人生で最大の決断は?

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編集部

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  • 結婚相手!

    結婚相手です。中学・高校と女性と交際した事がなく、大学で初めて交際した女性が 『ウチの妻』です、妻からは結婚する前に「私でイイの?」と言われましたが結婚しました。はや、40年弱 今では 空気のようなもの『あって困らないもの』になりました。決断は大事ですが 後、良くする努力と精進は何事にも必要と思います。間違えても腐らず 修正していく姿勢が大事では?

    ユーザーID:7314254837

  • 留学です

    人生で最大の決断は日本を出て留学することです。

    このままでは大学も入れそうなところに入って、就職し、特技もなく事務員として一生独身でいるんだろうと思ったので、思い立って英語も分からないのに留学しました。

    そこからは徹夜で勉強をしながら大学・大学院を出て海外でバリバリ働いています。また、留学中に出会った夫と仲良く暮らしています。とても幸せです。あのときの自分に「あの決断のおかげで今はとても幸せです。ありがとう。」と言いたいです。

    ユーザーID:6148331484

  • 人生最大の決断

    私は、大学4年生の頃から親に勧められてはお見合いをしていました。
    身内や親戚に医者が多く、小さい頃から医師との結婚を特に父親は望んでいました。
    本当は私を優しく包み込んでくれるサークルの男子が好きで、その人と結婚したいと胸に秘めていましたが、一流企業に就職できたのに結局は会社員ということで父が反対。関東出身の私でしたので、関西出身の彼は就職と同時に東京から離れていきました。
    私はこれまで大事に育ててくれた両親を安心させたくて、医師と結婚しました。今50代ですが、人生最大のこの決断に果たして幸か不幸か未だわかりません。関西に就職した彼の名前をたまたま検索してたら、脱サラして起業したHPの顔写真を見つけ、30年ぶりの変わらない幸せそうな笑顔だったので、こちらも嬉しくなりました。
    私も家業の手伝いで大変だけれど残りの人生頑張って、主人と結婚して良かったと心から思えるよう精進しようと改めて思いました。

    ユーザーID:0725852038

  • 母を施設に入れた時

    50代後半、女性、中部地方在住

    私は今までずっと自分の人生を自分で決めてきました。学校のこと、就職のこと、恋愛のことなど。後悔はまったくありません。

    ところが3年前に認知症の母をホームに託した時。あの時は一番辛かったです。自分のことなら自分で決めて責任を取ればいい。でも、家族であっても他人の人生について決断するなんて・・。

    あんなことは2度とやりたくありません。

    ユーザーID:7839309232

  • 翻訳業に転身

    30歳で離婚。3児の母。
    食べて行くために介護の仕事をしていました。
    同時に趣味で英語を勉強していました。
    35歳の時に師長に逆らってクビになりました。
    パワハラ師長だったので逆らったことに後悔してません。
    それから事務用品店で働くことになりました。
    そこでも英語の勉強を続け英検1級をとりました。
    このまま事務用品店に勤め続けるのはどうかと思い、翻訳業につく決意をしました。38歳。

    田舎在住、方法不明、モデルなし、学歴なし、バックグランドなし。あははと笑いました。なってやる!

    「匂いのする方向に近づいて行けばいつか得られる」というのが私のポリシーです。

    事務用品店で働きながら、ネットで情報を探し、新幹線に乗って様々なセミナーに参加し、バイオの研修に参加し、特許庁のサイトを訪れて日本語の出願案件と英語の出願案件のペアを探して勉強を続けました。

    複数の翻訳会社や特許事務所のトライアルを受けてみた。複数のトライアルに合格。仕事が入るようになりました。その後もトライアルを受け仕事をもらいました。

    翻訳専業になり、鬼のように働き15年目で廃業。
    体に悪い。老後の友達を作るために転職。

    砂漠に穴を掘って水脈を探しているような気分でした。
    掘っても掘っても水脈はないかもしれない。
    大きな岩にぶち当たった。
    もう無理と心が折れつつ、最後の馬力を出した。
    我ながらよくやったと思う。奇跡だったと思う。
    なりたい人がいたらもっと効率的方法を教えてあげたい。

    ユーザーID:7006616320

  • 10年近く働いたのち大学院留学

    50代末、女性、アメリカ在住。

    女に教育は必要なし、という考えの親を持ちました。上の学位を取る為に働いたお金で私費留学が実現したのが30歳を過ぎ。大学などの教育システムは若い人向きにできています。私のような社会経験をした、年増にはいてほしくない、というのはアメリカのような国であっても真実です。これが、世間で言われていることと、実態が大きく異なる点。勉強することが歓迎されるのは若い時だけです。

    当時は、学位取得後に日本に帰国しても就職はできないだろうということは覚悟してました。結局こちらで就職して20年働いています。

    ユーザーID:3406396365

  • 短大から大学編入

    25歳、女性、福島在住です。

    自分は高校生の頃早く社会人になりたくて、短大を選びました。そこでの学生生活も楽しく、勉強している内に「もっといろいろなことを学んで社会に出たい」と思うようになり、短大から四大への編入試験を受けることを決めました。親に頭を下げ、短大とは違う学問系統の学部に2年次編入しました。
    そこでの3年間は面白い学びもあり、ゼミやサークルにも参加しとても充実した時間を過ごすことができました。
    編入試験の勉強はは大変でしたが、編入して良かったと思います。

    ユーザーID:9932714970

  • 交換留学で人生が変わりました

    47歳、女性、アメリカ在住です

    私は出生後養女として引き取られた家で、ネグレクト気味で差別されて育ちました。高二の時、教室に置いてあったあるクラブの雑誌を手に取った時、交換留学のスカラシップ応募要旨が載っていました。それにあれよというまに合格しアメリカのテキサス州に一年行きました。学校はあまり楽しくなかったけれど、ホストファミリーとの生活に癒されて、絶対またここに戻りたいと思いました。日本の親を説得し、テキサスに戻り学費の安い看護学校に行って必死に勉強しました。紆余曲折でいいことばかりではありませんでしたが、ビサの問題も国際結婚に頼らず乗り越えて、仕事も看護専門職で頑張っています。無我夢中で頑張ったのは、日本に帰りたくなかったからです。欲しいものは努力すれば大抵手に入ります。”若い時の苦労は買ってでもせよ”を若い時から自分に言い聞かせて頑張ってきました。今は幸せです。

    ユーザーID:0589066659

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