詳細検索

    生活・身近な話題このトピを見た人は、こんなトピも見ています
    こんなトピも
    読まれています

    子どもの頃の理不尽な思い出は?

    お気に入り追加
    レス66
    (トピ主0
    Twitterでシェア facebookでシェア LINEでシェア はてなブログでシェア
    may
    話題
    皆さん、子どもの頃に、理不尽な思いをしませんでしたか? 

    私は、幼稚園の時に、お友達と遊んでいました。そして、じゃんけんで勝ったほうが、相手の手をたたいていいことにしよう!とルールを決めました。

    そして、勝ったほうがたたいていたのですが、私がたたく前に、「たたいていい?」と聞いたら「うん」と言ったので勢い良くパシっと手をたたきました。すると、その子が泣き出してしまいました。そして、幼稚園の先生に言いに言ってその子を心配し、なんだか私が悪者になっていたようです。親にも報告していました。

    いいって言ったのに!と私はかなり怒っていました。

    トピ内ID:

    これポチに投票しよう!

    ランキング
    • 0 面白い
    • 0 びっくり
    • 1 涙ぽろり
    • 0 エール
    • 0 なるほど

    レス

    レス数66

    レスする
    • レス一覧
    • トピ主のみ (0)
    このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました
    並び順:古い順
    30件ずつ表示

    いろいろありますが・・・

    しおりをつける
    blank
    オレンジドロップ
    ひとつは・・幼稚園の頃、祖母の湯治について行った時のことです。同じ年頃の子がいて仲良くなって、そちらのお部屋に遊びに行きました。私などは田舎者なのですが、そちらは品の良い感じで、私は緊張してました。ゴムに入ったようかん(針で刺すと“ぷるん”と飛び出すやつです)を出されたのですが、“ぷるんころころ~”と失敗しそうで手を出せずにいました。

    気になりながらも遊んでいたのですが、そろそろ帰らなきゃ行けない時間になり、「やっぱり食べたい!」
    と思い、そのおばあちゃんが用事あって横を向いた時に(まあ、これがいけなかったのかなぁ)手を出したんですね。そうしたら「まあ、意地汚い!」みたいなことを言われて「うちの孫はそんなことをしないわよ!」と言われ・・・かなり子供ながらに傷つきましたね~~

    トピ内ID:

    閉じる× 閉じる×

    もうひとつ

    しおりをつける
    blank
    オレンジドロップ
    もう一つは小学校の高学年の時。夕方お帰りの音楽が流れ、校庭でドッチボールをしていた男女10人くらいで「まだ遊び足りない」ってことになり、学校から出て、草が低く生えてる場所を見つけて遊んでました。そうしたら、どこかのおばあちゃんがすごい剣幕で飛んで来て「あんたら~、牛のエサにやる草の上でなにやってるんだ!!」って。

    まあ、それは私たちが悪いのですが、草が生えてる空き地?くらいに思っていたのですが、違ったようです。「あんたが一番年上のくせに!!」って、私が背が一番高かっただけで、(まあ、胸も出てたし)集中的に散々言われました。

    「えっ??みんな同級生なのに・・そんな~」って感じでした。
    理不尽なこと・・って、こちらは全然悪くないことだけに限られるのかな・・・まあ、昔ばなしです・・・

    トピ内ID:

    閉じる× 閉じる×

    強すぎたのでしょう

    しおりをつける
    blank
    さえ
    あなたがいくら権利を勝ち取ってその子の手を叩いたとしたのだとしてもきっと強すぎて痛かったんでしょうね。
    それだけで理屈なんて吹っ飛ぶと思いますよ。
    仕方ないかもしれないですね、ましてや幼稚園くらいの歳では。トピ主さんはそのことをずっと理不尽だと思ってきたんですか。よっぽど悔しかったのですね。

    私は小学生の頃、林間学校で夕食が終わってから一人でテーブルを拭いていたのですがあとで先生が私ではなく他の子の名前を出して褒めたことがあり(多分ただの勘違いだと思ってますが)がっかりした覚えがあります。
    名前を出されたその子も訳がわからないできょとんとしていましたが否定もしなかったので私も黙っていました。
    別に褒められたくてしたことではないけどなんか悔しいな~と思ってしまいます。

    トピ内ID:

    閉じる× 閉じる×

    お灸

    しおりをつける
    blank
    とも
    まだ私が幼稚園に入る前の思い出です。

    子供って怖い夢を見て泣きながら母親の所に行くじゃないですか。
    私も泣きながら母親の所に行ったら
    「怖い夢を見るなんて精神がたるんでいる証拠!」
    とお灸を据えられました。

    手をグーにした人差し指の上にモグサを置いて
    火を付けるんです。

    熱くて泣けます。
    何度もするので指は真っ黒に火傷します。

    それ以降怖い夢を見ても母親にはばれないように頑張りました。

    大人になって「おかしいぞ?」と気づきました。
    そんな場所にツボはないし虐待では???

    トピ内ID:

    閉じる× 閉じる×

    無視?

    しおりをつける
    blank
    さら
    小学校の低学年の時のことを思い出しました。
    友達の家に遊びにいって、2階のその子の部屋で遊んでいました。

    夕方になって、下からおばあさんが何度か「ちょっとー」と呼んだんです。
    ところがその子は「おばあちゃんの用事なんか聞かない」と言って全然動きません。「ほんとにいいの?」と私がやきもき。

    しばらくして、今度は「さらちゃーん」。私が呼ばれたので降りていくと、私の家から電話があったとのこと。

    翌日友人が「おばあちゃんにもうさらちゃんと遊ぶなって言われた。何度呼んでも無視する悪い子だからって。あんなひどい子みたことないって。」

    えぇーーー!
    そうなんです、初めにおばあさんが「ちょっとー」って呼んでたのは、その子じゃなくて私だったみたい。
    名前も初めに呼んだらしいんだけど、聞こえなかったんだよねぇ。テレビついてたし・・・

    それにしても友達も、「聞かなくていいって私が止めたの」とかなんとか、言ってよ!

    トピ内ID:

    閉じる× 閉じる×

    じゃりじゃりだよ

    しおりをつける
    blank
    さら
    砂場で遊んでるときの事件です。

    小学低学年だった私と友人が砂場で遊んでいると、2歳くらい(かな?まだ言葉が満足でない)の女の子と母親がきました。

    この子がまたひどい子で。
    私たちの邪魔しかしないんです。
    背中から近づいてきて、襟元に砂流し込んだり、
    前から砂をばさっと放り投げたり。
    私たちのスニーカーの上から、何度も砂をかけて、靴の中がじゃりじゃり。

    やめてって言って砂を出してもまたかけてくる、の繰り返し。キャッキャッて笑ってるんです。

    たまりかねて、そんなに楽しいなら、同じ目にあえばいいでしょう。と思いその子が脱いだ靴に砂をかけました。

    すると!
    それまでわが子の行状を笑ってみていた非常識な母親が、急にツカツカと寄ってきて「なにやってんのあんたたち!」とものすごい剣幕。
    「先にかけてきたから」と言っても
    「相手はこんな小さい子でしょ!いじめて恥ずかしくないのっ!可哀想に・・」
    ムカついて家に帰りました。

    今思い返してもあれはいわゆるバカ親だった。
    20年近くたちますが、あんな親だけはならないようにしよう。と思っています。

    トピ内ID:

    閉じる× 閉じる×

    強く叩きすぎたのでしょう。

    しおりをつける
    blank
    慎治
    何も知らない大人の人(幼稚園の先生)からは、いじめているように見えたのでしょう。
    叩けと言っても、「ジャンケンゲーム」とかの類いの遊びなので、たたく加減に問題があるように思います。そういう時は、本当に「バシッ!」じゃなくて、
    軽く「ポン」でもよかったんじゃない?
    まだ痛みに弱い小さい子供だから、泣くくらい痛かったんでしょう。

    トピ内ID:

    閉じる× 閉じる×

    まだ覚えている自分にビックリ

    しおりをつける
    blank
    Saray
    ● 4,5歳の頃通っていたスイミングスクールにて。

    水に慣らすのが目的だったのか水面から顔を上げた後 手で拭わないようにしましょう、ということがありました。普段は言われるままに従う私も、好き放題しているように見える周りが不思議で、わざと顔を拭った瞬間にビートバンの制裁がバコンと下りました。

    ● 小1の時の担任とのやりとりで。

    当時クラス委員だった私は担任の先生と賞状作りの手伝いをしていました。賞状といっても上半分が塗り絵になったもので、下半分にお褒めの言葉があるものです。作業終了後余った塗り絵が欲しくて先生におねだりしたところ、下半分の言葉部分を手動シュレッダーのごとく鋏で切り刻んで渡されました。小さいながらもちょっとした怖さと「そんなつもりじゃなかったのに…」と感じたのを覚えています。

    こんな昔のことを覚えている自分に驚くものの、考えてもこれくらいしか出てこないのは幸せな子供時代だったんでしょうねぇ。

    トピ内ID:

    閉じる× 閉じる×

    今でも思い出すと腹が立ちます。

    しおりをつける
    blank
    タヌキ
    小学校2年生の時、「森の音楽会」という歌を学年の出し物としてすることになり
    子リス(一番人気!)、小鳥(人数内)、タヌキ(不人気)のそれぞれの配役を決める時
    まず、子リスを決めたのですが
    それにあぶれた子達が再び小鳥に参戦
    最初から小鳥を希望していた私はタヌキになってしまいました・・・。

    そのままだったら人数の範囲内だったのに。
    本来なら、最初から希望していた人が当然優先されるべきなのに
    当時は内気だったため
    この決め方はおかしい!と思いながらも何も言えませんでした。

    今にして思うと、あの時の担任はちょっと変な人だった。

    トピ内ID:

    閉じる× 閉じる×

    盗まれたのに!!

    しおりをつける
    blank
    にえくり
    小学校の5年か6年の時。
    新品の筆箱&鉛筆をロッカーに入れてたら盗まれました。
    けっこうショックでした。

    でも犯人はすぐ分りました。翌日全く同じモノを持っていたから(笑)ボールペン(これは使い古しだった)の傷の位置まで同じ。抗議しようとしたら、
    「同じモノ買っちゃってごめんねー!?」
    と先手を打たれてしまい。それだけでも、かなり悔しい想いをしたのに、その後担任に呼び出され、そこには泣いている犯人がいて、何の説明もないまま、いきなり尋問口調で、
    「これはお前のか?」
    「何故ロッカーに入れっぱなしにしたんだ!!」
    と激怒。そもそもお前が悪い的なことを延々。「よく話をしたから、許してやれ」とかなら分るけど、なんで私が詰問されて怒られなければならんの!?そもそも私物をロッカーに入れて何が悪いんじゃー!!意味分らん。

    トピ内ID:

    閉じる× 閉じる×

    小学生の頃のできごと

    しおりをつける
    blank
    華の21歳
    小学6年生くらいのとき当時の担任に1人っ子ということをクラス全員の前でけなされました。当時30人ちょい程のクラスの人数のなか、一人っ子なのは私ともう一人男子がいるだけで、後の全員は兄弟持ち。「一人っ子だと兄弟がいる家みたくものの取り合いを経験しないから競争心がないし、同じ数のものが与えられても一人っ子は独り占めできるが兄弟は出来ない、だからわがままに育つ」など一般的なひとりっこマイナス論を延々と言われました。
    当時私はおとなしくクラスで目立たないタイプだったからかもしれないけど兄弟のいないマイナス面ばかりをクラスメイト全員の前で延々と言われたのはとても肩身が狭かったし未だに思い出すと(忘れられないので)胸くそわるくなる思い出です。小学生のような、考えがまだ未熟な子供たちの目の前で一人っ子は決まってどうだこうだ、などの批判って教育者としてもどうだったのあの担任と未だに思います。
    未だに忘れられないけどあえて普段他人に話さない思い出なのでここで書かせてもらいました。失礼します。

    トピ内ID:

    閉じる× 閉じる×

    どの担任でも必ずあった

    しおりをつける
    blank
    ぴかちゅー
    小1の時。外耳炎(中耳炎?)にかかり耳がとても痛かったが登校。母が担任あてに炎症のことを書いた手紙を渡したその日。授業中に隣の子と喋ってたら「喋るんじゃない!」といって痛いほうの耳を女性教諭に思い切り引っ張られた。「喋ったのは悪いが、わざと炎症がある耳をひっぱるのは反則だろう!」と子供ながらに思った。

    小2の時。授業中、定年も近くもともと器量よしでもない女性教諭が「昨日タクシーの運転手に『あなたのように目のきれいな人は今まで見たことない』といわれた。うんぬんかんぬん」、延々と自慢話。「寒!ありえない!なぜここでこんな話する」と思った。

    トピ内ID:

    閉じる× 閉じる×

    子供とはいえないかもしれないけど

    しおりをつける
    blank
    ぴかちゅー
    高校の時。始業式をサボって部室で喋っていたら見つかり追い出される。部室は体育館正面ステージの脇の2階にあり、出て行く方法として一階におりる(先生たちの前を通っていく)か2階のギャラリー通路(全校生徒から見える)を通っていくかどちらか。おバカなことに2階ギャラリーを通っていった。その後部活の顧問(男性体育教諭)に呼び出される。サボりは反省していたがお説教の内容はサボりを叱責するのではなく、「なぜ、ばれないように出てこないんだ!われわれの部の面子をつぶした!」と怒鳴られ、硬い出席簿(あの黒いやつ)で頭を思いっきりひっぱたかれた。

    え、、サボったのは反省するけど、あなたの面子のため??しかもそんな硬いもので殴るか??

    トピ内ID:

    閉じる× 閉じる×

    3歳の時

    しおりをつける
    blank
    ぴかちゅー
    最後です。当時団地の3階に住んでいて母親は怒るとお仕置きで私をベランダに出して鍵をかけてました(これ自体ありえない!)。ある日母親が布団にきれいにシーツを敷きなおし、私と弟(2歳)に「布団にのるんじゃないよ」といいました。いつもきれいに布団がセットされると、そこで転げまわっていたので。母親がいなくなると、私は乗りたいのを我慢し、弟がその上で転げまわってるのをうらやましげに見てました。

    母親が戻ってきて「またぐちゃぐちゃにしたね!」と怒りわたしをベランダに引きずりだしました。「私じゃないよ!やったのはXX(弟)だよ!」といっても聞き入れてくれずに。

    しばらく「私じゃないよ!あけて!」と抗議しましたが母は無視。この理不尽には納得いかない!続きます。

    トピ内ID:

    閉じる× 閉じる×

    3歳の時~つづき

    しおりをつける
    blank
    ぴかちゅー
    どうにか説明して汚名をはらさなきゃならんと考えました。そこで、「一回下におりて、外から周り玄関のドアベルを鳴らせば私だとわからずにあけるだろう。3階から地面に飛び降りるのはまずいので、まずベランダの柵をこえ、2階の柵にジャンプしてつかまり次に1階、最後に地面に飛び降りれば大丈夫だろう。グッドアイデア!」と思い、近くにあったごみのポリ容器に上がり、柵をこえジャンプ!!。。。当然2階の柵につかまることなど不可能で地面に落下。そこから記憶はありません。

    母親は私が飛び降りたことに気づかず、階下に住んでる人が何か落ちてきたと気づき、私だとわかり、母親に知らせにいったそうです。下は芝生で私は無傷でした。

    このことを後から何回か母親に意見しました(私が30才もとうに超えた最近も)。しかし母親は一回もあやまったことはありません。ことの詳細は覚えていないのか、「いや~あんたがわるいことしたんでしょ~ラララララ~♪」と即効話打ち切り。これも理不尽!

    トピ内ID:

    閉じる× 閉じる×

    こんな関連トピもあります

      その他も見る その他も見る

      風呂の中に落とされた

      しおりをつける
      blank
      古い記憶
      私が赤ちゃんだった頃の、最も古い記憶です。

      父が私を風呂に入れ、終われば母が浴室まで
      受け取りにくるというのが、当時の我が家の
      入浴スタイルでした。

      母に渡そうとした時、体が濡れているせいか
      私が暴れたのか、父の腕から滑り落ちた私。
      仰向けに落ちていき、着水、そして水没。
      慌てて抱き上げられた私は、そりゃもう火が
      付いたように大泣きしたそうです。
      そりゃそうでしょう、そのときのことは
      今でも覚えている程ですから。

      スローモーションの様に、遠ざかっていく
      両親の顔と天井の明かり、そして水中から見た、
      天井の明かり・・・。

      両親の腕の中という一番安心出来る場所から
      恐怖のどん底へ突き落とされた理不尽さ、
      いまだに忘れることが出来ません。

      両親に聞くと、確かにそんな事が2~3度、
      あったそうです(泣)

      自分の子供には同じ目に遭わせないよう、
      細心の注意を払っています。

      トピ内ID:

      閉じる× 閉じる×

      虐待されていたのに

      しおりをつける
      blank
      今は幼児のママ
      今思うとネグレストだったのですが、親から世話をしてもらえませんでした。お風呂に入りたいと言っても贅沢といわれて月に二回以下。髪はふけだらけでした。
      担任から「誰とは言わないが、このクラスで不潔にしている人がいる。においもする。迷惑だから気をつけるように。」とホームルームの時間に言われました(小学生でした)
      帰宅してお風呂をせがみましたが、やはりダメでした。食事も作ってくれなかったしお菓子ばかり食べてました。担任に気付いてくれと言っても無理だとは思いますが・・・自分ではどうすることもできなかったですね。

      トピ内ID:

      閉じる× 閉じる×

      幼稚園の年長の時

      しおりをつける
      blank
      ブッヒリ
      幼稚園である日、Aちゃんと手を洗っていると突然、副担任が「アンタ達、何やってるの!」と怒鳴ってきました。(私のクラスだけが副担任がいました。)

      流し台の上の鏡についた絵の具の手形を見ての事でした。来たときには既に付いていたと、事情を説明しても嘘つき呼ばわりで二人の手のひらを点検する始末。痕跡がないと(ある訳ないけど)二人の手を掴んで、手形に押し当て「この手の大きさはブッヒリ」と判定を下し、Aちゃんだけを釈放。(手の大きさなんてそんなに違いがないのに)

      その後、謝らなかったのを根にもってか?笑顔で「先生を手伝って。」と言って、みんなが飲んだ後の牛乳瓶をはこばされました。

      副担任は、家庭の事情で私達の卒園前に辞めることになり、「残念です・・・。」などと涙を浮かべていたけど、私は(向いて無いからよかったよ)と見送りました。

      トピ内ID:

      閉じる× 閉じる×

      小学3・4年生の頃...

      しおりをつける
      blank
      ゴジママ
      歯磨き指導の時間があり、各自歯ブラシを持ってくる事になっていました。私は前日に用意をしておいたんですが、当日「ありっ!?無い!!」。で、結局“歯ブラシ忘れ”として教壇の横に立たされました。立たされたのは計5人。かなりキツくお説教されました。(ま、ここまでは良しとしましょう)
      そのうち、隣に立っていたK 子ちゃんが泣き始め、残りの3人もうなだれてしまいました。でも私は『昨日ちゃんと用意したもん。歯磨き指導があるってわかってたもん。“忘れ”たわけじゃないもん。』と歯食いしばって前向いて立ってたんです。(←かわいくないヤツ!?)
      そしたら先生(女性)の怒りの矛先が一気に私に向けられて『とにかくコイツ泣かせてやる!』的な感情むき出しの怒り方になったんです。私も『ぜってー泣かない!』って感じでムキになっちゃって(バカ)...最終的には名簿(硬いヤツ)で頭はたかれました。私1人だけ...。

      指導が終わり、次の授業の用意をしようと手提げに手を入れると...「あったーー!!」(歯ブラシ)
      それを見ていた先生は「フッ」と苦笑していました。

      その時は『勝ったね』と思いましたが...ただのヒステリーだったのかも...

      トピ内ID:

      閉じる× 閉じる×

      ファミリーはひとつ!!

      しおりをつける
      blank
      じょじょ
      当時、ファミコン全盛期でした。
      ウチにもファミリーコンピューターはありました。

      クリスマスプレゼントに
      「シルバニアファミリーが欲しい」と父にねだったら
      「[ファミリー]と名の付くものは、一つだけしかダメ!」
      と、買ってもらえませんでした。
      少し疑問を感じながらも当時は納得してしまいました。。。

      今でも、家族の笑い話です。

      トピ内ID:

      閉じる× 閉じる×

      どうすればよかったのか今もわからない

      しおりをつける
      blank
      さかもと
      小学校6年生のときのことです。
      5月の3連休の前、先生が宿題を出しました。
      「毎日1問ずつ、3回に分けてやりなさい」という指示でした。

      私はそのとおりにこなし、3日目の夜も机に向かって3問目を解いていました。
      そしたら突然父親に「何をしてるんだ!」と怒鳴られました。
      「宿題…」と言ったら「3日もあったのに何もしてなかったのか!」とげんこが飛んできました。

      私は床に転がり落ち、「今まとめてやってるんじゃなくて、先生が毎日ひとつずつやれって言ったからそうしてた」と言おうとしたのですが、そんな長文(?)を聞きもせず父はもうそこを去って風呂か何か行ってしまいました。

      まあ事情を知らなきゃ「何もしてなかった」と思うのは無理もないけどね。
      母はこういうときとりなすタイプの女親ではなく、父が妻子をなぐるのもいつものことだし、静観されてしまいましたが、今思うと事前に母に「今回はこういう宿題が出ている」と教えておけばちょっと違ったかな…。
      5月の連休が近づくたびに思い出します。

      トピ内ID:

      閉じる× 閉じる×

      一生忘れない

      しおりをつける
      blank
      ねみ
      小さい時、24時間テレビを見て「私も募金に行きたい!」と親にせがみました。
      田舎なので車で行くないようなスーパーでしか募金の受付をしてなかったんですね。だから母に連れて行ってくれるようせがみました。でも忙しいからダメって言われて諦めました。
      それから1時間位経ったでしょうか?私が大事に1日1個ずつ食べていたチョコのお菓子の箱がカラになっていたのです。犯人は母。
      泣きながら「なんで食べちゃったのよー酷いよー」と訴えたら「チョコの1つや2つ食べられた位で泣くようなセコイ子が募金なんてバカじゃないの!世界には何にも食べられない人だっているってのに!あんたみたいな子が何が募金だ!」って怒鳴られました。一言も謝りもしないで、ですよ。
      子供心ながらに「それとこれは別でしょ?!」って思ったけどあまりの理不尽さに声も出ませんでした。
      まだ小さかった頃の話だけど忘れられない位鮮明に覚えてて一生忘れないと思います。

      トピ内ID:

      閉じる× 閉じる×

      トピ主さんへ

      しおりをつける
      blank
      年末ですね
      これも似ています。見てみて下さい。

      http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2004/1002/017320.htm

      トピ内ID:

      閉じる× 閉じる×

      食事中に熱湯のお茶をかけられてた

      しおりをつける
      blank
      熱かったな
      食事の時間が30分と決まっていて、少しでも遅れると熱いお茶を掛けられてました。
      あとお味噌汁をこぼしたりご飯をこぼしたりするとそれだけで食事は取り上げられてました。
      私がまだ2、3歳くらいの時です。

      中学生くらいのときに「私、お母さんによくご飯のときに熱いお茶掛けられて泣いてたよね~」って何気なく母に言ったら驚愕されました。まさか覚えているとは思っていなかったようです。

      子供はあんまり好きじゃない方だったようで、よその母親と比べて冷たい人だと言うことは幼いながらも感じていました。

      他には高校生の時に付き合いたい人が出てくると「大学生になってからじゃないと駄目」
      大学生になると「社会人にならなきゃ駄目」
      社会人になると「結婚を考える年なのにちゃらちゃら付き合うなんて許さない」
      それなのに早く彼氏作れというのです…。訳解らなくてうんざり。

      トピ内ID:

      閉じる× 閉じる×

      お馬鹿な私

      しおりをつける
      blank
      大馬鹿
      小学生の時。
      父が「わからない所があるか?勉強を見てやる」と言うので、ある問題がどうしてもわからなかったので質問したら
      「こんな問題もわからんのか!!」
      いきなりゲンコツをくらいました。

      祖父母と同居していた中学3年生の時。
      自分の部屋がなかったので、空いていた客間で勉強していた所、「電気代がもったいない、暖房代がかかる」と散々邪魔をされました。
      で祖父母は夜22時には寝るのですが、それ以降電気をつけていたり、物音をたてることは許されず、家事も手抜きは許されなかったので、勉強時間も限られ、それで成績が落ちると馬鹿呼ばわり。
      あまり罵られたので自分が本当に馬鹿だと思っていました。(中学の成績350人中10~40位までには入っていたのですが)
      あんなに悩んだ過去が馬鹿らしいです。

      トピ内ID:

      閉じる× 閉じる×

      生活・身近な話題ランキング

        その他も見る その他も見る

        小4の時の担任

        しおりをつける
        blank
        些細なことだけど
        口内炎が痛くて給食のトマトがしみるので、担任に事情を話して食べなくてもいいでしょうかと聞いたら、
        「トマトとかを食べないから口内炎になるんだ」
        と決めつけて言われました。
        トマトは元々大好物だったのに、先生って何もわかってなかったんだな、と悲しくなったのを覚えています。
        振り返ると学校の先生って結構えげつないこと平気でしてましたよね。わざと傷つけるような言葉とか。

        ぴかちゅーさん、
        お仕置きでベランダとか外に出された時は、
        「お○っこー」「うん○ー」とか恥かしいことを大声で叫べばすぐ入れてくれるって(笑)、
        「ぽよぽよザウルス」に書いてありました。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        母に日記を読まれました。

        しおりをつける
        blank
        やじ
        小学生の頃、母に日記を勝手に読まれ、しかもその内容について厳しく叱られました。
        私は、日記を見られたことが悔しくて抗議しましたが、「読まれるようなところにおく方が悪い」と一蹴されました。そしてさらに叱られました。理不尽だ。
        それ以来、日記を書いたことはありません。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        幼稚園のときに

        しおりをつける
        blank
        専業主婦デビュー
        クラス全員で描いていた大きな絵に数人で絵の具を塗っていた時に、クラスのアイドルさおりちゃんが私の顔に青い絵の具をたっぷり含んだ筆をつけようとしたので彼女の腕を振り払ったら絵の具が絵の上に落ち、大きなシミに。

        先生が勘違いして私を呼びつけ怒ったので事情を説明しようとして「さおりちゃんが・・・」と言ったら、先生はさおりちゃんも呼びつけ、私とさおりちゃんとで廊下に立たされました。

        お友達は私がさおりちゃんに罪をなすりつけたといって非難したけれど、私は何一つ悪いことはしていないので謝りませんでした。でもさおりちゃんは悪いことをしたのでぺこぺこ謝っていました。
        私が謝らなかったため、先生は一日私たちを廊下に立たせました。


        大人なんて信用できねえ!と子供心に思った幼い日の話です。そういう記憶が、成人した今でもどこか他人に心を許さない性格を作り出したのでしょう。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        遠足の日記で

        しおりをつける
        blank
        ハイキング
        小学6年生ぐらいの時の事です。
        担任の先生は、今でも思い出すとちょっと?なことがいくつもありました。
        登山(ハイキング)遠足の時のことですが、登山の初めのうちは結構みんなまとまって歩いて登っていたけど、だんだんペースの遅い、早いが出てきて、クラスメイトもばらけてきていました。
        私を含む数人が担任の先生に引っ付くように登っていましたが、何度かちょっとした道を間違えては引き返すと言うようなことがありました。
        その担任は「先生と○○(←それぞれのニックネームが入る)」という交換日記をクラス全員に強制していました。遠足当日、学校に戻ってきてから一緒に先生について歩き、道に迷ったクラスメイト数人と「今日の道に迷って余分に歩いたのは先生のせいだよね~」という話をし、私はそれ(道に迷ったのは先生のせいだよ~ということ)を日記に軽い気持ちで書きました。
        翌日その日記を読んだ先生は、私の日記の内容をクラス全員がいる前で、無言で全文を黒板に書き写し、「こんなことを書いた生徒がいます。先生は悲しい」と泣き出しました。そのまま学級会という名のつるし上げに移項し、私はクラス全員の前で先生に謝らされました。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        小学4年の時の女担任から・・・

        しおりをつける
        blank
        せっちゃんの孫
        今、思い出しても腹が立つ理不尽なイジメにあってましたよ。
        お洒落なレモン色のレースのワンピースを着て行くと担任の先生が必ずわざわざ休み時間に私の所に来て一言
        「馬鹿なくせに良い服なんか着て来るんじゃないよっ!」と何度も言われたし・・・。
        運動会の時、クラスの皆にはゼッケンあるのに私の分だけ無いので・・・先生に「何故、私だけ無いのですか?」と何度、聞いても舌打ちして「これで良いんだ!」と捨て台詞言って去り、運動会当日私だけゼッケン無しでした。他のクラスの子にどうしてゼッケン付けていないのか?と聞かれるのが辛かった。
        親も昔は自分の事で一杯一杯状態だったので相談しても無視されてしまったです。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        最低な祖母

        しおりをつける
        blank
        大馬鹿
        祖父母と同居になる前、長期休暇の度に祖父母の家に預けられていました。
        そして正月やなんかで親戚がお年玉やおこづかいを「大きいお金だからおばあちゃんに預けておくね」と祖母に渡してしまったら最後、そのお金は絶対に私には戻されることはありませんでした。(でもお礼は私が言わされる)
        一度お金を返してと祖母に言ったら散々がめつい子だ、となじられました。
        またこれは同居になってからのこと、私が中学生の時、祖母がどうしても一万円貸してと言うので貸したらいつまでたっても返してくれませんでした。
        私は月々のお小遣いというものをもらってなかったので唯一の収入源が祖母を介さないお年玉でした。
        その中の貴重な一万円だったので、今度は強く言ったら祖母はヒステリーを起こして倒れてしまい、祖父にお金のことは言うなと叱られ、うやむやにされました。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        虚弱体質に産んだのは誰だ!

        しおりをつける
        blank
        大馬鹿
        私は大病はしないものの、体の弱い子どもでした。はしか、おたふくかぜ、風疹等など、予防注射を打ったにもかかわらず、感染し、重症化して最低二週間は学校を休んでしまう子どもだったのです。
        インフルエンザの予防接種も注射に負けて熱をだしていました。
        なので小学校の出席日数はぼろぼろ。
        で、あるときまた風邪をひき熱を出しました。
        そうしたら母がキレてしまい
        「どうしてあんたはいつもいつもそうやって風邪にかかるのよ!」
        体をゆさぶられ、責められました。
        そんなこと言われたってねえ…。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        理不尽とは違うかなーー

        しおりをつける
        blank
        risris
        めちゃくちゃキッツイ性格の姉がいました。幼い頃は「ケンカ」じゃなく「イジメ」でした。
        その日も姉に追いかけられて私は母に止めて貰いたいのと逃れたいのとあって、母のいるキッチンのドア影に逃げ込みました。しかし姉も入ってきて私を叩きます‥
        多分、姉がなんかうまいコト言ったんだと思います。そう思いたい。
        だって母が言った言葉が「お姉ちゃん、頭は叩いちゃダメよ。お尻にしなさい」だったんですから‥

        重ねて言うけどケンカしてたんじゃなくてイジメられてたんですよ~~

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        勝った

        しおりをつける
        blank
        理屈っぽい子供でした
        小学校1~2年生ぐらいでしょうか。
        我が家は、食事中はTVをつけてはダメ、ということになっていました。
        が、その日は食事中もTVがついていて、兄がウィンブルドンのテニスを見ていました。
        食事中、ささいな兄弟げんかから、弟が腹いせにTVを消しました。
        そのとき、母の一言「TVを消しちゃダメ!」(母もTVを見ていたのです)
        兄弟げんかもTVも当事者ではなかった私が「いつも言ってることと違う!」と猛抗議。
        その日から、食事中のTVが可になりました←この辺、母弱し。

        今でもたまに母をつつきますが、「親だって完璧じゃないのよ~。決勝戦だったのよ~」とのこと。
        まぁ、こんなささいなことを覚えてるぐらいだから、幸せものだよな、と思います。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        思い出せばキリがないのですが

        しおりをつける
        blank
        新参者
        父方の祖母と、親戚のおばさんと、私と私の兄と従兄の三人で出かけたときのことです。
        お昼ごはん何が食べたい? と聞かれたので、私は「○○が食べたい」と言いました。
        兄と従兄は「何でもいい」と。
        すると祖母と親戚のおばさんが、「どうしてあんたはそういうワガママ言うの? おにいちゃんたちは何でもいいって言ってるのに!」とえらい剣幕で私を怒りました。
        …「何食べたい?」って聞かれたから食べたいものを言ったんやろうがー!

        それ以来、誰かに「何食べたい?」と聞かれたら「何でもいい」としか言いません。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        忘れもしない小4のとき

        しおりをつける
        blank
        S42年生まれ
        図工の時間、屋上で写生をしていました。
        私と仲良しのMちゃんが絵を書いていると、当時流行っていたキャンディーズの「やさしい悪魔」を歌いながらTくんが邪魔をしてきたんです。
        最初は無視していましたが、Mちゃんと私がTくんに絵筆で抗戦したところ、Tくんのシャツに絵の具がついてしまいました。
        それはその場で終わった子供同士のケンカだったはずなのに、夜になって自宅宛にTくんの母親から怒って電話がありました。
        実はTくん、足が不自由だったんです。でもそのことでからかったりしたこいとなんて絶対してないのに、
        「うちの子は足が悪いのにバカにした!」って私の母に言ったんです。
        母もTくんのことは知っていたし、もちろん私も「足のことなんて一言も言ってないよ!」と弁明?しました。
        幸い母は私の言うことを信じてくれましたが、翌日Mちゃんと話したらMちゃんの家にもTくん母から電話があり、同じことを言われたとか。
        子供心にすっごく理不尽だなぁと思いました。
        Tくん、あれからどうなったんだろう?
        本当に顔も見たくない程嫌いになったので、中学が同じだったのかどうかも、高校はどうしたのか全く記憶にありません。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        はらたつ~

        しおりをつける
        blank
        関西弁丸出しxx
        私が中学二年の書道の時間。隣の席の子がこそっと私に「制服のスカート、ファスナーのとこ破れちゃってる!どうしよう・・・」と言ってきました。他のクラスメイトに聞こえたら(そのこが)恥ずかしがるかなと思い、私も小声で「後で誰かに裁縫道具借りて応急処置だけして、家に帰ってからお母さんにミシンでやってもらったら?」というやりとりをしていました。すると突然バーン!!と黒く硬い出席簿らしきもので頭を物凄い力で叩かれました。びっくりして振り向くとそこには教育実習で来ていた大学生。「何しゃべってるの!!」と怒鳴っています。ギャーギャー騒いでいたのならともかく、この場合は口での注意はともかくとして、叩かれるようなことではないと思ったので意見を言おうとするとサッサときびすを返して他の生徒の方に行ってしまいました。どんな理由があろうとも授業中に喋っていたのだから私らは悪かったよ。そこは認める。でも!あんな硬いもので思いっきり叩かなくてもええやろ?注意するならまず口でせんかい!はらたつー。あんたなんか絶対ええ先生にはなられへんわ!あーもう!腹立つっ。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        今思い出してもくやしい

        しおりをつける
        blank
        ミナコ
        小学四年生の時のこと。同級生(F)の家に遊びに行き、Fとふざけあってるうちにたまたまどちらかの体が窓ガラスに当たり、一部が欠けてしまいました。そのガラスはサッシではなく割れやすい昔の曇りガラスでした。どちらの体が当たったのかもわからなくて、その後どうしたかは覚えていません。翌日Fの母親がうちに来て、私がガラスを割ったのでガラス代を数百円(35年前)弁償しろと言いに来たのです。しかも私が割ったのに謝らなかったとまで言い、ガラス代とやらを巻き上げて行きました。母親には「なんであやまらなかった!!」とどなられ殴られ家からたたき出されました。途方にくれていつしかFの家に行くと、F母親はそんな私を見て笑っていました。その後Fの家の割れたガラスはビニールテープで貼りあわされたままで、新しいガラスが入ることはありませんでした。実はFの家は父親がお金を家に入れなかったため生活に困って、私のところに借金しに来たこともあったのです。テープで貼り合わされたガラスを見て子供心にも悟りました。ガラスを口実にうちからお金を巻き上げ生活費に使ったのだと。このことは私にとって大変な心の傷になってます。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        理不尽な思い出

        しおりをつける
        blank
        ゆう
        小、中学生の頃の体育の授業で、サッカーや
        バスケットボール等の団体競技をする際、
        運動神経の良い子が各チームのリーダーになって、
        リーダーの子達が、残りの子達を選んで自分のチームに
        組み込んでいくというチーム分けをする仕組みでした。

        運動神経の悪かった私は当然残り物になってしまい、
        逆オークション残り物としてさらし者にされた上で、
        運動のできる子達との理不尽な上下関係、主従関係に
        悩まされていた物です。

        体育の授業と、この仕組みで授業をしていた教師が
        大嫌いでしたね。

        他にも、給食の時間になると、給食を激怒して
        怒鳴り散しながら催促する教師とか居ましたね。
        理由は、「俺は腹が減ると機嫌が悪くなる」でした。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        些細なことだけどさんへ

        しおりをつける
        blank
        ぴかちゅー
        そうですか、、3歳の時にぽよぽよザウルスをしっていれば3階からダイブなんてしなくてよかったのに、、

        4~5歳の時は一軒家にすんでいたので叱られると外に出されてました。厳寒の北海道なのに。そのころは知恵もついて、出されて速攻友達のうちにいってテレビを見てました。母親が迎えにくるまでいすわっていたので友達のうちはさぞ迷惑したことでしょう。

        あと中学のとき、このころは父親が荒れていてすごかったです。父は巨人がすきでテレビをいつも独占。うちに一台しかテレビがなかったのでCM中にチャンネルかえて自分の好きな番組をみていたら、いらいらしたみたいで追い掛け回されました(つかまったら最後げんこつでぼこぼこにされる)。ある日逃げ切れなくて自分の部屋でつかまり、わたしの大型のカセットデッキ(幅40~50センチ)を頭の上から投げつけられました。ほんとにおもいっきりたたきつけられたのでカセットデッキは木っ端微塵です。そのほか、教科書やノートを破ったりまどから道路へ放り投げたりされました(これがそのころは一番いやだった)。よく生きてるな~

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        今は幼児のママさんへ

        しおりをつける
        blank
        私も
        私は両親が離婚して継母に育てられたので(育てたというほどの事をしてもらっていませんが)とにかく性格の悪い人で意地悪の限りを尽くされていました。

        で、教科書とかすぐ捨てられたり、隠されたりするんですよ。修学旅行などに持って行く冊子もわざと前日に
        私が寝ると荷物から抜いて隠すような人だったので
        よく先生に怒られていました。

         そして親に捨てられたと言えなかった私はいつも
        クラスで怒られてばかりいました。
         そのせいか、怒られるトラウマがあって少しでも
        怒られそうになると頭が真っ白になってしまい、パニックを起こすようになってしまっています。
         
         先生にわかれと言っても無理なのでしょうが、子供の頃のそういう事って本当に精神を蝕むと私は思っています。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        今思い出してもむかつく!!

        しおりをつける
        blank
        yui
        あれは、私が小学1年生の頃でした。
        学校の行事で相撲大会がありまして、みんな体操服に女の子はブルマ、男の子は体操ズボンという服装でやるのですが、その日私はブルマを忘れてしまいました。
        ってことは見学だな~と思っていたのですが、
        なんとパンツで相撲を取らされました・・・。
        ほんっとに恥ずかしくて、泣きたい気分でした。
        当時の担任の指示だったかと思いますが、指示したのが誰にしろ誰か止めろよと思いました。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        祖母のいやがらせ

        しおりをつける
        blank
        ろんろん
        小学6年の時に両親が離婚し、親権は父にありましたが父方の祖父母にはかわいがられた記憶もなく必然的に母方の祖父母宅で生活していました。しかしことあるごとに電話で「あんたのせいでパパが事故起こした」とか、私が大学受験を控えてる時にも「あんたが大学に行くからパパはお金で困っている」とか、散々いやなことを言われました。

        大学行くお金はおろか、小学校、中学校、高校の入学卒業にお祝いの言葉もくれたことのない祖母になんでそんなことを言われなきゃいけないのか、今でも腹立たしい思いです。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        そりゃ私が悪い?けど

        しおりをつける
        blank
        sousou
        小学校3年生の時。担任は大好きなM先生。だけどあのことは絶対に忘れません。

        掃除時間、いつもと同じく優等生だった私は休んだ子の担当部分まで掃除し、今日は誉められるかななんてうきうきしながら廊下にいました。向こうからふざけあって来る友人。

        危ないなぁと思った瞬間、私にぶつかり、私は横にあった消火器に激突、消火器は倒れ、見事泡が一面にプシュー。消火器倒したことある人おられます?もう、そこいら一面高さ数十cmに渡って泡だらけ。先生は激高しながら走ってくるし、校長教頭まで来て大騒ぎ。もちろんその後の学級会で、立たされ怒られました。

        あまりの先生の怒りぶりに怒られなれてない私は本当のことを言えず。子どもができたらある程度、怒られ慣れてる子に育てようと思います。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        日記読み、家捜し

        しおりをつける
        blank
        小鳥の墓
        日記を読まれて叱られた方のレスを見て、思い出しました。

        子供の頃、文章を書くことが大好きで「アンネの日記」のように日記を書くことにあこがれて日記や宛てのない手紙を書いていました。

        何かがあって「父だけは解ってくれると思ったのに」と書いたら、しばらくの間「そんならお父さんに全部やってもらえ!」と言われ、洗濯物や学校に提出するものなどを投げつけられ、何もしてもらえませんdした。

        他にも日記を読んでいなければわからないことをよく言われました。一度抗議したら、日記じゃない、紙切れに書いて、わざと置いておいたくせに!と殴られました。

        写真やお土産品などが紛失して、母の場所から見つかることもよくありましたが、何も言えませんでした。

        祖父母や親戚のことでイライラすると、お前のせいだとののしられ、教科書や文房具を二階から捨てられました。髪の毛をつかんで引き倒されたこともあります。

        一番辛かったのは、ヒステリーで鳥かごを投げられ、ショックのため大事に育てた2羽の文鳥が私の手の中で死んでしまったことです。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        事実を確認しないで叱られた(親&教師)

        しおりをつける
        blank
        りんご
        忘れもしません。小学校4年生の時です。私をねちねちといじめる子がいたのですが、その子が「りんご(私)が私をいじめる」と先生に訴えたんです。先生は事実を確認することなく私を叱りつけました。

        悔しさのあまり涙がぼろぼろだったことを今でも覚えています。
        家でも妹が泣けば原因は私と決め付けて叱られました。

        妹が鬱陶しくなって、「姉妹なんていなければ良かった」と思いました。
        私は子供を一人だけ産みました。良い環境の中で育てたかったので私立に入れました。全て反動なのです。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        「絵に動きがない」

        しおりをつける
        blank
        イラストレーター
        祖父が画家であり、幼稚園の頃からお絵かきを習いに行っていたせいか同年代の子供よりは多少絵が上手だと言われていました。
        小学校一年の最初の図画の授業で「何でも好きな絵を描いて良い」と言われ、私は白鳥が飛び立つ絵を描きました。

        その絵を見た他の子供たちが「うま~い」「大人の人が描いたみたい」「まるで本物みたい」などと誉めてくれて私はとても嬉しかったのでした。
        しかしこの図画の授業の後、誰の絵が一番上手か、という投票をしようと先生が提案したのですが、子供たちはいっせいに私の絵が一番上手だ、と言ってくれました。

        しかし先生は「う~ん、○○ちゃん(私)の絵は上手すぎるから今回の投票からは外しましょう」と言い、私の描いた絵は投票の対象外となりボツになってしまいました。
        後である女の子が私の席に来て「なんであの絵が上手だと思うの?あの絵には動きがないよ。生きてる感じがしない。みんなが上手いって言うけれど、あの絵には動きがないよ。死んでる感じ」とわざわざ言いに来ました。

        私はすごく腹が立ったのですが、30代半ばになってみると「あの子も先生も当時は生意気なこと言ってたな~」と無性に腹が立ってしまいます。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        おしっこに行っちゃダメ

        しおりをつける
        blank
        のーり
        幼稚園生だった時、食後の歯磨きの時間に突然尿意を感じ、
        先生に「おしっこに行って良いですか?」と聞きました。
        ところが!先生の答えは「歯磨きの時間でしょ!ダメです。」
        ええ、もらしちゃいましたよ。

        トロイ私にいつもつらく当たっていた先生が青い顔をして、この件を母に謝っていたのを覚えています。
        嫌がらせが過ぎたんでしょうね。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        小学生の時のこと、

        しおりをつける
        blank
        ぱふぱふ
        お祝い事で集まった従弟連中を集めて玩具やさんへ出かけ「何でも選んで良いよ」のお祖母ちゃんの一声でそれぞれ1つずつ玩具を持ってレジへ
        みんな笑顔で紙包みを持って並んでいる中、その頃の私は何かと決める事が遅い子供でした「帰ったら何か買ってあげるから」と言う祖母の言葉にその場は諦めて帰宅、割と気ままな祖母だった為、何も買って貰えず・・・今でも苦い思い出です。そのお陰で迷う事なく選べる性格へ以降致しました~

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        下着姿で授業を受けさせられました

        しおりをつける
        blank
        匿名希望
        小5の頃、学校で身体検査があり、男子から検査をするので、女子は、本を持って廊下に出るよう指示され、ゾロゾロと教室の外へ。後のほうにいた私は、本を忘れたことに気づき、慌てて教室に戻り、猛スピードで本を掴んで廊下に出た。そして・・・女子の検査が終了後、服を着ようとしたら、担任が「服を着るな。お前は、男子の着替えを見たんだから、お前も男子に見せろ。下着のまま授業を受けろ。」と。私は、男子の着替えなど見ていない。私が教室に入ったのは、最後尾の女子が廊下に出たのと入れ違いくらいだし、急いでたし。でも、本を忘れた自分が悪いと思い、親にも話さなかった。ただ悔しかった。あの屈辱は忘れない。担任は、30代後半の男性(当時)。昭和40年代、北海道の某公立小での出来事。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        悲しかったな~

        しおりをつける
        blank
        りえりえ
        小3になって担任の先生が替わり、
        おばあちゃん先生から綺麗で若い女の先生になりました。
        他のクラスの子からは、それはそれは羨ましがられました。

        小1・2のおばあちゃん先生が担任だったころ
        私は学校の宿題以外でも、
        図書室で読んだ本の感想や詩を書いたりするのが好きで
        ずっと続けていました。

        おばあちゃん先生もそれを喜んで見てくれて、
        文章の書き方も教えてくれました。
        そのノートを、新しい先生も見てくれました。
        でも1週間位が過ぎた頃、
        「私は忙しいの こういうのもって来られても困るのよ」
        と言われました。

        子供ながら、申し訳ない気持ちになり
        「ごめんなさい」と謝りました・・
        あれは本当に悲しかったな~
        そんな言い方しなくたって、と今は思います。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        弟の話ですが

        しおりをつける
        blank
        タッチ君
        私の弟のクラスにいじめられっ子の男の子がいました。
        先生がその子に「君をいじめている人は誰?」と訪ねたところ、彼は「○○君」と正直に答えたのですが、その名前はうちの弟と同姓同名の男の子の名前でした。

        もちろんいじめているのはうちの弟ではないのですが、早とちりした先生は弟のところに来て「明日から学校へ来なくてよろしい!」と一言吐き捨てるように言いました。
        弟は何のことか分からなかったので次の日も普通に登校したのですが、先生が校門のところで待ち構えていて、弟を一ヶ月間校内に入れてくれませんでした。

        結局弟は出席扱いにしてもらっていたものの、ずっと授業を受けることができなかったのです。
        後で、先生の勘違いだと分かり、先生が謝罪に来るのかと思っていたら謝罪は一切なし。うちの親も弟が告白する数年後までこの話は知りませんでした。

        今だったらPTAが黙っちゃいない話ですよね。今から25年ぐらい前の話です。
        結局弟のいじめ疑惑は晴れましたが、先生からは卒業までいびられ続けたとのことです。弟は親に何も報告しない子だったので、後から聞いてびっくりでした。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        消火器の思い出、私も・・

        しおりをつける
        blank
        ももち
        幼稚園のとき、5~6人の子供で、講堂にあった消火器を順番にさわって、遊んでいると、私の番の時に消火器が倒れて、ブシュウ~~。

        呆然としていると、先生がとんできて、私ひとりだけ、怒られて、消防署に電話であやまらされました。
        泣きながら「ごめんなさい」って、いいました。

        その先生の顔と名前は今でも忘れません。
        それ以来、私は「先生嫌い」です。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        小学校運動会の練習

        しおりをつける
        blank
        やす
         今からもう20年位前になりますが、小学校3年のとき
        運動会の練習中、全員で体育座り(今は言わないかな)で先生の話を聴いているとき、私の周りでコソコソおしゃべりをしている人と間違えて、先生が「話をするんじゃない」とわたしのむなぐらをつかみ、いきなりビンタをした。結構、悪ガキだったわたしは「何だよ、おれじゃないよ。」というと、「お前以外いないだろ、いつも悪さばかりしやがって」とさらにビンタ。クラス中の前で濡れ衣を。その後、担任に自分から話しかけることはなく、中学校3年まで先生というもの信用しなかった。おかげですべてに反抗的、特に学校。中3で初めて恩師と呼べる先生に会って、無事高校大学と進学し、普通の社会人になれた。いまだにあの先生の顔は覚えている。中学時代に会わなくて、マジでよかった。絶対に手を出していたことだろう。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        ヒステリックな女教師

        しおりをつける
        blank
        みい
        小学校の頃、学級委員をやりました。
        授業中にクラスの男の子がギャーギャーと
        騒いでいたことがあったんです。

        そしたら、担任の中年女教師が突然
        「コラッ!!」と大声をあげたんです。
        びっくりして見ると、彼女の目は私を向いていて
        「あんたは学級委員のクセになんで注意しないの!!○○君(もう1人の学級委員)はちゃんと注意してるじゃない。」と怒鳴られました。
        なんで騒いでいた男の子たちよりも私が怒られている
        んだろうと呆然としてしまいました。

        その後女教師が言った言葉は一字一句覚えています。
        「あんたみたいなの何て言うか知ってる?
        お荷物っていうのよ!!」
        ちょっと忘れることができない思い出です。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        あの担任!

        しおりをつける
        blank
        30代女です
        小学1、2年のときの担任の先生に嫌われていました。理不尽なイジメ?と思われる仕打ちをたくさん受けました。

        一番思い出されるのが、今でも忘れない。

        せっけん箱で学校を作ろうという図工の時間でした。
        席の列ごとにグループになって作っていました。私たちが一番早くに仕上がりました。先生に報告に行くと「実際に校庭に持って行って置いてみてごらん。みんなも後から出来上がった順に追いかけるから、校庭で待っていて。」と言ったのです。

        私たちは、その出来上がったせっけん箱の学校をもって校庭へ行き、みんなを待っていました。でもいつまでたってもだーれも出てこない。私たちは「おかしいね。」といってクラスに戻りました。

        すると先生は「どうして校庭へなんかでたの!!授業中に外へ出るなんてどういうつもりなの!」と激怒。私たちはしばらく廊下に立たされたのです。

        まだ子供だったので、親にもいえませんでした。なぜか・・子供っていうのは側にいる大人が「絶対的な世界」だから。純粋なんです。

        あの担任はそんなこたすっかり忘れてのうのうと生活してるんだろうね。

        昭和55年、一年の三学期の出来事でした。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        風邪で辛くても学校を休ませてくれない母

        しおりをつける
        blank
        なお
        小学生の頃、とにかく「学校を休むと勉強が遅れる」という理由で咳が出て止まらないのに学校に行かされた。中学生の頃、風邪が治りかけたので喜んでクラブ活動に参加したら、次の日授業中に頭痛がひどくなり早退した。家に帰ってくるなり昨日クラブ活動に参加したことを非難され、「ああ、どうしよう。勉強が遅れてしまう。」と勉強のことばかり本当に真剣に心配していた母親。私は一人布団にもぐって泣いていました。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        大人の言動は全て正しいわけじゃないと学んだ。

        しおりをつける
        blank
        じょあ
        理不尽な思い出、このことかな~。。

        小学校低学年の時、母の妹さんの子供が生まれました。
        同じ町内に住んでいたので、よく遊びました。

        何歳くらいになった頃だったかな。
        幼稚園に入る前くらいだったと思うけど、
        そろそろ言葉を覚えていろいろしゃべり出すとき。

        なんだか知らないけど「ばかー!」と言うことを
        覚えたみたいで、時々口を大きく開けて、
        ものすごい顔で「ばかー!」と言っていました。
        小さかった私ですら
        「なんでこんなこと覚えたんだろう」と
        思っていました。それをまわりから
        「あんたが教えたんでしょ!」って
        私のせいにされました。

        もしかしたら私のふと、
        そういう行動をして、それを覚えたかもしれないので、
        何とも言えませんが、すごく不愉快になったことを
        覚えています。

        ちっちゃい頃からわりと冷めた性格だったので、
        特に言い返すこともなく、
        「大人の言うことは何でも正しいって思ってたけど、
        実はそうでもないんだ」と言うことを
        思った記憶があります。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        私はいつも無視

        しおりをつける
        blank
        トリコロール
        数え上げればキリがありませんが、生きていることが惨めになった出来事を一つ。
        うちは祖母・父・母・私・弟の5人家族でしたが、親戚付き合いが濃厚で、14人いるいとこ達もうちに入り浸りで家族同然で暮らしていました。が、そのいとこ達にとってうちは無法地帯で、悪いことは何をやっても全て私1人のせいにされ、親たちも分かっているのに私1人をお仕置きするというひどい一族でした。

        小学校4年生の冬の日、親族一同で一泊旅行の計画があり、この時ばかりは当然行けるものだと思って、お友達との約束をキャンセルして楽しみにしていました。
        しかし当日、ツアーの定員オーバーで親戚の高齢のお祖母さんと私はお留守番でした。両親のどちらかさえ残ってくれなかった。

        ショックを隠しきれない私に、親戚のお祖母さんは気の毒がってお小遣いをくれて、「お友達と一緒に遊びに言っておいで」と言ってくれました。でも、みんなはとっくに出発している時間でしが、それも言えずに家を出ました。

        その日は珍しくとても霧の濃い日でした。いつもは何をされても泣かずに耐えられる私でしたが、誰にも見られる心配がない真っ白の世界の中で始めて号泣しました。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        いろいろある

        しおりをつける
        blank
        にゃにゃ
        ほんと、言われやすいおとなしい暗い子だったから
        覚えてるだけでもかなりあるんだけど、理不尽と言えば
        ちょっとスレさんのと似てるかもしれないんだけど、
        今でも覚えてるんだけど、すごく欲しくてやっと
        買って貰って嬉しかった物を、同級生の女の子が
        落として壊した。

        すごく残念でほんと泣きそうな気持ち
        だったんだけど、その子にはいちお「いいよいいよ」
        って慰めたのに上目遣いでじーって見たかと
        思ったらすごく派手に泣き始めちゃって、人
        たくさん集まってきちゃって、みんな「大丈夫?」
        とか私のなのに「いいよいいよ、それくらい」とか
        いいながらその子を取り囲んで行ってしまった・・・。


        後で取り残され、破片の後片付けしながら
        なんでこんな目に・・・って思ったよ。それから
        人前で泣いたりする感じの子は苦手になった。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        あやつられた

        しおりをつける
        blank
        なお
        幼稚園で、数人で粘土遊びをしているところへ一人の友達が来て、「私は粘土やりたくないからこっちで遊ぼう。今作ってるのを壊しちゃえばそっちは終わるでしょ。言う事聞かないともう二度と遊んであげないよ」と。

        しつこく言われて追い詰められた私は、とうとうみんなで作っていた粘土を破壊。当然先生に怒られて、「だって○○ちゃんが、壊さないと遊んであげないと言った」と私は言いました。先生はその子に「本当なの?」と聞くと「私は知らない」! みんなの遊びを邪魔した上に嘘までついたと更に私が責められました。

        あとでその友達になぜ本当のことを言わなかったのかと問い詰めたら、「本当の事を言ったら私が怒られるじゃん!」‥‥いやー、かなり長い間うらんでました。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        今も時々思い出します。

        しおりをつける
        blank
        言えなかった
        20年近く前の高校生の時。
        お昼休みにお弁当を食べていると、突然、担任が入ってきて私と友人に外に廊下に出るようにいいました。
        理由も言わず、意味不明で食事も終わっていなかったので、後にして欲しいと告げましたが聞き入れてもらえず、取り合えず廊下に出ました。

        細かい言葉のやり取りは、悲しくって興奮していたしで忘れてしまったけど・・・
        教室でお財布がなくなったが知らないか? えっ?? 話の内容はどうもなくなった時間(移動教室)に最後に来たからか、前の休み時間に一番最後まで教室にいたから・・・
        チャイム前に移動教室に移動しているし、心辺りを聞くのであれば、教室で皆に聞いてくれ、と言っても聞き入れてもらえなかった。 なら、職員室といっても駄目。

        鼻から疑っているから、呼び出し(職員室)とか皆の前を避けて気を使っているだぞ!って感じ。(廊下に出た後からの、お弁当が食べ終わってからにしてくれも駄目だったし)
        結局、他のクラスの人も何事かと集まって、何の意味もないし
        普段、別に問題起こしたことも無かったし、今でも隣で怒りに泣いていた友達の横顔が忘れられないな。

        何事が集まってきた人たちの視線も。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        喘息なのに

        しおりをつける
        blank
        yanyan
        小児喘息で苦しんでいるというのに
        狭い部屋の中でタバコを吸う母。
        煙草の煙にむせかえるパチンコ店に連れていく母。

        子供を産むと親のありがたさに気付くらしいけど
        かわいい子供を持ってつくづく思う。
        どうして自分の欲求の為に子供の健康を犠牲にできたんだろう??と。
        今は母を反面教師に、子供の幸せを願って日々健闘しています。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        たくっさんある

        しおりをつける
        blank
        ぷう
        小学校6年のとき。
        親友が居残り勉強をしていたので、
        図書室で本を読んでいた。
        居残りが終わった親友とげた箱に
        行ったら、親友のくつがなくなって
        いた。それを担任に言いに行ったら
        放課後教室にいなかった私を犯人に
        して、責めたてた。
        嫌いな人のくつならともかく、
        親友のくつを隠すわけないのに・・・。

        同じく小学校6年のとき。
        クラスメイトとけんかをした。
        そしたら、そのクラスメイトが自殺未遂
        (っていうか、教室から飛び降りようと
        した。しかも止めてほしかったらしく、
        何分もサクに足をかけた状態で周りの
        反応を見ていた)した。
        そしたら、担任は私をなぐった。
        っていうか、けんか両成敗だろう。
        しかも、死のうとする(同情を誘い
        たかっただけで死ぬ気はあきらかになかった)
        クラスメイトは悪くないのか?

        その当時の担任は、十数年後、校長になった。
        あり得ない・・・。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        10代最後に

        しおりをつける
        blank
        のりこ
        大学の入学式の翌日、友達とお茶をして帰ったら
        母にいきなり叱られました。
        人に迷惑をかけたわけではないのに。
        「お茶をする日は曜日を決めて、それ以外はまっすぐに帰宅すること。それがしっかりした家庭の条件」
        当時、母が所属していた某団体がますます嫌いになりました。社会人になると同時に一人暮らしをして、
        しがらみから解放されました。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×

        継母のしつけ

        しおりをつける
        blank
        まゆ
        私は幼稚園の時から継母に育てられました。私と継母の子供とはいろいろ差別をされました。中でも、悪戯や継母の言い付けを守らない時などのお仕置きはすぐにお灸を据えられました。
        背中やお尻にたくさんお灸の跡が残り、身体検査や修学旅行のお風呂などで、同級生から何度もからかわれた事があります。
        反対に、自分の子はどんなに悪いことをしてお尻を叩かれる程度のお仕置きしかされませんでした。
        卒業と同時に家を出ましたが、今ではお灸のお仕置きは虐待になると思いますが、どう考えても理不尽なしつけをされたとしか思われません。

        トピ内ID:

        閉じる× 閉じる×
        並び順:古い順
        30件ずつ表示
        • レス一覧
        • トピ主のみ (0)

        アクセス数ランキング

        その他も見る
          その他も見る

          あなたも書いてみませんか?

          • 他人への誹謗中傷は禁止しているので安心
          • 不愉快・いかがわしい表現掲載されません
          • 匿名で楽しめるので、特定されません
          [詳しいルールを確認する]
          気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
          気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
          使用イメージ
          使用イメージ

          マイページ利用でもっと便利に!

          お気に入り機能を使う ログイン
          レス求!トピ一覧

          注目トピ

            Twitter

            Follow
            みんなの投票結果

            編集部から

            編集部からのお知らせはありません

            Horoscope | 大手小町

            発言小町大賞0