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50歳。人生でこれを成し遂げたという充実感はどこに・・・

Hanako
2011年7月8日 17:12

夫の転勤や転職に伴ってあらゆるところ(海外含む)を転々としてきた専業主婦です。転地先でそれぞれできることをやってきました。
仕事であったり、ボランティアであったり、子ども会活動であったり・・・。
独身のときに掲げていた夢が仕事として遂行できないと現実に理解し、しぼんでしまったけれども、その後も関連の活動には細々と取り組んできましたが、これだけを成し遂げたといえるほどの成果は挙げていません。

ふと気がつくと50歳。
手のひらから砂が零れ落ちるように時間があっという間に過ぎていたということを実感するのです。
このまま、何もなさずにある日、死んでいくのかなとふと思いました。
最期に、私は何ができたのかと自身に問う瞬間が見えるようでむなしいのです。

毎日の暮らしにおわれ、この先、目の前にあるのはかわらぬ毎日の続きで、生涯をかけて取り組んだといえるものが何もないのです。

仕事人として生きている方は、このように感じないかもしれません。
反対に、仕事だけの生活が重荷で一刻も早く自分の時間がほしいと思っていらっしゃるかもしれません。

半世紀。
あなたの人生の充実感、達成感はありますか。あるとすればそれは、なんでしょう。どのようなことをやっていらしゃったのですか。
充実感がないと思われる方は、何が欠けていたと思われますか。もしくは何かが負担にありすぎたと思われますか。

あなた個人の思いをどうかお聞かせ願います。

ユーザーID:9495172916  


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タイトル 投稿者 更新時間
うーん私も貴女と同じ五十だいになりました。携帯からの書き込み
黒ちやん
2011年7月8日 18:30

うーん私も貴女と同じ五十だいになりましたよ私の場合幼稚園の教員になりたくて学校いきましたが
挫折して普通に正社員として数年勤めて
結婚娘を産み
兼業主婦いまだにしていますよ最近楽しいのは実家の母親とする畑これが楽しいんですよね
私は農家のうちに嫁ぎさんざん姑に意地悪されて来ましたが
姑もついに歩けなくなり
なにもできなくなったんで畑やってます。
あと会社の同僚が時々畑に遊びにきたりしてまあ最近ようやくすこしずつ楽しくなりました
仕事の合間に畑したり会社の同僚とお茶したりまあまあ充実していますよ。

ユーザーID:9309658540
私は待ちに待った還暦
匿名
2011年7月8日 18:41

やっとシニアと呼ばれる年齢になりました。待ちに待ってた年齢。体が弱くて満足に働けず、パートで何とかやってきましたが、それにも限界が。。。

早期リタイアして持ち家も売る羽目に。悔しかった哀しかった・・・

早く60歳になってこれでシニアだから、働かなくてもいいと思える年齢になりたいと、ずっとそう思ってきました。やっと気持ちを楽にして、生活出来るようになりました。

人生の半分は体調不良で、満足に働けなくて十分な生活も出来ず、何も充実感などありません。達成感など微塵もありませんが、家族が健康でいられる事が、何より幸せと思っています。

やりなおせるなら、結婚からやり直したい。寝込んでる時夢か幻か、第二の人生はこうだったろうと、思うような夢を見た事があります。きっとあれは私が賢い人間であったなら、親孝行も出来自分達も幸せな家庭を築けて、周りの人達にも良い影響を与えて、、、、還暦を迎え満足な人生だったと、老いた夫と話して、、、そんな人生だったはず。

ユーザーID:4993359051
生涯かけたものが達成しても
jojo
2011年7月8日 22:09

私は主さんより3つほど上で海外在住です。私は逆に「目的に向かって手に入れていく」人生だったように思います。誰かのために夢を諦めた事はなく、皆が私を応援してくれました。
人生50年のある日、遂に思い通り以上のことが達成出来、嬉し涙にくれました。
学校からキャリアまで、全てのターゲットは制覇してきた、よくここまでやってきた、という感じです。

ところが、その達成感の最高の瞬間の悦びは「既に過去のもの」なんですね。
自己満足はありますが、時は流れ続けていますし、実際その後、何故か鬱っぽくなっています。
あれだけのことが達成できても(書けないのが辛いですが)、「今の充足感」とはまた別なんだと「学び」ました。
何か特別なことを成しても、懸命に家族に添ったことで自分自身の達成感がなくてもあんまり関係ない。時が流れ続けている限り、「今この瞬間の幸せ」だけが大事なんだと最近思っています。

あれも出来たこれも出来た、と指折り数えることができる50年でしたが、実際、達成感を感じた時に倒れて死にたかった、まだ生きねばならぬのかと心沈む毎日です。

ユーザーID:9694864359
上手くいかないのが 人生
ルッティー
2011年7月8日 22:59

お気持ち、わかります。

でも、上手くいかないのが人生ですよ。

多くの人にとって、そうですよ。

えらそうに、ごめんなさい。

ユーザーID:3206309126
達成感なんて一瞬と思います
花ショウブ
2011年7月8日 23:19

あと半年で50になります。
後ろを振り返れば、いろいろなことをやってきた。恋愛、結婚、仕事、子育て、PTA…普通より多くのことを経験してきた自負はあります。
そして、その時その時は得たものに達成感はありました。
でも、そんな充実感は、過ぎてしまえば薄れていく感情なんですよね。
達成したとたんに次の目標が欲しくなる。
この繰り返しだと思います。

最近思っているのは、何か目標なり夢を持って、そこへ向かって努力している途中で死ぬのが一番いいのではないかということです。

ユーザーID:6536131068
52歳女
ロボタン
2011年7月8日 23:46

結婚は、余り考えないで24歳でしました。あの頃は皆そんな感じだったと思います。結婚に不満はなかったですね。

でも30歳のとき夫が愛人を作って離婚しました。忙しかったけど母子家庭生活は楽しかったです。私は目標としていた英検も1級取得し、仕事での夢もかなえたし、我ながらよくやったなと思います。

子供たちは独立し遠方で暮らしています。私はリーマンショックで仕事が激減、老後の計画が大きく狂いました。あんぐりしながらもお気楽ですね。

今の趣味は経済の本を読むことです。ミステリー小説より楽しいです。特に今の株高は、まもなく震災復興景気が来るのか?それとも外資のはめ込みか?と興味津々です。

政治経済を話しをしながら茶を飲む友達が欲しいけど、残念ながらいません。

ユーザーID:3052190935
遂げていなくても
xxx
2011年7月9日 3:38

私もそんなこと考えていました。でも、あれもこれも「できた」という完了形より、今、これを「やっている」という進行形に充実感を感じるようになりました。やり終えれば、どんなことであっても過去です。現在に生きる方が楽しいと思います。

ユーザーID:1362651688
今の趣味を持つ事ができ、すべてに充実感ありです
木の葉
2011年7月9日 5:04

海外在住30数年の既婚で(子供1人)仕事を持っている56歳です。
何より今の生活に潤いを与えてくれるのは、趣味の絵を描く時間です。

絵の教室に通って3年目、家庭と仕事の合間で、とても充実した日々を過ごし、達成感もあります。
油絵と同様に書道(かな)も通信教育(7年前から)で習っています。既に師範になっていますが、まだ目標にたどり着いていません。


目標を高く持つ事ができる事をする、始める、
その結果に依ってさらに達成感、充実感を感じることができます。

ユーザーID:0709187850
今時の50歳って
ミント
2011年7月9日 6:47

大変失礼ですが、覇気がなさ過ぎませんか?!まだ50歳ですよね?!
80歳の方のトピじゃないですよね?!

私トピ主さんより10歳年下ですが、現在3か月の息子がいます。息子が成人する頃私は60歳。
そこからがまた私の人生だ!!と今から楽しみにしているのに、そんな情けないこと言わないでくださいよ。
これからじゃないですか。私の母は52歳で大学の通信教育を始めて8年かかって60歳で卒業しましたが
それはそれは楽しそうでしたよ。卒業できるのは入学者の3%程らしいですが、母は本当に頑張って卒業しました。
祖母は70の手習いの書道が大きな楽しみとなり、80歳のとき、もう1つの趣味の和裁とコラボさせた個展を開きましたよ!!

たくさん身内のこと書きましたが、要はトピ主さん、これからですって言いたいんです。たかだか50歳で
死んでいくとか言わないでくださいよ。私だってあと10年後にはトピ主さんと同じ年齢になります。
その頃、何もなし得てないと人生を振り返るなんて嫌です。早過ぎですって。
たった一度きりの人生、楽しまなくちゃ。人生振り返るのは30年後でいいんじゃないですか?前向いていきましょう!!

ユーザーID:0116865481
一度だけの灼熱の恋
アラ還おばさん
2011年7月9日 7:40

人から見ればまあまあ順調な青春期を過ごして結婚。専業主婦時代に二人の子供に恵まれ、まあまあ幸せな家庭を作っていましたが、いつも頭の中に「これでいいのか」と言う疑問が渦巻いていました。
それは仕事で満足したことがないのと、生まれて一度も運命の相手と思われる人に出会っておらず、結婚相手は条件的にはいい人だけど、胸を焦がすような恋をして結ばれた訳ではないのでいつも何かを追い求めていました。

30代の半ば、下の子の手が離れたのを機に再就職し、その仕事で出会った運命の人と生涯忘れられない灼熱のような恋をしたことです。

世間で言われるW不倫ってやつですが、私たちにとっては人に何と言われようと、二人で過ごす時間はこの世で出会うことが出来た幸せを噛みしめられる至福の時でした。
お互いの子供のことを考えて、6年程で別れることになりましたが、「この人に会えただけでこの人生は生きる価値があった」と今でも思っています。
大きな仕事は出来ませんでしたが、彼との思い出は私の宝物で、心に余裕ができました。
60を目前にして、今も、そしてきっとこれからも、すごく幸せです。

ユーザーID:3012876440
同じように感じています。
無意味なタコ踊り
2011年7月9日 9:37

おそらく他人から見れば、海外で勉強して専門職になり、毎日好きな仕事をして充実しているように見えるかもしれませんが、ほんと「達成感」って一瞬なんですよね。私は結果として家族を構成することができなかったし、そのことに関して後悔はありませんが、人間、欲しいものがすべて手に入るわけではないと実感しています。手に入っても「あれ、これがあんなに欲しかったのかな?」とあとで思ったり。手に入れるために失ったものもいろいろあるし。
いまの充実感は、主に仕事を通じてですが、他人に感謝されることです。
これからは、「もっとがんばって、これが手に入ったらきっと幸せになる。」という条件つきの幸せでなく、平凡であっても毎日の小さなことに感動を見出して、なるべく笑って過ごしたいですね。もう残りの人生、消化試合みたいなところもありますが。たぶん自分の凡庸さを受け入れられるようになったのでしょう。

ユーザーID:7564715415
同じような事を考えていました。
ひまわり
2011年7月9日 9:56

私も先日50歳になったばかり、30代から40代になったときも、しばらくは
「ああ、大台に乗ってしまった」と憂鬱でしたが、
今回も「もう後は年取って死んでいくだけなんだな」と、とても淋しい気持ちがしています。

私もトピ主さんと同様、海外含めて転勤続きの専業主婦、
慣れない新しい土地で、家族との生活をなんとかこなしていくだけで、
精一杯でこの歳まで来てしまいました。
体力も根気もない人間なので、トピ主さんと違って、ボランティアなどを一生懸命やった、と言う経験もなく、家事も必要以上にはしない・・・他の人に比べれば、かなり怠け者主婦だったと思いますが、
それでも世間的に何とか恥ずかしくない家庭を作っていくだけで精一杯でした。
それだけでも、よくやったと思えればいいのですが、
まだ、これで人生引退と思いたくない、もう少し何か生きた証みたいな物がほしい、と実現も出来ないくせに、いまだに足掻いています。

「老後を楽しもう」的な考え方が出来れば楽なんだろう、と思いますが。

ユーザーID:9510115298
とぴ主です。ありがとうございます。
Hanako(トピ主)
2011年7月9日 17:20

みなさまからのレスを読み、お一人お一人の方の生き方を垣間見たように感じました。ありがとうございます。レスを読み、多くのことを改めて考えることができました。自分をふりかえることができました。
文章に書くことはとても気を使います。お会いして話をすることで伝わるかもしれないことが、ここでは限られた形でしか伝わらないようにも感じます。でも、できるだけ自分に正直に書き、この思いを少しでも伝えることができればと思います。
私は、これまで何事も一直線に真摯に取り組んできたほうだと思います。心情というより、それ以外できない不器用な生き方だっただけでしょう。
でも、そのおかげで人生の途上で多くのすばらしい方に出会うことはできました。さまざまな場所で、ありとあらゆる場面でかけがえのない体験をすることもできました。見方をかえれば、おそらく起伏にとんだ豊かな青年期、中年期をおくれているといえるのかもしれません。
しかし、その反面、自分には地に足がついたような人生の実感がないということもまた強く意識しています。
私に欠けているのは「今」を生きていくという覚悟なのでしょうか・・・。
続く

ユーザーID:9495172916
とぴ主。続きです。
Hanako(トピ主)
2011年7月9日 18:21

みなさまからのレスを読み、突然、思い出したことがあります。
それは、ある紙上に掲載されていた高見恭子さんと串田孫一さんの往復書簡です。今から15年ほど前のものだったと思います。
そこで高見さんは「私はいま、手にたくさんのものを持っている。でも、まだまだ、あれもほしい、これもほしいと切望している。こんな気持ちをどうしたらいいのですか」と串田さんあてに切々と語っておられました。
実は、その手紙を読んだとき、当時の私はまさに自分の心情に合致するような気がして、胸に迫る思いで一字一句を追っており、その手紙に串田さんがいったいどう返事を書くのかを非常に心待ちにしていました。
そして、その返事に串田さんはなんと書いたと思われますか?
串田さんはたしか、毎日のなかに大切なものを見つけてはどうかとやさしく答えていたように思います。

それは、今の瞬間の幸せを享受することだと、奇しくも串田さんが言われていたことと等しいのではないかと
レスを読ませていただいて身にしみたのです。

ミラボー橋の心境でしょうか・・・。

まとまりがなく、申し訳ありません。

ユーザーID:9495172916
ロングスパンで考えなくても…。携帯からの書き込み
ぷうた
2011年7月9日 18:36

一日一日、今日も無事すごせて感謝という気持ちです。だから小さく成し遂げるというんですかね、自分の中で。お気に入りのお店を見つけは喜び、夏らしい空を見上げては嬉しくなり、仕事の区切りがついたら爽快になり、夫と一日の終わりにワインで乾杯したり…。

ただ、やはり仕事をして社会と関わりを持っているほうが視野も広くなるし、人生にハリが出るように思います。

そして、孫が生まれてからは、まるで今まで自分のやってきたことを復習しているような気分になります。それもまた楽しですね…。

自分に残された時間を大切に生きる、そのことを痛感する毎日です。

ユーザーID:0026622098
その気持ち、よくわかります。
Poplar
2011年7月9日 23:37

56歳ですが、そこそこ幸せな人生でした。
離婚も再婚も経験しましたが、子どもは育って就職しました。
専業主婦だった時代もあれば、今は毎日残業して働いています。
若いころになりたかった職業にはつけず、あまり得意でない分野の能力を生かしての仕事ですが。

その時その時でできることを精一杯やってきました。義父母、実母などの介護や子育てに奔走する時期を経て、いま自分の時間があります。
男性のように、ひとつの道でキャリアを積むことはできませんでした。食べるための仕事に情熱もそれほどありません。
でも、退職後の人生を社会に還元したいと今社会福祉の勉強を始め、仕事をしながら博士論文を書いています。
仕事は仕事としてたんたんとできる限り続け、残された時間は自分が情熱を傾けられることに費やしたい。

貯金はもともとない上に給料は学費に費やしておりますから、死ぬまで働くことになるでしょう。健康だけは大切にしなくては。
主さまも、まだまだこれから。今を折り返し地点と考えて、残された時間を社会に還元しては。
私たち世代のエネルギー、知恵、経験、労力は、大変に役に立つと思うのです。

ユーザーID:6379823037
私もです。
minami
2011年7月10日 5:35

トピさんと同世代主婦です。
トピさんと同じ心境でしたのでレスしようと思いました。

私も大学迄出たものの何も身に付かず、結婚後もPTAやボランティア
等やってきましたが何の充実感もありません。
それに較べ妹は勉強は程ほどにやり、好きだった
体操や絵を描く事、ピアノも音大とまでは
いかなくても当時田舎でクラスで1人2人だったのに習わせて貰えた
事から短大卒業後、幼稚園教諭をしていました。
体力的にも精神的にもハードな
仕事だったようですが、廻りから先生として認められ、揉まれたせいか
しっかり者になり、今でも充実して生活しています。

私も焦りのようなものがありましたが、何をしたところで妹には追いつけず
私の人生は何だったのかと。

しかし、妹のように充実した仕事に就けた女性は、ほんの一部だと
気付きました。
そして世間を気にしてる自分にも気付きました。
頑張れなかった人間なんて山ほど、そちらのほうが多いんです。
だから立派になる人が目立つわけです。

自分の毎日の幸せを見つけましょう。
私は今、テニスを始めました。

ユーザーID:2142110744
「無常」を理解すると見えてくる・・・
風雲
2011年7月10日 10:12

「人生でこれを成し遂げたから充実感・・」・・・そのような生き方を求めない方が良いかと思います。

なぜなら、人は目標を定めそれを達成したからといって、長い人生すべてにわたって充実感が味わえるわけではありません。
ひとつ目標を達成すればまた次の目標、そしてそれが終わればまた次の目標が必要になって・・・次の目標が達成されるまでの間、あらゆる不平不満を抱いてずうっと生き続けるものだからです。

つまり、それらの目標はすべて生きるための「道具」であって、それが人生の本当の「目標=目的」ではないからです。
本当の「目標=目的」でないものいくら追い求めても、トピ主さんが言われるような達成感は得られないかと思います。

それは「無常」という言葉を理解すると一番よくわかります。

ユーザーID:7123001061
楽しいことをそのときそのときに見つけるようにするといいですよ
サンリッチレモン
2011年7月10日 10:12

残りの人生であとできることはなにか考えてみるといいですよ
もう年をとって死ぬだけだなんてもったいないです
私の見本にしているおじいさんでもう亡くなりましたが、ガラスの彫刻にグラウンドゴルフに旅行にとすごく楽しそうに過ごしていました
いくつになっても常に何かを学ぶということは必要だと思います
今充実感に欠けているのでしたら何か学ぶものを探してみてはどうですか?
勉強する80歳の脳は勉強しない20歳の脳よりずっと若いそうです。
今まで家庭をきちんと維持し切り盛りして頑張っていたので今余裕が出たときに自分の人生を振り返っているだけですよ
その余裕を過去に向けるか未来に向けるかの違いです
今すぐ勉強したいことが見つからないなら探すことも大事ですよ
人生引退だなんて思わずにまだボランティアでも趣味でもなんでもいいのです。
考え方次第で老化の速度だって変ってきますよ
今までだって何も成し遂げなかったわけではなかったはずですよ
ただ今現在目標がなくなっているだけだと思います
また新たに生きがいを見つけていけば残りの人生を引退だなんて思わずに生きていけるかと思います

ユーザーID:5701372212
ちょうどそんな年頃なのかも
はなこ
2011年7月10日 16:58

私も海外駐妻後、帰国。体調不良で働けず、やっと体調的にはよくなってきたのですが、なんだか地震のあとぼーっとしてしまってなにか空しい日々を送っています。

うちの場合、子供がいないのでこんな風にむなしいのかな?とおもっていましたが、もしかしたら年齢的にそういう時期なのかなという気もしています。ひと通りのことを経験して、毎日目新しいことも少なくなりわくわくしたり先に希望をもつのもしずらいのかもしれません。

多分50歳って自分が何をやってきたのか?と今までを振り返ってしまう年頃なのかも。40代は人生がとても楽しいと思っていたのに、なぜか50代になって急に自分が年をかんじるようになってしまったのです。49歳と50歳って大きな違いがありますよね。

あと、最近の政治とか、世界の情勢などを見ているとこれからどうなるんだろうとくらい気分になるようなニュースが多いのも気分が晴れない原因なのかなと思います。

ユーザーID:5755898167
 
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