本文へ
  • ホーム
  • 話題
  • 「行ける」と「行かれる」、どちらが正しい?

「行ける」と「行かれる」、どちらが正しい?

レス57
(トピ主 0
041
ぽよん
話題
変なタイトルですみません。 私は小さい頃から、「○○に行くことができる」という意味で、「行かれる」を使っていました。 (る・らるの活用ってありましたよね・・・使い方が違うかもしれませんが) 先日、友人と話していたところ、「行ける」という言い方が多いのに気づき、 私が使っている「行かれる」は、もしかしたら方言なのかしら、と思ってしまいました。 ちなみに、両親共、「行かれる」と言い、どちらも神奈川県出身です。 どちらが正しいのでしょうか、また、どちらを使いますか?

トピ内ID:

これポチに投票しよう!

ランキング

レス

レス数57

このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました

「行ける」を使ってます

041
ぴーなっつバター
「行かれる」って別の意味の敬語だと思ってました。 「どこに行くの?」→「どちらに行かれるんですか?」って・・

トピ内ID:

...本文を表示

私は・・・

041
たら
友達には、行ける を使い、目上の人には、行かれる を敬語として使います。(正しい丁寧語はお行きになるっていうのだそうですが。間違ってたらごめんなさい)

トピ内ID:

...本文を表示

「行ける」

041
匿名おとこ
「行かれる」は尊敬語でしょう。 実際、よく耳にするんですけどね。「行かれる」=「行ける」。

トピ内ID:

...本文を表示

雅子さまの会見で

041
よくわかんないけど
 雅子さまが皇太子との婚約会見で「ずっとついて行ける人」といったような言い回しの発言をしたことを「ラ抜き言葉」扱いした、バッシング記事を見た記憶があります。「ついて行かれる」が正しいようで、そうすると「行ける」は文法的に正しくないということなのだな、と思いました。  文法に詳しい方の書き込みがあることでしょう。私も教えていただきたいです。

トピ内ID:

...本文を表示

どちらも正しいと思います

041
こもち
こんにちは。 下一段活用の自動詞「行ける」には、行くことができるという意味もあります。 また、「行か(行くの未然形)」に可能の助動詞「れる」がついたものと考えれば、こちらも正しいですね。 「れる」は可能や尊敬など他の意味で使われる(このれるは受け身ですね)こともあるので、私は行くという言葉に関しては可能の意味を持たせたい時は行けるを使います。

トピ内ID:

...本文を表示

どちらも正しい

041
ほじあ
「行かれる」は、五段活用の動詞「行く」の未然形に助動詞「れる(可能のほかに受身・尊敬・自発の意味がある)」が接続したものです。 五段活用の動詞は、下一段活用の動詞に変化して一語で可能の意味を持つ可能動詞と呼ばれるものを作ります。「行ける」がまさにそれで、他に「書く→書ける」「解く→解ける」など。 つまり、「行かれる」と「行ける」、どちらも「行くことができる」という意味を表し、どちらも文法的に正しいのです。 ただし、可能を表す「行ける」という言葉があるので、「行かれる」はもっぱら受け身や尊敬の意味で私は使います。 ちなみによく言われる「ら抜き言葉」は、この話題とは直接の関係はありません。

トピ内ID:

...本文を表示

私も疑問でした

041
まりもっこ
神奈川の知人2人は、揃って「行かれる」と言いますね。2人とも東大卒で変な日本語を使う人ではないのですが。 私は関西出身ですが、「行かれる」は尊敬語として使い、「行ける」を「行かれる」と使用することに違和感があります。ですが、知人2人がよく使うので「行ける」はれ抜き言葉で、自分の日本語が間違っているのかなと思っていました。 他の人と話していて違和感を感じたことがないので、私の周囲で言うのは2名だけのようです。神奈川の言葉なのか、それとも「行かれる」のほうが正しいのか?? 日本語文法は詳しくないので、分かりません・・・。

トピ内ID:

...本文を表示

ちょっと調べてみました

041
taku
丁度「行かれる」を解説したページが見つかりました。 「行かれる」はヘンか? http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/k000304.htm 昔、「行かれる」で正しかったのが江戸時代辺りから「行ける」と言うようにもなったと。 ちなみに私は「行ける」を使います。 「行かれる」は敬語もしくは古い言い回し、だと思ってました。

トピ内ID:

...本文を表示

行かれるは「ゆかれる」と読む敬語だったかと

041
うろうろ
既出ですが「行かれる」は、誰かが行くの意の敬語です。 ただ読みは「いかれる」ではなく「ゆかれる」と習ったように記憶しています。 イカレルは音として怒れるや、普通ではないと言う意味の、いかれる(辞書にも載っているようです)に通じますので好ましい言い方では無いそうです。 自分が行く事ができる事を表す場合は「行ける」です。 もし敬語でしたら 「行けます」「参れます」「伺えます」など 行き先や相手に合わせて使い分ければ良いと思います。 と、偉そうに申しましたが、私は普段、会話の流れで自然に使っていましても、文法に照らして考えた事はないので、正しいかどうか自信はありません。 「ゆかれる」は確かに習ったと思うのですが、これも東京限定の言い方かもしれません。

トピ内ID:

...本文を表示

先生に直されました

041
あや
小学校の頃、作文で「行くことができる」という意味で 「行かれる」と書いたら、先生の赤ペンチェックで 「『行ける』でいいんですよ」と書かれました。 昔の文学小説など読むと上記の意味で「行かれる」が使われているものもありますが 現在は「行ける」でいいのだと思います。

トピ内ID:

...本文を表示

どちらもだいじょぶ

041
膀胱炎
 「行かれる」には、可能と尊敬と両方の用法がありますが、どちらとも最近はあまり使われないです。可能は「行ける」、敬語は「いらっしゃる」「おいでになる」等が使われるみたい。「~れる」は可能、尊敬、受身、自発の4つの用法があるけれど、全部一緒の形式だと混乱するから、いろいろ使い分けの工夫がされてきた結果だと思います。

トピ内ID:

...本文を表示

つづき

041
膀胱炎
「行ける」は、五段活用(学校文法の)の動詞から作られる可能形です。(例;話す→話せる、書く→書ける) 上1段活用、下一段活用だと、ラレルをつけて可能形を作ります。(例;見る→見られる、寝る→寝られる) でも、昔は、五段活用の動詞にも、レル(areru)つけて、可能形を作ったらしいです。だから、「行かれる」も間違いじゃない。  とにかくラレルは、受身、尊敬、可能、自発とたくさん用法があるから、だんだんと、他の形式を使って、意味の区別をしようとしてきたらしい。今のラ抜き言葉もその延長線にあるのかな?

トピ内ID:

...本文を表示

行ける

041
関東育ち関西在住
「行ける」と言います。 否定は「行けない」「行かれない」どちらも使います。 疑問は「行ける?」「行けない?」「行かれない?」を使います。 敬語として「行かれる」とは言わないです。「いらっしゃれる」かな? 

トピ内ID:

...本文を表示

「れる」と「られる」

041
momo
多分「られる」という言い方が正しいのではないかと思います。 ですから、この場合は「行かれる」が正しい。 というのも、私は自筆の本を出版したことがありまして、その文の校正には「られる」が正しいとありました。 大手出版会社です。その会社では会話文以外の部分で「れる」という表現はしないとのことでした。 「食べれる」は正しくなく、「食べられる」が正しい。 全てのこういった部分を訂正されました。 文法的に、日本語的に考えて、「られる」だそうです。 「行かれる」という表現については尊敬語のような感じもしますが、実は違うそうです。 最近の口語では「行ける」という言い方が横行していますが、正しくはないそうです。 しかし、長い日本語の歴史上、時代が言葉を変える場合もあったようです。 今後はどうなるか分かりませんが、現在のところは「行かれる」や「られる」という表現がいいようですよ。

トピ内ID:

...本文を表示

可能動詞「行ける」と可能の助動詞「れる」

041
昔は中学生
面白そうだったので調べてみましたー(by三省堂大事辞林)。 「行ける」は下一段活用の可能動詞、 これで一語の言葉です。 (他に、走れる・登れる・飲める、等等) 「行かれる」=五段活用の「行く」の未然形+「れる」(可能・尊敬・受動・自発の助動詞) で、文法的に間違いではないですが、現代では可能の意味で使う場合は可能動詞を使うことが多い、だそうです。 ちなみに、「れる」「られる」の助動詞が可能・尊敬・受動・自発のどの意味で使っているかは、文脈で判断するしかなかった…と思います(私の中学時代の知識では)。 所謂「ら抜き言葉」は、 下一段活用・上一段活用・カ変の言葉(例「食べる」「見る」「来る」等)は、 未然形+「られる」が正しい(「食べられる」「見られる」「来られる」)のが、 この「ら」を省略して「食べれる」「見れる」「来れる」等という使い方を指すようです。 (「行ける」のような可能動詞は、五段活用の動詞にのみ生じるそうですが、その影響を受けたものでしょう) 私は結構ら抜き言葉、使っちゃっていますね~ 別トピでも、「しゃべる」の活用で盛り上がっていますが、文法って面白いですねぇ。

トピ内ID:

...本文を表示

五段活用

041
「行く」はカ行五段活用の動詞ですので、「行ける」が正解です。 「行かれる」は、尊敬語になってしまいますね。可能の意味で用いるのも時々聞きますし、間違いとも言い切れないのですが、本当は「行ける」で十分です。 雅子様のら抜き言葉というのは、おそらく「行ける」ではなく「振り返れる」を批判された件でしょう。 いずれにしろ、これもラ行の五段活用ですから、「振り返れる」で全く差し支えありません。ら抜き言葉の問題とは無関係です。

トピ内ID:

...本文を表示

方言もあり

041
文法め
生徒に教える時にいつも悩みますが… 「れる・られる」というのは助動詞です。 その意味は「受身・尊敬・可能・自発」の四つがあります。 そして活用する単語の未然形に接続するという決まりがあります。 例えば、「吠える」という下一段活用の動詞に受身の「れる・られる」をつける時は、その未然形に「れる・られる」をつけることになります。 「ほえ(ない)…未然形」「ほえ(ます)…連用形」「ほえる(言い切り)・・・終止形」「ほえる(とき)…連体形」「ほえれ(ば)…仮定形」「ほえろ、ほえよ(命令)…命令形」 受身を表す「れる・られる」ですので、「吠えられる」となります。この場合は解りやすいのですが、これが「着る」となるとややこしくなるのです。 関西の一部地域では、方言として「着ることが出来る」を表す時「着れる」という言葉を使うことがあります。 ただし、「着れる」を活用させた時に命令形を考えてみます。その時「着れろ、着れよ」となるので、これはおかしいんだよ、と教えてとりあえず納得してもらいますが…。 続きます

トピ内ID:

...本文を表示

方言もあり2

041
文法め
さて、「行かれる」についてですが 「可能」を意味する助動詞の場合は、「行く(五段活用)」の未然形なので「行か」に「れる」をつけて「行かれる」が正解です。 また「尊敬」の意味で使用する時もやはり、「行かれる」となりますが、「行く」の尊敬語は「いらっしゃる」が正しいとされるんですよね… ただし「来る」の尊敬語も「いらっしゃる」なんで、私にはうまく教えられません… 「着る」という例にも出しましたように、方言的用法として決して間違っていると決め付けるのもどうかと思いますし、言葉は変化するものでもあるのでいずれは正しい用法として認められるのかもしれませんね。現にこれを正しいと認めようとする国語学者もいらっしゃるようです。 ちなみに昔、美智子さまが婚約会見の時「尊敬していかれる方だと思いました…」というようなことをおっしゃっているのをテレビで見て、さすがにきちんとした言葉をお使いなんだなあと感心したことがあります。 しかし、こういう私は普段は尊敬語も何もあったもんじゃありません。 一体こんな知識を持っていて、それがどうなんだ?と今これを書きながらふと思いました。

トピ内ID:

...本文を表示

「行かれる」は尊敬形です。

041
日本語教師
 ー可能形の作り方ー  書く、読む、話すなどの五段動詞は、最後の音をえ段に変えて、「る」をつけます。 (五段動詞というのは、「~ない」の形で、「ない」の前があ段の言葉です。)ですから、  書く(書かない)→書ける  読む(読まない)→読める  話す(話さない)→話せる 行く(行かない)→行ける  です。  「られる」がつくのは、一段動詞です。 (一段動詞というのは、「~ない」の形の時、「ない」の前がえ段か、い段の言葉です。)  例)食べる(食べない)→食べられる    見る (見ない) →見られる 「行かれる」は「行く」の尊敬形ですね。ちなみに、特別な言い方は「いらっしゃる」ですよ。 *「いらっしゃる」は「行く/来る/いる」の敬語です

トピ内ID:

...本文を表示

可能動詞

041
椿姫
「行く」は五段活用の動詞です。 五段活用動詞にはほかの種類の活用にはない「可能動詞」というものがあります。 可能の助動詞「れる」「られる」を使わずに一単語だけで可能の意味を持てる動詞です。「見れる」「寝れる」「来れる」などのいわゆる「ら抜き」の言葉とは違って、正しい文法用語です。 もちろん未然形に「れる」をつけてもかまわないのですが、 「れる」「られる」には受身可能自発尊敬という4つの意味があり紛らわしいため、 可能動詞が作れるものは可能動詞で表現した方が文意を間違えられずにいいようです。 (この、4つの意味を持つという煩わしさが「ら抜きの言葉」擁護派の論拠の1つにもなっています) つまり「行かれる」と言えば、 1:行くことができる。2:行くことをされてしまう。 3:目上の人が行く(いらっしゃる)という3つの意味が考えられるが 「行ける」といえば「行くことができる」の意味だとすぐわかるということです。 ちなみに「お行きになる」というのはあまり良い敬語ではありません。「いらっしゃる」がベストです。

トピ内ID:

...本文を表示

どちらでも

041
大林
私はトピ主と同じく「行かれる」を使うことが多いです。可能という意味の場合ですよね? 例えば「食べられる」と「食べれる」の様な。 近頃では可能動詞(「食べれる」のような)で表現されることが多いそうです。 大辞林 「れる」 http://dic.yahoo.co.jp/bin/dsearch?p=%A4%EC%A4%EB&stype=1&dtype=0&dname=0ss

トピ内ID:

...本文を表示

いらっしゃる

041
まい
どちらへ~と相手に聞く場合は「いらっしゃる」が正解です。 または「お越しになる」となりますが、正しい使い方はいらっしゃるです。 行かれる、は自分が行くことが出来るという意味で行かれる、ですよね。 行く+出来るの意味の「られる」で行かれる、も短縮された行けるも両方ありだと思われます。 口語で使いやすく短縮されたものだと思ってください。 ただ、他人に対して「行かれる」は間違いです。 また、同様に「おられる」も最近間違っている方が多いですが、関西では○のようですが、基本的には「おる」に敬語表現でおられる、ということば使いは間違いです。最も、最近方言(関西語圏での)であまりに多いので、敬語表現として正解とする動きもあるようですが。

トピ内ID:

...本文を表示

関東も関西も使う

041
中部の人
関東出身の母が、「その日なら行かれるわ」という言い方をするのに、私も違和感がありましたが、 古い小説を読んでも、そのような言葉遣いがされています。 なので、昔の正しい日本語かと思ってましたが、 関西の友達もはそういえば もっと言うことに気が付きました。 「行かれへんねん」って。否定する場合ですが。 上の方のレスで、尊敬語と間違えておられるものがありましたが、 「(人が)お行きになる」の「行かれる」ではなく、 「(自分が)行くことが可能かどうか」の時に使う言葉の話です~。

トピ内ID:

...本文を表示

可能動詞

041
うに~
「行かれる」「行ける」は「行くことができる」という可能を表す場合、どちらも正しいと思います。 「行かれる」は五段活用動詞「行く」の未然形(「~ない」がつくときの形)に助動詞「れる」がついたもの。「行ける」は「行くことができる」という意味の1つの動詞で「可能動詞」です。五段活用動詞にはたいてい(全部かどうかはわかりません)親戚のように「可能動詞」があります。 助動詞「れる」と「られる」は4つの意味を表現できて、「尊敬」「可能」「受身」「自発(自然にそうなってしまう)」です。「行かれる」と言った場合、「尊敬」の意味に使う人も多く紛らわしいので、「可能」だけを表現する「行ける」を使う人が多いのでしょうね。

トピ内ID:

...本文を表示

可能動詞2 ヨコですがラ抜き言葉

041
うに~
さきほど「五段動詞には親戚のように可能動詞がある」と書きましたね。ですが、上一段活用動詞や下一段活用動詞には可能動詞がありません。未然形に助動詞「られる」をつけるしかありません。(助動詞「れる」は五段活用動詞、「られる」は一段活用動詞につきます)「見る」だったら「見られる」、「食べる」だったら「食べられる」です。 ですが、「られる」には4つの意味があるので、紛らわしく、「食べられる」と言うと「子馬がハイエナに食べられる」という「受身」で使うイメージがありますね。ピクミンの「食べ~ら~れる~」の歌とか。なので、「五段活用動詞と同じように「可能」だけをバシッと表す強い味方の親戚(笑)可能動詞があったら。。。」という願いが「食べれる」という言い方を産んだようです。すると、「「食べる」の「可能」表現には助動詞「られる」がつくのが正しいのに「ら」が抜けてる。「ラ抜き」だ!」ということになるのでしょう。

トピ内ID:

...本文を表示

行ける

041
mi
私の場合なので正しいかは分かりませんが 友達に対しては「行ける」といいます。 目上の人に対しては「行けます」といいます。 人に「どちらへ行かれますか?」と聞くことはありますが 可能の意味ではつかっていません。 自分のことに関して「行かれる」はきいたことないです。

トピ内ID:

...本文を表示

難しいところですねえ

041
ほんま
五段活用動詞は、一番最後の音の「u段」を「e段」に変えて、さらに「る」を続けると、可能を表わす下一段活用動詞を作ることができます。例えば、 「行く」→「行ける」 「聞く」→「聞ける」 「限る」→「限れる」 「使う」→「使える」 こういうふうに普通の動詞と可能を表わす動詞が一対になっているのは、普通の動詞が五段活用動詞のときだけで、上一(「見る」など)、下一(「食べる」など)、サ変(「する」一語)、カ変(「来る」一語)などにはありません。 また、「動詞」+可能を表わす助動詞「れる/られる」はサ変の「する」以外、全ての動詞に接続することができます。 五段「行く」→「行かれる」 上一「見る」→「見られる」→「見れる」(ラ抜き) 下一「食べる」→「食べられる」→「食べれる」(ラ抜き) カ変「来る」→「来られる」→「来れる」(ラ抜き) サ変「する」の場合は「できる」という別の動詞になります。 つづく

トピ内ID:

...本文を表示

私の感覚としては

041
まもっと
私は「行ける」を使います。「行かれる」が使われていることも知っていますが、少々違和感があります。 一般に五段動詞から可能動詞を作るには下一段化、つまり 語幹+エ段+「る」とします。例: 立つ→立てる 書く→書ける 買う→買える この派生法から、少なくとも 行く→行ける は間違っていないことになります。 一方、未然形に「れる」を後続させて可能を表すことができる、と辞書にはあります。これにより 行く→行かれる は正しいことになり、実際に例としても出ています。 しかしそれ以外の動詞、たとえば「立たれる」「書かれる」「買われる」と言ったとき、一般には可能より受身か尊敬表現と受け取られるのではないでしょうか(方言によっては可能を表すこともあるでしょうが)。 行く→行かれる は可能を表すことがかなり一般的であるという点で、他の五段動詞に比べやや特殊なのではないかと思います。

トピ内ID:

...本文を表示

難しいところですねえ2

041
ほんま
つづき 五段のみにはもともと二つの可能を表わす形式があったのですが(「原形+することができる」を入れれば3つ)、これだけ、二つだったことが原因なのか、可能を表わす場合「行ける」、尊敬、受け身などの場合「行かれる」という分業的な現象が、かなり現代では普遍的に見られます。「行かれる」で可能を表わすことが間違いかどうかは、分かりませんが、外国人に対する日本語教育でも、特に初級では、可能を表わす「行かれる」は教えないことも多いです。 ところで、「行く」に対する可能で、「行ける」でも「行かれる」でもない、「行けれる」という表現聞いたことありませんか?今、コンピュータでも変換できました。確か、「ラ抜き言葉」に対して、「レ入れ言葉」と言う聞いたことが有ります。わたしの田舎ではけっこう聞くような気がします。

トピ内ID:

...本文を表示

momoさん

041
ほじあ
助動詞の「れる」と「られる」は、どちらも可能・尊敬・受け身・自発の四つの意味を表します。違いは、どんな動詞に接続するかだけです。 「れる」は、五段活用とサ行変格活用(「する」と、「説明する」「読書する」などの「する」の複合語)の未然形に接続します。 「られる」は、上一段活用、下一段活用、カ行変格活用(「来る」一語のみ)の未然形に接続します。 「れる」は「られる」の省略形ではありません。 「食べれる」の場合、「食べる」は下一段活用なので本来「られる」が接続するので、「食べれる」は確かにおかしいのですが、どんな動詞にでも「られる」をつけるのが正しいわけではありません。たとえば、「書く」(五段活用)には「れる」がついて「書かれる」となるのが正しいのです。「書かられる」なんて言い方しないでしょ? 「行かれる」を尊敬の意味で使っても何の問題もありません。 「行ける」は「行く」から発生したので、「行かれる」より新しい言い方であることは疑いのないところですが、「最近の口語」というほど新しいものではないでしょう。すっかり定着していますよ。 その出版者の方の説明は、momoさんの聞き間違いでは?

トピ内ID:

...本文を表示
[PR]
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
使用イメージ
使用イメージ

マイページ利用でもっと便利に!

お気に入り機能を使う ログイン
レス求!トピ一覧