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    働くお母さんに育てられた人

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    芝桜
    ひと
    早い時期からの保育園生活、働くお母さんに育てられた人、子供の時どうでしたか?寂しかった、至福だった、などいろいろ思い出にあると思います。そして今の自分など・・・

    トピ内ID:4051321218

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    0歳から保育所

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    このみ
    母が産後一ヶ月から働いていたので0歳児から保育所に預けられていました。
    母は社会的に地位のある職業だったので、仕事に代わりがききませんでした。
    もちろんさみしかったです。一時はチック症状も出ていたみたいです。
    でも少し上に姉がいましたし、母の友達も協力してくれたのでなんとかなりました。
    でも小学校のころは友達の家に毎日母親がいるのが羨ましくてしょうがなかったです。
    でも母を尊敬していましたし、それが自分の家のあり方なんだと小さいながらに納得しようとしていました。それに母は短い時間でも十分に愛情を注いでくれましたから。
    母といつも一緒にいられなかったので、うちの兄弟は人一倍母親が好きです。

    大人になった今仕事と両立しながら私と姉を育ててくれた母に感謝していますし、尊敬しています。
    さみしくても必ず理解してくれる時が来ると思います。

    トピ内ID:5642264467

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    寂しかったより

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    さら
    寂しかったより嬉しかった記憶が残っていますよ。
    早く終わってお迎えに来てくれた日、平日休みにお出かけしてから保育園に行った日。

    トピ内ID:0684673161

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    両親共働きでしでした。

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    もふもふ
    20代後半独身女です。
    保育園には夜19時~20時まで、もっと遅い時は80代後半の曾祖母がタクシーで迎え。
    小学生の時は鍵っこ、家に帰っても19時20時まで一人。
    正直、当時は何にも考えていませんでした(笑)
    只たまに父の仕事が夕方終わり、園児の誰よりも先に帰れる時は嬉しかった記憶があります。

    今思えば寂しい時もあったのでしょうが、大して記憶に残っていません。
    その分、保育園の先生方が可愛がってくれましたし、小学生の時は19時頃まで田んぼで走り回ってました。(相当な田舎でしたのでそれが当たり前でした、都会じゃ怖いですけど)

    母がもっといてくれたら一緒に夕飯を作ったり、もっと遊べたのに…と思うことは大人になりありました。
    ただ中学高校の頃、ふがいない父のおかげで(笑)母はもっと働かなくてはいけなくなったので、
    家計、家庭を支えてくれた母には今でも本当に感謝しています。

    それを自分の子供にもと思うと、今はまだわかりません。ただフルタイムで働くことになっても子供との時間は大切にできる母親になりたいとは思います。

    トピ内ID:4571936065

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    働く母は誇り

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    yuu
    ちょうど今年母が42年勤務した職を退職しました。
    フルタイムで働き続ける母の背中をみて育ったので、自分もずっとそうするものだと思って育ち実際そうなってます。
    母は家事(特に料理)は手を抜かずに惣菜などにいっさい頼らない人だったので(その方が安くて美味しいからというだけですが)、私も同様にどんなに疲れて帰ってきても食事だけは絶対に手を抜きません。
    寂しいと思った記憶はあまりないですが、3人兄妹で育ったおかげかもしれません。職場でも家でもみんなから頼られていた母は、私ども子の誇りです。

    トピ内ID:1574032211

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    ただ大好きだっただけ

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    🐱
    けいご
    働くお母さんどころか、母子家庭で母親はフリーランス。24時間営業でした。
    颯爽と車でどこへでも取材に出かけ、深夜まで資料が積まれた部屋でワープロを打つ母…
    ひたすら「憧れ」でした。
    母は大変だったんだなって今ならわかりますけど…
    寂しいなんて思ったこと一度もありませんね。
    一緒にいるときは思いっきり可愛がってくれましたし、
    母がいてくれるだけで幸せでした。
    一緒にいる時間が長い短いは関係ないです。

    トピ内ID:6529388283

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    はーい

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    🙂
    るな
    両親共働きだった為、私は生後半年で保育園に入ったそうです。
    お迎えも時間外が多かったですが、同じ時間外の友達も多かったので覚えている記憶の中でも寂しいとか悲しかったとかあまり感じた事はなかったですね。

    小学生の低学年の頃は学校の帰りに祖母宅へ遊びに行っていましたし、習い事もやっていたのでやはり寂しい思いをした記憶はないです。
    小学高学年の頃に毎日弟の保育園のお迎えに行くのがすごく嫌だった記憶は残っています…

    子供の頃、母親が仕事をしていて寂しかった記憶はほとんどありません。
    4兄弟だったせいか、家族が揃っている時の騒がしさは半端なかったので、とても逞しく育ちました!!(笑)
    でも、年が離れている兄2人に自分の面倒を見てもらった記憶はあまりありません。

    学校の行事には交代勤務だった父親が多く来ていた記憶がありますが、母親じゃなくてがっかりするという事もなく、むしろ父親が来てくれて嬉しかったです♪

    ・・・そんな働く母の背中を見てきたので、私は共働きが当たり前で専業主婦をしたいという考えはほとんどないですね~(現在、アラサーの独身です)

    トピ内ID:2948423772

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    寂しかったですよ

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    rika
    生後5ヶ月から、保育園でした。
    保育園の頃はそんなに寂しく感じませんでしたね。

    小学校に上がってからの方が寂しかったです。
    今みたく学童がなかったので、鍵っ子でした。

    暗い部屋に誰もいないのに、「ただいま」と言って部屋に入る寂しさは今も覚えてます。

    帰ってからは、近所の叔母の家に行ってました。(母がお金を払って託児してもらってた)

    母の職場には、同じ小学校に通う母子が多く、責任ある立場の母は、休みがかぶってしまうので、授業参観には殆ど来れませんでした。

    小さい頃から、保険証とお金を持たされ「自分で歯医者に行って来なさい」。
    怖いし、痛いのに。

    中高と制服を買う時や、学校見学も母が連れ添ってくれた事はないです。


    共働きのお陰で何不自由なく生活をさせてもらいました。

    母が好きだし尊敬してるけど、母の様な母にはなりたくないです。

    私は自己完結する人間になりました。
    辛い事があっても、人に相談しません。
    母には相談した事はありません。

    今でも赤の他人様の「お帰り~。」と子供を迎える場に出会すと、胸が痛くなります。
    でも、そんな事、母は知りません。

    トピ内ID:5368872691

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    私は未成熟な大人です。

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    色々ある
    私の母は、朝から夜中まで働きずくめでした。そのため、疲れていた母は私を相手にできず、私は土日祝日などはおばあちゃんち(祖父、祖母、おばさんが住む家)で過ごしました。おばさんには色々してもらい、私にはおばさん=母親でした。6歳まではほとんどおばあちゃんちにいたため、母親=たまにあうおばさんってイメージ。おばさんには色々相談できたり話せても、母親とはよそよそしくまるで他人って感じでした。
    忙しい母とはあまり会話できませんでした。会話できたとしても、怒られるのです(母の疲れから八つ当たり)。何を言ってもダメなど私のしたいことをするなと言う、お願いは聞いてもらえない、普通の会話も叱られる感じ、で母と会話はあきらめました。で何でも自分勝手にすることを決め、結果学校で問題をおこし、担任から内申書を悪く書くと言われ本当に悪く書かれました。(高校受験失敗)
    私が夜中に病気の発作を起こし泣きついても、母は疲れから、発作うるさい、そんなこと(辛さの訴え)言われてもしらん、泣くなうるさいなど言い、持病の治療が適切に出来ず、完治していません。
    私は幼い時分は、母の愛情を感じることができませんでした。

    トピ内ID:8818703794

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    恨みもないが、感謝もあまりない。

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    🛳
    ゆらゆら
    40代主婦子供なしです。
    幼少時、保育園には節約のため入れられず、一人で家で留守番していた記憶があります。
    幼稚園ですでに鍵っ子、朝は母と行って帰りは一人で帰宅していました。
    その後も小学校~社会人になるまでずっと鍵っ子でした。

    主人と結婚後も主人が異常に忙しく休みも少ない会社に勤務しているため
    殆ど一人ですが、生まれてから殆ど一人だったので孤独を通り越して何も感じません。
    ただ両親との絆・縁は人よりかなり浅いと思います。
    里帰りも全くしませんし、こちらにも呼びません。

    結論として母への恨みもありませんが、感謝もあまりないと言ったところでしょうか。

    トピ内ID:1616679688

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    私も共働き

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    maru
    うちは両親共働き、私が1歳になるまえから保育園に預けられていました。
    物心ついた時から両親が働いているのが普通だったので、
    寂しいという思いは感じていなかったと思います。
    それが当たり前というか、それが普通だと思っていました。
    小学生くらいの時に、少し母が体調を崩し専業主婦になった期間がありましたが、
    学校から帰ってきて母がいるってなんか変な感じでした。
    特にうれしいって事もかったかな。
    いつもの一人の自由時間がなくなり、自分の生活のペースを崩された気がしました。
    でもそれは育つ家庭環境によりだし、個々の性格にもよりますよね。
    私は一人っ子だったし、結構ドライな性格なので、そんな感じだったのかもしれませんし。

    両親共働きが普通という家庭で育った私も今は結婚し一人子供がいて、
    自分も共働きです。

    トピ内ID:7281514754

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    母子家庭でした

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    🙂
    みんみん
    母子家庭で育ちました。母はひとり働きながら私と妹弟を育ててくれました。寂しかったかと聞かれたらそうかもしれないけれど自然と家事能力がつき、大人になって一人暮らしをした時も全く困りませんでした。高校生の頃にはお弁当作りや夕飯の支度(部活帰りにスーパーで買い物して)、服にアイロンをかける、ボタンをつける、弟の体育祭の応援団の衣装作り(型紙で布を裁断し、ミシンで製作)までやっていましたから。家族の結束も固く、妹弟も家事が得意です。そう悪い面ばかりではないですよ。

    トピ内ID:4818561353

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    私は

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    🐶
    ぽう
    保育園に1年だけ通い2年保育の公立幼稚園に行き、小学校へ入学しました。

    母は三交替のある看護師でした。
    父は県内で一番大きな中央郵便局員で夜勤があり、私が産まれる前に夜勤のない地元局に異動させてもらったそうです。しかし小2の時急死しました。

    それと父方の祖父母が同居で農家をしており、はっきり言って私と妹はほとんど祖父母がお世話してくれたと言っても過言ではありません。祖父母との思い出はたくさんあります。

    しかし母との記憶はあまりないし、いても夜勤明けで寝てる事が多かった気がします。私は妹が産まれた2才の時から祖父母と寝ていたので母と寝た記憶もないです。食事も祖母が作ってくれた物は思い出せるけど、母は何が得意だったかなぁ?

    でも遠足や運動会の前の日は一緒におかずを買いに行った事は覚えています。学校行事や子供会は、休みを変わってもらって必ず来てくれました。

    それが私には当たり前で寂しくなかったです。今は私も子供がいて義父母と同居しており、保育園は行かせていませんが行かせたいです。

    特に今の時代祖父母と触れ合ったり、たくさんの経験をさすのも大事だと思います。

    トピ内ID:8519447172

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    寂しかった

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    🙂
    takeko
    私が生まれる前からフルタイムで母は働いており、私と兄はお手伝さんに育てられたようなものです。
    外では立派な働く母かもしれませんが、親子遠足にこられない時は私が後ろめたい気がしたし、急な雨の日に友達のママがお迎えに来ているのをうらやましく見ていたりしていました。
    私が小3になるとお手伝いさんもいなくなり、鍵っ子になりました。
    その頃は寂しいという感情は無くなりましたが、いま思うと寂しいと思ってはいけない、口に出せないような感覚だったと思います。
    悩みや心配ごとも母に話す雰囲気ではなかったです。大人になった今もです。
    家事はどうしてもおろそかになり、疲れの為かいつもイライラしていた印象しかありません。
    今私には子どもがいますが、ゆっくり子どもと向き合いたいと思い、仕事をするにしても子どもが学校に言っている間のみと決めています。
    どちらが正解、とは決められないと思いますが。。。

    トピ内ID:1377870592

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    感謝

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    🙂
    ソラカラ
    私の両親は、特殊な商売で家に帰ってこられない事もあった為幼少時より度々祖母宅に預けられました。寂しかったし、学校から帰るとお母さんが待ってる人が羨ましかったです。祖母にはお世話になりましたが悲しい思いもしたし、幼いながらにいつも遠慮していました。私が中学二年、弟が小学五年の頃から、祖母の事情で両親の不在時、子供二人だけで生活。当時はコンビニも惣菜を売っている所もほか弁もなし。勿論携帯電話もない時代。その頃は、寂しさに随分慣れていたような気がします。
    私は専業主婦が夢でしたが、夫がギャンブル、暴力、浮気…と散々で離婚。離婚前も働いていましたが養育費なんて一円もなかった為、離婚後は更にがむしゃらに働きました。現在、娘は社会人5年目。就職してから、誕生日、母の日以外にも、お母さんに似合うと思ったとか言ってはプレゼントをくれます。何もいらないと言うと…どれだけ贈り物をしても足らないと言ってくれます。つらい思いばかりさせたのに申し訳ない位ありがたいです。私は娘ほど、母に親孝行できていませんが、幼少時寂しい思いをした事を恨んだりしていません。私や弟の為に必死で働いてくれた事に感謝するのみです。

    トピ内ID:8594712512

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    寂しかったと思います

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    ハル
    母親はパートでしたが、
    仕事が終わる午後5時ごろになると、
    働くスーパーまで迎えに行ってました。
    たぶんさびしかったのでしょうね。
    でも、近所の子供もお母さんが働いている子が多くて、
    同じような境遇でしたから鍵っ子も普通で、
    みんなで勝手に集まって遊んでました。
    昭和のベッドタウンの良さですね。

    でも、もし鍵っこが自分一人ぼっちだったら、
    孤独でつらかったと思います。
    子どもの周りの環境にもよるのかなと思います。

    トピ内ID:5754344670

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      個人的には…

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      魚屋
      学校から帰宅~母親が帰ってくるまで祖父母の家に預けられていました。
      夕飯も祖母が作ってくれたものを食べていました。

      祖父母には見てもらって感謝していますし、自他ともに認めるおじいちゃん子になりました。大人になって両親の大変さもこれでもかと痛感しました。

      ただ、当時はやはり母親のご飯が食べたかったし、母親が迎えに来てくれるのが毎日待ち遠しかったように思います。
      専業主婦の母親を持つ友人が羨ましいと思ったこともあったので、寂しさはあったのかもしれません。

      生活スタイルや家庭の事情は様々ですし、共働きや子供を預けて働く女性にどう思うこともありません。
      専業主婦も良いとか悪いとか思いません。

      ただ、私個人で考えていることは子供との時間をもてる母親になりたいと思っています。

      まぁ、現実はそう簡単にいかないと覚悟はしています…私の母親のように。

      トピ内ID:7924882189

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      辛かったことは

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      🐤
      小中学生母
      ・仕事中は決して話しかけてはいけない
      (自営で母1人で仕事、父が他社サラリーマンで保育園にはいれなかった)

      ・熱があっても1人でお留守番
      トイレに行くのも作り置きの食事をとるのも、1人朦朧としながらでした。

      ・運動会、参観日は親は来ない。委員も仕事を理由に高飛車な態度で引き受けず、
      周囲の保護者からは同情と憐みと母に対する怒りのまなざしを私が受けることに。
      あからさまに母の悪口を言う人もいて、嫌でした。(地域的に専業9割)

      学校から帰ったらオヤツを母が準備して、「お母さん、今日こんなことがあったよ」と言える
      雰囲気にあこがれていました。母は仕事の後は家事に追われピリピリしていて、話しかける
      タイミングを間違えると怒るので、家ではいつも緊張していて嫌でした。母の代わりに家事を
      一通り自分でするようになっていたので、1人暮らし以降も困ることはありませんでした。

      母は仕事第一です。お金に困らない今も仕事をしています。
      私は母のようにはなれず、専業主婦として子どもの世話中心の生活です。
      フルタイムの仕事を持つと母のようになりそうで、パート止まりです。

      トピ内ID:1698769147

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      おばあちゃんがいました。

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      ティーカップ
      三十路すぎた今 思い返すと、
      友達の家にはお母さんがいて羨ましかったけど、
      働いているお母さんは大好きでしたね。
      家にはおばあちゃんがいましたので寂しくなかったです。
      ただ、仕事のストレスがつのると怖かったですね。イライラしてて。

      今となっては尊敬です。

      トピ内ID:7723310245

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      まだ専業主婦の母親がスタンダードな時代でした

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      akireta
      生活のために母は正職員で働いていました。
      同居の祖母が居たので、幼児期は不自由はありませんでしたが、私の就学後に急死しました。
      放課後の預かりクラスに入れればいいのに鍵っ子でした。
      大人になってから「なぜ?」と母に聞くと「知らなかったし、誰も教えてくれなかった」と馬鹿な言葉が返ってきました。費用を惜しんだだけかも。

      病気のときはよほどでなければ、病院にも連れて行ってもらえず市販薬を飲まされて、母は困ったような不機嫌そうな顔で「寝ててね」と言い捨て出勤していきました。見かねた隣宅の小母さんが様子を見に来てくれました。
      なんだか、親の足手まといになっているような気持ちになりました。

      その場にいる大人に可愛がってもらおうと媚びる子になってしまいました。
      今でもその片鱗は残っています。

      育てたように子は育つといいますが、どこか私には素養がないと思います。手をかけずに育てられた結果でしょうか。

      私は「共働き必須」という昨今の男が厭わしい。妻子を養えないなら、子をつくるな、そもそも女を欲するなとさえ思う。(気)甲斐性なしの父とリンクするからでしょうかね。

      トピ内ID:1544770444

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      小学入学から経験

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      🐱
      そら
      小学入学と同時に鍵っ子でした。私が学校行くと21時~22時まで親は帰宅できないサービス業でした。

      母子家庭でしたので、授業参観など一度も都合つかず来れず、とても寂しくなり母親の働く職場へ電車とバス乗り継ぎ、学校サボって行ったこともあります。

      母親が働く姿は、とても眩しく、幼少ながら「凄いな、お母さん頑張ってるな」と考えてました。

      そんな急に職場に現れる娘を叱ることもなく、一緒に過ごさせてくれました。

      当時の母親が勤める職場には迷惑かけたと思いますが、理解を示して下さり優しい方々でした。

      究極に寂しい時は、ストーカーのように母の職場へ向かう私は、今となっては恥ずかしいですが(笑)

      大好きでしたから。

      中学に上がると母親のお弁当を作り(家庭内アルバイト)2000円もらってました。


      早くから包丁にぎり料理が出来たりしたので、成人後の独り暮らしは楽でしたよ!

      トピ内ID:4466102592

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      普通ですけど・・

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      空路
      私の両親は公務員でした。
      ずっと働く両親に育てられましたが、別に寂しいとか思いません。
      お子さんの性格にもよると思いますが、
      私は自由に出来て良かったかな(笑)。
      父も母も私を放っていたのでは無いですからね。
      それに、公務員でもお給料の良い職種でしたから、
      何と言うか、何も不自由せずに、大学も行きたい所に、
      と言う経済状態で育ててくれました。とても感謝しています。

      現在私も働く母で、子供達は0歳から保育園です。
      現在子供は高校生ですが、「働くママが一番好きだな~」と言ってくれます。
      寂しくない?と聞いた事もありますが、
      「何が、どう寂しいの?」と逆に質問されました。
      うちの家族は働くDNAがあるみたいで、
      子供達も家族の一員と言う意識が強いです。
      私がいなければ夫と子供で家事を全部してくれるし、
      夫が無理なら私が300キロだって運転して、子供を遊びに連れて行きます。

      私は両親が働くのを見ていたので、働く苦しさも楽しさもよく分ります。
      そして自立する事を学びましたよ。

      トピ内ID:1837162723

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      淋しいとはあまり思わなかったかな

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      さえ
      保育園も楽しかったし特にお迎えが遅かったわけでもなかったし。
      小学校に上がってからは学校から帰る頃には母は仕事を終えて家にいました。
      なので逆に鍵っ子の友達をいいなと思ったり(笑)
      完全にないものねだりでしたね。

      ただ、小学校に上がると持病が発生し頻繁に発作を起こしては学校を休んでいました。
      その時に母が傍にいてくれず仕事にでかけてしまってたのが辛かったですね。
      大人になった今ではその事情も察することができますが、当時は何で休んでくれないの?と思ってました。

      トピ内ID:6796176906

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      至福などはありません

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      ぴるる
      保育所時代は当たり前であった。
      小学校時代は学童にはいかず1人帰って遊んでいた。
      いろいろ問題が起こってもすぐに言える人がいなかった。
      後はハンカチなど、当たり前の用意がなかった。勉強も見て貰えなかった。
      両親共に教育者ですが、その辺りは時間が忙しいせいで手はかけて貰っていません。

      今は、経済的にも豊かな両親は尊敬に値します。それは母も働いていたからでしょう。豊かな老後は私の理想でもあります。
      しかしながら、自分の娘にはしっかり幼児期からの教育をし、それなりの学校に入って欲しいと願い親心はあります。働いてると時間がありません。
      幼児期に教育出来る時間のゆとりは難しいと思います。寂しさなどは何とでもなるかも知れませんが。

      トピ内ID:4632206960

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      悲しい思い出

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      まこ
      私の場合は、ただただ寂しかった。
      結局、親次第なのかな。
      楽しかったと思えた人は、親はその人の事をいちばんに考えて、努力してくれたんでしょうね。
      親の力量が問われるところです。

      大人になった今困っているのは、子どもの頃構ってあげられなかったからと定年してから、一緒に出かけようとか言ってくる事。大人になってから穴埋めはできません。

      トピ内ID:6880657532

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      寂しかった→一人が好きに

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      さびしんぼう
      物心つく前より母は働いており、小学生ぐらいまでは寂しく感じる事が多かったです。
      毎日カギを開けて家に入る事、病気でも一人で寝ていなくてはならなかった事。

      短い時間でも、母が私に深く向き合う事をしてくれればまた違ったと思いますが、そういう母ではありませんでした。

      中学生頃からは一人でいるのが好きになりました。

      私は息子が一人おりますが、息子が家にいてほしいと願っている間は一緒にいました。
      6年生になった頃から、私も働きに出ましたが、息子の話を聞く事だけは欠かしませんでした。

      息子は大学生になりましたが、友人も多く、親離れ子離れもうまく出来つつあるかなと思っています。

      トピ内ID:3195539657

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        働く母に育てられました

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        よめやん
        優しく母をとても愛する父でしたが甲斐性がなく(苦笑)
        幼い頃から母は働きづめでした。
        弟は1歳から保育園、私は同じ保育園に空きがなく親戚縁者いろんな人に
        預かってもらいながら5歳で編入。お迎えはいつも最後組でした。
        小学校からはずっと鍵っ子。

        寂しくなかったといえば嘘になります。専業主婦のお母さんがいるお友達の
        家に遊びにいくと手作りのおやつが出てきて羨ましかった。
        手作りでなくてもいいから、お母さんがお菓子を袋からお皿に出して
        「はい、どうぞ」と言ってくれたらな、と思ってました。

        が、母は私達を育てるのに必死でした。
        子供心にもそれは伝わってきていたので、不満はあっても不幸だとは思いませんでした。

        トピ内ID:6015616469

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        レスします

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        🐧
        ゆきん
        両親ともに公務員で、母は7時過ぎには家を出ていました。
        母方の祖母が私が産まれる前から同居していて、おばあちゃん子でした。自分でいうのも何ですが、高齢者や弱者に対する優しさや他者の気持ちを汲むことには、優れている方だと思います。
        ですが、小さい頃から引っ込み思案で内気でしたが、中学生の頃からはじけ楽しいこと大好きになりました。
        母が忙しかったのと、母も祖母も教育熱心でなかったことなどから、成績はいつも下の方。勉強は、根気もなく、諦めることが大好きでした(笑)。
        今は主婦してますが、結婚前は教育業界で働いていました。やはり自らの愛情不足が原因か、子供の教育や心理学に興味が出て大学ではそれを学びました。
        今思うと、やはり小さい頃は、一緒にいる時間を大事にしてあげたい。母との愛着関係がしっかりした子は、自立心旺盛で勉強にも前向きになれます。
        さらに、私が高校生の頃、母と祖母、それぞれ違う時間で夕食が2回に分けて出たため、拒食症になりました。
        特殊かも知れませんが。

        トピ内ID:7389779993

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        使命感にもえてました

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        tokumei
        母が大変だったのが理解していたので(させられていたので?)
        自分もがんばらなくちゃ!という思いが強かったです。
        自立心の強い子どもでした。
        クラスでも常にリーダー的存在でした。

        で、今は、残念ながら独身ですが(40代女性です)、
        先生と呼ばれる職業に就かせていただき、同年代男性平均よりは
        お給料をいただいています。
        社交性もがっつりあるので、独身でも友人関係は広く深くでさみしくなく、ますます縁遠くなっています。

        トピ内ID:9593336740

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        寂しさの感じ具合は、人それぞれ

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        いいじゃない
        どう答えてほしいんだか、状況がわかりませんが。

        これから子供を預けたら、子供がどう思うかってこと?

        幼い頃は、同居の祖母が健在でした。
        具合悪くなって入院したりで、小三年から私は鍵っ子でした。学童保育がない小学校で、4年生の時に祖母は亡くなりました。

        鍵を持って自分で開けて入るのがちょっと自慢でした。
        今でなら、携帯持ってるってかんじかなぁ。
        そのときランドセルに鍵と一緒に付けてた鈴は、今の家の鍵で使用中。

        小さい頃から「しっかりしている」って言われてましたが、自分では普通です。
        今友達が、息子が小学校6年でも心配だから一人にしたことがない、っていうのを聞いて、「私なんか一人でバスにも電車も乗り換えてたし鍵だって持ってたよ。」と言います。すごいことだったんだって今なら思います。

        でも冬、こたつにもぐりこんでテレビ見ながら母親の帰りを待つのはお腹がすいたな。外も真っ暗だし。

        もっと小さい頃の思い出はひとつだけ。
        出掛けようとする母にしがみついて行かないでって泣いた覚えがあります。

        「寂しい」思いは憶えてないけど、潜在意識にはあるのかも。
        甘え足りなかったのか?性格ですかね?

        トピ内ID:9594895610

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        かおり

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        🙂
        まちこ
        寂しいとは思いませんでした。
        途中から働き始めたら寂しかったかもしれないけど、
        産まれたときからなら「そういうもん」と思ってるわけで。

        むしろ、高2のとき、母が55歳で早期退職して家に居るようになったら、
        違和感アリアリだった(笑)。
        ヒマになったせいか、いらん世話を焼きたがったり、
        父への不平不満・小言など口うるさくなり、
        家の中が息苦しくなった。
        サクサクしてた人が、「かまってちゃん」に堕ちた感じ。

        良かった点は、
        女が働くことを「フツー」と思って育ったことかなぁ。
        就職面接で、「結婚しても続けますか?」と聞かれ、
        「ハイ」と答えたら「その理由は」と聞かれ、戸惑った。
        (え?理由がいるの?)と思った。

        あとは、
        家事育児の手抜き加減とか、知っている、イメージできる。
        「スーパーウーマン幻想」がなく、
        こっちやったら、あっちは簡単にせざるをえない、
        そんなの当たり前~という、現実的なバランス感覚がある。

        あと、母は金融系で働いていたので、
        おカネの知識と経済感覚は自然と磨かれました(笑)。
        学校では教えてくれないことだし、
        実際かなり役立ちました。

        トピ内ID:0169618885

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