本で読んだのですが

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家族・友人・人間関係

ブラックジョーク

「人は自分に優しい人間にいつまでも攻撃的ではいられない」とありました。
そうだと思いますか?あるいはそんなことはないと思いますか?
ここで言う優しさってなんなのだろうと思いました。

私は、「自分に優しくない人間は遠ざけたい」「報いてくれる気がないものに時間と献身を捧げられない」と思ったことはあります。

ユーザーID:9605066498

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  • 攻撃はしないだろうけど

    攻撃はしないだろうけど、
    つけこんでは来るよね。

    図にのってどんどん要求をエスカレートさせたりね。

    ユーザーID:1812288042

  • 嫁と姑は違う気が

    だって根底には「息子をとられた」「子離れしない」がありますから。
    また子育てなんて報われるなんて考えてちゃ出来ませんよね。家族親族、近い関係程難かしい。

    友人知人の関係なら納得できます。でも「魚心あれば水心」程度ですね。

    ユーザーID:6297000152

  • 利害が関係ないならと限定が付く

    対人関係を深く考えると、自分の利益と相手の利益が結びつく人間とは、やさしくし続ければいつかは報いてくれると思います。
    しかし、相手の存在で自分が利益と結びつかないと、いくら優しくしても相手は歯をむくだけだと思います。
    優しくできる人というのは、利害が関係ない中間的な関係か、将来利益と結びつきそうな人だけだと思います。

    私自身四面楚歌の環境で入院生活を送ったことがありますが、医療サービスが貧しく患者の面倒を極端に見ない病院だと、患者同士、医療を争うようになります。そうすると、御互い歯をむいていて、罵倒しあうのが病室の環境ですね。向こうが良くしてもらえば、こちらはよく診てもらえない、そうなるといくらこちらが友好的にやさしく接しても、効果は全くありません。
    同じように歯をむかないと、生き抜けないのですよ。

    場合によっては、こちらも相手を選別する必要はあり、見切りをつけたほうが良い場合もあります。
    環境が変われば、関係が変わってくる可能性はありますが。時間や場所を変えていく必要はあります。

    ユーザーID:5360758474

  • 短いレスになりますが

    「人は自分に優しい人間にいつまでも攻撃的ではいられない」の個所の前後の文章が書かれていませんのでここだけ切り取っても正しい解釈をするのは困難だと思いますよ。どういう趣旨で書かれた本なのでしょう。
     文章の正しい解釈は全体的な趣旨が分からないことには出来ないと思います。そっけないレスでごめんなさい。

    ユーザーID:4695220905

  • そんなに

    そんなに深く掘り下げて考えるような文じゃないと思いますよ。
    ことわざや言い回しって、まあ、ありがちなこと、という程度に考えた方がいいと思う。

    ユーザーID:3108475053

  • うーん

    自分を理解し、思いやってくれる、守ってくれる、そんな意味じゃないですかね、自分に向けられる優しさって。

    そしてそれをごく当たり前にしてくる人に対して嫌いという感情は沸かない、そういうことでは。

    私はトピ主さんとは感覚が違うかもしれません。
    優しくしてくれる人間以外遠ざけたいなんて思いませんし(それだと視野が狭くなりそうです)、常にギブ&テイクじゃなきゃ動く気になれないと思うこともないですね。

    ユーザーID:3744182811

  • 「優しい」にもいろいろ

    時間と労力、なんならお金を一方的に与えるのを「優しさ」と考えるひともいれば、
    そういう対等でない関係はそもそも優しさには関係ないと考えるひともいます。

    その本で言う優しさは、おそらく「常にものやわらかな態度」「相手を否定しない言動」程度のことだと思います。
    この2つに懐柔される人間はとても多いので、間違いではないと思います。

    とはいえ「すべての人」とは限りません。
    世の中には「行動障害」という障害を含め、自分の気持ちや意思のとおりに行動できないひとが一定数いるからです。

    ユーザーID:2131598227

  • うーん…

    その本の文、わかりにくくて理解しにくいですが、考えてみました。

    「人は自分に優しい人間にいつまでも攻撃的ではいられない」の前に

    「ここで言う優しさってなんなのだろう」の解釈から…

    わたしは自分に優しい、の意味を大義で捉えました。私個人的には主さんとは違い、優しさとは「報いのない思いやり」「無償の愛、奉仕の心」だと思っています。報いを期待するものは優しさとは呼ばないと思っています。

    とすると、自分に対して無償の優しさを提供する人、たとえその相手が苦手な人でも、笑顔で親切にされたり、自分が住む地域やコミュニティのために一生懸命尽力する姿を見た場合、攻撃的になんてなれません。

    そもそも人の優しさに(たとえ報いを求める人であっても)攻撃的になる方が稀だと思っています。それはかなり捻くれた人です。

    ここで「攻撃的になる人」「自分に優しくない人」が、優しい人の対義語になるわけですが、人というのは自分の鏡です。(あの人優しくないわ)(こちらは普通にしているのに、攻撃的だわ)と思う相手には、無意識に自分は優しい気持ちでなかったり、見返りを求めているケースがほとんどです。
    あとは相手のコンプレックスを刺激している場合ですかね。

    人から優しくされた時も同様で、無償の優しさを受け取ると、鏡が反射するように穏やかに返したくなるものだ、だから攻撃的になることなんてないとわたしは捉えました。

    ユーザーID:4226544196

  • マザー・テレサなんかはそういう精神論なのでしょう

    「裏切られても広い心で赦しなさい」と言ってますから。

    でも正直、自分に攻撃的な人間が心を許してくれるまで、いつまでやさしくすれば良いのですか?冗談じゃないと私は思いますね。

    第一企業などでその論理を利用したら、上司の希望をかなえ続ける部下はそりゃあ覚えは良くなるでしょう。でも部下の精神的充足感は本当に生まれるのか?! 中間管理職は鬱になりやすいのだぞ。

    いずれにしても、利害関係がまったくない人間同士の話ですね。
    クレーム対応の担当者などは、覚えておいて損はない言葉かもしれません。

    ユーザーID:2830248394

  • レスありがとうございます

    こんな漠然とした質問にお応えいただいてありがとうございます。
    よく考えれば、こんなものは時と人によりけりですよね・・・。
    直近に何かあった訳ではないのです。
    私も以前は優しくて損得考えない天使と評される人間だったのですが、
    足元を見られ、利用されまくり、今は出し殻同然なので
    この文言を読んでものすごく勘に触ってしまったのだと思います。
    人って、身近な人間にはこれでもかというくらいいけずするのに
    意外と通りすがりの人には優しかったりしますね。
    あと、経験則ですが、「私たち〇〇よね!」と言ってくる人は
    (〇〇には大体、友達とか親戚とか長い付き合いだとか仲良しとかが入ります。)

    ありがとうございました。

    ユーザーID:9605066498

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