材

    50代です。ジャージという言葉を特に意思したことはなかったのですがレスしてみます。

    中学生の時からですかね…、高校時代は色気が出てきたせいか、学年指定色のジャージでも3本線のメーカーのものを好んで着用してました。

    以前、大阪に行った時に551蓬莱で豚まんを買う為に店の列に並んだのですが、黒に派手なロゴのジャージ姿の、ヤンキー?のお兄さんが行儀よく列に並んでいたのが微笑ましかったです。

    最近は仕事がら、ジャージ素材なのて言葉をよく聞くし使います。

    ユーザーID:7295557809

  • あら還ですが

    小学生のときの体操服はジャージ素材ではありませんでした。
    低学年の時は ちょうちんブルマでした。
    学生服に使われているような黒い厚手の生地で文字通りちょうちんのようにひだを寄せてゆとりをもたせたブルマです。
    高学年になるとトレパンと言っていましたが、白い厚手の布帛のズボンでした。
    伸縮性がないのでゆるっとしたデザインがかっこわるくてきらいでした。
    中学に入って初めてジャージ素材になりましたが、呼び方はずっとトレパントレシャツか体操服でした。
    長ズボンは部活のユニフォームで、体育では下着のパンツと同じデザインでブルマと言っていました。
    太もも丸出しで、今思うとありえないかっこうでした。

    ジャージという言葉は子供が中学校に入って使うようになりました。

    ユーザーID:4676355293

  • 40代後半、1980年代の小学校で男児中心に大流行

    1980年代の小学校でアディダスの3ラインが小学生男児中心に大流行した記憶があります。

    ユーザーID:5657645437

  • 44歳、神奈川

    昔を思い出してみましたが…

    私はずっとジャージでした。

    小2の時にクラブに所属し、
    小3で全国ジュニア大会に出場したんですが、
    入賞したお祝いにコーチがクラブでお揃いジャージを作ろう!と言って、誇らしい気持ちになったのを覚えてます。
    その当時は強豪クラブしか専用のジャージは無かったので…。
    ただ、その当時はオリジナルジャージは高かったらしく、親にずっと文句を言われたのも覚えてます。

    私は普段使いでジャージを着ないので、スポーツの時に着る印象しかないです。
    スポーツウェアは、スエット生地タイプをイメージします。

    ユーザーID:6457195434

  • 東京57歳

    >・学校指定のもの=ジャージ
    >・市販のもの  =トレーニングウェア(トレシャツ・トレパン)

    私の時はトピ主さんと逆で

    学校指定のものがトレパン(小学生時は白・中学生は水色無地)
    学校指定のものはありましたが 強制的ではなく、当時はやっていたプーマや
    アディダスなどのことをジャージと呼んでいました。

    何本線であるかが 結構重要だったような記憶があります。

    ユーザーID:3415034673

  • 大阪出身49歳

    小学校3年生の時に転校生がジャージなるものを着用していたのが人生の初ジャージでした。

    体育の服装は「体操着」(屋外でも半袖)で女子が下だけブルマ(ぴったり型)を着用した記憶があります。
    男子も短パン(ハーフではなかった)でした。

    その後私が転校し、転校先の小学校では体操着がなくジャージ着用で、中学・高校では学校指定ジャージがあり、当時はハーフパンツタイプがなく夏場は紺色の指定短パンを着用していました。

    ユーザーID:4388992423

  • トピ主です お礼と補足など

    皆様レスありがとうございます。
    すべて興味深く拝見させていただきました。
    引き続き子供時代のジャージにまつわる思い出話などを投稿していただけるとありがたいです。

    前回の補足になりますが
    私が小学生のころ私の周囲でのトレーニングウェアといえば2本線のもの(現在『芋ジャージ』と呼ばれるタイプ)が主流でした。
    男子にも人気がなく着用していると目立ちました。
    小学生時代には私がマラソンから戻るころを見計らって私のトレーニングウェアに興味を持った同級生たちが私の自宅にやってきてよく冷やかされました(苦笑)。
    見た目はイマイチでも着心地・履き心地は全く問題ないので(現在のスポーツブランドのジャージと比べても全く遜色ないと思います)私は結構気に入っていました。
    当時私は紺色とエンジ色各1セットを交代で着用していました。

    さすがに学校へ着ていく勇気がなくマラソン限定で着用することにしていました。
    トレーニングウェアはマラソン限定で着用としていたからこそ週末に大きな楽しみを残すことができました。
    土曜日に学校から帰宅して私服から体操服・ブルマとトレーニングウェア上下に着替えると普通の小学生からマラソン少女にステップアップできたように感じていつも新鮮な気持ちになりました。
    そして車でマラソンコースのスタート地点へ行って準備体操とウォーミングアップの後トレーニングウェア上下を脱いで体操服・ブルマ姿になるとさらにステップアップしてマラソン選手になった気分で気持ちよく走ることができました。
    この思い出は忘れることができません。

    私の記憶ではJリーグ発足に伴うサッカーブームによってジャージの人気が急上昇し、ハーフパンツなどの派生商品も生み出されてバリエーション豊かになると同時にジャージがさらに身近な存在にような気がしますがいかがでしょうか。

    ユーザーID:1563998236

  • 40歳代前半です。

    はじめまして、面白い話題だったので投稿させていただきます。
    私の場合は、小学校の時からだったと思います。
    小学校の高学年の時には、ほぼ毎日履いていましたね。
    周りに子供たちもジャージをはいていた記憶はありますね。

    ユーザーID:4531916786

  • 1975年から

    50代、関西出身です。
    「小学生のこの学年からジャージになった」というのをはっきり覚えていて、
    計算すると1975年からになります。
    それまでは白いトレパン?みたいなものを履いていたと思います。

    それ以前にもジャージはあったと思うんですが、
    母校ではその年に体育館ができて(たぶんそれまではなかった)、
    トレパンだと床で滑ったときの摩擦で穴があいてしまうので、
    学校指定の体操服がジャージに変更になった…という
    説明を聞いたような覚えがあります。

    ユーザーID:5111269883

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