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そのとき左手は・・・

レス20
(トピ主 6
041
左袒
話題
黒田長政が、父である黒田孝高に、関が原の戦勝を 「家康殿は、三度まで私の右手を握って、『これも全て黒田殿のおかげである』と感謝の言葉をかけてくれました」 と報告したところ、官兵衛が、 「その時、おぬしの左手は何をしておった」 と苦々しく答えたと言います。 これに関して、分かり易い解釈は、何故、左手で家康を刺殺さなかったとするものですが、そんな事をしたら、長政はすぐに打ち取られて、黒田家は滅亡していたはずです。 では、官兵衛の真意は何であったか、それを知りたく思います。 皆様の意見を聞かせて下さい。

トピ内ID:5132614093

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官兵衛「(がっかりした様子で)おぬしは虚けか?」

🙂
ドンキー
家康がそんなこと(三度手を握る)までして感謝の意を示した事が、 家康得意の腹芸だともわからずに能天気に報告するものだから、 息子の行く末を案じたのだろうよ。

トピ内ID:9103658931

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策士の頭の中

💡
姫だるま
官兵衛さんの心中は官兵衛さんにしかわかりません。 >何故、左手で家康を刺殺さなかった 天才的な策士がそんな単純な思考回路であったはずは無いので《右手を掴んだ家康の手を左手で包み「忝のうございます」と言い感涙に咽んで見せれば外様である黒田家の御覚えが益々目出度くなりひいては黒田家が安泰になるチャンスを逃してしまった》かな?凡才が思いつくのはこの程度です。

トピ内ID:5308563750

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愚見

🙂
無常の風
家康が右手を握ったのであれば、自分の左手も握り返すべきだった、ということでしょうか。もっと言えば、家康の思いを受け取り、今後の忠誠を誓う意味で、左手で握り返すことが願われていたのでしょうね。

トピ内ID:6587653073

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義にありて、命を惜しむべきにあらず

😭
身の程知らず
>官兵衛の真意は何であったか、それを知りたく思います。 「義」を「家」より重んじたのです。

トピ内ID:8879321223

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これは私の解釈ですけども

🙂
40代会社役員
官兵衛の意図は、自分の想像以上に調略に長け情勢を転換させることを みごとにやりすぎてしまった長政に対して「そこまで出来るお前ならば もう少しやりようもあっただろうに」ということを理解させることに あるのだと私は解釈しております。 つまり「空いてる左手」とは、左手で脇差を抜いて家康を刺せ、という 物理的な意味ではなく「それほどまでに調略のキャスティングボードを 握ったお前ならば、生一本に家康側で働くだけでなく、情勢をわが家 有利に旋回させる要素を加える【左手】もあっただろう」という意味だ と考えます。 少なくとも官兵衛には、そういった山っ気が濃厚にありましたし、それを 見抜いていたからこそ、秀吉は「俺が死んだら官兵衛が天下を取るだろう」 と冗談を言い、これで官兵衛に「警戒してるぞ」と悟らせたからこそ、 官兵衛は「如水」という「濁りない水のように澄んだ心根ですよ」という 隠居号を称したわけです。 長政にはそのあたりの心境で、父を理解し損ねてたのでしょうし、官兵衛 の方では長政の才能や心情を読み切れていなかった。 そこを諭す意図であったと思っています。 そりゃ長政も絶句しますよね。

トピ内ID:4833923981

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そうかな?

🙂
しろ
長政が家康を刺し殺したとして、すぐに討ち取られたでしょうか。 その頃の家康はまだ将軍ではありませんから一武将です。 形式的には、トップを討ち取った新しいトップ、ということで思惑どおりではないでしょうか。 もちろん家康の側近たちがそうやすやすと生かしてくれるとは思えませんが、家康に完全に従っていない人たちもいるわけで、場外乱闘状態の隙に長政はセーフ。 と、その場さえどうにか乗り切れば、信長を討った光秀と異なり遠く九州とはいえ油断ならない親父がいるし、豊臣方にも顔が利くし長政新政権、意外といけそうな気がします。 とはいえ、そもそも作り話のようですよ、左手のエピソード。 官兵衛にはこの時点ですでに男子は長政だけだったし、そんな無茶はさせようと思わないでしょう。 強いていうなら、それくらいギラギラした闘志を見せることはもうなくなる(最後のチャンスだった)ということを諭しているかな。 これから徳川体制になっていくことは完全に見切っていたでしょうから。

トピ内ID:2533130333

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私の考え

🙂
imagine
それ以前やその後の親子関係は置いておき、そのエピソードの部分だけでの考えですが、孝高は自らの理想論を言いたかっただけだったのではないかと思いました。 本気で刺し違えて欲しいとは思っていなかったか、自分ならできたが息子にはできないとわかっていながらもひと言いいたかったのかな、と。 若い頃の武勇伝を聞かせたがる人的な感覚かもしれませんね。 そして聞かされる方は「もう時代は違うんだよ。年寄りはわかってないなあ」と感じたのではないでしょうか。

トピ内ID:2705726053

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やはり左手は刺殺か毒殺しか展開しかないでしょう

🙂
toukurou
親父官兵衛(孝高)の期待としては やはり左手は刺殺か毒殺しか展開しかないでしょう 家康は両手ふさがって丸腰なので、 こんな勝機は二度とやって来ないという意味だからね。 軍師たるものいくつかの想定は常備しており とっさの言い逃れのひとつやふたつ簡単だし。 殺したら長政はすぐに打ち取られ、黒田家は滅亡すると 決めつけのも早計かと。 ところで、 用心深い家康が、 長政には謀反の気がまったく無い事を知っていたから、 それこそ両手で握った訳で、 それこそ親父の方だったら、 家康は完璧に警戒して、近づきもしなかったと思う

トピ内ID:2787787040

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もっと大局観を持て!

🙂
歴史好き
 官兵衛は関ケ原の合戦時に浪人を集めて九州の西軍の諸大名の城を次々に攻め落とし、九州を制圧する直前までいっていました。  関ケ原の合戦が長引いていれば、その後の天下はどうなっていたかわからない状況でした。  それが、長政などが馬鹿正直に家康に感謝されるほど頑張ったために1日で合戦が終わってしまい官兵衛の野望は潰え去りました。  官兵衛は息子の長政にもう少し天下に対する大局観を持って行動すべきだったことを教えようとしたのだと思われます。  左手云々はその例えで、本当に家康を刺したらトピ主の言われる通りでしょう。  ちなみに秀吉が晩年に近習に「自分が今死んだら、次の天下人は誰だと思うか?」と尋ね、近習たちが家康だとか利家だとか答えた時、「次の天下を取るのは あのチンバ(官兵衛は足が不自由だった)めよ。」といったほどの人物でした。  秀吉は官兵衛を警戒して創業時の功臣でありながらあまり禄高で優遇せず、官兵衛も秀吉のこの話を漏れ聞いて、すぐに隠居を願い出て長政に家督を譲っていました。

トピ内ID:9595173465

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たぶん

🐱
サンタクロース
信用しきって、両手で握手なんてしてると、刺されるかもしれないので、刀に手が届くように、片手はあけておくようにかな? 相手を完全に信用してはいけません。 少し疑いながら、表向きは服従するふりでもしなさいと言うことだと思います。

トピ内ID:2580622552

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子の命など・・・

🙂
baron
どうでもいい。家康がいなくなれば経験のない秀忠など赤子の手をひねるようなものだ、 すでに九州は大半平定した。これから京・大坂に攻め登り天下をかすめ取るのだ。長政には 長子がいるからそれを取り立てればいい。儂だって若い女相手ならまだ子供を作れるだろう。  多分、勘兵衛ならこう考えたのでは。。。。

トピ内ID:3014633901

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レスありがとうございます

041
左袒 トピ主
【ドンキー様】 私も、ほぼ同じ意見です。 大将たるもの、常に冷静でなければいけない、そう言いたかったのかもしれませんね。 でも、官兵衛は軍師で、軍師はトップの補佐役ですから、本当は、長政の方がトップとしての資質があったのかも知れませんね。 家康も、勝てないと分かっていて、三方ヶ原で武田信玄に決戦を挑んだと言われます。 何でも、戦いを避ければ、頼りない武将と見限られてしまう恐れがあったからだとか。 【姫だるま様】 私は、思いつきませんでした。 ひょっとして、長政は、それがやれたかも知れないけど、父の立場を犯してはいけないと遠慮したのかも知れませんね。 いくら何でも、それは考えすぎか。

トピ内ID:5132614093

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私は、考えませんでした

041
左袒 トピ主
【無常の風様】 狸と言われた家康の事ですから、両手で長政の右手を押し包むように握ったのかも知れませんね。 そうすると、長政の左手は遊んでいる訳ですから、恰好が付きません。 何事も徹底せねば、画竜点睛を欠く、そう言いたかったのかも知れませんね。 【身の程知らず様】 義は、豊臣家に対してということでしょうか。 私は、考えませんでした。

トピ内ID:5132614093

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頷けます

041
左袒 トピ主
40代会社役員様 深いですね。 仰る通りのような気がします。 三成と家康の争いの隙を付いて九州を制圧しようとした官兵衛ですが、主力を長政に付けて、自らは傭兵を用いたのですから、長政の身に大事が起きるような事を言う訳がないと考えていました。 私の勝手な解釈ですが、乱世に後戻りしたくないという様な世の中の無意識のようなものがあって、それが長政に影響を与えたのかも知れません。 (後世の私にも、関ヶ原の後は大阪の陣で、戦国の物語は十分な気がします。) そうすると、官兵衛の方が少し無茶のような気もします。 こんな蛇足はともかく >つまり「空いてる左手」とは、左手で脇差を抜いて家康を刺せ、という >物理的な意味ではなく「それほどまでに調略のキャスティングボードを >握ったお前ならば、生一本に家康側で働くだけでなく、情勢をわが家 >有利に旋回させる要素を加える【左手】もあっただろう」という意味だ >と考えます。 は、頷けます。

トピ内ID:5132614093

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はるかなる戦国の世

041
左袒 トピ主
>とはいえ、そもそも作り話のようですよ、左手のエピソード。 とすると、官兵衛ではなく、作者の意図になりますね。 であれば >官兵衛にはこの時点ですでに男子は長政だけだったし、そんな無茶はさせようと思わないでしょう。 を憂慮する事もないから、本当に、「何故、左手で家康を刺殺さなかった」と言いたかったのかも知れません。 >その頃の家康はまだ将軍ではありませんから一武将です。 家康は、豊臣家の家老の立場で武将を率いていたと思いますので、実際に打ち取るのは、無理があるような気もします。 信長を討った光秀を倒した秀吉が天下を手中にしたように、家康を討った長政を倒した誰かが主導権を握るような気がします。 とは言え、はるかなる戦国の世の事ですから、可能性は十分ある気がします。

トピ内ID:5132614093

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少し損している?

041
左袒 トピ主
>そして聞かされる方は「もう時代は違うんだよ。年寄りはわかってないなあ」と感じたのではないでしょうか。 有り得る話だと思います。 あるいは、後藤又兵衛と長政の確執が本当の事かは知りませんが、もし本当だとすると、意志の齟齬のような事が常日頃からあったのかも知れません。 長政は、決して凡将ではないと思いますので、少し、損な役回りをさせられている気もします。

トピ内ID:5132614093

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千載一遇

041
左担
>家康は両手ふさがって丸腰なので、 >こんな勝機は二度とやって来ないという意味だからね。 なるほど。 「機を見るに敏」、そういう事ですね? あるいは、孫子の「兵は拙速を尊ぶ」にも通じるものがあるようにも思いました。 官兵衛が、有岡城の戦いで、荒木村重に1年もの長きに渡って、土牢に幽閉されようとも秀吉を裏切らなかったのは、今は秀吉に付くのが機だと捉えていたからかも知れないと思いました。 (今まで、私は、義理堅さと理解していました。志操の高さと言い換えても知れませんが。) そう考えれば、官兵衛が、中国大返しで、秀吉に、「殿に天下が回ってきましたぞ」と進言した話とも繋がる気がします。 関が原前夜では、家康に付くのが機と見ていても、千載一遇のチャンスを見逃すことはない、そういう事かも知れませんね。

トピ内ID:3764013465

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ありえそうな気がします

041
左担
>官兵衛は関ケ原の合戦時に浪人を集めて九州の西軍の諸大名の城を次々に攻め落とし、九州を制圧する直前までいっていました。 長政には、この情報は、やはり行っていたと考えるのが妥当でしょうね。 とすると、 >長政などが馬鹿正直に家康に感謝されるほど頑張ったために1日で合戦が終わってしまい となってしまったことに対して >長政にもう少し天下に対する大局観を持って行動すべきだったことを教えようとした こう考えた事は、ありえそうな気がします。 黒田孝高や、細川藤孝が、結局は生き残る事が出来たのも、大局観があったからなのかも知れませんね。

トピ内ID:3764013465

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油断大敵

041
左担
>相手を完全に信用してはいけません。 油断大敵、そういう事ですね。 伊達政宗の父の伊達輝宗は、ちょとした油断から、命を落とすことになりましたが、それも、敵方の訪問を受け、面会後に相手を見送ろうとして、捕らわれてしまった結果でした。 互いの功を称えあうのが目的とはいえ、乱世の事ですから、左手の状態に気を配るくらいの警戒心は必要かも知れません。 その教えだった、そう考えるのも、解釈として成り立ちそうですね。

トピ内ID:3764013465

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物足りなく思ったのでしょうか

041
左袒 トピ主
>長政には長子がいるからそれを取り立てればいい。 大事なのは家だ、そう言う事ですね? 晩年の官兵衛が家臣に理不尽な振る舞いをするのを長政が諫めたら、官兵衛が、「こうすれば、皆が早くお前の代になってくれればと思うであろう」そう答えたそうですが、子供に対する情愛は当然あったのでしょうが、これも黒田家の無事を願っての事だった、そう理解すべきかも知れませんね。 家がより栄えるのであれば、我が身を捨てる、犬死では意味がないが、天下が引き換えならば、それも辞さない、それを視野に入れていない長政を、官兵衛は物足りなく思ったのでしょうか。

トピ内ID:5132614093

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