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近藤紘一さんを好きだった方いますか?

レス22
(トピ主 4
マイドゥング
話題
「サイゴンから来た妻と娘」が一番有名だったでしょうか。
ベトナム人の奥さまとその娘さんのミーユンさんとの暮らしをユーモアたっぷりに描いていらっしゃいました。
このシリーズ大好きでした。
早逝されて残念です。45歳でお亡くなりになるなんて、早すぎますね。
検索したら、ミーユンさんはお付き合いしていたフランス人男性と結婚されてお子様もいらっしゃるとか。
お幸せならよかったですが、もっとその後のことを近藤さんに書いてほしかったな、と思います。
最初の奥さまとの悲しいお別れや、青春時代の回顧録のような文章も興味深かったです。
戦争のベトナムに派遣されてそういう記事をいっぱい書いていらしたのですが、実はお坊ちゃま育ちで最初の奥さまもお嬢様だったんですよね。
ファンだった方がいらっしゃれば、近藤紘一さんの思い出の本を語りませんか?

トピ内ID:8544196163

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好きでしたよ~

🙂
むかし小娘
中学生の時から大好きなシリーズで、30代後半になった今でも時々読み返します。 愛情がたっぷりで、ユーモアがあって、内戦中の国での記者の冷静な目から見た分析、いきなり父親になってしまった男性の正直な心情、本当に魅力的な方でした。 ミーユンちゃんの将来について校長先生からの長い手紙を読むくだりは、子供ながら感動しました。 好きだったのはカーロックとの格闘(笑)など、食べ物に関する回です。 信心深い奥さまの素直で厳格な母親像には今も学ばされます。 ベトナムがとても身近な国に感じられました。 ミーユンちゃんはお母さんになったんですね。フランスにマンションを買われた奥さまもお元気でしょうか。 早逝されたことを本当に残念に思います。

トピ内ID:5980058057

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人生観のもと

041
グレーテル
そう書いても過言ではない影響を受けたとその一文は 「米が豊かに育つ国では勤勉は美徳にはならない」でした。 簡単にひとことで言ってしまえる文化の違いというものを、 目の前に断崖を見る思いで認識しました。 勤勉が最上の美徳であるとする日本人には、 働けるのに働かない人はただの怠け者だけれど その枠とは異なる枠があるのだという事実に未だに衝撃を受けます。 今、海外暮らしをしているので尚更かもしれませんが、 生まれ育った国の文化を 絶対の、或いは最上の常識だと考え感じていた私の枠を 確かにこの一文が壊してくれました。 もう一つ、 二つの言語(日本語が入ると三つになるのでしょうか)で育ったミーユンさんに対して、「思考する言語を今のうちに確立させないとだめなのだ」という一節も心に残ります。近藤さんの前の奥様は自ら命を絶たれたという記述があったと思いますが、その遠因が、この言語にもあったと書かれていたと思います。

トピ内ID:8397446519

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20代だったかな?

😀
ポチ
私も近藤紘一さんの本が好きでした。 初めて読んだのは、20代後半だったかと思います。 45歳でお亡くなりになられたときには、 惜しいと思いました。 でもその頃、すでに日本に住んでいなかったので、 お葬式には行けませんでした (たとえ行ったところで、 一般人が入れたかどうかは不明ですが)。 近藤さんの本は今でもときどき読み返します (本棚にあります)。 彼の影響もあり、東南アジアに住んでいます。 あ、開高健さんの影響もあります。 山口文憲さんの影響もありますね。

トピ内ID:7818725455

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好きでした!

えるえる
たしか、NHKでドラマ化された話でもありましたよね。 「サイゴンから来た妻と娘」 「バンコクの妻と娘」 「パリへ行った妻と娘」 3冊とも読破しました。 むかし小娘さまのカーロック事件!今でもすぐにくだりを思い出せます! あのとっさの一言、「ダメ!味が落ちる!」 は傑作でしたよね。 私はワサビの「うえ~~~」も鮮明です。 バンコク~では、少しオトナになったミーユンちゃんが、初めての夜遊びで午前様になったお話。門限を連絡ナシに破ったミーユンちゃんを、紘一さんが「でも、パパは少し悲しかったぞ」と穏やかに諭す話。こんな親になりたいなあ、と思いました。 パリ時代では、ホームステイ先のご主人を、自然にミーユンちゃんが「パパ!」と呼びかける話。娘さんに対する、切ない親心が何ともいえませんでした。 本当に、早世されたのが残念ですね。 多少ヨコですが、 確かご逝去後、奥様が手記のような物をどこかの雑誌に連載(?)されていたような記憶があるのですが、こちらをご存知の方いませんか?

トピ内ID:3077298579

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私も大好きでした

🐶
爆笑でした
こんにちは。学生時代に読んでから、大ファンになりほとんど全部読んだと思います。記者の視点と父親の眼差しが絶妙のバランスだったと思います。 最近は本もあまり見かけなくてとても残念に思ってたので、トピをたてていただいて嬉しいです。 ミーユンちゃんはどうしているのか私も気になっていたのですが、あのシャイなフランス人青年と結婚したのですね。奥様はどうしたのか一度検索したのですが、本名も分からず見つかりませんでした。 ”むかし小娘”さまのかかれていた、カーロックとの格闘は電車で読んでいて笑いを堪えるのに必死でした。外米の話とか、ステーキと刺身を食べ放題のあと、わさびを食べた時より深刻な「うえ~」となって節約に励んだり、バイタリティに溢れた奥様でしたね。ご夫婦でタイ語を学ばれるシーンにも笑いました。 こうやって書いていると、色んなシーンが思い出されます。本当に早逝されて残念です。それまでどちらかと言うと(当時は)暗いイメージを持っていたベトナムという国がとても身近に感じられた本でもありました。

トピ内ID:6562194742

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私も大好きでした

041
ミケコ
近藤紘一さん、私も大好きでした。 高校時代だったかな、こんな人と結婚したいなぁと憧れたものです。 奥様の近藤ナウさんは、ご主人の生前に「アオザイ女房」という著書 を出していらっしゃいますね。婦人画報か家庭画報にお料理の記事が 載ったような気がしますが、連載だったかどうか。 この数年以内に、パリにいらっしゃる近藤ナウさんのインタビューを 読んだことがあります。紘一さんに買ってもらったマンションに 一人暮らしのようでした。パリ独特の古い建物よりベトナム人街に 近い新しい建物を選んだと書いてあったかな。お嬢さんのユンちゃんは 近藤紘一さんの著書にも出てくるボーイフレンドと結婚して幸せに 暮らしていらっしゃいます。 年に一度は日本にお墓参りに来て、紘一さんのお友達(有名な方だった ような気もします)の家に泊まるということでしたが、何で読んだのか さっぱり思い出せません。雑誌なら記事を切り取っているかもしれないので 本棚を探してみますね。

トピ内ID:9126775854

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私もひとこと

041
怪傑洗面器
初めて近藤さんの本を読んだのは、もう亡くなられた後だったので、とっても落胆しました。文庫で出ていたのもそろそろ絶版になりかかってたので、古本屋をかけまわってなんとか揃えました。危ないところでした。 今住んでる米国のこの辺には、ベトナム戦争でアメリカに加担したために戦後亡命せざるを得なくなった民族が移住してきています。近藤さんの奥様もそうですが、祖国がこの地上から事実上なくなって外国で生きている人たちです。私のホームシックなんて甘っちょろいもんです。 近藤さんが今でもお元気だったら、どの地域で活躍されてるだろうか、と甲斐もないことですが考えたりします。私たち日本人が日本語で理解できるように異文化をバランスのとれた視点から語ってくれる方は、残念ながらそれほどおられません。私たちは大きななくしものをしたなと思います。 もしお手元にあったら、文庫の「バンコクの妻と娘」のカバーの近藤家の写真をご覧ください。近藤さんが、奥様とユンさんに後ろから寄り添っておられる一枚です。三人の笑顔がとても素敵です。

トピ内ID:8169568623

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追記です

🙂
むかし小娘
ミーユンちゃんにひとめぼれした屈強の外国人記者のことは覚えていらっしゃいますか? 彼はたしか紛争中に流れ弾に当たったのだったか、自分のカメラに這って行く姿が映り、そのまま絶命したとありましたが、その映像をテレビで観たことがあります。旅先で見たので番組はわかりませんでしたが、戦時国の特集か、近藤さんに関する特集だったのか、映像は近藤さんが書かれたとおりでした。 シリーズのほとんどが軽妙な文章で書かれていましたが、本当に大変な時代を目の当たりにしていらっしゃったのだ・・・と思いました。 その男性を「最後まで彼の方が年下だと思っていた。本当に若々しい(すがすがしいだったか?)男だった」と書かれていたのも忘れられません。 食べ物話(笑)では、ベトナムでステーキばかり頼んで軽蔑されたというのもおかしかったです。あの、孵りかけの卵、なんでしたっけ?ピトロン?絶対食べられない!ですよね~。 生卵なんて可愛いもんじゃないかー。

トピ内ID:5980058057

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ありがとうございます

マイドゥング トピ主
レスを下さった皆様ありがとうございます。 何人かの方が触れておられるリセの校長先生の手紙、これは素晴らしかったですね。教師としての生徒を冷静に見る眼と、生徒の人生を大切に考える心と、生徒への愛情、こういったものがある人だから書ける文章でしたね。こういう先生と学生時代を過ごせる生徒さんは幸せですね。 バイリンガルがいいと世間では言われますが、現実はこの校長先生が書くことが正しいのでしょうね。 えるえるさんが書かれているNHKのドラマ化とはいつどういう番組だったのでしょうか?お教えいただきますようにお願いいたします。 奥さまの手記もご存知の方はよろしくお願いいたします。 奥さまのお料理本は私も読みたいけれどもまだ入手できていないんです。お料理上手と近藤さんが書いていらしたのでぜひ読んでみたいです。 ミケコさんが書いていらしているように私も近藤さんのような男性と結婚したい!と思いました。というか、私にとっては父親世代の方ですので、こんな父親がいたらいいな、と羨ましかったです。たっぷりの愛情とユーモアと人の本質を見る目を備えたいいお父さんですものね。

トピ内ID:8544196163

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ありがとうございます2

マイドゥング トピ主
むかし小娘様の書いておられる記者の話は覚えていますよ。紛争地に派遣される記者の方は命賭けて働いておられるんだなと実感しました。近藤さんが優しい人柄だからか、お友達も優しい方が登場しますね。近藤さんが入院しているときにお見舞いに来てくれたのが最後の別れになってしまった、というのも覚えています。 ナウさんとミーユンさんとの生活のお話も大好きでしたが、一番心に響いたのは最初の奥さまの思い出を書いた「夏の海」という作品でした。奥さまとの出会いからお亡くなりになるまでを一周忌の追悼文集に書かれたものです。大学での恋と若い新婚生活、パリでの生活、奥さまのご病気と死が優しく綴られています。この文章とその他の最初の奥さまについての部分を読むと、近藤さんはナウさんとミーユンさんのことを愛しているのはもちろんだけれども、最初の奥さまのことが心の一番奥にあって、そこから離れられないのではなかったかと感じます。繊細で優しい性格の方のようですから、大変苦しまれたご様子には心が痛みます。早くにお亡くなりになったのも、最初の奥さまのところに行ってしまわれたのかな、と思ってしまうんです。

トピ内ID:8544196163

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林隆三主演でした

041
ミケコ
私の場合、近藤紘一さんより18歳ほど年下なので、父親というよりは 憧れの対象でした。著書を読んで、日本人離れした大きな愛情を持った男性だなぁと 感嘆しました。亡くなったのもリアルタイムで知っていますし・・・ 「サイゴンから来た妻と娘」がNHKの人間模様というシリーズで、林隆三主演で ドラマで化されました。元々私は林隆三(といっても会社の若い同僚は知りませんでしたが)、 のファンで、それでこのドラマを見て近藤紘一を知ったのですが。 今ネットで調べたら、1979年の放送なのでちょうど30年前ですね、私は大学生でした。 時の経つのが早いのにビックリです。 さすがにもう、ドラマの細かいことは覚えていません。 ただ、主題歌の「美しい昔」は忘れられません。動画サイトにもありますので、 聴いてみてください。最近では天童よしみが歌っているようですが。

トピ内ID:9126775854

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私も好きでした。

nanako
横気味ですが、ミケコさんのおっしゃっている記事は、朝○新聞の日曜版ではないかと思われます(おそらく10年近く前では?)。 確か一面に大人になった娘さんの写真が載っていたような。 私がこの記事を読んだときはまだ近藤紘一さんの作品を読んだことがなかったので、それほど気にも留めなかったのですが、 後日彼の作品に出会ってからご家族のその後が気になり、この記事のことを思い出したのです。 奥様と娘さんがパリに渡ってからのことが2面に渡って綴られていたと記憶しています。

トピ内ID:4268572819

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NHKドラマ

041
hasu
たしか、林隆三が近藤さんの役をやったように覚えています。 雰囲気がちょっと武骨すぎたような気がしないでもなかったけれど、 ちょっと無頼でシャイな特派員の雰囲気が良く出ていたと記憶しています。 テーマ曲の「美しい昔」も印象的でしたね。

トピ内ID:5402573310

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NHKドラマ

えるえる
はるか昔のドラマです。 現在40の私が小学生の高学年~中学生ぐらいの頃だったでしょうか。 記憶が定かではないですが、「銀河テレビ小説」とかいう夜の20分で連続20回、とかじゃなかったかな・・・(汗 タイトルはそのまま、「サイゴンから来た妻と娘」だったと思います。 奥様役、娘さん役は、それぞれ本当のベトナム出身者だったような。(日本語があやしかった) 東京での生活が舞台で、 紘一さんの実家へ行って庭の池の錦鯉を料理してしまったとか、 紘一さんの職場の方々を家へ招いてご馳走するのに、食材をあちこち集めてまわり、孵化しかけの卵を見て同僚がびっくりする話とか、 東京のリセへ通い始めたミーユンちゃんに、BFができたとか、 のオリジナルエピソードがあったと思います。 私はこれで近藤紘一さんの存在を知りまして、文庫版の本を買ったのが中学生が高校生だったかと。 紘一さんのお父様役が、笠智衆さんだったような記憶があります。 肝心の紘一さん役が誰だったかが思い出せなくてすみません。

トピ内ID:3077298579

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ありがとうございます

マイドゥング トピ主
NHKドラマについてお教えいただきありがとうございます。 1979年には私はまだ大人のドラマを見る年ではなかった・・・・だから見てないんです。 NHKアーカイブスにあるか調べたんですが、無いようです。残念です。 当時はまだビデオが普及する前だから、録画している人も少なそうですね。 えるえるさんが書いてくださったオリジナルエピソードを見たいなあ。 私は近藤さんがお亡くなりになる少し前にファンになり、全部の本を買い集めて読みふけって、ある日新聞を見たら訃報が載っていたのでショックでした。 お亡くなりになって数日くらいたってから、週刊誌か新聞か忘れましたが、ナウ夫人が喪服を着ている姿の写真とお葬式の様子が書いてある記事を読んだ覚えがあります。 nanako様の教えてくださった朝日の記事も読みたいです。日にちが特定できれば、図書館に行くかコピーサービスを利用すれば入手できますね。 近藤さんの本のおかげでベトナムに行ってみたくなったんですが、まだ実行できていないんです。 いつか行ってみたいです。

トピ内ID:8544196163

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その後の近藤ナウさん

041
SK
「アジア大バザール」という、アジアをテーマにしたエッセイ集があるんですが、 その中に、近藤紘一さんの大ファンだったという著者が、近藤ナウさんを訪ねてパリへ行く、というエッセイが入っています。 ファンの方ならこのエッセイも一読の価値があると思いますよ。 私はこの本を読んだ時には近藤さんを知らなかったのですが、 その後古本屋で見つけて「妻と娘」3部作を読み、ファンになりました。

トピ内ID:2451070589

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懐かしいですね

041
redherring
私も大好きでした。著作も全部持っています。 作家としてこれからという時に夭折されたのが今でも残念で仕方ないです。 奥様のナウさんは紘一氏の死後、しばらく日本で暮らしていましたが 娘のユンさんにお子さんが産まれたのを期にパリに移り住んだと聞きました。 >むかし小娘さん 亡くなった外国人記者はオーストラリア人のニール・デイビス氏です(作中では仮名)。 1985年タイで起きたクーデターの取材中に砲撃に巻き込まれ死亡しました。 倒れた時にカメラの録画ボタンが押されていて一部始終が撮影されていため 「自分の死を撮影したカメラマン」と呼ばれたそうです。

トピ内ID:3811690674

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書き忘れ

041
redherring
ナウさんの手記ですが 「アオザイ女房-ベトナム式女の生き方-」という本で発行は文化出版局です。 中身は紘一氏との出会いから結婚、その後の日常生活などを綴ったエッセイ風です。 あとがきを紘一氏が書かれています。 ドラマの「サイゴンから来た妻と娘」が放映された頃のものらしく写真入りの帯がついてました。 残念ながら既に絶版で入手は難しいと思われます(私は古書店で偶然見つけました)。 が、調べてみたら復刊ドットコムで復刊リクエストが出ていました。 http://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=18418 地道にリクエストを続ければ復刊の可能性もあるかも?!

トピ内ID:3811690674

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ありがとうございます

マイドゥング トピ主
SKさま アジア大バザールについて教えていただきありがとうございます。 これからネット書店で調べてみて、入手可能なら購入したいと思います。 ナウ夫人のアオザイ女房も図書館にないので読んでいなかったのですが、古書店サイトであれば購入したいと思います。 ナウ夫人のお友達のベトナムの方がパリにはたくさん亡命していらしたことが書いてあったので、娘さんもパリにいる以上は娘さんとお友達のいるパリで暮らすのが安心ですよね。 自分の国の体制が滅びてしまうという経験は、のんきに生きているものから見れば想像もつかないほど大変なことだろうと思います。 ナウ夫人が里帰りをされたときのことで、夫が外国人でしかも新聞記者なので入国が大変だと書いていらしたと思います。 今では里帰りが自由にできるのでしょうか? ナウ夫人のサイゴンの実家の描写や親族の方のことなども、近藤さんが生き生きと描いていらして面白かったので、その後どうなったか気になるところです。 ミーユンさんと仲のよかった親族のお爺さんのこともなんか懐かしいです。

トピ内ID:8544196163

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優しさと厳しさと

041
toddchiku
遅きに失した感もありますがトピに参加させて下さい; 私が近藤紘一さんを知ったのは小学校高学年のころ。NHKのドラマでした(あのドラマ、なんとかまた観ることできないでしょうか…!)食を中心とした異文化の面白さに目覚めました。さっそく本を買ってボロボロになるまで読んで… ジャーナリスト目指してフランス語も勉強し、大学受験の2次面接の日、志望動機を聞かれて近藤紘一さんの名前を挙げたら試験官が「ああ、その方つい先日亡くなられましたね」「えっ?!」私がショックを受けると思って父母が近藤さんの訃報を伏せていたのでした。 大学を無事入学・卒業して、新聞記者になって、フリーに転じて、今でも近藤さんの著作は私にとってバイブルです。優しくて厳しい視点と徹底した現場主義・・・面影求めてパリ13区を散策してフォー食べたこともあります。 「私のクンナイは料理の名人」ナウさんに料理教えてもらいたかったですね。。 近藤さんのご家族の消息、そっと知りたいです。記事なり何なり情報あれば教えてください

トピ内ID:7227596014

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文藝春秋

041
ヴィトロン
亡くなった時たしか「文藝春秋」で奥様のインタビューを読んだ記憶があります。 棺に横たわる写真(傍らに奥様とミーユンさん)も載っていて ファンだった私は、その急逝に驚きました。 週刊文春にもその写真は載ったと思います。 胃がんだということは本人に黙っていたので、苦しまれる姿を見るのが とても辛かったそうです。 症状が進むにつれて、目が覚める度に誰かがいると 「危ないから医者が呼べと言ったのか」 と疑心暗鬼にもなられたそうです。 それでも痛くて唸り声を上げるときは、人がいない時を見計らったりと 最期まで心遣いの人だったようです。 私は中学生の多感な時に、近藤さんの本に出会いました。 なんのご縁か大人になってから、ベトナムに5年ほど 赴任した際も、お陰で食べ物には全く困りませんでした。 孵化寸前のアヒルの卵も、カーロックもカエルもネズミも 抵抗なく美味しくいただきました。 グレーテルさんと同じように、人生観の元と言うか グローバルな観方や考え方の一片を教えていただいた気がします。

トピ内ID:6129831557

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近藤紘一さんのお名前を見つけて嬉しいです

🎶
プルチネッラ
他のトピにレスしようとしてこのトピを発見、レス先を即変更。 近藤紘一さんは、大好きで大きな影響を受けたライターのお一人です。 ご著書を全部買い、持ち歩く為に文庫本も買いました。再読したくなって 探したけど見付からない。体調不良で十数年未整理のダンボールの中? 近藤さん関連情報を沢山読みたいなあ・・・。 どなたもお書きになっておられない事を、すごく迷ったけれど書きます: 近藤さんは(多分B型肝炎で)お亡くなりになる少し前に、奥様に会う為に パリのアパ-トに行かれたそうです。そこで奥様・お嬢さん・奥様の前の ご主人が暮らしているのを発見された、とのこと。 その後の事は判りませんが、諦観されつつ逝かれたのではないかと・・・。 私自身にもその種の覚悟がありますので。

トピ内ID:9479190714

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