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    親も「一人の人間」

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    🐤
    マンマ・ミーア
    ひと
    皆さんが、親御さんを「親」だけでなく「一人の人間」としても見ることができるようになったのはいつ頃ですか?

    恥ずかしながら私がこれを深く考えるようになったのは最近です(現在24歳)。
    先日、4年前に他界した母方の祖父母の話になったとき、
    「(亡くなった時は)私の子供時代が全部無くなっちゃったような気がしたよ」
    と母が寂しそうにポツリと言ったのがきっかけです。
    母には妹もいますが、「子供」としての自分を知る人がいなくなった
    =自分の幼少時代が消えたように感じたそうです。

    私はそれを聞いて「ああ、この人にも『子供』『学生』と色んな役割があった時代があるんだ。」
    とハッとして、母の「一人の人間」としての人生を思い、なぜだか涙が出ました。

    何を当たり前のことを、と言われそうですが、
    親は元々親だったのではなく「人の親になる」というとても勇気のいる決断をした結果、
    私や弟が生まれたわけで、それ以外の選択肢もあったんですよね。
    いつも太陽のように明るい母も、怖いけど大らかな父も、
    きっと私の知らないところで辛い思いや悲しい思いもたくさん経験してきたんですよね。

    そう考えると、私を生んでくれたことに心から感謝すると共に、
    私は父・母(という一人の人間)の人生の一部にいるのだと改めて気付き、
    何だか背筋が伸びるというか、自分の人生に責任を感じるようになりました。

    さて、皆さんが親御さんを「一人の人間」として感じたときのエピソードも聞かせて下さい。
    また、そう感じてから何か変わったことがあれば教えてください。
    ちなみに私は涙腺が緩くなりました。家族のことを考えると涙がダダ漏れ状態に。
    もちろんこのトピ書いてる時も号泣ですよ。泣笑

    トピ内ID:0566074704

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    高校生のころかな

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    とくめいちゃん
    父や母が、自分と同世代の頃は何をして何を考えていたか、聞いたことがきっかけでしたね。

    昔は今ほど進学も恋愛も自由ではなく、父は勉強したかったけど家の為に就職したし、母も働きながら資格をとったりしていたようです。
    結婚もあたりまえのようにお見合い、母の友人の中には恋愛結婚した人もいて、そういう人に紹介してもらったこともあったようですが、母は何故か全く興味が湧かず、友人に「化石みたいな人」と言われたこともあったとか(笑)
    両親の若い頃の話って面白いですよね。親子であっても全く違うな、とも思うし、自分が結婚してからは、あぁやっぱり親子だなぁと思うことの方が多いですね。

    両親は私がどのように子育てするのか興味津々らしいです。(只今妊娠中なので)
    特に母は、私が独身の頃から「あんたは私の娘なの?」と言うくらい、性格や趣味などが全く違っていたので、私の子は一体どんな子なのか、逆に自分と孫が似ているのではないか、などと色々模索しているようです。

    親が親を思う気持ちや親の苦労を思う気持ちを知ると、今の時代の自分達はいろいろ恵まれて幸せだなぁと実感していますね。

    トピ内ID:6819379169

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    最初は高校生くらい。そして次はいい年した今頃・・・(笑)

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    🐤
    りゅく
    とても素敵なトピですね。心が暖かくなりました。

    私が最初にそう思ったのは高校生くらい。母が若い頃に読んだ本を偶然見つけ読んだことでした。晩熟な私にとって少し大人っぽい恋愛小説(笑)。母も一人の少女として青春を過ごしたのだと思いました。

    私の両親は不仲でいろいろあって家は居心地が良いといえず高校卒業後一人暮らしをし、結婚後は音信不通です。自分の家庭を持ち育児をする中で多くの方のお陰で、自分の子供時代を思い出し一つずつ癒されていくようです。長年の気持ちがありましたが、私が生まれてきた意味・きっかけを作ってくれた両親に感謝することができました。

    私にとって元々知らない、仲の良い家庭・健全な親子関係を自分の子供と築いて行くとき、素敵なトピを拝見できて、元気をいただきました。
    トピ主様・皆様本当にありがとうございます。

    トピ内ID:1508268230

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    高校生のとき

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    🐶
    40代
    私の父は転勤族で、同じ県内を数年ごとに移っていました。
    私が高1のときにも転勤があり転校しました。
    そこはかなり田舎で高校を選ぶのも不可能なような町。
    高校受験のときにも「転校したくないから考えてほしい」と訴えていたけれども父親が単身赴任は嫌、子供一人を残すのも嫌ということで転校になったのです。
    が、田舎の誰でも入学するような学校なのでものすごくレベルが低いんですよね。
    それで親が「これはまずかった」と当時中学2年だった妹は、県内で一番大きな市の高校を受験させることに…
    私は親に文句を言いましたよ。「私だけ転校させるなんて酷い。姉妹で差をつけるな!」と。
    でも「仕方ない」と聞いちゃくれませんでした。
    親を恨んで自殺も考えましたが、ふと親と同年代で大嫌いな人間がいるということに気づきました。
    そのときに「そうか。私の親は親だけどただの人間でもあるんだ。立派でもなんでもない普通のあまり賢くない人間なんだ」と思えました。
    おかげで、その後楽でしたね。
    親の言動にそれほどイライラせずに済みました。
    逆に「親は尊敬すべき」と育てられた夫は、自分の親の言動に苦しんでいます。

    トピ内ID:7744474337

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    親に相談されたとき

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    😀
    ike
    就職してから、いろんな面で
    「これってどうしたらいい?」というような相談事を
    母親によくされるようになりました。

    もともと母は叔母(母にとっての妹)がしっかりものだったので
    それにたよりっぱなしだったそうです。

    しかし結婚してから父がかなり頼りなかったため
    (父は人の意見に左右されたり自分で物事を決められない)、
    「私がしっかりしなくては!」と一念発起したそうで。
    私が成人してしっかりしだしたら昔にもどっちゃった、
    ということでしょうね。

    でも、大人になるまではホントに愚痴も聞かせず頑張ってたし
    今も本当に困ったことしか相談せず、小さなことなら
    自分でなんとかしているので今度は私が返す番だな、と思ってます。

    トピ内ID:4635564628

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    泣きました

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    😭
    yuriko
    あなたはなんて優しくて賢い娘さんなんでしょう!
    私はもうじき還暦を迎える年齢で、あなたのお母様より少し年上かと思います。30歳代の娘が2人居ます。
    23才で長女を出産する前日母が亡くなりました。
    父は40歳の時に、たった一人の兄は4年前に亡くなりました。
    兄が亡くなったとき、私もあなたのお母様と同じ気持になりました。もう、「お前が小さかったときな・・・」と言ってくれる人がいないんだなあと思ったとき、一人ぼっちになったような気がしました。この孤独感は家族でも埋められないのです。この気持を夫にも、娘達にも言えずに居ます。「経験がないから、たぶん理解できないだろうな、軽く受け流されたら傷つくし」と思って。
    あなたのお母さんを思いやる気持に感動しました。ありがとう。そのうち機会があったら娘達に伝えてみますね。

    トピ内ID:6037210413

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    あなたが

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    🐤
    わかば
    素晴らしい。 おとなになったんですね。
    それは、素晴らしい親孝行だと思いました。

    私は、3年前の年末のこと。
    お節の準備をしていると、病院から退院した母が
    嬉しそうに、
    「お正月さん ご~ざった~」と歌いました。
    「あは、なに、それ」
    「私が子どもの頃は、おしょうがつさん ご~ざった~ 
    と歌ったんだよ」
    そのあとも、にこにこと続けて歌いました。

    戦前、母が子どものころは、華やかで厳粛なお正月が
    何よりの楽しみだったのでしょう。

    もう、2年この歌はきけません。 旅立ちましたから。 
    去年の暮れ、お正月、ひとりでそっと口ずさみました。

    いいえ、母と一緒に
    「お正月さん ござった~」

    今でも心残りがいっぱい。 ずっと優しいお嬢さんで
    いて差し上げてください。

    トピ内ID:9467659598

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    やっとって感じですかね 汗

    しおりをつける
    blank
    r/w
    30代半ばです。
    どっかで認めながら親と子という関係に依存しながら居たかも知れません。
    離婚を経験して、親への尊敬や畏敬の念が確立されたかも。恥ずかしながら遅まきです。

    1度目は、20代中頃でしょうか。
    親族の葬儀の際の父親を見たとき。
    其れまで、母親から父への苦言を毎日聞かされてたので、尊敬からは程遠い思いを抱いていました。
    でも、来訪者への気遣いや働きぶりや困っている人に気がつく父親をみて
    ああ、この人はこうやって社会の中で頑張ってきた人なんだって思えました。
    外づらがいいとも言えますが、父が今まで培ってきたものを見た気がした。
    この人凄い人かもって思えたはじめのとき。

    時は経ち、離婚する際、すっかり心配をかけまして、
    不憫な娘を心配していた親に
    「今、大変なことには今見舞われているけど、今わたし全然不幸ではないよ。
     心配かけるけどちゃんと自分でやってみるからさ。ごめんねもうちょっと待ってて」と告げたら
    もう同情や可哀想な娘扱いはしないようになりました。
    その時もまさに大人対大人になれた気がする。

    良いトピ上げてくれてお礼を言います。

    トピ内ID:1447804604

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    今でこそ海千山千の母ですけど

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    blank
    かこ
    母は営業の仕事をして女手一つで私と弟を育ててくれましたが、今でも高校の部活の同窓生とクラス会と称し年に一度は集まるようです。皆さん母を「たまちゃん」と呼ぶのですが、名前は全然違うので由来を聞いたところ、マネージャーで入部したけど、おっとりと頼りなく、マネージャーのタマゴだね、みたいに言われたところから名付けられたそうです。

    現在は「玉の海」ぐらいな母ですが、そんな可愛らしいかよわい女子高生だったんだなーって想像すると愛おしいですね。

    トピ内ID:9554133317

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    素敵なトピですね

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    blank
    デニム
    頭では分かってます
    でもそこまでの境地に至っていません
    もう40なのにひどいですね
    反省します

    トピ主さん
    気づかせてくれてありがとうございました

    トピ内ID:6859687391

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    母が亡くなったとき

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    blank
    ベリーノ
    私は25歳でした。
    それまで母の小さい頃の事や人生を考えることは多々ありましたが、
    実際母が五十代前半で亡くなり、母子家庭だった事もあり、「あぁ・・・
    母には結局楽させてやる事も出来ずに死なせてしまったな。」
    と思いながら母のアルバムを整理していると母の幼少期の写真が出てきました。

    今は亡き私の祖父・祖母の足元にからみついて甘えたような表情で写真に写っていました。母は17歳で祖母を亡くしています。
    『もしかしたらこの頃が一番幸せだったのかな』
    と思いました。そしてアルバムを見ていくと高校時代の母の写真を
    見つけました。
    何だか寂しそうな表情だったんですよね。

    母の人生ですが自分の事のように・・・走馬燈のように幼少期・・・
    親が居なくて苦労したであろう青春時代・・・母子家庭で私を育てて
    くれた20代~50代。母は・・・辛い思いばかりした人生で終わってしまった
    なと、これを書いている今も涙が出てきました。

    今は母と祖父・祖母三人で天国で幸せだと良いなぁ。
    あのアルバムの中の幼少時代の母親の笑顔で・・・。

    トピ内ID:2161322100

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    高校卒業後

    しおりをつける
    blank
    うに
    県外の大学に行くとき
    実家を出て別れ際に母親が
    「心配だわ…」と泣き出したとき
    ドキっとしましたね。

    親も一人の人間で弱く
    また自身も一人の人間だと思いました。

    トピ内ID:2116054118

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    トピずれかな?

    しおりをつける
    🐶
    さりゅう
    ほのぼのした、トピなのにちょっと違うかなと思いましたが。

    私は、両親を人間としてみたのは。
    自分の子供を持ってからです。
    上の息子は、ちょろちょろ星人で気になることがあるとダッシュで走って行きます。
    別に、勉強もできるし、友達も多いので病気ではないのですが。
    それでも、どうしたらいいんだろう、できたら養護施設に預けたいと悩み続けました。
    でも、それって私自身に当てはまるんですよね。
    つまり、息子は私にそっくりなのです。
    それを思ったとき、だから私は両親に好かれなかったんだと理解できました。
    両親だって、人間なんだもんね。
    こんな、すごい子どもは育てられないよね。
    それ以来、好かれなかった、愛されなかったという気持ちは封印して。
    大人の付き合いができるようになりました。

    トピ内ID:1367397932

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    親も一人の人間

    しおりをつける
    🙂
    るるぅ
    何となく思ったのは、トピ主さんと似ているのですが、
    私が高校生の頃、祖父(母の父)がなくなったときに、火葬場で母親が
    「煙になっていっちゃう・・・」と寂しそうに言ったときです。

    それと同時期に、母にガンが見つかったのですが、
    子どもの前では弱音を吐かない気丈な母が
    伯母と話をしながら涙を流していたことがありました。
    (私は別部屋にいて、たまたま見てしまった感じだったのですが)

    私が物心ついたときから、親は親でしかなかったけど、
    親にも個別の人生があるんだな、と思ったことを覚えています。

    ただ、「親も一人の人間」とはっきりと思えるようになったのは、
    大学を卒業して社会人になった頃だと思います。

    それまで口ばかり達者で、親と対等かのような口ぶりでいましたが、
    自立したことが私にとっては大きな転換期でした。
    私にも子どもができて、ますます「誰誰の親」という立場だけではなく、
    個として今後幸せに楽しく生きて行ってほしいと思うようになりました。

    トピ内ID:7402461837

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    小学生の頃にはもう

    しおりをつける
    🐱
    みけ
    テレビの懐メロを見て母が
    「懐かしい!高校生の頃よね」
    父が
    「俺が子供の頃は各家にテレビなんてなかった」
    祖母が
    「○○(母)が子供の時は××だったよ」

    という感じで、かなり早いうちから「親にも子供時代があった」ことは意識していました。

    「みけが早く産まれたから今こんなけど、私達だってデートしたし、もっと遊んでいても良かったのよねぇ」
    と母に言われた時は微妙な心境でしたが。

    高校生の頃は、かなり相談もされ、親なんて「一人の人間」以外の何者でもない感じでした。
    うちでは、親のほうが感極まりながら昔の話をするので、かえってこちらは冷静に聞いてしまいます。幼稚園児の頃は、親って何でもできるんだと思っていましたが、もう少しそういう夢を見ていたかったなぁ。

    トピ内ID:4340390615

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    私を送ってくれた時と、父を送った時

    しおりをつける
    blank
    神無月
     心が癒されるトピですね。
     
     私の結婚式の前日、父がなかなか寝れず、一晩中ふとんの中で泣いていたと母から聞いた時。
     思ってもみなかった父の一面を知り、別の人間のような気がして、なんだか意外でした。

     それから10年後。
     その日、気が高ぶった私は一晩中寝れませんでした。
     父の弔問のために、いろんな方が次々と実家を訪れてくれた日。
     父の遺体の傍で泣き崩れた部下が、帰り際「所長の好物なんです。お供えしてあげてください」と言って差し出してくれたお菓子。
     目を赤く泣き腫らした父の地元の同級生から、初めて聞いた「みっちゃん」という幼少時代の愛称。
     かれこれ30年以上の付き合いになる趣味仲間に、「あれ、忘れないで持たせてやって」と言われて探した太鼓の鉢。父がよく持ち歩いていたスポ-ツバックの中には、その鉢と一緒に、汗の匂いがする鉢巻やくしゃくしゃにつっこんだ法被、演奏会のしおり、そのとき会場で配られたお弁当にでも付いていたのか、紙の箸袋まで入ってました。
      
     父が父でなく「一人の人間」にしか見えなかったのは、この時が最初で最後です。

    トピ内ID:8819362724

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      トピ主です 1

      しおりをつける
      🐤
      マンマ・ミーア
      皆様、レスをありがとうございます。

      頷いたり、両親の姿を重ねたりして目頭を熱くしております。
      私はまだ独身なので、既婚者の方のレスは特に興味深く拝読しました。
      きっと家庭を持って初めて解る気持ちもたくさんあるのでしょうね。

      親御さんを亡くされた方のレスには考えさせられました。
      嫌でも「親の死」に直面するときがいつか必ず来るんですよね。
      数十年後なのか、明日なのか。自分のほうが早く逝くかもしれない。
      親孝行なんてしてもしきれないし、楽しい思い出を鮮明に記憶したまま
      「親の死」をどこまで受け入れられるか分りませんが、
      せめて少しでも感謝が伝わるように精一杯努力しようと思いました。

      トピ内ID:0566074704

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      トピ主のコメント(2件)全て見る

      トピ主です 2

      しおりをつける
      🐤
      マンマ・ミーア
      余談ですが、母を誘って映画『マンマ・ミーア』を観にいきました。
      楽しい映画と思いきや、後半で目から大量の水分が!
      皆様のレスを読んだ後だったので余計に号泣してしまい、
      あのめったなことでは動じない母が引いていました…
      「大人同士」のはずが、呆れながらティッシュを差し出す母と
      涙じゃじゃ漏れの私の構図は20年前とまるで同じでした。恥

      皆様からのレス、映画、思い出し泣きのトリプルパンチでもうカラカラです。
      干物にならないように水分補給しなくちゃ。

      皆様、引き続きレスを頂ければ幸いです。

      >yuriko 様
      母と同世代の方からのレス、とても嬉しいです。
      より深く母の気持ちを理解することが出来ました。有難うございます。
      家族では埋められない…そうですよね、そのとおりだと思います。
      ただ、娘の私としては、母が気持ちを話してくれたことで大人として一歩母に近づけた気がして、
      家族をもっと大切にしたくなりました。
      「ふーん」なんて流していても、ふとした時に思い返し心に深く響くことも多いです。
      yuriko様とお嬢様方が良い機会に恵まれるよう祈っております。

      トピ内ID:0566074704

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