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「縁」という言葉の不気味さ

レス30
(トピ主 0
041
とら子
話題
小町でも「縁がなかったと思って諦めたら」というように縁という言葉がよく使われます。しかし縁とは一体何でしょうか。まるで「縁がある」=「前世からの繋がりがる」「見えない糸で繋がれている」というようにオカルト的なニュアンスで使われているように思うのです。オカルトな話題になると、科学的根拠がないというレスが多く付くのですが、縁のあるなしについては誰も縁とは何かという疑問を抱いていないように思われるのです。そしてこういう些細な言葉から、オカルトを否定しながらも心のどこかでは信じている人たちの不気味さが浮かび上がってくるように思います。

トピ内ID:2311526368

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気持ちの問題

041
ありばば
「縁がなかった」ということより「思って」が重要なんですよ。 縁があるか無いかなんて、そりゃ科学的根拠は有りません。 DNAレベルで解明されていない繋がりはあるかもしれませんが。 (先日、イギリスで生き別れの双子が偶然結婚したというニュースが有りました。) 縁の有無より、「そう思う」ことが大事です。 物事、特に確率に依存すること(宝くじ、出会いなど)は、最終結果を自分でコントロールできませんよね。 確率による幸・不幸でいつまでも一喜一憂していても意味がないので、縁の有無で気持ちの整理をつけているだけです。 と私は認識していますが、どうでしょうか?

トピ内ID:2785276045

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私なりの解釈

041
ぷるる
「縁」がオカルト的だ・不気味だと考えていると、そういったものにご縁が出来てしまうのではないでしょうか。 「縁」は幸せに繋がっているものだと考えていると、幸せにご縁が出来ると思っています。 ま、何でもいいけどね。 トピ主のような考え方も否定はしません。

トピ内ID:5994292695

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綺麗な言葉だと思います

🐤
ふゆ
オカルトとか不気味とか…まあ、そういうふうに考えるのはご自由ですが。 袖擦りあうも他生の縁……出会いはただの偶然かもしれませんが、それを一期一会として大切に思うということ。森羅万象の流れの中で生かされている自分、その限られた生の中に、かけがえのない出会いがちりばめられていることへの感謝。そういう心持ちの問題ではないでしょうか。 私は綺麗であたたかい言葉だと思います。 偶然でしかない小さな大きな出会いが、かけがえのない光を放つ、それが人生の素晴らしさだと思っています。

トピ内ID:6166681503

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縁は異なもの味なもの♪

🎶
春風希望
主さんは、オカルト的なニュアンスで・・・と書かれていますが 『縁(えん/えにし)』とは、仏教の言葉です。 私はその言葉に「不気味さ」より「暖かさ」を感じています。 受け捉え方によって、ずいぶん違うものだと思いました。 信じるとか信じないとかは別として。

トピ内ID:6812270266

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あなたに非はない

🐤
思い思い
「縁がなかった」=「誰にもどうすることもできなかった」「あなたに非はない」という意味でしかないと思います。 オカルト云々と捕らえている人がいるとは思ってもみませんでした。 「あなたに非はないよ」と『非』という言葉を使われると、「あぁやっぱろどこか(誰か)に『非』があったのでは・・・」と落ち込む人もいるかも知れませんが、ここで「縁がなかった」という言葉で、「誰にも、どうすることもできなかった」と言っているのだと思います。なんとなく「思い通りにいかなかった」に近い言葉かと。 人が死んだ時、「たんぱく質の塊が燃えて跡形もなくなくなっただけ」とは誰も言いませんよね。「きっとどこかで見守っていてくれてるよ」と慰める言葉に「オカルトか!」と突っ込まないのと同じ、ヒトとしての『優しさ』の言葉だと思いますが、いかがでしょうか。

トピ内ID:2999445375

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努力の及ばない世界での「諦念(あきらめ)」。

通りすがりの旅人
 自分と相手の気持ちが合うか合わないか、そして周囲も含めた人間関係の中で自分と相手の仲が成就するか否かは、あくまでも相手の判断に委ねられたことです。自分がどんなに思っていても、どのような結果を望んでいても、結局は最終結論を出すのは相手なのです。相手の心を意のままにコントロールすることは出来ません。  それを「前世からの繋がりがなかったから」と言っても「縁がなかったから」と言い換えても結局は同じこと。相手の心を操縦できない我々としては、どこかで「諦め」をつけなければ次のステップには進めません。  「縁がなかった」は人間の努力が及ばない、「人の心の不確かさ」「他人の心を制御できない不可能さ」に直面した時の、気持ちの切り替えの為の知恵なのではないでょうか。「縁がなかった」という言葉で、人は悲しみながらも心に整理をつけ、また新しい希望を持つことが出来るのです。  私は「縁」という考えから、オカルトとか不気味さという印象は一切受けません。むしろ長い歴史の中で先人が作ってきた人間の深い知恵を感じます。

トピ内ID:2887883098

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気持ちわかります。。

🐴
はるな
なんか、タイミングとかハプニングとか そういうのが大切なのはわかるのですが、 「縁」で片付けられてしまうってのがなんか 悲しかったりすること、あります。 「縁」ということで、それまでの努力とか育んできたものとか そういうのを有無を言わさず否定する感じがあって 私は単語のひびきが嫌いです。 それとも「縁」とやらを信奉できていない自分、 そういうすばらしい「縁」に出会えていない自分が 劣っているのかとも思います。 よい、慰めの言葉のかもしれないのですが。 つきあって2ヶ月のデキ婚の友人、 学生時代からつきあって5年の彼とゆっくり結婚を考えようとした自分。 友人に「「縁」だったんだと思う、はるなもタイミングだよ!がんばってね~」 とか 言われた私はなんか、悲しかったです。 私たちが大切に育んでいるものまでその「縁」とやらの前に否定された気がして。 私は間違ったことをしているつもりはないのに。

トピ内ID:4301791497

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縁=タイミング、相性

041
みそ
私は「縁」という言葉は「タイミング」「相性」というかんじで捉えています。 欲しいものがあったけど、ちょっとしたタイミングで買いそびれてしまったとき。 最初はいい感じで付き合っていたけれど、少しずつうまくいかなくなって会わなくなった人。 そういうときには「縁がなかったんだな」と気持ちを切り替えます。

トピ内ID:5395757382

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別にいいんじゃないの?

🐶
短命二郎
トピ主さんが「不気味」と表現するモノを僕は「面白い」と表現します。 ロボットやプログラムではあるまいし、そういう矛盾があってこそヒトなんですからね。 大体、皆が完全に合理的で間違いを犯さず、全てが効率的だったら、これほど無味乾燥なものはありませんからね。 飛行機を運用する場合を除いて。

トピ内ID:4604290174

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それは因縁というものでは?

041
陽花
縁がなかった=対象との間に強い絆を持てなかった そう解釈しています。 わたしにとって「縁」は「きずな」や「よしみ」、または「ゆかり」、「かかわり」です。 「縁」に宗教・オカルト的な意味合いを想起した事はありません。 またそのような使い方をしている人にも出会った事はありません。 縁のありなしに前世を想像なさる方がいらっしゃったことが、新鮮な驚きです。 とてもユニークな考え方だと思いました。 とら子さんのおっしゃる「縁」はわたしにとっては「因縁」や「宿縁」ですね。 そして「因縁ならないほうがいいなあ」と思いました。 たしかに因縁・宿縁ならオカルト的な気持ちの悪さを感じますね。

トピ内ID:0295990817

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考えすぎ

041
みけこ
「こういう些細な言葉から、オカルトを否定しながらも心のどこかでは信じている人たちの不気味さが浮かび上がってくるように思います。」ってこの考え方の方が、大袈裟すぎて怖いです。 「おはようございます」と言われて「別に早朝じゃないけど」とか、「ごめんなさい」と言われて「許せよって命令形なの?」って思います? 「こんにちは」=今日は?なに?「さようなら」=それでは?どうするの?って。 …もっと気楽に生きましょう。

トピ内ID:1767020608

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悪縁という言葉

😒
あんころもち
縁というと、良縁ということばをまず連想される方も多いと思います。 でも、私は「縁は縁でも悪縁」と思うこともしばしばです。 詳しくは控えますが「絶対良縁!」と連呼した義母の顔とともに。 縁というのは、一言で説明できないことについて、 人が自分を納得?させる言葉なのかもしれませんね。 オカルトとはちと違いますが。 私は「縁」は自分でつかみとるものと思いたいです。 乱文失礼いたしました。

トピ内ID:9359858528

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そんなに難しく考えなくても・・

😨
ぐりとぐら
「袖振り合うも他生の縁」ってな言葉もあります。仏教用語ですね。 これがオカルトで、怖い・・とはなんとも。

トピ内ID:0191492721

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考えすぎでは?

ありくい
日常会話に出てくる「縁」の有無に、オカルト的な(はやりの言葉で言えば『スピリチュアル的』な・笑)意味を見出す人は、そうはいないと思います。あなたの考えすぎです。 「うっかり忘れ物をして今日は運が悪かった!」「バーゲンでいいものが安く買えてラッキーだった!」などに「オカルト的」な意味があるとは、いくらあなたでも思われないでしょう。「縁のある・なし」も、これとほぼ同じようなニュアンスで使われていることが多いように思います。そこに深い意味はありません。

トピ内ID:6185168323

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それは、、

😀
らいおん
単に話を丸くおさめるために「縁が~」と話しているだけだと思っていました。 私もそのつもりで話していますよ~。 例えば、「今度こそカレと結婚するつもりだったのに別れようっていわれた~」っていっている友人に「あんた性格悪いから~」なんて、本当のことをいう人いませんよね?「縁がなかったんだよー、きっといい人が見つかるって」なんて返答すると丸くおさまると思いませんか?縁がなかったと慰められた友人も悪い気持ちがしないかと・・・。

トピ内ID:6415719538

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そんなに面倒に考えなくても

みじんこ
どうしてオカルトだの前世だのとまで小難しく考えるのか、わかりません。 たとえばこちらから会おうと思ってなくても行き先で何度もばったり会ってしまう人Aさんがいたとします。一生に一度何かの時に会ってそれっきり会わない人BさんよりはAさんの方が「あら、縁があるわね」ということになりませんか?  前世がどうとかで結ばれてるとかみんなが考えてるわけではなく、なんとなくこの人とは縁があるな、と思ってるだけの話でしょう。「こうも偶然が重なるってことはアナタとワタシの間には何かいいことがありそう、これからも仲良くしたいですね」「どうも何をやってもアナタとはうまく行かない、今後は関わらずに行きましょう」というのを縁のある・なしという言い方で表現してるだけですよ。

トピ内ID:0467492892

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人間の知覚能力って

🐱
うー
縁が前世に関係しているかはよくわかりませんが、縁とか虫のしらせとか、正夢か、シンクロニシティとか世の中には説明できないことがたくさんありますよね。それは理屈でなく実感です。 最新の宇宙物理学や量子物理学では、2000年以上前の古代インド哲学や仏教等宗教で2000年前に言われたことが証明されているものがあるそうです。たとえば素粒子を測定しようとしてもそれが波動になったり粒子になったり測定のタイミングで違うのだそうです。これは全ては我を持たない、あるのでもないのでもないという仏教の思想に近いのだそうです。 人間の知識や能力なんてものはとるにたりないものではないかと思います。知覚できないものはたくさんたくさんある。例えば世に溢れている電波なんて目に見えないでしょ。  そういうものをなんとなく人は心の根っこで感じ取っているのではないでしょうか。だから口では非科学的と言っても、縁があると言ったり、初詣にいったり地鎮祭をしたり、大安を気にしちゃうんだと思います。

トピ内ID:0161890883

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寛容なお国柄

💰
五円玉
多くの人が「縁がなかったと思って諦めたら」という言葉に違和感を覚えないのは、 物事すべてを科学的な視点で見ている人はあまりいないということなのでしょう。 だから「縁」などという非科学的な存在を平気で口にできるのでしょう。 『オカルトを否定しながらも心のどこかでは信じている人たち』というのは少し言い過ぎで、 『オカルトを肯定しているつもりはないのだろうけど、わりと寛容な人たち』が多いのでしょう。 神社で初詣、教会で結婚式、お寺でお葬式。 科学的で合理的な国民性にみえて、意外と非科学的なものにも寛容。そして大雑把。 「縁とは一体どのようなものなのか?存在するのか?」と突き詰めて考える人もあまりいないのでしょう。 そういう国に生まれてしまったということで諦めましょう。

トピ内ID:9002948090

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一番好きな言葉

🙂
私は大好きな言葉を1つあげるとしたら、これです。だからHNにもしているわけですが。確かに私も「縁」という物その物には科学的根拠など存在しないし、その物自体存在しているのかどうか証明のつかない物だとは思います。でも科学的に根拠がない物=信じられない物ではないと思っています。自分にとって大切な物、事、人との出会いを信じるのに、そもそもそれを証明してくれるような「根拠」など存在しないと思っていますし、私自身には必要ありません。 感覚的に信じられるかどうかだけです。しかし主様のように根拠の無いものは信じられないという方を否定はしません。私がこの言葉を好きになったきっかけは、昔新しい職場に入った時、一人の先輩の女の子の口癖が「これも何かの縁」。いつもそう言って助けてくれたのです。素敵だと思いました。彼女は年下だったけど、私がどんな人だとか、利害だとか一切関係なくそうしてくれたんです。 お互いにとってその時限りの縁でしたけど、私は彼女みたいな人になりたいとずっと思って来ました。私の人生にとって大きな影響。「これも何かの縁」その後の私の口癖になりました。

トピ内ID:9421658274

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日本語は不気味な言葉だらけ

041
ロボット
・・・になってしまいますよ。 「気」とか「精神」とか「道」とか。 私はオカルト的なことは信じていない、現実的な人間です。 でも「縁」という言葉は使います。 だれもオカルトに持って行く為に使うのではありません。 人間は合理的を突きつめると非合理になります。 合理的で理論的であろうとするあまり、行動が非合理になるんです。 それをスルーする為の「アイテム」としてそういう曖昧な表現があるんではないですか? 便利です。 論理的に説明が出来なくて時間や精神力をとられるより、 手っ取り早くこっちの意思が伝わります。 「縁がなかったんですね。」 ほら、便利でしょ。

トピ内ID:7751025492

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言われてみれば・・・

041
さゆり
私は『縁』という言葉がオカルト的なニュアンスだとも不気味だとも思っていないんですけど >・・・縁のあるなしについては誰も『縁とは何か』という疑問を抱いていないように思われるのです。 本当ですね~。 でも「『縁』とは何か?」と考えた時、そこには『縁』が存在していることになるんですよね。 『縁』って何なんでしょうね?

トピ内ID:5994292695

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縁にオカルトは感じない

😀
ゼロポイント
縁に運命や前世やオカルト的なものは何も感じません。 抗うことのできない事情、タイミング、その時の感情などで離れたりくっついたりする 現実的な人と人との絆を「縁」という言葉で言い表しているのだと思います。 (うまく言えてないですが) 私もよく「結婚したかったけど縁がなかった」という言葉をよく聞いていましたが どういうことだかわかってはいませんでした。 けれど自分がはじめて「あの人とは縁がなかったんだ」と感じた時があって 何かたくさんの思いをひとつの言葉にまとめられたような、そんな気がして心が軽くなりました。 「縁がある」「縁がなかった」という言葉は 不可抗力や理不尽なことを流したり諦めたりして、人間関係を円滑にし 人生を乗り切っていく方便なのではないでしょうか。 前世や(運命的な)見えない繋がりではないと思いますよ。

トピ内ID:5955011739

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トピ主さんにもその内分かるよ。

ほんわり
トピ主さんは、自分が努力すれば必ず実ると思っているのかな? 人間関係って自分の思ったとおりになかなか行かないでしょ? どんなに頑張っても話し合っても「縁」がなければ離れていくし、 たいして苦労もせずとんとん拍子に話が決まって、「縁」があるというのはこういう事なんだな~と思う事もある。 苦境に立たされてもう無理だって思う事があっても、誰かの助けで続けられる事が出来たり。 そういうご縁が、トピ主さんにはまだ訪れていないだけで、その内に分かると思いますよ。 結婚相手ってそんな「縁」を感じさせてくれますよ。

トピ内ID:1478565515

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日本的文化、または生活の智恵

041
異なもの
縁とは「自分の力が及ばない不可抗力の出来事」「自分や他人のした(しなかった)選択」を納得し・赦し・受け入れ・あるいは諦めるための、日本的な思考方法だと思います。 主体が曖昧で、「それは私(あなた)の責任の範疇外」というニュアンスも感じますね。 縁があればその偶然を喜べばよし、なければ「それは私(あなた)のせいではなく、仕方なかった」と流す。 元は仏教思想ですが、日本人が、なるべく傷つかずに生きていくために練り上げた一種の智恵ではないでしょうか。 ただ最近いやなのは、「縁=私の範疇外・責任外」という逃避のツールに使われがちなこと、そして「本人にはどうしようもないこと」を逆手にとって逆縁だの前世だのを持ち出し、人を不安に陥れ、不安解消のためと称して大金をとる輩がまかり通っていることです。

トピ内ID:5958657979

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不条理を嫌うのは人間の本能ではないか?

041
カフェ
そうですね、縁ってオカルトというよりは仏教用語ですね。でも、トピ主さんのコメントは面白いと思いました。 じゃあ、縁という言葉を使う自分は仏教徒かっていうとそうじゃないですね。でも、超人的なものを求める(神とか)心理というのは、何処の世界でも、いつの世界でも認められるとおもいませんか?つまり、縁という説明概念そのものは正しくないかもしれないけど、人間の本能に近いところで、これがこうなったのには理由があると思いたい、それが縁とか神の意志とかの発生起源じゃないでしょうか? そんなものはいない、神なんかいないとニーチェは言い放ったんだとおもいましたけど。

トピ内ID:9496904432

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インターネットのフリー百科事典ウィキペディアで

041
因果や縁起の項目を引いてみると仏教用語で「因」は直接原因、「縁」は間接原因だそうです。 たとえばクラス替えで席が隣になった同級生に話しかけたら友達になったとします。話しかけたのは自分の意思であり友達になった直接の原因ですけれど、席が隣になったのは自分の意思や働きかけではなくて偶然ですよね。そういったことを「縁」と呼んでいるだけなのではないでしょうか。 オカルトを否定するというのは、偶然の出来事を「前世からのつながり」とか「見えない糸」などと強引に理由付けすることを否定しているんであって「縁」という言葉にオカルト要素を見ているわけではありません。なぜなら席が隣になったことは事実ですし、友達になった間接的な原因になっているのも間違いないからです。そこに不気味な要素は何もないですね。

トピ内ID:4589295941

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運命的な縁を感じる体験が必要

🐤
清水まみ
私も、若い頃は「縁」なんて言葉は全く使わない現実主義者でした。 仕事も、医療関係なので、科学的な根拠がないことは、受け入れられませんでした。 ところがです! なんと、自分自身が「運命的な縁」を体験したことで、ころっと考えが変わりました。人生には、科学的に証明できない「縁」って、あるんです。それからは、自分の心が広がったことを実感しています。 トピ主さんも、そのうち、すごい縁に巡り会いそうです。否定しているってことは、それに関心があるわけですから。 ちなみに、縁って、恋愛に関係した事ばかりではありませんので、期待しすぎないように。

トピ内ID:1998262597

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トピのタイトルが怖い

くしゃみ
縁、という言葉自体にはなんの怖さも感じませんが、 オカルトというものに結びつけるとすごく怖く感じがします。 縁とは、手元の辞書では仏教用語となっていますが、 私は、曖昧で都合のよい言葉だと思います。

トピ内ID:4139548846

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トピ主さんこそオカルトに侵されてませんか?

🐴
じぇぃ
縁がなかった=大人の断り・諦め文句でしょう。 充分科学的です。

トピ内ID:7360782698

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そんなに特別扱いしなくても

041
ひいろん2
 「縁」とは関係性の一つのあり方、のことなので、とりたてて含みはありません。あまり日常語ではありませんが。  仏教哲学的あるいは日本文化論的な定義は、ここでは問題ではありません(哲学が先なのか、言葉としての使用が先なのかはわかりませんし)が、少なくともこれがオカルトっぽくなるのは、その使い方・使われ方のほうだと思います。仏教由来だというので、一部マニアさんたちがオカルト世界で特殊用語のように用いているのかもしれませんが、それは「相性」とか「因果」などと同様無理やり特別なものに仕立て上げられた感が強いです。  その都度の使われ方によって、中身も変わる一般語です。  「縁がなかった」という決まり文句で使われる場合、「縁」は「きっかけ」ぐらいであることが多く、「縁がなかったと思う」となるとなんらかの「条件」であったりします。「縁を切る」となると「つきあい」ですし、「前世からの縁」となると信じるか信じないかはともかくとして輪廻説を前提とした生命のつながり方を意味してます。オカルトさんたちは、勝手に特定の思想を自分で信じ相手も信じてる・信じるべきと思い込んでるだけ。  

トピ内ID:2950400099

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