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職場での安全祈願について

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(トピ主 0
😀
仕事始めは憂うつ
仕事
会社で毎年、年初めに安全祈願の集会があります。 内容は、神社の方々が来られて、大会議室をそれなりに飾り付けて、そこに従業員全員が集まり、祈りみたいなのを聞いたあと起立して一斉に頭を下げるという流れです。 私はそういう信心がないので、その宗教的な雰囲気がちょっと怖いというか、苦手で気分が悪くなりかけてしまいます。全員参加なので我慢しています。 神社の安全祈願は仕事の一環だと思いますか?

トピ内ID:5045210200

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あなたにできることは何か?を考えてみる

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じゅん
悪しき習慣といえばそうなんですけど、誰も意を唱えず皆が参加しているんですよね? それ以外の部分で我慢ならないことがないのであれば、仕方ないと思うしかないのでは? 私はそんな風に思いましたけど、他にもあなたにできる事はないか?と考えてみました。 1.気分が悪くなるからと欠席する。 2.皆が参加するのだから、我慢して参加する。 3.安全祈願はやめてほしいと会社に掛け合う。 4.3.の前に、同僚などに相談してみる。 5.耐えられないから転職する。 上記以外にも、まだ選択肢はありますか?考えてみてください。 こんな風に整理してみたら、どうすればいいかか見えてくるのでは?

トピ内ID:3046730325

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広い心で対応するのがよさそう

私も不信心
会社にはいろいろな人がいます。 社内での安全祈願行事について、大別すれば、以下の4種類の考え方があると思います。 1)神様の存在を信じている。安全祈願は絶対にすべき。 2)神様はいないかもしれないが、いるかもしれない。安全祈願はやっておいて損はない。 3)自分は神はいないと思う。だが、信じている人もいるので、その人たちの気が済むなら、安全祈願に反対せずにつきあう。 4)神はいない。安全祈願はやる意味がないし、同席もしたくない。 トピ主さんは、4)ですね。 私も、学生の時は4)でしたが、就職してから3)に変わりました。 トピ主さんの会社では、おそらく経営トップは1)か2)なのでしょう。あるいは、3)かもしれませんが、社内に1)の考え方の有力者がいて、そうした考え方を尊重しておいて損はない、と思っているのかもしれません。その場合、経営トップが代替わりしたり、1)の考え方の有力者が定年で抜けたりするまでは、社内安全祈願行事はなくなることはないでしょうし、代替わり後も同じ考え方が継続するかもしれません。 こうした観点からも、トピ主さんの会社では、安全祈願行事は経営方針であり、仕事の一環です。トピ主さんが安全祈願行事をどうしても避けたいなら、毎年その日は休むか、会社を変わるかしかありません。 それよりも、3)の考え方に切り替えることをお勧めします。その方が偏屈とは思われず、会社のなかで自分の意見を通しやすくなるでしょう。

トピ内ID:0744813327

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