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    チャグチャグ馬コ
    話題
    くだらない内容かもしれませんが・・・。
    学生時代、読書感想文が苦手でした。読書は好きでしたが、読後に何を書いてよいのかわからなかったのです。仕舞にはあらすじのようになることもありました。
    大学時代にある作家の「子供に読書感想文を書かせるな」という文章に出会いました。「例え話でいくと、子供18人に野球の試合をしようといえば喜ぶだろう。しかしその感想文を求めたら子供達はげんなりする筈だ。大げさなことを言うなというかもしれないが感想文は一種の書評である。書評がいかに難しいものかは海千山千の文筆業者が苦労していることでもわかる。一冊の膨大な作品を凝縮するのは切手の裏に町全体の地図を書くくらい大変なこと。いま子供に必要なのは快楽としての読書である。学校の図書室に本をたくさん置いておく、それでいい」という主張です。これを読んだ時、私は思わず膝を打ちました。今も本は好きで、恐らく給料の一割弱を書籍にあてています。
    未だ独り者ゆえ分からないのですが現在も読書感想文はあるのでしょうか。将来も子供にも本は与えるのみで、できることなら感想文は拒否させたいと思っているのですが、皆様はどう思われますか。

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    反抗期真っ只中に

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    リンダ
    10年ちょっと前、夏休みの宿題として読書感想文がありました。
    そこで読書と物書きが大好きだった私はこんなものを書いて提出してみました。
    テーマは「読書感想文」でした。

    子供の頃から母親の充分な読み聞かせを体験しており、自分自身で本を読むのも大好きであること。
    そして読書感想文という代物は、本が嫌いな最近の子供達に読書を強制させることではないかという仮説。
    しかし、自分はそのような行為を強制されなくとも自分でいくらでも読むし、また自分の感想を国語教師に伝える必要は全くないこと。
    どのような場面で涙し感慨にふけったか、それは自分自身の胸の中に秘めておきたいので、当然適当な月並みな表現しか感想文にできないこと。

    我ながら偏屈な中学生だったと思いますね(笑)
    なんせ、思春期ですから。

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    今もありますとも・・・

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    ようこ
    私も読書好きですが、読書感想文、いやでしたね。
    最近読んだ本で、読書感想文は、「自分がその本を読んでどう人間的に成長したか。」ということを書くと書いてありました。そうだったんだ。知らなかった・・・

    で、こどもは小学生ですが、読書感想文は夏休みの宿題です。(冬休みは自由です。)別にどんな本の感想でもよいのですが、本の表紙にゴールドの丸いシールが張ってある「課題図書」なる本が今でもあり、それを読んで書けということですね。夏休み前、本屋に行くとコーナーに山積みです。小、(低学年用、中学年用、高学年用)中、高まで課題図書あります。
    どういう基準で課題図書は選定されるんでしょうね?

    私、あの丸いゴールドのシールを見るだけで、悪夢がよみがえります。。。。課題図書に選定されると売上はあがるでしょうが、読者にもっとも愛されない本になることは確実です。

    こどももトーゼン、書くのをいやがります。私も嫌いだったし「適当にかけば?」という感じです。
    読書感想文の優秀賞なるものが、新聞に載るとき一応参考までに読みますが、「なんであの文章からこんな感想が導き出されるんだろう?」と不思議でなりません。

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    僕も読書が嫌いでした。

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    ホランド
    本を読みようになったのは社会人になってから。
    必要なことを知りたいと思ったことがそのきっかけでした。

    読書をする目的は、いくつかに分かれるものと思われます。
    たとえば、娯楽や暇つぶしに読むものと、知識や知見を得るために読むものとに。
    前者の場合には、感想文などは書けませんが、後者なら書く意味はあると思います。

    僕の場合、特に他の本の内容との比較して、何を考えたのかを簡潔にメモ書きしています。
    後で読み返すと、当時の自分に振り返ることができてなかなか面白いものです。

    他人に見せるという意識を持つと書きにくいですが、将来の自分に伝えたいという気持ちで書いてみてはいかがでしょうか。
    蓄積した感想文には、まさに自分の財産という感覚を持っています。

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    感想があるなら表現するべきです

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    さら
    私は読書好きですが、感想文はむろん苦手でした。
    しかし、いい読書は人間を変える、と思ったことはありました。高校生のときです。
    スタインベックの「怒りの葡萄」でした。エネルギーにあふれる名作で、そのパワーに引きずられるままあっという間に読み、そのままの気持ちを原稿用紙にぶつけました。自分でも思わぬほどの、ものすごい量の文章になりました。
    その気持ちは先生にも伝わり、「あなたが作品から得たほとばしるエネルギーに、自分も圧倒された」というようなことを書いてくれました。点数はともかくも、本当に嬉しかったことです。
    魂が触れ合うような文章に出会ったとき、それが若者にとって音楽では自然であるようならば、私はむしろすすめたいと思います。音楽だから、文章だから、絵画だからという区別などせず、自由に表現すればよいのでは。

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    小賢しい子供でした

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    せきね
    読書感想文、得意でした。それも、読みもしないで書くのが(笑)。
    文学作品だと、文庫の「解説」ページを読めばだいたいのポイントとあらすじはわかってしまいます。それを元に同じ作者の違う作品はああだったこうだったというデータ的なものを絡め、自分の経験と本の内容とを関連づけたエピソードを加えれば一丁上がり。国語の授業でよく「出来の良い感想文の見本」として読まれていましたよ。

    感想文を書かされることがどれだけ読書嫌いの子供を生んでいることでしょう。本を読んで感動したからこそ感想を書き記したいのであって、面白くもなんともなかった本の感想文なんて誰も書きたくありませんよね。私も読書好きになったのは感想文を書かなくてよくなって以降の事です。

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    「読書」だから書けないのだと思う

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    マンドラゴラ
    トピ主さん、たしかその引用された説は丸谷才一さんのものではなかったでしょうか。
    私も丸谷先生に私淑して著書はなるべく読むようにしています。

    それよりも「読書」に拘る感想文が子どもには苦痛なのかもしれませんね。
    映画でも、テレビドラマでも「感想」は書けると思うのでもうすこしメディア的に幅をもたせるのもいいかもしれないなーと思いました。
    夏休みに見た映画の感想でもいいじゃないですか。
    夏休みに見たテレビのドキュメンタリーの感想でもいいじやないですか。

    一つのメディアに触れて、心を動かされた、それを文字にして他の人に伝える作業……

    それは文学に限ることではないと思うのですが……

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    苦い体験

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    けんけん
    小学3年生の時の辛い経験を思い出しました。
    僕は外で遊ぶよりも家で本を読むのが好きな子供でした。
    「一休さん」を読んで感想文を書いたのですが、返却されたのを見てかなりショックを受けました。

    赤ペンで線を引いてバツしてる部分があったのです。
    「一休さんは辛い修行が嫌だったけど、がんばって続けました」とあるところにバツがしてあり「一休さんは厳しい修行にも自分から喜んで進んでいったのであって、イヤイヤやったのではない」と注釈がつけられてました。

    子供ながらに「感想文にバツをつけるのはおかしいだろ!俺の感想なんだから」と怒りを覚えて、それ以後感想文を書くのがいやになりました。

    その先生は「読書とは本を読んで感想文を書いて先生に提出して初めて読書といえるのです。本を読むだけでは読書とはいえません」というのがポリシーで、生徒それぞれが好きな本を読んで感想文を提出したら印をつけるグラフを教室の後ろに貼り出していました。
    僕はバカバカしいので感想文は提出しませんでした。

    感想文て、、、何のためにあるんでしょうね。

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    自分の考えを述べる練習

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    本の虫
    本を読んだ感想と言うのは、文字通り十人十色ですよね。面白かったのかつまらなかったのか、登場人物で誰が好きで誰が嫌いとか。

    単にそれを書けばいいだけなんですが、一つのテーマ、この場合は「課題になった本」ですが、それについて自分の意見を述べ、さらにその意見を相手に納得させる練習だと思えばいいのではないでしょうか。

    実際問題として教育効果があるのか否かは、教育関係者ではない私にはわかりませんが、自分の考えを整理してわかりやすく相手に説明するための練習として、それほど悪いものではないと思います。

    個人的な考えですけどね。

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    感じ悪い中学生

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    やすさだ
    夏休みの定番でしたね読書感想文。
    みんな当たり障りのない感想文を提出する中、生意気盛りの私は感想ではなく批評を展開し、作者の意図することがわからないと締めました。
    次の日呼び出され怒られましたが、学校が本の選定をするからこんな感想文になるんだと開き直りました。
    (感じ悪ぅ~。今思えば課題図書だったんですね)

    今も本はよく読みますが、自分の好みばかり選んでしまいます。いろんなタイプの本を読んで、率直に感想文にできる機会のある学生さんが少し羨ましいです。

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    読書好きですけど感想文はあまり

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    本当に面白かったり感動した本って、「すっごくよかった!」「感動した!」としかいえなくて、困ります(笑)。

    ですので、私は好きな本とか感動した本を感想文のねたにすることはありませんでした。
    どんな本を感想文に使ったかというと、「ツッコみどころがある」とか「解釈が分かれる」とか「全く面白くない」と言う本です。そういう本だと心置きなく「作者の考えのここがおかしい」とか「こういう解釈が一般的かもしれないが私はこうだと思う」とか「どうしてこういう展開になるのかわからない」とか、文句でなんとか枚数が埋まりましたから。

    あと、芥川や三島、太宰などは、テーマがはっきりしているので描きやすかったですね。

    画一的な感想文を描くのではなく、その子なりの感想文を描くように指導できるのなら、文章をつむぐ訓練にはいいと思いますので、拒否させるのではなく、別の切り口を誘導してあげると言うのはどうかな、と思いました。
    そうなると題材選びが難しいんですけど。課題図書はむりかもしれないですね。

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    正解のある感想文

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    梅2号
    どんな本でも本を読む事はいい事です。
    また感想文を書いたり、書かなくても頭の中で感想を考
    えることは本の内容を再確認したり、本から得られた自
    分の考えを構築するのに役立ちとても有意義な事です。

    しかし、学校教育での読書感想文教育は問題もあると思
    います。
    感想文の内容自体には点数をつけない学校もあるそうで
    すが、いまだ内容に点数を付けるところもあるでしょう。
    「点数をつける」=「正解がある」と言う事です。
    内容に点数をつけると子供は先生(大人)が望む感想し
    か書かないタイプと良い点数がもらえないから書きたく
    ないタイプに別れてしまします。
    こうなってしまうと本を読んでもたいした感想を持たな
    くなったり、本を読む事が苦痛になってしまい活字離れ
    が進むのではないかと思います。

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    6年同じ感想文で過ごしました

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    ブラーバ
    私も読書は大好きで、文学作品から軽いエッセイまでありとあらゆるジャンルの本を読み続けていますがこと、『感想文』となるとほんとうに苦手です。
    何をどう書けば良いか分かりません。

    『感動した部分のことを書くの』と先生はいいますが、本というのは全編から感動を得るものであって、『このページのこの人物のこの言葉に感動しました』とか書いてもしょうがないんですよね・・(でも、この教師は感想文とは↑こう書くのだ。と言いました)
    でも、中学、高校時代には毎年感想文は提出しなくてはならず・・・・・
    1年目は真面目に書きました。

    2年目は煮詰まってしまい、結局去年と同じものを提出。
    が、バレルことなく3年目からもずっと同じものを出し続けましたが高校卒業まで1度も書き直させられることはありませんでした。
    教師側も生徒の感想文なんてどうでもよいのでしょう。

    感想文はズルをしましたが、現代文の成績は常にトップ(読解力に優れていたようで)、感想文の上手下手と文章の読解力とは関係ないのだな~・・と自分で実感していました。感想文のせいで読書嫌いの人多いんじゃないかな。

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    ありがとうございます

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    チャグチャグ馬コ
    トピ主です。
    皆様ありがとうございました。似たような思いをされた方が多いですね。読書の後の感想文に「義務感」のようなものを感じて嫌になるのでしょうね。私自身もなぜ感想文に「良い例」があるのかわかりませんでした。今思えば「課題図書」も教育関係者側に採点しやすいように(?)指定しているのかな。

    「自分の考えを整理してわかりやすく相手に説明するための練習」という考え方もありましたが、果たして子供に可能でしょうか。また、読書を通して練習させる意図は何なのでしょうか。仮にテレビや映画でも感想文を課したら苦痛になると思います。私としては本をたくさん読めば自然に語彙も文章力もついてくると考えています。

    でも皆様のおかげで大変参考になりました。ありがとうございました。
    最後になりましたが、マンドラゴラさんがおっしゃる通り、引用は丸谷才一さんから拝借しました(「さくらもさよならも日本語」より)。

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    読書も感想文も好きでした。

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    けろりん
    私は読書も感想文も好きでしたよ。
    文章を書くという点では構成や文法などルールがありますが、本を読んだ感想は自由です。
    その本と出会い、どのように感じ、自分がどのように変わったのかを表現すると、自分自身の視野が広がったような気がしました。

    夏休みなどの宿題では読書感想文よりも漢字の練習?(ひとつの漢字をただひたすら書きつづけるモノ)の方が意味がないと思っていましたケド(笑)

    あと、国語の成績はそんなに良くなかったです。

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    読書「感想」文を何百編書いても

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    偽牧師
    ざんねんながら「自分の考えを整理してわかりやすく相手に説明するための練習」にはなりません。

    たとえばこちらをごらんください。
    http://www2u.biglobe.ne.jp/~kurapy/jwriting.html

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    予定調和的なところが

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    ども
    いかんと思います。

    アメリカにもあるんですけどね、Book Reportは。
    Authorが誰で、どんな意図で書いたか、
    ストーリー展開&あらすじは如何なるものか、
    どこが好きで、なんで好きなのか、
    全体から何を感じ学んだか、
    そんなことをタラタラ書くのです。
    日本と一緒?もう少し評論文に近いかな?

    予定調和的という意味では読解テストも苦手です。
    出題者の頭にチューニング合わせるだけでいい。
    テストなんだからしょうがないけど…

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    子供に帰れない大人の視点から

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    バビ
    うーーー、私もトピ主さんと同じようなこと思ってました!お尋ねのこととは内容的に逸れてしまう返答でごめんなさい。

    私は、高校に入学するかしないか、ぐらいまで、>読書感想文、というものが非常に苦痛でした。本を読むことはとても好きで、ほとんど読まない時期もありましたが、基本的に本自体が好きな子供でした(今も好きですが)。
    が、なぜ苦痛だったかと言うと、子供の頃、私が本に求めていたものは、単純に異次元で空想の羽を広げて、その世界を自由に飛んで遊ぶことだったからです。読み楽しむ、それ自体が目的であり、読んだことで自分の精神性に何か変化を求めていたわけでも、実際それがあったわけでもないのです。

    ですので、「自分にはどう響いたか、どのような精神的発見があったか」「作者は何を言わんとしているか」を求めている読書感想文とは全く相容れませんでした。

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    子供に帰れない大人の視点から<続き>

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    バビ
    ただ、高校生になってから、いろいろ考えることも出て来ますから、本を読むことのなかに、自分とは違う視点での救い?みたいなものを求めるように、読書に対するスタンスそのものが変化してきました。それからは、読書感想文を書きやすくはなったと思います。

    感想は書きたい人が書くべきで、強制するのはナンセンスだよな~と、今でも思っております。

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    感想文はよい勉強だと思いますが

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    ライデン
    感想文を美しく面白く、肯定的に書こうとするから難しいのであって、解らなければ「解らない」、つまらなければ「つまらない」が感想でいいのです。
    ただ、なぜそう思ったのかには理由があるわけで、その心象のもやもやに名前を付けること、すなわち「なぜつまらないのか」を表現する練習が感想文ですね。

    子供は自分が対象を読みこなせないことにあせりやいらだちを感じますから、「文章が回りくどい」とか「漢字が難しい」とか心象をそのまま吐露すること心理的な抵抗を覚えるのが普通。逆に猥雑な内容に興味を感じたとしても、その通り書くのは社会的な足かせを感じて書けないもの。
    きれいにまとめる技術より、つまらんものはつまらんで全くかまわないから、心象表現を日本語でストレートに行えるよう指導してあげるべきでしょう。

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