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自分が将来死ぬと考えると怖くなる

レス27
(トピ主 1
041
TからF
ヘルス
普段の生活している時は、どうせいつかは死ぬ時が来るのだから仕方ないと思うのに、お風呂に入っている時など誰にも干渉されない1人の時間のような時になると、自分が死ぬ事を考えると怖くなり、余命が分かったらおかしくなってしまうのではないかと思って過呼吸になりそうだったり、耳鳴りがする時があります。一時的な事なので少し休めばおさまる状況です。 更年期に入っているせいで、精神的にも波があるからこのような事を考えるようになってきたのかなと思いますが、 ちゃんと意識がありたい、まだまだ子供が成人になるまでしっかりしていたいと思ってしまいます。 結婚、出産、育児と自分の環境が変わり、今まで見えていなかった周りの事が分かった部分があり、憤りを感じたりしています。 歳を重ねていくにつれ死に対しての恐怖とかを感じたり弱さが出てくる時などはどうしたらいいか分からなくなります。 普段生活しているうえでは、そこまでネガティブになる事はないですし、過去にも精神的に病んでしまったりという事もありません。 これから高齢になると死に対しての考え方も変わってくるのでしょうか?諦めというか、怖さも薄れるものなのでしょうか?感じ方も人それぞれと言えばそうだと思います。何かいい捉え方などがあったら教えて欲しいです。

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レス数27

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ペットや実両親の看取り

🙂
りーず
50代以上の人なら経験があるのでは。 話を聞いてみたらいかがでしょうか。 後は先人の知恵です。 図書館に行って死生観や 闘病エッセイなどたくさん借りて 本を読んで知る。 よく分からないから怖いのでしょ。 これまでの時代の人達は みんなちゃんと看取って ちゃんと死んでったわけですから。 あなただけ出来ない事ではないはず ですよね。 みんな死ぬのは初めてなのよ。 身近な人が ちゃをんと死にゆく様で学ぶのよ。

トピ内ID:f2faa901a4e0ecdc

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まあ否応なしに

041
パール子
五十代です。 卵巣がん再発で腹膜播種・腹水貯留で余命宣告というのかなあ、 「1年もたない可能性が結構ある」 と去年の11月頭に言われました。その後骨転移も起きてる。 1年って、あと4ヶ月かな。 余命宣告で思ったのが 「めんどくせえことが山積みだあ、嫌だなあ」 です。今も思ってます。 断捨離(これがなー。大量の本がなー)・葬儀や墓をどうするか問合せや話し合い・カードやら口座やらアカウントやらの整理・家の諸々の雑務についての夫への書き送り・遠方の親兄弟への挨拶・在宅クリニック手配訪看さん手配・緩和ケア病棟やホスピス探し… 一生懸命やり始めたけどあまりにめんどくさいから途中で放り投げてサボってる。まだ捨ててないものがいっぱいあるし、棚上げ中の懸案事項も多い。  だから私にとって死は「凄くめんどくさいもの」です今のとこ。 夫や子供たち(成人はしてるけど学生)に迷惑かけるなあ、できるだけ迷惑かけたくないけどやっぱめんどくさいのよなあ、一生懸命支えてくれてるのになあ…と、日々困ってます。困りながら小町見てる。何やってんだ。抗がん剤でダルいのと腹水ぽんぽんであんまり動けないのよ。 総じてあんまりドラマチックではないです。ごくごく日常的にめんどくさかったり困ったりしてます。 まあ次は「はいもう使える抗がん剤がありません、あとは緩和でやっていきましょう」と言われた時に私がどうなるか、取り乱すのか?それとも相変わらずめんどくさがってるのか?それとも思いもよらない心境の変化があるのか?ですが、それはその時になってみないと分かりません。 死ぬとなったら否応なしに自分なりのスタンスができてくるから、今からそんな悩まなくてもいいと思いますが。

トピ内ID:1183a0452408aba7

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同世代です

🙂
さあさあ
私も更年期で体の不調が多々あります (笑) サプリ飲んだり、だましだましやってます。 でも死ぬのは別に恐怖でもなんでもありません。 そりゃうら若き十代で余命なんて言われたら悲しいですが、そこそこおばはんになりましたんでもういいです。 まあ美味しいもの食べれなくなるのはさみしいなあとは思いますよ。 母親を見送るまでは死ねませんが、何歳で死んでも後悔はないかな。 人は死ぬんです。 だから生きてる間は、しょうもない悩みなんかに時間取られるのが嫌なんです。 心配して過呼吸とか、無駄無駄! そんな暇あったらプリン食べるわ。 自然災害も戦争も病気も自分では何にもできない。 だから普段の当たり前の平和な時間は楽しく笑いなさいよ。

トピ内ID:0c25de07864e35c1

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死ぬ為に生きている

🙂
P子
私、今77歳です。大昔、小学6年生の時、友人と学校帰りにその友人がフト言うんですよ(ね~人間死なないでずーっと生きて行くって怖くない?底なし沼に落ちて行くみたいにさ)って。子供ながらに哲学だ~と思ったです。 一瞬えっ?となったけど、確かに考えたら、死という概念がなく産まれっぱなしで 此の世にず~~~~と存在し続ける自分を想像したら怖い上に、毎日永遠に続く同じ事をし続けるって面倒臭いと私は其の時思ったわ。顔や体もどうなるんだろうとかね。 親にその事を言ったら「バカ!だから一杯勉強して、また次に産まれて来る時に人間に生まれるようにしておくんだ・)みたいなこと言われました。 死があるから、苦しくても安心して今を生きていられるって事で、私は死ぬまで頑張って綺麗に生きて行きたと思っております。

トピ内ID:298148ab90c13c31

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今を大事に

🙂
あんこ
更年期とのこと、少し心が、ナイーブになっているのかも知れませんね。 人間は、生きたいと思って生活を送ることが、本能だそうです。 なので、死というものが、怖く感じるのは、普通のことかと思います。 が、人間は、誰もが最期に死にますね。不老不死の生き物は、いませんね。まして、普通に生活を送っていたら、その最期は、いつなのか?誰もわかりません。わからないことを、延々と考えて、不安に感じても、こたえは出ませんね。 こたえが出ないことに、時間を費やすのは、もったいないですよ。 お子さんもいらっしゃるようですし、お子さんの将来や、ご自身の興味のあることを探してみたり、本を読んだり、何か楽しいことに、目を向けてみませんか? 生きている、今を大事に過ごしましょ。

トピ内ID:239c8dbb1bea1651

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私は死ねないことのほうがこわい

🙂
50くらいの
子どもの頃のイメージは、 『おばあさんがしんでしまいました』 というのは、 あかずきんちゃんのおばあちゃんみたいに、可愛いベッドで寝ているおばあちゃんが、 眠るように天に召されていくような様子でした。 50代になった今、親の介護・義親の死に直面し、 高度成長期を支えてきた親世代が、 美味しいものたくさん食べて、ウォーキングに精を出し、医療機関にも心置きなくかかれて、サプリも大活躍、働き者で身体は丈夫、 そんな親をいかに快適に送りだしてあげるかに心血を注ぎ、 これを将来子どもにさせるのか、動けない身体にもどかしい思いをするのか、 と気持ちがザワザワしています。 きれいに枯らしていきたいので、ほどほどに栄養をとり、ほどほどに身体を鍛えて、ほどほどに医療の力を借りたいと思っています。

トピ内ID:dbc073933b470b3c

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みんなそうだと思う

🙂
ゆらん
20代、30代は手に入るものが多かった。 50超えると失う物ばかりです。 人生100年と言われますが50歳超えればカウントダウンが始まってくると思います。 50歳前後で更年期、節々の痛み、疲れが抜けない、落ち込み(←主さんは今ここだと思う) そして60歳~で定年や年金の老後の準備に入ります。 自分が働きだした頃の上司はどんどん亡くなる。 子供は成人し親元を離れていく事で、鬱になる母親も多いです。 年下の人が亡くなることも多いし、もちろん同世代、癌になって入院している、や、介護の問題。 そんな話題ばかり聞くようになるでしょう。 テレビでも毎日のように有名な誰かが死んだってやってますよね。 これからもっと増える時代に突入します。 そうこうしているうちに両親が病気、入院、、、、 みんなその中で生きています。 寝る前とか、死の直前で死ねなくてチューブをたくさんつけている自分を想像してしまいます。 私も怖いです。 みんな口にはしないけど怖いに決まっています。 あまり先の事を考えずに今楽しむのが一番だとそう言い聞かせています。 死が近づいてくきて、周りの人達もどんどんいなくなる、亡くなったという情報ばかり耳に入ってくるのに怖くないわけがありません。

トピ内ID:d515af1835dca731

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私の場合

🙂
ぽち
65歳。 ばあちゃん子だっので(ばあちゃん明治生まれ、ばあちゃん子供6人産んで3人亡し)毎晩毎晩、亡くなった子の話を聞いていて。 いったい、自分が死んだら、自分の意識というものは、どこへ行くんだろう?というのが、怖かった。 次に、怖くなったのは、子供を産んでから。 こんな怖い人の世に、大切な子供を産んで。この子たちは…。のような恐怖。あのマタニティーブルーなのかもしれません。 現在。 親も義両親も、とりあえずつつがなく見送り、 子供たちも、私のできる限りのこと(大したことはしていない)をして、自立してくれていて、いつ死んでも、とっても幸せな人生だったな、子供たちにも「お母さんは幸せだったな」と思ってもらいたい。 道端のお花や草の様に、綺麗に枯れていきたいもんだな、と思っています。 自分が納得できる人生を(そんなもん、なかなかできないですけど)生きるしかない。のが、人の生き方かな?と思っています。

トピ内ID:9b5203934d6962be

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単純に怖いですよね。

🙂
みやん
いつか死ぬ。だたそれだけなんだけどね。 この間テレビを観ていた時に、 癌患者の(多分、自分の死期も感じている)高齢男性が話していたのですが、 「ただ癌になっただけ、生まれてこれただけで十分幸せだよ」 そう素直に思えたら、幸せだな。と思いました。 私も最近、死について考えることがあって、 ちと胸に止まったので、伝えておきますね。

トピ内ID:e13e83a708b3b3c8

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人間、最期まで耳は聞こえている

🙂
うちのたま
と思うと、怖いですね。 医師や家族からは、脳死に見えるのに、実は私は耳がよく聞こえている。 と想像すると怖いです。 「この後、どうする?ステーキでも食べに行く?」 「もう、そろそろかな?」 などと、病室で笑い声が聞こえてきたら、ショックですね。 私が死ぬ時は、「雑音が聞こえないように好きな曲をノイキャンのイヤホンで聴かせてね。」 と、一番信頼できる家族に頼んでおこうと思います。 単なる気休めですが。

トピ内ID:7efe71899a38561a

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大丈夫ですよ。

🙂
梅雨のじめじめ
50代ですが体力が落ちたり、出来る事が減ったりというのは普通です。 そんなに頑張らなくても、これが自然なのだと受け入れられるようになりますし、色々わかるからこそ、各々の価値観を受け入れられるようになります。憤りなんて疲れる事は考えなくなります。 更年期の不安もあるのかも。 個人差はあると思いますが、更年期が終ると楽になりますよ。 死にたくないとバタバタしてる人は見ませんよ。

トピ内ID:15268a8e66b3c6bd

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要は・・

🙂
フカ
確かに、自分が、亡くなるのは、怖いですが、余命はわかった方が自分なりに覚悟や遺言を残せると思います。 自分のことと言うか、亡くなっていく人間はどうしようもない、要は残された遺族ですよね。 勿論、親族が亡くなって悲しくて、ショックですが、考えようによっては、亡くなってくれて、ほっとする親族もいるかも・・ 要は、遺された、親族の問題ではないですか?

トピ内ID:ac94639b0643e1a6

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夫が迎えに来てくれるから

🙂
アラ還ばあちゃん
50代で夫を病気で亡くしました。 亡くなる前に「お前を迎えに行くからな」と言ってくれました。 ですから、夫とまた会えると思えば、死は怖くありません。 あの世で、数十年前に亡くなった両親にも会えると信じています。 お迎えが来るまで、楽しく生きていきたいです。

トピ内ID:35e9c35bde1bafb3

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60の声を聞くと

🙂
レイ
更年期もそれほどひどくなく、無事乗り越えた〜とノンビリ構えてたら、60間近になってガクッときましたね、不調が。 その時思いました。 細胞レベルで高齢者になる準備してるわ〜と。 筋肉が削がれたように落ち、50半ばより体力もなくなって、前より動き回れなくなりました。 同時に、友人の訃報や入院手術も増え始め、親の年代のこと、と思っていた死が身近に感じ始められるように... その時思い出したのが、祖父母や父親のこと。 うちは、父方の祖父母以外はほとんど家で最期を迎えているんですが、老衰であれ末期ガンであれ、死が近づくと食べなくなり、眠っている時間が増え、爪や唇の色が悪くなり、呼吸が浅くなり、下顎呼吸が始まるといよいよ何時間かでお迎えが来る、みな共通しています。 痛みがある場合でも、モルヒネポートを埋め込むので、膵臓がん末期のおじでも疼痛コントロールしながら自宅で最期を迎えていました。 祖父母も父もおじも、意識朦朧としながらでも、家族にお礼を言ってましたね。 自分に降りかかる死はどんなものかはわかりませんが、死ぬ直前はクスリを使わなくても脳内物質がなにか出るのか?朦朧としながら眠るように亡くなる身内が多かったので、案外、死は怖くないんだなあと思っています。 死よりも、父やおじの場合は、叩いても叩いても再発するガンのしつこさが嫌だったみたいで、再発を聞かされる度にひどく怖がり落ち込んでいましたね。 ガンの末期や、後期高齢者になって、もう自分は何時何時...と思えるようになると、案外開き直って1日1日今日も大事に過ごせた、と先のこと考えずに過ごせるみたいですよ。

トピ内ID:a93e9c9305cd61e9

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私も怖かった

🙂
確かに怖い
でも、 どんな偉人も死んでいるしな、 と思うことで、 楽になりました。 私なんかより、 ずっとずっと世のためになる人も必ず死にます。 私が死ぬのも必然。

トピ内ID:ba9f0b1df66daf5e

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レスありがとうございます

🙂
TからF トピ主
貴重なご意見をいただき、いろいろな捉え方が出来るんだなと感じました。 皆さんそれぞれの状況立場で考えている事、とても参考になりました。 またレスくださった皆さんにとっても、あらためて考えてみたり参考になったらいいかなと思いました。

トピ内ID:a1820289adbacfbf

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死ぬのが怖いのは

🙂
匿名
みんな一緒ですよ。 とある漫画家さんが人間が死なない世界になったら、それはそれで大変だと言っていました。 食糧も、あっという間に無くなるだろうし…

トピ内ID:f8ccf31aaa591e9d

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よく動きよく考える

🙂
よく遊びよく学べ
>お風呂に入っている時など誰にも干渉されない1人の時間のような時になると 考えることが無くなると、脳は手近なものを選んで考えるように仕向けるそうです。不安ネタは割と楽に考えることができる案件だと思います。 で、こういう時に思いつくネタは、回答がなくていつまでもグルグル考えることが出来る、脳にとって都合の良いスルメや味の変わらないガムのようなネタだと思います。死の恐怖なんて、打ってつけ、です。 少し、脳が暇だと言っているようですから、何か脳に考えるネタを作ってあげてください。人に会う、家事などで体を動かす、などは頭を使うので良いと思います。 また、老化によって思考力が落ちてきたために感情制御が難しくなっていることも原因の一つだと思います。 つまり、そこまで高尚な話ではないと思います。 >諦めというか、怖さも薄れるものなのでしょうか? さらに老化が進み体力が一層落ちてくると怖がる思考活動に要する思考力や体力もなくなるので怖くなくなると思います。 >今まで見えていなかった周りの事が分かった部分があり、憤りを感じたりしています。 そうした自らの成長の結果、と思いたくなるところですが、単純に感情制御力が落ちてきただけだと思います。。 >歳を重ねていくにつれ死に対しての恐怖とかを感じたり弱さが出てくる時などはどうしたらいいか分からなくなります。 別のことを考えた方がいい、と言う指導を受けることが多いと思います。 よく動きよく考え、お風呂に入る時にはくたびれていっときも早く寝たいと思うようになりましょう。 どうにも制御できないなら、メンタルクリニックへ行って安定剤をもらうと良いでしょうが、いちばんの薬はよく活動することだと思います。

トピ内ID:fc0586e7daa87cae

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ふんわ~り、ぬる~く

🙂
ちよ
「古神道」について興味を持ち、 きっちりかっちりじゃなくていいから、ふんわりとでも知ってみるのはどうですか? 国家神道ではなく、古神道のほう。 難しいところはひとまず置いといて、 ご自分の安心に寄与する部分だけ、 都合よく引っ張ってきて採用するのもありだと私は思います。 人間の構造とか、他界観とか。 これらを知るだけで、怖さってだいぶ減る気がします。 加えて、「中今」。 これは、今の主さんにとって非常に重要なポイントになると思います。 「今ここ」「感謝」「歓喜」です。 これを理解し、実践できるようになれば、更に怖さって減ると思います。 上だけで大丈夫な気がするけど、最後にもう一押し? 「意識が途切れる瞬間って・・・」とか、 「意識が途切れた後、どうなってしまうの!」 そんな不安には。 「毎晩、意識失ってるでしょ。あれと同じよ」と考えれば、 「ああ、そんな感じなら・・・(まあ、大丈夫か)」と思えませんかね? 実際、同じかどうかなんて、 (私は経験ないし)わかりませんけど。 でも、同じって思っておけば。 同じなら、別に怖くないじゃないですか? 気付いたら、いつの間にかおちてるって感じでしょ? 毎晩寝るとき、いちいち、 「このまま覚醒しなかったら、その後、どうなってしまうの?」とは考えないでしょうけど、 それを言えば、死ぬときだって、 「まさかこれが最後とは・・・」という感じでいちいち考えないかもしれないし。 そもそも考える余裕もないんじゃないかな、と思います。

トピ内ID:cff77a65403c619e

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紅顔の美少年も夕べに白骨と化す

🙂
ぎんねこ
お経を熟読すると、盛者必衰、または命は儚いことが書かれています。日本人の死生観というのは仏教の教えから来ています。 死ぬのが怖いなら、お経をしみじみと読んでみたらどうでしょう。仏に手を合わせ、神棚に祈る、そのうち何か見つかると思います。 最近の話ですが、鎌倉の杉本寺に参拝しました。鎌倉で一番古いお寺ですが、何か心に深く残るものがありました。 死が怖いとき神仏と対峙して祈るのはどうでしょう。自分を超越する何かとの対話が必要だと思います。

トピ内ID:17b761ab868c31f3

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死ぬこと

🙂
海賊の妻
私も高校生の頃から自分はいつか死ぬのだと考えるようになりました。まず大好きな父が重症の心臓病でほぼ寝たきりでしたのでいつか来る父の死が怖くてたまりませんでした。それで死に関する本を沢山読みました。父は頻繁に心臓発作を起こし酸素を吸い、夜中でも親友だった医師が来てくれました。そして私が22歳の時まで生きてくれて死にました。あの時程悲しい事は無かったです。 父は私がキリスト教徒になる事だけを望んでいました。私は父の願い通りに信者になりました。 しかし、最近私の周りは死んでいく人が沢山いて死に対する恐れは日常の中で当たり前のように通り過ぎ、ついに家族もみんな死んで、私は72歳になりました。私は後20年は生きられないでしょう。死ぬと言う事はもう会えない事を意味しています。 私の教会は事情があり今は教区から順番に色々な牧師が来てくださいます。ある牧師は、キリストが十字架に付けられる前に弟子を集めて「もうすぐあなた達は私に会えなくなる。私のいる所には来られなくなる」と言った聖書の話をしました。何故か自分に言われたのだと思い涙が出ました。夫も母ももう会えない所に行ったのだと言われたのだと思ったからです。 またある時は「人は与えられた使命を果たし終えた時に死んで天国に行くのです」と言った牧師がいました。その時に私は思いました。人は死ぬために生まれたのではないのだ。何かやるべきことが有って生まれて、それをなし終えると神様の国に行くのだと気が付きました。 思えば看病だけの人生でした。ヤングケアラーどころかチャイルドケアラーだった私は、母を見送るとすべてなし終えた感がします。しかしこうして生きていると言う事はまだ何かやり終えていない事が有るのかもしれない。 70歳を過ぎた頃から体力が無くなり病気ばかりしている私にもまだやる事が有るのかもしれない。 平穏な暮らしの中で静かに生きて見ようと思います。

トピ内ID:61b5f4aab0c6a432

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考えない

🙂
ごんた
考えたって答えはないですよ?? そんなことに、時間使ったり、過呼吸になるくらいなら、今を楽しめばいいと思います。 健康でしょう? ぶっちゃけ、それだけで奇跡ですよ。 当然ではないですから。 戦争や災害で突然命を奪われるわけでもない。食べ物がなくて餓死するわけでもない。 人間以外の動物なんて、〝邪魔〟〝不快〟という理由だけで、問答無用に人間に命を奪われるのだから....。 なので、今日生きてるだけで大満足。 寝る時に、今日は頑張った、笑った! と思えるくらいに楽しめばいいですよ。 そして次の日の朝、目覚めたら、神様サンキュー!今日も生きれるぜ〜。って。 毎朝、そう思って生きてますよ。

トピ内ID:b656d09ca50fb2cc

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うんめい

😅
なんちって!
死は突然、理不尽に訪れる…と言ったのは、シンガーソングライターの小椋佳さん。 私はそれを身をもって経験しました。死をコントロールする事は誰も不可能なのだから、それに怯え暮らすことは理にかなっていません。 神仏に教えを乞うのも人間ならでは。近頃はサミュエル・ウルマンの、十六行ほどの詩を読むことが心の支えになっているのかもしれない…なんちって

トピ内ID:b6a4e62b6e3a02e2

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誰かを看取ったことがありますか?

🙂
とまと
高齢者と一緒に暮らすと死別が身近になります。ああ、こうやって人は死ぬのだと目の前の大切な人の死を通して実感することで、得体の知れぬ死が現実のものと認識できます。 人はいつかは死ぬ、それは誰にも必ずやってくるもので、誰一人死ぬことに失敗した人は居ない。心配しなくてもトピ主も必ず死ねます。 私達が死を恐れる幾つかは事前に対策が可能です。 大切な人との別れが不安な人も多いでしょう。 残す家族、特に血を分けた子が幼ければ不安で一杯になります。愛するパートナーとの別れも同様。 大切にしてくれた両親よりも先に逝って親を悲しませるかも知れない。 そういう憂き目に遭わぬように人は体に気をつけて健康で長生きできるよう努力しますが寿命は抗えません。 ならばいつか死ぬと達観して、残す人にしっかり別れを告げて又あの世で会おうねと伝えれば良いのです。 私は幸か不幸か独り身でもう家族と呼べる大切な人は居ません。だから心置きなく死ねます。 私は特定の神仏を信じる訳ではありませんが、絶対人は無から生まれないはずで、そこには偉大な力が関わってると思うのです。 そういうのを無条件に信じてるから、人が死んだら何も残らないとは絶対思えない。霊魂なのか何なのかは知らないけれど、絶対あの世があると信じてるので何も怖くない。 私に恐れがあるとすれば苦しい痛いのは嫌だから、医学の力を借りて事切れる寸前の苦しみを軽減して欲しいというのはあります。 でもそれも、今まで一杯の人が経験してきたのだから、私に乗り越えられない筈はないと何となく気軽に考えています。 私は大切な肉親の死を経験して、死が怖くなくなったし幽霊や亡霊等も全く怖いと思わなくなりました。闇夜もお墓も恐ろしくありません。 私が一番恐れてるのはゴキブリです。あれだけは本当に無理。 何とか言う認知症は幻覚が出るらしいから、それが一番不安で怖いです。

トピ内ID:e0d3d3255d410a3b

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たくさん良い思い出を残すために。。

041
期限
どんなに美味しい食べ物にも賞味期限があります。 そして、人は、その賞味期間中に、 できるだけ美味しく、楽しみながらいただこうとするのだと思います。 人生も似たようなもので、 人は、人生に限りがあると分かっているので、 その期間、できるだけたくさん良い思い出を残すために、 できるだけ有意義に生きようと心掛けているのだと思います。 人生を有意義に過ごす、という考えも人様々で、 自分にとって大切な人や社会のために、何か役に立ちたいと思う人もいれば、 自分は、ただ楽をしたい。そして、得をしたい。 損だけはしたくない、と自分にしか関心がない人もいます。 いろんな人達が、いろんな違う環境の中で、いろんな事を感じ、考えながら、 賞味期間と同じように、限りある人生を歩いているのだと思います。 大切なのは、人生に限りがある事を知る事ではなく、 その限りある人生で、何を想って、何をするか、だと思います。

トピ内ID:ffbac62f054f5121

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子供が一人前になりしっかりするまで

🙂
ぎんねこ
子供や孫がしっかりするまでやはり、命は続くと思います。私の両親は、孫娘が、二十歳になり成人式を迎えてから、父が胃癌で亡くなり、孫娘が大学を卒業して、就職した年に母が亡くなりました。やはり、孫の行く末を見守って旅立っていったと思います。 トピ主も子供がしっかりするまではあの世に召されることはないと思いますよ。 私の場合、孫が生まれるまでは、召されることはないと思います。 譲り葉のように次世代に譲る時に旅立つのだと思います。 子供や孫というものは我々の希望です。行く末を見守るのは親の使命と思います。

トピ内ID:17b761ab868c31f3

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具体策:やりたいことリストと、ワイヤレスのお風呂用スピーカー

🙂
アラカーン
私も昔から(子供の頃から)夜中に考えて怖くなってしまうことがよくあります。 そんな時には、明日にでもやった方がいい「やりたいこと・やるべきことリスト」のことを考えます。 まずは無理やりでも一番安易な、例えば「あれが食べたい、あそこに行きたい」とか。 逆に嫌な事も考えます。あの仕事をしなきゃないなんて、死ぬのも嫌だけど仕事も嫌だわーとか。 若い時は「死ぬのも怖いけど受験勉強もキツいな、そのあとは就職か。人生まだまだやること満載だな」と漠然とした死の恐怖からスーっと冷静になったりしましたね…。 他にも前からやろうと思ってやってなかったこと、昔から夢だったのに行動力が足りなくでやってなかったこと等…。旅行とか、起業とか。 死ぬ前に気に掛かってることをやってしまわないと、そうそう、まだまだやるべきことがいっぱい、死ぬのを怖がってる場合じゃない、って気持ちが切り替わります。 あと、私もお風呂に入ると色々考え込んでしまうタイプなので、お風呂場でポッドキャストなどを聞くようにしています。本を持っていくこともあるのですが、時間の感覚がなくなって長湯してしまうんですよね。 ワイヤレスのお風呂用スピーカーがあるので一度試してみてはどうでしょう。

トピ内ID:6aa050cc464460f7

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