亡くなった人の最期の言葉

レス39
(トピ主1
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心や体の悩み

みーたん

父が4月に肺がんで亡くなりました。
最期はあっという間に脳と肝臓に転移し、モルヒネで鎮静をかけられたまま、何の言葉も残さないであの世に旅立ちました。
言葉も残さないで亡くなってしまった父は今頃あの世でどう思っているのかなと思います。
何か最期を残したくはなかったのかと。
私と同じような思いをした方はいるのでしょうか?
ほとんどの方は、何かしらの言葉を残すと聞いています。

ユーザーID:4281971710

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  • 記憶に残る最後の会話を最後の言葉にしているのだと思う

    ひいおばあちゃん
    父方の祖父母
    母方の祖父母
    そして父を見送りました。

    思い起こせば、みんな亡くなる直前は意識不明で、トピ主さんの思う最後の言葉はありませんでした。

    でも、私にとっての最後の言葉はちゃんとあります。
    ひいおばあちゃんの最後の言葉は、私のほほをプニプニしながら「ああ、気持ちがいいねぇrinkoのホッペは」でした。
    3歳でしたけどハッキリ覚えていますし、母が私が覚えていることを知って大変驚いていました。
    後で聞いたら亡くなる3か月ほど前の会話だったらしいです。

    父方の祖父「お前は美人さんにんなるよ。じいじには分かる」
    父方の祖母「学校はいいのかい?うんとおりこうさんになるんだよ」
    母方の祖父(彼の写真を見せて)「じいちゃんの若い頃よりちょっとだけ男前やけん、大事にせんばね」
    母方の祖母(病気で弱気な祖母にひ孫の顔を見てと励ました時)「数せんば当たらんとよ〜旦那さんに頑張ってもわらわんばね」(超絶赤面)

    そして父「〇〇君(旦那)は俺よりも大分マシなはずだ。もう少し優しくしてやれ。愚痴もほどほどにな」
    母には」「すまん、もう無理」(この言葉で緩和ケアに切り替えた)
    その後はYESNOの意思表示がせいぜいでした。

    亡くなる直前に何か言葉を残すってことは案外無いと思う。
    その随分手前で意識がなかったり会話不能になっている事の方が多いように思います。

    ユーザーID:3485761524

  • 残しませんよ

    お父様のことご愁傷様でした。
    看病するまもなくあっという間のお別れというのは家族にとって覚悟も何も出来ずとても辛い物ですよね。
    しかし、本人は病で苦しみもだえることも無く自分がこれから死ぬのだと思う恐怖も無くすっと往生されたのです。
    およそ理想的なお迎えかと思います。

    最後の言葉と言うことですが大半の方は残されないと思います。
    そもそも患者本人は生きようとしているのです。
    最後があっという間だった人は特に。
    自分がここで意識を失ったら次はもう目覚めないかもしれない‥と覚悟出来る人は少ないと思いますよ。

    私は両親と死別しています。
    母は脳梗塞で意識を失う直前まで普通に会話をしていました。
    文字通り眠るように逝きました。
    本人も身の上に何が起こったか分からなかったのでは無いかと思います。
    父は病気で入院中に。
    それでも意識を失う前までは普通に会話をしてました。
    明日またお見舞いに来るからね。
    おお、すまんな。
    それが最後の会話でした。
    その直後様態が悪くなりトピ主さんのお父様と同じようにそのまま母の元に行きました。

    そんなものです。

    ユーザーID:7756838293

  • お悔やみ申し上げます。

    大切なお父様が旅立たれたとのこと。
    心中お察しします。

    私にも癌や突然死などで亡くなった親族はおります。
    肉親とは違えど親のように慕った祖父母や叔父叔母、とにかく人の死というのは辛いものです。

    お悔やみ申し上げます。



    さて
    トピ主さんの言う最期の言葉というのは
    遺言のようなものと思ってよろしいですか?

    そういった意味では私の周りでは
    最期の言葉というのはありませんでした。

    「亡くなる前に話した言葉ってあれだったよね」というものはありましたが、
    例えば入院生活の長かったものは「水…」だったり、事故で亡くなった者は、その事故が起こる直前の「それじゃぁ、お疲れ様でした」だったり。

    それを最期の言葉とするのであれば、トピ主さんも調べればわかると思いますよ。

    ただそれが最期の言葉かと言われると、私は違うと思います。



    亡くなったお父様の、思い残した思い知りたいのですよね。

    お父様は転移が多かったようですから、ステージ的にはいわゆる末期だったと思います。
    特に肺癌でのそれは、あまり延命は見込めません。

    そういった患者さんは、言ってしまえばいつ何が起こるかわからないものなんです。


    それを知っているか知らないかでも、お父様との向き合い方は変わっていたかも知れませんね。
    トピ主さんの求める「最期の言葉」を引き出せたかも知れません。


    恐らく、ホスピスに入ってゆったりと末期を過ごせるような状態でもなく
    でもきっとご本人もまさか…と思っていたことでしょう。


    人の命は1本の糸。
    繋ぐか切れるかの1択です。

    切れてしまった以上何もできないし何もわからない。



    ただ生前のお父様に思いを馳せて、求める最期の言葉を紡いでいくしかないです。
    よく言う「お父さんならこう言う」っていうのは、そういうものです。

    気を確かに。
    ご無理なさらず。

    ユーザーID:8827201329

  • 残さない人の方が多いのでは?

    私の両親ともガンで亡くなりましたが、いわゆる「最期の言葉」というのはありませんでしたよ。最期はやはりモルヒネでほとんど寝たままでしたので。

    イメージしておられるのはドラマなどで見ている「今までありがとう、お前たちが居て幸せだった…」みたいな人生の総括やお礼の言葉では無いかと思いますが、あれはあくまでもフィクションの話。

    多くの方が最終的には意識の無い状態に陥って亡くなると思いますし、その前も半覚醒のような状態が続いて会話があまり出来ない、という方が多いのではないでしょうか。

    だからもうすぐ自分死ぬことを自覚・覚悟して、改めて「意識がはっきりしている今のうちにみんなに何か伝えよう」という強い気持ちがある方は言えるかもしれませんが、大半の方はそうと分からないうちに意識レベルが低下してしまうのではないかと思います。


    だから私の両親の最期の言葉は特にありませんが、その代わりガンが発覚した後に会話している中から、きっとこれが両親の想いだろうとこちらがくみ取るしかありません。

    例えば父は「やりたいことはだいたいやった」と言っていたので、まあまあ満足のいく人生だったようですし、母は「孫の大人になった姿が見たかったなあ」と言っていたので姪の事が心残りだったでしょう。私に料理道具を持って行くよう何度も言っていたので、きっと母の味を私に受け継いでほしいと願っていたのだと思います(残念ながら全然できませんが)。

    お父様との会話や過ごし方を思い出せば、きっとお父様の想いの片鱗は見つけられると思いますよ。

    ユーザーID:8828407014

  • 今まで言葉を残した親族はいません

    祖父→認知症の末昏睡状態になり亡くなる
    祖母→病院で検査中に容態が悪くなり意識不明になり死亡
    父→夜中に脳梗塞を起こし朝には死亡していました
    母→認知症で寝たきりになり亡くなりました
    叔父や叔母も同じです。

    明確に、遺言を示した親族は誰もいませんでした。

    ユーザーID:7793294450

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  • 病院でそういう風に亡くなる人はとても多い

    癌の全身転移は苦しい。
    話す気力が無いくらい。息も絶え絶えで。
    モルヒネを使って痛みが和らいで苦しみが緩和されてお父様は救われた思いだったかも。
    モルヒネ使ってなくても、亡くなるときは意識レベルが低下していって話せないまま亡くなる人も多い。
    生きていた頃の言葉、思い出、生き様を大切にして下さい。

    ユーザーID:7082484413

  • うちも

    うちの父も癌で亡くなりましたが、モルヒネでうとうとする時間が長くなり、意識が戻らなくなったまま最期を迎えました。
    なので、特に言葉は残してないです。

    ユーザーID:6294523766

  • お悔やみ申し上げます。

    トピ主さんにしたら寂しい最後になったと思います。

    何か言い残す事はなかったのか……
    伝えたいこと
    別れの言葉も言えずに亡くなったと思うと辛いですよね。

    私事ですが
    父は朝起こしに行くと亡くなってました。
    前日まで元気にしていたので
    起こしても起きない父にビックリして
    母に[起きない!]って言った日の朝を
    今でもハッキリと覚えています。
    母は特養のお世話になってましたが
    早朝の電話で亡くなったと伝えられました。
    奇しくも前日に兄妹で厄除詣りに行き その帰りに特養の母を見舞い
    厄除け破魔矢を母に持たせ4人で写真を撮っていました。

    両親共に予期せぬ旅立ちだったので最期の会話はありません。

    でも、二人とも
    本当に眠るように亡くなった(と思える)ので
    安らかな顔をしており
    その最期の顔が全てを物語っていると思えました。

    トピ主さんのお父さまは
    痛みが薬で和らいでいるうちに 安らかに旅立たれたと思いませんか?

    お空の上から
    [みーたん 健康で幸せな生活を過ごして行きや。 今までありがとう]
    って声が聞こえる時が来ると思いますよ。

    ユーザーID:7896082005

  • 祖父の最期

    お父様のご逝去、辛い思いをされましたね。ご愁傷様でした。
    私の96歳で亡くなった祖父は、夜中に眠っているうちに突然死しました。朝、祖母が起きて冷たくなっているのに気づきました。ですから当然最後の言葉は残していません。
    このような例は結構あると思いますよ。
    あの世への旅立ちに際して、遺言できるのに越したことはないですが、静かに旅立たれたことに納得して、ご冥福をお祈りしてさしあげてくださいませ。

    ユーザーID:7476413216

  • 最期っていつをいうのかな。

    亡くなった方の、生前のすべての言動が、その方の最期の言葉なのではないでしょうか。

    ベッドの上で、何か残す一言だけが最期の言葉なんでしょうか。

    その方が、どう生きてきたか、それで十分だと考えます。

    ユーザーID:4070954171

  • 実際とドラマは違う

    ドラマのように最期に手を握って言葉を発して亡くなったり、涙が零れ落ちていき途絶えたりっていう事は、あれは 本当の癌の患者を診てない人が作ってるからだと思います。

    癌で大切な人達を何人かみてきましたが、最期は本当にみていてつらいもの。
    耳だけは最後までよく聞こえるといいますから、こちらのいう事は聞こえて 脳に伝わっていると思いますが、患者さんの気持ちは 「元気がまだあるうちに」しかこちらには伝えられないと思います。

    その時に話したこと、または患者さんが書き残したことなどが「遺言」になるのかなと思います。

    ユーザーID:5582682292

  • 病気で亡くなるなら話せないことが多い

    お父様のこと、お悔やみ申し上げます。

    最期を臨終間際だけと思うならば、言葉を言い残すことができる人は少ないかと。病気を患っていたら、なおさら難しいと思います。

    ですが大事なのは、臨終間際だけではないと思います。
    病気以前からのお父様との思い出の中に、たくさんの愛情が散りばめられているはずです。
    教えるべきこと伝えたいことは、すでにトピ主さんに話していたから何も仰らなかったのではないでしょうか。

    ユーザーID:6910199554

  • 義母の最後の言葉

    義母が亡くなる5日程前にお見舞いに行った時、私に、「ありがとうね みんな元気でな、元気でな」と何度も何度も言ってくれました。私も いつも優しくしてくれてありがとうね と伝えると涙がでました。私が病室から出る時、頭だけ起こして、手をずっと振っていました。 後ろ髪ひかれるおもいでしたが、
    その時は、そんな急に亡くなるなんて思ってなかったのですが、5日後突然で、間に合いませんでした。主人は、もうほとんど喋られへんかったのに、お前が来た時、すごい喋ってたからびっくりしたと言っていました。
    主人とは、時々 ケンカして、義母の昔の事で嫌だった事とか文句を言ってしまいますが、
    今このレスを書いていて、義母の優しさを思い出しました。

    ユーザーID:6750472418

  • 生前葬を計画中です

    そろそろ終末期プランを実行段階に移す時期に入って来た年齢です。

    持ち物の整理を始めていますが、なかなか進みませんね。
    お墓は、今年「ガーデン墓」を契約しました。不思議な物で逝き先が決まると気持ちが落ち着いて来ます。

    葬儀については、近い内に「家族葬的生前葬」をしたいと思っています。この夏に実行する予定でしたが、コロナで子供達が集合できないので、延期しています。

    過去に亡くなった方達のことを考えると、いろいろ伝えたかったこと、言い残して置きたいこと(聞いて置きたかった)が沢山あったのではないかと思います。

    個人的には、残された人達に残念感がないようにとの思いですが、自己満足かもしれませんね。

    親から聞いて置きたかったこと、持ち家の管理や処分のこと、多くもない遺産のことなどなど、沢山の事務管理的なこともありましょぅ。意外ですが、ルーツを教わっていない方が多いのではないでしょうか。親が亡くなるとルーツの確認が難しくなります。

    言葉を残すとしたら、「みんなのお蔭で幸せだったと」元気なうちに話して置きたいと思っています。
    母親は、長年“短歌”を嗜んでいたので「歌集」を残してくれました。母の想いが詰まっています。

    ユーザーID:0353682199

  • いいトピですね

    私も末期癌で亡くなった母が最期の言葉を残さなかった、と思っていました。
    言って欲しい言葉もありました。

    でも皆さんのレスを読んで、残さない人の方がむしろ多いんだってことが分かりました。
    私の母も最後モルヒネを使っていました。

    そう考えると、モルヒネを使う前・使った後も幾つもの言葉や会話、表情、しぐさはあって、それは、充分に母の最期の言葉やメッセージ、思いの数々だったんだと分かりました。

    どなたかのレスに、その人がどのように生きたかが大事、とか、その人が生きていた時の言葉を思い出してあげてください、と言った内容のものもありました。

    それらの生き方や言葉を思い出すと、愛情や思いやりの本当に善い人だったことが良く分かります。
    私を可愛がってくれました。

    あ、あと最後まで生きようとしているんだから、最期の言葉をドラマみたいに言ったりなんかしないと言うレスもその通りだと思いました。

    母も最期まで生きようとしていました。

    また、正式な遺書ではありませんが、母が死を思ったのであろうとした時に書き残した優しいメッセージもあります。

    どんな気持ちで書いたのだろうと想像すると涙が出ます。

    このトピを立ててくれたトピ主さんと、レスをたくさん寄せてくださった皆さんに感謝します。

    ユーザーID:8235247748

  • 私の父の場合。

    父は55歳で大腸癌のため亡くなりました。
    最期は、勿論モルヒネを投与されていましたが、最後の言葉ありましたよ。
    母、兄、私の家族3人に向けて、幸せだったと言ってくれました。また、私と兄には、よいパートナーを見つけるようにと言って息を引き取りました。病室では、今までお互いに、口にしたことがない、愛してるよという言葉も言い合いました。
    モルヒネで幻覚が見えていたようで、意味のわからない言葉も発していましたが、最後の数分は意識もはっきりしており、残りの力を振り絞って伝えてくれたのだと思います。

    ユーザーID:8049113073

  • 亡くなる時は何も言わない

    人がほとんどではないですか?
    父母とも亡くなる前は無言でしたから、テレビドラマのように手を握って何かしゃべりながら、ガクッと亡くなるなんてほぼないのでは?
    こう言ってはなんですが、喋る元気があるうちはまだ大丈夫だと思いますよ。痛いだのなんだの騒いでられるうちは元気だと思います。

    それに母の時は、容体がおかしくなった途端、病室から出てくださいって言われました。何分かして病室入ったときは、何時何分ご臨終ですと言われました。

    ユーザーID:3873461446

  • 拝みながら亡くなる

    女の方に多いような気がします。
    祖母も叔母も友達のお母さんも亡くなる少し前から「ありがとう」と両手を合わせるようになりました。
    そして亡くなる日も両手を合わせて
    「ありがとう、ありがとう」と言って亡くなりました。
    男の方に多いと思うのは、亡くなる少し前から怒りっぽくなったこと。
    ずっと温厚な性格だったのに。
    舅や友達の舅がそうでした。
    亡くなる時は、「苦しい」と怒ったように、うなされたように言って亡くなりました。
    ずっと怒るのを我慢して家族の為に働いてくれたんですね。
    思い出すと涙が出ます。

    ユーザーID:6975179309

  • 残しませんでした

    父には病名もはっきり伝えなかったので
    本人は退院するつもりで話をしていました。
    痩せてメガネが合わないから、作り直しに
    行きたなぁとか。
    そうだね、退院したら行こうね。なんて話して
    ましたっけ。

    亡くなる前は、かなり呼吸が苦しかったみたいで
    苦しい苦しいと、、、見ていて辛かったですが
    特に家族に対しては何も言い残しませんでした。

    本人は自分が亡くなるなんて、思ってもいなかった
    のだと思います。

    ドラマのように言い残す事ができる方って
    どれほどいるのでしょうね。
    私は是非言いたいです。
    大好きな人に「あなたと居られて幸せだった」と。

    ユーザーID:0818655233

  • うちの父もです。

    2年前、やはり肺がんで、脳と肝臓、骨あらゆる所に転移して、癌と診断されてから20日で、息を引き取りました。84歳と高齢で、苦しむ治療は望まず、穏やかな最後を迎えて欲しかったので、モルヒネを打ちつつ、自然と亡くなるようにお願いしました。やはり最後まで意識は戻らず、何の言葉も残しませんでした。モルヒネを、辞めると意識は戻りますが、激しい傷みや、不安感が、父を襲うとお医者様から説明があったので、敢えてしませんでした。穏やかな顔で亡くなったので後悔してません。父はあの世で見守ってくれていると思っています。

    ユーザーID:0624363389

  • 残されたら残されたで辛いものです

    私は幼稚園時代に母と死別しました。
    彼女は実家で亡くなったので、枕辺には近しい者たちが沢山集まっていたように覚えています。
    小さな娘を残して旅立たねばならなかった母の心残りは大変なものだったようで、最期の最期まで私のことを心配していました。
    そんな彼女の最期の言葉は
    「匿名ちゃん、さようなら」でした。
    幼稚園生の記憶ですからあれホントだったのかな?と疑ってもいましたが
    母の姉(伯母)もその場にいて、「さようなら、って言って逝ったものね・・」
    としんみり話していました(最近のこと)

    でもそれはそれで辛いです。
    幼稚園生ですから親孝行なんて何もできていません。
    みーたん様のお父様はモルヒネの鎮静で言葉を発することはおできにならなかったかもしれませんが、娘さんの手厚い看病と思いの中で感謝して旅立たれたのではないだろうかと思います。

    母に育ててもらいたかったな・・・
    さようなら って言われても幼稚園生には意味がわからず、でした。
    霊感もないのであれから何十年も経ちましたが母は夢にも出てきません。

    こちら側にお父様がいらっしゃった間はあまり意思疎通がおできにならなかったかもしれませんが、きっとお父様はみーたん様という親思いの娘さんのことを誇りに思い、あちらから見守ってくださっていると信じます。
    聞こえる言葉としては残されなかったかもしれませんが、思いはたくさん残して行かれたのではないでしょうか(心残りという意味ではなく、感謝や愛情の心)

    そして、鎮静かけられて逝く方が多いのなら、最期の言葉は残す状態にならないでしょうから、みーたん様のような思いをしておられる方は多いと思います。
    (私の母はがんではありませんでした、当時は原因不明の病気でした)

    ユーザーID:2548104046

  • ほとんど?

    >ほとんどの方は、何かしらの言葉を残すと聞いています。

    私の実感では、あなたが思うような最期の言葉は残さない、
    残せない人のほうが多いと思います。

    あなたの周りでは、最後の言葉を残す人が多いとのことですが、
    それは、例えば、誰かが、
    「あれが〇〇さんの最期の言葉だったわ」とか言うからですか?

    だとしたら。

    考えられることとして、発言者が、
    「今すぐ死ぬわけではないけど、いつ喋れなくなるかわからないから、
    今のうちにお礼、自分の人生訓などを残しておこう」的なものであり、
    本当の意味の最期の言葉(発語)ではなかったり。

    また、聞き手が、後になって、
    「思い返してみれば、私との会話では、あれが最期の言葉だったわ」
    というようなものを最期の言葉と言っているだけだったりしませんか?
    こっちの場合は、お礼や人生訓的なものではなく、
    「暑い」とか「そうか」とか。
    発言者もこれが最期だと思って言った言葉ではなく、
    実質それが最期の発語だった、みたいな。

    私の両親は健在ですが、
    祖父母以上の先祖、叔父叔母は既に何人かなくなりました。
    ですが、彼らの最期の言葉を一つも覚えていません。
    メッセージ性のある言葉を言われたことがないのと、
    誰に対しても「これが最期かも」と思って対峙してなかったので、
    何が最期かもわかりません。

    私の人生経験上、本人の思いを残したのは2人だけ。
    「今思えばあれが最期の発語だったな」系が大半では?と思います。

    ユーザーID:9446061222

  • 「最後の言葉」の受け取り方

    最後の言葉を残す」と聞けば、その人が死ぬ直前に残す言葉だと勘違いしがちです。そんなことはありません。「それが、その人が私に対する最上の言葉になって受け取れるようになった」という意味です。

    文面から察するに、あなたが生まれてこの方、父があなたに対して多くの言葉を残していたはずです。その言葉の多くは、あなたにとっては耳が痛いものばかりだったのではないでしょうか?

    もしかしたら、あなたは、その時の父の言葉を受け取ることが出来ていなかったのかもしれません。父が亡くなった今、あらためて生前の父が、あなたに、どんな言葉をかけていたのか、思い出す時です。

    生きていた時に言われた言葉の意味は、言われたその時には気づかなかったが、亡くなってから初めて気づくということがあります。

    例えば、父があなたに「姥桜」になりなさい、という言っていたとしましょう。その時のあなたは、それは「何か醜いもの」をイメージしてしまい、父の言葉を素直に受け取れなかったことと思います。

    しかし、父が亡くなってから、改めて、それはどんな意味だったのかが気になり調べていくと、自分が受け止めていたのとは真逆の意味であることを知ります。

    辞書で調べれば、「姥桜」とは「年を重ねても綺麗な女性」と言う意味です。父があなたに「年を重ねても綺麗な女性でいなさい」というメッセージを残していたことに気づくのです。

    今こそ、父の生前に、父があなたに告げていた言葉を、改めて思い起こす時です。その多くの言葉の中に、あなたの心の奥にずーんと染み入っていく意味合いのものがあるはずです。それが、父があなたに残した「最後の言葉」になるのでしょう。

    の「最後の言葉」とは、あなたのこれからの人生にとって「最上の言葉」、それは、つまり、あなたにとって「座右の銘」になるのではないでしょうか。

    ユーザーID:7206527191

  • 死に目にさえ会えていません。

    私が1歳の時に父病死なので知らないですし、21歳の時に2歳上の姉が交通事故即死、35歳の時に母親がスポーツジムでクモ膜下で即死状態、なので家族3人には死に目にも会えていないので、最期の言葉もないです。
    還暦で夫も私が不在中に急死しているので死に目にも会えていないのでかなりの心残りなんです。

    ドラマのように言いたい言葉を残して死ぬなんてあるんでしょうか。

    亡くなる前に会って話した言葉が最期の言葉になるんだと思いますよ。あれがそうだったんだと。

    ユーザーID:0816079624

  • 母も残していない

    うちの母も何も残せず亡くなりました。
    もう20年以上前のことなので、癌の告知もされず自分が死ぬことすら知らなかったと思います。
    癌の手術をしてから2年(本人も父以外の家族も皆他の病気だと伝えられてた)、再発から3週間弱であっという間でした。
    入院して1週間後からモルヒネでほとんど意識が朦朧としていたようです。
    ようです、というのは、当時その状況でもわたしは癌だと知らされておらず、高校の帰りに母の病室に寄って母と普通に会話していたからです。
    後から祖母達から「あなた(私)が来た時だけは意識がしっかりして普通に喋ってた。母親の愛情だねぇ。」と聞かされました。
    その後亡くなるまでの5日間ほどは意識が戻らず、その段階になって初めて母が癌でもう危ないと知らされました。
    母も私も知ってたら、意識がしっかりしてた時に何か話せたかもしれませんが、そこについての後悔はないです。
    普段から会話は良くしていたので。
    それにどんな状況でいつ亡くなっても、特に母はまだ40代前半でしたし、思い残したことややりたかったことは沢山あっただろうと思うので、わたしはそれ思いを馳せながら自身の人生を生きようと思っています。

    今年、私は母と同じ年齢になり、娘は当時の私と息子は当時の弟と同じ年齢になりました。
    日々幸せに生きているので案外ここまでの自分の人生に満足しています。
    やりたい事は色々ありますが今人生が終わっても特に後悔はないかな。
    ただ、子供達のことだけが心配なのと、自分が母が死んでから寂しくて事あるごとに「母が生きていてくれたら」と思ってしまうので、子供達に同じ思いはさせない、母が出来なかったことをする、と思いながら生きています。

    ユーザーID:7063501422

  • 住職さんの言葉より

    58才のおばさんです。住職さんから言われた言葉ですが・・。

    親が亡くなった後に「もっと○○してあげればよかった△△してあげればよかった…」と思う人は、実際には○○、△△を十分親にしてあげていた人が思う感情だそうです。

    なので、お父様が何の言葉もなく逝かれたのは、トピ主さんに対して「何も残す言葉が無いくらい優しくしてもらいこれで十分んだよ・・」そう言われていると思います。

    私も1年前、前日まで元気だった父を翌日急に亡くしました。

    その住職さんの言葉にとても救われた気がします。

    いつか自分もあの世に行くでしょう。

    その時にお父様に聞くのを楽しみに頑張んばってみませんか。

    ユーザーID:4918237763

  • 伝えたかったこと

    たぶん多くの親は、教育的な観点で子供に伝えたいことは、おおよそ高校卒業(遅くとも二十歳)までには一通りのことを教え込んでいると思います。だから、いまわの際に改めて伝えたいことなんて、そうそうないと思います。
    家族に対する感謝の気持ちもあったと思います。それとて生きている間に、ことあるごとに何らかの形で返していると思いますよ。
    私もそうですが、人間50、60過ぎた頃には、人生でやりたかったことは大体やりきった感(やれなかったことはそういう運命だったという諦めも含め)があり、もういつ死んでもいい、という覚悟のようなものが出来ていると思います(男性と女性では違うかも知れませんが。)お父さんもきっと、人生を全うし、家族に囲まれて幸せいっぱいに逝かれたと思います。最期の言葉を遺されていなくても、お父さんの伝えたかったことは、きっとあなたの心にしっかり根付いていると思います。

    ユーザーID:0386947076

  • 最高の人生の見つけ方

    私も昨年肺癌で父を亡くし、父が亡くなる前にどんな気持ちでいたのか、そして今現在どこにいるのか、幸せなのか、ずっと気になっていました。
    先日、暇なので偶然見た「最高の人生の見つけ方」という映画に答えを見つけた気がして、救われました。
    父があの世で幸せに暮らすために私が出来ることは、私が楽しく生きる事しか無いんだという考えに至りました。
    余命わずかのおじいさん2人が旅をするお話ですが、主演のおじいさんが父ソックリだったのも泣けました。

    ユーザーID:0680325161

  • 最後に会った時の言葉

    意識が途切れるまでに遺した言葉が最後の言葉なので、お元気な時に話された言葉をその言葉だと思われれば良いと思います。
    私の場合祖父が遺した言葉は、「勉強なんか出来んでも良いから優しい女の子になれよ」でした。小学生だった私の行く末に対する助言で、今でも名言だと思います。
    父の最後に交わした言葉は、帰省していた私に午後から春嵐が来て電車が止まるという前に、「早く帰った方が良いよ」と話した言葉でした。足止めもなく家に帰れました。その翌日、穏やかな春の日に父はあの世に旅立ちました。

    速く帰れ父の言葉や春嵐

    母の時は、携帯で話した、お粥を食べて今夜は休んだらと言う言葉に頷く、そうするでした。

    意識があるときに交わした最後の言葉で良いと思います。それが最後の親のあり方だと思います。

    ユーザーID:4413381848

  • 最後の言葉・・・

    母は意識不明のまま、亡くなりました。


    父は主様のお父様同様、モルヒネで意識混濁の中亡くなりました。

    二人とも何もありません。


    ただ、父が亡くなる数日前に朦朧とする中 私の名前を呼んでいました。
    その声が10年以上経っているのに 忘れることが出来ません。

    最期の言葉・・・あればそれなりに引きずってしまうような気もします。

    お別れは心の中で・・・
    私はそれでいいと思っています。

    両親には伝わっている と思うから。

    ユーザーID:4304377205

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