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やりたいことがない、見つけられないのは自己責任と思いますか?

レス52
(トピ主 3
041
子羊
話題
職業選択についてです。 大人になって就いた職業は、動機、経緯、人によって様々でしょう。 理想を追求しだすと結局のところ、人って環境による影響で作られていくものだと感じています。 特にやりたいことがない劣等感で苦しんでいる人が、自分含め意外といることに気づきました。 自己決定能力というのはどうやって培っていくものなのか、どなたかレクチャーして頂けると幸いです。 よろしくお願いします。

トピ内ID:753897d9a1a59d12

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レス数52

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最初から仕事に求めていません

🙂
メンタル強い夫婦
最初から仕事はお金を稼ぐ場所と割り切っています。専門の資格も取らないから費用もかからないしその職種に執着していないので現実と違っても辞めれば良いだけ。その方が職業選択は広がるし働いていてストレスもないです。 仕事が終わって本来であるプライベートの時間を充実させて来たので最高の人生。夫婦で心身共に健康だから共働きで資産もしっかり。 人生で何が大事って会社より仕事より自分の時間では?やりたい事がなくて劣等感なんて持つんですね。でも働かない選択は人生に無いし職種にこだわるほど富裕層なのかな?生活費が必要なら働くしか選択無いだけの話な気がします。

トピ内ID:e0a3c44aa4aaa2a3

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抽象的すぎてよくわかりません

🙂
李来人
職業選択って、新卒の話か転職の話によっても違います。 働かなくても生きていける人と、働かないと生きていけない人でも違いますよね。 学歴でも違います。中卒と大卒では選択の幅に大きな差があります。 あろ分からないのが、特にやりたい仕事がないって劣等感なんですか?初めて聞きましたが、トピ主は学生でしょうか? その劣等感に苦しんでいる人ってそんなに多いんですか?判断基準がわからないからどんな仕事を選べばいいか悩む新卒の話ですか? どういうケースを想定して何をレクチャーしてほしいんでしょうか。抽象的すぎて質問が何なのか全く分かりません。

トピ内ID:07ddb0cca1f9477c

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頑張るのが先

🙂
もっさん
「やりたい事が見つかったから頑張る」 多くの人がこう思ってますが間違いです。 「頑張るからやりたい事が見つかる」 正しいのはこっち。 本当にそれが自分に向いているか、成功できるかは、実際に頑張ってみないと分かりません。 ただし頑張った結果がダメならかけた労力は無駄になります。 (運が良ければそこから別の道が見える事もありますが) それでもお宝を見つけるには底の見えない穴に身を投じるしか無いのです。 何度も傷付きながら穴に身を投じてお宝を見付けられなかった人には同情します。 しかし何もせずに空からお宝が降ってくると思ってる人は自業自得だと思います。

トピ内ID:a5d2539c7f8bc2d3

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レスします

匿名
「やりたいことが見つからないまま生きてきた」という大人に共通するのは、社会への視野・視点の大小に尽きます。 私たちは小さいころからスマホやTVや商業施設、コミックや服などなど、あらゆる万象に囲まれて生きてくるわけですが、そういった物事に関して受動的姿勢な人と能動的姿勢な人の間には圧倒的な差異があります。分かりやすい例では、 ペットショップで「ワンちゃんかわいい~」と反応する人と「この犬たちはどこから来たんだろう」と考える人と分かれるように、その差異は本当に小さな頃からある。 では、その姿勢の差異は何から生まれるのかと言うと、身近な大人がその子にどう関わってきたのかが大きい。そして、その大人が社会とどんな姿勢で関わっているのかにも大きく左右される。 ここまで書くと「やりたいことがない」とは知性の高低に関連付けられがちですが、それも違う。 例えば。 雪国の朝に公道が雪かきされて公道としての役割を果たしている。その光景を見た時に「誰がやってくれたんだろう、疲れただろうな」と感じるか感じないか、といった情緒の面にも差異は現れる。身近な大人が誰かの仕事に感謝している様を見てきたか否か?ということ。 簡単に書けば「自分をとりまく世界は誰かの仕事によって成り立っている」という目線を持つか否か。 小さな頃から消費や所有欲を駆り立てられ、経済世界の消費者としてしか生きてこなかった人間は「より多くを受け取ること、手に入れること」しか目線が向かない。「提供する側、差し出す側」にも目線を向けられた人間しか自分の「やりたいこと」は見つからない。 何も特殊なことを目指さなくとも、自分の能力をどう差し出すのかだけを考えれば「やりたいこと」は見えてくる。 「やりたいことがない、見つけられないのは自己責任と思いますか?」という問いへの答えは、 自己責任なんてモンはそもそも「ない」としか言いようがない。

トピ内ID:7eacd7cab7ea7394

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小さな決断の積み重ね

🙂
yuki
やりたい事がない人って、私からすると「何もしてこなかった人」と映るんですよ。 やりたくない、興味がないことを最初から排除すると、ものすごく選択肢は狭くなる。 だって世の中そういうものの方がはるかに多いんだから当然よね。 だからあえてそれを体験してみる、マズそうに見えるものでも一口食べてみる。 興味がなくてもその仕事をしてみる、苦手な人と思っていても話をしてみる、とかね。 最初から「これは無理」って見向きもしないって、選択肢はそれだけで激減です。 ダメもとで経験してみて、ダメならダメでいいんですよ。 ああやっぱりダメだったなということが、自分の中に経験値として残る。 これがダメだったから次はこっち、と身動きが取りやすくなってフットワークが軽くなる。 上手くいかなかったとか、ダメだったとか、失敗したとか、それってものすごい経験値を手に入れられるのですが、今どきのお若い方って割とこういうことを避ける傾向にあるかなって気がします。 失敗しないようにって最初から思っているから、怖くて決断もできなくて、その結果何にもできずに困った困ったって言っているだけに見える。 自己決定力っていうけど、小さな決断をいっぱいして上手くいったりダメだったりということから学んでいくんじゃないの? ダメだった経験ばかりだとしても、そこから「ダメならダメなりにこれなら割とマシかも?」という選択肢だって生まれてくるわけで。 それすらできないのだったら、本当に「何もやってない人」なのかなって思ってしまう。 職業選択の優先順位として、 1,好き(得意)で稼げる仕事 2,嫌い(苦手)だけど稼げる仕事 3,好きだけど稼げない仕事 4,嫌いで稼げない仕事 だそうなので参考までに。 嫌いでも苦手でも、それが自分でできるのだったら、それは適性があるんですよ。 そういう視点も案外大事かも

トピ内ID:1ab8b6ab8056ddb3

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仕事と趣味は違います。

🙂
しじみ
本当に好きな事を仕事にしている人もいる事はいますが、大半の人は好きな仕事をしているよりもお金の為に働いている人が多いと思います。 例えば野球が大好きで野球に青春を捧げた人でも、全員がプロ野球選手になれる訳でもありません。 仕事はお金を稼ぐ為・生活していく為の手段。 趣味はお金が貰えなくても本当にやりたい事。 トピ主さんのやりたい事は「仕事」なのか「趣味」なのか? まずそこを考えてみては。

トピ内ID:ae629954924abefc

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やりたいこと=職業、ではない

🙂
不知火
職業は、「やりたいこと」とは限りません。 >特にやりたいことがない劣等感で 「やりたいこと」がなくても、職業選択をすることはできます。劣等感を感じる必要もありません。ただ、もし「『やりたいこと』でないと職業にしたくない」「『やりたいこと』が見つからないから職業に就けない」と考えるなら、自己責任だと思います。 私は、家業もなく家が裕福でもなかったので、小学生の頃から「自分が生活費を稼げる手段」として職業のことは考えていました。 やりたいことがないと言いながら大人になれたなら、それだけ余裕がある環境だったのかもしれませんね。

トピ内ID:8755db5b8e4521a9

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コメントありがとうございました

041
子羊 トピ主
>人生で何が大事って会社より仕事より自分の時間では? 私もそう思っていたのですが、仕事も充実している人などを知ると、 プライベートだけが充実してても生き甲斐としては物足りなくなるようです。 老後に働く意欲がある人って、結構多いので驚いています。 >特にやりたい仕事がないって劣等感なんですか? 劣等感ですね。 逆に生活の為だけに働くことに、虚しさとか感じないのですか? >頑張るからやりたい事が見つかる 頑張っているのに、やりたいことが見つけられない人、沢山知っています。 東大生ですら結構います。

トピ内ID:753897d9a1a59d12

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コメントありがとうございました

041
子羊 トピ主
>社会への視野・視点の大小に尽きます。 それを本人の問題と捉えるかということです。 同じものを与えている様で、家庭や環境により全く違う与え方になっている場合があります。 例えばピアノをやりたいと言った子供がいたとします。 どうせ続くか分からないし、光る鍵盤のキーボードしか与えない親がいます。 子どもはそのキーボードで、大きく世界を見れるかということです。 逆に早々にアップライトなどを用意してくれて、本物を知れる経験を積めた子はそれこそ本質を理解できるようになります。 >やりたい事がない人って、私からすると「何もしてこなかった人」と映るんですよ。 言い換えると経験させてもらえなかった、知的教育環境があまりにも乏しく育った人と考えています。 そして勉強だけが出来た環境でも、その他の経験がないと同じ状況になるようです。 何が言いたかったかというと自己決定能力というのは、親しかり家庭環境や適切な教育がなされないと 中々身に付けるのは酷ではないかということです。 そしてこういうことを言うと、怠けものだとか自業自得だとされる傾向に疑問を持っているということです。

トピ内ID:753897d9a1a59d12

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「特にやりたいことがない劣等感」が、そもそもわからない

🙂
ヨーコ
「劣等感」を感じた事がある人は大勢いると思います。 世の中、上には上が沢山いるのだから、ほとんどの人が何かしら劣等感を感じたり、挫折や悔しさを感じた経験があるのでしょう。 むしろ「やりたいことがある」人の方が、努力の結果、目標に届かなかったり、自分より出来る人に出会って苦しい思いをしていると思います。 だから「特にやりたいことがない劣等感」って、努力している人の辛さに比較したら大したことはないと思います。 自己責任とは思わないけど、「え、それって辛いの?」とは感じます。 >自己決定能力というのはどうやって培っていくものなのか 大袈裟ですね。 毎日人間は何かしら小さい決定をして生きている。 朝何を食べるか、出勤に何分発の電車に乗るか、少し早めに行くか、ギリギリに行くか。 小さい決定を経てその結果「次はこうしよう」と軌道修正しながら自分の理想の行動にしていくわけです。 仕事についても、現状で満足しているのなら(たとえそれがやりがいのない仕事でも)そのままでいいんじゃないでしょうか。 人間は霞を食べていきてはいけません。働かないと生活できないのです。 そのためにどの職業を選ぶかは、自分の性格や特技などから最善を選択するだけです。 やりたいことがないとしても、できることはある。 何かしら仕事は絶対にしないといけないのだとしたら、少しでも自分に楽な選択をすればいいだけでしょう。 楽とは「通勤が楽」だとか「性格に合っている」だとか「給料が良い」だとか、そういうもののことです。

トピ内ID:f5db287a1624b97c

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そんな難しく考えなくても

🙂
かぴ
やりたい事がある人はそれに向けて努力なりすれば良いと思いますが、特にやりたい仕事が無い場合は仕事なんて所詮は収入を得るための手段なのですから「嫌ではない」事をすれば良いだけです。 例えば営業職は無理だと思うなら事務職、じっと座っているのが苦手なら体を動かす仕事など、別に自分が「やりたい事」である必要はありません。

トピ内ID:17a3304822efa2b5

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プライドが高すぎる

🙂
そうね
頂いた仕事をまじめにこなすこと。合わなければ次に行く。 それだけです。

トピ内ID:1fdc86c88e3a807f

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そもそもだけど

🙂
匿名匿住所
向いているかどうかを確かめるには、実際その職場に就いてみればいいです。そのためにもどんどんバイトすればいい。 ちゃんと頭を働かせていれば、やっているうちに想像力が身につきます。 簡単そうにみえて実はものすごく神経や体力を使うものだったり、実践しなくともわかってきます。 でもね、やりたいことを見つけた人、その職についた人なんてほとんどいませんよ。 そこで極められた人などほんの一握り。 投げ出した人ほど、じつは向いていなかったと言い訳するんです。

トピ内ID:5b058a60d4556415

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それも含めて自分の人生

🙂
うーん
貧困とか毒親とかネグレクトとか。下を見たらキリがないです。確かに成育歴は大きいし、衣食住事足りて愛情いっぱいに育てられたら心エネルギーが満タン。チャレンジする気力も余力もある。心の余裕、自信が根本的に違います。 が、だからといって、成育歴の所為。というのは、、、 どんな家庭に育っても、運も、やる気も、バイタリティも、チャンスも、平等なものは何一つない中で、自分らしい自己決定をしていくものです。 ところで、自己決定ができない人間も一定数います。決断力が無い。他者や何か(親、宗教、しきたり、常識、業務命令)に従って生きるのが楽で、自分に責任がかかることに耐えられない。 そういう生き様の人間が。 そういう人は常に何かに依存し。 また、物事を何かのせいにしたがります。 職業選択については、経験する前に選択するものですから。 学校の先生や、職業適性テストやアドバイザーの助言は大きく影響しますね。「君は〇〇だからこういう職種は向いてる。向いていない」って助言を受けて色々考えて就いてみる。結果ハマる人と転職する人がいる。やってみなきゃ分からないことがあるから。 昔の人は生きることで精一杯だった。職業は選択するものじゃなかった。社会が変わって。自由になって。 心は不幸せになった。自分でアイデンティティを確立しなきゃいけない。そんな気がしてソワソワしちゃう。

トピ内ID:c210d72f6ceec77e

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それは確かに自業自得

🙂
たまねぎ
>例えばピアノをやりたいと言った子供がいたとします。 >どうせ続くか分からないし、光る鍵盤のキーボードしか与えない親がいます。 文章からは、書いた人の生活環境が少し推測されたりします。トピ主さんは、「家にお金もないし、ピアノの必要性も感じないから買ってくれない、もちろん習わせてくれない親」ではなく、最悪でも >光る鍵盤のキーボードしか与えない親 程度の、そこまで厳しくない環境にいらっしゃるのでしょう。そして >逆に早々にアップライトなどを用意してくれて、本物を知れる経験を積めた子はそれこそ本質を理解できるようになります。 アップライトのピアノで「本物を知れる」どころか「本質を理解できるようになる」なんて考えてしまうわけです。 いつも、ないものねだりをして、必要な努力はされていないので、まさに「怠けている」とも言えますし、「自業自得」だと思います。

トピ内ID:8755db5b8e4521a9

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そもそも

🙂
NEKO
やりたい事を職業にしたとしても、お金の為にはやりたくない事もしなければいけない。 例えばピアノが好きでプロのピアニストになれたとしても、依頼があれば弾きたくもない曲でも弾かなければいけない。 ピアノ講師になったとしたら、嫌な生徒や保護者とも付き合っていかなければいけない。 本当にやりたい事だけをやってお金を貰っている人は、よほど才能に恵まれたほんの一握りの人だけではないですか。 「やりたい仕事」とは、自分の適正に合っているか、嫌じゃないか、条件はいいか、などで選ぶ人が大半だと思います。

トピ内ID:56756064d276b7f1

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答えましょう。

匿名
私は4月11日 15:20のレスで、 ・やりたい事を見つけられるか(職業にできるか)は生育環境が大きく影響する ・その成育環境は知性の高低だけでは測れない ・情緒的な面も身近な大人からのギフトとして影響する と書きました。 そして最後に「やりたいことが見つけられないのは〈自己責任ではない〉」とも書きました。 このレスでは成育環境は子どもの将来に大きく影響する、と言い切ります。はっきり書きますが「育ち」は大きい。 これを前置いて。 ある種の成育環境で育った人達に「やりたいこと/就きたい職業」を答えさせると下記に二分されます。 (1)ごく一部の人間が就く認知度の高い職業 (2)職業なんて生活の手段だという質問自体への冷笑 大きくはこのどちらかに分類されます。この(1)も(2)も本質的には源を同じくします。 その源は「やりたい職業=自己実現」という思い込みです。 (1/2)どちらにも共通するのは「雪かきをするような仕事は尊い」という意識がスッポリと抜け落ちているということ。成育過程で「社会や誰かのために自分のリソースを提供する」事の美徳を身近な大人から教わり損ねている、という事です。これが上記で書いた「育ち」の正体、ある種の残酷な現実です。 やりたい仕事、というと、なぜか「自分にしかできない特別な何か」をイメージさせる風潮。 その風潮に絡めとられて「やりたいことが見つからない(自分には特別な才がないのではないか?)」という不安や劣等感が蔓延し「これは自分の責任なのか?」と迷える子羊さんが増えている、私はそのように世相を読んでいます。 なにも特殊なことを目指す必要はない、自分の能力を社会にどう差し出すのかだけを考えれば「やりたいこと(適正職種)」は自ずと見えてくる。例えばそれが「一生懸命に働いて家族を支える」であってもいいんだと、もっともっとアナウンスされるべきものと考えます。

トピ内ID:7eacd7cab7ea7394

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分かる

😣
茶蛾
政府系の調査でも親の年収と子供の学力の関係は、データで示されています。 そこで面白いのが、親の職業までもが子供に伝承される傾向にあることも分かっています。 人って選択して生きているようで実は、親の影響をモロに受けているのです。 勿論そうでないケースもありますので、あくまで傾向の話ですが。 裕福な家庭とそうでない家庭で将来が分かれました。 どこの家庭に生まれるかは、運命を左右します。

トピ内ID:5e2219a384f94e61

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やりたいことがない人って

🙂
子狼
多いと思いますよ。むしろ、「すごくやりたいことがある人」の方が圧倒的に少ないんじゃないかな。 私はアラフィフの女性ですが、若い頃からすごくやりたいことってなかったんです。読書や音楽、映画鑑賞などは大好きでしたけど、自分が作家になりたいとかバンドやりたいとか俳優や映画監督になりたいとか、そういうのは全くなかった。楽しむことは好きだったけれど、努力してまでやりたいこと、なりたいものはなかった。学校の勉強はできたので有名難関私大に行き一部上場企業の総合職で就職しましたが、その仕事もすごくやりたかったわけではなくて、「ここなら嫌じゃない」という消去法で残ったのがその仕事だっただけ。15年くらい働いた後に興味を持ったことがあって、勉強して資格を取って転職して12年働きましたが家庭の事情で辞めてそれからずっと専業主婦です。「勉強して資格を取って転職」というのも、前の仕事の将来に展望が持てなくなったのでなんか他のことしようかなと、その時一番興味があったことをやってみただけで、それをやりたかったから転職したんじゃなくて今やっている仕事がイマイチになったから違う道を選んだだけ。 若い頃は、やりたいことがない自分に劣等感、ありましたよ。でも30代くらいで「すごくやりたいことがある人」の方が少ないんじゃないかと気づきました。トピ主さんも「特にやりたいことがない劣等感で苦しんでいる人が、自分含め意外といることに気づきました。」と書いていますよね。うん、「特にやりたいことがない」のが普通なんじゃないかな。やりたいことがある、見つけられる人って、充実してキラキラしているから目立つだけですよ。 ただ一つ、私にやりたいことがないのは「経験させてもらえなかった、知的教育環境があまりにも乏しく育った」からではありません。私の親の名誉のためにそこだけは言っておきます。自分の人生は幸せだと思っていますし。

トピ内ID:e7db93bf57a34387

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やりたい仕事に就けない人が多い

🙂
チュン夫
65歳男性です。私は中高生の時は鉄道模型を楽しみました。大学時代にさらに「マイコン・パソコン趣味」が加わりました。 機械科卒で、150人の機械製造会社で機械設計の仕事に就きましたが、会社が当時のマイコンブームに乗り、私がマイコンで機械を制御する仕事に就きました。 それはそれで、ものすごく面白かったのですが、上司も含め「マイコン」を知らない人ばかりで、私が分からない事を聞きたくても誰も答えられません。 仕方なく、当時少なかった参考書や雑誌を読み込み、頑張った末、機械制御をすることができました。 その時は「やりたい仕事」ができて楽しかったのは事実ですが、自分の設計が正しいかどうかを判定してくれる人もなく、不安も大きかったです。(結果的に「上手く動いたからOK」という感じ) 逆に、それで「自己決定能力」も向上したと思います。 とはいえ、楽しい仕事は5年位で終わりました。会社が経営危機になり、昇給額も下がり、夏冬の賞与が各1ヶ月分しか、もらえない時が続き、「これでは結婚できない」と思って転職しました。 転職先でも2年位は「やりたい楽しい仕事」ができましたが、その後は「やりたくない仕事」ばかり与えられました。でも、それが生活のための仕事ですよね。 >経験させてもらえなかった、知的教育環境があまりにも乏しく育った人 「自分で勉強したい」と思うなら、貧乏生活でも勉強はできるのでは?。帰宅後に何時間もバイトしないと生活できない家庭なら、勉強できないかもしれませんが。 >そして勉強だけが出来た環境でも、その他の経験がないと同じ状況になる 確かにそういった面はあります。勉強ができても現場経験・実践経験がなければ、実際の役には立たず「頭でっかち」と言われます。 とはいえ、生活保護だって受けられそうです。「子供が勉強したくても勉強できない家庭」って、とても多いのですか?。

トピ内ID:30e52e9c26d56561

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やりたい仕事はなくてやりたくない仕事はたくさんあったなあ

🙂
未知なんだから
実際に社会人になって、学生時代はやりたい仕事はなくて、やりたくない仕事がたくさんあった理由がわかりました。 だって実際に色々な仕事を経験してないんだもの。想像だけで考えてるんだもの。 現実にその仕事につかないとわからないことっていっぱいあるんだもの。 だけど、どんな仕事についても立派にやり遂げる人とそうでない人はいる。 その差、わかりますか?私はわかりましたよ。 結局、責任感に尽きます。好きだから一生懸命になっているんじゃないです。 責任感で一生懸命仕事してるんです。 他の仕事はしたこと無いんで好きかどうか、向いているのかどうか、わからないんです。

トピ内ID:64d9eaf2faede59c

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最近は

🙂
帰国組
自由に転職出来ますよね?ただ多くの人が逃げの手段としているみたいだけど。 高等教育を受ける一つの理由は将来のオプションを広げることです。ただ、広がり過ぎて訳が分からなくなってしまう若者も多い。あなたもその一人でしょう。つまり皆がみんな高校・大学・大学院へ進む必要は無いのです。 ある意味みんな一緒のレールを進もうとする社会風潮というか、違ったことをすると仲間外れになる世の中の犠牲者なのよね。

トピ内ID:07725c8e6b1430d1

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切迫詰まって無いからでしょう。

🙂
レモンパイ
貴女にもしお金が無いとして、生活出来ないとしたらどうしますか? 取り敢えずする事は、仕事を見つけてお金を得る事を先ず考えませんか? この場合は、優柔不断ではいられませんよね。 何事にも決断出来ないのは、色々な要素が有りますね。 一概にはこれだと言う決定的な物は有りません。 *自分にこれと言った切迫詰まった目標が無い。 *その人の性格、これも環境により形成されたりしますね。 *自己肯定感が低い。 *自分で物事を選べない。 人は何かを選択する必要に迫られたら、 やりたく無い事でもやらなければいけ無い事も有るのでは? 要はやりたい事が見つからない、見つけられないと言うのは、時間が有り過ぎるか、選択肢が多すぎか、ボーッとして何も考えて居ないかのどちらかでしょうね。

トピ内ID:9a0f4c3ccd0e96a5

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念の為書き添えます

匿名
念の為書き添えておきますが。 私が書いた2つのレスには、 ⚫︎世帯収入 ⚫︎文化資本 ⚫︎親及び両親 上記の文言は一切使っていません。因果的にも相関的にも関係が薄いからです。当然「学歴」も関係ありません。 私が書いた「育ち」とは、お金では決して換算できないものを指します。

トピ内ID:7eacd7cab7ea7394

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むしろ長所ではないかな?

🙂
バッフクラン
「やりたことがない、見つけられない」というとまるで「夢がない、自主性がない」というような印象があるけど… 逆に考えれば「他人が嫌がる仕事でもやります」という素晴らしい長所ではないかな? 人が生きていくため、社会を機能させるためにはみんなが好きなことだけをやっていればいいというわけではないよね。 むしろ必要不可欠な仕事ほど「人気がない」「やりたいという人がいない」ということだよ。 たとえば保育士やバスの運転手など…決して給料は高くないけどこれからどんどん需要が高まるよ。 トピ主さんを必要としている職種、会社はたくさんあるよ。

トピ内ID:730500747c5296f5

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面白いです。

🙂
野鳥
私もなりたいものがなくて50年苦しみました。 仕事はあったので、生きてはこられましたが、大学院に行こうと思えば行ける環境だったのに、ただダラダラ仕事をして趣味を楽しんでいただけです。 アメリカの子供は、かなり若い頃から何になりたいか、色々な職業を見せられて、考えさせられます。 もちろんたいてい学者だのアーティスト、経営者、カフェのオーナーなど分不相応な夢を持っているけれど、例えば宇宙飛行士になりたかったけれど、国際線のパイロットとして落ち着いた、というように、自分の能力に応じて夢を自分のものに変えていく人も多い。 ついでにいえば、大学に行く必要はないと考える人も増えています。高校を出て、職業訓練を受けて、自分でセンスを磨いて電気工、鉛管工やエアコン、大工、指物、造園などのオーダーメードをやって、素晴らしい収入を得ている人々がたくさんいます。 日本人も、特にやりたいこともないのだから大学へ行かなくてよかった人(専業、パート主婦や会社の事務や総務、営業などで終わる人)はたくさんいるんじゃないかと思っています。私もその一人です。

トピ内ID:906a5c421c1f8b9c

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ただの他責思考ですか・・・

🙂
ヨーコ
あなたの考えはただの「他責思考」でしょう。 やりたいことは自分で見つけられますよ。 私も夫も娘も、やりたい仕事を自分で見つけましたから。 たとえば私ですが。 親が勧めた進路(職業)や、親の職業(専門職)とは、まったく畑違いの方面に進み、仕事にしました。 身内にもそのような仕事をしている人間はいませんし、親からそちら関係について何か教わったことは一切ありません。 夫も親の職業とは全く縁遠い仕事ですし、 現在大学生の娘も、どこからその職業(将来の夢)を見つけてきたの?と不思議に思うほど、親のそれらとは全く違う進路を進んでいます。 親として娘に合っていると思った進路がありましたし、そちらの習い事などもさせていましたが、全く別の方面に進んでいます。 好きなことややりたい仕事を探す時、ヒントを与えるのは必ずしも親ではない。 たとえば私は同級生の影響だし、夫はご近所にその職業の方がいて興味を持ったようですよ。 やりたいことを探すヒントは世の中にいくつもあり、そこから自分で探して選ぶんです。 できないのだとしたら、もしかすると親御さんが干渉しすぎて自分で考える機会を奪われてきたような育ち方をしているのかもしれませんね。 ピアノについて書いてらっしゃるので、その点でも我が家のことを。 息子はたまに、自分のペースで家にある電子ピアノを弾いていました。 「習う?」と息子に聞いても毎回返事は「NO」でした。 高校から寮生活になり、息子はバイトでキーボードを買い、そこから本格的に独学で練習を続け、ショパンを弾けるレベルまで到達しました。 好きな事とかやりたいことは、自分で見つけて自分で伸ばすことが可能な証拠だと思います。

トピ内ID:f5db287a1624b97c

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与えるだけではダメ

😉
チェロリスト
知り合いに、子育ては丸投げ主義のご家庭がありました。 保育も塾も習い事も遊びも全部プロに任せるような。 ある時子供の為に息子にはグローブとボールを、娘にはバイオリンを買ってあげたそうです。 あくる日家に帰ると子供たちが大騒ぎしていました。 お子さんたちは、バイオリンをバットにして野球をしていたんだそうな、、 ちなみに、キーボードとアップライトは全くの別物です。 キーボードは電子ピアノでもなく、私からしたらおもちゃの部類です。 電子ピアノも、壊れたら音の出ない単なる電化製品です。 ですのでそれらを同一に考える親に当たってしまうと、そこのお子さんは気の毒でなりません。 道具は大事であり、努力が足りないとか自業自得というのは、親の怠慢を子供のせいにしているだけです。 私は大人になってからチェロを始めましたが、そりゃ初心者用のチェロからでした。 そのチェロを先生が弾くと、それなりの音が出るので腕だけの問題と思ってました。 でも実はプロの人って、楽器に合わせて力の入れ具合で対応できてしまうことを後で知ったんです。 初心者こそ鳴ってくれる楽器が大事だと、痛感しましたね。

トピ内ID:1498845dd76d3488

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うーん

🙂
ハングリー精神
親がとか、先生が、とかだけでは無いような。やはり自己責任とおもいますよ。 例えば浮世絵師や宮大工など貧しい家庭で習い事も高等教育も受けず、15歳で仕事についた人でも、自分の仕事の中に意義や楽しみや喜びを見出す人はいるでしょうし。 ご縁のあった、目の前のことに打ち込む、それを楽しいと思えるかどうか、かなあ。 だって、職業なんて多種多様なのに、全ての可能性を試すなんて無理でしょ。 現代は部活や友人知人との関わりの中で自分の特性を分析したり、バイトなどで適性をみれるわけで。 ピアノの例なら、貧しくても真にやる気ある子は、なんらかの戦略的工夫をする。音楽の先生と仲良くなり学校や公共施設のピアノで練習するなどね。 やはり、人生を切り開くのは自己責任とおもう。たとえ親とはいえ他人にそこまで自分の人生ゆだねるのは無理でしょ。

トピ内ID:54ec28bea5913a24

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受け入れる気持ちゼロなら無理

🤣
ぽんぽこ
トピ主さん、「どなたかレクチャーして頂けると幸いです」なんておっしゃってますが色々書き込まれたことに対して追加トピでは反論しかしてませんよね。 やりたいことって外界のなにかを受け入れて己のものとしていく、形としていって真摯に取り組むことだとわたしは考えます。 なにも受け入れる気持ちがなければやりたいことを見つけるってとても難しいし、そういう自分の気持ちすら環境のせいだというならそれでいいんじゃないですか。

トピ内ID:f4a144be29f05493

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