別に尽くそうという気持ちが強いタイプではないのですが、最近そういうことをふと思いました。
この感覚が非常にわかりません。確かに外見から相手の立場を外から見れば明らかに自分ならこういう選択をするし、それが理にかなった方法で相手のためにも良いと断言できる。
でもそれは自分のエゴに過ぎないかもしれないし。そんな変種のエゴさえうまく分布配置していくのが共同生活なのかもしれません。
自分はパートナーがタバコを吸うのが虫唾が走るほどいやなんですが、それはタバコの副流煙を吸うのがいやとかヤニの臭いが嫌なんじゃなくて、健康を害する摂取物を適齢の女性が吸うデメリットを真剣に考えてもらいたいからなんです。結論としては、別に自分のためにだろうが、相手のことを思ってだろうが辞めてくれれば目的は達成されます。本心でいえば2.3度イワしてでもやめさせたいです。
ただ、そんな自分の主張(これは絶対に正しいと確信している)を強要したところで独善的といわれても仕方ないとも思えます。そういうことを考える内に、何が本当に相手のためにやることなのかよくわからなくなってしまいました。
この無意味な葛藤はなんなんでしょうか、またこの葛藤を和らげる方法はないでしょうか。
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