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作家中島敦が好きな方

レス9
(トピ主 4
🐱
まる猫
話題
彼の作品で「悟浄歎異」を読まれた方!いらっしゃいますか? この中の三蔵法師と孫悟空の共通点として悟浄があげている文の解釈はどのようにされていますか? 作品自体は角川文庫の「李陵・山月記」に収録されています。(私の持っているのは、ですが。) 文を引用します。 <それは、二人が生き方において、ともに、所与を必然と考え、必然を完全と感じていることだ。さらには、その必然を自由と看做していることだ。> 感覚としてわかるようで、でもよく考えるとさっぱりわかりません。 人生においてとても大切なことのような気がするのですが。 個人的見解でもちろん構いませんので、あなたの解釈を教えて頂けませんか?

トピ内ID:7606137625

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私流解釈

041
しあん
「悟浄歎異」、大好きです~。その前編になる「悟浄出世」も大好きですが、やはり西遊記メンバーが総登場し、その性格の解説まである「歎異」も素敵ですね。 私なりの解釈ですが、 「二人ともあるがままを受け入れ、あるがままであることに喜びも哀しみも見出し、そしてそれがどのように変化しようとも受け入れることができる」と解釈しています(正しいかどうかはともかく)。 とても仏教的な見方だと思います。いわゆる「色即是空」の思想に通じるのかなぁと。 個人的には八戒の描写が好きです。 あつものをフウフウ言いながら食べる喜び…う~ん、たまらない! 全く余談ですが、私のPCでは「孫悟空」「猪八戒」「三蔵法師」は一発変換なのに「沙悟浄」だけは「さごじょう」と入力しても「差ご状」と出てきます。 なんでやねん(岸部シロー風)。

トピ内ID:2254735933

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私も「悟浄歎異」大好きです!

041
みかん
しあんさん、ナルホド!と納得しました。 「悟浄歎異」で語られる孫行者は強く、自由奔放で、一方の三蔵法師はひたすら滅私の人。 そんな両極端な二人だけれど、悟浄は二人の底辺に同じものを見出したんでしょうね。 「悟浄出世」での、悟浄の「己の存在とは何か」の問いかけ。 「悟浄歎異」での、八戒の語るところの、生の素晴らしさ。 いろんな意味で目からウロコな2作です。 たかだか、短編2作なのに、本当に深いですよね。 中嶋敦氏が夭折しなければ、もしかしたらもっと続編が読めたのかも、と思うと残念でなりません。 なお私は自分のパソコンに、「悟浄」で辞書登録しています(笑)

トピ内ID:7447073229

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高校の現国の教科書で

041
でん
山月記に出会っていらい、大好きな作家の一人です。 「悟浄歎異」には大学入試の模試で出会い、 (これを試験問題にチョイスした某予備校はある意味凄い) 受験生のくせに模試の帰りに本屋に寄って、角川文庫版を手に入れたのは、 今となっては懐かしい思い出です。 改めて問われて考えてみると、 私はこの「必然」を「運命」と置き換えてもいいのかな、と思いました。 そうすると、「所与を必然と考え、必然を完全と感じる」ことはともかく 最後の「その必然を自由と看做す」のは凡人には難しいことのように思えます。 まあ、ここは悟浄が2人の異質な天才の共通点としているところなので さもありなんかと。

トピ内ID:3771181300

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トピ主です♪

🐱
まる猫 トピ主
しあんさん、みかんさん、楽しいレスをありがとうございます。 私のPCも差ご状でした。みかんさん、辞書登録までされているとは。 しあんさんに頂いた解釈によりますと、二人の共通点は言うなれば、「生きることへの完全なる肯定」ということでしょうか。なるほど~と感心いたしました。 後ろ向き(になりがち)な悟浄、すぐ逃げ腰になる八戒に比べ、二人はいつも困難に対して前を向き、それを当たり前と認識している風がありますね。 私もこの「わが西遊記」シリーズが大好きです。(ちなみに私はどうも悟浄タイプです。彼の自己嫌悪に引きずられながらの向上心に共感してしまって。) 他の話もないかと思っていたのですが、やっぱり二編だけなのでしょうか。残念です。 なお正誤を問いたいわけではないので、この話の大好きな方、他にもいらっしゃいましたら、我がの解釈で結構です。どうぞ気軽にレスをくださいませ。

トピ内ID:7606137625

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沙悟浄になる~

ほな
こういう場で気軽に意見を言ったり伺ったりするのはいいですねー。 まる猫さんに感謝します。 というわけで文字通りで面白くもない私の解釈です(中島敦はそんなにけれん味の あることをいう作家ではないはずだー、直球勝負!)。 『悟浄出世』で悟浄は「因果な病」にかかってます。「すべての物事を素直に受け取ることが」 できず、自己をも疑い、俺は俺でなくても良いのではないのか、と苦しんで旅に出ます。 与えられた世界や自分が必然とは考えられない悟浄、またそれが完全とは感じられない悟浄、 そしてその自分が自分であるということがとてつもなく不自由と考えている悟浄。 これの対照である二人、と考えています。 読む時のその日の気分や、たまたま頭に入ってる考えとかで、読み方が変わって 中島敦は本当に何遍読んでも楽しいです。今日は必然を「必ず然り」と読んで雰囲気 盛り上げてみました。

トピ内ID:3154472799

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この文は私も大好き

🙂
moto
こんにちは。ほかの方のレスは読んでないのでたぶんおんなじ解釈があるかもしれないけれど、私の解釈は 自分にふりかかったこと、不幸、不運、苦労をお日様が東から昇るのと同じように当然のこととと思っていること。そしてそれを引き受けるのが自分の役目だと考えていること。彼らは他人の立場をいたずらにうらやましがったりしないんだ。ということです。 私は中島敦の孫悟空が大好きです。理由はやはり”所与を必然と考えている”という人物像(猿像?)なのです。

トピ内ID:6266090028

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トピ主です2

🐱
まる猫 トピ主
>でんさん、レスありがとうございます。 「運命」と置き換えるとは・・・当妙な発想ですね。 なるほど~。 あとのほなさんに頂いた解釈にもそうですが、「沙悟浄から見た」というのがたしかに重要ですね。 「運命を自由と看做す」・・・普通、無理ですよね。人は運命にしばられる側でしかないと思いますもの。 この作品に模試で出会われたとか。 >これを試験問題にチョイスした某予備校はある意味凄い 同感です。きっと選者も中島敦のファンに違いありません(笑)思わず試験だという事を忘れてしまいそう。

トピ内ID:7606137625

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トピ主です3

🐱
まる猫 トピ主
>ほなさん、レスありがとうございます。 そうですよねー、悟浄から見た二人ですもんね。とても素直に受け取れる解釈です。 彼にとって「自分が自分であってよい」と受け入れることがどれだけ難しいか・・・ですよね。 私も中島敦のものすごくさばけた精神を持っているところがとてもとても好きです。 私の解釈のイメージなんですが・・・「私は他の生き物を殺生せずには生きられない、しかし自分を取り巻くあらゆる生き物に慈悲と尊敬の念を抱くことはそれと矛盾しない」という精神を二人が持ち得ていて、それはなぜかと言うと、<所与を必然と・・・>の一文がその答えである、という感じなんですね。 (すごく歪んだ見方だったら恥ずかしいな・・・。) そしてその「なぜなら」以降がうまく言い表せなかったのです。 皆さん、運命であり、自己肯定であり、その辺りに明快に捉えられていて、なるほどーと思っています。

トピ内ID:7606137625

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トピ主です4

🐱
まる猫 トピ主
>motoさん、レスありがとうございます。お礼が遅くなってしまってごめんなさい。 motoさんの「お日様が東から昇るのと同じように」という表現がとてもいいですね。私もそんな風に素直にすべてを受け入れられたら、と思いました。 私も(かなり悟浄的に)悟空に憧れています。 振り向かない、過去を語らない、でも経験したことはすべて体が覚えて実践している。凡人には無理かもしれないけど、それでも彼に学びたい気持ちでいっぱい。 三蔵様に付いて私も天竺まで行ってみたいです、ほんとに(笑) そう思わせてくれるのも、中島敦の解釈がとても素敵だからですね。

トピ内ID:7606137625

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