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    チコ
    話題
    40代前半の主婦です。

    よく本でも同年代の周囲の人でも「もう何があっても動揺しなくなった」「オタオタしてるようなトシじゃないよ」という言葉を耳にするし、友人などを見ていても、それが正しい正しくないに関わらず、とりあえず迷わず自信を持って生きている人が多い気がします。

    私は・・事情があり10代から家を出て働いて30代後半で結婚するまでいろんな災難にも遭いながらもなんとか生きてきて、一通り辛酸もなめてきた(?)と云われるわりに、その苦労が身についてないというか
    それどころか人や仕事でのトラブルで経験した怖い思いがトラウマのようになって、むしろ怖いもの知らずだった昔より他人や世間が怖くてビクビクしたり何事にも慎重になってしまってます。

    幸い夫はマジメでいい人ですが、そんな夫を支えて一緒に幸せでいるためにも、私自身がもっと自信を持ち強く安定した気持ちでいたいと思うのですが、何かよい方法、またはご意見などをお聞きしたいのです。

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    不惑って言うけれど

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    ぎんねこ
    まだ、日常生活ではきゃぴきゃぴしている私です。娘の友人から言わせると、「おかあさん、三十代?」と若めに言われ、一人喜んでいます。
    若いときは、落ち着いて見られていたので、年上に見られていましたが、今は気持ち五年ぐらいさば読めるかな。
    トピ主さん、お子さんはいらっしゃいますか。子どもが一人でもいると、しっかりしてきますよ。子供同士でもトラブルがありますし、そういった時は自信を持って、冷静にアドバイスしている自分があります。もう世の中、目新しいこともあまりなくなったので、どーんとお供え餅みたいにどっしりしているところはしています。
    とはいっても、経験していないことまでは予測できないので、うろたえる時はうろたえるんでしょうけれど。
    この間は俳句の会で吟行に行き、埼玉不動ヶ岡の桜を詠んで来ました。趣味の世界も円熟味が増す、この頃です。

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    自分に自信をもって

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    岸壁の母
    自信を持ちたいなら、社会と接点をもち、
    何か、自分のやりたいと思えるような仕事をもつことがいいかも知れません。

    お金儲けよりも、好きになれそうな仕事で
    また、やりがいのあるようなことを始められては
    いかがでしょうか。

    その中で、自分を磨いていけばいいですよ。

    トラウマと書いてられるように、自分でも気づきがあるようなので、そこで、スパッと、自分の中で、
    噛み砕いて、はき捨てられるのではありませんか?

    災難にあったという苦労、もしかしたら、しなくても
    いいはずの苦労をしてしまったのかも知れません。

    そこには、人間的成長とか、社会性とか言ったものが
    あまりなく、もしかしたら、人を見る目を養った
    ことくらいなのかしら。
    そばに居るいい旦那様との出会いが、それを、物語るような気がしてきますが。いかがでしょうか。

    ビクビク、よくありません。
    毅然としなさい。
    そうしないと、年上、年下からも、侮られやすいでしょうから。
    四十代にして、似つかわしくないです。
    しっかりしてください。
    いい旦那様を得られて、安定し、また、信じて、甘え、力を抜いて、颯爽と歩いていって下さい。

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    昔の人はどっしりしていた。

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    自信のないわたし
    トピさんのお気持ちよくわかります。私も40なかば。会社ではマネージャーとしてばりばりっといいたいところですが内心ばびくびく。
    若い子に遠慮して、上司をたてて。。。

    家では子供には「物分りのよいおかあさん」です。

    私の母は、たいした学歴も社会で働いた経験はなくてもなんだかどっしり構えて、威厳がありました。

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    不惑とはいいますけど…

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    ズビズ
    間違った自信のつけかたをしてる人もいると思います。要するに、おばさん化してしまっている人。
    あと、トピ主さんのように色々な経験をしていないから、少ない体験の中で自分は全部知っていると思えてしまうような人。

    そういう人よりは、ビクビクしてしまっても、いつでも物事に疑問を持てるトピ主さんのほうが、私は好きですけどねー。

    ただ…そういう間違った自信をつけた人以外で、本当に自分に自信がある人なんて、そうそういないと思います。それって、80歳くらいに行き着くところじゃないですか?
    40代なんて、まだまだこれからですよ。ただ、生きていく上で、家族を守ったり自分を守ったりするために、ハッタリをかまさなければいけない機会が多くなって、堂々としてるふりをしてるんだと思いますよ。

    トピ主さんも、見た目だけ、押しを強くするようにしてみたらどうでしょうか?中身は今のままで全然いいと思います。

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    みんな内心、怖がりですよ。

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    竹子
    そのお友達も、若い男性と意識せずに喋ることが出来るようになったとか、そんなものではないでしょうか。
    年をとると守りに入るし、なんに対しても構えるものです。良くも悪くも。
    生活が脅かされるという経験が、その方達にはなかったからでしょうかね。羨ましいですね。

    トピ主さんが思う不安は、みんな根底にあるものだと思います。

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    私もビクビクです

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    ゆきこ
    不惑の40代って言うのは状況の違う昔のことなんじゃないかなと思います。
    昔の40代と言えば若くして産んだ子ども達も独立してしまう年代、親も既に無し、後は自分のことだけ、という状況が多かった。
    今は、っていうか私自身40代後半ですが、30代で産んだ3人の子ども達がまだ小さい(小学生もいます)、親は4人健在だけれど病身、要介護。
    こんな中で守るべき物が多すぎて、ふと立ち止まった時に怖くなったり必要以上に慎重になったりする自分に気がつきます。

    私も自立が早く30代まで1人で辛酸もなめたつもり、その上大震災に遭ったりニュースになる大事故に巻き込まれそうになったりも。
    一つ一つは乗り越えてきたけれど、守るものが自分一人ではないと思うと余計に底知れない怖さを感じたりします。怖いもの知らずだった若い頃が懐かしいです。
    ただ、そんな私も外面としては「動揺しない」風に振舞える技は身につけられたかも。それに「オタオタしなくなった」も、私なら「いい歳なんだからオタオタするなよ」と自分に言い聞かせるつもりで言うかも知れません。

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    私も人が怖い

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    40なったばかり
    ドーンと自信を持っていたいですが
    年をとれば取るほど、人付き合いの怖さを感じています。
    若い頃は怖いもの知らずだったと思う。

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    人間って生涯迷って生きるのでは?

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    たけちゃん
    >私自身がもっと自信を持ち強く安定した気持ちでいたい
    と私も思いますがいまだ(58歳)出来ていません。私の勤めていた大会社の創業者ですら死ぬまで迷ってびくびくしながら生きてこられたそうですから、皆さんそうじゃないかと思います。
    いろんなことに心配りをしたり、気使いの出来る人ほど迷ってびくびくするのではないでしょうか。無神経な人ほどチコさんのおっしゃるように自信を持っているように見えるのでしょう。あるいは虚勢を張っているのかもしれません。チコさんは繊細でやさしい心を持った人だと思います。いろいろ迷って生きていくのも人生の醍醐味で、それが体や精神に悪い影響を与えることがなければいいじゃないですか。迷うというのは選択肢があるからで、若いということです。若いっていいなあ。年をとっていきますとこの選択肢がだんだんなくなっていきます。広かった夢も狭まって行きます。
    で、私は今はこのこの狭いチョイスに賭けているわけです。残りの人生をね。

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    大丈夫ですよ

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    えこ
    私もトピ主さんと同世代です。関係ありませんが、もう少し体力ほしいです・・(笑)。
    子供の頃から実家でそれなりに苦労があり、今に至ります。優しい夫に支えられてきたところが大きいです。

    これくらいの歳になると、確かに図太く?なるというか、少々のことでは驚かなくなる、というのは一般的でしょうね。皆、色々なところを通ってきたと思いますし・・。
    トピ主さんはビクビクと表現されますが、慎重なことは悪いことではないですし、それを長所と思ってみてはいかがでしょう?

    通ってきたことが、プラスに生かされるといいな、と最近、しみじみ思うのです。まだまだ未熟な者ですが、過去と現在の自分が溶け合っていけばいいな・・と。
    もしかしたら、トピ主さんも過去をすっかり受け容れられるとすっきりしてこられるのでは、と思いました。自分にとても当てはまることですので・・。

    お互いあせらず、好きな事を楽しんだり、今の自分を大事にしながらゆっくりいきましょう・・!

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    ビクビクすることがあってもいいのでは?

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    40th
    チコさんと同じく40代前半ですが独身です。

    「自信を持つ」前段階かもしれませんが、私は「不安、ビクビク、どうしよう!」と感じたら早めにその気分を誰かに話して、自分の気分を少しでも楽にするようにしています。気分を「小出し」にするようなものかも。

    40台は20台の頃と比べると、経験やちょっとした物の言い方から「落ち着いた人。」と言われる事が多くなる年齢かも知れませんね。驚いても取り乱すのはよくないしなあ、なんて思ったりして。

    でも私は新しいことに挑戦したり、新しい環境に入った時などは今でもビクビクしてしまうし、行動に慎重になるし、不安にもなりますよ。

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    確かに不惑と言っても・・・

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    とんぺい
    昔の人は、例えば身近な父母、祖父母は確かに傍目ではどっしりしていました。自分が接した四十の彼・彼女らはすごくしっかりした大人で、同じ年になった自分なんて及びも付かない感じがしています。しかし、家庭内等の環境では個人的ないざこざ、ケンカなどとても多かったです。また、周辺環境などは今に比べ何事も単純だった気がします。現代は仕事、家庭その他が不必要に複雑化している気がします。一例ではメンタル面で色々休む人がすごく増えていることなんかもありますね。付き合いにしても時間がなくてのんびり語り合うなんてことも少なくなっているように思います。だから昔の四十は今の四十五から五十くらいかな?なんて勝手に解釈して自分の「惑惑の四十」を受け入れています。

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    実年齢より環境的な影響では?

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    るふか♪
    はじめまして。
     トピ主さんが仰るように、確かにある程度年齢や人生経験を積んだ方って
    とても堂々と強かだなぁ!って感じる事はよくありますね。
    只、それが必ずしも40代以降の方なのか?といえば、
    必ずしもそうではないと思いますね。
     例えば私の現在の職場ですが、一般的な企業に比べると年齢層が高く、
    一番の年長者が60代後半という中で、30代40代ではまだまだ子供扱いです。
    先日なんて、40代女性が60代の先輩に叱責されている姿を目の当たりにしましたが
    まるで子供が母親に叱られているような雰囲気でしたしね。
     またそれとは反対のケースとして、10代の時にアルバイトしていた職場では、
    全体的な年齢層が低く、同じアルバイトは10代20代が殆どでしたので、
    中では姉貴分である20代後半の先輩方が、とにかくとても貫禄があるように感じましたね。
    それは恐らく、トピ主さんが現在感じられている40代像に
    かなり近いんではないでしょうかね。
     いずれにしても、現在置かれている環境や全体の年齢層による部分が大きいような気がしますね。

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    似ています

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    釣り
    私も40過ぎても内心ビクビクなことが多いです。正しい解釈で経験を積んできていなかったことも原因かもしれませんが、今は今だけを見るようには一応気をつけています。でもそういうことを絶対言わないし、こういうところでもあまり書かないようにしています。「おばさんはおばさんらしくしてほしい」と思われるのは知っていて、できない自分にまた落ち込むことはわかっているので、あえて避けています。筋金入りの小心者です。

    私も夫を支えるためにもっとしっかりしなくちゃとすごく頑張っていた時期が長かったのですが、最近は本来自分がビクビクするほうだから夫のビクビクするところを「なんだかわかるなあ」と思えてきて、あんまり無理しなくていいのかなと思えてきました。夫の分も頑張る から お互いこんなだけど何とか暮らせるね に変わって来た気がします。夫も段々前よりも逃げなくなってきて本来のまじめさを尊敬できます。本当にありがたいです。感謝すると涙が出そうになって涙腺のゆるさは立派なおばさんです。

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    専門家に相談してみては?

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    ぷっく
    それはご自身でも感じているように、潜在意識(トラウマ)も原因の一つだと思いますよ。自分だってどっしり構えた精神力をもちたい!だけどわかっていてもどうしようもない不安感や恐怖感が年齢とともにでてくるですよね。一度専門のカウンセリングなど受けてみるといいと思います。ちなみにお薬はよくありません。昔のことを回想して辛かった思いを吐き出してみませんか?現代書林から「頼れる心の治療家」っていう本なんかもありますよ。

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    Worst Case Scenario

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    Frisco The Dog
    年を取れば、それまでに築き上げたものも多く、失うものが大きくなるから心配事が増えるのは、ごく当然のことですよ。

    他の方が書かれているように、失うものがない・痛みを感じない・気配りが出来ない・無責任な人というのは、間違った自信を持っているのです。

    若い頃は、自分に最良の想定しか出来なくとも、年を取ると、最悪のシナリオを絶えず頭に置くようになります。 これが、伊達にお飾りの下をくぐっていないということです。

    ただ、悪いことばかり考えるのは、禁物です。杞憂というものは、何の利益ももたらしません。  心配しても、笑っても過ごす物理的時間は、同じです。

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      ある意味自然な事

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      ニャンパラリン
      当方同年代です、そして10代で自立した事も同じ。

      10代20代の頃はとにかく自信と勘違いのかたまりでした。出来る事は派手にやってみせるし、出来ない事まで出来てしまう!そんな若者でした。

      30代40代は世間を知り怖さを知った事で、逆に出来る事まで出来なくなっています。

      トピ主さんの云われる、何があっても動揺しない!というのは、”いざ”という時に度胸が据わる事なのであって、所謂おばちゃんの図々しさのそれとは違うような気がします。

      とても自然な事ですよ、今後トピ主さんの環境に何か変化が起きたとしても、過去の経験と知識にきっと上手く助けられると思いますよ。無駄な経験など何一つありませんから。

      何より優しいご主人がいるじゃないですか・・・。

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      不惑と雖も

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      やじろべえ
      そりゃあ寿命の短い時(約2500年前)の40歳ですし、しかも孔子サマの仰ることですからねえ。
      今で言うと60歳くらいかな。
      一般人は40歳で不安だらけでも仕方ないと思いますよ。
      不安があるから頑張る。
      臆病だから準備を怠らず、信頼される。
      そんなものだと思います。

      だって孔子サマは、司法長官を辞めた後に弟子(社員)を引き連れて放浪してばかりでしたから、それで惑わずなんて相当な人です。
      中核事業が定まらない中小企業の社長さんみたいなものでしょ?

      あまり気にしない方がいいとおもいますよ。

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      まだ、オタオタしております。ナサケナイ。。。

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      きぬこ
      もう40歳は昔です。
      まだまだ、オタオタ、ビクビクしております。
      40歳で不惑と言うのは理想じゃないかと思います。
      貴女は、過去の辛い思いが時々心の中をよぎるのではありませんか。又、こうなったらどうしよう、とか。
      辛い経験はその人を強くもしますが、用心深くもしますよね。又、いやな事があるかもしれません。
      その時こそ、あなたのいままでの経験が生きると思ったらどうでしょう。
      私はごく最近「いいなあ」と思っていた人が思わぬグチを私にポロリとこぼしたので、人間は皆、何かしら、悩みをかかえているものだと思いました。
      涙をこぼすような事があったら、そこから、何かを学べば良いと思いませんか。私は、「同じ湯のみから二度煮え湯は飲まない」ときめています。

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      40過ぎるとほとんどの人が自信にみちみちているように見える。

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      同じ
      でもね、そう人達と、親しくお付き合いすると
      わかりますよ。
      「なあんだ。なんにもわかってない部分もあるのね。
      だから、わかってないからこそ、こわいもの知らずで
      どうどうとしていることができるんだ。」

      完全な人なんていないんだ、ということが
      もう少し年を重ねれば、わかってくると
      思いますよ。

      よくよく見ると、欠点だらけの人に「カリスマ性」
      という才能がある人がいます。
      どこからそんな自信がくるの?っていうくらいの
      すごい自信。
      50歳くらいになって皆さん、その人から少しずつ
      距離をおいています。今まで尊敬の目で見ていた
      人も、そのような目ではなく普通に接しています。
      40代はまだまだ人を見る目がない人が多いということでしょうか。

      びくびくしながらでも、一生懸命生活していれば
      少しずつ自信もでてくるし、数年後見えてくるもの
      があります。

      40代でものすごい自信家が、子供が突然不登校に
      なり、控えめになった人もいるし。
      人間自信過剰の人はどこかで頭をうつと思います。
      真の自信はそれだけ苦労しているのですから、
      素直に尊敬し目標にします。

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      トピ主です!

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      チコ
      お答えくださった全員の方、ありがとうございます。

      皆さんそれぞれ実に的を得た(思い当たる)ご意見を言ってくださり、深く感じ入っています。

      私は特に優しい人間でもないのですが、子供の頃から家庭が常に修羅場で、家を出てからも様々な人たちと、表面的には普通につき合いもこなしてきた反面、人というのは、天使と鬼がどの瞬間で入れ替わるか分からない、という恐ろしさがあると実感していて、接し方は一瞬も気を抜かず慎重にしないと大変と身構え、疲れます。

      今、周囲にいる人たちはお嬢様育ちの方が多く、常に守られた環境でノビノビ生きてきた人が多いのも、物事を無邪気にシンプルに言い切れる態度につながっているのかも知れませんが、中には壮絶な体験を経た上で、たくましさと自信に溢れた大人の女性もいて、本当に深みのある、いい表情をしておられます。

      私なりにこの辺で経験の捉え方を洗い直し、少しでも「これが私です」と堂々と落ち着けるようになりたいです。
      いまだに一年生みたいな気持ちで恥ずかしいです。

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      人間「孔子」 1

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      多惑
      何年か前にNHKのドキュメンタリー番組で、「孔子」を取り上げた番組を観たことがあります。
      「孔子」は神様に並ぶくらい完璧な人間と思われがちですが、彼も人の子悩み苦しみながらの
      一生だったようです。

      「十有五にして学に志す。三十にして立つ。
       四十にして惑わず。五十にして天命を知る。
       六十にして耳順う。七十にして、心の欲する所に従えども、
       矩(のり)を踰(こ)えず。」

      この有名な論語の解釈は、孔子はこの歳にこの境地に達したと
      言われているようですが、NHKの番組ではこう言ってました。

      「その歳に、こうであればいいのにな」という孔子の願望だと。

      どちらの解釈が正しいのか正しくないのか分かりませんが、
      願望だという解釈を聞いて、とても孔子が人間らしく思えて親近感が湧きました。

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      人間「孔子」 2

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      多惑
      四十もとおの昔に過ぎた私は、いまだに惑ってばかり。
      私の身の回りのいろんな年代の人達を見ていると、この論語のように
      歳を重ねてきた人を観たことがありません。
      きっと、孔子は自身も身の回りの人間達も、このように歳を重ねることが出来れば
      もっと、世の中はよくなると思ったんじゃないでしょうか。

      いくつになっても、人は何かにつけ悩み迷ってしまう存在だからこそ、孔子はこう言ったように思います。
      だから、この言葉に惑わされる必要はないと思います。
      それよりも常識の範囲内で、自分の感性を培うことの方が大切なようなそんな気がします。

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      40代で私も

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      惑星A
      不惑じゃないです。

      えばれる事とは思いませんが、仕方が無い。自分には自分の年齢系があると開き直っている、というかまだあきらめてません。

      なにしろ、一生勉強でも良いと思います。

      こう言う人もいます。

      「何も問題が無い人・・それは墓場にいる人達だけだ」

      だから、いきている限り悩み、迷い辛いなどが心に去来するものだと思います。

      ただ、確かに痛い思いをするにしろ、しないにしろ経験をつんで自分の身についた事一つ一つに関しては「自信がついたな」と思う事にしてます。

      経験が足りない分は・・様々なジャンルの本を読もうと思います。今まで振り向きもしなかった本も。擬似体験ができて、人の想いが想像できる人間になろうというのが今年の目標なのです。

      「ああ、これで、この問題はびくびくしなくなったな」とすこしずつ振り返って確認してます。私の不惑はきっと「墓場」です。

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      不惑は

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      きくちよ
      不惑は、昔の中国のえらい学者さんが寿命がまだ短い時代に「40歳になれば迷うこともなくなるだろう」と考えたので、そこからとって40歳のことを不惑と言います。つまり、えらい学者さんも迷うのです。
      あまり気に病まないでくださいね。

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