いつも選ばれる子

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  • うちの場合

    自惚れ野郎と思われるかもしれませんが、私いつも選ばれる子でした。
    学級委員、部活のキャプテン、○○委員長、読書感想文が県で表彰される、弁論大会学校代表etc. 色々やったと思います。初めの方でしまさんがおっしゃってますが、自分の中では自分のレベルが普通なので特にすごい事をしてるとは思ってなかったです。

    さて、お尋ねの家での過ごし方ですが、とにかく部屋に籠って本を読んでました。両親は商業高校卒、男の子が欲しかったので生まれてきた女の子に心底がっかり。女の子はそのうちお嫁に行くんだから勉強なんかしなくていいと言われて育ちました。そのくせTVは見せてもらえなかったので(『馬鹿になるから』という必殺大矛盾)ひたすら読書というわけです。学校の会合で他の親御さんに「ぱーぷるちゃん何々で賞取ったんですってね、一体どんな教育されてるの?」と聞かれて恥ずかしかったと嫌そう〜に言われました。また中学校の三社面談で「あまりに勉強ができすぎて私の産んだ子じゃないと思う」と教師の目の前で言われて心から傷つきました。

    というわけで、親の接し方と「いつも選ばれる」は私の場合一切関連が無いと断言できます。幼稚園から大学まで全て公立、何も特別な教育はしてもらった覚えがないです(大学はもちろん自分の意志で行きました。国立で授業料免除)。

    ちなみに、今は海外で働いてます。大成かと問われればNoですが、小さな東北の田舎町から出てきた小娘にしては頑張っているぞと自分に言ってあげたい(笑)。

    ユーザーID:8825803444

  • 子供の頃そうでした。見せ方を知っていただけでした。

    小学生の頃、作文、絵画ではめっちゃ賞を取りました。

    中学生以降はそれで賞金稼ぎをしました汗

    大人の現在はとあるビジネスで起業しています。

    なんのことはない、全部狙ってやっていた自覚はあります。絵の才能はそこそこありましたが、おそらく私にあるのは商才だったのだろうと思います。

    単純にセンスがあるだけだと、まれにヒットするだけなのですが、私はいつも賞を取りたかったので… 大体どこを狙えば良いかわかりますよね…

    こんないやらしい子供もいたのです笑

    ユーザーID:1399919868

  • 小学校においては本人の向上心と、コツで選ばれる

    私が思い当たる「選ばれる友達」は、もちろん成績が良いだけでなく、今にして思うと「私を選んでほしい」というアピールが強い子だったと思います。
    選ばれることを目的として作品を書き、アピールが感じられ、負けず嫌い。
    そういう子は、宿題や課題もただ終えるという意識ではなく、他の生徒よりも評価されることを意識して作業します。

    小学校ってまだまだ基礎学習を学ぶ年齢。
    本来は小学校のコンクールも、作品の質より子供にやる気を与えるとか、対外的に良いメッセージを送れそうなものや生徒が選ばれるわけです。
    感想文だってある程度先生や親の手がはいりますしね。
    学校単位でリアルに評価されるのってスポーツくらいじゃないですか?

    生まれつきの才能さえも安定しない中、たとえ大人しい子でも向上心の強い子、承認欲求の高い子、プライドの高い子、負けず嫌いな子、何より「学校に選ばれるコツを抑えた提出物や行動」ができる子が先生の目を引きます。
    先生としてもそういう子を選ぶ方が波風が立たないのでしょう。

    高校あたりからは個人の能力も明確になってきてそれぞれの科目のレベルの高くなるし、コツやアピールだけで選ばれることはなくなると思います。
    子供のころから選ばれることを意識して行動する子は、たぶん高校あたりで迷走すると思いますよ。

    たまに全てに優れてる神童もいるので、そうなると親の育て方とかはあまり関係ないかもしれませんね。

    ユーザーID:5428502131

  • まず、人の話(要求)をちゃんと聞けること

    読書感想文や絵、いずれにしても下手くそでは話になりません。
    学級委員、あまり成績が悪かったり、上手く話しもできないんじゃ話になりません。

    まずこれらが前提です。
    その上で、私は今企画を仕事にしており、プロポーザルで勝ち取ることを日常にしているからよくわかるのですが、

    先方の話をよく聞き(へんな要求と思っても)、なおかつそれに上手く応えたモノを作って、相手を喜ばせてあげることです。
    昔から、相手の欲しがるものを実現することは得意でした。

    反面、誰が何を言っても自分の作りたいものを作ることもありました。
    それは自己実現に近くて、こちらもとても大切だと思います。人の要求ばかり聞いていると、自分らしさがなくなるし、独創性のある子は面白くないと感じると思います。
    人の要求だけ、一般評価だけ追及する、いい子ぶりっこだけ、これが大人になってからはパッとしなくなる理由です。

    親御さんとして、一般評価は低くてもその子らしさがある時は認めてあげてください。両方上手くバランスがとれると、力もつくし自信も持てる、最終的に評価されると思います。

    でも、私の子どもの頃、先生は委員やコンクール、クラスの子どもに平等に行き渡るよう配慮されていましたが・・・。

    ユーザーID:5818388572

  • どういうことをすれば選ばれるか分かるのでは

    私はどういう絵を描いたら選ばれるか、どういう感想文を書いたら選ばれるかなんとなく分かります。
    だから毎回選ばれるのでしょうね。

    ユーザーID:8353069968

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  • そういう子でした。

    コツというか、「先生が好きそうな文章」「大人が喜ぶ子どもらしさ」みたいのがあって、それに敏感でした。

    テストに出る場所、なども同じ感覚なので試験は得意です。

    でも、頭がいいわけでも、才能豊かな訳でもありません。

    ユーザーID:8851406735

  • 絵はよく選ばれましたね

    本を読むのは好きだけど読書感想文は大っ嫌いだったのであまりご縁がなかったですが
    美術図工の作品はよく選ばれたしコンテストで入賞したこともあります。
    手先が器用な方で、単純に得意だったからだと思う。
    学級員も何度もやりましたね。

    文章を書くのは苦手だったけどお絵かきは好きでいつも書いてたから
    書きなれてるのはあったんじゃないかな。
    今から思うと感想文って自分の考えを整理して文章にする訓練だから
    もっとちゃんと練習しておけばよかったな、と職場のレポートなどを書きながら思います。
    本も物語ばかりでなくエッセイや評論ももっと読めばよかった。
    委員は今から思えば、大人受けのする真面目でしっかりした子
    つまり扱いやすい子がなりやすいと思います。
    私も褒められたら喜んでなんでもするチョロい系の子でしたから。

    ユーザーID:4789236683

  • そういう子供でしたが…

    私自身そういう子供でした。
    そして多分親もそんな感じ。家庭環境のおかげで文化的教育的資産が勝手にあったのだと思います。リーダーシップも親や親族が皆、自営とかその道の先駆者とかそういう人だったから。食卓では常に時事ネタ等の議論が上がるような家庭でした。幼い頃、小学2年生くらいまでは特に疑問もなく楽しくそういった環境にいましたが…

    段々と孤独を感じるようになりました。いじめられていたわけでも、友達がいなかったわけでもありません。でも人と違うなぁという気持ちがありました。馬鹿騒ぎしたりやんちゃな行動をしたりする子達が羨ましいと思って真似しようとしましたが、何か無理してる感が出ちゃって…。あんまり学生時代は楽しめませんでしたね。大人になってようやく同じ感覚の友人達が出来ました。普通が一番だなって思います。

    ユーザーID:7000423709

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