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時間なんて、存在しない。

レス136
(トピ主 0
041
雨の音
話題
ふと思ったのですが、本当は私たちの周りに時間なんてものは存在しないのではないでしょうか。 私は今まで時間とはただ漠然と空間という水槽を満す水のようなものであり、世界は時間という川の中を流れる、あるいは時間は空間の中を流れている、という認識がありました。でもそれは認識の産物であり、存在するのはただの事象の流転、物事の遷り変り、Aという現象の次にBという現象があるだけで、実は時間は存在しない。時間の存在を証明した科学者はいそうにありませんし、時間を手にとって触ったり耳で聞いたり目で見ることは、出来ません。 時間が存在しないということになると、変化を限りなく速くすれば、A地点からB地点への移動に要する時間を限りなく少なくすることが出来るかもしれませんし、反対に変化を強引に停止させることが出来そうです。一方、タイムマシンで過去に戻るとか未来へ旅するとかや、時間を延ばしたり縮めたりは出来ない。なぜなら時間は存在しないのだから。 このことについて皆様の考えを聞かせて欲しいです。

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映画を観てるとき

041
やすお
相当はまってみた場合、鑑賞後時間の感覚を忘れる程の感覚になる時があります。(5本指にはいる程度の回数ですが) 鑑賞後、今が何時なのか、何がどうなってたのか考えないと忘れてたという感じです。 時間を感じないでいられたその時に幸福感を感じました。 時間に関しての意見はこれだけしか持ってません、今の所。

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タイムマシンは…。

041
ウエルズ
やっぱり実現不可能かな、と感じます。様々なタイムパラドクスからしても、何をどう考えても(ただ今の限定された自分の頭で考えられる事など些少な訳ですが)。 トピ主さまの仰るとおり、時間は存在しないといいますか、生活の上で必要だから区切りを付けただけのものですよね。ただ全ては変化していく、それを時間の経過と言えばやはりそうだと思います。 例えばある瞬間、何らかの運動の結果生じたアクションはすでにその瞬間後過去となっており、完全なる再現は不可能だし、それを過去へ遡って見る事が出来ると言うのは、全てがフィルムに納まっているかのような奇異な感じを受けます。発想がすごく貧困ですが。 私も少なくとも、アインシュタインの特殊相対性理論くらいを完全に理解した上で論じたいのですが、あれは難しいです。光速よりも速く動けば、時間が縮むというのも、ちょっと??な考え方だと思います。

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集団で行動するために作られた単位

041
やむやむ
これが釣りではないとして、真面目にレスを返します。  この世に生きているのがあなたひとりであれば「時間」という考えは必要ないかもしれません。  文明の発生が「時間」を作り出したのだと考えます。それは肉体的には弱く、頭脳を使って集団で生きていく必要があった「人間」が作り出した原始的な規則、単位だと思うからです。 <変化を限りなく速くすれば、A地点からB地点への移動に要する時間を限りなく少なくすることが出来るかもしれませんし、反対に変化を強引に停止させることが出来そうです>  あなたの感覚で速くなったり遅くなっても、他者の「速い遅い」の判断とは異なるかもしれません。  他者の感覚とあなたの感覚を一緒のレベルで考えるために、参考になるのが「時間」という単位です。  もし、あなたが、自身の感覚と他者の感覚をそろえた上で上記のような現象を起こすことができるのであれば、人はあなたを「超能力者」と呼ぶことでしょう。

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トピ主です。有難うございます。

041
雨の音
沢山の回答有難うございます。 やすお様 楽しくて時間を忘れたりということはありますね。 ウェルズ様 「時間=区切り」。同感です。瞬間が過去になる点について、時間自体が存在しないのですから、現象の直前には前の段階があったわけで、今この瞬間はある段階の次の段階に過ぎなくて、時間をさかのぼることもありえない。 時間が経つのではなく段階が進み、状態があるだけなのだというのが私のイメージと言えるかもしれません。 やむやむ様 A地点からB地点の例は抽象的で適切でなかったかもしれません。 個人的イメージとして、時間にはそれ以上は短く測れない極小単位があって、物事の変化もそれ以上は細切れに起こりえないという想像が私にありました。 でも、時間が存在しない前提に立てば、細切れも無いわけだし、どんなに素早い変化も可能、物の移動も無限に上げられるかな、というイメージが出てきたわけです(それを妨げる障壁が見当たらないから)。 時間は人が作り出した規則という点について賛成です。 多くの人にとって時間は、物質というか、流れのようなもので、実在すると思っているように思えるます。日常的に必要な感覚ではあるのですが。

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そのとおりだと思う。

041
みー
うーん・・・あたりまえの事だと思ってましたが、 あたりまえじゃない人が多いんですか??? 時間旅行はおとぎばなしと思っています。 物語としては楽しい設定ですよね。 机上の話だけかもしれませんが、宇宙の中には 時間が早く流れる場所と遅く流れる場所が あるそうですね。聞いたときは 感覚で理解しずらかったですけれども。(今も?) トピ主さんのおっしゃる、A地点~のお話は そういう事ですか?

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時空

041
けけけ
我々の住んでいる空間は3次元です。すなわち三つの座標系(例えばx,y,z)で表すことができます。 相対性理論ではそれに時間が加わります。すなわち4次元(t,x,y,z)です。この時間と空間を組み合わせたものを時空と言います。 荒っぽい言い方をすれば、時間と空間は同じものだとお考えください。 > 時間を手にとって触ったり耳で聞いたり目で見ることは、出来ません。 空間を触ったり聞いたり出来ないからと言って、空間の存在を否定しないでしょう。 時間も手にとって触ったり出来ないのは当然です。 > 時間を延ばしたり縮めたりは出来ない これはできます。光の速度に近づけば近づくほど、時間の進み方が遅くなると言うことは実験で証明されています。また空間も伸び縮みします。

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専門家の推敲求む…

041
どしろうと
時間が存在するしないって、数字が存在するしないと同じようなものじゃないのかな? 点が一次元、線が二次元、空間が三次元、時空が四次元だよね。 ヒトが把握できるのはここまで… 行ったり戻ったり、長短を自在に操れる単位が空間までで、4つめの一方方向でしか把握できない単位を時間と名づけているのです。 五次元まで把握できる生命体は、時間も自由に行き戻りできるんでしょうね。 物理学が発達して、ヒトが五次元を知覚できるようになれば、時間旅行も可能でしょうね。 五次元を知る鍵が、光の速さにあると最初に感づいたのがアインシュタインです。 ホーキンスはどう展開してましたっけ?著作を読んでないです。 まあ、とりあえず、時間を触れないのは、点や線や空間を触れないのと同じことです。 概念である以上、物質的に五感で実体を知覚できるものではありません。 物体の存在を通じて、推理・想定できる概念です。 余談ですが知覚できるものが実は自分の思考の産物で存在しないかもしれないこと、思考と知覚について考えたのは、哲学の現象学です。ハイデガーとかウィトゲンシュタインとか読んでみると面白いかもですよ。

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アインシュタイン

041
タオル
私もトピ主さんと同じく時間については子供の頃から疑問を持っていました。 私としては「時間」は人間が作った一つの区切り、目安だと思います。 ただ「時」は宇宙において切り離すことはできない絶対的な存在だと思っています。 時には必ず始まりがある。 では「時」がいつ生まれたか? 子供ながらに一生懸命考えたのはそれは「宇宙が生まれた瞬間」。 でもこれは後付けの定義に過ぎないと自分でも思います。 私なりの解釈では、この世のモノには個々に「流れる時」を持っているということ。 中には過去に戻ることができるものも存在すると思います。(そのものだけを見れば状態が過去と同じ状態になれば過去)でも過去に戻ったモノを取り巻くものが同じように過去に戻れなくては過去ではないのでしょうね。 考えれば考えるほど答えが見つからなくなりますねー。でも楽しいですけどね。 アインシュタインの相対性理論はもちろんご存知かと思いますが、それもご参考に!

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Extra Dimension

041
けけけ
> 五次元まで把握できる生命体は、時間も自由に > 行き戻りできるんでしょうね。 できません。「把握できること」と「時間を行き来できる事」とは同義ではありません。 > 物理学が発達して、ヒトが五次元を知覚できるように > なれば、時間旅行も可能でしょうね。 素粒子物理学の最近の流行として Extra Dimension という話があります。それは時空(ブレーン)以外にもさらに別の次元(バルク)があると考えて、宇宙の成り立ちを説明しようとする理論です。

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Sunrise sunset

041
さとふみ
日が沈んで、日が昇って.. これは経験出来る範囲では確実に起こっているわけですね。これに人間が発見した数概念をあてはめて、一日、二日、三日、... ということを概念化できます。時間の(おそらく)起源です。 ところが人間の体験はそのような確実な数的に概念化出来るものとは異なる内的体験を持ちます。10年前のある記憶のほうが昨日の一般的な事柄より自分にとっては意味があるというようなことも多いですね。こちらの方には簡単な(時間という)尺度はあてはめられません。 難しいものです。

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へえー面白い。

041
SF好き
と思って読みました。 『タイムマシンは実現しない、なぜなら時間は存在しないから。』 考えもしなかった。 時間があるとしたら「記憶」ですかね。人間の脳にある記憶。木の年輪に刻まれている記憶。 物質が変化している、その変化に過程があるという事。一度に起こるわけではない、だから必要な「時間」。結果として残る変化後の物質。 過去は記憶で手を加えることは出来ない。年輪を消せないように。 未来は予測。未知数の可能性。 専門的なことはちんぷんかんぷんです・・・。

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今日は早く寝ます

041
どしろうと
>点が一次元、線が二次元、空間が三次元、時空が四次元 すいません、線が一次元、平面が二次元、空間が三次元、時空が四次元、でした(恥) >けけけ さん 添削ありがとうございます。Extra Dimension、ググって読めた記事は専門家の論文ばかりで、やはり難しくて理解できませんでした。残念です。 高校の教科書に載る様になれば、私にも理解てきるかな。 >私なりの解釈では、この世のモノには個々に「流れる時」を持っているということ。 中には過去に戻ることができるものも存在すると思います。(そのものだけを見れば状態が過去と同じ状態になれば過去)でも過去に戻ったモノを取り巻くものが同じように過去に戻れなくては過去ではないのでしょうね。 私が5次元を理解できれば、時を行き来できる、と表現したことの裏にあった考えは、こんなかんじです! 行き来できるというか、時の流れの中のどこにでも任意に存在できるというイメージです。 しかし、面白い話題ですよね。楽しいです。

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時間は、変化だと思う。

041
wing
面白いっ。面白すぎる。 時間て何だろう?と考えた時期がありました。  僕なりの結論は、時間=「腐っていく」過程だと 思ってます。まず、「時間が存在する」ことを起点 に考えたから。  トピ主さんが、変化と時間を分けて考えておられ るように思いましたが、僕は時間と変化は同一のも のと考えています。  ああっ、時間による変化は「記憶」があるから見 えますが、時間そのものを見た事がない。時間その ものが流れているのを見てみたい。  時間に形はないですし、形(目に見える状態)を 与えると時計になるのでしょうか? 時間が存在しないとは、考えもしませんでした。

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つづき。

041
やむやむ
<個人的イメージとして、時間にはそれ以上は短く測れない極小単位があって、物事の変化もそれ以上は細切れに起こりえないという想像が私にありました> これは「数学の矛盾」と同じ考え方でしょうか。 1.AがBに対して、銃を発射した。 2.A地点から出た銃弾は、最初の1秒でAB間の距離の丁度半分まで進んだ(全体の1/2)。 3.速度が落ちた銃弾は、その次の1秒で、Bまでの残りの距離の半分を進んだ(つまり全体の1/4)。 4.その次の1秒で、また残りの距離の半分を進んだ。 こうやって、残りの距離の半分、半分・・・と進んでいくとどうなると思いますか? 数学理論上は、「いつまで経っても、銃弾はBに届かない。」 これが時間や速度を細切れにして「単位」として考えた結果、生まれた矛盾です。 (続きます)

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つづき。

041
やむやむ
時間はずーっと続く川の流れのようなもので、それを細切れにしたのは人間の論理。ここが数学理論の限界なんじゃないでしょうか。 どしろうとさんや他の方がおっしゃるように、アインシュタインによると、4次元の世界は3次元(空間)+時間の世界だとか。 これはもう神の領域ですよ。時間を操ることができれば、過去に行ってやり直すことも、未来へ行って物事の結果を知ることもできるわけですからね。 だから超能力者と申し上げたわけです。 もしくは「Back to the future」の世界ですね。 空気のない空間(3次元)でいかに動くかで四苦八苦している人間にとって、「時間」(4次元)を操るというのはまだまだ遠い夢なんでしょうね~ 余談ですが、上記「銃のたとえ話」は、漫画「パタリロ!」にあったものです(笑)。時々科学理論的なネタが入っていて面白いですよ。

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やむやむさん

041
パンタライモン
それは有名なゼノンのパラドックスですね。 物体がAからBへ移動するためには、 必ずその中間点Cを通過しなければならない。 またAからCへ移動するためには、 さらにその中間点Dを通過しなければならない。 つまりAからBへ移動するには無限の点を通過せねばならず、 それを有限の時間で実現することは不可能である。 したがって物体はAからBへ移動することはできない。 これも一例です。 ちなみにパラドックスとは逆説のことです。

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表現がむつかしいけど、その感覚に同意

041
じゅか
移動や化学変化などの変化に要する時間、 事象から事象までの時間、 こんな便宜上の「時間」はありますよね。 昨日も明日もあるし、待ち合わせまでの時間なども確かにあるでしょう。常に流れ行く時の、時点その時点を捉えてそれを刻み記したものが時刻、時間と言うもの。これは生活の智恵ですね。単位時間なんてものも、比較の為にある事象の変化速度から作った指標でしかないですし。 (重力や速度によって伸び縮みすると言う「時間」も、他の事象と比較した場合の変化速度の増減にすぎない) 過去、未来と言うのは、時の流れに伴う変化を事柄として捉えて表現しているだけで、過去や未来が世界として存在するわけじゃない。当然行き来なんてできない。まして素粒子から星の動きまで、そこに起こったすべての変化を逆行させるなんてことも不可能だと思います。覆水盆に帰らずとはよく言ったもの。 時とはこの世すべての変化そのもの。実験などでいくばくかの原子の振動を止めたところで地球ごと移動しているんだし、人為的に介入できるものではないですよね。 宇宙の外側なんて考えはじめると、この世界(物質・空間)の存在にすら不安をおぼえます。

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ゼノンの逆理

041
ウェッジ
ゼノンの逆理は、その矛盾を数学的或いは話法で証明するなぞなぞのようなものです。単位として考えた結果の矛盾と言うのは理解できませんねぇ。 相対性理論の解説本を読めば、どんな人でも時間の概念に触れることが出来ると思いますよ。60進法、24進法、365進法の時間は人間が発見した天体の営みの近似ですが、おそらく皆さんが対象としている時(とき)は、空間と重力によって相対的に変動させる事が出来る、と言う事を人は知っています。 ですから極微小であれば、時間を遅らせたり早めたりする事は誰でも可能です。例えば車に乗れば時間は早まるし、じっと山の上で寝ていれば遅くなる。 以上

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トピ主です。パンタライモン様

041
海の音
貴重なご意見を有難うございました。 弾丸のパラドックスの話は私の第1印象として、次のタイミングの時点で駒を中間地点まで進めなさい、という制約条件に基いた実験と同義だな、と思いました。 必ず中間地点に来た時に計測するのですから、永遠に到着しないなと。でもこのモデルは「距離」の問題であっても「時間」の問題ではないのかな、とも感じます(私は物理は素人で理解が足りないだけかもしれません)だけど、余談ですが、弾丸自体にも幅がありますよね。だから弾丸の中心は永遠に到達出来なくても弾丸の先端は到達するかもな、と(余談でした)。仮に弾丸の幅がゼロと仮定しても、この実験は時間の存在とは無関係に、数学的な問題として考えても良いし、理論上は現象として起き得るのじゃなかろうか、とも考えています。

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パンタライモンさん

041
やむやむ
ご指摘有難うございます。 有名なパラドックスだったんですね(汗)。 漫画が最初の出所だなんて思いっきり私のバカさを暴露してしまいました・・・。 修行して出直して参りますっっ。

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時間の矢

041
けけけ
> 僕なりの結論は、時間=「腐っていく」過程だと思ってます。 > そこに起こったすべての変化を逆行させる > なんてことも不可能だと思います。 多くの方が書かれているのは「時間の矢」の話であって、「時間」そのものでは無いような。 詳しくは文字数の制限があって書けませんが、「時間の矢」「エントロピー」「熱死」をキーワードに勉強されると良いでしょう。 いつかは宇宙は腐りきります。すなわち宇宙は均一化してしまい、変化しなくなります。(それを物理用語で熱死と言います)それでも時間は存在するのでしょうか? ちなみに宇宙が熱死するのには、およそ10^40年かかりますから、まだまだ先の話ですが。 ちなみにゼノンの逆説は、空間や時間という物理の問題ではなく、「無限」を数学的にどの様に取り扱うかの問題。現在は「極限」と「連続」を用いてその問題は解決済み。(と言ったら数学者は怒るかな?)

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トピ主です。けけけ様

041
雨の音
けけけ様、専門知識を有難うございます。とても助かります。さて、確かに空間は存在すると思います。地球は空間に浮いていますし、人間は空気の漂う空間に住んでいます。 今も私は空間・時間は関係しあうというイメージがあり、雑誌「ニュートン」等の相対論について解説された記事(論文自体ではないです)を読むと、時間が存在しないなんてやっぱり間違いかな、とも思えてしまいます。 でも、大雑把に述べるなら、時間と空間が同様に見えないからといって、両方が存在すると断定は出来ないのではないか、と思うのです。時間が存在しない前提で速度や時間の問題を最初から考え直した時、相対論がどうなるのか興味があるのです。 それにしても、原子時計を積んだ旅客機2機が地球を回る実験結果については驚きます。やっぱり時間は存在するのかなぁ、それとも別の理由があったりしないのかなぁ。

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時間が存在しない世界=永遠

041
へのへのもへじ
ただ漠然ですが、時間が存在しないということは、 永遠ということだと認識しています。 例えば、ゼノンの逆理で分かりやすい 「アキレスと亀」の話です。 「アキレスが追いつくまでに、亀は少し逃げる。 また追いつくまでに、亀は逃げる。」 これは、アキレスが亀に追いつくまでを 細かく区切り、個々の事象として見ています。 この説明の中では、 アキレスは亀に、追いつくことはありません。 天才アインシュタインは、 個々の事象の相対性を、発見しました。 はっきりは分からないが、誰しもが各々に感じている 時間の正体を、彼は理論付けました。 いわゆる、 時間が存在しない世界で、アキレスは亀に追いつけません。 このことは、イコール、 永遠に、アキレスは亀に追いつけません。

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量子ゼノン効果

041
けけけ
先の文章は全く日本語になっていませんね。謝罪致します。 お詫びのついでに、最先端の科学トピックで「量子ゼノン効果」という話があります。興味がある人はその辺を勉強されるのも面白いだろうと追記しておきます。

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突然思いつきました

041
どしろうと
>いつかは宇宙は腐りきります。すなわち宇宙は均一化してしまい、変化しなくなります。(それを物理用語で熱死と言います)それでも時間は存在するのでしょうか? ビッグバンから熱死まで、宇宙が閉じているということを指しているように感じました。 我々は、時空という箱庭の中で生きていて、熱死は時の果てになるのかな。 ならば、熱死の先は我々の時空の外の世界になるので、我々の時は存在しないことになるでしょうか。

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ゼノンのパラドックス

041
さすらい
ゼノンのパラドックスの話が出てますね。 たどり着けない、追いつけない、というのは不思議な感じがしますね。 でもよく考えるとこのゼノンのパラドックスって当たり前のことなんですよね。 だって「たどり着く前」「追いつく前」までの話なんですから。 その時間(たどり着く時間、追いつく時間)がくればたどり着くし、追いつきます。

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直感的な?疑問

041
サーモンのニケ
>ゼノンのパラドックス、初めてこのトピックスで知りました。大変勉強になりました。 ただ、直感的に?自分の中で根本的な疑問が・・・。 ある地点AからBまでを移動するとする「物体」は、存在してるという''点''において、物体の内包している任意の2つの地点の間に無限の地点を持っているということになるので存在しているそれだけで、移動せずとも果てしなく続く移動の一部をすでに完了しているので、「ある部分の移動は完了している」存在である物体はその存在がゆえに人間の把握し得る次元における限りある時間において移動することは可能であるのではないでしょうか? 博学な方が大変多くいらっしゃるのでぜひこの疑問に答えていただけたらと思います。

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興味深いトピですね

041
ちーちゃん
最初は何のことかと思ったのですが、覗いて見てよかったです。 皆さん非常に面白いことを考えていらっしゃいますね。おもしろい、と言うより、興味深い、と言った方が適切かもしれません。あらかじめ断っておきますが、私は高校時代に、選択科目で物理を選択していません。その後大学や院でも専攻は法律でしたので、皆さんのようにアインシュタインや相対性理論の専門知識はありません。 しかし、自分なりに「時間」とは何か少し考えてみました。私の感覚では「時間」と言うものは、目に見えず、触れる事もできませんが、確かに存在すると思われます。子供の時は時間などを意識することはありませんでした。周囲もそれを感じさせませんでした。 しかし、私自身も含めて、周囲の人間も動物も確実に老いており、すでにこの世の人でない者も多数出ています。どなたかが、「時間=時の流れ」と書いていましたが、「時間」というのは、人間や生き物全てに与えられた、限られた「生命の枠」のようなものではないでしょうか。 この「枠」を超えて自由に時間を行き来したり、それを超えて永遠に人も物も存在する事はできません。とりあえずこんな風に考えました。ご意見お待ちしています。

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誰か教えてください。

041
にゃーす
宇宙飛行士が何年かたってから地球に戻ってくると、 地球時間の方が進んでて、年齢差が生じてくるようなお話、よく小説や漫画に出てきますけど、あれは、現実に起こるんですか? 精巧な時計を宇宙船に載せてると、地球上においたままの同型の時計と時差が生じるとか、音速のジェット機のパイロットはだから微妙に歳をとるのが遅いとか。。。 例えば、双子の赤ちゃんを一方は宇宙船でずーと育てて、一方は地球に。自分を取り巻く24時間は一緒で、一年毎に歳を重ねて40年後、二人は同じ40歳ですか?一人だけ見た目も感覚も5歳児なんてことはフィクションですか? 時が変わるんじゃなくて、成長のスピードや老化のスピードが変わるって事? 人工的に作り出したカプセルで、 一日の長さを40時間、 同じ配分で人工的に昼と夜を作り、 365日で一年として、 そこで暮らした人間の歳は、外の人間と実年齢分差が出るの? 宇宙に輝く星たちを見ている私にとっては、 今現実に星があっても、 その星の中には既に何万年も前に消滅していたり。 今って?時って?相対的なものと考えればいいの? 誰か教えてください。

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説明を試みる(妄想)

041
じゅか
「時間」はないと言う仮定を優先させて考えてみる。 あくまで「時とは変化そのもの」として「時間の伸び縮み」を説明したいと考える時、どう原子時計実験の実績に対抗できるか…。 強引だけど、原子時計の「原子や分子の遷移放射の周波数は一定不変」と言う前提を否定するしかなく、「光速レベルで動くものは原子の振動からなにからすべての変化速度が阻害される」とでも仮定するしかない。 幸い、原子を構成する要素は素粒子だとか超ひも理論だとか、決定的なものは無い。光速が速度の上限と言うのも仮定。これらが足掛かりにならないかな? 速度が上がると質量(動きにくさ)が増し光速では無限大になる(加速の限界になる)と言うものの、加速を阻害する要因が全くないのであれば極微であれ加速は可能なはず。無限大とか無限小と言うのは、人間が把握し切れないだけ。 とすると、光速レベル程大きな速度になる場合に運動の阻害要素として認識し得る極微の何か(粒子なのか場の様なものか)があると考えられないかな?それらが原子の振動を阻害すると考えれば、その速度で運動するものは一様に変化速度が遅くなる。見た目時間が伸びた様な形になる。 だめ?

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