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「他人の何気ない一言」に救われたこと、ありますか?

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編集部からのトピ

編集部

こんにちは、中央公論新社という出版社で編集をしております、Mと申します。

皆さんは、「他人の何気ない一言に助けられた」
というトピをご存知でしょうか。
2010年4月に掲載されてからたくさんのレスが集まり、その年の年末の「第1回発言小町大賞」で「ベストトピ賞」を受賞した、いわば伝説のトピです。

その後、このトピの書籍化が決まり、その編集を担当したのが私です。

本当に「何気なく」、しかも「他人」が発した言葉。
だからこそ、相手の優しさ、思いやりを素直に受け取ることができる。
眼前のもやが晴れて、ふっと視界が明るくなる。
そういうことって、たしかにあるなあとつくづく思いながら編集させていただきました。

書籍が発売された後はユーザーの皆さまにも盛り上げていただき、
たくさんの方が手にとってくださいました。
3月には東日本大震災もあって、不安な日が続きましたが、
それでもこの本は売れ続け、版を重ねました。
発言小町の編集スタッフの皆さんと喜びながら、
私自身、この本に助けられたような気持ちでした。

その後、出産・育児を経験し、仕事と両立しながらの慌ただしい生活のなかで、
折りにふれてこの本を開いてきました。
精神的にも、時間的にも、仕事以外で文字を読む余裕はゼロ!の毎日ですが、
この本ならいつ、どこで、どのページを開いても穏やかな気持ちになれました。
育児ノイローゼになってしまったママ友にそっとプレゼントしたこともあります。

ちょうど今年は、このトピが立ってから10年目。

新型コロナウイルスの感染拡大で社会が大きく変わりました。
人と距離をとることが求められるようになりました。
不安は多いのに、人とふれあうことができません。

でも、「言葉」なら距離を超えられます。
今こそ、互いへの思いやりや優しい声かけが、必要なのではないでしょうか。

コロナ禍のなかで、お互いにかけ合った言葉が、ありませんでしたか?
偶然会った人のなんでもない一言で、気が楽になったことがありませんでしたか?

2020年版の「他人の何気ない一言に助けられた」をぜひ教えてください。

どうぞよろしくお願いいたします。


※頂戴した投稿の一部は、2020年11月下旬に刊行予定の文庫『他人の何気ない一言に助けられました』に収録させていただく可能性がございます。

ユーザーID:1555978445

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  • 輪廻

    娘が亡くなりました。
    大切な大切な娘を亡くして、のたうちまわるような哀しみ苦しみの中でも、やるべきことはやらねばなりません。

    役所に届出に行き、書類の記入方法を係の人に教えて貰いながらなんとか仕上げて、あとは窓口で呼ばれるのを待つだけ。

    椅子に座って順番待ちをしながら、
    ここには娘の出生届を出しに来たのに...と考えると、涙が止まらなくなりました。

    すると先ほどの係の人がそっと近付いてきて
    「大丈夫ですか? きっと生まれ変わってきてくれますよ」と声をかけてくれたのです。

    輪廻転生を信じるわけではないけれど、
    子を亡くした親の気持ちに寄り添ってくれたことが、何よりも有り難くて嬉しくて、また違った温かい涙が流れました。

    ユーザーID:9548608308

  • せっかちな私に

    生活に追われてとにかく直ぐに早く終わらせたいと急いでいる私。
    ある日、コンビニで買い物をしようとレジに並ぼうとしたら先にいたお爺さんが、「先にどうぞ、オラは明日の朝までに帰れればいいから」とユーモアを交えて譲ってくれました。笑いつつも自分が恥ずかしい。ゆとりをもって生きることを考えさせられました。

    ユーザーID:6048791428

  • 空港で

    海外に住んで20年と少し経ちました。 いまだに、日本に一時帰国して日本を去る時は毎回涙が出ます。 年老いた両親、子供のころから見慣れた景色、美味しい食べ物、すべてが名残惜しくて哀しくて泣けてしまいます。

    その日も日本を去るべく、成田空港のカウンターでチェックインを済ませた時、職員の方が笑顔で「行ってらっしゃいませ」。

    その一言がとても温かく感じられたのです。 その場で涙腺崩壊するのをぐっとこらえ、離れてから泣きました。 カウンターのスタッフの方からすれば出発前の多くの方にかけていらっしゃる挨拶の言葉かもしれません、 でもその時は、今は離れてもまたいつか帰ってこれる日が来る、だから悲しむことはない、また帰る日を楽しみに、そんな風に思わせてくれて、いつもとは違う温かい涙でいっぱいになりました。

    それ以来、日本滞在中に世話になった実家を離れるときは、「さようなら」ではなく「行ってきます」ということにしています。 

    あとは、海外から成田に到着して入国審査に向かう途中のエスカレーターの上に書かれた、「おかえりなさい」の文字、 これに毎回、じんわりきます。

    ユーザーID:7005731899

  • 終わらない仕事はない

    新入社員で仕事がこなせず、精神的にいっぱいいっぱいだったあの頃。先輩社員に言われました。「どんな仕事も必ず終わる。仕事をやり遂げるか、その仕事からお前が外されるかのどっちかで」と言われ、とても気楽になりました。今なお、仕事に押しつぶされそうになると、その言葉を思い出します。

    ユーザーID:3440641708

  • あなたは頑張っているよ。

    「会社(周り)が認めなくとも、自分はあなたが頑張っているのを知っている。認めている。」

    会社というものには
    自分の希望有無に関わらず、異動、転勤というものは少なからずありますよね。

    私も異動を命じられ、異動先で自分の立ち位置、置かれた状況、人間関係に悩んでいた時に、異動先にいた、一緒に働いている(20数年ぶり働く元同僚というか、元部下)上司に言われた、言葉です。

    何気ない言葉でしたが、この一言で救われました。

    誰かに認められてるって、こんなにも響くものなんだなぁって、改めて思いました。

    ユーザーID:3073276989

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    一覧
  • 私語も必要

    数年前、毎日仕事詰めで話は手短に終えた方が都合が良かったし、行動はどう効率よく動くかということばかり考えていました。実際評価にも繋がるし、やりがいにさえ感じでいたと思います。そんな時に仲の良い他部署の同僚と鉢合わせ、内容は覚えていませんが少し笑って話をしました。別れ際に同僚が「仕事って私語もなく続けると大変さが増すよね」と。
    私語って良くないイメージを持ってましたが、息抜きも大切だよ、と教えられました。
    今も仲の良い友人です。

    ユーザーID:7697843497

  • 20数年前のスーパーで

    当時はフルタイム勤務で産休・育休明け。
    上の子が高校受験前で
    塾へのお弁当を持たせるべく
    大急ぎで夕方のスーパーへ。
    ちょうど2歳になったばかりの末娘を
    ベビーカーに乗せて買い出し中
    突然、末娘が店内に響き渡るような大声で
    歌い始めました。
    多分、可愛いお歌だったと記憶しています
    周りの人からの視線が
    “うるさい!”って言われているようで
    思わず、娘に“〇〇ちゃん、シー!!”と
    静止するように促しました。

    すると目線の先に
    高齢の男性が近づいてくるのが見えて
    叱られる?怒鳴られる?この子をどう守ろう・・・と
    咄嗟に“ごめんなさい”と言った私に
    その男性は
    “子供が静かな時は熱出してるかしんどい時や
    元気なのが一番や!”と私の肩をポンと叩いて
    去って行かれました。

    全くの見ず知らずの男性ですが
    きっと私の余裕の無さを戒めてくれたのですね
    おかげで子育ての間中、あの言葉とあの光景は
    忘れることができませんでした
    あの時のおじいさん
    どうもありがとうございました。

    ユーザーID:3930874185

  • 同僚、ですが

    仕事でミスをして、リカバリーに追われ、不甲斐なさで泣きそうに。そんな時に同僚が言った「大丈夫。私たちのミスで人が死ぬわけではない!」。
    賛否ある投げ掛けかもしれませんが、いっぱいいっぱいだった私は救われました。

    ユーザーID:7104293744

  • そんなに頑張らなくてもいいと言われた。

    仕事は120%必死にがむしゃらに頑張るものだと思い、毎日必死に仕事をこなしていました。
    でも、体はしんどくて悩んでいました。
    が、誰にもしんどいのは言わず、無理してました。
    何も言っていないのに、色んな先輩が、あなたは頑張りすぎ、そんなに頑張らなくてもいいのよと口々に言ってくだいました。
    私みたいな人間が120%頑張るのをやめたら、クビになると思っていたのですが、今は90%ぐらい頑張ることにしています。だいぶ楽になりました。

    ユーザーID:5733156677

  • 私も、何年か前のスーパーでのことです

    平凡な主婦でもいろいろありますよね。
    心がひりひりと痛む日も
    普通の顔して買い物に出かけるわけです。

    そんな時にスーパーで、キャベツを買おうと選んでいたら
    「キャベツ高いわあ、ねえ?」と隣のおばさんがしみじみと、
    でも笑顔で。
    「ほんとですね」と答えながら、
    人とちょっとした会話をすることで
    こんなに心が安心するんだ、
    あったかくなるんだと再認識。
    不思議なことにその一言で気持ちが明るくなりました。

    だれにでも話しかけちゃうおばちゃん、最高です。
    あのときは、ありがとうございました。

    ユーザーID:4149894869

  • 肩の力抜くと楽になるよ

    20代の頃激務の仕事につき、早朝出勤、残業はいつものこと。たまには週末出勤もあり。ある日、大事な仕事があまりうまくいかず、帰りの電車の中で、つり革につかまりながら、どうも声には出ないものの(出ていなかったとおもうが)、私の前に座っていた女性が私の顔を見ていたので、苦悩が顔やからだから表現されていたらし。

    その女性の視線に気づき、自己に帰り、窓から見える夜の景色を眺めながら切ない思いになる。

    その女性が降りる時、そっと、“たまには肩の力抜くと楽になるよ!”と一言言って、颯爽と降りて行きました。

    多分私は仕事がうまくいかないことに憤りや焦りがあり、肩が実際上がっていたんだと思います。彼女の言葉でハッとして、それから、自分で自覚して肩が上がらないようにすることが多くなりました。

    ありがとう、その節は、とその女性に言いたいです。

    ユーザーID:3441667289

  • 兄が亡くなった時

    春先に長年病気で苦しんでいた兄が自殺しました。
    私はそれを1番に発見し、あまりにショッキングな光景に取り乱したものの、なんとか警察の事情聴取を受けて他の家族に連絡をし、葬儀を終えて迎えた週明けのこと。

    出勤すると、職場の上司も同僚も顔を合わせるや否や"大丈夫だった!?"と声をかけてきました。
    職場の仲間が大変だったと知れば、私が逆の立場でもそう声をかけていたかもしれません。それぞれの方が悪意を持ってかけた言葉とは全く思いませんし、本当に心配してくれているのが伝わりました。
    ですが、こんなに辛い言葉だとは思ってもいませんでした。

    うるさい!!大丈夫なわけないだろ!!!

    そう叫びだしそうで、それをぐっと堪えていたのですが…
    段々と 大丈夫ですよ。 と返すのが辛くなってしまい、逃げるように仕事の準備をしに自分の机に向かうと、近くに普段仲良くしていた主婦の方がいました。
    思わず、また大丈夫?っていわれるのかなぁと構えていると、

    「おはよう、今日は曇っているね。」

    ひとこと それだけでした。

    うちの職場は女性が多く、ひとたび何かあればすぐに情報共有されてしまうようなところです。
    ましてや私と彼女は同じチーム、リーダーがぼやっとでも情報共有していたはずで、私の状況を知らないわけがありませんでした。

    兄が亡くなってからずっと気を張っていたようで、その瞬間に初めて肩の力が抜けました。

    私が職場を辞める時に、手紙でお礼を言いました。
    あの時は大丈夫?っていわないでくれてありがとう。
    私も次の場所で、貴方のような気遣いのできる人間になります。

    ユーザーID:4453671599

  • 人生の一番最初に響いた言葉は...

    中学2年生まで学校の男の子とはほぼ話したことがなかったです。ただ女友達はそこそこいて特に大人しいって訳ではありませんでした。
    そんな時お友達に”男を男として見るから喋れないんじゃない?女友達みたいに友達と思ったら普通に喋れるよ”って言われて凄く気が楽になって翌日から喋れるようになり,その後の人生も色々うまく行きました。

    ユーザーID:7752053837

  • 「当たり前でしょ、私が何年この仕事やってると思ってるの?」

    業務の進め方は必死で覚えても、なかなかお客様とのコミュニケーションとかクレームや相談への対応が上手くいかずに悩んでいた時に、対応を変わってくれた先輩からの一言。
    「当たり前でしょ、私が何年この仕事やってると思ってるの?半年や1年くらいしかやってない人が簡単に追いつけると思うなよ(笑)」
    と笑われました。
    そうかー、今上手にこなせなくてもしょうがないんだなって気持ちが楽になりました。
    その先輩、普段ちょっと威張ってる、偉そうにしている分、頼りやすい人だったんですけど、その事も「当たり前でしょ、私が自信なさそうに遠慮してたら困るでしょ。」と。
    威張る以上は面倒なことを引き受ける覚悟も持っていて、尊敬できる先輩でした。

    社内結婚だったので退職されて、今は同じ業界で派遣社員で働いているそうですけど、きっとそこでも威張って頼りにされてるんだろうな〜と思います。

    ユーザーID:0615259884

  • 「すごく綺麗な白無垢姿になる」

    約30年前、結婚する事に。当時はチャペルよりも神社で白無垢で挙式が多かったんです。
    私は地味で目は奥二重、小さな口、普通の顔。
    「モデルのよう」と言われていた妹といつも比べられ、私なんか花嫁衣装着てもどうせ、、、と思っていました。

    貸衣装店に行くといかにもベテラン風な女性が
    「あなた、すごく映えると思う。化粧映えするし絶対に似合う」
    と白無垢と色打ち掛け、そしてカラードレスにする予定でしたが
    「豪華な振り袖を着てみて。絶対にそっちが似合う」。

    カラードレスの方がレンタル料金は「高い」んです。でもなぜか振り袖を強く勧められ

    白無垢、黒地に綺麗な柄の色打掛、そして濃いピンクの振り袖に。

    そういえば、成人式で「振り袖」を着てない(看護学生だったので成人式欠席)ので親に見せられなかったのを思いだしました。

    挙式当日。
    自分で言うのは変ですが「お雛様」みたいになっていました。
    文金高島田もすごく似合っている。
    不自然ではない。

    カラードレスにしていたら美人の妹の「振り袖姿」に完全に負けていたと思います。

    夫の羽織袴姿もずっとそのままですから、夫の両親も
    「タキシードよりもやはり日本人なんだから」と喜んでもらえました。

    「ドレスはいつでも着られる。でも白無垢や色打掛、特に振り袖は若いうちでないと着られなくなる」

    そうあの時の女性が言ってくれた言葉。

    写真を見る度に思いだしています。

    夫婦仲良しで子供にも恵まれ幸せな結婚生活を送っております。

    ユーザーID:1547732709

  • もう…自由にさせてあげたら?

    主人の死を受け止められなくて、苦しくて寂しくて 
    夜 眠る時には、遺骨を持ってきてお布団の中に入れて一緒に寝ていました。
    半年程過ぎた頃 見かねた友人が尼さん?を紹介してくれました。話を聞いてもらったら、楽になるよっと
    話聞いてもらって最後に『でもね。そろそろご主人を自由にさせてあげたら?』っと言われました。 そこで、ようやく気付かされました。
    帰宅して即 墓石屋さんとお寺さんに連絡して、遺骨はお墓に埋葬しました。
    あんなに苦しくて寂しかったのに・・・今、独り身の自由を謳歌しています。

    ユーザーID:5782482846

  • M(トピ主)です。ありがとうございます。

    みなさま、たくさんの「何気ない一言」をありがとうございます!

    日常的な場面での「一言」もあれば、
    人生が変わってしまうような大きな出来事のあとの「一言」もありました。

    あたたかい気持ちになったり、涙目でパチパチしたりしながら、
    毎日拝読しております。

    どの「一言」も素晴らしいのですが、
    辛そうな人をちゃんと見ている人がいた、
    思いやりをかけてくれた、というシチュエーションそのものが、
    素敵なんだなあと改めて思いました。

    黙って背中で示す思いもありますが、
    やっぱり誰かを励ますとき、何か言葉をかけたくなりますよね。
    その言葉は決して特別である必要はないのかもしれませんね。

    マートルさん、ハナコさん、夜食なにしよさん、
    ももみさん、ポンタさん、もん太さん、
    今日も日差しは厳しいさん、mさん、雪さん、
    くるみコーヒーさん、はなさん、なんさん、
    ロッティさん、ハレルヤさん、匿名さん、みたのさん。
    大事な体験や思い出を書き込んでくださって、
    心より感謝いたします。

    今後も、書き込みをいただけたらとても嬉しいです。
    どうぞよろしくお願いいたします。

    ユーザーID:1555978445

  • 進路を迷って

    60代のおばさんですが、うん十年前の高校生の時、進路に迷っていました。

    勉強嫌いですし、短大も大学も金銭面もあり視野にはなかったですが、専門校に行く選択をしていました。

    英語は好きで、語学に関わる仕事か、料理も好きだったので、調理に関わる仕事かのどちらかで迷いましたね。

    田舎町の食堂でバイトを続けていて、そこの、料理長のような中年の方とは合間に雑談する間柄でした。

    米の研ぎ方から野菜の切り方等家では教えて貰わない事をいろいろ教えて貰いました。

    進路を相談した訳ではなかったのですが、この仕事は食いっぱぐれはないよ。
    その言葉が離れず、上京して調理師学校に一年通いました。

    結果、調理の関係の仕事には就きませんでしたが、お陰で食べる事に心配する事なく、現在に至っています。

    お菓子作りにはまって、コロナ禍での自粛生活でお腹周りが心配という有難いおまけが。

    ユーザーID:1322671328

  • いじめられて不登校になった私に

    親の離婚がきっかけで心が荒み、また離婚したこといじめのネタにされて、他のクラスの子からも謗られバカにされる毎日に嫌気がさしてとうとう不登校になりました。

    親や教師が毎日毎日責め立ててきます。先生は電話で、たまに抜き打ち訪問までしてガミガミお説教してきたり。親からも殴られるし苦痛な毎日でした。

    親が親戚の人に「こいつ学校いかなくなって親として情けない恥ずかしい。非行に走るに違いない」と親戚に愚痴ってたんです。そしたら親戚は「あの子は悪い事をする子じゃないよ。人様に迷惑かけたりするような子じゃないし、頭のいい子だから勉強遅れてもちゃんとちゃんと取り返せると思うよ」
    と、私を信じてくれるような返答!親が愚痴ばかりで面倒くさいから適当に言ったのかもしれないですけど私にとっては一番嬉しい言葉でした。



    学校(小中まで)は味方がいなくて敵ばかりで辛いから結局中3の最後まで、テストの日しか学校に行かなかったけど頑張って沢山勉強するぞ!って気合いで漲ってました。単純だと自分でも思います。それでも高校、大学にも行けてちゃんと就職できたのは親戚のお陰です。信じてくれる人がいる限り頑張らないとって前向きになれましたから。

    ユーザーID:6846459178

  • 人生は螺旋階段

    同じ場所をぐるぐる回り 1ミリも成長してないと私が言った時に
    知り合いから言われた言葉です。


    同じところを回っているようで、実はそこは螺旋階段で見える景色は同じでも
    ほんの少しだけでも上に上がっているのだと、そんなようなことを言われました。

    安心してほっとしたのを覚えています。

    ユーザーID:3394550832

  • 治療の際に。

    生死に影響するわけではないけれど、治療(手術)すれば生活の質があがる、という症状を子どものころから持っていました。公的医療保険に適用されているので、いわゆる病気として認定されているものです。その症状が、成長するに従ってより現れてきました。見た目だけでなく、機能的にも治した方が良いのですが、やはり手術となると一歩踏み出せないでいました。

    勇気を出して母に相談してもなんだか人ごと。「気にならないわよ」という言葉は励ましというより、問題からただ目をそらしているだけのように思えてがっかりしたものでした。
    結局は自分で解決するしかないかと、社会人になって収入を得るようになってから、医学専門書などを買ってまずは勉強しました。

    その後、専門病院への紹介を前提として地元の診療所に行った際のことです。診察が終わって立ち上がろうとした際に、その女性の医師の方が「よく勉強なさって、よく決心しましたね」と言ってくださいました。優しい言葉に、がんばっていた気持ちがゆるんで、目に涙がにじみました。

    身近に相談相手もおらず一人で準備してきた中、そのひと言にどれだけ慰められ、ねぎらわれ、その後の治療へも勇気づけられたことか。(母くらいの年齢の方だったので、少し気持ちも複雑でした。)
    20年ほど経った今でも感謝の思いは変わらず、自分もよく頑張ったなと、思い出すと心が暖かくなります。

    私もその医師のように、思いやりのある言葉を恥ずかしがらずに人にかけてあげられるよう心がけたいと思っています。

    ユーザーID:4635850040

  • 「いま調子を崩す人は、むしろ健康な精神の持ち主だと思うよ」

    皆さま、書き込みをありがとうございます。
    いつも楽しみに拝見しております。

    つい先日、会社の先輩からこんな「何気ない一言」を聞いたので、
    その先輩にお願いして、私もこちらに書かせていただくことにしました。


    先輩は、今年の4月ごろ、コロナへの恐怖で心身ともに参ってしまい、
    体調を崩して家にこもっていたそうです。

    そんなとき、お医者さんである友人がこんなことを言ってくれました。

    「いま調子を崩す人は、むしろ健康な精神の持ち主だと思うよ」

    落ち込むほうが当たり前。
    そう思ったら、気持ちがとても楽になったそうです。

    ユーザーID:7756614334

  • コロコロさんなら大丈夫だよ

    毒親育ちです。
    家族からは自信を削ぐような言葉ばかり浴びせられてきました。

    インテリアを勉強する、といえば部屋のかたずけもできないのにそんな事出来るわけない(笑)

    あんたに友達なんて出来るわけない。できたって大したことない人間に違いない(笑)

    そんな言葉を毎日父母姉たちから浴びせられ続け、自分は本当に何もできない人間なのかもしれない。とうっすら思っていました。

    家族から逃れるように留学をしました。

    課題も大変だし言葉も大変、人見知りだしお金もカツカツ。
    毎日アップアップしていましたがここでやめるわけにはいかない。

    そんななかその留学先で出会った同じ日本出身の友人に言われた一言。


    ’コロコロさんなら大丈夫だよ’

    頑張って、じゃなくって大丈夫だよっていう言葉が
    凄く勇気をくれました。

    人が私の頑張りを見ててくれて、それを根拠に
    大丈夫だよって言われたの、多分初めてだったと思います。

    留学先の成績は殆どA。優秀な成績で卒業できました。



    そんな経験があるので、頑張っている人にはあなたなら大丈夫だよって言うようにしています。

    ユーザーID:4232782774

  • 自分の幸せも大切

    夫婦関係が上手くいかなくなり離婚等を考えていた際、知人に言われたのが「子供の幸せも大切。でも、自分の幸せも大切にしなさい」と。
    離婚の後押しではなく、当たり前のように「子供がいるのに離婚?」「子供が可哀そう」等言われた中で、この言葉で自分の為に選択をしようと決意出来ました。
    子供の幸せの為に離婚しないで自分も幸せ という選択をするも、別れた方が子供も自分も相手も幸せという選択をするも、結局は自分次第。
    その決断に責任を持つ というのを教えて頂けたように思います。

    ユーザーID:2653829861

  • 癌治療は普段の生活の延長上にあるだけ

    8年前、比較的重めの乳がんにかかりました。

    ちょうど今頃から抗がん剤を開始しました。

    抗がん剤と聞くとドラマなどのイメージで相当キツい印象がありました。それに効かなければ癌が大きくなって命取りにもなり得ます。

    その治療を前に主治医が笑顔で標題の言葉を言ってくれました。

    ずっとキツいわけじゃない、衛生管理に注意すれば、仕事や趣味もやめる必要はない。抗がん剤治療は普段の生活の延長上にある、そういうつもりで受け入れましょうと。

    他の人はわからないけど、私には励みになる言葉でした。

    癌治療は希望を持つことが大変大事です。

    おかげさまで元気に、前より健康に過ごしています。

    ユーザーID:0654456065

  • 良い決心をされましたね

    田舎で母が病気で倒れ、地元で入院。
    もう田舎ぐらしは無理だろうと、退院後はそのまま
    なし崩し的に都内の我が家に引き取り同居が始まりました。

    独立が早かったので、同居は30年ぶりくらい。
    同居してからは母の世話に追われる日々でした。
    母の地元の病院で出してもらった紹介状を持って
    近くの総合病院へ受診。
    医師に、倒れた経緯と、それがきっかけで呼び寄せた事を話すと
    「それは良い決心をされましたね」
    と言われました。
    倒れたとはいえ、母の意思確認もそこそこに
    慣れ親しんだ田舎から引き取ったことに
    「これで良かったんだろうか」と葛藤がありましたが
    その一言で、「私は間違ってなかったんだ」と
    これからの介護に対しての覚悟が決まりました。

    ユーザーID:8574528660

  • ハローワークのおじさんのひとこと。

    ある会社を契約満了で解雇になって
    落ち込んでいる時、
    ハローワークの窓口のおじさんに
    「6年もがんばってきたのに
     大変だったね。」と言われた時、
    なんかつらい気持ちに寄り添ってくれてる
    感じで心があたたかくなりました。

    ユーザーID:5506078816

  • スーパーでの出来事

    実家から遠く離れた土地で新婚生活をスタートしました。
    やがて子供にも恵まれました。

    地方ですので車でスーパーへ買い物です。
    首が座ったばかりの子供ももちろん一緒。

    ベビーカーに息子を乗せて買い物、、、初めての子供でこんなに
    難しいとは思いませんでした。

    支払いを終えてサッカー台に買い物かごを置いたとたんに息子が大泣き。

    エコバッグ、マイバスケットもない時代でしたので自分が袋詰めをしなくては。しかし、息子が泣きやまない。

    今はひとり。実家から離れている。近所の友達もいない自分、、、

    呆然と立っていたら通りすがりのご婦人が
    「よかったら私、レジ袋に詰めましょうか」と声を掛けて下さいました。
    そうしたら店員さんが
    「気が利かなくて申し訳ありません。私がやらせて頂きます」。


    世間では子連れには冷たい、赤ちゃんの泣き声は嫌だと言われているけど、そんな事はないんだと私まで泣いてしまいました。

    店員さんが持ちやすいようにレジ袋に詰めて下さり、駐車場まで運んでくれました。

    「これからもぜひ、お越し下さい。袋詰めは私たちがやりますよ」

    もうずっと昔の話です。
    あの時の声を掛けて下さったご婦人。
    優しい店員さん。

    本当にありがとうございました。

    ユーザーID:1547732709

  • 熟年離婚した時

    収入が10分の1になってしまい、なかなか仕事も決まらず、不安でいっぱいでした。
    幼なじみの2人がくれた言葉です。
    「これからは、私と○○ちゃんちと、1週間づつご飯食べにくればいいから、何も心配しなくていいからね。」
    その後も、ずっと味方でいてくれました。励まされ資格を3つ取得し、今は、趣味を楽しめるようになりました。
    私のお財布を気にして、毎年の誕生日プレゼント交換も卒業にしよう、と言ってくれ、外食もクーポンのお店に行きたいと、レベル落としてくれ、近く出会うときは、お弁当作ってきてくれました。
    離婚したけど、人に恵まれ、幸せです。

    ユーザーID:1627746661

  • 病気発覚後の友人の言葉

    当時30代の夫に癌が見つかった時、幸い早期発見だったのですが、多くの人が絶句する中、「見つかって良かったねー!」と言った友人の言葉に本当に救われました。「何で私の夫が」という思いが和らぎ、「治療に耐えうる体力のあるうちで良かった」と思えるようになりました。
    それからは私も、早期発見と聞いたら同じ言葉をかけるようにしています。

    ユーザーID:8380590380

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