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50代 友人との会話に気を遣うようになった

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(トピ主4
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生活・身近な話題

kana

50代、高校生と社会人の子供がいます。

20年来のママ友や近所の友達など
まわりに多くの話し相手がいましたが
だんだん気を遣うようになり、気疲れするようになりました。

子どもたちの進学、不登校、部活の活躍度、結婚、出産(孫)仕事・・などなど
みんながそれぞれの事情や経済的な違いもあり
どの話題にも地雷のようなものが潜むようになったからです。
30代、40代の頃はあまり感じていなかったのですが。

我が家は子どもたちに特に大きなこともなく普通に暮らしてるのですが
うっかり出した話題で
相手に不快な思いをさせることがあるかもと思うと
昔のようにワイワイとおしゃべりできなくなってしまいました。

職場と趣味で知り合った方々とは共通の話題があるので
その場限りのおしゃべりが気楽だったりします。

でも、それらの人とは、職場やサークル以外では会わないので
友達という感じではありません。

50代になると家族の事情も重なり、本当に話題に困ります。

同じように感じる方、いらっしゃますか。

ユーザーID:5621649937

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  • 明日は我が身

    気疲れしますよね。このくらいの年になると皆何かしら抱えてるので、地雷確かに気をつけないと。

    でもね、トピ主さんのお宅が今平穏でもいつ何が起こるかわからないということもあるんですよ。うちでも以前は平穏でしたが、子どものことでちょっとありましたし、ご近所で親しくさせてもらってたお宅も子供さんの就職のことでうまくいかず
    話すこともなくなりました。
    話題に困ると言ってるくらいだと平和ですね、そうでなくなるとそんなことどうでもよくなり、日々悩むようになりますから、、。

    ユーザーID:9137576507

  • 50代じゃなくても・・・

    そういうのって高校生くらいから始まってません?
    若いころは彼氏の話題をしてもいいか考えるし、
    (別れたばかりの友人がいると話しづらい)
    その後は結婚、子供、夫の仕事、自分の仕事、体のこと、
    年代ごとで微妙に変わるけど、
    相手に気遣って話題を選ぶのは50代だけじゃないです
    逆に50代になるまで気にせずいたって方がちょっとびっくり

    ユーザーID:9492954893

  • 家族のことなんか話題にしないよ

    既婚アラフィフ。子供なし。友達は多いほうではありませんが、初対面の人とも喋るのは苦になりません。

    家族ぐるみの付き合いをしているわけでないなら、50代になっても
    >子どもたちの進学、不登校、部活の活躍度、結婚、出産(孫)仕事
    といった話をしている人たちのほうが不思議に思えるのですが、私に子供がいないからでしょうか。家族の話はSクラスに親しい人限定です。子供はいませんが、子供の話OKです。勝手に地雷認定されて、わざと避けられるとしたら不本意ですね。

    たしかに、誰でも避けたい話題はあります。ただ、それがずっと続くとも限りません。自分の子が不登校だとしても、友人の子が部活で素晴らしい成績を残したことを何かで知ったならば、自分のほうから友人にお祝いを言う人だっているでしょう? 友人の子供ですよ? まったく触れないのも不自然な気がします。気持ちの波があるから、その話題を避けたい時期もあればOKな時期もありませんか? 

    私が友達とどんな話をしているか考えてみましたが・・・自分から家族の話を持ち出すことはありません。相手が家族の話をすれば聴くし、逆に自分の気持ちに正直に「そのことには興味がない」と言うこともあるし(友人が言う何か・誰かに対する不満や愚痴に賛同できる時とできない時がある)、自分の仕事のことには相手から尋ねられるまでは触れないし、尋ねられても部外者に話せる程度のことしか言いません(ほとんど何も言えない)。

    でもね、話題は尽きないのですよ。テレビで聞いたあの健康法は本当に効くのか、顔がそっくりな飼い主と犬が散歩しているのを見た、初めて○○を食べた、猫を飼いたい妄想、行った・行きたい映画・・・相手は映画代の捻出に困っているかもしれませんが、そんなそぶりを見せていなければ気にせず話します。アラフィフの話す内容ではないかもしれませんが。

    ユーザーID:1518807524

  • 分かる〜!

    40後半です。30後半からヒシヒシ同じ様に感じてました。
    元々趣味などが男っぽいものなので女性とはあまり会話が面白いと思わなくても合わせてきましたが、歳のせいかそうやって神経使う事が恐ろしい程疲れる。
    30代前半までは気楽にお喋りできる友達が居ましたが、今は全くそういう方はいません。
    友人も既婚か独身、離婚 、再婚、リストラ、DV、出産、仕事などでだいぶ変わっていきました。
    お腹抱えて笑える会話が出来たのって何時が最後だったかな?初対面だとお互いが地雷の探り合いみたいで面倒ですので、もう独りで慣れてしまいました。
    だからちゃんと交友関係築けてる人って凄いなと思いますね。

    ユーザーID:6169119487

  • 友人ですよね。

    50代後半です。

    >50代になると家族の事情も重なり、本当に話題に困ります。

    えぇ、結構頻繁にあってますけど、あっという間に時間がたってしまって話題が尽きることは無いですよ。

    本当に仲の良い友人とは悩みは悩みとしてちゃんと話してますよ。
    それぞれ、不登校だったり、進学だったり、夫婦仲だったり、仕事の事だったり
    私自身結構深刻な家族の話をただただ聞いてもらったりしたこともあります。

    それでトラブルになったりはしてませんよ。
    それとも具体的になにかトピ主さんはトラブルになったのでしょうか?

    そういう悩みを相談できる付き合いが出来る人が友人と言うものかと思ってました。
    違うのでしょうか。

    ただし、そういう話題は何かあるなと思ってもねほりはほり興味本位で聞くものではありません。
    自分の事を話すのには特に問題はないんじゃないですか?

    ユーザーID:6550495463

  • やっと大人になったのね

    その年まで屈託なく話せたトピ主さんにびっくりです
    夫婦でも話題に気を遣うことないですか

    ユーザーID:3383142828

  • 趣味友こそ友達で

    ママ友は友達じゃない
    という考え方のひとのほうが多いように思うのですが、
    違うのでしょうか。
    ママ友という存在と今までそこまで腹を割った付き合いをなさってきたことのほうが
    めずらしいと思います。

    ユーザーID:5401828556

  • それが言えるのが友達です

    私の友達には不登校児を抱えてたり、ご主人が無くなったり、離婚したり、子供が家に帰ってこなかったり、ガンになったりした人がいますよ。
    本当に親しければ、真剣に話も聞くし心配もします。だから、みんな話してくれるので地雷を気にする必要はありません。

    気を使わないと話せないなら、親しいわけではないのでは。

    ユーザーID:2314831956

  • 友達によって話題を使い分ける。

    職場では仕事の話題、ママ友とは子供の話題、ご近所さんとは地元の話題、趣味の友達とは趣味の話題。結局自分と似た境遇の人と話すことが多いです。気は使いますがそれは昔からで、子供の話題でも選べますし話すことがないという事態にはなりませんが。

    ユーザーID:7425158412

  • そんなにビクビクしないでいい

    ある程度歳を重ねると、その会話が当てつけで嫌味なのか全くそうじゃないのか受け手も感じ取ります。かと言って最低限の気遣いは必要ですが。

    ユーザーID:5644268471

  • 私もそうなんです。

    私もヒシヒシと感じています。

    皆も自分と話しが合うかを
    探りながら話してることが
    伝わります。

    あー、子供が就職、結婚したとか、
    孫がいるか、遺産がどうとか、
    夫が他界したとか、介護があるとか
    関係なく。

    若かったし、子供が小さい頃は
    それだけで輝いていて
    無邪気だったなぁ。

    ママ友も仕事仲間も夫の友達も
    皆でランチや飲み会、キャンプ、
    バーベキュー、カラオケいったなぁ。

    若いときは、心も元気だったのかな。

    歳を重ねると寂しくなるんだなあと
    実感しています。
    犬が友達(笑)

    ユーザーID:5530372946

  • 今までどうしてたの?

    学生同士の友達ならともかくすでに50代とのこと。
    今までどうやって交流してきたのか怖ろしいですね。

    人の心の中身は見えませんから
    思いやって推し量るしかありません。
    気遣うタイプの人なら
    高校生くらいから、周りの顔色を伺いますよ。

    親しき仲にも礼儀あり。
    大事な間柄だからこそ、配慮は必要。

    女性は特に年代によってステージが変わりがちなので
    相手によって話題を変えることはあって当然です。
    今更ながら気付けて良かったですね。

    ユーザーID:4543366317

  • 親しくても地雷はある

    本当の友人なら相手の悩みを聞いてくれる?
    内容や頻度に関係すると思います。
    あまり毎回暗い話をされると、聞く方も憂鬱になるので距離を置く人もいます。私は友達だからと言って何でも話せません。じゃあ本当の友達でないのかというと、
    そうは思わない。信頼できる友人です。だからこそあまり生々しい話はしたくない。
    その辺が50代以降だと思います。

    一般的な話題でも親友に子供がいなかったら子供の話はしません。だって楽しいのは言ってる本人だけであり聞かされた方は、相槌打ってくれてるだけでしょうしね。興味ないでしょう。あなたは私の親友だから私の気持ちがわかるでしょって?それは自己中です。親しき中にも地雷あり。

    ユーザーID:3136531864

  • 50代で、かあ…

    幸せな人(その人なりに色々あるだろうけど、世間的に見て、ですよ)って時々すごく無神経なこと言うなあって思ってました。

    私も家庭や子どものことで色々あったからドキッとすることもあったし、話題にしてるような立場の人が聞いたらどうするのって発言したり。

    トピ主さんもそういうことしてなかったらいいですけどね。

    30、40代でも、いや20代以前でも周りのひとには色んなバックグラウンドあったと思うんだけど、気づかなかったんですね、

    ユーザーID:9078362805

  • 若い頃の気の使い方と違うんでしょうね。

    わたしは23区内在住アラフィフ中高生男子2人の親で、ママ友にも恵まれ、自分の中高、短大時代、職場の友人とも細く長く、でも繋がっているという感じです。

    もちろんですがこれまでもこちらが絶好調のときに親友は辛い別れを経験していたり、その逆の時期もあったり。
    楽しいばかりではなかったけれど、悩みがあるからいいという時もあるし、とは言うものの悩みが深すぎて友人関係には会いたくもない時があるのはお互いわかっている。
    そこら辺のスタンスは昔と変わらないのですが、そうなんですね、トピ主さんのおっしゃる意味、なんとなくわかるようにも思います。

    わたしの推測としては、50代の女性の現状をお互い知るような仲の友人はたまにしか会えない昔の友達関係ではなく、=基本的に近所に住んでいるママ友位になるからではないですか?
    そして話題も、子どもの話、自分らの健康、仕事の環境、義理親、実親の体調。

    わたしで言うなら、昔はいまよりも話題も豊富だったしあちこちに濃い関係の友人がいた。
    中学時代の高校時代の、その中でも部活での仲間、短大の頃の遊び仲間、バイトで仲良くなった人たち、職場の同期、課の先輩、など。
    だから相手によって話題を変えられたんです。辛い思いをしているときには、この子達にではなく、理解してくれそうなところでそれを話す。とか、できたのだと思う。
    そして、まだ人生の先が長く、見通せないからこその希望も不安もあるから、お互いいまの立場が違っても、かなり深い悩みも話せたのかもしれないのに対し、
    50代過ぎてくると、子どもも高校大学社会人になっていて、先がある程度予測され、ここからはリカバリーができそうにないと各々が深層心理で思っているから、話題を選ぼうとするし口も重くのかな。

    等と考えました。お蔭様で夜中に考えすぎて目がさえてきました。。

    ユーザーID:2951483187

  • トピ主です。

    いろんなご意見ありがとうございました。

    そうですね、皆さんのおっしゃる通り、気付くのが遅いのかもしれません。
    もちろん、これまで、全然気を遣わなかったわけではありません。

    聞き役になることが多く、何人もの友達の悩み事などをたくさん聞いてきました。
    深すぎる話は聞く方も疲弊します。
    今も、それが続いてます。

    ミラさんのお気持ちに近いと思います。
    うまく説明できなかった気持ちを
    ミラさんの表現で認識することができました。

    私は、もう、そういう深い話はやめて
    楽しい話をしたいのですが、その中に地雷が潜んでるとような気がしたのです。


    幸せな人が無神経なことを言うという考え方は幼いのでは。
    無神経な方は、自分の満足度に関わらず
    無神経なのでは・・と思います。

    人を、不幸そう、幸せそう・・と思うことは
    危うい思考のように感じます。

    引き続き、皆さんの体験談やご意見をお伺いしたいです。

    ユーザーID:5621649937

  • まあ適当に

    家族の話はやめたほうがいいと
    例えばひとりで行った旅行の話をしても
    経済的とか介護で家を空けられないとかで
    旅行の話もNGの方もいるんですよね
    もちろん、自分が今、出かけられない状態でも
    一緒にこちらが旅した街について楽しく話せる方もいますが
    顔が曇って嫌な感じの方もいるのでわかります

    自分自身も地雷を気を付けなければいけないですけど
    相手の度量もある程度は必要ですよね
    どんなことでも自分が一番勝っていないと(今でいうマウントとるという感じ?)機嫌が悪くなる人もいて難しいですね
    自分は思いっきり話す癖に
    他人の話は面倒くさそうにする人もいて
    こういう人はわかがままなんだなと思う

    仕方ないですよ
    さすがにお天気の話でずっと終われないです
    あまりに地雷が多そうな方なら。できるだけ話さないように
    するしかない
    おおらかでお互いにある程度は受け止め合える人とだけ
    思いやりをもってつきあっていくしかないです

    ユーザーID:4285050576

  • それは

    そういう気づかいは、子供のうちから始まっていたように感じます。はっきり自覚してのことではありませんけどね。

    小学校一年のときに、ちょっとした衝撃を受けた記憶があります。ある日、それほど仲が良くはなかった同級生の家に遊びに行くことがあったのですが(たぶん誘われたからだと思いますが)、その家のお母さんが甘い卵焼きをつくってくれたんです。経済的にゆとりがなくて菓子がなかったからだろうと大人になってから考えましたが、子供心にもそれは触れてはいけない気がしていました。もちろん、おいしくいただきました。

    特別な意識はしなくても、ごく自然に気をつかっていたのだと思います。だから、トピ主さんが50代になってから気がついた、というのが私には不思議です。それに、そのような気づかいは友人だけでなく、家族であっても必要ですよね。家族なら、いつでもなんでも言っていいということではありませんから。

    いま一度、ご自身の言動を振り返ってみたほうがいいと思いますよ。トピ主さんが大丈夫と思っていたことでも、相手を傷つけていた可能性もありそうです。

    ユーザーID:9249207476

  • 追加のレスです

    友人でも家族でも話題は相手に合わせて選んでいますが、びくびくしながらということはありませんよ。時間がたつのも忘れるくらい盛り上がります。次から次へと話がつきないので。たがいの心配ごとを話すこともありますし。

    トピ主さんが地雷を踏まないように意識しながらでないと話せないということは、いいかえると、いままで相手の地雷を踏むような話題を好んで選んでいたと言えると思います。要するに、マウンティングをしていたのでしょう。でも、いまからでも気がついてよかったと思います。

    ユーザーID:9249207476

  • 60代でもありますよ

     いつの年代でもありますよ。

     この年代だと生活差がある程度、はっきりしてくるので地雷はいっぱい。
     相手が話して、それに同意するくらい。

     ハッキリ遠慮なく言う方が増えていく年代なので、より注意は必要。
     あと・・生活を探るような会話もいやですね。

     

    ユーザーID:0889491383

  • こう言うと何ですが、友達も選べます

    50代です。

    私も若い頃から聞き役になりがちでした、
    聞き役は疲弊しますよね。
    でもそれは相手に相槌を打っているから、
    どんどん長くその話題を続けられてしまうと気づきました。

    聞きたくなければやんわりと話の方向転換をする。
    それでも流れが変わらなければ、
    「ごめんね、折角会えたんだから違う話題でも良いかな?」と
    ハッキリ言います。
    それこそ付き合いが長い人なら言えますよね。

    それで機嫌や気分を害する人なら、
    自分の愚痴を他人に垂れ流したい人だと判断して、
    私は距離を置きます。

    もう50代、自分はいつ死ぬか分からないと敢えて思って、
    この先短いのだからと友達は選んでいます。
    時々は深い話もするけれど、爽やかな話題も多い人たちとだけ、
    今は繋がっています。
    おかげでとても心地良いです。

    ユーザーID:6726587501

  • マウンティングとは

    トピ主です。
    何度もすみません。

    マウンティングという言葉についてです。

    もちろん、どういった意味かわかります。
    でも、ニュアンスとしてわかるだけです。

    それって「相手の受け取り方に寄る」のでしょうか。
    「話す側の心に潜む」ものでしょうか。

    旅行の話ですらNGになることもあるという意味はわかります。
    例えば、主人と映画に行った、その感想。
    食洗器が壊れたのよ、という何気ない話題。
    ランチに行ったときの話、など。
    その中にも潜む・・ということですよね。


    私自身は、身体が少し不自由で気軽に外出できず、医療費もかかるので
    それなりにちょっと苦労しているのですが、
    もう、ずっとそういう状態なので
    友人たちは、あまり気にせず接してくれます。

    でも、職場の愚痴とかを聞いてると
    フルタイムで働けるなんて、それだけですごいなと思います。
    (週に数日、病気を理解してくれる場で私も仕事してますが短時間です)


    マウンティングについて、
    個人的見解でいいので
    どなたかご説明してくださると嬉しいです。

    ユーザーID:5621649937

  • 分かります

    ママ友は特にそうだろうと思います。

    高校生、社会人になると、受験や就職、結婚も見えて来て、子供の人生の真剣さが増しますから、今までのように気楽な付き合いは出来ないかもしれないと感じています。

    みんなが同じような状況だといいのですが、さすがに進路まで一緒にとは行きません。早くから受験に力を入れているママさんもいて、話にも温度差を感じるようになりました。

    私は成り行きで離れることがあってもいいと思います。
    楽しかったこともたくさんあり、お互いの子供のことは同じように気にかけているのは確かで、離れてもまた何かのきっかけで距離が近づくこともおそらくあるはずです。

    昔からの友達はそれぞれの信頼の度合い次第かもしれません。今親しい人は状況もよく似ている人がほとんどですが、違う人でも会って楽しい人もいれば、話も出来なくなった人もいます。
    でもそこに執着しているほど時間はないので、友達とは会える時に楽しく、自分のしたいことをどんどんやって行かなきゃと思っています。いつ自分が病魔に襲われるか、家族が倒れるか分からない年代ですものね。
    そういう年だと思っています。

    ユーザーID:9589468963

  • 偉そうに説教する人ほど地雷を踏み続ける

    あなたは地雷を踏み続けているのよ、というアドバイスめいたマウンティングこそが地雷発言だと思います。
    でも本人は親切のつもり。教えてあげてるつもり。
    勝手な判断、勝手な決めつけ。思い遣ってあげてるつもりの見下しやフレネミー。 相手を知らないネットだからこそ地が出る。相手の反応が見えないから地雷踏んでる実感も無し。
    こういう人は治らないと思います。

    ユーザーID:9454167160

  • ふるいな〜

    「女三界に家無し」を思い出した。

    旦那に仕えてた時はまだ権力に近かったけれど、
    子供が成人してきたので、そろそろ子に従う時期かな
    と思い始めたのでは。

    子供に遠慮する気持ちが少しずつわいてきたという事かな。
    子供が自分を色々な意味で越えてしまったと感じているのかも、
    確かに腕力や時代感覚(知識情報)は抜かれたかもしれないが、
    決して譲らない何かを持って毅然と子供達と付き合う必要があるのでは。

    間違いなく貴女達が育てた子供だし、貴女達の経済力で育った子供。
    ここは貴女の家なのだから、口答えなぞ言わせないし、
    不満な顔なぞさせないで下さい。

    横だったらごめんなさい。

    ユーザーID:3624914201

  • 一周回って考えすぎだと思う

    どなたかが仰る通り、そういう配慮は高校生くらいから始まっていて、
    彼氏がいるとか、進学がどうの、就職がどうの、結婚、子供…
    そういう一つ一つのどこに地雷が潜んでいるかわかりませんよね。
    だから例えば、旦那の愚痴は既婚者と、子供の愚痴は親同士、
    みたいにピンポイントの配慮は多くの人が自然と行っているかと。

    更に主さんの仰る、何気ない日常会話の中にも、
    配慮すべき事が沢山あるというのにも同意します。
    例えば昨日見たドラマの話をしたとしても、
    極端な事を言えばあらゆるシーンが地雷になりえるわけで。
    ドラマを見る人の背景で感想だって違うし肩入れする登場人物も
    全然変わってくるでしょう。
    それこそ、日頃はオープンにしないその人のバックグラウンド、
    家族構成とか、学歴、子の有無、嫁姑問題、健康問題…
    そういうものがちらついてしまうんですよね。

    だけどさ、そんな事を言っていたら会話なんて到底出来ません。
    もちろん、何か特別な問題に今まさに直面している人には、
    言葉ひとつひとつを丁寧に選び、話題にも気を使うでしょう。
    でもそうでないのなら、日常会話のちょっとした失言くらい、
    お互い様で流せないような人間関係って必要?と思います。

    主さんご自身も、お体が少し不自由とのことですが、
    例えばお友達が健康ゆえの無知みたいな所が少しだけあって、
    主さんから見て、健康を過信するような事を言っていたとしても、
    それが悪気なく、度を越していなければ、普通に流せますよね?

    主さんは机上の空論みたいなものに踊らされ過ぎている気がします。
    確かに、ハラスメントとかマウンティングなどに敏感なご時世ですが、
    大抵の大人は、相応に受け流す程度の器量はお持ちかと。
    言葉を選ばずに言えば、そんなに相手を見くびらない方がいいのでは。

    ユーザーID:4528909895

  • 私は20代から気を使ってました。

    ほんと50代とかになると
    人のくらしを羨ましがる人も
    いますね。

    私は30代くらいから、マウンテングが
    酷い人や、嫉妬深い人とは疎遠に
    しています。

    今は基本、やさしい心根の方と
    だけお茶とかしてます。

    なんだかランチやお茶の後、
    重い気分を引きずるのが嫌だから
    です。

    トビ主さんも一緒にいて不快感の
    少ない人とだけ付き合ったら
    いかがですか?

    ユーザーID:3994286248

  • どんどん疑心暗鬼になってますよね。

    だとしたら当たり障りにない話をする。当然ですよね。

    地雷を踏みたくないから表面的な話しかしない。
    なるほど、でも私はそういう人達は”知り合い”と呼んでます。

    親しき仲にも地雷有なるほど言い当てていると思いますが、だからと言って表面的な当たり障りのない言葉だけを選んでいるのが友達とは私は思わないんですよね。

    もちろん、友達とは楽しい例えば最近見た映画の話で盛り上がることもあれば
    子どもの悩みを相談することもあります。

    私自身本当に悩んでいることを打ち明けた時、本気で相談に乗ってくれて、いろいろ具体的に手を尽くしてくれた友人もいます。今でも本当に感謝しています。
    その時本気で思ったんです。私も大事な友人の為になにかあったら力になろうって。

    逆に友人(上記の人とは別人です)が職場でパワハラにあったとき、私自身の本気でその話を聞いて、私自身の持つ知識やつてで、具体的な手立てを一緒に考えて本人が納得のいく結果までとことん付き合いました。

    50歳を過ぎて誰しも皆がいろんな悩みや苦しみを抱えているものです。
    もちろん普段暗い話ばかりしてなんかいませんよ。
    苦しい時こそ一緒に楽しい話題で盛り上がるだけでもストレス解消になるもんです。

    お互いそりゃ地雷を踏むこともあるでしょう。時々相手に本気で腹が立つこともあります。
    が、長い付き合いです。それでそのまま喧嘩別れになるならとっくに疎遠になっています。

    結局ね、トピ主さん絶対トラブルは避けたい、そう思って付き合っていくうちになにもかも地雷なんじゃないかなって疑心暗鬼になっていますよね。
    そうなると誰も信頼できない。そうしているうちに誰からも信頼されない。ということになっていきませんか?

    ユーザーID:6550495463

  • わかります

    トピ主様のお気持ち、よくわかります。
    確かに、どの年代でもそういう気持ちはありましたが、
    特に、50代になって、顕著です。

    仕事を頑張っている友人の中には、管理職も出てきて、
    介護離職の私は、たまに会っても彼女たちの仕事の話を聞くばかりで。
    自然と、同じように介護をしている友人と愚痴を吐き出し合う方が
    断然、楽しくなりました。

    また、学生時代からの仲良しグループもありましたが、
    その中に「近況報告!」と題して、
    メンバーの私生活(子どもの近況まで)を発表させたがる人がいて…。
    自分は順風満帆で、ひきこもりの子を抱えている友人の辛さがわからないようでした。

    私も、親の介護で正社員を辞めた身なので、
    そういう、私生活自慢のような雰囲気が嫌になり、毎年の集まりから抜けました。

    でも、同じ学生時代の友人で、私生活の状況が全く違う人でも、
    50代になってから再び、悩みを打ち明け合える仲に戻った人もいます。

    地雷はきっとどの年代にもあるのでしょうが、
    話題にびくびくしながら付き合うくらいなら、
    ほんの数人でも、1人だけでも本音で話ができる友人がいれば、
    友達は大勢いなくてもいいと最近つくづく思います。

    実際、義理で無理して付き合う人と距離を置いてからすごく快適です。

    ユーザーID:1111447195

  • よくわかります

    若いころでも同じじゃないのか、なぜ50代になってからなのか、ということですが。
    私が思うに50代ってそろそろ人生の完成形が見えてくるからじゃないかと思います。

    子育て中と違って子供の行く末も大体見当がついてくる(もちろん想定外はあります)、親も社会での役割が終盤に近付き、この先の生活や老後が見えて来る。
    若いころなら「まだ先のことはわからないわよー」と気軽に言えたのに、大きなどんでん返しの可能性が少なくなってくる。
    身近な人とのギャップがスルー出来なくなってくる年齢、それが50代じゃないかと思います。

    トピ主さんがおっしゃる通り、趣味つながりの人との会話は気楽です。
    お互いの人生をあまり知らないから。
    長いつきあいがあり、お互いの家庭や人生をよく知ってる同士だと地雷だらけなんです。

    ユーザーID:4157780140

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