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長時間労働、激務を経験した方に相談が有ります。

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(トピ主 0
041
納豆好き
仕事
技術職や専門職などの仕事に就いている方が長時間労働や激務に苦しんでいる投稿を見ます。 それ以外の仕事でも人手不足で結果的に長時間労働になっている方も多いようです。 お聞きしたい事が有ります。 長時間労働や激務が続くとどんな心理状態になるのか?それと体調も異変が出るのかです。 私なりに考えてみました。 「俺(私)は会社に必要にされている。必要とされるから仕事を任されている」 「この苦しい経験が将来の糧(かて)になる」 「スキルが身に付いている。」 「やりたい仕事に従事出来て幸せだな」 とかプラス思考になるのでしょうか? それとも 「若いうちはいいけど。体力がいつまで持つか分からない」 「過労死するかも」 「家族と食事も出来ない。」 「何が残るのかな?」 「不況なのに仕事があるだけマシ」 などマイナス思考になるのでしょうか? それに「残業をする人は能力が無いからだ」なる意見もあると思います。 皆様には当てはまらないと思います。 勤務する会社側の人員配置がおかしいからなのでしょうか? どんな仕事で長時間労働、激務だったのか教えてくださる範囲で教えてください。 また退職を決意する出来事は何だったのでしょうか?

トピ内ID:1728967660

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レス数32

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両方ですね(というかマイナスを打ち消す感じ?)

🙂
ある零細事務所
プラス思考とマイナス思考両方ですが、今思えばマイナスをマイナスと考えなかったです。 「俺(私)は会社に必要にされている。必要とされるから仕事を任されている」 「この苦しい経験が将来の糧(かて)になる」 「スキルが身に付いている。」 「やりたい仕事に従事出来て幸せだな」 という気持ちと 「若いうちはいいけど。体力がいつまで持つか分からない。けどこれで死ねたら幸せだ」 「過労死はないな。俺(私)はそこまで馬鹿じゃない。いや過労死が最高だな」(根拠なし) 「家族と食事も出来ない。俺(私)にとっては仕事が家族でそれでいい。食事?栄養補助食品で十分だ」 「何が残るのかって?俺(私)が今までしてきた仕事が生きた証だ。それでいい。それが幸せだ」 「不況なのに仕事があるだけマシ。そうそう。俺(私)は仕事ができて幸せだ」 こんな感じでした。 >どんな仕事で長時間労働、激務だったのか 零細の個人事務所です。詳しくは言えません。朝は7時半までに出勤して掃除から始めます。 零細なのであらゆることを処理しなければならず、休日でも帰宅しても所長からくだらない用事でもかかってくる(例えばこの書類の場所がわからない→電話で説明→わからないから来い→わかりました。どうせ出勤したならそこそこ仕事片付けよう)感じで、仕事云々も特殊な分野なので疲れますが、そういった精神的な面でも一層疲れてくる感じです。 >退職を決意する出来事 いきなり倒れました。仕事にならないからクビだと言われましたし、「穏便にしないとこの業界で……」と言われました。 それでもかなりショックを受けましたから、相当洗脳されていたと思います。 ハハッ嘘だろ?と思った方、実話ですから。いきなりぱたんと来ますから。

トピ内ID:6578324910

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お疲れ様です

🙂
そっか
貿易事務員です。10人以上いる部署で、私だけ忙しく、月70時間程度残業をしていました。前向きになんて、受け取れません。変になりそうでした。被害者意識満載でした。他の人達と圧倒的に仕事量が違ったからです。上司に相談しても、無視され、どうするか、考える能力があるうちに、できることをすべてやりました。1、数字を持って、いかほど仕事量が増えたか明らかにした。2、就業時間中、必死にしても月70時間だったが、あえてゆっくりして、もっと残業を増やした→これにより、36協定にひっかかる。 3、健康管理室の医者に相談した。 三番は、4回位相談してやっと、上司に話してくれました。  これらにより、人員増員になり、無事平和が戻りましたが、年度末の評価は覚悟しています。

トピ内ID:7389019640

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レスします

永久
最初に、この仕事は自分じゃないとだめなんだと思ってました。 これを投げ出すのはダメ人間なんだ、 この仕事を辞めたら不景気だし無能力な自分には後がない、とか。 私の母は娘を批判する親ですが、私は母に批判されて目が覚めました。 この場合は批判されてよかったかもしれません。 母は私に、「お前より能力の高い人間は腐るほどいる。 馬鹿が仕事にしがみついている。 お前の後任はお前よりなんぼかうまくやるだろうよ」と言ったんです。 不景気で出向させられて、そこでサンドバッグにされました。 毎日無理な仕事量を無理ふりされ、夜は接待。 辞めたきっかけは体調悪くしたからです。 あっというまに体を悪くして、後年それがもとで腫瘍ができ 摘出手術を受けました。 結婚はしましたがその摘出手術がもとで子どもができず、来年50歳になります。 今は契約社員で働いています。 何度も死にたいと思いましたが、こんな私がいいと言ってくれた主人のために 生きているようなものです。

トピ内ID:9590761064

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医師です

🐤
ツナマヨ
たくさんの患者さんが来るから、あるいは、重症の患者さんが何人も来て1人診るのに30-1時間かかる場合があるから、でしょうか。 疲れてくると、判断力は落ちるし、夜間救急に明らかな軽症で来る方への対応は冷たくなりがちです。 救急部門は、経営上は非採算部門、過重労働の原因にもなりますし、夜間救急をやめる病院も増えています。私の勤務先もそうなりました。 救急車も無料、救急診療費も国が低価格に抑えているので、「夜間祝日に病気になったら助からない」くらい救急病院が減るか、「夜間救急にかかったら高額請求される」くらい救急車や救急診療の費用が高額にならない限りは続くかもしれませんね。 今は、ほぼ定時で帰宅し、院内の入院患者さんと、外来通院患者さんの救急だけです。

トピ内ID:1423196800

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状況次第

🙂
通りすがり
その人の精神状態や今までの経験や周りの環境などによって、長時間と感じるか、激務と感じるかマチマチです。どういう状態で感じなくなるかは書きません。悪用される可能性も在るからです。ブラック企業とは手を変えたり品を変えたりして、感じなくさせる方法を取っている様に思えます。もちろんこれは万人には通用しません。周りが感じていない中、自分だけが感じているとなかなか言い出しにくいですよね。ですが言わなければ何も変わっていきません。同時に、自分は、自分達は、感じないから今のままで良いというのも間違っています。当然、それを放置する側にも責任が在ります。感じる側感じない側双方に責任が在るのに、世間ではよくどちらかに責任を押し付けようとしますよね。だから問題がこじれて解決しなくなる。当然です。誰しも自分に責任を押し付けられたくないですし、また押し付けるのは間違いです。よく俺が私が責任を全て取るなんて格好つける人が居ますが、これも間違いです。これをやると責任から逃れる人がでてきて余計にややこしくなります。その場は解決したかのように見えても禍根が残ります。絶対に。 長時間労働も激務もどう感じるかは人それぞれです。ただし全員が正しいって事ではないので、その状況状況で話し合うのがベストです。あと、落としどころをつけるのではなく皆にとっての正しい答えは必ず在ります。その為には皆が妥協や諦めや虚栄心や、そういった欲を抑えて皆が納得せざるをえない方法を導き出さなくてはなりません。大事なのは、納得するではなく、せざるを得ないです。皆が納得なんてまず無理です。力押しすれば可能かもしれませんがそんなものは長続きしないでしょう。取りあえずは、具体例や細かい状況が解らないここではこれぐらいの事しか言えません。書き足りませんが文字数制限が在るので以上にします。

トピ内ID:3822902159

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先輩から

🐱
クロッカス
既にリタイアしましたが、現役の頃の体験や見聞きしたことをお伝えしましょう。 先ず体験から、「自らが仕事の中に入り込んで行く」のです。 自らの関心や興味が勝さり、疲れや長時間労働をも考慮しなくなるのです。 もう時効になりますが、毎月150時間を超える状態が数年間続き ました。その結果、うつ病を発症して15~20年間くらい苦労しました。 他の方の例では、大きなプロジェクト任されて立ち往生されて居ましたね。不思議なことは、皆さんが応援を頼まれるとか、私には出来ませんと言われないことです。その様な環境の中で次第に体調を崩して行かれる方が多かったです。 立ち直られる方は少ないです。どんな仕事に就くかは運もありますから仕方がないことですが、サラリーマンですから、自分には“出来ない”と言う言葉を発することが出来ないのです。 会社と言うか、勤め先を辞めた経験がない方やある程度の年齢になると、辞めたいとは考えながら、簡単には決心できないのではと理解します。 難しい仕事や大きなプロジェクトを任されるのは、ある程度の能力を有している人達です。だから、辞めるとか、出来ないと言うことが出来ないのでしょうね。 自分は、救急車で運ばれて始めて事の重大さに気付いたのです。 しかし、その時は既にうつ病の真っ只中にいました。

トピ内ID:5372480348

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分野によって変わりそうですね

🙂
なの
出版系(フリー)です。 繁忙期は1日18~20時間労働くらいでした。 月の休みも0~3日くらい、寝て起きたら次の仕事が。 心理状態は「納期に間に合うかどうか」という焦りのみでした。 精神面は問題なかったと思いますが、寝不足のせいか 「目が霞んでよく見えない、物音に過剰にビクつく、痩せていく 肌が荒れて所々皮膚が切れる」などはありました。 人の命や、多額の金銭が絡むような高プレッシャーな仕事ではなく 仕事量自体も自分で調整できる環境なので 「若い時、必死になれたのはよかったかな」と思ってます。 同じ長時間労働でも、携わる分野や、環境次第で違うでしょうね。

トピ内ID:1436363101

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私の経験

🙂
うさこ
保育士、私立勤務。 1.子どもの目の前で怒鳴られる。 2.絵本の整理で19時~23時まで残る。実際は上司が帰らないので帰れないという理由。 3.行事前には必ず日付が変わる勤務。超過勤務はつかずサービス残業。 4.休憩はなし、昼食は毎日園長の部屋で5分で食べる。 等、私は3ヶ月でやめました。 毎日寝不足、何を言われるかばかり思い、上司や同僚に相談もできず辛かったです。 朝は出勤ギリギリまで横になり、身体もだるく、毎日行きたくない…と思いました。 帰り道では毎日涙が止まらず、食べても体重が減るばかり。職場ではトイレにこもる回数も増えました。 辞めるきっかけになったのは、使ってはいけない牛乳パックの入れ物を知らずに使い、職員全員から攻めらたからです。味方がいない悲しさと、思い描いていた仕事ではなかったことに気づいた時に、こんな職場嫌っと踏ん切りがつきました。 長時間勤務→お金がついたら文句は言わない。 激務→やること多くても、人間関係が良好なら頑張れる。と思います。 人それぞれ感じか方は違います。そんな事で?と思う人もいれば、耐えられない人もいます。どうしたら心地よく働けるか。会社側も働く側も互いに「働きやすい場」をつくる必要があると思います。

トピ内ID:6312543532

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人手不足の飲食業でした。

😨
わさび
私は結婚して退職しましたが、主人は引き続き勤めています。一日12時間労働(まだましな方かも)とか、一ヶ月休みなしとか。 プラスも何も、なんの感情もわきません。ただひたすら目の前にある仕事をこなすだけです。家に帰ってもロボットみたいに寝る支度して就寝、起床、また出勤。思考停止です。顔は能面。 時々脳がリラックスしようとするのか笑いたくなるときがあります。

トピ内ID:0064898247

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全てを糧に

🙂
ナオ
今はおかげさまで余裕のある生活を送らせてもらってる身です。 渦中の時は、とにかく毎日必死すぎて、ほとんど何も覚えてません。日々やり抜くことで精一杯。食べて働いて寝る、みたいな。 で、気がつくといろいろ身についてるといったところ。 もちろんそれに耐えきれず辞めていった人もいるし、私も辞めたいと思ったことは何度もあります。 結果オーライにするよう、自分で導いていくことだと思います。

トピ内ID:7774499898

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視力

🙂
マサオ
社会人になった当時は残業150時間ぐらいは当たり前の世の中でした。朝も始業時間は8:45でしたが、その日の仕事の準備などをするので8時ぐらいに出社。夜は1時ぐらいまで残業もザラで、料金が安かったので会社の近くのラブホに一人で泊まったりしていました。学生時代には2.0あった視力も1年で0.2まで低下。これって労災下りないのかなと思いながら過ごしていました。でも周りもみんな同じぐらい残業していましたし、忙し過ぎて人生を考える暇もなければ過労死なんてことも思い浮かびませんでした。そんな会社に10年ぐらい働いて、大手の福利厚生の手厚いところに転職しましたが、そこは残業もなければ朝の出社時間も自由という夢のような世界でした。業績もよくボーナスも沢山でましたが、不思議な事にそこの職場には鬱病の社員が数人いました。人間、暇があるとクヨクヨ悪い事を考えて鬱病になるんじゃないでしょうか。前の職場は大変でしたが、その日その日を生きるのに精一杯で、鬱病になる暇もなかった気がします。

トピ内ID:2094168834

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退職した者です

🙂
ねここ
朝7時に出て23時に退社したり、土曜日出社したり、 家に仕事持ち帰ってやったりしていました。 会社の慢性的な人不足が原因でした。 でも仕事内容に関する不満は感じていませんでした。 自分がやりたいことをやっていたからだと思います。 辞めた理由は上司との人間関係でした。 いじめともとれる内容だったので我慢できず辞めてしまいました。 上司と良好な関係であれば激務でも続けていたと思います。 現在は残業なし、土日休みの会社にいますが 時間はできても仕事が暇すぎて辞めたいです(笑) 退職理由は人それぞれです。後悔のない選択をしてください。

トピ内ID:1925126341

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良い結果は生まれません

🙂
ソフトウェア開発
ソフトウェア開発で長時間労働をしたことがあります。3ヶ月程度で止めないと精神的にも体力的にも変調になります。 仕事にスピード感が失われて惰性で働くようになります。楽しみは残業手当が増えること位でしょうか。頑張り過ぎて精神異常になる人もいます。結果的に何もいいことがありません。 3ヶ月程度頑張ったら強制的に残業を止めることです。仕事の進捗は無視します。会社の損害など考える必要はありません。自分の体を第一に考えましょう。それが結果的に良い効果と結果を生みます。以上は私の経験から得た教訓です。

トピ内ID:9793250756

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退職理由は一つではない

🙂
早期退職
20年間技術営業をしました。出張はたまにで、ほとんど社内で現場との打ち合わせでした。 業種が特殊でどう考えても残業で乗り切るしかない業種でした。 会社全体で平均残業時間が50時間を超えていました。無論女性事務員も含めてです。 私が平均60時間、多い時で100時間を越えました。 ゼロから客先と打ち合わせをしながら作り上げていく仕事でしたので、充実感・達成感のある 仕事でした。しかしながら残業時間の多さと社内外のプレッシャーで「このままでは長生きできない」と思い、 40歳代中ごろから退職を計画していました。 子供が大学を卒業するのが54歳の時でしたので、その年齢での退職を考えていましたが 大学卒業が2年延びたので57での退職になりました。 退職を決断できた理由。 ** 妻も働いたので経済的余裕があった。 ** ちょうどそのころガンが見つかった。(在職中に完治) ** 退職時期をめざして部下を育成していて、その部下が独り立ちできるほど成長した。 ** やってみたい仕事があった。 ** 妻は100%賛成していたわけではないが、私の体調も心配していた。 (その他もろもろありますが、どんな決断も振り返ると複数の要因があるものです。言い換えると 一つの理由だけではなかなか決断できるものではないと思います) 退職後、それまでやってみたかった仕事を短期や派遣で経験し、10年経った今考えても 退職金や収入の面でマイナスもあったけれど、総合評価としてはよかったと思っています。 今同じ状況になっても形は変われど退職の道を選ぶと思います。

トピ内ID:7920183314

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私の場合

🐱
minon
どっちでもなかったです。残業代が丸々出てたので「金になる」としか思ってなかった。 私は実家がお金はあるけど出ていくほうが多い(父が浮気性でものすごく見栄っ張りで経済観念0、母も仕事もせず)早く家が出たくて学生のころからバイト三昧。家も半分崩壊過程だったので男にも何も期待せずで「30までにとにかく金貯めて自分の基盤を築く!」と決めて仕事してたので残業月100時間とかよろこんでやってました。やりたい仕事でもなかったし、家族と食事しようとも思ってなかったし、スキルとしては身につくかもしれないけど(書籍の編集)、続けていきたい仕事でもなかった。 とにかく金払いのいい没頭できる仕事だっただけです。 退職を決意する出来事は中途入社のおばさんがひどかったこと+取引のあった会社からの引き抜きです。中途入社のおばさんは、いろんな人にそれぞれ悪口を吹き込んで皆に「あなたの味方は私だけ」をやる人で、私はあまり人のうわさや悪口を聞くのが嫌なので聞かずにいたら会社で孤立させれられました。ただあちこちにそれやってたので周りの人も「おかしい」と思い出して、一か月くらいでちょこちょこ「あなた私の悪口言ってるってほんと?」と聞いてくる人が出て「私があのおばさんと話してるのみたことあります?しかも入ったばっかの人に同僚のそんなつっこんだ悪口吹聴します?ふつう」っていったら全員信じてくれておばさんのほうが孤立しましたけどね。そういうのめんどくさくなってヘッドハントに応じて仕事辞めました。27の時です。お金もそこそこたまってましたし。 割り切ってれば精神には来ないんですけどね。思い悩んじゃったり無理しちゃうとしんどいんですよね。きっと。

トピ内ID:3594042728

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残業も、その中身が重要

🙂
手前味噌
時代によって多少の見解の相違はあると思います。 私の場合は、会社がこれから伸びる(ベンチャーではありません。 事業拡大、ですね)時に急に仕事量が増えた際にかなりの残業を やりました。 課貴社として仕事量が増えるということは、個人の担当も それなりに増えました。人材も急に増やせるものでもなく、 過渡期には月に80~100時間弱くらいは残業時間ありました。 昼間は会議やなんかが多く、結局自分の仕事の処理は夕方からしか 出来なく、そこからやれば普通に22時くらいまでかかります。 仕事の能力がない、とは関係ない話で、自由になる時間が極端に 少なかったからこうなったんですよね。 残業代稼ぎのための「残業のフリ」はやってはいけないと思います。 それでも「この重要な仕事は自分のものだ」「同僚(特に1~2年後輩の)には 渡したくない」・・そういう気持ちは強かったですから、 若いうちはそれほど苦でもなかったですね。 どちらかというとプラス思考でした。 もちろん、そんな会社でしたから同僚だけでなく上司も 退社は遅いし、加えて早く退社する雰囲気でもなかったのも 残業に拍車を掛けていました。 そうこうして時代は変わり、18時以降の会議やミーティング招集は 禁止だとかなったわけです。こういう通達を出すのも遅いんですよね。 ある意味、古臭い会社でした。 退職したのは、残業うんぬんではなく上司と合わなくなったこと、 会社の方針に従えなかったこと、ですね。 残業に関して言えば、例えば定時退社奨励企業で隔週6日勤務よりも、 多少残業しても完全週休2日の方が良いし、休日出勤するよか マシだと思います。

トピ内ID:1174638139

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接客業

041
さらら
18歳から30歳まで正社員で小売業で接客の仕事をしてました。 デパ地下での食品販売だったので開店2時間前に出勤して、閉店後は片付け清掃で1時間、その後に事務処理で1時間ていど拘束されていました。 入社当時は週休1日、10時間労働でしたので結構頑張れました。 3年目に大型ターミナルの駅ビルに配属され、早朝開店のため5時出勤、帰りは終電という日々が4年続きました。 アルバイトも足りていない状態でしたので4ヶ月くらい休みなし。休憩もろくにとれないので早食いが習慣になり激太りしました。 それでも業績は良かったですし、周囲も同じ様な状況でしたので不満はありませんでしたね。 過労ハイというか、精神的に充実してる錯覚に陥ってました。 転機は生理の異変でした。 もともと出血が多い体質だったのが、夜用ナプキンが2時間で漏れるくらいの出血となり、塊も増加。 上司からも「顔色が悪いから病院で診てもらったほうが良い」と言われ婦人科にかかったところ、特大の卵巣嚢腫が見つかり緊急手術。 その後、検査をしたところ卵巣癌と発覚し、子宮頸がんも発覚。 休職を余儀なくされ、1年間休んでいる間に「あの時無理しなければ、こんなことにならなかったんじゃ」と思う様になり、復職はせずに退職しました。 残業時間の増加は様々な要因がありますが、接客業については慢性的な人手不足のため社員が身を削って働かなくてはなりません。 営業時間も年々長くなっていきますし、定休日も年2日程度。 もう自分の力ではどうにもなりません。 連勤と長時間残業が続くと思考力が低下して、自分の状態を判断できなくなるんです。 現在は事務職に就いており、多少の残業はありますが、無理せずに働けています。

トピ内ID:3175032161

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人によるかと思います

041
盛者必衰
私は以前、大手企業専門職(商品企画業務系)、裁量労働制で働いていました。 >長時間労働や激務が続くとどんな心理状態になるのか?それと体調も異変が出るのか? 人によって様々です。体を壊す人もいますし、精神的な面を患う人、両方の人もいれば、何事もなく元気な人もいます。 ただし、健康を患うと前向きになれない場合もあるかと思います。仕事を休まなければならなくなる病気を患った場合にマイナス思考に陥りやすくなるのではと推測します。(自分のポジションが危うくなることからの焦りとか) 私が携わっていた商品開発や企画の仕事は、主に自分で考える仕事と、取引企業との間で進める仕事、社内会議や打ち合わせなど社内の人間と連携しながら進める仕事と主に3つの要素を並行して進めていく仕事でした。 主に日中の時間帯は取引企業や社内の人間との打ち合わせに時間を取られる為、日中の残務整理と自分で考える仕事がどうしてもその後の夜間または、帰宅後の自宅になってしまいます。 裁量労働制で働いていても、自分の都合で出退勤出来ることはほぼありませんでした。自分の仕事に携わる人や企業が多すぎて、何かしら呼び出されるからです。 なので結局、強制的にまとめて長期休暇をとるなどしないと、完全に体の疲労は取れないだろうと思います。業界別に全企業がまとめて数週間お休みになるような制度があれば休めるのに…といつも思っていましたね。 私が辞めたのは、体を壊したのをきっかけに、ずっとこの仕事を定年まで続ける自信がなくなった事が一番の理由かな。

トピ内ID:3622663637

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違います

🙂
ネコの國
私もいつもでもないですが、 本当に忙しく、仕事が立て込み連日深夜近くまでの業務が続く時が 年に何回かあります。 そういう時、 人は「無」になるのです。 激務により心や体が疲弊して、 思考回路が著しく鈍るのです。 そして何も考えられなくなり、仕事効率が落ち、 また残業時間が増えるのです。 ただひたすら目の前の仕事を終わらせるだけ。 計画的にもう考えられず、いつ終わるか想像できなくなり、 余計に心が疲弊するんです。 これが一番悪いループだと少し前に初めて感じました。 でも、通常末期でなければ少し余裕が出てくれば、 元に戻れます。 日常的にこういう状態なら、いっそ逃げてしまって、 心身を立て直すことをお勧めします。

トピ内ID:1154710640

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ハイになる

🙂
匿名
あくまでわたしとわたしの周りの話ですが。 それと、完全に「やらされる勤務」ではなく、どちらかと 言えば裁量性による勤務です。 長時間労働が続くと慣れてしまいます。 体はだるいし、疲れてはいるのですが、まるでランナーズハイ?の ように、労働を止められません。 夜10時までいるのがふつうーになってしまうと感覚がマヒします。 定時に帰宅なんて、まるで半日退社に感じます。 結局、好きで仕事してるんだろうな、と自分でも思います。 でも、歳をとるとその労働時間がこなせなくなります。 徐々に定時で帰宅するような生活に戻ると、「いったいあのころ なんであんなに働けていたんだろう」と不思議になります。

トピ内ID:5406867304

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最終的には身体を壊しました

041
ABABA
雑誌の編集関連を多方面にやっておりました。 とにかく稼ぎたかったので、若さもあって朝から夜まで働きました。 会社も芸能人のエージェントのような感じで、互助的なものではなく容赦ない出来高制。 ある意味シンプルで透明性の高い職場でした。 20代半ばで月収100万に届く事もありました。 が、結局体調を崩し退職する結果に。 激務でしたが、まだ見ぬてっぺんの世界への興味、好奇心が原動力でした。 それは結果的に、体力のある若いうちに極限状態の経験ができた事になります。 振り返ってみれば、ですが。 当時は休みは、ぐったりとただ眠ってました。 アフター5なんてなかったです。 人間一度こういう経験をしておけば、飛躍的に能力が上がります。 正当に稼ぐとはこういう事だ、と。 そして小さいながらその後独立して、今も食うには困っておりません。 ただ、トピックの文章を拝見して思ったのですが。 収入に反映していなければ、組織の構造にどこか歪みが生じていると思われます。 誰かがラクして報酬を得ているとかですね。 そういう組織は滅びます。 ストレスも甚大でしょう。 かつて短期間いた職場がそうでした。 早めの脱出を。

トピ内ID:6779472450

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夜勤でした

041
あられ
私の場合ですが、パート夜勤でした 時給もいいため、雇ってもらった事への感謝もあって かなり頑張りました 夜勤なので残業というと変かも知れませんが 出勤時間~14時間後に退社というのはかなりありました 頑張る心理としては、必要とされている感じと それだけ体も頭も動くということを過信しているということです ですが、やっぱりツケは回ってきて ある日から、いくら食べても痩せていく一方になり 眩暈胃痛頭痛と重なり あっという間にメンタルと内臓をやられてました 今思うのは、あんなにハイテンションに頑張ってしまった自分が 考えなしだったと思います  

トピ内ID:5422577433

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一瞬だけど意識が飛ぶ

🙂
匿名
本物の長時間労働は24時間ぶっ通し勤務を超えるよ。 それはもう激務なんてレベルじゃない、意識が飛ぶレベル。 おかげで労基署に何度も足を運ぶ事になりましたが。 1人に対して仕事が集中しすぎてたり、その人しか対応できない仕事が多いとそういう事になるよね。 一般的に既婚者が仕事をやめないのは、結婚しているから、子供がいるから等の理由があるからです。 有能な人や独身は見限るのが早いですから、同僚にバレないように水面下で次の職場探しを始めます。

トピ内ID:1398245613

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目が醒めるのが遅かったけど

🐤
ひなた
建築系末端(零細)の小さな小さな個人事務所(詳細は伏せます)で、設計&デザイナーの専門職でしたが、時に営業も現場管理も、事務も内勤雑用も、全てを含めた業務内容で図面、見積を担当してました。 締め切りに追われ、毎日終電まで残業、終わらなけば泊まりで図面を仕上げ、朝始発で着替えに一度帰宅、朝9時出社しまた普通に勤務、休日も出てましたが、時間外手当は全く無しでサービス、給料は一定額のまま昇給も一度もしませんでした。 資格を取り、スキルアップを目標に35歳で転職したので、最初は希望に燃えていたし、社長の人柄を魅力的に感じ妄信していました。 仕事自体は好きでした。 ですが、同じ立場の同僚との待遇格差に気付き、理不尽な理由で私だけ叱られたり、段々と不公平だなと感じる事が多くなり、人が次々辞めても人員の補充もなく、仕事量だけが増える中、締め切り優先で忙殺される日々、社長に勤務状況の改善を求め交渉するも、より一層冷遇され、評価が悪くなり、私自身の能力不足と言われ続け、のらりくらりかわされ失望感しかなくなりました。 慢性的な睡眠不足と疲労、期限に追われる中で冷静な判断力はもはやなくなり、情緒不安定気味になりました。 さらに、ストレスから来る胃潰瘍、急性胃腸炎、腸ポリープ切除手術、突発性難聴(メニエール病疑い)、婦人特有疾病で手術、生理痛、腰痛(腰椎椎間板ヘルニア)、ありとあらゆる不調が続く様になりました。 丸3年が過ぎようかと言う頃、母親に癌が見つかり、余命わずかと察し、自分にとって何が本当に大切だったのか目が醒め、母の看病と最期を看取る為に退職しました。 直後に母が他界。 自身の結婚、父の他界、そして今に至ります。 いくつか疾病は残っていますし、仕事へのトラウマもあります。が、人間らしい日々に戻りました。

トピ内ID:3076228899

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激務が原因で退職したわけじゃないけど

041
たろすけ
マンションの設計をしていました。 本来の設計業務以外に、マンションは販売業務協力の「特約」というのがありまして、契約に含まれるのでマンションの販売パンフレットなどの作成のチェックをします。 例えば 朝、出勤、社内打ち合わせ、午後は顧客打ち合わせ、夕方戻って、作図指示の打ち合わせ、夜、ようやく顧客打ち合わせの結果を次週に反映させようと取りかかると、バイク便が到着、パンフレットのチェック、しかも明日の朝、返却要望。 次の日は、 深夜にタクシーで帰り、出勤、昨日のチェックバック発送、役所用書類の作成、現場打ち合わせ、施工図のチェック、パースやCG、模型の打ち合わせ 激務の理由は、業務量の多さではありますが、担当物件ごとに人数が増えればいいかと言うと、そうでもないところがありますね。パンフレットのチェックに関しては、広告会社も大変なんでしょうけれど、自分たちは昼間作業して、私たちに夜中にチェックしろっていうスケジュールなんですよ。(広告会社とは契約関係にないので、顧客の方針ということになりますが) 根本的な原因は、タイトなスケジュールだと思います。 終電間際に、顧客から電話があり「終電なので…」と言っているのも聞いたことあります。FAXで顧客から要望の間取り図が届き「トイレないし」と笑ったことも。 (顧客も深夜まで動いているので、そりゃ、頭も回らなくなります) 妊娠を期に、スケジュールに比較的余裕がある分譲ではない物件の担当になりました。(それでも20時ぐらいまで残業してましたけど) 退職は出産を控えた時に、育休とって復職しても同じように働けないと思ったからです。 私は、特に心理的にも体力的にも変化はありませんでした。

トピ内ID:4093928843

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年間4日の休日

50代半ば
友人の話で恐縮ですが、タイトルどおり 20~30代は季節ごとの年間4日の休日だったそうです。 あまりに休みがなく、家に帰ってこないので離婚もしてました。 さずが40代では週1日は休んで、社内で再婚も果たしましたが、 50代半ばのある日、心臓疾患で突然死しました。 葬式の際、「会社に住んでいる」と言われるぐらいだったようです。 傍からみると、マラソン選手のランナーズハイの状態だと思います。 頭と身体が切り離されて、身体は悲鳴を上げていても、 アドレナリンが出ていて、脳がその苦痛を感じず、 むしろ快感になっているのだと思います。 健康診断の結果もずっと悪かったようですが、根拠のない体力への過信が、 彼を短命にさせていたと思います。

トピ内ID:0427899826

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私は転職しました。

🐤
玉子焼き
私は印刷会社で働いていましたが、残業が多く休みも少ない環境で最終的には体を壊して辞めました。 ギリギリの人員だったので、休んだり辞めたりすれば他の社員に迷惑がかかるし、他の社員も皆んな残業していてそれがあたりまえになっていました。 皆んなやめられたら自分の負担が増えるので、皆んなで頑張って乗り越えよう、という雰囲気の中で辞めたいということを少しでも漏らすと、まわりからハブられるような感じでしたね。辞めたいイコール根性がない。という雰囲気でした。 しかし帰宅しても寝るだけ、週一の休みは昼過ぎまで寝て、それでも疲れは取れず、ただただ毎日忙しいだけで、ゆっくり自分のことを考える暇も余裕もなくなっていきました。 私がいないと会社がまわらない。と思っていましたが、誰が辞めても会社は何とかまわるんです。体を壊してまでしたい仕事なのか?自分の人生が会社中心で回っていることに違和感を感じました。 このままではいけない、という焦燥感にかられて生き方を変える為に仕事を辞めました。 以前に比べると収入はかなり減りましたが、自由な時間と健康を取り戻しました。 以前は季節の移り変わりなどに目をやる余裕が無かったのが、今はよく空や星をみたり、朝日や夕日を見て綺麗だと思える余裕が生まれました。それだけでも会社を辞めて良かったな、としみじみ思います。

トピ内ID:5434890202

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若いころに自分の基礎を作った

😣
黒猫
結果としてはね。 入社してすぐに丸1年ほど毎日終電まで、土日どちらか1日は出勤って感じになりました。 その後一段落したのですが、ワープロ導入に合わせて手書き資料を電子化したり、PCの拡大導入に合わせて資料を同じく手直ししたりを自主的にやり、似たような状況が2-3年続きました。 私の信念は「同じ手間を繰り返すのは絶対に嫌、そのために初回の労力は惜しまない」という事でしたので、上記の結果データが蓄積されテンプレートが出来たので業務が効率化し手計算作業が無くなったので、より「考える・検討する」事に時間を割けるようになりました。 今は残業しなければ回らない事を改善して時間内に出来るようにするとか、より深い知識を得られるとかいう事なら「若いうちの苦労は買ってでもしろ」です。 しかし「俺は手書きが好きなんだ、この方が上司に対して説得力がある」と作文に時間をかけてる先輩もいましたので、こういうタイプに仕事だと進歩、学びは無いと思います。

トピ内ID:3257991882

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そこそこ激務でした

🙂
らっぱ
とにかく「注文がないと作業ができない」という仕事で、 注文さえあれば、 「午後7時に注文が来たから、翌日の朝イチに仕上げてね!」 ということも当時はざらでした。 若かったので体調面はどうにかなっていましたが、 激務の状況を改善しようと頑張っているうちに、ふと 「ああ、この会社は変わらないんだ。  私が何を頑張っても、このやり方が続くんだ」 と思い、突然やる気がなくなりました。 おそらく自分は 「現状は自分の力でどうにか打破できる!」 という確信があれば割と頑張れるタイプなんだと思います。 それが無理だと悟った瞬間、心が折れました。

トピ内ID:5194096757

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ただの長時間労働ですが。

匿名希望
販売職だったので、単純に人がいない。 スーパーでしたので、ほかの売り場のレジがしまっていると すべての商品が私の売り場のレジに集中。 9時から21時の営業時間になって、もう家には寝に帰るだけ。 今はできてもこの先を考えたら、この仕事は無理だと思って退職しました。 でも体壊してしまったので、予定通り3年で辞めるべきだったと後悔しています。 今は事務職に転職。 いろいろ不満はありますが、シフト勤務でなくなり楽になりました。 私が働ける間は事務の仕事がなくならないことを祈ります。

トピ内ID:5857898669

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