長崎県壱岐島出身の父、熊本県出身の母の間に命を授かり、若き父の勤務地であった博多近郊の国鉄炭鉱エリアで生を受けた私。6歳になる少し前に父の生まれ島に引っ越しましたが、東京で成長した経歴を持つ厳格な祖母の影響もあり「方言はなんとなく格下」のような雰囲気の中、「きれいな標準語が話せる」「方言なんか覚えなくてよし!」なのが少し自慢のバカ娘でございました。
それでもとにかく子供のときから言語に興味があり、島の高校を卒業後今はなき大阪外大に進学。クラスメートの関西人の頭の回転の速さそのままの関西弁の機関銃攻撃に頭がクラクラ。大阪弁やら神戸弁やら京都弁やらが微妙にクロスするエセ関西弁をなんとか習得したかというころ卒業し、就職して最初の赴任地は沖縄。「だからよぉ」「○○しましょーねー」が自然に出るようになった3年後、東京本社に転勤。数年後、福岡に転勤。純正博多人に生まれて初めて接触し「○○しちゃらーん?(直訳:あんたが積極的に○○してやってよ!/ 意訳:○○してくれませんか?その時はまだ意訳がわからなかった)」と軽くのたまう上司に「人にモノを頼むときにその言い草はないでしょう(軽い!軽すぎる!)」と言い放って以来今でもその上司は「まうしかさんはコワい」らしいですわ。その後、大阪に転勤し1年勤務の後また東京。このまま東京に定住かと思っていた数年前、父が倒れ介護の手伝いをするために再び福岡に異動。そのまま今に至る。です。
それで、私の「Mother Tongue 」はいったいどれなのかなぁって。島の方言は半分くらいしか分からない。博多、大阪、東京、沖縄と移り住んだ土地の方言も思いっきり中途半端。方言を自分の言語として持っている人にめちゃくちゃ憧れます。
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