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    子供遊びの中の死

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    バタリッチ
    子供
     小学生低学年の娘が、最近お友達との遊びの中で簡単に死という言葉を口に出すことに気がつきました。その遊びの中に必要の無いお人形のおもちゃを「これ死んじゃったのね」といって外していたり、ごっこ遊びで「この子のお父さん(お母さん)は死んじゃったのね」等、大抵このどちらかのパターンです。

     驚いて娘に「どうして?死ぬのって悲しいことじゃない?」と死をどんな風に考えているのかきいてみました。答えは「本当に生きているものが死ぬのは人間でも動物でも嫌だけど、おもちゃのときは何となく面白く感じちゃう」とのことでした。おもちゃでもママは何だか嫌だな、と言ったのですがよくわからないようでした。

     必ずある特定の友人と二人だけで遊ぶときに限ってなので恥ずかしながらその子の影響かもと思ってしまいましたが娘から言い出すこともあるのかもしれません。それでも勝手ですがそのこと遊ばせることに漠然と不安を感じるようになってしまいました。ご意見お聞かせいただければと思います。

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    マザーグースの世界

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    ひまひまやっこ
    成長期の子供は、
    「生まれた」「死んだ」
    「食べた」「出した」という話が好きです。

    古今東西に伝わる、
    昔話や童話、寓話の中にも、
    「死んじゃった」「食べられちゃった」
    「丸呑みにされちゃった」という話は多いです。

    子供同士の『ごっこ遊び』の場合は、
    人間関係を簡素化し、
    物語を劇的に展開させるために、
    あっさり「死んでしまいました」が多用されます。

    一過性のことだと思います。
    あまり深く追求しないで、見守りましょう。

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    そんなに心配しなくても

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    よりこ
    子供ってけっこう残酷だと思います。自分のことを振り返っても「死ぬ」という言葉を簡単に使っていたものだなあと思います。親になって初めて分かりました。子供の口から「死ぬ」って言う言葉がぽんぽん出てくるのがどんなに嫌か。
    でも、子供って飼っている金魚や犬やおばあちゃんやおじいちゃんが死んでいくのを見ながら、死ぬことについて考えるんじゃないでしょうか。自分にとって身近な、大切な人が亡くなるという経験は、子供にはあんまり無いですよね。
    それと、お子さんのお友達の影響を考えてしまう気持ちは分かりますが、あんまり心配しなくてもよいのではないかと思います。お友達より、トピ主さんのほうがずっとお子さんにとって身近な存在なのですから。

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    まだわかんないんじゃないかな

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    はんな
    そんなに心配する必要は無いと思うのですが・・・
    私も小さい頃、「死んだふりごっこ」とか、人形同士戦わせて、片方が死んじゃったとか普通に言ってた記憶があります。

    男子なんかカエルに爆竹つめて本当に殺してあそんでたりします。そういうのっておじいちゃんとかに聞いても、昔の子供もやってたみたいです。
    子供って無知ゆえに残酷だったりします。
    そういう人がみんな異常な大人になるかというと、そうではないでしょう。

    「死ぬ」っていうのがどんなに周りが悲しむ重大な事なのかわかってもらいたいと思ったら、寿命の短いペットを飼って世話をさせてみてはどうでしょう。(金魚とか?)

    自分が大事に育てたペットが死ぬのを目のあたりにしたら、冗談や遊びで扱っていい言葉ではないとわかると思います。

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    身近な死

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    ts
    よく最近家庭の中で死がなくなってしまい(ほとんどの方が病院で亡くなるということ)身近な死を経験しなくなっている。と言われています。だから死を学ぶ機会がないのだと、しかしそれって学ぶ必要があるものなのか、よく分からないのが本当のところです。

    ただし、ゲームなどの仮想体験であまりにも死が観念的なものになりすぎている懸念は感じています。また最近よく起きている事件で、ボカす(集団でボカボカに殴ったりして結果死に至らしめてしまう)、

    しかしほとんどの加害者が、こんなことで死ぬとは思わなかった、の言葉しかないのが現状です。子供の遊びの中でのほんの小さいことにでも、今回のような懸念を感じることは、とても大切なことだと思います。

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    実際の生き物に触れさせて!

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    あのさ、
    死を頭の中だけで捉えてることが心配ですね。少しでも実際の生き物に触れる機会を作ってあげては?

    上の方が子どもの残酷さについて書かれていますが、子どもは、かえるを殺す経験から命の尊さを学んでいくものではないでしょうか。自分の手で、面白半分で殺してしまっても、どこかに罪悪感は残るものです。私は20代女性ですけど、田舎育ちなので、蟻の巣に水を入れて壊して逃げ惑う蟻を面白がったり、かまきりを石でつぶして、寄生虫が出てくるのを不思議がったりしました。それは残酷な行為ですが、そこから学ぶ事はあったと思います。

    事件が起こるたびに命の教育が叫ばれていますが、こういう経験こそが一番の教育ではないでしょうか。

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    上の方に同意

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    ぷちれもん
    本当に、死ってどういうことなのか認識するのって、言葉だけの説明じゃとても無理だと思います。私が死を理解したのは、可愛がっていた飼い犬が、自分の不注意で車にひかれて死んだことからでした。交通事故だったので、結構悲惨な姿でした。親は私のことを責めませんでしたが、血を流して死んでいる犬を抱き起こすとき、私が一瞬躊躇したら、「可愛がっていた犬だろうっ」と厳しい声で一喝されたのを覚えています。

    自分の不注意がこんなに重い結果になったことを散々泣きながら実感しました。帰ってきて欲しいといくら願っても、死んでしまったら二度と戻ってはこない。死ぬってこういうことなんだなーって思いました。小学低学年のときに祖父が亡くなりましたが、あまり馴染みがなかったせいか死の実感はありませんでした。

    やっぱり、教育云々なんかで死なんてわからないと思います。いくら言葉で言ったところで、実際に自分の可愛がっていた存在が死んでいなくなる、ということを体験しない限りは。でも、今の世の中、ペットを本当に愛情を持って飼う環境もなかなかないですからね。難しいですよね。

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    そういうものなんじゃないかなあ

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    にうにう
    子供むけ物語の中の死って「劇中からの退場」くらいの意味しかないと思う。
    「お妃様が死んでしまったので、王様は新しいお妃をむかえました」
    「悪い魔女は死んでしまいました」みたいに。
    話の中に出てこない説明として実に安易に多用しますよ。
    別に特定の子の影響って事もないと思うんだけど。

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