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    子供の頃、幸せでしたか?

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    青い鳥
    ヘルス
    最近、昭和ブームですよね?

    そのため、自分が子供だった頃のことをぼんやりと思い返すことが多くなりました。
    あの頃は幸せだったなあと思いつつも、具体的にどんなことが幸せだったのか思い出せません。

    趣味が読書だった私は面白い本を読んだ時や、綺麗な景色を見た時などに、「幸せだなあ」「生きているっていいなあ」と感じていたような気がします。

    皆さんはどうでしたか?

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    意識はなかった

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    ぱっぽ
    「わたしは幸せだわ」っていう意識はなかったですね。自我も確立してないころだったでしょうから。でも、冬の日暗くなるまで缶ケリで遊んだり夏の草いきれのする中で駆け回ったりたんぽぽだらけの中に座り込んでした春の日のおままごととか思い出すと幸せだったなぁ、と思います。

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    トピずれかもしれませんが・・・。

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    miwa
    良かったなと今思うことは、いろんなモノに守られてた安心感ですね。

    当時は幸せという感覚を知りませんでしたから、
    綺麗な景色や音楽を聴いて感動しても、幸せとは感じてなかった様な覚えがあります。
    大きな不幸を知らなかったので、幸せボケ状態だったのかもしれないです。

    理解したのは大人になってからでした。なんというか、感謝の薄いぼんやりした子供ですね。

    戦争を体験していれば、見方も違うのかしら。
    平和な時代に生まれて感謝です。

    完全にトピずれですね。すみません。

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    イエイエ

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    戦中派
    子供の頃は食べるものがなくて、粟、ヒエ、芋などを食べていました。
    カボチャの種を焼いて食べていました。

    文房具もなくて、ノート、鉛筆も配給でした。



    幸せだったとは一度も思ったことはありません。

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    うらやましい!

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    ぴのこ
    私は、幸せだと思えたのは小3まででしたね~。

    小学4年生から、親の焦りで塾に入れられ、難関の私立中学を受験しました。
    落ちると、ダメ人間扱い。
    私の人生は終わったのか?と思うほど、怒られました。
    中学の時からは父の家庭内暴力が始まり、大学に入って別居するまで、延々と続きました。

    いつも暴力と怒鳴り声に怯える生活でしたが、母にはとにかく、勉強勉強と追い回されていました。
    人生が楽しいと思えるようになったのは、親元を離れて5年経った頃ですね。
    ひとえに、人生に満足している優しい夫のおかげだと思います。

    過去の経験があるから、今がいかに幸せかも分かるので、不幸な子供時代もムダにはならないなあ、と思います。
    でも全ての子供たちには、できることなら幸せな子供時代を送って欲しいと願っています。

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    いいえ

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    いじめられっ子
    子供の頃(~中学まで)いじめにあってましたので、いい思い出ありませんでした。
    とてもつらかった!

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    幸せだったけれど

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    40代前半
    同年代の人と子ども時代の思い出話をすると
    皆が懐かしむ昭和の良き情景や子どもらしい
    遊びを、私はなぜか経験していない事を
    いつも思い知らされます。
    友達と花や草のままごと、鬼ごっこやかくれんぼ。
    自然はあったけれど、あまりしたことありません。
    駄菓子屋は1度も行った事がありません。
    転勤族で友達が少なく、工場の上階に住む事が多く
    トラックの行き来が多いので親は私を外に出したがら
    なかったのか、そんな親の顔色を感じて家で遊ぶ
    くせがついたのか。
    家で一人リカちゃん人形で遊び、できるかなの
    のっぽさんが大好きで、とても幸せでしたよ。
    でも、それは異端だったと思い知らされるたびに
    悲しい気持ちがするのです。

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    忘れたいです。

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    そよ風
    母のあまりに厳しい「しつけ」に加え、兄弟とはまったく違う「女の子でしょっ!」という言葉。母の、親とは思えない発言の数々。できれば子供の頃のことは思い出したくないです。

    なぜあんなに母の顔色を伺ってびくびくしながら子供時代をすごしたのか。そのことを思うと、今でも涙が出てきます。親の愛情が必要な時期に、まったく親の愛情を受けられなかった気がします。子供の頃から、家族が嫌いでした。

    大人になった今では、過去に受けた仕打ちをそっくりそのまま、さらに輪をかけて母にぶつけてしまう自分がいます。今は丸くなった母は、私の暴言の数々をかなり辛そうに聞いていますが、私の気持ちはおさまりません。悲しい連鎖というか、なんというか・・・。

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    不幸のどん底でした

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    昭和40年代生まれ
    子供の頃、といっても4歳から9歳までかなぁ。 
    精神的に不幸でした。
    とっても繊細で敏感な子供で、自営業の親の会社のことで
    お金が無くってどうしようと心配し(丁度会社が大変な時だった
    ので)、幼稚園から鍵っ子だったので寂しくって、寂しくって、
    毎日一人で泣いてました。他の子は親が迎えに来るのに、
    私は一人で家に帰って一人で鍵を開けて家に入るのが、溜まらなく
    寂しかったですね。
    (あと、変な「オジサン」が「お嬢ちゃん、一人なの?オジサンが
    一緒に遊んであげるよ」とか、今考えてみると、結構アブナイ人が
    いたもんですよね。)
    あと、当時意地悪な姉に「お前は橋の下から拾われて来たのだ」と
    いう、クラッシクな洗脳をされました。それでなくても姉の方が
    どういうわけかチヤホヤされてたので、私はそれを真に受け、
    「私は不幸な養女」という悲劇のヒロイン役にどっぷりと
    はまってました。 姉には意地悪され、母は姉の所行を私のせいに
    され、7歳の時でしょうか? 私の居場所は無いと思い、
    カーテンレールに紐をくくりつけて自殺を謀りました。
    (とにかく一人だったので、時間は腐る程あったんですね)
    >>>つづく

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    不幸のどん底でした

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    昭和40年代生まれ
    <<<つづき
    が、たかがカーテンレールが体重を支えられるはずも無く、我が足は
    床の上に。 ぐんにゃりと曲がった彼のカーテンレールを見て、
    私は転がって大笑い。どういう訳か、肩の荷が下りたような
    気がしたんです。 それ以来、私はとんでもない楽天家に
    なりました。 要するに、鬱だったんですね。 親もそんな私に
    気が付かなかったなんて、、、。
    今もその事を考えると凹みます。
    ただ、余りにも一人ぽっちで子供時代を過ごしすぎたので、 
    すっかり「一人がラク」になってしまいました。何でも一人で
    やりたいタイプ。グループ作業とか苦手ですね。だから、まさか
    結婚するとは思ってなかったんだけれども、ありのままの私を
    包み込んでくれる夫と出会い結婚。 ただ、3歳半の子供のいる今、
    子供が私を5分たりとも放っておいてくれないから、ちょっと
    大変です。 あぁ、自分の時間が欲しい~~!
    でも、幸せです、今。

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    幸せではありませんでした

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    昭和少女
    昭和の終わりを20代前半で迎えました。

    両親が不仲で、嫁姑のいざこざや親戚からのいじめで、子ども時代に幸せだと思ったことはないです。というより、辛いことを忘れてしまうために、幸せだったことも忘れてしまったみたいです。

    両親に守られて幸せな子ども時代を送られた人を、心底うらやましいと思います。

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    愛されているから幸せ

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    乙女りんご
    大多数の子供は親に愛され守られ、自分の居るべき場所がありますよね。
    それが幸せの根本にあるものだと思います。

    でも本当に子供の頃は、幸せという実感はないでしょう。
    冬の寒さを知らないものは春の暖かさがわからない、の例えどおりです。

    思い切り横ですが、臨死体験した人は、絶対的な存在(神?)に深く愛されてると感じるそうです。
    だから臨死体験は恐怖などではなく、すばらしい体験なのだと。
    人は年齢に関係なく、愛されたいものなのだなと感じます。

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    3丁目の夕日そのもの。

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    3丁目
    小学校1年のときテレビが来て、どんどん日本が進歩していきました。
    今思えば、質素そのものだけど、物を買ってもらう喜びは、今の子供には想像もつかないものでしょう。
    クリスマスのケーキは年に1回の喜び。
    アメリカのドラマを見て、その洒落た感覚に目を丸くしてました。
    4年のとき、チキンラーメンができて、冷蔵庫を買って、家で氷ができる喜び。
    5年でコーラを飲んで、ボーリングが憧れで。
    のどかで幸せだたんでしょうね。
    でも、子供は今ほどちやほやと大切にされてなかったような。
    漫画の世界のお金持ちの子供に憧れてました。
    そうか、憧れ、夢、そんなものがいっぱいでした。
    夢があるって幸せですね。

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    暖かい手

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    ふきのとう
    冬の寒い日、学校から帰ると、いつもお母さんが
    待っていて「寒かっただろう・・・」
    と、冷たい手を暖めてくれました。
    兄弟が5人いて私は一番下で、兄や姉が帰ってくるまで、お母さんを独り占め出来る時間が好きでした。
    いつもにこにこしていて、大声で怒るなんてことは
    ありませんでした。
    子供が5人いたけれど、皆同じように可愛がってくれて、とっても大切に育ててくれました。
    40代になった今でも、兄弟は仲がいいです。
    実家に集まっては、亡くなった母の話で盛り上がって
    います。子供時代は、裕福ではなかったけれど、
    幸せでした。とっても懐かしいです。

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    「幸せそれとも不幸せ」 1

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    昭和枯れススキ
    遠い昔の子供の頃の思い出です。
    学校給食はコッペパンと脱脂粉乳、おかずは良くて鯨の竜田揚げ、普通はガンモドキの煮物か野菜の炒め物または煮物、たまにパンにバターが付くとラッキーでした。
    たま~に母が作るカレーには肉の代わりに竹輪が入っていました。
    着てる物は袖口が綻び、肘が抜けたシャツ
    履着物は下駄かゴム靴。
    遊びは広場で三角テベース、かくれんぼ、チャンバラ
    ごっこ。
    小学校入学前の子供は「ミソッコ」と言って遊びには
    入れましたが、鬼にしたりテベースでアウトにはしませんでした。
    そんな中で、高学年の子は小さな子を労る、小さな子
    は高学年の子を見習いながら生長して行きました。
    食べ物では「あれが好き」「これが嫌い」なんて言って
    いられない時代で、食べられる物はなんでも食べていま
    した。
    「アレルギーなので・・」なんて言葉は全然有りませんです。
    水道は各戸ごとではなく共同水道でした     (続)

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    「幸せそれとも不幸せ」 2

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    昭和枯れススキ
    (続)
    昭和の時代を必死に駆け抜けた私としては今の「昭和ブーム」なんて単なる懐古趣味に過ぎないと冷ややかに見ています。
    各地で地域起しの手段で、SLを走らせていますがSLの本当の姿は、「風景を見よう」と窓を開けると小さな石炭殻が目に刺さります。
    うっかり窓を閉め忘れてトンネルに入ると臭い煙と炭殻が客室に充満してしまいます。
    タイミング良く窓の開閉をするのは窓側に座った人の責任でした。
    それに今は座席は快適になっていますが当時は固く狭い板の座席でしたよ。
    最近のSLに乗った小さなお子様が「楽しかった~」なんて可愛いコメントをなさっていますが、SLの走りは機関士、機関助手、乗客が一体になった結果で得られるものです。

    石炭殻や臭い煙の洗礼を受けた時の「今時」の親さんと子供さんはどんな反応をなさるのかな~~。

    >皆さんはどうでしたか?
    「幸せそれとも不幸せ」なんて思った事なんて有りませんです。
    (私が精一杯楽しく生きた時代なので)

    書き込みの中に「理解不明の言葉(今や死語)」がたくさんあります。
    興味がお有りでしたら検索なさって下さい。

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      今も幸せだけど

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      桜餅
      熟年です。
      今がとっても幸せなので、過去を振り返って懐かしむ気持ちは余りありません。

      ただ、子供の頃は本当に外でよく遊んだ記憶があります。変な危険はなかったし、自然の中で蛙と遊んだり、ざりがにを捕ってそれを茹でて食べたり、みんなで暗くなるまでなわとびにまりつきに、缶けりにおにごっこと遊び惚けていました。

      男兄弟の中で育ちましたので、家の中でのお人形遊びなどは興味ありませんでした。

      それと教師だった母の教えでよく本を読みました。お金の掛かるピアノのレッスンにも通っていました。
      今思えば結構健全な環境の中で育てて貰ったと思います。

      両親に感謝です。

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      何も考えてなかったから幸せだった

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      コロン
      子供の頃、自分は幸せかは自問自答したことはなかったけど、毎日楽しかったと思います。
      少し大きくなってから「あれ?うちってひょっとしてビンボー?」と気が付いたのですが、親は貧乏なことを意識しない生活をさせてくれていたようです。
      爪楊枝を箱詰めする内職をしている母を手伝ったりしながら「お母さんの趣味って地味だなぁー」と思ってました。
      子供のころの幸福感って、親の感じている幸福感にすごく影響受けると思います。お母さんが笑っていればとにかく安心して幸せだった・・・・

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      昭和だから、、というのではなく。

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      カタログ好き
      子供のころへの憧憬ですかね。
      大人はまだ威厳があったし、お年寄りは大事にされていましたよ。
      夏も冬も、もう現在の気温じゃないんですよね。
      体感的にも、実際の温度も。
      でも小町には、もう既に平成生まれのかたもおられているでしょうから、その方達もそのうちに、「平成初期は良かった」なんてきっと言うんでしょうね。

      時代はめぐるんですね。
      インターネットはなかったですね。。。
      でも幸せでしたね。

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      とても疲れていた気がします。

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      asami
       中学校を卒業するまでは、学校ではいじめに遭うし、家に帰ったら両親は仲悪いし私と妹にはやつあたりするし、いじめに遭っていることを相談しようにも、聞いてさえくれませんでした。
       安心できる場所が、どこにもありませんでした。
       そういう点では、幸せではなかったです。

       高校に入学して親元を離れてからは、やっと友達もできて、少しずつ楽しい時間が増えていきました。

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      幸せではなかったです

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      あすかの母
       幸せな思い出はまったくありません。

      貧しかったし寂しかった。

      消極的な性格のため思っている事が言えなくて、
      いじめられる事も多かった。

      お金使いのあらい父と勝気な母、一人っ子の私は
      よく泣いていた。

      今結婚して子供もいます。
      私が味わったつらい経験は絶対に子供たちには
      させたくないと育てました。

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      愛されたくて

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      僻み
      愛されたくて、褒められたくて、必死でした。
      できの悪い子どもで悪かったと、今は思えます。

      4人姉兄妹の真ん中で・・・
      こんな親にだけは絶対ならない!
      子どもが出来たら、めーイッパイ愛してやるんだ!
      早く大人になって、家から出てやる!!と思っていました。
      家に居るより、裏手にある雑木林のような小山で遊んでいるときが
      一番幸せで、自由な気がしていました。

      思えば父の口癖は「公平平等」で、ちゃんと愛されていたと思います。
      そんな父は昭和十代生まれ、戦中派さんと同じ事を言っていました。
      蛙やバッタ、木の根も食べたとも父は言ってました。

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      地方都市の田舎部で

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      すずらん
      育ちました。住宅地です。
      子供同士で1キロ先のの谷や川まで
      探検していました!(今考えればよく親も放っておいたこと)
      いつも真っ黒に日焼けして新しい遊びを考えていました。
      貧乏だったけど幸せな時期でした。
      ただ夏休みやお正月はまわりとの格差に悲しい思いをしました。そのぶん勉強頑張ってましたが…
      なんて健気な子どもだったんだろう!

      今は無趣味な子あり専業主婦です。
      子ども時代の想像力はどこへやら…
      その月その月で精いっぱいの暮らしですが
      今がいちばん幸せかもしれません。

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      今考えると相当幸せ

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      ハッチ
      子どものころって自分の世界がすべてで比べるものがないから無意識ですけど、今振り返るとすごく幸せだったんだと思います。

      家は自営業だったので食事はいつも家族全員で。
      家業は相当忙しかったようですが(毎晩深夜まで働いていた)、その分、休みの日にはあちこち行楽に連れていってもらました。
      きょうだい3人、習い事もあれこれさせてもらったし、子どもの意思も尊重してもらえていたような。
      子どもも多かった時代だから遊び友達も多かったし、近所、親戚、温かい目で見守ってもらってました。

      今自分の子に、自分が育ってきた環境を与えられるかというとちょっと不安。

      時代は変わりますね。

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      今は幸せ

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      昭和生まれ
      家は貧しかったけど、それなりに幸せでした。
      ただ、まわりの人間に貧乏貧乏と言われるまではね。

      親の金で暮らしているだけの子供にバカにされるのは納得いかなかったなー。
      でも・・家族に不満は無かったし、不幸せ半分幸せ半分くらいかな。

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      遠い日の想い出

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      照沼
      81年生まれですが、子供の頃の思い出を書きます。
      夕日が綺麗でした。
      夜は、暗くなるまでドッジボールやサッカーや鬼ごっこをしたり、比較的近所の海岸や岩場で遊んだり、大きな駐車場や空き地などでよく遊んでいました。
      自転車で、友達と知らない街を探検したりしていました。
      近所で飼っている犬をかわいがったりしていました。引越しが多く、住む場所も、比較的田舎でお金があまりなかったですが、楽しく暮らしていました。

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        7歳までは幸せだった

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        美里
        当時は特になんて考えてなかったですが。今になって7歳(小1)までが幸せだったなあと思い、その当時住んでいたところへ行ってみたい!と思ったりします。

        小2で転校したところは、よそ者差別意識がすごーく強かったからか私が外歩いているだけで知らない人がわけ分からないことを言ってきたり奇声あげて威嚇をされてきました。近所にいる同級生の子にすごーい意地悪をされ私と仲良くしていた友達を取られたりと最悪でした。
        そのことがトラウマで小4で転校した先でもうまく行かなかったです。母親はいつも誰かと比べて私をダメ扱いだったし、自分はこの世で醜い存在なんだとすごーく悲観して死にたいと考えていることが多かったです。

        中1の3学期でひどいいじめを受けたのを機に「あいつらにテストで負けるなんて絶対嫌!テストの点数で勝ってやる!」と決心して勉強頑張ったら成績が上がりました。その後もどんどん上がって地元で一番レベル高い高校受かりそうなぐらいになりました。そして地元で中堅の高校に受かり高校時代はハッピーに過ごせました!

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        子供時代幸せじゃなかった人は

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        幸せは歩いてこない
        逆にそれが幸せだったかもしれません。

        だって、子供時代あんまり幸せすぎたら、いつまでたったも大人になれなかったかも。幸せな子供時代と決別する辛さを感じなかった分、幸せかも。
        幸せな大人になろうとがんばれた分、幸せかも。

        辛い子供時代を卒業して大人になった人、幸せになろうね。子供時代の分までたっぷり、幸せになろうね。

        きっと、子供の頃幸せじゃなかった分だけ、幸せを敏感にキャッチできると思うし、繊細に味わえると思いますよ。
        不幸な子供時代だったことって、そんなに不幸なことじゃないかも。

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        死にたいと思っていました

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        ノイ
        暖かい手で包まれた方、うらやましいです。お母さんって、そんな風にするのか、今度やってみよう、知らなかった、と涙が出ました。
        カーテンレールの方、今語れるようになってよかったですね。

        私の家は、4歳のときに突然継母がやってきて、実母が追い出され、その後実母は10歳のときに亡くなっていました。23歳の結婚するとき父に聞きました。

        それまで亡くなっているとは知らず、実母のことを考えて会いたくて何とかしたいと悶々としているうちにてんかんのような病気になりました。
        いじわるの固まりの継母が嫌で嫌で、毎日マンションから飛び降りることを考えていました。
        継母は私は実母のことをよく覚えているのに母親になりすまし、妹が「何で母に似てないのかな?」と不思議そうに言っているのに、「あの人は違うよ。」と言えない空気を作っていました。

        父は女遊びが激しく、会社経営でお金がある時期もあり、好きなことを勝手にやっていました。

        今、優しい夫と子ども3人と犬と幸せに暮らしています。

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        近所同士の交流があった。

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        昭和40年生まれ
        やさしい両親に恵まれ、近所には仲の良い子がたくさん。近所の家々に気軽に遊びに行ったりしていました。近所のおばさんとかとも気軽に挨拶とかしたし、家の前の広場で毎日、日が暮れるまで友達らと遊んでました。今は近所との交流なんてほとんど無いです。引越し先で私は見知らぬ人間でしかなく寂しいです。昔のような近所中仲良しなんていうのは今の私にとっては夢の又夢です。

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        昭和49年生まれ

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        小粒
        年代によって、幸せと感じる基準が違うような気がします。
        親は昭和22年と24年生まれです。

        両親とも、子供とは外でも家の中でもよく遊んでくれました。近所や他の友達を見てもそういう親が多かったような気がします。

        子供の頃幸せだと感じたのは、料理上手の母が作ってくれるご馳走の数々。食事のあとに出てくる手作りのデザート。クリスマスやお雛様の飾りつけ、低学年の頃まで友達を呼んだり呼ばれたりした誕生日パーティ。当時は嫌だった母手作りの洋服やバッグも、今思えば手をかけてもらえた分幸せだったと思っています。

        裕福だったとは思いませんが、あくまで平均的な暮しで不自由を感じたことはありませんでした。習い事も今のような親が子供に押し付けるイメージではなく、伸び伸びと楽しくやっていた気がします。

        子供の頃の幸せな記憶があるからこそ、今の自分があるのかなとも思います。

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