詳細検索

    キャリア・職場このトピを見た人は、こんなトピも見ています
    こんなトピも
    読まれています

    働く、仕事をするということは

    お気に入り追加
    レス19
    (トピ主2
    Twitterでシェア facebookでシェア LINEでシェア はてなブログでシェア
    blank
    さくらうめこ
    仕事
    最近、少子化がいよいよ深刻そうで、出産適齢期の若い女性が半分に減ってしまう、消滅可能都市が全国各地にあるという話を聞くと、どうしてこんなことになってしまったのかと思わざるをえないのですが、少子化問題が取り上げられることもあって、子育てそのものが一つの社会貢献だと考えている人がいるように感じています。一方、子育てが社会貢献なら、働くことだって社会貢献だ、仕事を通じて世の中のためになっているという考えを、働いている女性も持ちはじめているとも感じています。

    自分が働きながら感じていることでもあるのですが、働いて稼ぐということ、自分が稼ぐために仕事をするということは、社会貢献と言えるのでしょうか。

    大そうな話はできませんが、経済には競争原理があって、経済活動に参加する=企業などで働くことはすなわち、稼ぎを出す、利益をあげることに他ならないと思います。企業によっては社会貢献活動をしているかもしれませんが、あくまでもそれは利益還元的なもので、慈善事業、ボランティアだと思います。

    ある起業家の人とお話したとき、女性の育児休暇の話をしていると、その人から「われわれは闘っているんだ」「生き残らなければならない」という話を聞かされました。その人の鋭い目線もあって、ハッとさせられました。日本は、多くの人が企業戦士として働いて働いて、経済大国に押し上げて来たという経緯があると思います。女の人が働くことは珍しくなくなっていますが、日本で働くということは、厳しい経済競争、いまではグローバル競争に勝ち残るためのなかで、働いているとも言えなくないとも思います。

    医療など生きていく為に欠かせないもの以外であれば、経済活動は富の奪い合い、技術の向上が社会の進歩に寄与することはあっても、環境を破壊する場合もあり、働くことがすべからく社会貢献になるとは言えないと思いますが、どうお考えになりますか?

    トピ内ID:0135213658

    これポチに投票しよう!

    ランキング
    • 3 面白い
    • 6 びっくり
    • 1 涙ぽろり
    • 0 エール
    • 3 なるほど

    レス

    レス数19

    レスする
    • レス一覧
    • トピ主のみ (2)
    このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました
    • 1
    • 2
    先頭へ 前へ
    1 10  /  19
    次へ 最後尾へ
    並び順:古い順
    全て表示

    ボランティア活動の基準で測ればそうなるでしょう

    しおりをつける
    blank
    望遠鏡
    どのような社会への、どのような貢献を指すかで、社会貢献しているかどうかの判断基準は変わるでしょう。

    ボランティア活動は、市民への無償労働による社会貢献であり、無償労働が判断基準になっています。
    が、すべての社会貢献に同じ判断基準が適用されているわけではありません。

    トピ文冒頭にある女性の社会貢献は、日本労働市場への、労働力供給による貢献、ですよね。いつどのような労働力を供給するか、が、貢献度を測る基準です。無償労働であるかどうかという、ボランティア活動の基準は適用されません。

    企業活動は、日本経済市場への外貨獲得に関わる貢献、で社会貢献度を判断されるしょう。そのため、無償労働や環境破壊度はこの貢献度を測る基準にはなりません。企業が実施している慈善活動や環境破壊防止活動は、企業そのものに適用されている社会貢献度とは別の基準で、付随的な評価に取り入れられているのみです。

    このように、社会貢献度を測る基準は様々です。
    ボランティア活動の基準でトピ主様が女性の社会貢献を測るならば、ボランティア活動のみが社会貢献度の高い活動となります。

    トピ内ID:0514742566

    ...本文を表示

    望遠鏡様

    しおりをつける
    blank
    さくらうめこ
    ご意見をくださり有り難うございました。
    社会貢献の尺度は様々にあり、何をもって社会貢献というかは、人それぞれの解釈になりましょうか。

    子育ては社会貢献だ、働いているから社会貢献しているというのは、それぞれの傲慢ではないかと感じています。といいますのも、子育てすることも、働くことも、社会を成立させるためには必要不可欠なもので、それ自体自然なことだと思うからです。あえてそれを作り出して、貢献しているんだというような意識を持つのは、違うのではないかと思うのです。

    第三者が、何かしらの尺度で貢献度が高いなどと分析することはあっても、そもそも自然体であるべきものを、自らが貢献しているんだと主張するのはいかがなものなのでしょうか、と感じているところです。

    トピ内ID:0135213658

    ...本文を表示
    トピ主のコメント(2件)全て見る

    主張するのはいいのではないでしょうか

    しおりをつける
    blank
    望遠鏡
    >自らが貢献しているんだと主張するのはいかがなものなのでしょうか
    別にいいのではないでしょうか。例えば、社会貢献したい、と、感じてボランティア活動に従事し、俺は社会貢献している、と、言うことに意義はありません。

    >あえてそれを作り出して、貢献しているんだというような意識を持つのは、違うのではないか
    数ある社会貢献の指標の一つとして取り上げることで、ボランティア活動も社会的地位を得ました。
    作り出して意識すること自体は、問題ではないと思います。

    尤も、その基準を他人に当てはめて、私の社会貢献基準では、あなたは社会貢献してい「ない」、というときには、相応の相互理解の結果でなければ受け入れることはできません。自分は社会貢献している一方であなたは社会貢献していない、という時や、自身の貢献を強くアピールしすぎて相対的に相手を下げてしまうときも同じでしょう。トピ主様が傲慢に感じるのは、このようなときではないでしょうか。

    この論調の方は、自分に都合のいい基準でのみ議論して、本来議論に必要な相手の基準を無視しています。そういう主張は、議論が深まらないため価値を持たないと考えています。

    トピ内ID:0514742566

    ...本文を表示

    ニーズと手段によりますね。

    しおりをつける
    blank
    傀儡課長
    民間で働いている人(組織)は、結局のところ、顧客である人(組織)のニーズを満たすために働いています。
    その顧客のニーズが正当なものであれば、そのニーズを満たすために正当な手段で働く行為は社会貢献と言えると思いますが、
    ニーズを満たすための行為が反社会的なものであったり、顧客のニーズそのものが反社会的であれば、そのニーズを満たすために働く行為は社会貢献とは言えないと思います。
    例えば、アンパンを食べたい人に、アンパンを作ってあげて代金を貰うのは社会貢献ですが、
    どこかから盗んできたアンパンをあげて代金を貰うのは、正当な手段ではないので社会貢献ではありません。

    トピ内ID:1678059606

    ...本文を表示

    教えてください 1

    しおりをつける
    blank
    nekoneko
    正直、「子育て」を、経済活動が社会貢献なのかという問いに絡める論理がよく分からなかったので、的外れかも知れませんがまず私の考えを。

    経済活動が社会貢献かどうかを考えるには、まず「社会貢献とは何を指すのか」がもう少し明確でないと結論が変わるのでは?確かに企業活動の副産物である公害は人間に有害ですから、これが『貢献』ではないと捉えるなら、全ての経済活動が必ずしも社会貢献とは限らない、ということになります。
    しかし、社会貢献を「人間の生存や営みを維持向上させることに何らかの役割を果たしていること」と考えるならば、あらゆる経済活動はそれを欲しいと思って対価を払って手に入れる人がいる以上は存在意義がある訳ですし、例に出た公害のような、企業活動の負の結果もまたそれを処理する新しい仕事や技術を世の中に生み出すきっかけでもあります。
    私がトピックを拝見してすぐに思ったのは、後者ですね。

    トピ内ID:9686465888

    ...本文を表示

    教えてください 2

    しおりをつける
    blank
    nekoneko
    よく分からないのは、主様がはっとしたという女性の話。企業活動の文脈からいうと、戦っているのは性別も子供の有無も関係なく、働く人全てでは?その女性がもし「子供を持つ女性は戦っている」というのなら、相手は男性?子供のいない人?同業他社?

    企業は利益を上げなければ存続できませんから、戦うことは当然です。しかし戦うことは社会貢献ではないのでしょうか?暴力による戦いではなく、むしろ「競争」といった方が相応しい戦い方であっても?先ほども書いたように、一企業で働く『自分』を基点に考えれば、敗者は市場を去るのみの厳しい競争は「社会貢献」とは思えないでしょうが、競争することでその分野の人間の生活がより豊かになるのであれば、やはり競争は社会貢献活動の過程なのではないでしょうか?
    そこに、『子供を持って働く女性は~』の特別視は、関係ないと思いますが・・・・?
    よろしければその方の発言になぜはっとしたのか、教えてください。

    トピ内ID:9686465888

    ...本文を表示

    もう少し 3

    しおりをつける
    blank
    nekoneko
    もう少し失礼します。

    >働いて稼ぐということ、自分が稼ぐために仕事をするということは、社会貢献と言えるのでしょうか。

    多分これはサラリーマンで仕事をしている場合の疑問かと思うのですが。
    結果的には、社業を通じて社会貢献していると思います。自分には全くその意識も意図もなくとも。そして自分が実際にやっている業務が、いわば「会社の為にはなっている」が「社会の為」にはなっていない場合でも。更に、誰にでも代替可能な、平凡な仕事でも。

    先にレスした通り、私の考えはあらゆる経済活動は広い意味では社会貢献だと思っています。そしてその企業が業績を出す=世の中の人からお金を払うに値すると思われる活動をする為に、社業は細分化され、最後はマンパワーでこなす作業にまで落とし込まれます。
    仮に主様がやっている業務が、例えばデータを打ち込むだけの単純作業だとしましょう。それ自体では何も社会に貢献していません。では無くなっても構わない仕事なのか?といえばそうではなく、あなたの後任を見つけますよね。

    トピ内ID:9686465888

    ...本文を表示

    もう少し 4

    しおりをつける
    blank
    nekoneko
    その人に給料を払う、そもそも後任を見つけてくるということ自体、あなたの会社がその仕事を必要としている証拠です。(あくまでも、主様や後任の人を必要としているのではなく、そのデータ入力の結果が必要なのですが。)
    主様には社会貢献のつもりなどない。やっている仕事も、あくまでもその会社では必要とされているデータだけれどそこ以外の世の中では全く無価値。
    でも結果的には、あなたの会社が世の中からお金を払ってでも買ってもらえる製品やサービスを提供しているのは社会貢献だし、その会社がそれを出来るのは主様始め多くの従業員が、『自分の為であって社会の為のつもりなどない会社の業務』をやったから。そういう人がいることで、企業は社会貢献を出来ています。

    「企業活動は戦いだ」と言った方がいたエピ。
    私の読み間違いだったかも知れません。そのように言われた方はむしろ「必死の戦いなのだから、戦線離脱やむなしの産後育児女性に権利や保護を与えるのは不当だ」という意図で仰った、ということでしょうか。
    もしそうだったとして。

    トピ内ID:9686465888

    ...本文を表示

    もう少し 5

    しおりをつける
    blank
    nekoneko
    同じ女性の立場で、残念ながら産休や育休については、原則はその方の仰ることに理があると思います。
    というのは、自然界の摂理で見ても、生物はすべからく出産や育児に親の拘束が必要だからです。鳥も卵を温め孵化させ、もう一羽は餌を運んできます。魚も種類によっては、口の中に卵を入れて保護し、孵化したら放ちます。但しオスメスどちらがその役を担うかは、適応の形によって違うのでそこに原則を求める必要はありませんが。
    残念ながら人間は妊娠期間と出産後の育児の時間が、他に比べて突出して長いのです。それは進化的に進んだ種ほど長くなる傾向があります。

    鳥や犬猫なら子供が一人前になって親から独立できるようになるには1年かかりませんが、人間は単純に肉体面だけで考えても、性成熟が完成し知的体力的にピークを迎えるまで20年弱ではないでしょうか。
    人間社会が動物のように原始の狩猟採集生活なら、そこで育児は終わりですが、実際は貨幣を介在させて知性で価値を創造しそれを売り買いして生業を立てています。ですから教育期間も長くコストもかさむし、20年経っても親の庇護は必要です。

    トピ内ID:9686465888

    ...本文を表示

    もう少し 6

    しおりをつける
    blank
    nekoneko
    動物ですら1年で終えている育児を、人間はもっと長期間やらなければなりません。しかも当然餌さえ運んでくればよいという単純な育児ではない。

    そう考えると、20年とは言わずとも、何年もかかる育児に24時間のうちの大部分を割かなければならない人間に給料を与えたり社会保険を負担したりしなければならない企業は、体力がなければそうも行かないのではないでしょうか?
    もしそこを恨むのであれば、少し身勝手かな?とは思います。

    あらゆる企業活動が社会貢献であるのと同様、出産育児だって社会貢献でしょう。
    ですが、お金=利益を生み出さなければ、社会貢献=社業が出来ない、いや、法人の存在自体が淘汰されてしまうという経済市場上での「社会貢献」と、男性と女性が情愛で結びついて子供を産むという「社会貢献」は、「出産育児して社会貢献しているのだから、企業は自社の社会貢献活動の一環に育児者も貢献していると見なして、相応のコスト負担とて保障をしなさい」というのは、何か問題の土俵が違うような気がします。

    トピ内ID:9686465888

    ...本文を表示
    • 1
    • 2
    先頭へ 前へ
    1 10  /  19
    次へ 最後尾へ
    並び順:古い順
    全て表示
    • レス一覧
    • トピ主のみ (2)

    あなたも書いてみませんか?

    • 他人への誹謗中傷は禁止しているので安心
    • 不愉快・いかがわしい表現掲載されません
    • 匿名で楽しめるので、特定されません
    [詳しいルールを確認する]

    アクセス数ランキング

    その他も見る
      その他も見る
      気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
      気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
      使用イメージ
      使用イメージ

      マイページ利用でもっと便利に!

      お気に入り機能を使う ログイン
      レス求!トピ一覧

      注目トピ

        みんなの投票結果

        編集部から

        編集部からのお知らせはありません

        Horoscope | 大手小町

        Twitter

        Follow

        発言小町大賞0