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NHK大河ドラマ「義経」を見ながら

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(トピ主 0
041
判官贔屓
話題
ふと疑問に思っています。 いまのところ平安後期が舞台になってますが、当時の結婚模様ってあんな感じだったんでしょうか? 平安時代までは貴族から庶民まで通い婚だった、と学校で習った記憶があります。 貴族の場合、三晩続けて男が通ってくれば「三日夜の餅」を二人で食べて正式な結婚となり、男が通ってこなくなれば「夜枯れ」で正式な離婚となる、とも教わりました。 中には長く結婚しているうち男が棲みついてしまったり、男の家に妻が呼ばれて同居する例もある、とも。 先日ある豪族が義経に「娘と結婚して欲しい」と申し出るシーンがありました。 また北条政子の父が、娘の恋愛に難色を示すシーンも。 通い婚でそういうことってあるのかなぁ??? 時代考証の専門家がついているのですから、そう外れてもいないのでしょうか。 詳しい方がいらしたら、ご意見をお聞かせください。

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色々なスタイルがありました

041
はて
それこそ通いだったり同居だったり。奥さんが何人もいる人もいますし、北の方でない女性に対しては特に「通う」のが主流のように思います。とんでもない金持ちで身分も高ければ、光源氏のようにハーレムを建てる事も可能ですが。 義経の場合に関わらず、男が勝手に気になる女性の元に通う、という事は男性が余程身分が高いなら分かりますが、そうでない場合は不可能ではないでしょうか?例えば北の方になる女性宅へ通う場合やそうでなくとも正式な妻となる女性宅へ通う場合は、全てお膳立てされています。 特に身分が高い者同士の結婚は恋愛結婚ではない場合が殆どですし、男性の身分が女性より高い場合、女性の親が娘を献上する、という事もあります。 政時が政子と頼朝の恋愛を阻止したいのには様々な政治的事情がありますが、親がダメだと言ったところで、先を見越す能力のあるその他兄弟が手引きしてしまえば、それまでですが。

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源平期の婚姻スタイル

041
まゆり
 通い婚からシュウ嫁婚への変遷の時期はちょうど平安末期から鎌倉期にかけておこる、とされています。 しかも、これは貴族社会や関西に比べて、武士階級や関東ではやくはじまる、とされています。 したがって、義経記の時代に伊豆の北条や陸奥の武士にご指摘のようなことがあったとしても不思議ではありません。

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うろ覚えなのだけど

041
古文ひとかけら
> 先日ある豪族が義経に「娘と結婚して欲しい」と申し出るシーンがありました。 源氏物語では明石の入道も光源氏に「娘と結婚して欲しい」と申し出ていたような……。

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なるほど。勉強になりました

041
判官贔屓
トピ主です。レスありがとうございます。とても勉強になりました。 大河ドラマでをじっくり見るのは久しぶりなので 今後も日曜日を楽しみにしたいと思っています。

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