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電報の思い出

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話題
卒業式シーズンがもうすぐです
この時期になると思い出します

20数年前、高校を卒業した日、人生初の電報をもらいました

「卒業おめでとう 一緒に働ける日を楽しみにしています」

そんな感じの内容だったと思います
それを見て私は「もう逃げられない」と絶望(大袈裟ですが)しました
送り主は春からの就職先でした
氷河期に突入しかけていた時期で、学力がいいとは言えなかった私は就職活動に難航しました
やっとでもらえた内定で始めはうれしかったのですが、日が経つごとに「やっぱり行きたくない」と思うようになりました
理由は遠いということ
バスを乗り継ぎ1時間半を毎日するのかと思うとどうにも耐えられませんでした

私は悩み、卒業式の日に担任に「やっぱり内定辞退したい」と言いました
(今思えば忙しい日になんてことを・・・)
担任は静かに「とりあえず働いてみなさい、それでどうしてもいやだったらその時に辞めよう」と言いました
私が直前で断れば学校としての印象も悪くなるなども静かに説明してくれました

納得できないまま卒業式を終えました
「辞退したい辞退する辞めてやる!」と思いながら家に帰ると母から電報を渡されました
そして私は冒頭に書いたように「逃げられない」と思ったのでした

人生初の電報は、卒業を祝う華やかな台紙とは裏腹に死亡宣告のような暗い気持ちになるものでした


・・・その後、その会社で働きましたが、自分から辞めることはありませんでした
なぜなら勤務して5年たった頃に倒産しました
まあ大変な思いをしましたが結果的には担任の言うとおりに働いてよかったです
夫となる人とその会社で出会いましたし、経験を積めて再就職にも活かせました

皆様の電報の思い出はありますか?

トピ内ID:7398487087

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中学の卒業式

🙂
ゆいゆい
 小学校の時にお世話になった担任の先生からで、確か、教頭先生だと思いますが、みんなの前で電報が読み上げられ、会場が懐かしさの余りに騒然とした記憶があります。  あと、保育所に勤めていた頃、うつ病を患い、修了式に出られず、子どもたち宛てにドラえもんの電報を送ったことと、丁度、その時期に演劇サークルの皆さんにも電報を送ったことがあります。

トピ内ID:5529632504

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頑張ってよかったですね!

匿名
周りの人の助言を受け入れ頑張った結果よい方向に進んでよかったですね。もし内定辞退していたら今の生活は無かったかも。 貴女のよいお話とは掛け離れた間抜け話で恐縮だが。 昔、ネットのチャットが流行っていた頃、チャットの常連仲間同士が結婚。私は行ったことが無かったがオフ会をきっかけに交際が始まったらしい。 親しいチャット仲間の結婚がうれしく、「是非、祝電を打ちたい!」と式場とその時初めて本名を聞いてウキウキ打った。 オフ会で親しくなっていた一部の仲間は披露宴にも出席したようだ。 ただ、親や親族には「チャットのオフ会で知り合った」と言っても何のことかよくわからないだろうし、基本「馴れ初めは知り合いの紹介」と説明していたらしい。 祝電喜んでもらえたかな?と思った私に後日、新郎が「ハンドルネームで出してくれたんだね。まさかハンドルネームでくれるとは思わなかった」とメールでお礼と共にボソッと。 「えっ?誰も私の本名知らないのだし、本名で打っても仕方ないでしょ?」と思ったが、何年もしてから一流企業の真面目な新郎の披露宴に「なんじゃこれ?」と思うような名前での電報が届いたら、事情を知らない人はビックリしたのかも、あの名前では「祝電披露」はしなかったにせよ、後で親族が見て「何、誰、これ?」とはなったのかもとふと気づいた。今に思えば例えば「ピンクウサギ」みたいな名前だったので。仲間同士ではかわいい呼び名でも祝電で来たら? 礼儀正しい新郎だったので、せっかく善意でわざわざ電報を打った私に「あんな名前で打つなんて、非常識な、迷惑した」とは言わずに、あんな風に呟いたのかもと。 チャット仲間同士の結婚に喜んで浮かれて考えが足りなかったと反省。 私の祝電は何か波紋を呼んだのだろうか?その後、彼らは別れたので今さら聞けず、謎のまま。2人ともその後、それぞれ元気にしてるかなあ。

トピ内ID:5267438124

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(駄)

😨
ズズ
成人式の日に年上の友人がお祝い電報をくれました。 電報って…郵便局の人ではなく電話局(NTT?)の人が配達してくれるんですよね。 すっごくわかりづらい所に住んでいたので、家を探すのが大変だったそうです。 内容の話じゃなくてスミマセン。

トピ内ID:4672234535

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忘れられない思い出。

🙂
バブリー
バブルの頃、日本でも指折りの大企業の中途採用試験を受けました。 試験会場に集まった人の数と雰囲気に圧倒され、「身の程知らずの所へ来てしまった」と気落ちした私は「結果は電報でお知らせします」という説明を「へーこの時代に電報かぁ」と他人事の様にボンヤリ聞いていました。 実家の母からは「あなたが受かるわけないでしょ」と呆れられ、完全に諦めていた数日後、なんと「就職内定す」の電報が! もう、狂喜乱舞して「嬉しいーっ」と、文字通り部屋を飛び跳ねました。 人生で電報をもらったのは、この時と結婚式の時だけですが、 あの時の嬉しさは昨日のことの様に覚えています。

トピ内ID:2750181206

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