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お姫様だったというお姑さんはいませんか

レス25
(トピ主 1
🙂
長男嫁
ひと
結婚18年目、2児いる長男嫁です。 義母対応はだいぶ慣れたとはいえ、まだまだため息が出ることがいっぱいです。 今の朝ドラではありませんが、義母実家は時代の波に流され、栄華は過去の思い出となっています。 が、相当の栄華を誇っていたらしく、70過ぎた今もその話ばかりです。 ・子供の頃(戦前戦後)お付きの荷物持ちがいた。 ・小学校へは車の送り迎え、歩いたことがない。戦前戦後だったけれど知らなかった。 ・何もしたこともない、白魚のような手で普通の結婚をして、とーっても苦労したが、私は立派に息子を育て上げた。 ・みんなが私と友達になりたがった。等々。 最後に私が「もう~お母さんはやっぱり違う、深窓の御令嬢でお姫様だったのですね」で一区切りがつく会話で、早18年。 ですが私も結婚して18年も経ち、さすがにお付き合いの幅も多少広がったのですが、それが面白くないようで、たまらないようなのです。 「友人が少ないです」と話せば、「あなたがそんなんだからダメなのよ、私はね(自慢話)」、「少し仲がいい人ができた」と言えば、「あなたはそんなんだから相手を信用して、そそうをするから気を付けなさい、私はね(自慢パート2)」。子育てには言うまでもなく。 今は子供を育て上げた分の恩返しをしてもらってしかるべき、と我が家に来ていただいても、外でお会いしても、私はお手伝いさんの立ち位置です。 ですが、さすが元お嬢様、私をいくら馬鹿にしようとも、最後に自分が「あのお姑さん、ひどい」と言われないようにして自分の優勢を保っています。 腹が立つ反面、面白いです。 事実、私が義母対応を面倒くさいなぁ、と思っている時に限って電話がかかってきたり、外出中に電話がかかってきて「あなただけ楽しそう、誘われなかった、涙」など、お姫様気質ならではのいちゃもんを付けられております。 女友達ではなく、姑、今後はどう対応したらいいでしょうか。

トピ内ID:8157086701

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年齢が…?

😨
じゅじゅ
70過ぎで戦前の生活は記憶にないでしょう。80過ぎならわかりますが。眉唾かな?ハイハイ返事しておかないとしょうがないでしょうね。それで納得して喜んでもらえてるならよし。聞きたくもない話を聞かないためには、こちらから話題提供しないように。

トピ内ID:0451825194

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うへぇ~それは勘弁だ~

あのー
>事実、私が義母対応を面倒くさいなぁ、と思っている時に限って電話がかかってきたり、外出中に電話がかかってきて「あなただけ楽しそう、誘われなかった、涙」など、お姫様気質ならではのいちゃもんを付けられております。 こんなんご免勘弁だわ。 なんかメンドクサそうなお姑さんだね~うわ~いやだ~~~~~、 ~~~~~~失礼。だけど そう思いました。

トピ内ID:9924183058

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おおお

🙂
まめこ
すごいですねー つまり、お姑さんは構ってちゃんなのですね。 それは大変だ、、、、 子供がもうひとり増えた感じですね。 でも子供は成長するけど、老人はなかなか自分で気をつけないと成長しない分大変か、、、、、 ご主人にうまくフォローしてもらうとか出来そうですか? あなたが悪者になる前に予防線はってもらうとか。 いちいちあなたに絡んでくるのが面倒くさいですね!

トピ内ID:8435169339

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鯛をさばく

041
ソラシド
大学院生の時に、大学の研究者で組織された文献調査団の下働きをしていたのですが、 その調査すべき文献を大量にお持ちの旧家の先代の奥様が 「本当のお姫様だった。素晴らしかった」と先生方の語りぐさになっていました。 大名家のお姫様で旧華族とのことでしたが、 「戦後の物が無い大変な時代に、これだけ上手に色々な工夫をして没落しないよう乗り切られた。見事なものであった」 という話や、あと、 「おひぃ様だから、大きな鯛(目の下何尺とか言うヤツ)が苦も無くさばけた」という話が印象的ですね。 おひぃ様は、立派な鯛がさばけないとダメだったんだそうです。 そういう躾を受けるべきものだったんだそうです。 …というような話をして、鯛をさばいてもらってみてはいかがでしょうか。

トピ内ID:4110694375

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なんかわかる気がする

🐶
るい
といっても、私の場合は母なのですが、多分似たタイプ。 とぴ主さんの場合は、ボランティアのつもりで相手に合わせてあげるか、あるいは夫に間に入ってもらうか、でしょうか。 若い人なら、現実を見つめるべく意見するのもありかもしれませんが、70代ともなると変わりませんよ。 私は娘の立場だったのもあって、さんざんいってきましたが母の意識は変わらないし、私のほうが大変なだけなので、疎遠になりました。女性の生きる道が限られていた時代でもあったのかもしれませんが、いうんだったら息子にいってくれ、と弟にマル投げしてます。40代になってようやくそういう境地になりました。長男教の母を持つ娘です。

トピ内ID:9425371841

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お姫様なら

🐶
人生修行中
「しかるべき所へ御輿入れなさればおよろ しかったと存じます」 と、言えたらいいですね。 昔、姫君なら息子のお嫁さんにそんなこと いいませんわよ。 下向いて笑っておきましょう。

トピ内ID:4538339958

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手習いだと思う!

🐱
手解き、こうむりたい
いいものをもっている。 そういう時代の価値観を持った人、お互いに珍しくです。 大切にしましょう。 お嬢様気質、いいのでは、平成の実社会でも、そつなく立ち振る舞われるでしょう。 私も関わりをもちたいです。 いいものをもってあると思います。 そのまま面白い手習いだと思い、お付き合いしましょう。

トピ内ID:7061957746

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扱い易い人じゃん!

041
華子
へりくだって調子に乗せて、味方と思わせ、楽しむ。

トピ内ID:7441074042

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祖母がお姫様でした

🐧
祖母が大好き
母方の祖母が某藩の奥御祐筆の息女でした。お坊さんとなった元士分の祖父に嫁いだ後は ごく普通の町方暮らし。 祖母は 料理上手で 特に衣に塩を入れてもさっくりと揚がる天ぷらや自家製の棒だらは天下一品でした。 着物の仕立ても手早く、さらに編み物も得意。7人の子供たちの衣類もほとんど祖母の手作りだったそうです。 圧巻だったのは 草鞋。戦後間もないころ、私の母が学校で草鞋を持ってくるようにとの通達があり農家に藁をもらいに行ったところ 目の前に山ほど積んである藁を「やらねぇ」と言われたそうです。それを聞いた祖母は自分の古い着物を裂いてあっという間に草鞋を編んでくれたとか。 明治生まれの誇りと気骨を持った祖母でした。なかなか会う機会がなかったけれど、もっと祖母孝行をすればよかった、と悔やまれます。 過去の栄光にすがっている主さんのお姑さんとは 全く異なった生き方の「元お姫様」の祖母です。主さんの文章を読む限り、お姑さんは悪いけれど 単に努力を惜しんで人を嫉む、性格が悪い、面倒くさい方のようにお見受けします。 お姑さんの対応はご主人に任せて、できるだけ接触しないことをお勧めします。

トピ内ID:9799477514

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じゅじゅ様に一票

🙂
はんどる
70過ぎということは、多めに見積もっても72歳前後でいらっしゃいますね? 姉が72歳です。昭和18年生まれ、つまり終戦前は2歳です。 最大限に見積もって義母さんは現在74歳だとしても、終戦前は4歳でいらっしゃいます。 それで戦前に小学生って、天才でいらしたのかしら?(笑) もしかしたら、仰せになっているような憧れの暮らしのお嬢様が、ご実家の付近にいらしたのかな? 真に受けることはないと思います。 >今後はどう対応したらいいでしょうか。 幸いにしてトピ主さんは面白がる余裕をお持ちですから、面白がり続けてみませんか。 ちょこっとイジワルするなら、「まあ、そんなにご立派なご実家があったところ、一度拝見してみたいものですわ。憶えていらっしゃる方もおいででしょうし、旧姓と場所を教えて頂けますか?」なんちゃって。

トピ内ID:5702175284

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母と叔母が

041
とうちゃん
私の実家は、戦前~高度成長くらいまでは、羽振りがよかったらしい商家でした。 私たち子供が小さいころは、子守り専任のお手伝いさんがいたらしい。 (らしいというのは、記憶がある頃にはもういなかったから) そんな家に嫁いできた実母とそんな家で育った父の妹(叔母)。 そんな二人が、出産して実家に里帰りし赤ちゃんを沐浴させようとしていた私に向っていった言葉。 『こんなこと私ら、したことなかったねぇ』 『そうそう、みぃんなお手伝いさんがしてたよねぇ』 ホントいい時代にお育ちですこと。

トピ内ID:2988812062

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要するに、ただの金持ちの娘

🎶
呆れた~
貴女のお姑さんは、お姫様ではありませんよ。 何を持ってお姫様と言うのかは分かりませんが、それを武士の娘というなら、それも違いますね。 我が親戚は全て武士の家系ですが、お姫様と言えるのは旧家老家の姫君のみ。 確かに、親戚である旧家老家は戦前は多大なる山や田畑を持っていましたが、戦後、剥奪されました。絹の着物は戦後も沢山ありました。 うちの一族は何ひとつ自慢しません。 ただ家老の娘の一人が小作の息子と駆け落ちして真っ黒になって畑で働いていたと聞きました。 その子供は長じて市会議員になりました。 深窓のご令嬢って華族様くらいのものではないでしょうか。 華族様なら、それなりの家にお輿入れになり、白魚のような手で苦労はしていない筈ですよね。 それに70歳と言えば団塊の世代。深窓のご令嬢がお住まいになった時代ではありません。 あるとすれば、せいぜい大正時代まででしょう。 お姑さんは話を盛っていると思います。 『へぇ~、面白い生き物もいるなぁ』と思っていればいいと思います。 時代錯誤もいいところ。

トピ内ID:7036512344

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ホントのお金持ちは威張らないし自慢しない

041
サラリーウーマン
縁あって良家の出の方とお付き合いがありますが、 皆さん威張ったり自慢したりしません。 何故なら、そういう環境が当たり前なので 威張る必要が無いからです。 天真爛漫だし、相手を容認する包容力があります。 ただし自慢されないからこそ持たざる者側が 若干引け目を感じてしまうけど。

トピ内ID:8646603302

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それしか自慢できることが無い可哀相な人

🙂
かまくらこまちどおり
人生も晩年、嘘と知りつつもメンツをたててあげるのも1つ。 でも本当は、 姑には姑との会話を「楽しい」と思える友人がいればそれが幸せ。 そういう友人がいるかどうかは姑個人の問題です。 私は姑との会話を楽しめないタイプなので事務的にたまに関わるくらいがちょうどいいのです。 私を唯一の会話相手と認識されてしまうのは、私にとっても姑にとっても不幸。 外に出るように情報提供をするのが私に出来るせいぜいのこと。 実際腰を上げて友人作りをするかどうかは姑次第です。 友人がいない…それも姑の人生。そう生きてきた結果です。 あなたが背負う義務なんてありませんよ。

トピ内ID:6262997633

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祖母は庄屋の娘で

お世話好き
庭に出る時もお供がつき、呉服屋も小間物屋や髪いさんも家にやって来るので外に出た事がなくてとてもつまらなかったそうです。 同じく出はそれなりでもお金にはあまり縁のない祖父と結婚して、戦後は農地改革があって土地もなくなり、非常に庶民そのものの生活をしていました。 トイレの掃除も洗濯も自分でやっていましたよ。 内風呂があるのに近所の人と会いたいからといってよく銭湯に行っていました。 人の悪口を唯の一度も言った事のない祖母はやっぱり村のお姫様だったのかな?

トピ内ID:5876100586

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ありがとうございます。

🐷
長男嫁 トピ主
トピ主です。 大変遅くなりましたが、コメントをくださった皆様、どうもありがとうございます。 何度も何度も読み、自分のメンタルコントロールに役立てております、なぜなら 年末年始は当然ながら主人実家、おせちは当然全て!すべて義母直伝の手作りなのです(嫁、涙) 義母は70代ですが、10歳以上のお姉様方がいるので、話を盛っているとすれば、そこからきていると思います。(そのお姉さま方は義母のような事は絶対に話されません) 確かに正確な「お姫様」ではありませんが、「使用人が沢山いた家で苦労知らずの姉妹だらけの末っ子」(義母談)だったことは確かです。 かまってちゃん、とのコメント、確かにそうなんです。 私が結婚して間もない頃は、この思い出話のオンパレードと、かまって気質にノイローゼになりそうでしたが、10年も経つ頃には慣れました。 何名かが書いてくださっているように、嫌でありつつも、そのような昔のお家で義母が受けたしつけや習い事などは実際とても素晴らしいのも事実です。 私はそんな立派な事は何もできませんが、今では逆にできない方がこういうタイプの方と付き合うには得なのだろう、と考えます。  皆様に感謝です。

トピ内ID:8157086701

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伯母の嫁ぎ先がそうでした

041
在米小町
明るくて元気でいつもニコニコしていた伯母の嫁ぎ先がそうでした。代々の武家のお姫さまだったらしく、嫁ぎ先も、家系図が残る武家。 普通の家の出の伯母は、恋愛結婚(伯父はまじめでちょっと風変わり)で嫁いだため、たいそう苦労されたようです。 私の記憶に残っているのは、口をへの字に曲げて、たえず文句を言っているその家のおばあちゃん。 何を言われても、はい、とニッコリ笑顔の伯母。フルタイムで勤務していて、職場の仲間、趣味の仲間にも慕われ、私も伯母が大好きでした。 自然、親戚中が集まっても、伯母のまわりは花が咲いたように明るくて楽しい雰囲気。 何につけても一言文句を言うおばあちゃんに、にっこり対応する伯母、まわりもその魔術を得とくして、文句言いのおひいさまなおばあちゃんに、にっこり対応していました。 しかしながら、あんな”嬢ちゃんばあちゃんにはなりたくないなあ”と心に思いました。

トピ内ID:6016044241

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実母がそうです 浮世離れしてます

041
枯れすすき
本家ではないけれど姫です。 今だに戦争で銀行の封鎖さえなかったらって悔しそうに言ってます。 私は関係ない庶民の娘です。 大恋愛で結ばれた父は一般人です。 お金があってもなくても支出が一定してます。 やりくりが出来ない。 そのかわり高い教育をうけていたのか料理や裁縫が得意です。 そういう意味では豊かな暮らしだったのかな。 最近老いて豪奢な生活の頃の回顧がひどくうんざりしています。 ですから >最後に私が >「もう~お母さんはやっぱり違う、深窓の御令嬢でお姫様だったのですね」 >で一区切りがつく には笑いました。あまりに同じなのでっ!これで一応納得しますもんね。 実母でもこんななのに姑となると・・・・・大変ですね。 褒めると図に乗るしね。ああストレスだわ。

トピ内ID:9856621723

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お金持ちなら知ってる

🙂
コーラル
もうそろろ100歳に手が届く方を知っています。 その年でこの方は、自分で着物が着られません。 舶来物のお洋服を着て育ったので、着物はかなり大きくなるまで着たことがなかったそう。 その後も、必要なときは着付けてもらってました。 由緒正しい家かどうかはしりませんが、お金持ちだったことは確かです。 うちの親は80代ですが、戦前のことはどうにか覚えている程度。 そこまではっきり覚えているということは、今90代くらいですか? 先も長くないので、ネタとして楽しんでしまうのが良さそうですね。

トピ内ID:5261631571

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わかる!姑がまさに!

🙂
あさ
姑がまさにそうです。 大名の出だとかなんとか。お手伝いさんは当たり前、宝石商が売りに来る等色々聞かされました。 でも、今は…?って感じ。 それしか、自慢できることがないんです。過去の栄華に縋りつき、それで自分を保っている。現実に目を向けられず、未だに自分はすごい、お嬢様だと思っている。 イタイですよ、本当。 でもね、本当のお金持ちは自慢なんてしません。 しかも、過去の栄華に縋りついたりしません。 哀れなだけです。 お子さんに恵まれているだけで、良いではないですか。羨ましい。 姑は、人を下げて自分を上げようとする人間、息子はお坊ちゃんで母親の狡さを理解するできない。 彼女は、人の気持ちや痛みに寄り添えない人です。 あんな人間にだけは、ならないように反面教師と思っています。

トピ内ID:0276400126

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大抵は「妹」だと思っています

🙂
凡民
うちの母が大変なお嬢様育ちで、姑もそこそこです。 母は大地主の長女で今年80歳になりました。姑は既に他界していますが開業医の長女です。  そして、母は自分専用のお手伝いさん付きで結婚し、結婚してからも夫である私の父に甘やかされて生活していましたので、それはそれは世間知らずで我儘です。 ですが、姑には苦労したようで私が幼い時に胃潰瘍で入院したほど。ですので、嫁姑問題にはすぐ口を挟もうとしましたが、私の姑は結婚した年に亡くなってしまいましたので、多くは結婚前の特に結婚式や結納についての意見が多かったですね。 姑も結婚後もお手伝いさんのいるような生活で、夫が小さい時には3人使用人がいたようです。私が結婚した時は通いのお手伝いさんが一人でしたが、うちの母と似たようなタイプでした。 さて、私が二人を相手にどう振る舞っていたか(母は現在進行形)ですが、基本的にがんこな「妹」だと思っています。そしてプレゼントやランチ、買い物に頻繁に誘ってあげるのが一番のご機嫌取り。そして、時にはビシっと叱る(反抗する)と効果があります。

トピ内ID:5242007004

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流すしかない

🐷
幸子姫
姑じゃなくてうちの場合は実の祖母なんですが、明治の大富豪の家で生まれ育ち、身の回りのことを世話してくれるお手伝いさんが何人もいたそうで、それはそれは気高い人でした。戦後家が没落した後でもお姫様気質は治らず、なんと、自分の娘をお手伝いさんのようにこき使っていました。娘たちが小学生になると家事は全部やらせ、自分は趣味のお琴を弾いたりお芝居を見に行ったり。90歳で亡くなるまで、私から見ても浮世離れしてる人でした。 そういうタイプの人は一生変わりませんから、軽く流すしかないですよね・・・。

トピ内ID:3591557225

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うーん

🙂
まるこ
お姫様ではなく、お金持ちの娘ですね。 本当のお姫様は、醜いものに普段から 触れさせず、醜い出来事も見聞きしません。 浮世離れした感じですが、オーラが ちがいます。 うちの父は戦前、大金持ちの跡取りでした。 お手伝い、運転手つき、お金持ちの学校にも 通ってました。戦後、都心だったので 土地をとられて、貧乏になりましたが、 祖母はお金持ちだったころの自慢してましたね。 もう没落したのに。 かたや知り合いに旧家の令嬢がいましたが お金にもうとく、人と比べることもなく、 いつもにこやかで、知識は豊富で 素敵なかたでした。 あなたの義母さんは多分、 お金持ちのお嬢様なんでしょうね。 過去の栄華が捨てられない。 かわいそうと思って、スルー力つけましょう。

トピ内ID:3501944442

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うん、昔お嬢様の扱いってメンドクサイよね

🙂
わからん
私の母方祖母は今でも名の知れた歴代家老職の一人娘で、家系図開いたら相当遡れる家。母は廻船問屋と宿屋経営、船を三艘保持する家(祖母方が興した家業で、祖父が今で言うマスオさんみたいな形で同居)の五人兄弟の中の一人娘です。戦後の農地改革さえなければ、今でも間違いなくお嬢様だったことでしょう。専属のねえやがいたそうです。蔵や着物や宝飾品の話は散々聞かされました。(戦前の話) 戦後は祖父が新たに商売を興し、またそこそこは成功したようです。祖母は早くに亡くなりましたが、母は存命です。時々昔を語りますが、パンピーな娘の私は聞き流しています。 実母なので「へー、ほー、ふーん」で終わらせます。年寄りは昔話が長くていけない。 これが姑なら「凄いですね」と適当に煽てて逃げると思います。 ただ言えるのは、お嬢様育ちは我儘でメンドクサイです。他人は自分の思うように動くのが当然って感じがありますからね。娘相手でもバシバシそれを望みますよ。 無言の要求水準が高いんです。叶えられないと癇癪起こすこともあります。 子供のころは怖かったけれど、大人になった今は放置します。

トピ内ID:8256715643

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元姑がそんな感じでした

🐤
みもざ
いわゆる旧華族出身。一人っ子。しかも長年子宝に恵まれなかった夫婦のところに生まれたお嬢様だったため、とにかく蝶よ花よと育てられました。 自転車、乗れません。転倒すると怖いからと親に止められたそうです。もちろん、車の免許なんてもっていません。 新婚当時は独立していたけれど、妊娠したら自分の親と一緒に住んで、夜中の授乳とオムツかえは親の役目だったそうです。 下のお嬢さんはでき愛していましたが、上の息子(=元夫)は親頼みで育てたため、子育ての苦労はほとんどしたことなし。 もちろん、婚家になんて、出入りなんてしていなかったから、嫁姑の苦労な度、まったく経験なし。 実際口癖は「私は結婚するまでは親にかわいがられ、結婚したら夫にかわいがられて苦労なんてしたことなかったのよ」 だから、嫁に対して、言いたい放題していました。何を言っても何をやっても自分がお姫様だったから、なんでも許されると思ったんでしょうね。 はっきり言って、面倒くさいです。地球は自分を中心に回っていると考えているも同様ですから。

トピ内ID:6078924562

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