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    おじいちゃん、おばあちゃんの、ホロリとする話

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    🙂
    話題
    はじめまして。トピを開いてくださいありがとうございます。

    わたしは祖父や祖母のいない家で育ちました。
    なので、おじいちゃん、おばあちゃんの思い出があまり無いので、友人が「俺はおばあちゃん子だった」というような話を聞くとうらやましいなぁとちょっと思ってしまいます。

    おじいちゃん、おばあちゃんにまつわるホロリとする話を聞かせてくれませんか?

    私は経験が少ないのでこんな話ですみません…

    うちの母方の祖父母は電車で2時間ほどの県に住んでいまして、毎年暮れに母は私たち子供三人を連れて実家に帰省していました。
    この祖父母、小さな一階建ての借家に住んでいるのですが、帰り際になるといつもどこから出てくるのか大量のお土産を持たせてくるのです。
    母は何度も要らないと断るのですが、いいから持っていけと。

    その時も根負けで、おみやげに持たされたのは30キロの米袋いっぱいに入った、祖母が漬けた自家製「たくあん」
    小学生の兄と私、まだ3.4歳だった弟を連れて数十キロあるたくあんを抱え夜道に駅へと歩く母。
    駅までの何十分の間、母はずっと黙っていました。
    寒くて暗い中、田舎のホームには電車がなかなか来ない。寒い寒いと私と兄。
    眠いと母におんぶをねだる弟。黙りきりの母。

    弟が泣き出し、とうとう母はたくあんの袋をかついでホームのゴミ箱にどさっと入れました。
    「行くわよ」と母、「捨てちゃっていいの?」と聞くと「良いのよ!」母は空いた手で弟を背中におんぶし、私たちは来た電車に乗りました。

    そして、電車が発車すると同時に涙をぼたぼたと落とす母。
    「どうしたの?」「何で泣いてるの?」
    母は悔しそうに「少しだけでいいのに、いつもいつも父は私たちに持ちきれないほど沢山のおみやげを持たせるのよ、少しだけでいいのに、、、、。」

    わたしは思い出すたびに、今の自分がたくあんを半分持ってあげれたら、と思うのです。

    トピ内ID:2958647967

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    トピ主さんと同じ境遇です。

    しおりをつける
    Eraichi
    一度は閉じたのですが、やっぱりコメントを残したくて再度開きました。

    私の父方の祖父母は早く他界し、母方の祖父母は健在なものの遠くに住んでいます。会うのは年に一・二度。トピ主さんのお話と同様、母方の祖父母も、大量の食料を持たせてくれてました。地元名物のイカ団子(冷凍保存可)を20Kg近く、往路にはなかった新しいバッグの中身は、祖母が良く知っている、母の地元名産の好物ばかりでした。

    そして別れ際の祖母と母は、涙・涙。母の兄弟姉妹も寂しそう。小さい頃は何故泣くのかわからなかったけれど、今になると分かります。寂しいだろうし、遠くで暮らす祖母・母の健康を心配しているでしょうし、祖母は遠くで頑張る母にしてあげられることもない。

    私自身、異国に暮らすようになりました。母は泣かないけれど、今思えばきっと母は祖母と同じように思っているはず。そう思うと、一時帰省中の今、やっぱり辛くなります。

    母も年をとりました。帰省から帰る際、祖母は相変わらず涙を流すよう。いくら年を重ねても、親子の思いと絆は健在なのだと思わされます。

    今出来ることを両親にしてあげようと、考えさせられました。

    トピ内ID:2559834252

    ...本文を表示

    いつも思い出すのは・・・

    しおりをつける
    😀
    シエル
    とにかく優しかったばあちゃん、優しかった記憶しかなくて、叱られたことなんてあったのかな?って思うほど・・・。
    両親共働きだったから、ばあちゃんが「おかえり」って言ってくれるのがとても嬉しかった。
    ある日友人とその弟と川で遊んでいたら、その弟の靴が川に流されてしまった。
    家に帰ると友人のお母さんが玄関で怒鳴っていた。近所でも有名な怖いお母さんだった。
    「きっと靴が流されたことを私のせいにしたんだ!」と思って家に帰れなくなり、
    空き地の材木置場の影に隠れていたら、探しに来たばあちゃんが私を見つけて
    「あら、シエルちゃん、ここにいたの!ばあちゃん遅いから心配したよ。」ってものすごく優しい笑顔で言ってくれた。
    あの時の優しい顔が忘れられない。

    小さい頃、長く入院生活を送っていた影響で、数年間、深夜に目が覚めて怖くて眠れなくなった。
    そんな時はすぐにばあちゃんの布団にもぐりこんだ。そこが一番安心できる場所だったから

    トピ内ID:4831212042

    ...本文を表示

    私の祖父母ではありませんが・・。

    しおりをつける
    blank
    気分は新婚。
    80近いおじいちゃんと少し年下のおばあちゃんのご夫婦。

    おじいちゃんが体調を崩して入院、あれよあれよという間に危篤になりました。
    ずっと付き添っていたおばあちゃん。

    いよいよという時になってもう意識もないおじいちゃんの手を握ってぽつり。
    「ずっと一緒にいようねって言ったのに。まだまだずっと一緒にいようねって言ったのにね。」
    そういって優しく優しくおじいちゃんの手をなでるのです。

    沢山の方をお見送りしてきましたが、このときは私も泣いてしまいました。
    一緒にいた主治医も思いっきり泣いてました。
    長い結婚生活色々あったでしょうに大好きだったんでしょうね、おじいちゃんのこと。
    50年以上連れ添ってまだもっともっと一緒にいたかったって、うらやましいくらい。

    私は当時独身でしたがこんな夫婦になりたいものだと思いました。

    トピ内ID:4231047647

    ...本文を表示

    一緒に住んでいました

    しおりをつける
    🐶
    オース
    こんにちは。お孫さんの最後の文章を読んで“うんうん”と肯いてしまいました。両親が働いていたので、母方の祖父母と過ごす時間が長かった子ども時代です。祖父母が大好きでした。

    学校から帰るとリクエストに応えてチャルメラ半分とかおにぎりとかを作ってくれた祖母。真夏にひどい熱を出した時は(うつるかもしれないのに)添い寝してくれて、「よい風がきますように。楽になりますように」と言ってくれた祖母。古いレースや白い布地を上手く工夫してお人形さんのウエディングドレスを作ってくれた時は、息が上手にできないぐらい嬉しかった。

    祖母は30年以上前に亡くなりましたが、祖父には結婚式にもでてもらえました。第一子を妊娠中に祖父の病気が判明。何とか子どもを見て欲しいと願いましたが、間に合いませんでした。とても気持ちの優しい祖父で、亡くなる10日ぐらい前に同居の母に「○○の子どもの乳母車のお金を箪笥に用意してある。○○に渡してくれ」と言ってくれたそうです。かなり体がしんどくなっていたであろう時期に、銀行に行ってお金を引き出してくれたようです。

    今でのその残りのお金は宝物として持っています。

    トピ内ID:5914200821

    ...本文を表示

    あれは忘れもしない...

    しおりをつける
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    じじ子
    私の両親が離婚する前に暫くの間、母の実家で暮らしていました。
    父は父の実家にいて、数ヶ月は会わなかった記憶があります。
    丁度私が3歳の時です。
    母の実家は雪国でしんしんと大雪が降る寒い冬の日。
    祖父と父が2人で母の実家を訪ねて来ました。

    私を引き取りたいとの話し合いに来たのです。
    話し合いがどうなったか幼児の私には分かりませんが
    祖父と父が私に笑顔で手を振り雪道を歩いて行きました。
    私は泣きながら「行っちゃイヤだ」と叫びながら
    全速力で走り、転び、雪まみれになりました。
    母に連れ戻されるまで追いかけました....。
    数ヶ月後に離婚成立で父方に引き取られ
    祖父宅で温かい生活が始まりました。
    (母は問題だらけの人でした)
    祖父と父には感謝しています。

    トピ内ID:6286356622

    ...本文を表示

    いいトピですね…

    しおりをつける
    🐶
    ゆう
    トピ主さんや皆さんのお話、うるうるしながら読みました。私は父方の祖父母と同居でした。両親共働きだったので、いっぱい面倒みてもらったのに、口うるさい祖父母だったので、私も憎まれ口ばかりきいていました。
    祖父母が亡くなり20年程経ち私も親になった今になり、昭和50~60年代の懐かしい風景や祖父母と過ごした日々を思い出すんです。楽しかったなぁ~祖父母や両親に愛され守られていたなぁ~と。
    もっと祖父母に優しくしてあげればよかったと今になって悔いてます。

    トピ内ID:9444274783

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    祖母が育ての親です。

    しおりをつける
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    Ruri
    私は両親共働きで、母が帰ってくるまで祖母が家事や身の回りの色々な事を教えてくれる育ての親でした。今も健在です。
    いつも一緒に夕飯の買い物に行って、お茶したり、旅行に行ったり。何をするにも長く一緒にいたのは内孫の中でも私だと思います。私の結婚式には、甥(祖母にとっては曾孫ですが)の手術が控えていたため、欠席になりましたが、代わりに事前に衣装を着て写真撮影をする事にし、花嫁衣装を見てもらいました。
    今でも私の声が聞きたいと時々電話がかかってきます。
    母方の祖父母もいましたが、家庭環境がとても複雑で、離れていた事もあり、母も会う事にいい顔をしなかったので、あまり会えませんでした。でも会える時は二人ともすごく優しかったです。亡くなった時はとても悲しかったです。もっと会っておけば良かった、と思いました。

    トピ内ID:7013225113

    ...本文を表示

    一生かかっても返しきれない恩

    しおりをつける
    にこぼう
    母の実家がすぐとなりにあるので、祖父母とは大学に入るまで一緒に暮らしていたようなものです。3歳の時に自宅が完成したのですが、おばあちゃん子の自分は中学3年まで母の実家で祖父母の間で寝ていました。ベッドは2つしかないので1人は隙間に敷いた布団になります。最初は小さい体にもかかわらず当たり前のようベッドを使っていましたが、次第に自分が悠々とベッドで寝ていることに違和感を覚えてきました。そこで何度も自分が下で寝ると言ったのですが、祖母は決して交換してくれませんでした。ちょっともう涙で前が見えない…。

    今では月一で米を送ってもらってます。米だけでいいって言っても、俺の好きな果物とかも必ずはいってるんだよな…。

    両親だけじゃなく祖父母にも恩返しをしなければならない。そんなことを考えてるので大学に入っても遊ぶ気にはなれなかったよ。

    母親から「もっと大学生らしく遊びなさい」と言われたのはショックだったな…。

    トピ内ID:3313202402

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    「神様もうしません」

    しおりをつける
    🐤
    ニセアカシア
    ずっと昔のネット投稿文でいまでも忘れられないお話なので、それでもいいでしょうか?

    今は天国にいったおじいちゃんが元気だった頃、仕事で楽しみにしていたドラマが見られないので、家にいたおじいちゃんに録画を丁寧に説明してお願いしたそうです。
    そのドラマの題名は「神様、もう少しだけ」。
    家に帰ってお願いしたドラマはちゃんと録画されていたそうです。
    そして傍らには、おじいちゃんのメモがありました。
    (テレビ録画、「神様もうしません」)。

    おかしくって、そしてもう今はいない私の知らないおじいちゃん。ほろっときました。

    トピ内ID:8742792895

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    私のおじいちゃん

    しおりをつける
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    おじいちゃん会いたい
    雪国の、祖父母のいる家で育ちました。料理が得意だった祖父は、ひな祭りになると近所の女の子をたくさんあつめて太巻きをにぎってくれました。甘辛く煮た胡桃入りの太巻きです。祖母は堀炬燵で保温していた甘酒ジャーを取り出し、手作り甘酒を振舞ってくれました。みんな大喜びでした。

    そんな祖父が認知症になったと聞いたときは、大学を休学し故郷に帰って介護しました。認知症になっても好きな料理をずっと続けたいと言った祖父は、新鮮な良い食材を仕入れたいというので、毎日のように祖父を車に乗せて二人でスーパーをはしごしました。楽しかったなあ。

    会えなくなる日がそう遠くないことを、二人とも心のどこかでわかっていたから、なんでもないおじいちゃんとの毎日は、輝くような、きらめくような、一瞬一瞬でした。生きるって素晴らしいなあと毎日思いました。

    あの日々が今でも忘れられません。「本当に好きな人の介護は、することが幸せなのだ」と他のトピックでどなたかが書いておられましたが・・・私も、心からそう言いたいです。あの日々が、今でも自分を支えていると思います。

    来週は祖父の3回忌です。素敵なトピをありがとうございました。

    トピ内ID:6345500837

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