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マディソン郡の橋:夫になぜ返事をしなかったのか?(閑)

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趣味・教育・教養

ソバス

こんにちは.いつも私の暇な疑問にお付き合いくださり,ありがとうございます.

さて,今回は(笑),『マディソン郡の橋』.映画が少し前にTV放送され,前から気になっていたことを思い出しました.皆様のお考えをお聞かせください.

 臨終が近づいた夫(リチャード)がフランチェスカに「フランチェスカ,おまえにも自分の夢があったことはわかっている.わたしがそれを与えられなかったのが残念だ」という場面があります.映画では夫は続けて「愛している」というのですが,それに対し,フランチェスカは夫の手を握りしめ,頬を寄せてキスしますが,言葉では答えません.小説でも,感動したとは回想しているけど,どう答えたか,あるいは,答えなかったかは明示されていなません.

さて,映画のこの場面,フランチェスカも「私も愛している」と返事しそうな流れなのに,そう言わなかったのは,

1) 言わなくても分かっている.ずっと夫のそばに留まったのだから・・・.

2) 夫を大切には思っているが,ロバート(あの写真家)を愛したようには愛してはいないので,「愛している」とは言えなかった.

3) その他(たとえば,映画や小説に描かれていないときに「愛している」と伝えていたに違いない,など)

のいずれでしょうか.また,臨終の夫はどちらの意味に受け取ったでしょうか.皆さんの受け取り方をお聞かせください.

なお,この場面は,映画では,開始後2時間あたり,小説(松村潔訳,文春, 1993)ではp.190付近にあります.

ユーザーID:5615180410

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  • それが映画の醍醐味でしょ

    それは自分がどうとらえるかという、映画の醍醐味です。
    自分の中で映画を完結させるのに重要な仕事です。
    3を選びますが、理由を書くのは無粋な気がして、やめておきます。

    ユーザーID:8216457035

  • 言わないのが、しっくりくる

    だいぶ前に見ました。
    同じ立場となった今、また見たいなと思いますね。

    不倫はダメですが、淡い気持ちくらいはもったっていい、そんなこともあると思うきっかけになりました。

    既婚の知り合いが、この映画が1番好きだと言っていた時は苦笑いしましたが笑

    さて、質問についてですが、あの場面で愛していると言ってしまうと、おこがましいと思う人もいそうですよね。

    言わないけど、動作で愛しく思っていることは伝わります。愛しさの理由は男女の愛じゃないかもしれませんが、同志として、家族として人間愛はあること、それで充分なのかなと思います。

    1と2の間くらいでしょうか。
    あえて言わないことが、しっくりきている気がします。

    ユーザーID:5901718625

  • 自分は

    夫を愛しているけど、他の男性も愛したことがある以上、言ってはいけないような気がして言えなかったのかな、と感じました。
    愛しているとここで言える資格なんて自分にはないと思ったというか。

    番号でいったら1番だけどそれだけじゃないって感じ。2番ではないと思います。3番もちょっとわかんないな。
    あくまで主観。

    ユーザーID:2765419296

  • 言葉よりも重いものがある

    I love you, too. と、言葉にするのは簡単かもしれません。 でも、言葉よりも重く、深く、思いを伝えるものもあります。 私は、フランチェスカが手を握り、夫の頬にキスをしたことは、言葉では伝えきれない、溢れる思いがそこに表れているいるように思えます。

    写真家との行きずりの恋は確かに本物だった。 でも、長年培ってきた夫との間には、別の「愛」があったと思うんです。子供を育て、平凡ながらも築いてきた家族愛。 写真家とのかなわなかった恋を心に秘めながらも、生涯を共にしてきた夫に対する感謝の気持ちと愛情、それと同時に後ろめたさのようなものもあったかもしれません。 

    夫の最後の言葉、「おまえにも自分の夢があったことはわかっている.わたしがそれを与えられなかったのが残念だ」 妻が他の男性に密かに心を寄せていたこと、もしかしたら夫は感づいていつつも容認していたのかもしれない。 異国からはるばる来た妻に、平凡な暮らししか与えてあげることができなかった、最後まで口には出さなかったけど、夫には夫なりに抱いていた苦悩や思いもあったのだと、妻もその時に知った。 さまざまな溢れる感情があの場面で描かれていたように思います。 それはただ一言の台詞では表しきれない。 むしろ、台詞がない方が、想いや感情が伝わり、観ている私達の感性に響く。 

    トピ主さんの挙げた選択肢の中から選ぶなら、3かな。 夫への愛情表現はあった普段からあったかと。 でも、夫の最期の場面では、普段から口にしている、I love you, too. で表すには到底できない、深い愛と感情があったのだと。

    ユーザーID:4941917820

  • やはり言葉にしないことに重みを感じますね

    他の方も書いていらっしゃるように、鑑賞者のイマジネーションに解釈を委ねているのが、映画の醍醐味といえるのではないでしょうか?

    言葉に出して言ってしまうより、無言でのジェスチャーによほど奥深いものが感じられます。

    日本文学でも、はっきり結末を書かないで、読者の想像力に委ねられる場合がありますね。

    ソバス様が、このようなことに関心を持ち、考えていらっしゃることに何とも言えない生活の豊かさ、精神世界の豊かさを感じます。

    ユーザーID:9471346916

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  • レスありがとうございます.

    あの映画,雨の中の別れの場面 --- トラックのドアのノブに手を伸ばして,でもドアを開けて出て行かなかった --- には胸が締め付けられるような思いをしましたが,でも,一番深く心を動かされたのは,今回話題にしたリチャードとの場面です.でも,それがどういう感動なのかはっきり言葉でいえない.そこで,こんな問いを立ててみました.

    いただいたレスはいずれも,“1としても2としても,それからこぼれるものがある”ということだと思います.やっぱりそうですよね.フランチェスカの気持ち,リチャードの気持ち,二人の「さまざまな溢れる感情」が絡み合っていて,単純に割り切れない.

    でも,だからこそ,あの場面について,いろいろな感想の言葉を聞いてみたいと思っています.4人の方のそれぞれの言葉を聞き,あの場面の様々な思いに触れられたように感じます.引き続きよろしくお願いします.

    ユーザーID:5615180410

  • トピ主のコメント(4件)全て見る
  • こたえはないってやつ?

    フランチェスカ自身複雑な気持ちになって答えが見出せなかったのかな‥
    夫のところに留まったのは正しかったのか‥

    私も鑑賞した時、「何も言わないのね。」と思いました。このトピで色々な感想を読むと深いですね。

    私の印象に残ったシーンはフランチェスカが子どものようにバカ笑いするシーンです。心の底から楽しそうで、大股開いて笑ってるのに綺麗で見惚れてしまいました。

    ユーザーID:2142516523

  • ロバートを愛しているから

    私がこの映画で記憶に残っているのは、フランチェスカとロバートのシーンばかりです。
    リチャードは田舎の朴訥としたおじさんというだけです。
    リチャードの臨終のシーンは記憶にも残っていません。
    そういえばそんなシーンもあったような気がする程度です。笑
    フランチェスカがトラックから飛び降りなかったのは、子供が二人いたから踏みとどまったのでしょう。
    フランチェスカが本当に愛していたのは結局ロバートでした♪
    子供二人が、マディソン郡の橋からフランチェスカの遺灰を撒いてくれたところがジーンときました。
    登場人物が、全員優しくて素敵ないい映画でした♪

    ユーザーID:2259919253

  • 映画館で大泣きしました

    懐かしいですね。
    色々おぼろげですが、ロバートのところへ飛び出さなかったところは
    大泣きしました。

    私の解釈は
    「ああ、この人わかってたんだなぁ…
    でも私だって本当は自由になれたはず、夢をかなえられたはず。
    心の底から愛し恋い焦がれた人との人生を選べたはず。
    けれどそうせずにあなたのそばにいることを選んだのは自分。
    一緒に生活して人生を共にすると決意したのはあなた。
    私が一生下ろせない重荷とともに生きていたことを知って
    あなたも重荷を背負っていたのね……」

    とかなんとかぐるぐる考えて、あまりにも複雑で
    単純な言葉では返せなかったのではないかと。
    もうちょっと短くすると
    「愛したのはロバート、でも人生を共にと選んだのはあなた。
    私はあなたを選んだのよ」って感じかな。

    夫も意外と色々思い悩んでいたんですね。
    そう見えない感じの男性だったけど。
    それを知った時になんだか切なかったですね。

    ユーザーID:4731999197

  • うーん

    ロバートを愛しているからじゃないでしょうか?
    一緒に散骨して欲しいほど狂おしくいとおしい彼が胸の中にいるのに、死に行く人に嘘は付けないって思ったんじゃないでしょうか?

    フランチェスカのキスは感謝と情と夫の愛情へのお礼。
    でもフランチェスカの心はロバートの所にある。

    臨終のご主人はキスの返事を受け取りました。
    それで良し。
    夫婦で長く一緒に暮らせばいろんな愛ってあると思います。
    「情」というか、空気のような安心感のある存在。そのキスを受け止めたのだからそれで充分だと思った。

    私はロバートの所へ行かなかったフランチェスカがとても愛おしいです。

    ユーザーID:8724861924

  • そうですね。

    好きな映画です。

    リチャードは知っていたのかも知れない。
    フランチェスカが他の人に恋したのを。

    でもリチャードも守るべき家庭があり
    自身もフランチェスカを必要としていた。
    だから フランチェスカを自由に
    させてあげる事は出来なかった。
    そんな昔の後悔が そのリチャードのセリフに
    なるのかなあ、と思っていました。

    フランチェスカが何も言わずに頬にキスしたのは
    ロバートを愛しながらリチャードと暮らした
    という懺悔の気持ちもあるでしょうし
    長く生活を共にしたリチャードへの
    家族としての愛情もあるのでしょう。


    フランチェスカが車から
    降りるか迷うシーンは何度見ても
    涙が出ます。

    ユーザーID:4274927455

  • 新たなレス,ありがとうございます

    新たにレスをくださった皆様,ありがとうございます.

    以前のレスも改めて読み返したのですが,何人もの方がおっしゃっているように,あのロバート(夫)の言葉は深くて重い言葉だと改めて思いました.

    それまでは,呑気でお人良し,自己満足気味の脇役くらいに思っていた登場人物が,あの言葉で,ロバートに匹敵するくらいの存在感を持った・・・いや,その存在感に気付かされた,そんなセリでした.

    話は飛びますが,『悲しみよこんにちは』(サガン)に,大理石のギリシア彫像のように美しく理知的・完璧で,絶対に傷つかないような女性が登場します.ところが,その彼女が,最後の方で悲しみに歪んだ顔を見せ,彼女もまた,柔らかく傷つきやすい心を持っていたことが分かる・・・この場面に愕然とし,そして感動しました.それと同じ感動をあのセリフに感じます.

    でも,切ないですね.

    ユーザーID:5615180410

  • トピ主のコメント(4件)全て見る
  • 連投失礼(訂正と補足)

    上の私のレス3行目で,「あのロバート(夫)の言葉は深くて重い言葉」は,もちろん,「あのリチャード(夫)の言葉」の間違いです.失礼しました.

    あれを投稿した後,自分自身の以前のレスとトピ文を読み返したのですが,あの場面の私の受け取り方が微妙に変わっていますね(笑).皆さんのいろいろなお考えを聞かせていただいたからでしょう.ありがとうございました.

    ユーザーID:5615180410

  • トピ主のコメント(4件)全て見る
  • 懐かしい

    映画の舞台になった州に住んでいたことがあります。フランチェスカの家、橋にも行きました。
    あの映画の雰囲気、よくわかります。知ってるスーパーも写ってました。
    特にこのお話のファンではないですが、メリル・ストリープは好きな女優さんです。

    さてそんな私の答えは2です。アメリカ人は(私の見方ですが)思ってもいないことは言葉にできない人たち。なのでロバートを愛している、と思っているフランチェスカは、夫に「愛している」とは言えなかったのだと思いました。

    全体的に見ると、夫は平凡で面白みのない、浮気されても仕方ない魅力のない人間のように見られがちですが、夫の視点から見たらそれはそれで違うドラマになったはず、ということでは。

    現代では、一方的な人間像を描くだけでなく、そういう多重的な視点を少し入れようという傾向があるように思います。

    ユーザーID:5194173057

  • 私も二番かなと

    他にとても好きな人がいるなら言わない、
    言えないと思う。

    けれど死にゆく夫にそんなことは
    言わなくて良いのですから。
    精一杯の優しさであり、
    夫への愛の形なのかなと。
    恋ではないが、愛はあるのではないかと。
    家族愛かもしれませんが。

    ユーザーID:2850537000

  • 自分なりの解釈

    田村正和主演の昔のドラマ「過ぎし日のセレナーデ」の最終回で
    「志津子さんは隆之さんに恋をして、泰隆さんを愛してらしたんですよ」
    という台詞がありますが、それに近かったのかなと思いました。

    愛してはいるけど、夫と同じ恋の存在する愛ではないため、同じ言葉で返さず、親愛のキスで表したのだと思っています。

    ユーザーID:1476986204

  • I love you は愛してるでもあり、さようならでもある

    「あなたの気持ちを受け取ったよ」そこで終わっておきたいから。愛していると答えたら終わってしまう(亡くなってしまう)気がするから。
    あちらの文化の方は、電話の最後に「Love you」といって電話口にキスをするような素振りをして切るでしょう。I love you は愛してるでもあり、さようならでもあるような、それを連想したら言葉が詰まって出なくなるのは、想像できます。

    また、誠実な夫の大きな愛の前で、自分の気持ちに嘘をつくことができなかった、という気持ちもあると思います。

    複雑な心情があることを見る側の想像に委ねる……、いい表現方法ですね。

    素敵なトピ、ありがとうございます。

    ユーザーID:5832894683

  • レスします

    大好きな映画です。車のなかでドアに手をかけるシーンでは、こちらまで力が入りました(笑)。

    夫に対して嘘をつくことを避け、最後だけでも誠実でいたかったからかなと思います。

    彼女の心のなかにほかの男性がいることを、夫は知っていたのだと思います。もちろん夫がそれを知っていることを彼女も知っています。だから、「愛している」と言うことは夫に対して誠実ではないように感じるはずです。少女のように心がどきどきする感情は持てないからです。

    でも、彼女は夫を愛していたのだと思います。子供たちのいい父親として、また何十年も生活をともにした夫として深い愛情を持っていたでしょう。だから、キスしたのだと思います。そうすれば、彼女の愛情を夫が受け取ることができるからです。

    アメリカのドラマをよく見るのですが、アメリカ人にとって、「I love you.」という言葉は特別な意味を持っているようです。付き合い始めの段階で思わず言ってしまった彼や彼女が大騒ぎしている場面をよく見ます。また、キスも同じように特別なものなのでしょう。もちろん挨拶としてのキスもありますが、カップルにとってのキスはまた特別な意味があるのだと思います。

    夫が彼女に言った言葉には、愛情と感謝と謝罪の意味が込められていると思います。彼女のキスは、その言葉の意味をちゃんと受け取ったあかしだと思います。夫と同じように、愛情と感謝と謝罪の意味があったのでしょう。

    わたしはそんなふうに感じました。久しぶりに映画を見たくなりました。その次は、メリル・ストリープつながりで「恋に落ちて」かな。クリスマスももうすぐですものね。

    ユーザーID:0710275176

  • 私も2番

    アメリカで生活していたことがあります。
    今も数年に一度はアメリカで知り合った友人を訪ねに旅行に行きますし、
    アメリカの友人が日本に来ることもあります。

    それを踏まえて答えさせていただくと、2番です。
    アメリカの人は思っていることは言葉で伝えてナンボ、と考えていると
    私は思います。
    そのアメリカ人が1番の意味で黙っていたとは思えません。

    あの映画はアメリカ人の友人が「すごく感動した映画があるから、
    是非あなたにも観てほしい!」とビデオ(時代を感じますね)を送ってきました。
    申し訳ないのですが、私にはどこに感動の要素があるのか全く分かりませんでした。
    すみません…。

    ユーザーID:0802697307

  • ちょうどこの映画のことを考えておりました。

    大分前に観たっきりですが、知り合いがこの映画を好きだと言っていたのを思い出しました。

    私にとっては、謎が多い映画です。笑

    さて、夫の臨終、そんなシーンがあったのですね。残念ながら記憶に残っておりません。

    そもそも、フランチェスカは写真家のロバートには愛してると言っていたのか。
    もし言っていたなら、もしかしたら彼女はその言葉はロバート限定で使いたかったのかもしれないとも思いました。

    でも、彼女は夫を選んでいます。
    おそらく日常では夫にも、愛してると言っていたような気もします。


    とても素敵なロケ地で、ファンも多い映画です。

    私にとっては、今でも時々考えさせられる映画なのです。

    女性は誰かを愛したとき、それを無かったことにはできない気がします。

    だからこそフランチェスカはロバートを心に宿したまま、過ごしていた。

    書いて考察していて、少しわかりました。

    フランチェスカは限りなく1に近い心情だったと思えてきました。

    夫が謝りますが、彼女にとっては、

    何言っているの。私はあなたとの人生を選んだのよ。幸せだったわ。
    どうか謝らないで。

    そんな感じかな?

    やっぱり大切なのはそばに居ることで、ことばよりもキスを選んだのではないでしょうか。



    楽しいトピをありがとうございました。
    読んで頂きありがとうございました。

    ユーザーID:6067054613

  • 引き続きたくさんのレスをありがとうございます.

    いろいろな想いをお聞かせくださり,ありがとうございます.たとえば,(2)だとしても,その意味合いはいろいろあるんですね.あるいは,(1)と(2)を合わせた理解とか.

    日本にキリスト教が伝わった頃,宣教師が「神の愛」を「神の御大切」と訳したという話を思い出しました(正確でないかも).「愛」とは相手を大切に思うこと・・・そういう意味では,フランチェスカはリチャード(夫)を確かに愛していて,リチャードもそれは分かっていたんだろうなぁって,皆さんのレスを読みながら思いました.

    読者(観客)の理解にゆだねられていることや,言葉を超えた思いを敢えて言葉にし,他の方々のそんな言葉に耳を傾ける・・・読書や映画のもう一つ楽しみです.

    ユーザーID:5615180410

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