リレーのない運動会

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  • 「お前のせいでクラスが負けた!」が問題

    人間、得意と不得意があり、不得意なところも頑張ろうというのは理解できますし正しいと思うんです。競争がある、それをバネに頑張れ、それもわかります。

    ただ「お前の足が遅いせいでうちのクラスは負けた」となるのが精神的にキツいんです。
    これが普通の短距離走であれば、あーまた自分はビリか、で終わるのですが、他人に迷惑をかけ、それをメンバーから責められる、これが辛いですよ。鈍足の人だって勝ちたいとは思っているのです。たとえ何も言われなくても針のむしろであることは想像に難くないでしょう。

    習字や絵画、合唱が他の例として出ていますが、恥ずかしいだけで、「お前のせいで」とはならないですよね?合唱がクラス対抗のコンクール的なものだとしても、「お前のせいでうちのクラスビリだった!」とは言い切れないでしょう。それともそういう発言があったのでしょうか。

    でも全員リレーは・・・その時自分のクラスが1位で、自分の鈍足のせいでビリになる、その辛さを理解していただけたらなあと思う次第です。

    ユーザーID:0179868858

  • 保育園の場合は、午前中でいいと思う。

    0歳児からいる保育園は、午前中で終わる方が助かります。
    特に年齢差がある兄弟姉妹なら、下の子が競技を終えたら帰るという事が出来ませんから。

    我が子が通っている小学校(各学年2クラス)では、
    危険を伴う競技は、おやじ部の活躍がありますので、
    騎馬戦では、1騎に対し3人の保護者がついています。

    クラス対抗のリレーはありませんが、
    赤白対抗で各学年4人、選抜メンバーとして選ばれます。

    走るのは得意でないけれど、運動は好き、競技に出てみたいという子の為に、
    障害物リレーがあります。

    個人競技の徒競走では、同じ脚の速さで先生がグループを組みますので、
    晒し者状態になる事は、ほとんどありません。

    そもそも、あの子は、運動ができないからダメ、あの子は、勉強ができないからダメ
    といった雰囲気がある学校ではありません。
    発達支援にも力を入れているので、子供達の中でも、体力差や学習状態差があるのは、
    当たり前の状態です。

    晒し者状態になる雰囲気のあり学校なら、
    クラス対抗リレーなどは、かなり辛いですね。

    花形競技が無くなるのは寂しいので、全て無くしてしまうのは私も反対かなと。
    ただ、そのような風潮になってしまっているのは、
    私達、保護者も理由のひとつになっていると思います。

    保育園でも小学校でも、怪我のひとつでもしたなら、
    先生は、平謝りです。
    何で、そんな状態になっているのでしょうかね。
    下の子は、落ち着きがないので、知らぬ間に痣を作っている事も多く、
    こちら側が先生に申し訳ないです。

    ユーザーID:1570708992

  • レスへの回答

    >にゃんごろーさんは実際にそういったご経験からですか?それとも親の立場でしょうか?それともまた第3者的なご意見でしょうか。
    →リレーで嫌な思いをしたのは、自分の経験です。ちなみに自分の子どもは運動が得意で、リレー選手になったりしていました。だから、両方の立場をそれなりに体験しています。
    走るのが得意な子どもでさえ、クラス全員リレーは無くてもいいよね、と言っています。うちの子は運動は得意ですが、おとなしくおっとりした子なので、走るのが遅い子を虐めたりはしません(そういう子のサポートを頼まれ、頑張ってやってました)。が、走るのが苦手な友達が気にしていたり、イヤイヤ参加しているクラスメイトを見ていたので、無くても良いと思うようです。
    自分の体験からすると、いくら皆が優しく応援してくれても、全校生徒や保護者がいる前で走らされるのは、恥ずかしいです。あきらかに自分の番で抜かされたり差を広げられたら、いたたまれません。もちろん運動が得意な子でもいつも万全では無く、失敗することもありますが、いつもいつも自分が遅くてハンデになるのは、また違います。
    合唱際では音楽が得意な子が目立って、運動会では運動が得意な子が目立って(選抜リレーはありますよね)、学芸会では劇やダンスが得意な子が目立って…。それで良いじゃありませんか?何も、苦手な子がマイナスな意味でわざわざ目立つ事をさせなくても。
    また、合唱際自体がなくなって良いのかと言いますが、運動会自体がなくなってませんよね?
    どうしても合唱が嫌で小さな声でさえ歌えないほど辛い人がいるなら、運動会と同じようにやり方を変える(口パクOK、難易度の高い歌はやめる、クラスで選抜された人が歌う等)のはありでしょう。
    また、テストは学校行事ではありません。クラスごとにテストの点を競い、リアルタイムで保護者が観覧するような行事は聞いたことないです。

    ユーザーID:9148700333

  • 良い世の中です。

    私は運動神経抜群でしたが、だからこそ運動会のリレーは大嫌いでした。
    アンカーを任されたり選抜されたりして「責任」プレッシャーに吐きそうでした。
    時には期待に沿えなくてがっかりされたり責められたり本気出してないといわれたり。
    なぜ日ごろ皆と同じように真面目に頑張ってこんな罰ゲームうけるのだろうとおもってました。
    かといって唯一良い成績を取れる体育で手を抜くわけにもいかず、毎年運動会ブルーでした。

    体育でテストでタイムを計ったり、マラソン大会などは速いも遅いも個人ごとだからいいんですけどね。

    そんな運動会なら運動特異な子も苦手な子もみんなで楽しいだろうなと思います。
    運動トラウマにならなくて長い目でみていいんじゃないでしょうか。

    ユーザーID:1503250830

  • とぴ主

    花さん様のレス。まずありがとうございました!みんなの前で発表ということでの運動会と同じという意味でテストは問題外だということなのですね。
    クラスでも頭のいい子は誰かれ名前が耳に入ってくるものなのでそういうつもりでした。
    順位や点数までわからないけど、〜さんは頭良いよーみたいに聞きますし逆に、〜さん勉強が得意でない、も何故か耳に入ります。

    問題は特技を大勢の前で疲労する場?ということなんですね。頭のいい子はそういう場はないと言われますが私も極論で書いてしまって申し訳ないのですがリレーがなくなって寂しいのはそれだけの理由ではないので。

    やはり大勢の前で、運動のできる子に限らず他にも勉強のできる子、演技がうまい子ではなく、できない子に配慮されるのが今の教育なのかなと読んでいて思いました。
    なんにせよ運動会で目立てる子がいるなら頭のいい子はそういう場がない、と言われましたが例えそういう目的でなくとも、そういった意見がでるということは全員平等でないとということですかね。
    行事にはリーダーや、それぞれの分野に得意な子はいるもので、苦手な子もいます。

    ユーザーID:7153066693

  • 安易に無くすのはどうかと

    得手不得手がある事、それぞれ違う事、
    助け合ったり励ましあったり分かち合ったり、
    いろいろな社会性を知るチャンスを放棄している様な気がします。
    運動会がある事と、その結果をどう受け止めるかの間に、
    友人同士の関係性や大人のすべき事が抜けている感じ。
    運動会があるから、●●のせいだ!があるんじゃないですよね?
    さらされたり笑われたりというのも、運動会のせいじゃない。
    それぞれの性根の問題を、競争や順位づけのせいにするのも不思議です。
    熱中症や親御さんの負担など、大変な問題はそれぞれ重要です。
    それらと別の問題は、一考に値すると思います。

    ユーザーID:3992690848

  • とぴ主

    他のかたのレスも読んでいて、だんだん世間の意見がわかってきました!
    なるほど、というご意見がいくつかあり、自分の体験や、子供を心配する親心から。
    廃止になっても仕方のないことなのかなと思えました。
    本当にありがとうございました。

    部活動の試合でもオマエノセイデ、となってもそれは本人が苦痛だったらやめるだけのこと。
    ですよね。

    リレーは不得意を強制されて晒し者になるという人によっては恐ろしい種目だったのですね。

    これにて一応終了させていただきます。
    ありがとうございました。

    ユーザーID:7153066693

  • もとからクラス対抗リレーなどない

     小学校、もとからクラス対抗リレーなどないです。今年から午前中開催で、個人戦の徒競走と、100%運ゲームのレクリエーション走(奇数年生はなし)と団体戦だけ。集団演技は低学年、中学年、高学年という枠組み。

     幼稚園にいたっては10年ほど前から暑さが理由でとっくに午前中開催です。

     中学で初めて体育祭でクラス対抗リレーがあることを知ったくらいです。でも、紅白対抗戦のリレーもあって間延びして見ているほうからも、走っているほうからも不評で、レクリエーション走に変わっていきそうです。なお、こちらも去年から市町村直々のお達しで午前中開催、組体操禁止が徹底され、その結果、集団演技はなくなりました。


     運動会は体育の授業参観的なものに変わりつつあるし、それで本来の姿でいいと思います。家族でお弁当とかも多様な家族形態があるからいろいろ難しいし、危険なことを看過できる時代ではなくなりました。昔ながらの運動会は時代に合わないのだと思います。

    ユーザーID:6551066991

  • 私はトピ主さん派

    私自身、運動のできない子でした。
    徒競走なんて毎年8人中7か8位でしたし、全員リレーでは抜かされない事が自分の目標です。
    私に限らず足が遅い人は誰なのか、皆が知っていましたので、それを踏まえて『遅い人の次は速い人』『遅い奴は前半で走る』など走る順番を決め、勝つための作戦を考えていました。お前のせいで負けたなんて言う人は一人もいませんでした。(1学年120人くらいです。まぁ、影で言われていたかもしれませんが。。。)
    おかげで、運動は不得意ですが運動会は嫌いという事はありません。私はマラソン大会の方が、自分の順位がモロに出るので嫌いです。

    子供の運動会の話になりますが、
    確かに騎馬戦や組体操での高い塔みたいなものはやっていませんでしたが、競技に工夫を凝らしていて、ただの綱引きではなく『校庭一周走ってからの綱引き』やただの玉入れでなく『椅子取りゲームの様にカゴの周りを音楽がなっている間はグルグル周り笛の音がなったら玉入れ開始』など、見ていて面白かったです。もちろん全員リレーもありました。
    一方中学校の運動会は、小学校とは違って綱引きなら綱引きのまま、ムカデ競争ならムカデ競争のままなので、イマイチ盛り上がらず見ててつまんなかったです。が、全員リレーだけは保護者も含め応援の声が飛び交い盛り上がっていました。

    運動会は親が楽しむものではないという意見もありましたが、見に行っても盛り上がりのない運動会は見ていてつまらないです。見に行く価値がないという感じです。

    だったらもう、運動会自体を無くしてしまった方が逆にスッキリする気がします。学校側も運動会の練習時間を取られなくて済むでしょうし。。。

    ユーザーID:6363699332

  • 全員リレーは足遅い子供には拷問

    リレーはクラスで足の速い子、もしくは希望者だけでやって欲しかったな。
    50m12秒の私が走るとどれだけ大差で勝っていても抜かされるんですよ。

    遅い子も受け入れる?ナイナイ(笑)クラスの団結力が上がる?ナイナイ(笑)
    どんだけ本気で走っても、もっとはやく走れよ!!と怒鳴られるだけ。
    足遅い本人はクラスに迷惑をかけていたたまれないだけ。
    全員リレーで得たものなんか無いです。

    ユーザーID:3856583135

  • 合唱も運動会と同じだと思う

    私も歌うのが大の苦手でした。

    でも合唱に力を入れている学校だったので、練習時にすごく嫌な思いをしました。

    負けると歌が下手な人のせいになります。

    まさに運動会で運動が苦手な子と同じ経験しています。

    でも合唱会無くせとは思いませんが。

    私は中学時代は我慢しましたが、高校時代は文化祭休んでいました(合唱が嫌で)。

    3人以上の欠席があると失格になります。
    風邪で欠席者が多いからお願いだから来て、と言われた年だけ渋々参加しました。


    このトピで当時の嫌な記憶が蘇りました。

    ユーザーID:1577560054

  • 「勝ち負け」から逃げるのは、子供にとって害悪

    「手を繋いでゴール」「勝ち負けのない運動会」などは、平成の初期から
    中期に流行ったことがありますね。

    私は学生の頃に教職をとっていたので、その後教員になった友人が多いの
    ですけど、ある種の勢力が強い自治体ほど上記のようなケースが多い、と
    いうことでした。

    その時に感じたことは「順位をつけないのは子供にとってかえって害悪だろう」
    ということ。

    世の中は熾烈な競争原理によって出来上がっています。
    社会に出れば、その荒波に揉まれながら生き残っていかなければならない。

    子供の頃には、そうした環境で生き残る術を身に着け、また勝てないことが
    あったとしても、どうやってそれを次に活かすか。また負けたときの心の
    整理の付け方も重要だし、そもそも競うことで向上する自分のメンタルや
    能力について実感を持つことが大切だと思うのですが、そういうチャンスを
    教員が最初から奪うという考え方が理解できない。

    そりゃ、子供の頃は別に競わなくても生きていけますよ。親が食わせてるの
    だから。受験だって、学校を選ばなきゃ、今時は高校までなら定員が余って
    いますから入ることもできるし卒業もできます。

    ですがそこを出た途端に、子供たちは熾烈な競争原理のなかに放り込まれる
    ことになるわけです。

    その時、子供たちにその覚悟や対処能力が出来上がっていることが必須な
    わけですが、そのための準備期間、あるいは助走期間としての小学校で、
    勝負から逃げ、皆が「結果だけ平等」な環境を押し付けられ、それで
    ちゃんと自分で生きていく力を身に付けることができるのだろうか?
    そりゃ無理ですよ。

    むしろ、競争が生存に直結しない時期だからこそ、冷厳な競争原理の本質
    に触れさせ、その子たちそれぞれなりに、そこへの折り合いの付け方や
    頑張り方、努力がどう結果に結びつくかの感触を、自分なりに掴むことが
    大切だと思うんだけどね。

    ユーザーID:2805296183

  • 毎年組み分け

    子供が小6です。運動会は毎年赤白の組み分けがあります。

    学年毎に全員リレーがあります。高学年になると児童たちで走る順番を決めるそうです。赤白で各2チームを作り4チームでのリレーになりますがタイム重視です。

    応援団もありますし、赤白対抗なので最後に結果発表もあります。

    徒競走もあるので足の遅いお子さんにはキツいかもしれませんが、それでも最後まで走る姿に心を打たれましたよ。

    ユーザーID:1744783938

  • 付け足し

    ちなみに今は参観日の授業も個人の能力が露呈しないように班ごとの発表が多いです。
    あとは道徳的な授業とか。
    なので運動会もそうせざるを得ないところもあると思いますよ。
    競争心って割と人間は本能的に持ってますので、人を思いやる気持ちとかグループ行動のルールなんかを学ばせた方がいいのかもしれません。
    今の時代、保護者に見せることによって余計問題になるという理由もあるかもしれませんね。
    返信は不要です。

    ユーザーID:5363921610

  • トピ主さんの考え方は狭い。

    運動会。
    私は運動が得意だったので、私のためにある行事だと思っていました。

    ですが、運動が苦手な子にとっては、
    自分のコンプレックスを大勢の前で晒される場所です。

    テストのお話も出ていましたが、
    それならばテストの全員の順位を校門前に張り出せばよいと思います。
    保護者も見ることができるように。


    それで平等かと。


    合唱はみんなでやることでしょう?
    綱引きと同じですよ。
    力の弱い子がいても目立たない。
    リレーのそれとはまったく違います。


    部活で「お前のせいで」となり、本人がつらいならば辞めれば解決しますか?

    ほんとうに?


    組体操や騎馬戦がなくなったのは、
    今の子供の体が、昔の子供よりも貧弱だからでしょう。
    昔は怪我は少なかった。自然の中で遊び、体幹ができていた。
    でも今の子供は違います。

    組体操の下の子は、上に乗る子を支えきれません。
    騎馬戦も同じく。

    また時代の流れもあるでしょう。
    騎馬=戦場とはイメージしづらい世の中です。


    午前中だけになったのは、少子化の影響もあるのではないですか?

    ユーザーID:7195525811

  • 競争のない社会ならそれでいいのでしょうが・・・

    大人になって待っているのは違いますからね。
    その時になって挫折すると子供の時と違って取り戻すのは大変でしょう。

    ユーザーID:2829182851

  • とぴ主

    にゃんごろーさまお返事ありがとうございます。

    ご自身の経験やお子様のお話を交えて教えていただきありがとうございました。
    結果、子供によってできないことや苦手なことは無理してしなくて良いという、お考えということでよろしいでしょうか。
    そういった子に共感し理解のあるお子様で素晴らしいですね。

    私とはまた違う親としてのご意見、ありがとうございました。

    私は勉強もできない子でしたのでふだんからできる子は羨ましく思っておりました。
    日頃から勉強では怒られてばかりの子でも運動会では元気ハツラツと輝いていましたのでそれを残念に思った次第です。

    ユーザーID:7153066693

  • 手を繋いでゴールにも全員リレーにも反対

    私も徒競走で手を繋いでゴールには反対です。
    そこまで競争を避けることはない。

    でも全員リレーにも反対です。
    なにも一人でクラス全員の足を引っ張って非難されたり、
    自分を責めたりという経験をさせることもない。

    普通に徒競走で競争を経験させ、運動が得意な子は選抜リレーで
    活躍ということではダメなんですか?

    ユーザーID:2250639465

  • トピ終わりにつぶやきです

    私は、リレーがなくなると寂しいと思う方です。

    うちの家系では、リレーとは縁はないと思っていました。
    上の子の運動会体育祭も、見学者としてリレーを楽しんでいました。
    選手ではない児童生徒たちも、自分の属するチームを声の限り応援しています。
    中学校では、先生チームも走るので大いに盛り上がります。

    なぜか下の子は足が速くて、小学校の時は何度かリレーの選手に選ばれました。
    いざ我が子が走ると、心配でハラハラしました。
    ですが、中学に入学して足に大怪我をして、体育祭はほぼ見学となりました。
    クラスやチームが一丸となっている中で、やはり蚊帳の外という気持ちは消せなかったでしょう。

    今年は高校の体育祭を見に行きました。
    平日なのに、設置されたテントからはみ出るくらい多くの保護者さんがいました。
    夏休みに部活や勉強の合間にコツコツと準備を進め、新学期になると直ぐに体育祭です。
    チームごとに作成された大きなパネルも、さすがに高校生だなと圧巻でした。
    パネルも表彰の対象のようです。

    そして、やはりリレーは盛り上がります。
    先生チームも倍の人数で参加でした。
    保護者も我が子のチームが勝てば嬉しいです。

    小中学校では親子競技もあります。
    夕食を食べながら、子どもとその日の話をするのも楽しいですけどね。

    ユーザーID:2240321657

  • 何事も普段の指導が大事かなと。

    うちの子の小学校はクラス対抗はないですね。1年〜6年まで縦割りで紅白に分かれて競い合います。

    徒競走、個人競技の障害物走、団体種目、全校ダンス、応援合戦、紅白選抜リレーがあります。

    障害物走は足の遅い子も3位内に入れるように工夫してありますよ。ほぼ「運」の競技にしてあります。徒競走は速い順に5人〜6人くらいで組むので、足が遅くても1位になる可能性もあるし、速くてもビリの可能性もあります。学校も結構工夫しています。

    幼稚園は元々午前中のみですね。人数が少ないからかもしれませんが。お弁当は自由で運動会が終わってから園庭を解放するので、お弁当を持ってきて食べてもいいし、家に帰ってもいいし、外食もあり。半々くらいです。

    幼稚園も縦割り紅白です。徒競走、親子で障害物走、年少年中のダンス、年長のダンス、年長さん全員リレー、紅白選抜リレーがあります。これだけやっても午前中で終わります。全員リレーはうまいこと先生が組み合わてくれるので、毎年接戦で盛り上がります。遅れても次の子が追いつくみたいな。

    幼稚園は最後に頑張ったご褒美として、お土産(おもちゃ)とメダルを勝っても負けてももらえるので、負けた子も最後はケロッとしたものです。どの子もメダルは嬉しいみたいです。

    競争も必要だと個人的には思いますね。一番は遅い子へのみんなの態度を、先生と親がどう指導するかかなとも思いますね。色々言う子は結局普段もそういう子だと思うので、普段の指導や躾が大事かなと。

    ユーザーID:8262498747

  • 保育園は午前中弁当無しが有難かった

    保育園、幼稚園、小学校と運動会を経験しました。現在、子供は小学生です。

    保育園は、午前中のみで 弁当無し。
    更に、プログラムの最初に0歳児〜2歳児を集中させており、自分たちの演技が終わったら自由解散可能にしてくれてました。大変、有難かったです。

    幼稚園は、多数の親が午前中のみ弁当無しを望みましたが、一部の保護者が弁当有+午後までを主張。結果 弁当有で午後以降も運動会をしました。最年少や年少の時は子供の体力が少ないため、午後以降も運動会はきつかったです。弁当作りも大変でした。

    小学校は、未だに 昔の運動会って感じです。騎馬戦、組体操(大ピラミッドあり)、全員参加のリレーなど 全てあります。
    賛否両論あるとは思いますが、盛り上がりは凄いです。組体操では泣いてる保護者続出ですし、、。
    運動会が終わるころには、先生、子供、親、全員声が枯れてます。終了時は、自然に保護者から拍手が起きます。

    盛り上がりだけで言うと、昔ながらの運動会でしょうね。すっごく早い子が追い上げたり、勝ってるチームの次の走者が急にとんでも無く遅かったり、一喜一憂するので。

    ただ、ああーーとため息つかれる生徒は 苦痛以外の何物でもないでしょうし、、。

    なかなか難しい問題だと思います。

    ユーザーID:9553788269

  • ちょっと違うかな。苦手な事も頑張れば良いと思います。

    >子供によってできないことや苦手なことは無理してしなくて良いという、お考えということでよろしいでしょうか。
    うーん、ちょっと違う感じです。私は、子どもにも順位をつけたり競争したりする事は、ある程度は必要だと思っています。また、苦手なことを克服するために努力することは必要だとおもいます。私も、子どもが逃げていることについては、親として厳しく接してやらせる事もあります。
    ただし、なにも学校行事で毎年毎年、苦手なことを皆の前でやらされて、しかもそれで居た堪れない気持ちになる子がでるような競技は、なくても良いんじゃないかなと思います。それの特に辛いのがクラス全員リレーだな…と。
    勉強にしても、苦手な子に補習や再テストをするのは良いけど、そのメンバーを張り出したりするのは嫌だなと思います。うちの子どもは高校生で、進学に力をいれている学校に行ってますが、わざわざ下位の子の点数まで張り出されていた時がありゲンナリしたと言ってました。自分が上位に名前があっても、そっちが気になって嫌だと…。だよねぇ〜と思いました。
    ちなみにうちの子は、楽器が苦手です。音楽の授業で、皆の前で鍵盤ハーモニカや笛を吹くテストだけはすごく嫌そうでした。緊張と恥ずかしさで、ますます吹けなくなると。でも小学校高学年くらいから、先生が別室に一人ずつ呼んでテストする形式になりました。そうしたら、今までより積極的に練習するようになりました。皆の前で恥ずかしい!という余計なプレッシャーがなくなり、下手でもなるべく頑張ろう!と思えたようです。
    私が言いたいのは、こういう事なのですが、伝わりますでしょうか。

    ユーザーID:9148700333

  • 全部アリにすべき

    ・運動会はもちろん競い合う前提
    ・合唱コンクールはもちろん有り
    ・テストは上位1/3で良いですから順位と点数を貼り出せばいいと思います
    ・美術は作る系と塗る系を、実技の部分で評定トップの点をつけた生徒のものを掲示・展示。書道・技術家庭もあるなら同様に
    ・夏休みの自由研究ももちろん優秀者は表彰の上、展示必須

    良いものは「すごいんだな」と皆で思おう!という形にせねばならないと思います。
    特に学校で学ぶ教科のものは。大事だから義務教育でわざわざ教えているわけです。
    不得意だからしたくないという気持ちは、その感情も持って育つべきだと思います。
    その感情はそのままに、不得意な人間を卑下する感情を無くしていくことが大事です。
    卑下する感情や人間を無くすために、競わせるという行為を無くそうというのは人生における学びの第一歩としては本末転倒です。
    凄い人やものに触れて知ることはとても大事なことです。

    また義務教育が終われば必ず競争社会の中に入っていくのに、無菌状態でそれを終えるのはおかしすぎます。

    「できない人が可哀そう」という風潮が大きすぎます。
    「できるのに、誰にも認めてもらえない状況は可哀そう」という考えはなぜ負けるのでしょうか。

    うちの子は発達障害グレーということもあり、勉強は極端にできない教科あり、運動は運動神経が本当に無いんじゃないかと思うほどの壊滅状態。
    発達障害からくる部分もあるでしょうが、字や絵は悲惨です(そもそも枠内に書くとか、色を丁寧に塗るということができない)。音楽は唯一「普通」ですが、何を習わせたわけではないので楽譜も読めませんし目立てるものではありません。

    きっと「誰よりもできる」ものは存在しません。そういう子もいます。
    それでも、できる人とできない人がいる、という環境に置くことは大事だと思います。

    ユーザーID:7223244054

  • なんでもできる子の場合は?

    全部競わせてその結果を発表するとしたら。

    運動神経よくて運動会ではリレーの選手、合唱コンクールでは毎年伴奏、
    テストは常にトップ3、美術も書道も小さいころから習っていてかなりの腕前、
    という万能な子もいたりしますよね。

    特に小さいうちは優秀な子はなんでもできる傾向が強い。
    教育熱心なおうちはいろいろと習い事もさせてますし。

    「できるのに誰にも認めてもらえないのは可哀そう」というのも程度問題で
    逆に「これ以上目立たちたくない、あんまりすごいと言われたくない」と
    思う子も(時には親も)いたりします。

    なんにも表彰されないというのも辛いでしょうが、ことあるごとに
    表彰され、羨まれ、下手すれば妬まれるというのも辛いでしょう。

    ユーザーID:2250639465

  • 競争させるかどうかではない

    幾人かの人が「競争させないとダメだ」とおっしゃっていますね。

    私はそれには賛同します。
    受験だって競争だし、就職だって競争ですから、幼いころから「努力は必要で、劣っていると負けることがある」ことがわかっているのは必要だと思います。同意です。

    選抜リレー、いいと思います。足が速いのは立派です。
    芸術関係の優秀者の表彰も、励みになるでしょうね。できる子はたくさんほめてあげてしかるべきです。

    でも、「クラス全員リレー」必要ですか。

    ここで申し上げたいのは、自分が努力しても克服できないことがあって、それが理由でクラスメイトに迷惑をかけてしまう。さらに他人の足を引っ張っていることが衆目にさらされる、それが元で見下されたりののしられたりするが、それも必要か?ということです。(私の実体験なので、これは現実にあり得ることです)

    勉強にこれをあてはめるとしたら、テストの得点順を全員玄関に貼りだす。そしてクラス同士で平均点を競わせ、学年最後に学校全体で優秀クラスを表彰する、となります。

    公立の小学校でこれをやったら、大問題になる気がしますが、どうして足の速さは公表しても良くて、成績はダメなんでしょうね。

    ユーザーID:0179868858

  • 大勢の他人の前だから問題

    競争はさせるべきですよ。
    苦手なものにも挑戦するべき。
    でも実際学校の授業では競争も挑戦もしてますよね?
    誰がいちばん早いか上手いかっていうのは体育も含む授業でやっている。
    勉強のテストもあれば、スポーツテストもある。
    自由研究もあればマラソン大会もある。
    全員参加ですよ。
    だから誰が何が得意なのかみんな知ってます。
    そして算数が得意な子は他の子に教えたり、体操が得意な子はみんなの前で模範演技をして見せる。
    その中で教師はきちんと道徳的な指導もしてくれてますよ。
    大勢の他人の前で個人の能力の差を見せることが問題なんですよ。
    だから参観日の授業も無難な物になっている。
    運動会もしかり。
    競争は親の知らないところでやってますよ。
    それで十分でしょう。

    ユーザーID:5363921610

  • hanabiさん、そうなんです!

    hanabiさん、私が言いたかったことも、まさにそれです。私ではうまく表現できませんでしたが、わかりやすく書いていただき、ありがとうございます。

    ユーザーID:9148700333

  • なんでもアリにすべき、と書いたものですが

    前回書いてからさらに考えてみました。

    こうなったら、色々な行事を年度初めにあげて、「○○に参加」と生徒に選ばせればいいのかもしれませんね。

    合唱発表会
    運動会(その中にはクラス旗作成や応援合戦もあり)
    マラソン大会
    大繩大会
    縄跳び大会
    マット・跳び箱・鉄棒大会
    スピーチ発表会
    ドッチボール大会
    自由研究発表会
    絵画・創作発表会
    有志による教科別実力テスト(張り出しあり)

    など。

    そして、生徒は必ず一つには参加すること、複数参加は自由。
    親の見学も自由だが、自分の子供が参加しない場合も当然ある。
    発表会以外のものは競争が発生する。参加しないものは参加するものを応援し、(ハリーポッターじゃないですが)年度末にどのクラスが合計1位だったか競う

    とか。

    これなら保護者は自分の子供がイヤイヤしているのや、人より劣っているのを見に行く必要もないし、子供も得意な人を応援するだけでいいので気楽なのでは。

    どうでしょう

    ユーザーID:7223244054

  • 勉強のできる子

    子供が小学生で、選抜リレーはありますがクラス対抗リレーはありませんでした。
    選抜リレーに選ばれている時点で足の速い子は十分目立ててるのでは?と思います。

    勉強のできる子にはテストがある、とトピ主さんが書かれてましたが、
    私自身の経験を書くと、勉強ができる子は公立中学などではできない子に結構な嫌がらせをされますよ。
    話をしたこともない別のクラスの子に「あの子は成績がいいから性格が悪い」とかいう意味不明な悪口を言われたこともあります。

    で、運動ができないと球技大会などではお荷物扱いだし、
    私の子供の頃はクラス対抗全員リレーがありましたが、
    「オメーのせいで負けた!」と罵られること数知れず。

    勉強ができて運動が苦手な子、ほんと大変ですよ。
    我が子も同じタイプなのでリレーが選抜のみと知ってホッとしました。

    ユーザーID:2089137343

  • 「競争」の練習は必要

     私は勉強は得意でしたので恥はかきませんでしたが、短距離は苦手で運動会の徒競走は恥ずかしくて泣きながら走ってました。でも、得意なものがあれば苦手なものもある訳でそれから逃げてもしょうがないと思っています。

    勉強が全然できなくて口下手でクラスでも全然目立たない子が運動会になると快足でクラスのヒーローでしたが、凄いなあと思ってみてました。各人得意なものが違うのでこれで良いんじゃないでしょうか。

    足の遅いことを目立たなくしても、成績を発表しなくても高校受験になれば受験する学校で如実に分かるし、スポーツの得意な人はそれで進学できたりもするので一緒だと思います。

    それに社会人になれば容赦なく競争になるので学生の頃からある程度は経験し練習したほうがいいと思います。どうしても嫌だという方がいるなら希望者だけで開催すればいいです。

    やっぱりリレーだとか徒競走がないと面白くないですよ。

    ユーザーID:6422614501

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