本文へ

硫黄島からの手紙を観て

レス31
(トピ主 7
041
菜々
話題
昨晩、硫黄島からの手紙のDVDを観ました。

渡辺謙さん主演のものです。
泣きました。
なんかやりきれなくなってしまって、寝付けませんでした。

みなさんはどう感じましたか?

トピ内ID:5755183420

これポチに投票しよう!

ランキング

レス

レス数31

このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました

なんか心に残る映画でした。

041
まり
映画館で、当時、小学生と高校生の子供と見ました。 観客の年齢層は高かったですが、心に刻みこまれる 映画でした。子供たちにあなたたちには、「重すぎた わね。」と聞きました。男の子なので多くを語り ませんでしたが、よかったと言っていました。 しみじみあのような時代を乗り越えて、今の日本が あるのだと思いました。しかし、軍の上層部とか 知識人の方は、この戦いに日本は負けることを わかっていたと思うのですが、その状況下で 硫黄島に派遣されるということはつらかった と思います。

トピ内ID:0224224087

...本文を表示

遠い昔の話ではない

😨
大丈夫
あなたはお幾つの方でしょうか。今も戦争を引きずり生きている方々がいます。 「泣きました。眠れませんでした」から始まり 御自分で戦争について正面からぶつかり、調べられたらいかがですか。 もっと物事を深く掘り下げてみてください。 そうする事により、見えてくる事があるかもしれませんね。 私の友人はアウシュビッツまで出かけました。 菜々さんも硫黄島まで出かけ声なき声に耳を傾けてください。 机上での思いとは別物になると思います。

トピ内ID:3733815544

...本文を表示

なんて公平に描いてくれるんだろう

041
50代主婦
『父たちの星条旗』とあわせてご覧になりましたか? 『硫黄島からの』が硫黄島決戦を日本側から描いたものなら、『父たちの』は、米国の立場から描いたものです。 まだなら、ぜひ。 とかく勝者の描く戦争映画は、事実を歪めてまで敗者を醜く描くものですが、 ハリウッドがここまで公平に描いてくれたことに感動でした。 むしろ日本のテレビ局制作の戦争ドラマのほうが、まるで敵国のことを描いているような嫌らしさを感じます。 米国が完全なる正義の国だとは言いません(『父たちの』もそのようには描いてない)が、 こういう映画を作る精神性に、やっぱり米国には負けたなあと納得してしまいました。

トピ内ID:7122185136

...本文を表示

感動作ですよね

041
一般市民
私は劇場でも観ましたし、DVDでも観ています。 ご存知かも知れませんが、この作品は2部作になっており、 ・「父親たちの星条旗」:アメリカ側の視点で描かれている ・「硫黄島からの手紙」:日本側の視点で描かれている の、2作品があります。 「父親たちの星条旗」をもしご覧になっていないのなら 是非ご覧ください。より感動が深まると思います。 戦争というものは、何が真実か何が嘘なのか、正常な判断が 出来なくなるものです。 私が経験した訳ではありませんが、色々なメディアで見聞きすると そんな環境に置かれた人間は我を失うのでしょう。 戦争映画は好きな私ですが、現実は悲惨なものであり、 こんな話は映画の中だけであって欲しいと思います。

トピ内ID:8998741660

...本文を表示

正常な戦いです

041
968
民間人を巻き込む事無く軍人同士の戦いです 悲惨さは在りません 惜しむらくは物量の違いですが其れを承知で始めたA級戦犯の存在こそが悲惨です

トピ内ID:9078512778

...本文を表示

そうですよね。

041
映画はよく観る
こんにちは。  早速本題ですが、冒頭砂浜で穴を皆で掘ってるシーンで二宮君が「墓穴掘ってるみたいだな」って言いますよね。あれが戦争のすべてを表しているような気がするんです。  もう戦争末期で、どんなことをしてもどの国ももう戦争を止めたいけど、どうにもならない、そんな感じ。  手紙を家族に書いて帰国したらこうしよう、ああしようと思う兵隊の人達。でもその手紙は届く事はないのを上官は知っているんですよね。でも希望を持たせるために手紙を書かせる・・・。切ないですね。  なんだか全てが狂っていたんだって思った映画でした。  それにしてもあの映画、クリントイーストウッドが作ったとは思えない。日本人の哀愁みたいのをよく理解しているなとも感心しました(こちらは映画自体の感想です)。

トピ内ID:6373553195

...本文を表示

ご先祖様ありがとう。

041
のり
自分の家族はもちろん、日本国民のために戦い 遠い南の島で亡くなった兵隊さん達に感謝したくなる映画でした。 まだ多くの遺骨が硫黄島に残されているので 終戦記念日に総理大臣が靖国神社へ参拝することも当然だと思います。 彼らのおかげで今の我々がいる。これを忘れちゃいかんと思いましたね。

トピ内ID:7078204174

...本文を表示

機内で

041
はろげん
ロンドンからの帰りの飛行機で、両側の席をイギリス人に囲まれながら見ました。 ちょうど、機内は就寝タイムだったので、一人で涙ぐんでましたが、周りにばれずに見ることができました。 犬のシーンが特に悲しかった。

トピ内ID:0717304393

...本文を表示

パン屋さん

041
ぽー
みんなどんな思いを抱えて、あの島で死んでいったのか… 現代人の想像を絶すると思います。 西郷はパン屋さんとのことですが、どんなお店でどんなパンを売っていたのかが、画面からは想像できませんでした。回想シーンで様子を見たかったです。

トピ内ID:7247633198

...本文を表示

不条理が受け入れ入れられなかったのかと

041
戦後うまれ
トピ主さんとは大きく異なる世代だと思います。生まれてわずか数年後には、朝鮮を爆撃する米軍のB29の編隊を見た育ちました。 あの戦争がなんであったのか、今でも不思議に思います。 更に、戦勝国の裁判はあっても、自国での責任を問う裁判はありませんでしたし、誰も責任を取りませんでした。硫黄島の戦闘員だけでなく、罪も無い女性が多く亡くなっています。 あの戦争に正当性はあったのかについて、いつも言われる事があります。米国の経済封鎖ですが、例えそうであっても負けると容易に判断された国力で開戦した政治と軍部の責任、それを押した国民、狂気の時代と言ってしまえばそれまでですが、誰かが負け戦を避ける努力さえしなかった点で、政治と軍部の責任は重大です。 戦争を賛美はしません。勿論、国を守る為の戦争は、無条件に賛成です。しかし、あの負け戦で未だに他国から理不尽な事を言われ続ける悔しさを、戦後世代がなぜ受けなければならないのか? サイパン、グアム島等に観光に行かれる方がいますが、決して観光気分で行く貴にはなれません。

トピ内ID:7121005578

...本文を表示

硫黄島には上陸出来ません。

041
硫黄島には海上自衛隊と航空自衛隊の基地が置かれています。 旧島民らの慰霊や基地施設の工事などの例外を除いて、 一般民間人の上陸は禁止されているそうです。 映画のロケも一日だけ東京都から許可されたとか。 行ってみたいと思ったのですが、残念でした。

トピ内ID:3350327127

...本文を表示

硫黄島の手紙の感想

041
SASUKE
映画館で観ました。 印象に残るいい作品なんですが 単純に娯楽作品を楽しむつもりで観たので いまいち盛り上がりに欠ける作品だなぁと感じました。 映像は良かったのですがかなり期待していたので もっとこうしてほしかったという点がいくつも目に付きました。 もし当時の日本の戦争体験に興味があるなら是非調べてみて下さい。 ネットでたくさん読めますよー。 硫黄島の生き残りの人の証言や大和の生き残りの体験談なんかもあります。 どれも壮絶で自分だったら間違いなく死んでるなと思える話ばかりです。 なぜ日本が戦争をしたのかなども良かったらどうぞ。

トピ内ID:4410875991

...本文を表示

渡辺さんと二宮くんの対比がすごかった

041
ふじ
私は「父たちの」と「硫黄島」を両方セットで劇場で見たのですが、 二宮くんが急に戦争に行く事になり…が実はかなり衝撃的でした。 若くてかわいい男の子が街で若い奥さんとパン屋さんをやってる、 というのは、今の世の中でも想像がつきます。 でも、ちょっとおっとりしたその子が、 明日から急に武器を持たされて戦争に行って殺し合いをする、 という事実に、だいぶ打ちのめされました。 自分にとっては、戦争というのは、 それこそ渡辺謙さんのようなキリッとしたおじさんや、 いかにも「歴史上の人物」といったヒゲのおじさんがやってるものであり、 ジャ〇ーズの男の子が行くものではなかったからです。 「男たちの大和」で松山ケンイチさんが出てきてもそこに違和感はなかった。 でも二宮くんは違和感バリバリで、 でもきっと、こういう見た目でも戦争に行った男の子が 当時たくさんいたと思うんです。 私はこの映画を見てから、 軍人なんかではない、私のちょっと頼りない夫や隣の席の同僚が、 私や国土を守るために武器を手にとって殺し合いに行く事があるんだろうか? それはなんて恐ろしい事なんだろう? と考えるようになりました

トピ内ID:5363592824

...本文を表示

知ることは大事だと思います

🙂
おっちゃん
太平洋戦争は3年9ヶ月間ですが、日中戦争を含めると、日本軍は15年間、戦い続けています。かたや米軍が実際の歩兵対歩兵の戦闘を経験したのは、ガダルカナルの戦い(1942年7月)から沖縄戦(1945年6月)までです。 映画でも描かれる米軍の火力の凄さの下で、日本軍があれだけ持ち堪えられたのは、その経験の長さのおかげです。 負けると分かっていた戦争とよく言われますが、それは結果を知っているからこそ言えるのであって、現場の兵士達は負けるとは思っていなかったのではないか。機械に頼る米軍を洞窟戦という策略で、勝てはしなくても、多少、形勢を引っくり返すくらいの力はあったと思います。 私にはiPhoneと日本製のスマホとの戦いがダブって見えます。アメリカと日本の間合いは、血を流しているかどうかの違いだけで、今もあまり変わらないように思います。 戦時中の日本人が何を考え、どう生きたのか、妙なナショナリズムに流されることなく見つめ直してみたいと思います。

トピ内ID:0801340685

...本文を表示

トピ主の菜々です。

041
菜々 トピ主
レスありがとうございます。 まり様>お子さんと観られたのですね。援軍も来ない、周りは敵軍だらけ、見方が次々と自害する中、食料も水も弾も尽きて・・彼らの心情を考えるとあまりに悲しくやりきれなく、頭から離れなくなりました。 大丈夫様>私は40代前半です。硫黄島、子育てが終わったら行ってみたいです。まずは靖国神社に心を込めて参拝してきます。 50代主婦様>父たちの星条旗もみました。クリントイーストウッドさん監督だということは知っていましたし、ハリウッドの制作ということも。硫黄島の方は日本の映画会社が製作したような出来に感じました。 一般市民様>戦争下では我を失う・・そうなんでしょうね。 968様>上層部(今は戦犯という解釈は無いようですが)の判断一つでどれだけの命が無駄にならなかったか、というのを考えると心が痛いです。 でも戦時下ではたとえ劣勢でもそれを認めることはできないだろうし、やはりいきつくところに行きつかないと終戦とはならないということなのでしょうね。  映画はよく観る様>終盤は一般兵も戦況は分かっていたでしょうに、それでも命を散らさなければならなかった。切ないです

トピ内ID:5755183420

...本文を表示

トピ主です。ありがとうございます2

041
菜々 トピ主
のり様>彼らのおかげでわれわれがいる・・本当に私もこう感じました。総理大臣の靖国参拝も当然のこととの思いを新たにしました。 はろげん様>犬のシーン・・私は戦時下に犬を飼うことができるとは余裕のあるご家庭なのか、とそんなことを思いながらみていました。 ぼー様>戦争がなかったらひと財産つくっていたかもしれませんね。 みなさんありがとうございました。

トピ内ID:5755183420

...本文を表示

父たちの星条旗

🐶
うし
皆さんも言われているように、硫黄島の戦いをアメリカ側からの視点で撮影したセット作品の「父たちの星条旗」も是非是非どうぞ。 どちらが良いとか悪いとかでなくて、両国にとって戦争とは?を考えさせられます。 まだでしたら、ぜひお勧めします。

トピ内ID:6209765686

...本文を表示

これはアメリカ映画

041
Mr.ますりん
監督がアメリカ人、出演は日本人、それにしては、よくここまで撮ったと思うところがありました。日本兵の捕虜を見張るのが面倒だからと射殺する米兵のシーンです。また、パン屋にたかる憲兵もよく描けていました。軍司令官が自宅のすきま風を心配する手紙を書くというのも、事実に基づく描写です。つまり、戦争は特別な人がやっているのではなく、普通の人がやっているのだと思い知らされました。 史実がダブって見えるのですが、洞窟作戦は、ペリリュー島の守備隊が先駆けで期待以上に持ちこたえたため、硫黄島でも採用されたようです。日本兵は「生きて虜囚の辱めを受けず」と教育され、捕虜より死を選ぶよう命じられていました。硫黄島では、簡単に自決することを許さず「敵十人を殺さざれば死すとも死せず」という戦い方を実践したのです。それは、建前上は「お国のため」ですが、硫黄島が1日頑張れば日本本土への攻撃が1日遅れるという「家族のための」戦いだったと思われます。 現代人では、とうてい理解できないことですが、実際にあったことなのです。

トピ内ID:5110696947

...本文を表示

トピ主 ありがとうございます3

041
菜々 トピ主
戦後うまれ様>一時東京裁判で戦犯とされた人もその後名誉を回復したと記憶しています。確かに勝機があったかわからない戦に国を挙げて向かわせた上層部の責任は重大でしょう。A級戦犯といわれた人の中には戦後政治家を続けたり大臣になった人も数人いると思いますが、当時の近隣諸国から反発はなかったと思います。なぜ今更、そして日本だけが責められ続けるの・・話が逸れてしまいましたね。お気持ちお察しします。 星様>ありがとうございます。私も知りませんでした。 SASUKE様>戦争で生き残った方の体験談、ネットでぜひ調べてみたいと思います。 ふじ様>違和感わかります。映画ではわざと違和感を出したのかな?とさえ思いました。「笑って死にましょ、国のため」なんてときに、戦争反対とか戦地に行きたくないなんて、たとえ心で思っていても、言葉には出せなかったでしょう。当時は若くに結婚したでしょうから、二宮君みたいなそこらへんのお兄ちゃんが知識も経験もないまま戦地へ駆り出されたのでしょう。胸が痛くなります。

トピ内ID:5755183420

...本文を表示

トピ主 4

041
菜々 トピ主
おっちゃん様>15年戦争とも言われますよね。 負けるつもりではなかった。もちろん戦況が悪化していても末端には知られないようにしたでしょうし、勝つと思って戦ったのでしょう。勝って家族のもとに帰ると思って来たのに、実は戦況はかなり悪化していて、来るはずの援軍も来なくて・・仲間は自害や突撃で倒れ、見方は減り、食料も水も無くなって、、、。普通の人がある日突然そういうところに放り込まれる恐怖などに思いをはせるとやりきれなくて苦しくなって寝つけなくなります。 時間が解決するのでしょうが、今はちょっと無理、そのくらい衝撃を受けました。 投稿ありがとうございました。

トピ内ID:5755183420

...本文を表示

ちょっとずれますが

041
Battleship
我々は子供の頃から いおうとう と呼んでそれが一般的でしたが、 米国では いおうじま と発音されていたんですよね。  おそらく当時の日系二世の訳によるものだからかな と考えていますが。  しんぷう攻撃隊 が、カミカゼ と呼ばれていたように。 零戦も、海軍では、れいせん と呼ばれることも稀で日常、 あれ と言うような呼ばれ方をしていたらしいですね。 戦闘機は長い間それだけだったので。

トピ内ID:2769972193

...本文を表示

ありがとうございます4

041
菜々 トピ主
うし様>観ました。が、こちらは冷静に観られたんですけど。 mrますりん様>生きて辱めを受けずは、兵に限ったことではなく、一般人にも浸透していましたよね。本当に悲しくなります。 映画の中でも「自分たちが頑張ればそれだけ本土の攻撃が遅れる」と激を飛ばすシーンがありました。泣きました。一番攻撃的だった中村獅童さん役の軍人さんが 、一人さすらううちに戦意を喪失して別人のような顔つきになり、自害するでもなく、洞窟で見つかるあたりが人間がリアルに描かれているように感じました。 当時の兵隊さんに本心を聞けたなら、どんな言葉が聞けたでしょうか・・悲しい歴史です。

トピ内ID:5755183420

...本文を表示

島の名前

041
Mr.ますりん
この映画が封切りされた2006年当時の正式名称は「いおうじま」 映画で描かれる戦争当時は日本陸軍では「いおうとう」海軍では「いおうじま」と呼んだこともあったらしいです。 2007年6月に正式名称が「いおうとう」になったのでした。

トピ内ID:5110696947

...本文を表示

横です

041
まぎん
硫黄島には、一般民間人の上陸はできないと思います。 上陸するには関係者もしくは特別な許可が必要になるかと…。

トピ内ID:7247428379

...本文を表示

手紙は心の支え

041
ぽぽん
硫黄島からの手紙は戦地の兵と家族の絆や愛情が感じられる作品ですね。 戦地に出兵した兵の一番の楽しみは内地からの手紙だそうです。これは第一次世界大戦に出兵した祖父が息子である父に良く言っていたそうです。 第二次世界大戦中、祖父は会社の後輩や近所で出兵された方などに戦地へ手紙を書いていたそうです。内容は残された家族の様子だそうです。 祖父がなくなり20年以上たった後に知らない方から「祖父はいますか?」と電話がありました。事情を聞いたところ祖父の会社の後輩で中国に出征し、その際に何度も手紙で残された家族の状況を知らせてきてくれありがたかったし何よりも心の支えだった。戦後、離ればなれになりお礼が言えなかった、自身が死ぬ前に一度お礼の言葉を伝えたいということでした。 その後、その方は祖父からの手紙を持参し我が家にお線香を上げにきました。その方は「戦地で家族や知り合いをつなぐ唯一の手段が手紙なんですよ、何度も何度も読み返して、ぜったい日本に戻るんだと心の支えでした」と、この後、映画を見たのですが出征した兵や家族の手紙に対する思いが分かりました。

トピ内ID:3549575094

...本文を表示

アメリカの映画館で観ました

041
もすてて
この映画の上映当時、米国に住んでいました。 どうせ硫黄島の日本版は都心の一部でしか上映しないのだろうと諦めていたのですが、近所の(北西部の田舎町です)映画館で偶然見つけて入りました。 全編日本語だから字幕になるけどいい?とかチケット売り場で確認されて、私は日本人だよと返したのを覚えてます。 アメリカ人なんてほとんど観ないんだろうなぁなんて思っていましたが、割と現地のお客さんが入っていたので嬉しかったです。 米国のテレビではパールハーバーの映画を何度も何度も流しているし、やっぱり日本は悪者で悪者を倒した俺達米国はヒーロー!の人ばかりだと思っていたのですが、学者や専門家ではなく一般市民の中にも、色んな角度から戦争を振り返ろうとする人がたくさんいるんだなぁと。 巻き込まれるだけの末端の人々の気持ちに国境はありませんね。

トピ内ID:9146376863

...本文を表示

戦争映画の中でも特異でした

🐱
お仕事頑張りましょう
私は若い頃から十五年戦争のことを調べているため、硫黄島戦のことも詳細に調べたことがあります。 その上で映画をみましたが、これまで見てきた戦争映画とは全く違う感想を抱きました。 他の戦争映画では映画館を出た後に目にする、戦争を遙か昔の出来事として気にも留めない人たちに対するいらだちをおぼえました。 数十年前、確かに戦争があったのに、どうして無関心でいられるのか、と。 けれども、「硫黄島からの手紙」を見た後、クリスマスに浮かれる人たちを見たとき、号泣しそうになりました。 「たとえ無関心でも、いま、笑っていられることが素晴らしいんだ」と。 ちなみに、十五年戦争のことを調べれば調べるほど自分が日本人であるということに息苦しさをおぼえましたが、硫黄島戦を調べた時にその苦しみが薄れました。 968さんのレスにありますが、軍人同士の戦いだったからかもしれません。 硫黄島戦に関しては、欧米人ジャーナリストのかなり公平な目線にたった書籍も多いです。 日本人が書いたものよりも、むしろそちらのほうが考えさせられる内容になっていると思います。

トピ内ID:5491671090

...本文を表示

同級生の父親が

🐷
豚の鼻
サイパン島の生き残りの一人で当時の話は寒気を覚えるほど生々しい モノでした。今も信州のあるところで心静かに暮らしています。 クリント・イーストウッドならではの視線も感じられ、日米両側から見た ある意味公平な作品だと思います。 冷めた目で見ると、一部の上層部による勘違い的武士道に振り回された 兵隊や民間人が哀れに感じました。 戦争を知らない我々が云々するのもおこがましい気がします。それでも 現在の渋谷マークシティーのガード下や東口には少なからず傷痍軍人と言われる 人達を横目で見ながら母の手に引かれて、戦争の残骸を見てきた一人として は一度は看ておいて欲しい映画だと思います。

トピ内ID:0901894339

...本文を表示

ありがとうございます6

041
菜々 トピ主
battleship様>知りませんでした。なるほどです。 Mr・ますりん様>再度ありがとうございます。参考になりました。 まぎん様>そのようですね。私も皆様のレスで知りました。 ぽぽん様>なによりおじい様の人柄が分かる内容のお話で、手紙を受け取った方は、おじい様への感謝の気持ちと、そして書かれている家族の近況に想いをはせ、何が何でも帰るんだと心に近いながら日々過ごしたのでしょう。すばらしいおじい様でしたね。よいお話をありがとうございました。 もすてて様>そうですか。アメリカ人も映画館に足を運んでくれていましたか。戦争は酷、皆そう感じるでしょうね。

トピ内ID:5755183420

...本文を表示

ありがとうございます7

041
菜々 トピ主
お仕事頑張りましょう様>私は映画館で観ていたら、泣きっぱなしで館からなかなか出られなかったでしょう。お仕事頑張りましょう様は欧米の書籍まで読まれて昔から本当に関心が強かったのですね。想いを馳せるとやりきれませんね。 豚の鼻様>サイパンでのお話は忘れられないようなものだったのでしょうね。私の祖父は口を閉ざして何も話さないまま亡くなりました。渋谷のガード下に・・今からではなかなか想像できませんが、戦後はあったのでしょうね。

トピ内ID:5755183420

...本文を表示
[PR]
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
使用イメージ
使用イメージ

マイページ利用でもっと便利に!

お気に入り機能を使う ログイン
レス求!トピ一覧