「遊ぶ」が理解できません

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(トピ主8
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趣味・教育・教養

無骨者

「遊ぶ」とは、どう言う事か、理解できません。

休日も、休んでいるか、勉強をしているかのどちらかで、遊ぶことは、ほとんどありません。

(言い換えれば、リラックスしている状態が、ほとんど、無い気がします。)

「遊ぶ」とは、どう言う事ですか?

(普通に会社勉めしていますので、その面では、問題ないと考えています。)

ご教示の程、よろしくお願いします。

ユーザーID:3838093075

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  • 「遊ぶ」とは、どう言う事か

    なんとも哲学のような質問ですね。
    私にとって「遊ぶ」とは、心が解放された状態と表現できます。

    ユーザーID:6682065685

  • 極端な言い方をすれば

    生きていく上で不要なもの全てとも言えるんじゃないの?

    仕事や勉強が生活するための費用のためには重要だ。
    食事や睡眠、休息は身体を維持するのに必要だ。

    それ以外のゆとりの部分を活用するものは全て遊びでも良いのではないかな。
    もう少しいえば、上記のような生活するためのことを忘れて過ごす過ごし方。

    ユーザーID:8190390447

  • 好きなことをすること

    ごくまれに、好きなことをしてお金が入ってくる人もいるようなので、
    そういう人はうらやましいなと思います。

    私の遊びは、
    ドライブ、登山、旅行、温泉、食べ歩きとかかなぁ。

    あ〜、こんなんだから、お金が全く貯まらないのですね。
    遊びは程々にしないとなりませんね。

    ユーザーID:1843805173

  • 楽しくて笑う

    面白いと思って笑う事は、しょっちゅう、あります。

    でも、楽しくて笑ったことは、記憶では、1〜2回しかありません。

    「無骨者は、お腹がすいたからご飯を食べるのではなく、時間だからご飯を食べるよね?」

    と言われた事があります。

    ユーザーID:3838093075

  • え?

    >「遊ぶ」とは、どう言う事か、理解できません。

    子どもの頃はどうしていたのですか?
    遊んだことがなかったのですか?

    ユーザーID:9173477949

  • 「遊ぶ=リラックス」ではないですよ。

    私の場合だけど

    「遊ぶ=やりたいことを必死でやる」って感じですので
    遊んでる時の方が「やるべきことをやってる時間」よりも緊張度も集中度も高いかも?


    また
    「必死で遊んだ結果に、お金がついてくる」場合も、往々にしてありますよ

    研究系とかクリエイティブ系や開発系の仕事だと、そういう人は一杯いるでしょ?
    というか、「与えられた命題をこなすことに夢中になれ、そこに喜びを見出せるタイプ」っていうか?

    私の仕事も、(多分、夫の仕事も)、どっちかっていうとそんな感じ…




    まあ、日本語の場合、
    「遊びだから」という言い回しは
    「必死でやってるわけじゃない」と言う事を表現したい場合もあるけど

    同じ「遊びだから」という言葉で
    「遊びで面白いから、ついつい必死に、全力を注ぎ込む」という事を表現してる場合も多いので

    私の推測では
    主さんも多分、「毎日、必死で遊んでるタイプ」じゃない?






    話は変わりますが、
    「リラックスする」のに一番良い方法は、
    「全身に力をぎゅーっと入れること」だそうですよ

    ぎゅーっと力を入れて、
    もっともっと限界まで、ぎゅー〜っと頑張って、

    「はーい、もういいですよぉ〜」と力を抜いた一瞬が、一番リラックスした状態だそうです



    だから、リラックスしたかったら、
    好きなことに全力で自分を注ぎ込み
    寝食を忘れるほど、入れ込んで
    「疲れた!ちょっと休もう」って時が一番リラックスできるはず

    私もやってみたけど
    本当にそうだなあと思うよ



    つまり、
    「一番緊張できる人が、一番リラックスできる人でもある…」と思う

    ユーザーID:4756355101

  • ちょっとした事なんじゃないかな?

    「遊ぶ」が理解できなくても「遊び」があることを知ればいいと思う。

    毎日の食事。
    四角四面に考えれば、栄養バランスと味さえ良ければなんでもいいはず。
    でも、彩を添えたり見た目に美ししたり器に凝ってみたりと、料理の中でも「遊び」はある。
    ウインナーは焼きさえすれば美味しく食べられるけど、ちょっと包丁を入れてタコさんウィンナーにするのは「遊び」心です。
    それをするのかどうかが遊ぶか遊ばないかの違いかな?
    私は料理が趣味で、生活と遊びが密接に影響しあっています。
    私にとって毎日の食事を作ることは、家事をしながら「遊ぶ」ってことです。(遊びたくない日もありますが。;笑)

    風景を見て美しいと思う。
    生きて行く上で特に風景を美しいと思うことは必ずしも必要ではありません。
    心の「遊び」に過ぎません。
    生活圏内にある美しい風景だけでなく、知らない土地に美しい風景を見に行く。
    心の「遊び」をもっと満足させるために遠い町まで出かける。
    それが「遊ぶ」ってことになる。
    観光とか旅行はそうして頻繁に行われるんじゃないかな?

    別に美しい風景とは限らない。
    健康に過ごしたいと思う事。
    健康には適度な運動が必要。
    少し歩いたり走ったりして健康を保とうすると、それが楽しくなって趣味になってしまう。
    健康が目的だったはずなのに、中身は遊ぶことと同等になっている。
    夫は仕事でどうしてもゴルフをしなきゃいけなくなった。
    ホントいやいや始めたんだけど、今じゃ仕事じゃなくても行く。
    アホみたいに楽しくなってしまったらしい。

    興味をもった「遊び」の部分を自らより多く得ようとする行動が「遊ぶ」ってことではないでしょうか?
    そしてきっかけは何でもいい。

    ユーザーID:1772882816

  • 趣味はないの??

    トピ主さんは趣味はないのですか?ゲームでもいいし、カラオケでもいいし、飲みでもいいし、友達と会ったりしゃべったりすることが「リラックス」でもいいし。

    そういう事が無いのですか?「あ〜!!今日は楽しかったなあ!!」という事。そういう楽しい時間の事を「遊ぶ」というのではないでしょうか?

    ユーザーID:1966495347

  • よくわからん!

    >「遊ぶ」とは、どう言う事ですか?

     私の場合は、楽しい事をする事かな。
     新人の頃何億もする機械を自由に使え、それが楽しくてその機械のマニュアルを家にまで持ち帰って読んでました。 「遊んでいて」給与をもらって良いのかと思っていました。 責任が増えてくると楽しくなくなり「給料が安い」と思うようになりましたが(笑)。

     「楽しい事とは、どう言う事ですか?」と問われると困る。
     見返りが無くとも、自分から進んでしたい事かな。見返りは自分が「幸せ」と感じる事とも言える。

     「幸せとは、どう言う事ですか?」と問われるとやはり困る。
     脳が与える行動動機付けの報酬?。 よくわからん!。哲学ですね・・・。

    ユーザーID:9184351889

  • 私が思うのは、

    トピ主さんのレスを読むと、
    楽しくて笑う=遊びと思っていらっしゃるのですね。

    ん〜、私が思う「遊び」って、辞書にもある、
    機械などで、急激な力の及ぶのを防ぐため、
    部品の結合にゆとりをもたすこと。「ハンドルの遊び」
    と、
    子供の頃にあった、
    時間も忘れて何かを行うこと。
    この二つですね。

    そこに楽しくて笑うは付属しない。
    あったとしても笑う事が本質ではないと思います。

    子供の頃、時間が経つのも忘れて駆け回って、
    帰宅が遅くなって怒られたことを今も覚えています。
    自転車で遠乗りしたんですけど、
    達成感があって楽しかった。
    そこに笑いはなかったかも…。

    責任を負うことなく、時間を忘れて過ごすこと。
    これら全般、遊びかもしれませんよ。

    ユーザーID:0280909973

  • 禅問答のようなやり取りだな

    個々が色んな自分なりの見解を示すことはできるんだけど、
    『遊ぶ』とか『遊び』ってものは色んな側面があるものだ。

    個々の認識の差もあるだろうし、
    TPOによって『遊び』の意味を違って発言する人もいる。

    だからこそ、ちょっとアプローチを変えて
    トピ主さんが理解したいのが何故かから始めませんか?

    つまり、今回どうして“「遊ぶ」が理解出来ません”という
    トピを立てて小町の人に意見を聞こうと思ったかの切っ掛けとか経緯を
    教えてほしい。

    誰かから何らかの質問とか指摘とかがあって考えたんだろう。

    トピレスで具体的なものとして食事の話が出てきたけど、
    それ以前に『遊ぶ』の話だって似たようなエピソードがあるでしょ?

    ユーザーID:8190390447

  • 「遊ぶ」もいろいろあります

    「遊ぶ」について考えたことはなかったです。

    大人になってからは、友人と「遊ぼう」と約束して、結果としてお茶やランチでおしゃべりが「遊ぶ」こともあります。
    もちろん楽しい時間を過ごして、「また遊ぼうね」と別れます。

    トピ主さんからすると、それは「一緒にご飯する」「一緒にお茶する」になるかも知れませんが。

    私は趣味がたくさんあるので、それをしている間は「遊んでいる」になるのでしょう。

    お金が儲からないこと、お金がかかること、義務ではないこと、あたりが「遊ぶ」の範疇かなあ、と思います。

    例えば私は小町を読むのが好きです。たまにはこうしてレスをします。
    これも「遊び」になると思います。
    楽しいですしね。

    リラックスしているかは関係ないです。
    友達とボーリングに行くと、リラックスというより心地よい緊張感があり、でもこれなんか「遊ぶ」以外のナニモノでもないです。

    もしも勉強が、仕事の為でなければ、それがトピ主さんの遊びかも知れません。
    私は老後に解こうと思って、高校の数学の問題集と自分が解いたノートを残してあるのですが、中学からやり直さないとわからなくなってます(笑)
    私にはこれも「遊ぶ」ことの一つとして楽しみです。

    ユーザーID:0712788564

  • わからなければ遊んでみなさい

    知識としての「遊び」は理解しているのですよね。
    通常の環境で育てば、社会人になる前に知識としての「遊ぶ」を知らないわけがありません。言葉の意味自体は辞書を引けばわかります。

    >「遊ぶ」とは、どう言う事か、理解できません。
    この設問は「遊ぶ意味・目的がわからない」と言うことでしょうか?
    そうであるならば、それが正解です。
    意味も目的もないのが「遊ぶ」と言うことです。
    意味も目的も無く、その時にやっている事を「楽しむ」のが「遊ぶ」と言う事です。まぁ「楽しむ」が遊びの目的とも言えるでしょう。楽しくなくなったら、それはもう遊びではありません。

    >休日も、休んでいるか勉強をしているかのどちらかで、遊ぶことはほとんどありません。リラックスしている状態が、ほとんど無い気がします。
    つまりトピ主さんはいつもの自分の状態とは別に「リラックス状態」を経験しているわけですよね?その時に何をやっているのですか?
    「遊ぶことはほとんどありません。」って事はほんの少しは遊んでるんですよね?
    「遊ぶ」と言う事も「リラックスする事」も知っているトピ主さんが「遊ぶとはどう言うことか?」ってどう言うこと?
    言葉を弄して遊んでるのですか?

    ユーザーID:5075406566

  • 「遊ぶ」は、しなくても良いことを、楽しむためにすること。

    私は、パチンコ、スキーとかします。
    パチンコするとき、今日は勝つぞーと思ってウキウキします。負けるときが多いですが。
    スキーは、滑ったときの爽快感、美しい雪景色、心身ともにリフレッシュします。

    しなくても良い事ですが、長く生きてゆくためには必要なことだと思います。

    ユーザーID:0700349299

  • 気分転換

    うーん難しいですね。
    捉え方は人それぞれだし。

    自分の場合は、仕事の憂さ晴らしが遊びって感じかな。
    正確には気晴らし、リフレッシュ。

    買い物、映画、美術鑑賞、食べ歩き、コンサート、散歩、旅行、スポーツ観戦

    だから、遊び=リラックス状態とは限りません。
    出歩いて疲れた〜けど気分転換できた、となる。
    ほんっとに気分を変えたい時は、多少ムリしてでも行動することあります。

    それにしても主様、休んでいてもリラックスできない状態って…ちょっと想像つきません…

    ユーザーID:5883919063

  • 面白い=楽しい

    面白い物を見たときは心が楽しくないですか?

    私は「遊ぶ」とは自分の好きな事をすることだと思っています。

    そして私の好きな事は「仕事」です。なのでハードに仕事をする事は私にとっては遊びです。

    しかし、勤め人なので労働基準法や昨今の働き方改革に縛られて、夜遅くや土日出勤ができません。そこで副業をやってます。本業の堅い仕事とは真逆のクリエイティブなフリーランスとして。

    結果、一般的な休日はありません。
    食事、睡眠、入浴、トイレ以外の時間は全て仕事です。でも私はずーと遊んでいる気分なんです。

    ユーザーID:4469997207

  • 義務感

    何をするにも、裏側に、目的(意味)や義務感のようなものが、張り付いている気がします。

    本を読むのも、分かりたい何かがあって読んでいる、そのような感じです。

    目的(意味)や義務感のようなものをはがし取って、何かをしてみたい。

    そんな事を考えています。

    ユーザーID:3838093075

  • そうですか…

    うん。それであれば、
    お寂しいことと存じます。

    ユーザーID:0280909973

  • まずは日々の生活に変化を持たせることだな

    トピ主さんの勤務形態・通勤形態にもよるけど、
    毎日同じルーティンになる部分を壊してみませんか?

    外からの刺激・インプットの量を増やしてみませんか?
    何かに関連付けできないものを色々と見聞きして興味関心を抱くだけで良い。

    電車通勤で都内23区のような場所にお住まいなら、
    会社帰りに降車駅を1つ前、1つ先のようにして徒歩で歩くだけでも良い。
    運動にもなるし、それによる日頃と違う疲労感もある。
    またいつもと違う道だから周囲を色々と見て確認することにもなる。
    それを適当に行っていくと、いろんな景色を覚えていくことになる。

    別に最寄り駅からの帰宅経路を変えるだけでも全然違う。

    またターミナル駅などで途中下車してみるのも悪くない。
    昼食を食べる場所を新規開拓しようとして見ても良い。

    自転車を使うときにたまに徒歩に帰るのも良い。
    車通勤なら通る道を変えてカーナビに頼らずに帰途に就くのもよい。

    何の用事もない日に有休をとって平日のいつもなら働いている時間に
    ちょっと外に出掛けてみるのもよいかもしれない。
    休日の景色と平日の景色も違って見えたりするものだ。

    とにかく色んな新しい情報を目や耳から得てみたらどうかな?

    どうしても理由などをつけたいなら、公開しなくてよいからSNSにでも
    日記のようなものを作ってそれに毎日1枚写真を掲載しようとしてみたら?

    綺麗な花を見つけた、空に面白い雲があった、美味しい昼食に出会った。
    何でも良いから日々の生活が単なる繰り返しにならない部分を
    作ってみたらどうだろうか?

    そのうち何かしらに興味が偏ってきたらそれこそ遊びに繋がるんじゃないか?

    ユーザーID:8190390447

  • 幼い時は?

    まだ勉強も仕事もしてなくて、義務感も責任感も全くない、幼少の頃は何をして『遊んでいましたか?』

    その時と似たような感情を引き起こす事が、『遊ぶ』ではないでしょうか?

    大人になるとー
    本を読む事が『遊ぶ事』になる人もいるし、
    何かを学ぶ事が『遊ぶ事』になる人・・・
    友達と飲んだりおしゃべりする事が・・・
    浜辺で何もしないで寝転がっている事が・・・
    小町を読む事が・・・
    絵を描く事が・・・
    パチンコしている事が・・・
    ゴルフしている事が・・・
    恋人・子供・ペットと戯れている事が・・・

    哲学的な事を考えず、あなたの心が『楽しい』と思う事じゃないですかね?

    また『楽しい』と思って遊んでいたら、それが高じてプロのゴルファーになったり、絵描きや小説家になったり職業になると、もはや『遊ぶ』とはいいませんので、『何をすると遊びか?』ではなく、『何があなたにとって遊びになるか?』だと思います。

    ユーザーID:6465263974

  • 辞書は引いた?

    遊ぶは辞書的な意味でも複数あるわけで、どの意味について聞いているのか、またそれぞれの意味について共感・実感できないのか本当に日本語の意味が理解ができないのか、など質問の意味を明確にしないと説明のしようがありません。

    2つのレス拝見した限りでは「楽しむ」の部分で実感できていないのかなと感じますが、似たような症状で何でも損得で考える人は割といますね。楽しいとかやりたいとかではなく自分にとって得か損かが判断基準な人が。
    トピ主の場合、勉強するのが成長が楽しいという向上心と繋がっているなら、それが趣味や楽しみと言い換えることもできるので「遊び」に通ずる部分もあると思うのですが、成長しないと、努力しないとという強迫観念であれば「楽しい」がわからない、ひいては遊ぶがわからないだろうなと思います。誰しも悩み事を抱えた状態では遊んでいても楽しいとは感じられませんから。

    個人的にはお礼のレスも無しに自分の思ったことを短文でつぶやくトピ主の共感力の無さに原因があるかなと思います。喜怒哀楽が欠落しているから他人に失礼なことをしても何も感じない、何故なら自分はそんなことで怒りを感じないから。それと同時に嬉しい楽しいも希薄なんだと思います、それが特性なのか経験不足なのかは判断できませんが。

    ユーザーID:3401824021

  • 大変そうですね

    わかりたいなにかがあってやるのではなく
    やってみたいなあと思ってやることが遊びではないですかね

    結果大抵は思いもよらぬ何かをもたらしてくれるから全ての遊びは学びではあるとは思いますけど

    まあ普通に遊びといえばレジャーといわれるものやゲームなど具体的な実益を伴わないように見えるものではないですか?楽しいとか好きとかの前に

    他人との時間を共有するというのもありますね。男性はわかりませんが女性の場合はこれが遊びの主目的であることも多いです。イベントはただのネタ。友達とウインドウショッピングしてお茶飲むだけでも遊び

    なんとなくですが主様は自分と外の世界に透明な壁があるタイプでは
    知識、勉強、訓練仕事という文字的理論的機械的なやりとりはあるけど触れて繋がってないというか
    そんな感じを受けます

    ユーザーID:0565525673

  • お返事ありがとうございました

    お返事ありがとうございます。

    30代男様まで拝読しました。

    捉えどころのない問いに、丁寧に回答頂き、感謝しています。

    (もう、強迫観念と向上心の区別もつかなくなってしまいました。)

    皆様にアドバイス頂いたように、客観的な部分から変えていくようにしてみます。

    (いたわりの言葉を頂けたこと、過分に思っています。ありがとうございました。)

    ユーザーID:3838093075

  • えいどう様へ

    お分かり頂き、感謝します。

    寂しさに慣れてしまわないよう、変化をつけて行こうと思います。

    ありがとうございました。

    ユーザーID:3838093075

  • レスします。

    昔、定年が55才だった頃の話ですが
    ある医師が欧米の医師たちと話していて一様に驚かれるのは
    日本で認知症が始まる年齢が欧米に比べて早すぎる点でした。

    早い人は定年前の現役の頃から認知症が始まっていました。

    欧米の人たちは、定年になったら地中海に行って一日中 絵を描いていたいな〜などと夢を描いています。

    ところが、日本の会社員などに聞いても定年後の夢などが答えられない人が多かったんだそうです。

    当時も、多くの人々は仕事が全てで、
    退職したら何もすることがない状況だったということです。

    このような、一見 真面目で仕事一筋の人生が国内における認知症の発症年齢を早めているのではないかと語っていました。
    ヒトの脳の構造は遊びが好きだということです。

    日本では特に高度成長以降、学校教育の分野でも皆が先生の言うとおりに一律に行動することが求められ、個性は二の次になっていたと思います。

    トピ主様は仕事熱心な家庭で育てられ、勉強の良くできる良い子として育てられたのではありませんか。

    効果が期待できることはしても
    何も生み出さない物事は手をつける気にならないのではないかと感じました。
    間違っているかもしれませんが。

    損得を考えずに行動するのは無意味ではありません。
    ここへの投稿も無償で行われています。

    なんかまとまらない文章になってしまいましたが、参考にしてみてください。

    ユーザーID:0858086411

  • うん?

    ネット掲示板なんていう人生になんの意味もないだろうことに時間を費やすのは道楽であり遊びでしょう。
    遊びが必ずしも楽しいとは限りませんよ。
    知りたいことがあって調べるのも、就業上のものなどではなく個人的興味ならただの道楽ですよね。知らないままでもいられるのですから。
    遊ぶってなにと問うこのトピを立てたその行為がもはや道楽娯楽の領域ですよ。
    知らないでいる選択もあるのに敢えて知りたいんでしょう?
    そんなのもはや道楽です。

    ユーザーID:6808537010

  • 梁塵秘抄

    んー、私は遊びといやあ、
    平安貴族の常識だった「遊びと言えば管弦の遊び」とか、
    少し時代が下った『梁塵秘抄』所収の
    「遊びをせんとや生れけむ
    戯れせんとや生れけん
    遊ぶ子供の声聞けば
    わが身さへこそゆるがるれ」
    という大変有名な今様なんかを連想すんですが。

    「禅問答みたい」というレスもありますが、トピ主さんはそういう系統の話がなさりたいんですかねえ。
    なら、
    「遊びをせんとや生れけむ」や「遊びをせむとや生まれけむ」
    で検索かけてみるといいすよ。
    いろーんな人が語ってるから面白い。
    まずは北原白秋が『洗心雑話』でアツく語ってるのから(引用でバンバン出てくるんで)見てみるとか。

    お坊様方もこれを引いての話をしてらっしゃいますしな。
    禅には
    「遊戯三昧」
    ってな境地がありますしねえ。

    まあ言葉をひねくり回すのは大層楽しい遊びですわな。じっくりお楽しみください。

    ユーザーID:4582797393

  • 試しに

    仕事と勉強以外のことを何かしてみたら?

    例えば
    一人カラオケしてみるとか ボーリングに行くとか
    行列のできるラーメン屋を探して並んでみるとか
    バードウオッチングしてみるとか

    なんでもいいから、サイコロふってやることを決めてやってみる。

    これをやりたいって気持ちがなくてもいいから。
    時間がきたからご飯を食べるように、サイコロふってやってみる。


    またネットには「xxで一人遊び」とか検索すると
    いっぱいプランがでてくるから、それを真似てみる。

    いろいろやってみて「ちょっと楽しいかも」と思ったらそれが遊び。

    ユーザーID:2015966898

  • みん様へ

    >なんとなくですが主様は自分と外の世界に透明な壁があるタイプでは

    顔の10cm前に別の顔があって、そこで話をしている自分を、本当の自分が見ている感覚はあります。

    昔の事ですが、「心を開かないんですね。」と、単刀直入に言われた事があります。

    「遊び」は、無我夢中でやるものなのでしょうね。

    無我になり切れていない、対象と一体に成れていない、それを妨げているのが、上の姿勢なのかも知れません。

    良い気付きを頂き、感謝しています。

    ありがとうございました。

    ユーザーID:3838093075

  • 遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん

    「遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん」

    後白河法皇が、武家に主導権を奪われる事への負け惜しみと捉えていました。

    しかし、

    「遊ぶ子供の声聞けば わが身さへこそゆるがるれ」

    ここでの子供が、庶民を含むとした場合、貴族(朝廷)の新しい姿を見出して武家に対抗しようとしたのであれば、捉え方は、全く違ってくる気がします。

    このような事を考えるのは、「遊び」に入るでしょうか?

    お考えをお聞かせ願えればうれしく思います。

    ユーザーID:3838093075

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