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    薄々子
    話題
    身内や知人が亡くなった時、とても悲しいのですが、通夜や葬式は面倒だと感じてしまいます。いつも行かなくてすむなら行きたくないと思ってしまいます。同居の祖父母の葬式も面倒でした。
    現実はそんな気持ちは隠して必ず行きます。法事や墓参も面倒なのですが、必ず行きます。香典や供物は平均以上出すようにしています。行きたくなくても気持ちを隠して行くのは両親や親戚や世間の手前仕方なくです。

    葬式は故人との最後のお別れだといいますが、私は遺体とのお別れには感慨がありません。自分が死んだら葬式はいらない、直接火葬にして欲しいと思っています。以前そのような形で死後の処理を済ませる方法をTVで見て、私はそれは楽でいい、自分が死んだ時もそうしてもらおうと思ったのです。しかし両親からは、それをいいと思えるお前は情が薄いのだと言われました。

    私は薄々、葬式を面倒だと思っている人はけっこういるのではないかと思っています。それともそんな人はほとんどいなくて、私が特別情の薄い人間なのでしょうか。

    トピ内ID:5447182627

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    周りの人に会うのが嫌

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    💰
    時計
    故人を思う気持ちは十分にあるつもりですが、
    それに伴う儀式が嫌ですね。
    あまり親戚づきあいも無いのですが、
    その時だけは会話を強要?されるのも嫌です。
    要は人付き合いが苦手なんです。

    トピ内ID:7890728512

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    「面倒さ」に意味がある

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    やまんば
    同じに感じてる人は少なからずいるのではないでしょうか。
    昔読んだ本の中に(記憶はあやふやですが)、どこかの国では喪に服すために親族が川の中州に食糧もなく3日だったかな?置き去りにされるというのがありました。飲み水はあるようです。
    心をえぐられる程の悲しみがあっても自分自身の飢餓感でそれどころではなくなる、自分自身は生きていきたいと強く思うようになるかららしいです。
    「一緒についていきたいと思う程悲しんでも腹はへる」でしょうか。

    他にも日本でも忌み篭るというのがありますよね。「日常へ帰りたい!=自分はしっかり生きていきたい!」と感じさせる目的では上記と同じ気がします。

    葬儀は細かな決まりがあったり面倒です。面倒と感じる自分、普段の生活へ早く戻りたいなあという気持ち、つまり自分自身は生身の人間として今までと変わらず生活して生きていたいと感じさせられている訳です。

    それと「面倒さ」を通して故人は既にいない、ときっぱりと意識させるケジメもつくかと思います。人間は想いや考えは形=儀式によって表現しないことには忘れる、怠惰になる、ケジメがつけにくい生き物らしいですしね。

    トピ内ID:8179833378

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    お、同じです・・・

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    にょ
    よくわかります。
    言葉にすると「面倒」が近いかもしれませんが「面倒」だけではないナニカもありますね。
    なんて表現したらいいのかわからないですけど。
    他の人には共感してもらいづらいことだろうと思うので、
    口に出さないほうが無用な軋轢を生まずにいいですよ。

    自分の死後も同じく葬式無用と思っています。
    だけど人のには出席します。
    葬式は故人よりご遺族のためのものかもしれないとも思うので。

    トピ内ID:2410048246

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    故人の身内のために行くのです

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    私も薄味
    私もかなりドライな人間ですが、
    お葬式は亡くなった本人のためというより
    ご遺族のために行きます。
    故人が生前多くの人に慕われていたと知ることが
    少しはなぐさめになると思うからです。
    私にはそれぐらいしかできません。
    ちっとも面倒ではないですよ。

    トピ内ID:1613638869

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    家族葬

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    のの
    我が家の母と私も死んだら家族葬ですましたいと思ってます母はそういう対応をしてくれる所の会員になりもし亡くなたらそこに連絡をして病院から直接火葬場に運んでもらいお墓に入れて貰いお葬式はしないと今から決めています

    トピ内ID:6913621447

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    包み隠さず。

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    トピ主さんのご両親は、まだまだ、お別れの機会を得たい、それは面倒ではないとする方も多々いらっしゃるのとお考えなのですね。
    そのような方の機会を奪う点について、「情が薄い」となされたのでしょう。

    不謹慎な意見かもしれませんが、個人的には、お葬式は同窓会のように普段顔を合わせない方とお会いするためのパーティーの意味合いが強いと思います。
    旧友とお会いするのは意味があるかも知れませんが、義理の付き合いがあるに過ぎない方とお会いするのも・・・という考えもあり得なくはないでしょう。

    私は、一般論として、お葬式は面倒だと思います。

    ただ、面倒→無駄→やめて、とまでは考えません。
    社会の習慣もありますし、パーティーの意味合いがない場合、すなわち
    付き合いのある/あった方にお別れを言いたい/言う機会を残したいと思いますので。

    トピ内ID:0445936250

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    しきたり

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    なこ
    私も結婚してから葬儀というものに疑問を抱くようになりました。親族、近所の方…もう何度となく経験しました。
    身内はわかりますが最後のお別れといってもまったくの義理で参列した場合の心の持ちように困ります。
    時代とともにこういう、しきたりも変化するだろうなと毎回感じています。少子化で兄弟がまず少ないですからね。
    私も自分の時は密葬で、子供や孫、近い親族に送って貰えたらそれでいいと思っています。(主人の時にはそうはいかないでしょうけど。)遺影も必要あるのかな…火葬だけなら費用も桁違いに安いらしいですよね。正直子供たちに負担はかけたくないです。

    トピ内ID:3723140551

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    同感です

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    rigel
    私も、葬式なんて止めて欲しいです。
    せめて数人の近親者だけで、通夜にお線香を上げてもらえば十分です。
    翌日は市営の斎場で処理してもらえば終わり。

    どんな人間でも、死んでしまえば一塊の肉のかたまりでしかありません。
    多くの人に、忙しい中をわざわざ来てもらう必要はないですね。

    でも多分、遺族はそれでは気が済まないと思うのでしょう。
    だから、そのことをどのように遺言で言い残すか、思案しています。

    知人の葬儀は、連絡があれば極力行くようにしていますが、
    ほとんど縁のない方もあり、腑に落ちない気持がする場合もありますね。

    トピ内ID:5715216943

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    面倒です

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    冷子
    悲しいけど、あの読経の長さに毎回うんざりです。

    だいたい、葬式、暗すぎです。余計辛くなります。
    もっと、華やかに、お疲れさま!また会いましょう!のような
    式になればいいのに。

    しめっぽいのもイヤだし、長いのはもっとイヤです。

    日本人って葬式にこだわりすぎ。

    トピ内ID:0367477623

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    似たような感覚かも?

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    大一族の末端
    我が家だけ遠方に住んでいることもあって、葬儀への参列を億劫に思うことが多いです。また、自分自身は葬儀を出すつもりはありません。家族の手を煩わせたくない、自分如きのために他人様にご足労頂くのは申し訳ない、と思っているからです。

    それでもトピ主さんと同じで、人並みに葬儀に参列していますが、義務感からではありません。葬儀とは故人へのお別れだけでなく、遺族を慰め励ますことや、故人を介して親族とのつながりを温め合うことなどにも、とても大きな意味があると思うからです。とかく希薄になりがちな親族関係ですが、時折ルーツを確認しあい、和を深めることによって、この一族の一員として、恥ずかしくないように自分を律していかなくては…というような、自分の中の行動規範のようなものを改めて確認できるような気がしています。こんな気持ちでの参列は不謹慎かもしれませんが。

    我が家は親族が大変多く、伯父伯母従兄弟、母方だけで40人近くいるのですが、私が一番若くしかも少し年が離れているため、恐らく全員を見送って一番最後に逝くことになるでしょう。冠婚葬祭だけですごい額になることは覚悟しています(笑)。

    トピ内ID:6558288882

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    面倒くさがり

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    🐴
    へっぽこ女騎士
    >身内や知人が亡くなった時、とても悲しいのですが

    そう感じるのなら、主さんが特別情が薄いということはないと思います。
    至って普通なのではないでしょうか。
    身内や親しい人が亡くなっても全然なんとも思わない、ということであれば情が薄いと思うけど。

    実は私自身もトピ主さんと全く一緒で、親しい人が亡くなるのはとても悲しいけど葬儀はとても面倒…と思っています。
    とても面倒くさがりなのです。

    >自分が死んだら葬式はいらない、直接火葬にして欲しいと思っています。以前そのような形で死後の処理を済ませる方法をTVで見て、私はそれは楽でいい、自分が死んだ時もそうしてもらおうと

    この部分に関しても、私はトピ主さんと一緒ですね。
    豪華なお葬式なんてやらなくていい、やってほしくない。
    「私が死んだら死後処理はシンプルに行ってほしい」と今から一筆書いておこうかなあ(苦笑)

    トピ主さんは情が薄いのではなく、私と同様に、単に面倒くさがりなだけだと思います。

    トピ内ID:5361005649

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    多くの人もきっと同じかも

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    みこ
    身内、祖父母やおじおばなどは、条件的に高齢や「身内」というだけで関係が希薄であったりする場合があるのでそうかも知れません。
    高齢というのは「世の中の順番」という一種の覚悟や諦めが根底にあるのかもです。

    ただ、夫であったり子どもや親しい友人などはまた違うかもしれませんね。
    そういうの場面にまだあったことがないからかも知れません。
    身を切られる思いをするのでは、と思います。

    自分の時も簡単にしてほしいとは思いますが、周りはそうはいかないでしょう。
    これは感情の有無ではなく儀式なのですから。
    哀しむふり、哀しむ行為、も儀式のひとつかも知れません。
    どこかの国では泣くための人を雇うらしいですから。

    それだけあなたを失うのは痛手である、という最後の愛情の表現かもしれませんね。

    本音はみんなわかりません。

    私も祖母二人の時には「ああ、そういうものか」と。
    映画「おくりびと」のあの儀式を目の前でやっていた時も「へえ」ぐらい。
    祖父はどっちも知らないので。

    関係の深さとその人の持つ人生観かもしれません。

    その人の人間性というより死というものへの哲学の差かも。

    トピ内ID:4496133419

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    私も面倒だと感じます

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    ryou
    私も面倒だと感じます。自分が行くことだけでなく、やはり死んだ後も面倒だろうから葬儀や墓もいらないと思っています。
    実際は葬儀も墓も遺族のためのものだろうから、好きにしてもらうしかないと思っていますが。

    知人や身内に関しても最後にお金や時間を掛けるより結婚や出産の祝の方を手厚くしてやりたいと思っています。自分の中では死者より生者の方が重要な感じです。

    トピ内ID:2758348382

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    同じですよ

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    🐱
    リンダ
     葬式などは、一番悲しい人が喪主となり、一番忙しくて悲しみにひたっている暇ありませんから、儀式だけということ、痛感しました。それでも、義理の葬式・法事にはしぶしぶ出かけていますけどね。

     それにお寺もお金次第で、如何様にでもなるということ、好きになれません。それでも、檀家としての、つきあいはしています。

     で、自分の場合、「葬式いらぬ、死んだ者に金使うな。生きている者が大切」と子供に言い聞かせています。

    トピ内ID:5760739987

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    情が本当に薄い人は

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    🐤
    つるるんたまご
    お葬式やお通夜にさえ行きません。

    私は出来るだけ避けようと画策しています。
    つい先だっても同僚のご母堂さまの葬儀は欠席。
    ご本人に香典を手渡し。

    ご近所は特別親しく無ければスルー。
    義理があればお通夜でとっとと帰る。

    この歳(60歳)になると
    身内の葬儀はほぼ済んでます。
    あと一件だけ確実に臨席するつもりです。
    それ以外は香典を郵送するのみ。
    そう決めています。

    情はもともと薄いです。
    自覚はあります。

    ヌシ様は表面だけでも薄くは見えませんよ。
    ご両親にも心の内を隠してはどうでしょうか?
    余計な心配をさせないのも親孝行かも。

    トピ内ID:6383798330

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      普通のことと思いますよ

      しおりをつける
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      uni
      葬式というのは故人のためではなく
      残った人のために行なわれるものと思います。
      しかし親にしてみれば大人になったとはいえ子供が帰ってきたら骨壷の中の灰だった。
      というのは残った人は悲しいかもしれないですね。
      そういった側面から捉えれば、葬式は無しでというのは
      「残った人のことを考えていない」ということになると思います。

      当人にしてみれば、私もそうですが
      自分の葬式なんかに金や時間を掛けてくれるより、手を合わせてくれたら
      もっと他の楽しいことをしてくれればいいと思います。
      これもある意味で残った人のことを考えてのことでしょう。

      トピ主様の仰ることとご両親の仰ることは
      本人や周りの人が葬式をして欲しいかそうでないか
      そこの価値観が異なるだけで、言っていること事態はごく普通のことと思います。

      トピ内ID:8183647231

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      情が薄いわけではない

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      🙂
      同感者
      情が薄いわけではないと思います。
      自分が他界したなら葬式はいらない直接火葬にして欲しい、とは名案です。
      私もそうしていただきたいくらいに思っています。死後何かと周りに世話をかけるのを少しでも無くしたいそんな気持ちがあります。
      身内の方が「おまえは情が薄い」と仰るのは、親御さん自身の葬式に関する思いが貴方とは異なるからであって、貴方が特別薄情な人間であるとは思えない。ある意味確かにお通夜や葬式は大変ですし面倒な儀式でもあります。
      そこは個々の感じ方の違いでしかないでしょう。
      これからの時代は、貴方のような方々も出てくると思われます。
      私は故人の生前の意志を尊重したいですね。

      トピ内ID:2461859795

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      そういう人に来てほしくない

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      うみ
      自分が死んだときに葬式をするかどうかは別として、
      そういう気持ちの人に仕方なく葬式に来てほしくないなあ、と思いました。

      死んだ当人に対してではなく、本当にその人の死を悲しんでいる人のことを思うと、です。

      自分はそんなに悲しくなくても、大事な人を失って悲しんでいる人がいる、ということを慮って葬式に行くのではないでしょうか。

      そういう意味では情が薄いというか、そういうことに気持ちを使えない人なのかなとは思います。

      トピ内ID:2503639126

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      情が薄いというのではなく…

      しおりをつける
      🐶
      まめしば
      トピ主様はご自分の葬儀をしてもらわなくて良いと考えているようなので、
      葬儀=重要なことではない と思っているのかもしれませんね。

      故人の生前に親しかった人以外は、身内であっても、面倒だと感じると思います。
      ご両親や年配の方には、あまり理解できない人が多いように思います。

      ちなみに私も自分の葬儀は不要と考えており、お墓も要りません。

      トピ内ID:4653753007

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      トピ主です

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      blank
      薄々子
      4月2日8:02 ryou様まで読ませていただきました。
      皆様のレスを読んでいるうちに少し気持ちが整理されてきました。

      まず自分の性格については改めて「人付き合いが苦手」「面倒くさがり」だと認識しました。
      「人生観」や「死というものへの哲学」といえるほど深く考えたことはないのですが、死後の世界だの前世だのは子供の頃から信じていません。
      特定の信仰は持っていませんが、敬意は払いますし習慣には従います。神社に行けば拍手を打ち頭をたれ、仏壇には線香をあげ手を合わせ、クリスマスにはツリーを飾りプレゼントを用意します。

      「死者より生者の方が重要」ですから、お年寄りが自分の葬式代300万円だけは手をつけずに郵便局に預けているなんて話しているのを聞くと、生きている今のうちに使っちゃえばいいのにと思ってしまいます。

      面倒くさがりで内心こんな習慣はなくなってしまえと思いながらも、年賀状を出し、中元と歳暮を贈り、受け取れば礼状を出し、ご近所から頂き物やお裾分けがあればそのお返しを渡し、お茶に招かれたら次は我が家に招待しています。続きます

      トピ内ID:5447182627

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      トピ主です(続きです)

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      薄々子
      私たち夫婦は子供に恵まれませんでした。葬式が面倒、自分の時は葬式不要、これは子供がいないからだろうかと考えてみましたが、私の場合は関係なさそうです。「子供たちに負担はかけたくない」とも考えるでしょう。

      「葬式=遺族のため」という場合もあるでしょうが、「葬式=遺族の負担」である場合も多いのではないでしょうか。
      その負担感に意味があり日常に戻るためのケジメがつくのかもしれませんが、私は葬式という儀式がなくても「死んで火葬された」という事実だけで充分に思えてしまいます。本当はやりたくないのに仕方なくやっているご遺族もいるのではないかと薄々思っています。

      香典を出す際は、間柄による相場を調べたり周りと額を合わせたりして「5千円から1万円」などと幅があれば多い額のほうを包んでいます。もし相場が5千円の間柄でも、2万円包めば、たとえ葬式に出なくてもご遺族に対して「故人が生前慕われていた」と示せるならそうしたいです。(それで結構というご遺族もいるのではないかと薄々…)

      とりとめのない文章になってしまいました。引き続きご意見がありましたらお聞かせください。

      トピ内ID:5447182627

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      トピ主のコメント(3件)全て見る

      ご年配の方が葬式代を蓄えておられるのは

      しおりをつける
      💔
      506
      後を看る者に責めても死に銭での迷惑をかけないようにする為でしょう。
      死に逝く者の大半は、葬式なぞ盛大な必要なし親しい者や別れを惜しんでくれる者に厳かにひっそりと送って欲しい、何よりも死んで尚迷惑はかけたくない…って思っていますよ。きっと。

      面倒と思いながら参列する必要はないですよ。お付き合いと割り切るのであれば弔電一本で義理は果たせますでしょう?
      身近な者を送った経験がないのであれば分からない事で済みますが、薄情なのではなく思いやる気持ちの視点が違うのではないでしょうか。

      私は夫の祖父母を見送った際(私の祖父は健在)、派手にはしないしできないけれど故人を思う遺族の気持ちを知りました。
      義理だけで来てくださる方に精進落としをご用意するのは煩わしいですが、故人を偲んでおいでくださる方にはその煩わしいさなぞ感じませんし、法要そのものもは煩わしくありません。
      葬儀や法要は遺族の悲しみを癒す意味もあると思います。

      第三者の場合、煩わしいなら参列せずに義理を果たす方法はいくつかありますから…そんな気持ちで参列しないでください。故人や遺族に失礼です。

      トピ内ID:9973410188

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      トピ主です

      しおりをつける
      blank
      薄々子
      506様まで読ませていただきました。レスをありがとうございます。

      週末は花見を楽しみにしていましたが、運悪く義理の通夜・葬式が入ってしまいました。この「運悪く」というのが甚だ自分勝手な気持ちからで我ながら嫌な性格だと思います。

      ただ、他のかたにはそういう気持ちを絶対に悟られないように振舞っています。表面上は取り繕っても、その気持ちが失礼なのでしょうが…。

      2日続けて出歩いて、うんざりするのは歳とともに衰える自分の体力気力の問題と、出席の機会が増えたことも関係しているのかなと思いました。
      つるるんたまご様より10歳ほど若いですが、もう香典の郵送で済ませたいのが本音です。

      歳をとれば若い頃に感じた墓参が面倒などという薄情な気持ちが改まるかと思えば、逆に年に4回の墓参(命日、お盆、春秋の彼岸)から逃れたいという気持ちが強まっているようです。

      トピ内ID:5447182627

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