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末期がんの叔母

レス5
(トピ主 0
🙂
ちー
ひと
末期がんの叔母が居てるのですが 今年の正月もしんどがってたけど ソファーに座って、話す事は出来たのですが、先週から寝たきりになり 自分でトイレにも行けなくなりました。 左手…左足は血が巡ってないのか 青紫になり、痛い痛いと言います。 いつまでこんな苦痛が続くのかと 本当に可哀想になります。 今日も私が来たよ!と言うと 頷いてくれました。 耳はちゃんと聞こえてるそうです。 こんな状態から急変する事ってあるんですか?すぐに行ける距離じゃないので 心配でしかたないのです。

トピ内ID:4f54a79e870557b5

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有るとは思う。

🙂
暇蝦
なのですぐに駆けつけられる準備(物心金銭全て)をしておくべきだし、あまり言いたくありませんが万一の時の準備も必要だと思います。 昨年9月末に私は父を亡くしました、急性骨髄性白血病、入院から26時間位で息を引き取りました。全く何も準備出来ず、親族は誰も臨終に立ち会えず、たまたま同じ病院に入院していた母に私が電話して死亡直後に会いに行き、連絡から30分ほどして駆けつけた私の目の前で医師が死亡診断を出しました。その時私は信じられない思いと、こんなにも呆気ないのかと呆然としていました。 トピ主さんにはまだ叔母さんとの時間が残されています、だから可能な限り悔いが残らないようにして、そしてしっかりと準備しておくことをお勧めします。

トピ内ID:ecfad130d2fc4ba3

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お優しいですね

🙂
めろん
叔母さんのこと、そこまで心配するなんて、優しい姪御さんですね。 きっと叔母さんは嬉しいです。 そのあなたの気持ちだけで叔母さんは幸せなはずです。 私は子供がいないので、なんだか将来の自分と重ねてしまいました。 私がもっと年齢を重ねて、病気になったり、弱ってきた時に姪達があなたのように、心配してくれるかな、と。 もし、あなたのように会いに来てくれたら本当に嬉しい。

トピ内ID:ff9748c5cddfcacf

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がんって最後は急転直下です

🙂
優しい姪御さん
・実姉 亡くなる40日前に会ったときは元気で普通に生活できていました ・実父 亡くなる1ヶ月半前までは同じく それまで元気でも、だいたい亡くなる2か月くらい前からガクッとくることが多いそうです。もしトピ主さんに余裕があるならホスピスか緩和ケア病棟に入れて差し上げてください。 無理なら叔母様のお住まいの福祉課に問い合わせるか、地域包括センターに問い合わせて諸々行政にお願いする。訪問診療の体制を整えてくれると思います。 または叔母様が通院している病院にがん相談支援室があれば、そこに相談する。電話で大丈夫です。 別居で遠方なので、と言えば、電話でもいろいろ対応してもらえると思います。

トピ内ID:3374ce214efe6de1

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両親ともに時間がありました

041
ぷらぷら
私の場合、どちらも別れの時が近いと分かり、時間がありました。3ヶ月くらいでした。 親子関係は微妙でしたので、覚悟というほどのものは必要ありませんでしたが、できることはしたので後悔はありません。 急変は覚悟して、感謝など話しておきたいことがあれば話しておきましょう。耳は最後まで聞こえていると言いますから。 誰かがいてくれるという感覚は、きっとうれしいに違いないと思います。

トピ内ID:c806953edd845e9e

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肺がん末期だった叔母

🙂
海賊の妻
入院中、夜中にトイレに行こうとしてそのまま意識を失いベッドの下に倒れて、危篤になりました。その頃はコロナもなく、病院の看病には名前と時間さえ記入し、頂いた名札を首に下げれば病室に入れました。 もうほとんど意識が無く、看護師がタンの吸入にたびたび来てくれました。 叔母は3年余りの闘病生活でしたが、息子たちに見捨てられた形で私が看病していました。いよいよの時に、息子を呼んで通帳や、貴金属などをすべて渡して後いくらもないからお願いしてみたらと提案しました。 叔母は貧乏で病気ばかりしていたので、息子は自分の家庭を選んだのです。しかし実家は裕福だったのでそれなりの財産をもらいました。私は、お金目当てでもいいから最後は息子に来て欲しいと思いました。 「ごめんね。〇子ちゃん。叔母ちゃんこんなに世話になって何にもお返しができないまま死ぬね」と言われました。 本当に急な事でしたが、苦しまないように意識レベルを下げてくれたのだと思います。クリスチャンの叔母は牧師に臨終の祈りを受けて、最後の言葉を残して死にました。それは「ありがとう」でした。私の母が〇家の威信にかけてお葬式を出しました。大きな家柄なので日本中から親戚が集まりました。 貴女の叔母さまもいつこういう日が来るか分かりません。癌は脳に転移しますし、その場合は一気に意識を失う事もあります。 しかし亡くなる事は、悲劇ではなく永遠の安らぎかも知れません。私は、危篤になった叔母のために、最後に着せる物を売店で買いました。「72歳です」と言うと「早いねえ」と言うような会話をしました。 棺に納める時に上からかぶせるような着物が有ったら用意した方がいいですよ。 私の母は上品な紫色の着物を自分のために用意しました。 いつ何が有るかわからないのが癌です。

トピ内ID:03f4ec7f07eea97c

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