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母を失って

レス67
(トピ主 0
041
千鶴
ひと
 私はもうすぐ20歳の大学生です。  先月、病気で母を亡くしました。  1年にも満たない闘病生活の末の出来事、あまりにも急すぎるように感じられ、現実をなかなか受け止められずにいます。  私は長女なので家族の中で一番頼りにしていたのが母でしたし、昔から何かと甘えさせてもらいました。美味しいものを食べるのが大好きな母と私で、よく一緒にご飯を食べに行ったりして。とてもとても仲良しでした。  大学を卒業し働けるようになったら、母を食事に誘ってあげるのが夢だったのですが、もうそれも叶わないのだなあと思うと…。  友人たちが当然のことのように、楽しそうに母親の話をしているのを見ると、今は辛くてなりません。  娘が母親を失う日というのは早かれ遅かれ必ずきますし、うちはそれが早かっただけなんだ、と頭では思うようにしていますが、やはりなぜ私の家だけ…と思う気持ちのほうがずっと強いです。  いつかちゃんと、母の死を真っ向から受け入れられる日がくるでしょうか?  気弱になっているので、どなたか活を入れてくださると嬉しいです。

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頑張ってください。

041
N
こんにちは。お母様の事は大変お気の毒様でした。 私にも世界で一番の母親がいます。特に私が海外に住んでいるということもあって、日本で元気にしている母の事はいつも考えていますが、時々母が病気になったらどうしようか、亡くなったらどうしようか、その様な事を考えて泣いてしまう事がよくあります。母が生きていて、このような気持ちになってしまうのですもの、あなたの状況を考えると胸が張り裂けそうになります。 お母様の思い出を胸に毎日を強く生きてください。泣いていいと思います。でもね、そんなに素晴らしいお母様がいたと言う事実は忘れないで下さい。世の中には「よい母親」を持っていない人が沢山いるのです。よい母親とは人生の宝だと思います。頑張ってください。心から応援しています。

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大丈夫。また会えますよ

041
午前の紅茶
最愛のお母さまを亡くされて本当にお辛いでしょうね。今は無理しないで十分にご自分を労わってくださいね。トピ主さんに是非読んで欲しい本があります。福島大学の飯田先生の「生きがいの創造」と「生きがいの本質」という本です。人が生まれてくること死にゆくこと。それには全て偶然はなく必然であること。意味があること。などなどとてもわかり易く書いてあります。

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わかります。

041
はる
私も千鶴さんと同じ20歳の時、父を亡くしました。同じように1年にも満たない闘病生活の後・・・胃癌とわかった時には既に末期でした。 私は姉・兄と少し年が離れている末っ子ということもあり、よく可愛がってもらいました。父からも「はるは(性格が)お父さんによく似てる」と色んな事を話してくれ、私も1番信頼して話すことができる人でした。 亡くなってはや5年が経とうとしています。今でも、「もっとこれしたかった、あれしたかった」と思うことは尽きません。秋に結婚するのですが、やはりバージンロードを一緒に歩きたかった・・・これを思うと途端に涙が溢れてきます。 大切な人をなくして大きく開いた心の穴は、そう簡単には埋まりません。周りと比べて無理に頑張る必要はありません。一日も早く悲しみから立ち上がりたい気持ちはよくわかります。でも、今はゆっくり休んでもよいのでは?活を望むのならきっと入れてくれる人はいるでしょう。でも心がついていかないといつかバランスがとれなくなってしまいます。私自身がそうなったので、千鶴さんが心配でなりません。

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私も同じです

041
ななみ
私も千鶴さんと同じ状況でした。大学生の時に仲の良かった母をガンで失いました。病気がわかってから数ヶ月でなくなりました。私は父もいませんので天涯孤独になった気持ちになり、最初の一年は毎日泣いて暮らしました。5年経った今でも親子で仲良く買い物をしている方などを目にすると辛くなります。でも時間が経つにつれ、その辛さも少しずつ軽くなっていくような気がしています。病気で親を亡くした方達の集まりもありますし、ネット等で探してみてはどうでしょうか?悲しみは抑えないで、外に出した方がいいです。天国のお母様はきっと千鶴さんの幸せを願っていますよ。悲しいですけれど、お互いに幸せになりましょう。

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焦ることはありません。

041
JUNJUN
大好きなお母様を亡くされて一ヶ月なのですね。まだ現実として受け止められないのは仕方のないことだと思います。 私も8年前に、4年間の闘病生活を続けた母を亡くしました。 母が他界してからの8年間、毎月欠かさず父と私と私の娘の3人でお墓参りに行き、母に一月分の報告をしています。それでも最初の3年間は悲しみをこらえる事が出来ず、一人で母のお墓に駆け込み号泣したものです。 それに夜中は特に悲しみがこみ上げてきてしまい、一人布団の中で声を殺して泣いていた時期もありました。『この悲しさと虚しさは一生続くのかな』なんて考えてばかりもいましたが、それも七回忌の終わるこには自分の中で何とか心の整理が出来たような気がします。たぶんトビ主さんも時間が解決してくれます。焦らず、故人の思い出に浸り、泣きたい時はおもいっきり泣いて過ごせば良いのだと思います。お母さんは心の中でずっと生き続けています。

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大丈夫

041
花梨
「大丈夫、きちんと受け入れられる日は来ます」。これがまずあなたに贈りたい言葉です。そして、もう一つ、「なぜ私の家だけ‥」とは思わないで下さい。片親を失っている人は世の中にごまんといます。少なくとも、私もそうですし、私の周囲にも、(それこそ意外にも)いっぱい(!)居ます。しかもみんな若くして、片親を亡くしています。だから、何もあなただけではないのですよ。今のあなたの辛さは、これまであなたが幸せな暮らしを送っていられたということの証左です。だって、世の中には、あまりにも酷い親だったので、死んでも正直その死を悲しめない、という人も居るのですから。素晴らしいお母様のもとに生まれることが出来たことを心から感謝して下さい。そして、何も無理をしないで、悲しいときは悲しみに浸って下さい。あなたはとても健やかな心の持ち主でいらっしゃると思いますよ。

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自然のままに

041
赤風鈴
当時中学生だった30年前、大好きな母を亡くしました。 一週間ほどで急逝したので、看病らしいこともできず、死んだという認識は皆無でした。 それより友人たちにはいつもの時間が流れているのに、自分だけどうして?と友人から遠ざかったり、長いこと無性に腹を立ててもいました。 結婚時にはここに母がいてくれたらと泣き、出産時は母に我が子を抱かせてやれない事に涙がでました。 で、そんな時は、母は長い長い旅行に出ているんだと思うようになりました。 本当はすぐにでも駆けつけてきたいんだろうけど、遠方で無理なんだと・・・。 どうせ無理ならゆっくり旅行を楽しんでもらおう。その為には私がふさぎ込んで逆に心配をかけてはいけないんだと思うようになりました。 きっと母にはお見通しなんだと思うしね。 私だってこの歳になってもまだこんな風なんですから、千鶴さんも無理に整理しようなんて思わないでいいと思うんです。 これからの千鶴さんはたくさんの事を経験します。 その度にお母さんは心の中で、叱ってくれたり大きな助け舟になってくれたりします。 悲しみに素直に、自然な変化のまま、時間に気持ちを任せましょう。

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わかります

041
るう
私も大学を出てすぐ、母を亡くしました。 以前から何度か危ないことがあり、入退院を繰り返していたので、覚悟はしていたのですが、死の時は、なんの前触れもなく、入院先で夜の間に・・・というあっけないものでした。 あまり、母との関係が上手くいってなかったけれども 大人になるにつれて、「こういう人なんだと」受け入れられるようになり、母も私の進む道を応援してくれるようになった矢先のところでした。 世の中、娘と母って買い物したり、仲良しじゃないですか。そういうのができないんだっていうのは、ほんと、残念だと思いました。母の日の広告とか見るのいやでしたね。  その頃読んだ本で、「母を失うということ(だったかな?Motherless daughtersという原題です)」は、 心の整理には役立ちましたよ。よかったら是非読んでみてください。「母がいないんだ」っていう哀しみは、時間が癒やしてくれますが、唯一心残りは、ウェディングドレス姿を見せられなかったことですね。その後、もう別にあせって結婚しなくていいやとか思っちゃいましたから(笑)

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そんな娘さんをもっておかあさん今幸せでしょう

041
澄れの願い
 母親の話になったら、もうだまっていられない私です。何歳になっても母親を亡くしてしまうという事は悲しい事です。お母さんを食事に連れていきたかった千鶴さんんのお気持ちよくわかります。たった先月の話ですのでまだまだ心の中はパニック状態だと思います。それでも人はご飯を食べ、お風呂に入り、次の朝を迎えなければいけません。それを繰り返しているうちに、時が流れ少しづつ、喪失感は癒されていくのです。  わたしの母はわたしの夢の最多出場者です。亡くなった日から今朝方まで(あれから6年たってますが)ちょくちょくというか続くときは毎日でてきます。そんな夢の中で出会いを繰り返しながら少しづつ彼女の死を理解している自分がいます。

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残された者がすること 1

041
千鶴さん、お若いのにしっかりしてますね。 私もまだ14歳(現在25歳)の時に母親が亡くなり、その事実を受け止めるにかなりの時間を費やしました。 そのときは私も、なんでこんなにすばらしい人間が早く死ななくちゃいけないんだろうとかよく一人になる度に考えては泣いていました。 学校では、まわりの友達がお母さんが作ってくれたお弁当にケチつけたりしてるのを聞いてると、 辛くて辛くてよくトイレまで走って一人で泣いていました。 正直いって、この歳になっても母の死を乗り越えたとは思いません。でも、自分の中で変わったことは 以前は母を亡くした自分の運命に 悲観的で生きる希望もなかったのですが 今は不思議なんですけど、せっかく 大好きな母がくれた命なんだから すばらしい人生にしていこうと 思う自分になることができました。 そうおもえるようになったのも 実はごく最近なのです。

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残された者がすること 2

041
千鶴さん、お母様がなくなられてから まだ時間が浅いので 毎日毎日、何をしてても 心がふっきれないとおもいます。頭では 誰でもいつかは死ぬってわかっていても いざ家族がなくなると心に深い空虚感が 出来ちゃっていると思います。 でも、おそかれ早かれ、 お母様の死を受けいれるきっかけは やってくると思います。それまでは 辛いかもしれませんが あせらず、そして自分を飾ることなく 自分の人生をできるだけ有意義に生きてください。 そうすることによって、お母様がなくなった意味を 自分なりにわかる時がきっときますよ。 きっとです。

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美味しい物を食べた時は必ず思い出す

041
ぱふぱふ
まだ1歳になるかならないかで母親を亡くした私は母の顔を写真でしか知りません。 暖かみを体が覚えていないのです、だからある意味トピ主さんの様に思い出がある事を羨ましく思います。 今は、とっくに亡くなった母親の年齢を超え、愛する憎ったらしい反抗期の子供の母親です。 この子を見て欲しかったって気持ちはずっとあります、そういう思いって消える事はないと思っています。 悲しむ気持ちは段々年数が経つにつれて薄れてきます、美味しい物を食べた時に亡くなられたお母さんを思い出してあげて下さい。 お母さんはきっと貴方の側で笑って見てくれていますよ。

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お辛いことと思います1

041
Fine
お母様のご逝去、お悔やみ申し上げます。 私は30才で母を失くしました。その私でも、友人たちのお母様がご健在なのを見聞きするにつけ3年経った今でも辛く思えることがあります。特に私は友達が少なくて、母親が一番の友達であり、私の唯一の理解者でもあったからなおさら「その私からなぜ母を……」という思いがします。一方で仕方ない、という気持ちももちろんあるのですが……とにかく、最愛の母親を失くすというのは、いくつになっても悲しいものなのでしょう。 私もそうなのですが、千鶴さんの場合、千鶴さんご自身がお若いというのも痛ましいことですが、お母様もお亡くなりになるには早すぎるご年齢だったということがより悲しみを強くしていることと思います。さぞかしお辛いことでしょう。(続きます)

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お辛いことと思います2

041
Fine
(続きです) 私も母とのいろんな思い出を思い出すのも辛く、してあげられなかったこと、一緒に出来なかったことを考えると頭がおかしくなりそうに思うこともあります。ある本に、肉親を失くした心が癒されるのには最低2年かかる、とありましたが、私はそれは普通の精神状態に戻れるということであって、決して元に戻るということではないと思っています。心に空いた空洞は、一生空洞のままではないかと。他のもので埋められるものではありません。 でも、私たちは生きていかなければなりません。だって、それを母親が一番望んでいるだろうからです。悲しみを癒す努力をして、その過程に没頭してください。時々、努力に疲れることもあると思います。思い切り泣いてから、また再スタートしてください。その繰返ししかありません。そうしていつかお母様に再会したときに、頑張ったことを褒めてもらいましょうよ。きっと褒めてくれますよ。 お母様のご冥福を心からお祈り申し上げます。

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まだお若いのに…

041
nao
大変辛い経験をされたのですね。 私も4年前(28の時)に母を亡くしましたので、トピ主さんの辛い気持ち、 本当に本当に痛いほど分かります。 友人達が当たり前のようにお母さんに何かしてもらっていて、 それを聞いたりしたら辛くて涙が出そうになりますよね。 トピ主さんはまだ20歳。 これからまだまだお母様が必要だった年齢ですよね。 結婚、妊娠、出産と「あぁ、お母さんがいてくれたら」 と、お母様を想い涙する日もあると思います。 私は今妊娠中ですが、産後の事などを考えると不安で仕方ありません。 そんな気持ちを知ってか知らずか、親友が色々と助けてくれます。 トピ主さんにも、心許せるお友達いらっしゃいますか? もしいらっしゃったら、その方を大切に…。 お友達だけじゃなく、親戚や彼氏や周りの方でも力になってくれる人は必ずいますよ。

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まだお若いのに…続き

041
nao
母を亡くして4年経ってもまだ立ち直れません。 それどころか、日に日に母への想いが募ってるような…。 気弱にもなります。 でも、きっと母は自分のことを見守ってくれてるな、と思っているので、 「お母さん、不安もあるし泣く日もあるけど、頑張るから見ててね」 と思う日が多くなってきたような気がします。 すぐ立ち直る必要なんてないですよ。 悲しい時や悔しい時は、お母様を思い出して思いっ切り泣けばいいんです。 スッキリ前向きな気持ちになりますよ。 で、また悲しくなったら泣く。 きっと、ず~っとこの繰り返しで歳を取っていくんだろうなぁと思っています。 お互い頑張っていきましょうね。 最後になりましたが、トピ主さんのお母様のご冥福をお祈りいたします。

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つらいですよね

041
ニッキー
千鶴さん、こんにちは 私も4年前に母を亡くしました。 入院して5日目でした。 現実が受け止められず、ずっと泣いていました。 今でも、母のことを思い出すと涙が出ちゃいます。 つらいですよね、でも忘れる事なんてできませんよね。 少しずつ、少しずつ前に進んでください。

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いつも傍にいますよ

041
一津
私は32歳で父を亡くしました。この年になっても「私は片親なんだ」と強く実感します。20歳にもならない貴方であれば、母の死を受け入れられず、寂しく思う気持は私とは比較にならないのでしょうね。 一つ言える事は、貴女の文面から、貴女がとても母親思いで心根の優しいお嬢さんであるかが伝わってくる事。そんな貴女をたった19年で育て上げたお母様が、どんなに素晴らしい女性であったか想像出来る事です。 子供は皆、母親からとても大切に大事にに守られて育つものです。お母様にとって、貴女は何にも代え難い"宝物"だったはず。 そして今、貴女自身の立場は、お母様のご両親、又はご兄弟姉妹やご友人、そして誰よりお父様にとっての、大切な「忘れ形見」になったのです。 これから貴女が成長すればする程、まぶしく切ない思いで見守る人の為にもこれからも今よりもっと素敵な女性になってください。千鶴さんなら、きっとなれますよ。 貴女の大好きなお母様もいつも傍で見てますよ。うそだと思うなら、笑顔で映っているお母様の写真を持っているといいですよ。 

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お気持ちわかります。

041
ぽんぽこ
20歳で最愛のお母さまとお別れになったのですね。 さぞつらかったことでしょう。 つらい以上になんでよりによって私の母がと悔しい 気持ちでいっぱいだと思います。 私にも20歳の子どもがいるので、もしかしたら お母さまと同年代かもしれませんね。 その私でさえ、5年前に父を亡くした時はもう 立ち直れないくらい悲しくて落ち込みました。 ガンで1年間の壮絶な闘病を目の当たりにしていたので 亡くなった時他の兄弟は「ああこれでお父さんはもう 楽になれたんだ」とあきらめるようにしていましたが、 私はそうは考えられませんでした。 父の写真を見ては泣き、夜ふとんに入ると自然に涙が こぼれて翌朝目がパンパンに腫れる日々でした。 40代のいい歳をした娘が70代の父の死が受け止められな かったのです。 月並みな言葉ですが、やはり時間が解決してくれる と思います。 そういう私もまだ時々父のことを思い出してメソメソ することがありますが、日常生活で起きるいろいろな 出来事で少しづつ忘れさせてくれるようになりました。 無理に立ち直ろうとしないで、時を待ちましょう。

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寂しいですね

041
るー
 大切なお母様を亡くされて、とても悲しいですよね。そのお気持ちよくわかります。私も、20代半ばにして父を亡くしました。急死だったので、最後の言葉を交わすことすらできませんでした。  年を取っても、ご両親が健在な人たちは、私よりずっと年上でもこの気持ちを知らないんだ、幸せだなことだなと思います(もちろん他に違った悲しみを抱えていらっしゃるかもしれないけど)。そして、父が生きていたはずの未来を取り戻せたら、父がいま生きていたら、どんなにか違った毎日があっただろうと、思います。書いてたら泣けてきちゃいました。  だけど、私たちは、やっぱり自分の人生をしっかりと歩んで行かなくちゃ行けないのです。私たちの人生まで終わった訳じゃないのです。一日中泣いていても明日はやってきます。仕事や学校もいつまでも休んでいられません。食べなければお腹だってすきます。私たちの人生は毎日、毎日、新しい時を進んでいるのです。  どうか、少しずつでいい、元気を出してください。悲しみは時が癒やしてくれます。きっと、天国のお母さんも、あなたが毎日笑って、幸せな人生を送っていけるよう、見守っていてくれますよ。

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あなたと同じ頃に・・・

041
夏の風
21歳で母親を病気で亡くしました。 >いつかちゃんと、母の死を真っ向から受け入れられる >日がくるでしょうか? 母の死以外のことで普通に涙が出るようになったのは、 26歳のとき。 母の死を「乗り越えた」と自分で思えたのは、 30歳で第一子を出産したとき。 かなりスローペースかしら・・・。でも、母親の死ってそんなに簡単に乗り越えられるものではなかったですよ。姉妹達も、死後5年ではまだ立ち直っていなかったですねえ。ゆっくり確実に、心の中で「喪」の作業を行ってくださいね。いつか「いい母だった」と懐かしい思い出に変わります。30代後半のおばちゃんの経験談でしたっ。

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亡くなった人が望んでいること

041
ツナ
千鶴さん 23歳ツナと申します。 お気持ちは察します。私も去年の夏に母を亡くしました。 母娘が連れ立っている姿を見ると、正直辛い気持ちになる事もあります。 でも、母が望んでいたことは、残した家族が「仲良く、健康にちゃんと生きていく」事なのです。 死んでしまった人に対して出来ることは、その気持ちを汲んで凹んであげることだけです。 悲しい時にはそう思って、ぐっと踏ん張るようにしています。 悲しいときには泣いても、ちゃんと元気になってください。 なくなったお母様もそう望んでいると思います。 それだけ悲しいのは、それだけその人が大切な人だったからです。 その悲しい気持ちは、今まで大事に愛してもらった証だと私は思っています。

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私も同じです。

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朧月夜
去年、母を癌で亡くしました。 1年半ほどの闘病生活でした。 これから孫の顔でも見ながら、旅行へ行ったり友達に会ったり、楽しく元気に余生を過ごしていくはずでした。 母の入院中は、ほぼ毎日病院にお見舞いに行って、色々なことを母と語り合いました。 最後にいい時間を過ごしたと思っています。 母もその1年半ほどの間にある程度の覚悟はできていたらしく、遺影の写真まで自分で決めて逝ってしまいました。 最後まで、何て母らしいのかと思いました。 生きている時は特に何をしていた訳でもないのに、今年の母の日は本当に辛かったです。 こればかりは時間をかけていくしかない訳ですが、ある人に「生きがいの創造/飯田史彦」という本を紹介されたので、もしよかったら読んでみてください。 私はこれで少し救われました。

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私も・・・

041
ちゃら
私は父を若くして亡くしました。友人の結婚式で元気そうな新婦の父を見ると、とてもうらやましかったのを覚えています。 その頃は、一人身で寂しく「どうして私ばかり・・・」と考えたりもしました。が、現実を受け止め前向きに進むのが、供養でもあり自分にプラスに働くと思います。 時間はかかるかも知れませんが、がんばってください。

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活を入れます

041
we all
活を入れて欲しいとのことですので、同情や共感ではなく、活を入れます。 1. 世の中には親を失った子など幾らでもいます。内戦や飢餓や人身売買や捨て子だってあるでしょう。20歳で親に去られたことを嘆くのではなく、20歳まで親に育ててもらえたことに感謝してはどうでしょうか。 2. 母に恩返ししたいとのことですが、(これは変な表現かもしれませんが)それはあなたの思い上がりだと思います。つまりこういうことです。 「あなたの母はあなたに恩返しされたくてあなたを育てたのでしょうか」 私は違うと思います。あなたの母はあなたを育てたくて育てたのだと思います。従って、あなたが育ち続けることこそが、あなたの母が望んだ(観念的には今も望んでいる)ことでしょう。 恩返しなどという考え方は、独りよがりな(あなた側の)勝手な欲求だと思います。母のためを本当に願うならただ生きましょう。それだけです。

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大丈夫です。

041
じゅん
いまはきっとまだまだ立ち直れないと思います。 でも20歳でよかったです、10歳や15歳で母親を亡くすお子さんもいますから。 親との別れは本当につらいです、母親は特にですよね。 少し落ち着いたら、いろんな本をたくさん読んで見てください。大学生だから勉強もしっかりしましょう。 とにかくちゃんと自立することを目標にして毎日を過ごしてください。 1年たち2年たって、あんな時もあったなあなんていう時が絶対来ます。 私は母を亡くして20年になりますが、先日母の幼なじみの方に会って、私の知らない頃の話を聞かせてもらい久しぶりに泣きました。 時間ってあっという間に過ぎていきます。 大丈夫ですよ、ちゃんと乗り越えられます。

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ものすごーく辛いですよね・・・

041
こんにちは。私は現在27歳です。18歳の時に母が突然亡くなりました。 こんなに辛いこと、淋しいことがあるなんて…と毎日毎日、何度も何度も泣いていました。同級生のお母さんが作ったお弁当を見て、昼休みに学校のトイレで泣いたこともありました~。でも痩せなかったな(笑)。 ○年たてば立ち直れる、なーんて聞いても「嘘だ!絶対に無理だ!」と思ってました。 でも段々と受け入れられました。時間がたてば・・・というのはどうやら本当らしい、と思う今日この頃です。 お母さんを思い出したい時は、アルバムなんかをみて泣いちゃうと、辛いけどちょっと落ち着きますよ。思い出に浸るのも大事です。よいお母さんに育てられて、幸せだったなーと。

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千鶴さんへ

041
HIRO
千鶴さん、お母様が亡くなられたこと、辛かったですね いつかは、親との別れも必ずやってくる、切り離せない現実ですが、千鶴さんの気持ちを思うと、とても胸が痛みます。私は母ひとり子ひとりで育ったのに、今は母を地元に残して遠くへ嫁いでしまい、Nさんと同じ様に母のことが気になって仕方がない日々を送っています。いつか母がいなくなった時、そばにいてやれなかったことを後悔するだろうな、と。 千鶴さん、少しづつ元気になって頑張っていってくださいね。お母さんはいつも、心の中で生き続けて、千鶴さんの幸せを願っていると思います。 文章力がないので、うまく言えませんが私も心から応援しています!

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体は離れてても心はいつでもすぐそこに。

041
魂は生き続ける
もう何年も前に、『SIXTH SENSE}という映画がありました。よかったら見て下さい。 この映画を観たときに、育ててくれた祖母のことを思いました。それまで大好きだった祖母の死がどうしても受け入れられなかったのです. でも、この映画を観て、 『おばあちゃんの体に触れることは出来ないけど、いつでも私のそばにいてくれてる』と信じるようになりました。それからは心が軽くなったのです。 お母さんはいつでも、いつまでもあなたのそばにいますよ。肉体は見えないけど、いつでも話しかけてみて下さい。不思議なようにお母様からのメッセージをなんだかの形で受け取りますよ。それはもしかしたらTVを観ているときかもしれないし、空を眺めているときかもしれない。でも、ふと、「ああ、お母さんからのメッセージだな」って思うことがあるはずです。 私は外国に住んでいて、肺がんを患っている母に滅多に会うことが出来ません。母は近い将来、他界するでしょう。でも、そうしたらもっと母に近くなれると信じているので、そう思ったら少し気持ちがラクになりました。 お母様は、いつでもあなたのことを見守っていてくれてますよ!

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経験から

041
思い出
19歳で、自分の分身、親友のような母を突然亡くしました。 帰ってこないものは帰ってきません。 他界した母親を心配させないよう、前を向いて生きましょう。逝ってしまった本人も、申し訳なく思ってるでしょうから。 そのうちに「居ない」事には慣れますよ。 仲の良い母娘を見て羨む気持ち、昔の事を思い出して悲しく、寂しくなる気持ちは10年以上経った今でも消えません。 それは仕方のない事でしょう。 そんな思い出をくれた母親に感謝しつつ、写真を眺めては話しかけている今日この頃です。

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